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006 世界の変貌

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 目を開けると、黄ばんだ白い天井が飛び込んできた。

「ここは……」

 上半身を起こそうとして気づく。
 左腕に点滴が繋がっていた。

「病室……みたいだな」

 他に三つのベッドがある。
 それらは未使用で、俺以外には誰もいない。

「いったい何がどうなって……」

 最後の記憶を辿ろうとするがよく思い出せない。
 たしか世界中に魔物が現れて、それで……。

「涼真君!? 起きたの!?」

 扉が開き、制服姿の女子が駆け寄ってきた。
 天宮梨花だ。

「涼真君って呼ばれるほどの関係性ではなかったはずだが」

「あ、ごめん! 涼真君が寝ている間、ずっとそう呼んでいたから! じゃあ今からそういう関係性になろ! 私のことも梨花って呼んでいいから!」

「別にいいけど……えっと、それで梨花――」

「私、杏奈を呼んでくる! 待ってて! 動いちゃダメだよ!」

 梨花は俺の言葉を聞かずに「杏奈ー!」と部屋から出て行った。
 その数十秒後、杏奈を連れて戻ってきた。
 彼女も制服を着ている。

 杏奈は俺を見て「わお」と驚いた。

「ついに目覚めたかー! 調子はどう?」

「調子は微妙だ。というか、何がどうなっているんだ?」

「そっか、涼真はずっと寝ていたから何も知らないんだね」

 杏奈の顔から笑みが消えた。

「点滴の交換は私がするから、杏奈が説明してあげて」

 杏奈が承諾し、梨花が再び病室から出て行く。

「じゃあ順を追って話すね」

 杏奈は隣のベッドに座って脚を組んだ。
 スカートの丈が短いため太ももがよく見えている。
 実に素晴らしい。

「最初に、ここは松崎町の市民病院だよ。松崎町は分かる?」

「地元だから分かるよ。ていうか、やはり病院だったか」

「この見てくれで病室じゃなかったらびっくりだよね」

 あはは、と笑う杏奈。

「で……俺はどうしてここに?」

「ドラゴンにやられたの。覚えていないかな?」

 そう言われて思い出してきた。

「高速道路の戦いか」

「そうそう。全身の骨がバッキバキに折れて、複数の臓器が派手に損傷したんだよ」

「マジか。よく生きていたな」

 己の生命力に驚く。
 杏奈が大袈裟に言っていない限り致命傷だ。

「大変だったよ! 何回も手術してさ! 看護師の数が足りないから私や梨花も手伝ったし! でもね、手術後のほうが大変だったんだよね」

「というと?」

「涼真の意識が戻らなかったの。原因が分からないからお医者さんもお手上げ状態で、このままずっと起きないんじゃないかって思っていたもん」

「そうだったのか」

「結構な時間を眠っていたんだよー! このお寝坊さんめ!」

 言われてみれば完治している。
 全身の骨をバキバキに折ったとは思えない状態だ。

「はーい、点滴を交換するので動かないでくださいねー!」

 梨花が戻ってきた。
 さながら看護師の如き慣れた手つきで点滴の交換を開始する。
 俺は礼を言い、杏奈との会話を続けた。

「よほど長く寝ていたようだけど、魔物が現れてからどのくらい経ったんだ?」

「約半年かな」

 反射的に「ひぇ」と漏らす。

「そりゃ骨折も治るわけだ。で、俺を半殺しにしたドラゴンや他の魔物は? もう自衛隊が駆逐し終えたのか?」

 杏奈は神妙な顔で首を振った。

「魔物は今も健在で、人類に代わって地球を支配しているよ。政府は崩壊したし、人口も激減した。学校の皆も殆どが死んじゃったよ」

「思ったよりも壮絶だな。でも、そんな割に意識不明の俺を養ったり、インフラを維持したりできているみたいだが?」

 天井に設置されたLEDの蛍光灯が空間を照らしている。
 なんだか信じられない話だった。

「それには理由があるの」

「なんだ? 俺たちは魔物の奴隷にでもなったのか?」

 杏奈は「まさか」と笑った。
 俺は真面目だったが、彼女は冗談と捉えたようだ。

「ゲートは覚えているかな? 魔物が出てくる黒いモヤモヤ」

「見たことはないけど単語自体は覚えている」

「魔物はあのゲートを通って地球に来るんだけど、同じ要領で別の場所に行くこともできるの」

「別の場所って、地球以外の惑星ってことか?」

