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023 初めての生食

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 ひとえにパイナップルと言っても、その種類は多い。
 世界的にはコスタリカやブラジルで生産されたものが一般的だ。
 日本に輸入されているパイナップルはほぼ全てフィリピン産になる。

 先ほど収穫したパイナップルもフィリピン産だった。
 俗に「黄金パイン」と呼ばれるタイプの物で、強い甘みが特徴的だ。

「パイナップルは焼いた方が甘さが増すのだが、今日はそのまま食べようか」

 説明しながら、焚き火の前でパイナップルをカットする。
 寝床の床材と同じ要領で屋根の下に並べてある竹をまな板代わりに使った。

 切れ味が鈍りつつある石包丁だが、それでも鋭さは健在だ。
 サクッとパイナップルを縦半分に切り分けた。

「どうして焼かないのですか?」

「焼かずに食べられる物があることを証明する為さ」

 野外生活で食べたのは、シマヘビ、キノコ、オオトカゲ。
 これらは全て焚き火で焼いてから食べていた。
 今のところ、生で食べたものは何もない。

 だからパイナップルは生で食べる。
 食に対するアリシアの認識を更に進化させる為に。

「焼かないで食べるって、なんだか怖いですね」

「前に採取した木の実は結局食べずじまいだったしな」

 真っ二つにしたパイナップルの片方を、隣に座っているアリシアへ渡す。
 アリシアはそれを左手で持ち、好奇心と不安の混じった目で見つめている。

「それでは食うとしようか」

 俺は竹のスプーンを右手に持つ。
 スプーンは即席で作った物で、作り方は簡単だ。
 竹を適当なサイズにカットした後、縦に割るだけ。
 尖りすぎない程度に先端を鋭くしたら完成だ。

「「いただきまーす」」

 まずは俺から食べ始める。
 スプーンをぶっ刺して果肉をほじっていく。
 グリグリすると簡単にすくえた。

「うめぇ!」

 流石は黄金パインだ。
 日本で売っているパイナップルと同じ味がする。
 収穫したてな分、市販の物よりも遙かに美味い。

「わ、私も!」

 俺の食べ方を参考に、アリシアがパイナップルに挑戦。
 慣れない手つきでスプーンを動かし、果肉をほじくりだす。
 一口食べた瞬間、彼女は興奮して立ち上がった。

「なんですかこれー!」

「どうだ。凄いだろ?」

「今までで一番美味しいです! 甘くて最高です!」

「これが果物……フルーツの甘みってやつだ」

「こんな食べ物があるなんて! しかも生で食べられる!」

 そこからのアリシアは爆速だった。
 目にもとまらぬ速さでパイナップルを平らげていく。
 あっという間に果肉が食べ尽くされてしまった。

「果物は栄養的だしな。肉やキノコばかり食っていると栄養が偏ってしまうが、こうやって果物も食べれば完璧と言えるだろう」

「シュウヤ君! レモンも食べましょう! レモンも!」

 俺は心の中で「遂に来たな」と笑う。
 その上で口に出した言葉は「そうだな」であった。
 笑いを堪えるのに必死だ。

「レモンも果肉だけを食べるものだ」

 そう言ってレモンをカットしてやる。
 腐っていないか不安だったが、そんなことはなかった。
 爽やかな香りを漂わせながら、食べ頃の果肉が姿を現したのだ。

「パイナップルと同じ要領で食べるといいぞ」

「分かりました! あっ、中に入っている種はどうしますか?」

「種は食べない。土に混ぜて魚の餌にでもしよう」

「了解です! それではいただきます!」

 アリシアがレモンの果肉をスプーンでほじる。
 パイナップルの時より苦戦していたが、それでも無事にすくえた。
 そしてそれを、なんの躊躇いもなく口に含んだ。
 次の瞬間――。

「うげぇええええええ! すっぱぁぁぁい!」

 アリシアの眉間に皺が寄せて悶絶。
 塩をかけすぎた時よりも凄まじい反応をみせている。
 見ているだけで唾液の分泌が加速しそうな有様だ。

「駄目ですよシュウヤ君! これは駄目ですよ! 毒です!」

「はっはっは。毒じゃねぇさ。レモンはそういう食べ物なんだ」

「えええええ1? じゃあ、知っていて食べさせたんですか!?」

「まぁな。そういう食べ物もあるってこった」

「酷いですよぅ! シュウヤ君、意地悪です!」

「がっはっは」

 アリシアはいまだに酸っぱそうな顔をしている。
 俺はひとしきり笑い転げた後、彼女の手からレモンを回収した。

「レモンはどちらかっていうと調味料なんだ」

「そうなんですか? この酸っぱいのが調味料に?」

「こんな風に料理に絞ると良い感じだ」

 俺は自分用に焼いていたシイタケの串を手に持ち、それにレモンを搾った。
 思っていた以上に果汁が溢れてしまったので、シイタケを軽く炙り直す。

「食べてみろ」

 その串をアリシアに向ける。
 だが、彼女は怪訝そうに俺を見るだけだ。

「また私を騙そうとしていませんか?」

「そう根に持つなよ。だったら俺が食べるからいいさ」

 俺が言うと、アリシアの態度が豹変した。
 慌てて「嘘です嘘です」と言って、俺から串を奪う。

「いただきます!」

 レモン汁のかかった焼きシイタケをペロリ。

「わぁぁ! 凄いです! 爽やかな味がします!」

「だろ? そのまま食べたり塩をかけたりするのとはまた違う味だ」

「そうなんです! 同じキノコなのに、味が全然違います!」

「これが料理ってものさ」

「本当に奥が深いんですねー。感動してばかりです!」

「それはなによりだ。ちなみに、レモンの汁はもっと脂っこいものにかけるといい感じだぞ。例えば肉とかだな。イノシシの肉も部位によっては脂っこいし臭いだろ? そういう所にレモンをかけると美味しく食べられるぜ」

 こうして俺達の生活にレモンが加わった。
 塩とレモンがあれば、同じ食材でも飽きることなく楽しめる。

 衣食住の「食」を発展させて、今日の作業が終了だ。
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