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017 ジャガー

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 来た道をそのまま戻って拠点へ向かう。

「帰りも安全ですね! これもサバイバルの力ですか?」

「いやいや、運がいいだけだよ。それに……」

「それに?」

「…………いや、なんでもない」

 実はアリシアが思っている程、今は安全と言えない状況なのだ。
 かといって、そのことをアリシアに言えば動揺させてしまう。
 こちらの怯える様子が“敵”に伝わると戦闘は避けられない。

 そう、俺達は今、敵に尾行されている。
 正体は不明だが、それなりに大きな肉食動物だろう。

 行きには感じなかった強烈な獣の臭いが漂っている。
 とはいえ、嗅覚に集中しない限り、人間の鼻では認識できない。
 現に油断しまくりのアリシアは、この臭いに気づいていなかった。

(ジャガーだな、まず間違いなく)

 ネコ科屈指の大型猛獣ジャガー。
 単独で行動する森のハンターで、縄張り意識が非常に強い。
 自身の縄張りに侵入した者は、人間だろうと容赦なく襲い掛かる。

 今の俺達が無事なのは、相手が警戒しているからに他ならない。
 ジャガーは攻撃的だが、それ以上に警戒心が強い生き物だ。
 確実に勝てると判断した時でなければ襲ってはこない。

 腹を空かせていないのも尾行で済んでいる理由だろう。
 何食わぬ顔で通り過ぎたが、道中にはイノシシの体毛が落ちていた。
 そこには骨の破片もあったし、間違いなく捕食された後だ。

 それになにより、ジャガーの真骨頂は夜だ。
 昼にも活動しているが、本腰を入れるのは夕方以降である。
 正午の真っ只中である今、ジャガーはそれほど活力に満ちていない。

(まさか此処がジャガーの縄張りだったとはな)

 ジャガーの縄張りは拠点と海の間にある。
 直線ルートで移動した場合、縄張りに侵入してしまう。
 今回は仕方ないとして、今後は避けて通るのが望ましいか。

「あっ! シュウヤ君、見てください!」

 アリシアが何かを発見した。

「ジャガーでも見つけたか?」

「違いますよ! あそこ! ヘビです! シマヘビ!」

 またしてもシマヘビを発見したようだ。
 たしかに遠目に見える土をシマヘビが這っている。

「捕まえて食べましょう!」

「そうしたいが……今は先を急がないと」

 アリシアが「えー」と食い下がる。

「すごく順調に進んでいるじゃないですか! ヘビを捕まえるくらいの余裕はありますよ! 逃げられたら諦めるということで、捕まえましょうよ!」

「いや、そうじゃなくて……」

 ジャガーの存在を言うべきか否かを悩む。
 しかし、ここで「実は尾行されていてな」と言うのは怖い。
 せめてジャガーの位置が特定できればいいのだが。
 どれだけ見渡しても見つけられない以上、奇襲を防ぐことは出来ない。

「もしかして、シュウヤ君、何か隠し事ですか?」

 アリシアが俺の異変に気づく。

「ま、まぁ、そうなんだ。だから早く戻りたい」

「うぅ……それは仕方ありませんね! 分かりました! 戻りましょう!」

 思いの外あっさりと諦めてくれた。
 ホッと胸を撫で下ろす俺。
 だが、これだけでは終わらなかった。

「ガルルゥゥ……!」

 なんとジャガーが現れたのだ。
 俺達の背後から牙をちらつかせて近づいてくる。
 こちらが立ち止まったせいで怒っているのだ。

「ジャ、ジャガー!? ひぃぃぃぃ!」

 発狂するアリシア。
 誰がどう見ても彼女は恐れおののいていた。
 当然、ジャガーもそれを見逃さない。

「ガルァアアアアア!」

 これ見よがしに襲ってきたのだ。
 強烈なスピードで距離を詰めてくる。
 走って逃げ切れるレベルではない。

「戦うしかない! アリシア、下がれ!」

「はぃぃぃ!」

 アリシアを後ろに下がらせて槍を構える。
 ジャガーとの正面対決で、こちらの武器は竹槍のみ。

(勝率は1割ってところか)

 運否天賦の戦いだ。
 俺が出来るのは、敵の動きに合わせて槍を突き出すのみ。
 それが決まれば俺の勝ちだし、避けられれば俺の負けだ。

(極限まで引き付けないと躱される。勝負は一瞬だ)

 槍を持つ手に力がこもる。
 ジャガーが突っ込んでくる刹那の時に何度も脳内シミュレーション。
 自分に有利な脳内シミュレーションでさえ、結果は五分五分だ。
 五分の確率で俺が勝ち、残り五分の確率で食い殺される。

「シュウヤ君!」

 ジャガーが射程圏まで近づいた時、アリシアが叫んだ。
 その声を合図に俺が動く。

「うおおおお!」

 構えていた槍をジャガーに向けて伸ばす。
 刺され! 刺され! 刺され!

 そう祈ったが――結果は刺さらなかった。
 ジャガーは軽やかに攻撃を回避したのだ。

「アアアアアアアアアアアアアーッ!」

 終わった。完全に終わった。
 もはや再度の攻撃をする余裕はない。
 俺は死を覚悟した。

 その時だ。

「シャアアアアアアアア!」

 すぐ傍の草むらから新手が現れた。
 地球に棲息しない超巨大蛇ロイヤルクイーンスネークだ。

「ガルァア!?」

 大蛇のタックルがジャガーに脇腹に命中する。
 これにはジャガーと大蛇の両方が驚いていた。
 どうやら大蛇の方も攻撃するつもりはなかったらしい。
 別の目的で移動している最中だったのだろう。

「シャアアーッ!」

「ガルルァアアッ!」

 大蛇の出現により流れが変わった。
 人間対ジャガーの構図から、大蛇対ジャガーになったのだ。

「僥倖ォ!」

 思わず叫ぶ。
 更に続けてアリシアに言う。

「今のうちに逃げるぞ!」

「はひぃいいいい!」

 ジャガーと大蛇が威嚇しあっている隙に、俺達はその場を離脱した。
 まさに僥倖。まさに奇跡。俺は初めて神様に感謝した。

 一時は死ぬかと思われた中、俺達は無傷で生還することが出来たのだ!
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