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009 新たな作物

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「いち、じゅー、ひゃく……」

 書き殴った数字の桁を数えて辿り着いたのは。

「4万5000ゴールド!?」

「だいぶ頑張らせてもらったよ!」

「えぇぇぇ……」

「え、なにその反応!?」

 ペッパーマンが眉間に皺を寄せる。

「だって自分で売ったらこの倍以上になるから……」

 露店で売れば10万ゴールド以上。
 それに対して4万5000ゴールドの提示は悩ましかった。

 ペッパーマンが頑張っているのは理解している。
 なにせ収穫した野菜はすぐに売らないと質が落ちてしまう。
 そうしたリスクを考慮すると、6割安なら申し分ない。

 ただ、それは普通の農家に限った話だ。
 魔法肥料の土壌なら、収穫するまで腐ることはない。
 残らない範囲で収穫してチビチビ売る選択肢だってある。

「金額に不満なら断ってもらっても大丈夫だよ」

 ペッパーマンが不機嫌そうに言う。

「うーん……」

 私は少し悩んだ。
 そして、最終的に深々と頭を下げた。

「すみません! 買い取ってください!」

「まいどあり!」

 ニコッと微笑むペッパーマン。

「4万5000ゴールドなら現金払いでいいよね?」

「はい! ていうか現金以外の支払方法があるのですか?」

「ウチは銀行口座への振込も対応しているよ」

「銀行……? ああ、貴族が利用しているお金を預ける場所ですね!」

 すぐにピンと来なかったのは私が平民だからだ。

「そうそう。この国じゃ貴族以外も普通に利用しているけどね」

「へぇ、そうなんですか」

「知らないってことは他国の人? この辺だとブルーム公国かな?」

「はい! ブルーム公国出身です!」

「で、名前はアイリス。年齢は見たところ俺より少し下。それに赤髪……もしかして伯爵家のご令息に婚約破棄された人?」

 ペッパーマンが私の素性に気づく。

「は、はい、そのアイリスです……。よくご存じですね」

「商人は情報が命だからね! 新聞のチェックは欠かさないよ!」

「なるほど」

「いやー、それにしても災難だったなー。濡れ衣を着せられるなんてさ」

「え? どうしてそれを?」

 ペッパーマンも私が不貞行為をしていないと知っていた。
 フリックスに続く二人目の理解者だ。

「そりゃ分かるさ。いかにも貴族らしいやり口だしなぁ」

「あはは、フリックスさんも同じことを言っていました」

「だろうなー。ま、仕方ないさ。ミレイに目を付けられたらライルも断れないだろうし。なんたって相手は宗主国の伯爵令嬢様だ。ブルーム公国の伯爵家からすりゃ、何が何でもモノにしたい縁談だろうよ」

「ですねぇ」

 全ての木箱を積み終えると、ペッパーマンは雑談を打ちきった。

「んじゃ、俺は失礼するよ! フリックスさんによろしく伝えておいて!」

「分かりました!」

「アイリスちゃん、これからも頑張ってね。フリックスさんは気難しい人だけど、根はすごく優しくていい人だから! めげないで!」

「あ、はい! お任せ下さい!」

「それでは良い一日を!」

 ペッパーマンが颯爽と去っていく。

(フリックスさんが気難しい人……?)

 私にはそんな風に見えなかった。
 だが、ペッパーマンの言いたいことは分かった。
 初めて会った時のフリックスは、たしかに気難しさを感じたものだ。
 町の人は「変人」と表現していた。

「友達かぁ……いいなぁ」

 私には友達と呼べる人間がいない。
 あえて名前を挙げるとすればライルが該当する。
 しかし、互いの立場を考慮すると、友達と表現していいか疑わしい。

「ていうか、フリックスさんに友達がいるなんて! なんだか負けた気分だぁ!」

 うがー、と吠えながら、ボルビーに乗って町の中心部に向かった。

 ◇

 全ての作物を収穫したことで畑が空になった。
 なので新しく種をまき、次なる栽培を始めねばならない。
 そんなわけで、町で種を買ってきた。

「ふっふっふ……!」

 ニヤニヤしながら畑に種をまく。
 その際、グニャグニャの畝を綺麗にしておいた。

「思惑通りなら楽ができるはず!」

 私が選んだ作物はアスパラガスとサフランだ。
 あと名前がオシャレだったのでアンティチョークも。

 これらは収穫まで時間が掛かる作物として有名だ。
 栽培難度も高く、初心者の農家がおいそれと手を出せるものではない。
 そのため、キャベツやジャガイモに比べて高く取引されている。

 だからこそ、魔法肥料の土壌と相性がいいと考えた。
 ウチの畑であれば、どんな作物も一週間で収穫可能になる。
 長期栽培が求められるアスパラガスだろうと関係ない。

「効率良く稼げたら、月の殆どをのんびり休んで過ごせるぞー!」

 黒字である限り労働内容にこれといった制約はない。
 極端な話、1日で15万ゴールド稼げれば、残りは休んでもOKだ。

 どれだけ頑張ったところで私の給料は日に4000ゴールド。
 なら効率良く稼ぎ、休みをたっぷりいただこうではないか。
 そんなことを考えていた。
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