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006 下級の扱い

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 宴のムードは最悪だった。

「異世界人なのに下級ってどういうことよ」

「これでは何の為の異世界人なのかしらね」

「やっぱりもう人類はおしまいなのだわ」

 皆、大きく落胆しながら食事をしていた。
 男はフォークをイノシシの丸焼きに突き刺し、豪快にかぶりつく。
 女は肉を手で一口大に千切り、それをフォークで刺して口に運んでいた。

「チャボス、異世界人は基本的に超級じゃなかったのか」

 俺の左隣で食事をしているチャボスに尋ねる。

「そのはずじゃが……お主は例外だったようじゃ……」

 チャボスも残念そうだ。

「まぁ、今後は集落の一市民として、集落の為に働いてくれ」

 心なしかチャボスの対応が素っ気なく感じる。
 意図して態度を変えているのか、それとも落胆からそうなっているのか。
 とにかく俺は、無性に居心地が悪く感じた。

(勝手に期待されて、勝手に落胆されて、なんなんだよ、全く)

 俺は別に何も悪くない。
 それはチャボスにしても、集落の人にしても分かっている。
 だから、俺に対して誹謗中傷の言葉を投げかける者はいない。

 俺からしても、彼らの落胆には理解できた。
 喩えるなら、宝くじで1等に当選したと思いきや回数違いだった、という感じ。
 第1101回で1等だった数字を、第1102回のクジで引いたようなもの。
 1等だと思って換金に行くとハズレだった、みたいな。

「此処って魔法階級至上主義なんだよな? 下級だとどういう扱いになるんだ? 奴隷にでもなるのか?」

「そんなことはない。下級にも人権はある。中級や上級だからといって、下級に対して好き勝手に振る舞うことは許されない。現にアリシアは下級じゃが、悪い扱いは受けていないじゃろ?」

「アリシアも下級だったのか」

 右隣のアリシアが「はい」と頷く。
 そして、下級の扱いについて教えてくれた。

「下級の場合、危険な仕事を優先的に割り当てられます。スポットの外に出るような作業は全て下級の担当です」

「なるほどな」

「お主も身を以て体験したと思うが、スポットの外には猛獣が多い。昔はスポットの内側にも侵入してきておったが、今やそういうことは少なくなった。じゃから、食料を調達するにはスポットを出る必要がある。下級はそういう作業を担当するということじゃ」

 チャボスがコップに入ったワインを飲む。
 俺のコップにもワインが入っているから飲んでみた。
 念の為に確認しておいたが、此処では18歳でも飲酒可能だ。

「うげっ、なんだこの味は」

「美味いじゃろ? 異世界人には分からぬか?」

「俺の舌には、ちょっと……」

 ワインはお世辞にも美味いとは言えなかった。
 そもそもこれはワインと言って良い物なのかも怪しい。
 ブドウを皮ごとぐちゃぐちゃにして発酵させただけのものだ。
 温度調整などは当然ながらされておらず、品質は低い。
 皮が残ったままだから口当たりも最悪だ。

「それじゃ、宴はこの辺でお開きとしよう。後の片付けをよろしく頼む」

 食事を終えると、チャボスは席を立った。
 水魔法で手を綺麗に洗い、そそくさと自宅へ消えていく。
 それに続いて、他の連中も自分の家に帰る。

 宴の参加者は集落の全人口。
 つまり、約1000人が参加していた。
 その内、今も残っているのは200人程度だ。

 残った連中は黙々と食器を片付けている。
 宴の準備も担当していた連中だ。
 訓練場で見た顔もちらほら。

「アリシア、この残った連中は、もしかして」

「下級です」

「やっぱり」

 ナチュラルに雑用を押し付けられるのが下級だ。
 今後の俺は、彼らと同じように過ごさなければならない。

(たしかに奴隷とは言えないが、この扱いは癪に障るな)

