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049 そして最強の転生者

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 龍斗は計画を修正した。

 更なるレベル上げを考えていたが、その必要はないと判断した。クラーケンの一件で知名度は十分だし、ここまでの戦いで自らの理論の正しさをしっかり証明できている。

 ならば次の段階――理論の普及だ。

 仁美の脱退から1ヶ月後、龍斗は行動を起こした。貯めていたお金を使い、あることを始めたのだ。

「天才冒険者の龍斗君が冒険者養成所を設立したと聞いて、大田区の久が原にやってまいりました!」

 龍斗の家の前でアナウンサーが紹介する。

 そう、彼が始めたのは冒険者養成所だ。

 養成所は他にも存在するが、龍斗の養成所は他とは違う。

 短期集中型なのだ。

 期間は半年で、その間は龍斗の家で生活をしてもらう。また、加入時のレベルは10以下で、ステータスやスキルのポイントは龍斗が指定したように振らないといけない。他の養成所に比べて自由度が低い。

 その代わり、龍斗は超速レベリング理論を惜しみなく叩き込む。彼の代名詞である〈チャージキャノン〉だけでなく、地域や育成プランにあったスキルを教える。

「龍斗君、どうして養成所を設立しようと思ったのですか?」

 アナウンサーが龍斗にマイクを向ける。

「俺はかねてより自分の理論に従って活動してきました。テレビではよく『天才冒険者』などと言われますが、それは間違いなんです」

「間違い?」

「俺の理論に従えば、誰でも天才冒険者になれるんです。俺が特別なんじゃない」

「なんと!」

「もちろん冒険者なので危険はつきものですよ。この点は普通の冒険者と同じです。ウチの養成所に入ったからといって、安全に強くなれるとは思わないでください。魔物と戦う以上、リスクは避けられません」

 龍斗は適当な回答で質問を乗り切っていく。いかにも昔から養成所を作る気でいたかのように振る舞いながら。

 だが、実際のところは違っていた。

 当初は引き取った孤児を育てて理論の汎用性を証明する予定だったのだ。しかし孤児を引き取るのには審査が必要で、彼はそこで引っかかった。

 審査があること自体は龍斗も知っていた。条件もおおよそ把握している。豪邸を買ったのも審査に通過する為だ。経済的に余裕があることを見せる狙いがあった。

 それでも彼は孤児を引き取れなかった。経済面は問題ない。表向きの条件は一通りクリアしている。だが、決定的に足りていないものがあった。

 年齢だ。15歳で里親や養父になるなど、日本では不可能だった。

 そこで代案として閃いたのが冒険者養成所である。

 養成所には三つのコースが用意されている。『ボス特化』『雑魚特化』『支援特化』だ。かつて仁美やポポロと狩りをしたように、養成所の教え子たちにも三人PTで行動してもらう。

 龍斗の養成所には全国から申請が殺到した。

 冒険者は底辺の代名詞だが、それは月に数十万しか稼げない者に限った話だ。月に数百万・数千万、さらにその上の億単位で稼げる可能性を秘めているとなれば、底辺もへったくれもなかった。資本主義の世の中でモノを言うのは金だ。地獄の沙汰も金次第である。

