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012 混浴

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 不整脈に陥りそうなほど鼓動が乱れている。
 口を開けば上ずった声で間抜けなセリフを繰り出すだろう。

「ふむ……!」

 故に俺はそれだけしか言わなかった。
 すると、梨花が話を進めてくれた。

「一人じゃ不安なの……。ほら、ここって上から侵入できちゃうじゃん?」

「言いたいことは分かる」

 大浴場は大部分が露天風呂になっているのだ。
 脱衣所を出てすぐの洗い場と一部の小さな浴槽だけが屋内にある。
 源泉掛け流しのひのき風呂は屋外に設置してあった。

 しかも、屋内と屋外を区切る扉が存在しない。
 飛行タイプの魔物ならノンストップで洗い場まで辿り着けるのだ。

「涼真君が嫌じゃなければ一緒に……どうかな?」

「いいよ」

 無の心で承諾した。
 少しでも思考を巡らすとまずい。

「よかった! ありがとー」

「おう」

「じゃ、じゃあ……」

 服を脱いで風呂に入るぞ、と言いたいようだ。

「俺はあっちで脱ぐよ」

「あ、ごめん、気を遣わせて」

 隅のほうに移動してサッと裸になる。
「ご自由にお使いください」と書かれたコーナーからタオルを拝借。
 フェイスタオルとボディタオルを各1枚ずつ。
 それでイチモツを隠しつつ、お先に浴場に向かう。

(うお!)

 脱衣所と風呂場を繋ぐ扉の前で気づいた。
 洗面台の鏡に梨花の姿が映っていたのだ。

 立った状態で黒のストッキングを脱いでいる。
 生の太ももが見えた時、思わず「おほっ」と声が漏れた。

(なんだあのエロさは……!)

 別に下着が見えたわけではない。
 弾力のありそうな太ももが「こにゃにゃちはー」と出ただけだ。
 それなのに恐ろしいまでの誘惑ぶりだった。

(いかんいかん……!)

 慌てて目を逸らす。

「先に入っとくよ」

「はーい」

 欲情する前に浴場へ逃げ込んだ。

 ◇

 梨花がやってきたのは、俺が体を洗い終えた後だった。
 俺に配慮したのかバスタオルを体に巻いている。
 洗い場の傍で立って話す。

「えらく遅かったけど大丈夫?」

「ごめん、ちょっと色々あって」

 きっと用を足していたのだろう。
 女子なので「ウンコしててさぁ」とは言えないわけだ。
 流石の俺でもそのくらいは理解できる。

「大丈夫ならかまわないよ」

 あまり話していると不整脈で死にかねない。
 手短に済ませて、「じゃ」と屋外のひのき風呂に向かった。

「あぁー、気持ちえぇ!」

 温泉のお湯を顔にぶっ掛けたくなる。
 しかし、直前になって衛生面が不安になり控えた。
「下半身を湯船に浸けた後で気にするのか」と言われそうだが。

(そういえばここって誰か管理しているのかな)

 フェイスタオルに包んでいたスマホを取り出す。
 適当なSNSを回って情報を探した。

(不思議なもんだぜ、魔物が出てもネットが使えるなんて)

 ネットだけではない。
 電気、ガス、水道……どのインフラも生きている。
 命懸けで環境を守ってくれている方々には頭が上がらない。

「お、あった」

 SNSではなく匿名掲示板に情報があった。
 週に1回、地元の住民たちが清掃をしているようだ。
 皆で協力して温泉を守っているのだという。

『事後報告ですみません、利用させていただきました』

 俺はお礼の言葉を書き込む。
 他の利用者も同様に感謝の言葉を書いていた。

『風呂の中で小便なんぞしたら死刑だぞ死刑!』
『トイレは綺麗に使えよ! クソしたあとは掃除しろ!』
『使った布団は廊下に出しといてくれ。下手に畳まなくてよい』
『淫らな行為は絶対ダメ! そういうのはラブホでするように!』

