上 下
8 / 49

008 一ヶ月

しおりを挟む
 龍斗の狩りは平日オンリーで、土日祝はお休みである。それに狩りの時間は大して長くない。下手すると一般的な冒険者よりも短かった。

 これは超速レベリング理論の汎用性を証明する為のものだ。

 彼の理論に参考書ぽいタイトルをつけるなら、頭の部分に「誰でもできる」や「猿でも分かる」といった言葉がつくだろう。それが開いてみれば「休むことなく狩り続けなさい」やら「日に10時間の戦闘は必須」などと書いていたらどうだ。読者はネット通販のレビューにこう書くに違いない――尻を拭く紙にしては固すぎました、と。

 だから龍斗は、もっと戦いたいという気持ちを押し殺して活動する。その気になれば複数の狩場を転々として乱獲することなど造作もないが、それをすれば理論の証明に悪影響を及ぼすから。

 それでも、彼のレベルは常人とは比較にならない速度で上がり続け、初めての狩りからわずか1ヶ月でレベル50に到達した。レベル50以上というのは、冒険者の上位5割に相当する。

 そう言えば多くいるように聞こえるが、それは誤りだ。多くの冒険者はレベル50になるよりも先に怪我などの理由で引退する。もちろん消えていった連中は数に含まれない。だから上位5割に該当するのは基本的にキャリア5年以上……冒険者の中ではベテランと呼ばれる連中なのだ。

「50になったしここは卒業だな」

 明日からは新たな狩場に進出しよう。そんな風に思いながら、龍斗はベビードラゴンジュニアの魔石を回収した。

 ◇

「今日も狩りか? 頑張っているな」

 翌朝、家を出ようとした龍斗に父親が声を掛ける。いつもなら出勤している時間だが、今日は有休を取って休んでいた。

「今日から新しい狩場に行くよ」

「そうか。あんまり無理するなよ」

「分かっているさ」

「龍斗、お弁当と水筒を忘れているわよ」

 今度は母親が話しかけてきた。リビングから駆け寄ってくる。

「ありがとう、母さん」

 龍斗はそれらを受け取り、リュックの中にしまう。

「冒険者は個人事業主扱いになるからお金の使いすぎに気をつけてね」

「大丈夫、稼いだ金は殆ど使わないで貯金しているから」

「そう。気をつけて頑張ってらっしゃい」

 中学を卒業した龍斗が冒険者デビューを果たしてから1ヶ月が経った。

 この1ヶ月で、彼に対する両親の対応は大きく変わっていた。狩りに出た日は決まって数十万円という大金を稼いでくるからだ。最初こそ「今回は運が良かっただけだろう」と思っていたが、すぐに認識を改めることになった。

 龍斗が4月に行った狩りの回数は20回。その全てでベビードラゴンジュニアを根絶やしにしてきた。

 それによって稼いだ額は約800万円。これは彼の父親の年収をも上回っていた。

「父さん母さん、行ってくるよ。今までよりもたくさん稼げるようになる予定だから楽しみにしておいてくれ」

 龍斗は笑顔で言うと、駆け足でギルドに向かう。

「今までよりも稼げるって……」

「今の調子でも年に1億近い稼ぎだ。税金でがっぽりとられても数千万は残る。それなのに、今までよりもだと……」

「あの子、私たちとは見えている景色が完全に違うわね」

「全くだ」

 両親は口をポカンとしながら見送った。
しおりを挟む

処理中です...