 しかし、全ての申請を受けることはできない。

 そこで龍斗は条件を変更し、15歳以上20歳未満の中卒に絞った。冒険者として活動することが可能で、社会のレールから脱線している者たちだ。

 これによって希望者は10人まで絞られた。

 そこからさらにやる気がありそうな人間を3名ピックアップする。

 世間がクリスマスを意識し始めた頃、龍斗の養成所が始動した。

 ◇

 養成所の1期生は三人とも女子で、年齢は龍斗と同じだ。

 年末年始を使って、龍斗は三人のレベルを20に上げた。

 それから先は、彼が歩んだ道を辿らせる。

 ベビードラゴンジュニア、ブラックライオン、コカトリスクイーン。

 それらの狩りと並行して、超速レベリング理論を徹底的に叩き込む。魔物の習性、戦い方、弱点、等々……。

 三人の女子はよく学び、そしてよく育った。

 時は過ぎて5月になり、三人のレベルは100に到達した。

「予定より少し早いが今日を以て卒業だ」

 龍斗の養成所はレベル100でおしまいだ。

 だから、クラーケンの討伐方法は教えていない。

 もっとも、教えるまでもなく、三人はクラーケンの討伐法を知っていた。

 龍斗の構築した超速レベリング理論を完全にマスターしているからだ。

 もはやどこでどんな魔物と戦っても問題ない。

「短い間だったがお疲れ様。よく頑張ってくれた」

 こうして三人は旅立ち、龍斗の計画はフィナーレに突入する。

 ◇

 7月某日、龍斗は超速レベリング理論を冒険者学会で発表した。

 約20年前に発表した時は見向きもしてもらえず、机上の空論として嘲笑されるだけだった理論。

 それを再び学会の場で発表したのだ。

「これが龍斗君のレベリング理論……!」

「攻撃力を特化してボスを一撃で倒すだと……!」

「なるほど、ザコは範囲スキルを使うことでサクッと狩れるのか!」

「実に無駄のない効率的な理論だ……!」

「素晴らしい、素晴らしすぎるぞ、これは!」

 龍斗の理論に異論を唱える者はいなかった。

 もしも理論を実践していたのが彼だけだったら、「どうせ君が特別な存在だっただけで、一般人には無理無理」などとケチをつけられていただろう。

 しかし、龍斗はそうではない。自分だけでなく、養成所のメンバーまで半年足らずで100レベルまで育て上げたのだ。

 その手腕は本物であり、ケチをつけられる者はいなかった。

 ◇

 龍斗の超速レベリング理論は一気に広まった。

 彼の代名詞である〈チャージキャノン〉を始め、これまではネタ扱いにすらならなかったスキルがスポットライトを浴びた。

 既にレベルを上げていた冒険者たちは自分の能力に後悔し、ゲームによくあるステータスやスキルを再配分する術はないのかと嘆いた。

 だが、いいことばかりではない。

 新たな問題が起きていた。

 高校に進学しない学生の数が爆発的に増えたのだ。特に中流以下の家庭では、中卒冒険者がブームになった。貧しい家庭では、「偏差値の低い高校に通うくらいなら冒険者になれ」と教えられるようになったのだ。

 これによって、研究職など大卒や院卒が求められる職場が人手不足に陥ってしまった。

 しかしそんなことは、龍斗にとって関係のない話だ。

 ◇

 数年後。

 超速レベリング理論の普及が終わり、自宅兼養成所を卒業生たちに託した龍斗は、新たな目標を探すべく都会を彷徨っていた。

「また考え事?」

 龍斗と腕を組んでいる女――仁美が尋ねる。

 二人は少し前から恋人関係になっていた。

「まぁね」

「アーリーリタイアしたはいいけど退屈だもんねー」

「かといって今さら冒険者に戻るのもな」

 仁美だけでなく、龍斗も冒険者から足を洗っていた。

「私らの頃とは時代が変わったしね、龍斗のせいで」

「全くだ」

 最近はどこの狩場も冒険者で溢れていた。

 世はまさに空前の冒険者ブームである。

「あ、そうそう、お父さんの遺品を整理している時にね、西部劇のDVDを見つけたの。家に帰ったら一緒に観ない?」

「西部劇とか興味ないんだが」

「だからこそよ。何か発見があるかもしれないじゃん」

「仁美がそう言うならそれでもいいけど」

 二人はスターハックスに入り、コーヒーを買ってテーブル席に座る。

「龍斗の理論はもう古いって」

 すると隣の席で、若い冒険者が人差し指を立てて話していた。

 龍斗と仁美は口を閉ざし、何食わぬ顔で彼らの話を盗み聞きする。

「古いか? 攻撃力特化でサクッと倒すとか最高だと思うが」

 話し相手の男が言う。

「そこはいいんだよ。問題はスキルのほうだ」

「スキル?」

「無闇に特化し過ぎだよ。ありゃアホだね、アホ。ぶっちゃけアホ」

 龍斗の眉がピクピクと動く。

 仁美は「あらぁ」と苦笑い。

「あいつの理論ってさ、最初にどういうルートでレベル上げをするか決めるじゃん? 龍斗の場合だったらベビドラ、ブラライ、コカクイ、最後にクラーケンだ」

「そうだな」

「でもそれって、あいつが理論を発表する前だからできたんだよ。今の時代に前もって計画を立てても無理無理」

「言われてみればたしかに。今はどこの狩場も混雑しているもんな」

「そういうこと。特にコカクイとか最悪だよ」

「コカトリスクイーンね、なんで最悪なんだ?」

「あいつとの戦いはかなり危険だ。集中力が必要になる。そんな時に他の奴らとバッティングしてみろ。事故死するリスクがぐっと高まる。現にコカクイでは死亡事故が増えているだろ」

「たしかに」

「だからスキルはもっと幅広く上げるべきなんだよ。臨機応変が大事なんだ」

「でもそうするとボスを倒すのに苦労するんじゃないか?」

「その辺の匙加減は難しいな。適応力を上げるためとは言え、無闇やたらにスキルを覚えるのはよくない。だから俺が新たな理論を構築して発表しようと思う。そうすりゃ龍斗の理論なんざおしまいだ。時代遅れのオールドセオリーから解放されるってわけだ」

 男がそこまで言った時、龍斗はテーブルをバンッと叩いて立ち上がった。

「えっ、貴方は、もしかして」

「龍斗……!? もしかして本物!?」

 男たちが愕然としている中、龍斗は仁美を見る。

「仁美、行くぞ」

「行くって、どこに?」

「決まってるだろ、ギルドだ。今日から冒険者に復帰するぞ。現代の環境に対応した、より汎用性の高い超速レベリング理論を構築する時だ!」
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