 どうにかならないものかと思いながら席を立つ。

「俺は家に帰るよ」

「わかりました」

 家に向かって歩く俺。
 その横に付き従うアリシア。
 彼女の家も同じ方向にあるのだろうか。
 そう尋ねようと思った時のこと。

「異世界人、あんたも下級なんだから作業をサボるなよ」

 俺より少し年上と思しき男に言われた。

「マジ? 俺の宴なのに俺が後片付けをするのか?」

「関係ないよ。だって下級なんだから」

 相手の口調はきついが、敵意は感じられない。
 だから、アリシアに「そういうものなのか?」と尋ねる。
 するとアリシアは申し訳なさそうに頷いた。

「分かったよ。帰ろうとして悪かったな」

 勝手に期待されて用意された俺を歓迎する宴。
 その後片付けをするのは、とても惨めな気持ちだった。

 ◇

 後片付けが終わり、帰宅した。
 宴から今に至るまでの間に驚いたことが3つもある。

 まずは家具について。
 知らぬ間に必要な家具が揃えられていた。

 といっても、家具の数はそれほど多くない。
 タンスとちゃぶ台、それと布団だ。
 布団は昔ながらの煎餅布団。
 タンスの中には着替えとタオルが入っていた。

 ちなみに、家には浴室や便所が存在していない。
 排泄は外でして、身体は水魔法で洗うものらしい。

 次にアリシアが俺の付き人を続けること。
 下級と判明した以上、付き人の任を解かれると思った。
 俺が異世界人であることには変わりないから、とのことだ。

 最後に、これが最も驚いたことなのだが……。

「本当に俺と一緒でいいのか?」

「はい、それが付き人の役目なので」

 アリシアが俺と共に暮らす、ということだ。
 今後は一つ屋根の下、我が家で一緒に暮らしていく。
 夢の同棲生活だ。

 普段、アリシアは母親と二人で暮らしている。
 しかし付き人の間は、俺と共に暮らすそうだ。
 そして、その期間がいつまでかは決まっていない。

「今日はもう遅いので寝ましょうか」

 アリシアが布団を敷く。
 当たり前のように俺達の布団は隣り合わせだ。
 興奮しないはずがなかった。

「お、おお、おおおお、おう」

 ビクビクしながら布団に入った。
 アリシアは既に隣の布団で横になっている。

「灯りを消しますね」

 そう云うと、アリシアは宙に浮いていた光の玉を消した。
 今までは光魔法で光源を確保していたのだ。
 それが消えると、一気に何も見えない程の暗さになった。

(それにしても鬱陶しいな……)

 暗くなると鬱陶しさが増す。
 勿論、アリシアに対してではない。

 プーン♪ プーン♪
 プーン♪ プーン♪
 プーン♪ プーン♪

 家の中を飛び回る蚊やハエ、それにアブといった虫だ。

 この集落は森の中に佇んでいる。
 だから蚊などが大量に押し寄せてくるのだ。
 こういう小さな虫は、魔法で駆除するのが難しいそうだ。

「あぁぁ、うぜぇぇ……」

 うるさ過ぎて眠れない。

「ひぃ!? す、すみません、私、何かしちゃいましたか!?」

 俺の声に驚いて飛び起きるアリシア。

「いや、アリシアじゃない。虫の羽音のことだ」

「そうでしたか」

「どうにかならないのか?」

「すみませんが、どうにも……。シュウヤ君の家はスポットの外に近いから、特にこういった虫が多いようです。長老様に頼んで家の場所を変えてもらいますか?」

「いや、別にかまわないさ。どこで過ごすにしたって無音になるわけではないんだろ?」

「はい」

「だったら慣れるしかない」

 そうは言っても、一朝一夕で慣れることなど不可能だ。
 結局、まともに眠ることは出来なかった。

(このクソ虫共、明日には目に物を見せてやる)

 こういった虫の対策もサバイバルの基本だ。
 今は準備不足で対策できないが、その気になればどうにでもなる。
 特に、魔法が使えるスポットの上なら楽勝だ。

「うにゃにゃぁ……! ふふふっ。うにゃぁ」

 眠れぬ俺とは違い、アリシアは心地よさそうに眠っていた。
 可愛らしい寝息を立てて、幸せそうな寝顔をこちらに向けている。

「すげぇな、異世界人……」

 心の底からアリシアを羨んだ。
 こうして、1日目が幕を閉じるのだった。
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