 数分後には返事が届いていた。
 若々しい口調だが、書いているのはもれなく60歳以上の爺さんだ。
 俺は『分かりました』と返して掲示板を閉じた。

「あー! 涼真君、お風呂でスマホ! わるーい!」

 梨花がやってきた。
 タオルで体を隠しているからか恥じらいがない。
 迷わず隣に座ってきた。

「そういう梨花こそバスタオルを巻いたまま入浴しているじゃないか」

「これはその……二人きりなのでセーフ!」

「なんと自分勝手な」と笑う。

 梨花も「えへへ」と釣られて笑った。

「で、スマホで何してたの? まさか私のことを隠し撮りして……」

「しないって! ネットを見ていたんだよ」

 俺はスマホをフェイスタオルで包んで適当な場所に置いた。

「すげーよなぁ」

「なにが?」

「たった半年で魔物と共存できていることがだよ。俺の寝ている間に色々あったんだろうけどさ、今じゃなんだかんだで世界が回っているじゃん」

 もちろん以前と同じというわけにはいかない。
 貨幣制度は崩壊しているし、政府も機能していない。
 テレビは映らず、娯楽は壊滅的で、人口だって激減している。

「あー」と納得する梨花。

「俺さ、人類ってすごいなって思うよ。適応力の高さっていうのかな? そういうのがさ」

 梨花は何も言わず、しばらく夕日を眺めていた。

「涼真君はさ、魔物の出現する前と後の世界、どっちが好き?」

「唐突に妙な質問をぶっ込んできたな」

「だって唐突に気になったんだもん」

 梨花は夕日を眺めたまま笑った。
 なんだか儚げだ。

「どっちが好き……か」

「普通の人は意識不明になっていないから、世界が変わっていく過程を体験しているじゃん? そういう人からすると、今に至るまでの苦労があるから『こんな世界は嫌だー』って思うものだけど、涼真君は寝て起きたら世界がガラッと変わっていた感じでしょ?」

「たしかに」

「だからどんな風に感じているのかなって」


「なるほどな」

 俺は腕を組んで考えた。

「ぶっちゃけ俺は今のほうが好きだな、梨花には申し訳ないけど」

 彼女は両親を魔物に殺されている。
 そのことを考えると言いづらかった。

「私のことは気にしないでいいよ。でも、どうして今のほうが好きなの?」

「厳密には今が好きっていうより、前よりマシに感じるってだけなんだ」

「そうなの?」

「魔物が出る前は退屈だった。自分のせいだと言われたらそれまでなんだけどさ、ずっと空虚な時間を過ごしていたんだ。何か趣味があるわけでもないし、何かを始めてもすぐに投げ出して、生きていると言えるのかどうかも分からなかった。友達だっていなかったしな」

 梨花は何も言わずに耳を傾けている。

「そういう日々に比べたら今は充実しているよ。魔物との戦いはスリル満点だし、ブラックドラゴンを倒すって目標もある。こうやって梨花と仲良くなることもできた」

「最後のは余計でしょ」

「かもな」

「ちょっとー! そこは『かもな』じゃないでしょー!」

 二人で声を上げて笑った。

 ◇

 入浴が終わり就寝時間になった。
 時刻は19時を過ぎ、外が急速に暗くなってきている。

「いっち、にー! さん、しー!」

 梨花は布団の上で寝る前のストレッチに明け暮れている。
 館内着の薄い浴衣が胸の輪郭をくっきり表していた。

「同じ部屋で寝るのはいいけど、布団をくっつける必要はあるのか?」

 高級宿なだけあって部屋の広さは相当だ。
 それなのに、俺たちの布団は隙間なく並んでいた。

「えー、いいじゃん! ダメだった?」

 そう返されると「ダメじゃない」としか言えない。

(近すぎたらムラムラするんだって!)

 などと思うが、胸の内を言うわけにはいかない。
 俺は広縁ひろえん――旅館の窓際にあるスペース――のミニテーブルに座り、窓の外を見て気持ちを落ち着かせた。

「ん?」

 遥か遠くの道路から何かが近づいてきている。
 なんだあれ、と目を凝らす。

「どうしたのー?」

 梨花が傍に来る。
 その頃には、俺の顔は真っ青になっていた。

「やばいぞ! 魔物の軍勢だ!」

 遠目に見えるそれは魔物だった。
 それも数十・数百などという数ではない。
 数千、いや、それ以上――万単位の大軍だった。
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