「惑星なのか別次元の空間なのかは知らないけど、とにかくどこかへ行けるわけ。でね、あいつら、夜になるとゲートに戻っていくんだよね」

「夜間は平和ってことか」

 杏奈は頷いた。

「完全にいなくなるわけじゃなくて、ザコがちょろちょろっと残ることもあるんだけど、ザコなら私たちでも倒せるから平気!」

 私たちでも倒せる、という発言に驚いた。
 魔物が出た当初の杏奈からは想像もできないセリフだ。
 俺の寝ている半年間に色々あったのだろう。

「おおむね把握した。要するに日中はゲートから離れた場所で活動して、夜間になるとゲートのある場所にも行く……というスタイルで魔物を避けて生きているわけだな」

 杏奈ではなく梨花が「うんうん」と肯定する。
 点滴の交換を終えた彼女は、杏奈の隣に腰を下ろした。
 こちらもスカートが短い。
 それに太ももが杏奈よりもムチムチしている。
 ローキック一発で折れそうな細さもいいが、ムチムチなのもいい。

「魔物が出る前の日本って、国土の半分以上が山とか森だったじゃん? でも今は伐採が進んでだいぶ減ったよ」

 へぇ、と相槌を打つ。

「さっき政府が崩壊したって言っていたけど、じゃあ今は誰が仕切っているの? 天皇陛下? もしかして陛下も死んだのか?」

「天皇陛下は生きているよ。でも指揮は執っていないね。今は主に自衛隊の人らが仕切っている感じ。たぶん実質的な日本のトップは陸自で一番偉い人になるんじゃないかな」

「陸上幕僚長か」

 その後も、杏奈から一変した世界について教わった。

「そういえば、俺のトンファーはどうなった?」

 ベッド横のサイドテーブルにはスマホとモバイルバッテリーしかない。

「トンファーは回収し損ねちゃってないのよ」

「そうか」

「ごめんね」

「いやいや、助けてもらっただけありがたいってものだよ。ていうか、よく助け出せたな。ブラックドラゴンがいたのに」

「アイツは涼真に尻尾を叩きつけてすぐに飛んでいったからねー」

「不幸中の幸いってやつか。で、あのドラゴンってまだ生きているのか? もう自衛隊にぶっ殺された?」

「生きているよ。アイツのせいで今があるわけだし」

「そうなのか。ならリベンジしないとな」

 俺の言葉に、杏奈が「無理無理」と笑った。

「ザコは私たちでも倒せるし、そこそこ強い奴でも自衛隊が束になったら余裕なんだけど、あのドラゴンには歯が立たないんだよね。自衛隊の人が戦闘機で挑んだけど返り討ちにされたらしいよ」

「戦闘機ですら勝てないのか……」

「やばいよ、ほんとに!」

 とんでもない強さだ。
 そりゃ【雷霆】をいくらぶち込んでも死なないわけである。

「すると制空権は完全にドラゴンが握っているわけか」

「だねー」

「ねね、涼真君!」

 梨花が手を挙げた。
 それだけの動作で大きな胸が揺れている。
 思わずニヤけてしまった。

「杏奈に聞いたんだけど、涼真君がトンファーを振ると雷が落ちるんだって?」

「俺がっていうより、あのトンファーが特殊なだけさ。【雷霆】付きだからね」

「「雷霆?」」

 首を傾げる二人。

(しまった、うっかり話してしまった)

 まぁいいか。

「信じられないと思うけど、実は――」

 俺は異世界アプリの件を話した。
 〈Yotube〉や〈Amozon〉、装備やオプションのことを。

「たしかにぶっ飛んだ話だと思うけど、あの雷を見れば信じざるを得ないや」

 意外にも杏奈は信じてくれた。

「嘘を言っているようには見えないし私も信じる!」

 梨花も疑わなかった。

「まさか異世界人が存在するなんてねー」

「びっくりだよね!」

 杏奈と梨花が楽しげに話している。
 俺はスマホを手に取った。

「このスマホ、充電してくれたの? 半年も使っていなかったのにバッテリー残量が100%なんだけど」

 二人は首を振った。

「これもモバイルバッテリーの効果か」

「でもそのバッテリーって壊れていない? 私、使わせてもらおうと思ったけど反応しなかったよ」

 杏奈が言うと、梨花が「実は私も」と続いた。

「たしか俺が使用した時点で俺しか利用できなくなったはず。リスナーの誰かがそんな説明をしていた記憶がある」

「「へぇ」」

 まずはメールやチャットを確認する。
 案の定、両親からは只の一通すら連絡がなかった。
 現在進行系で魔物の討伐に明け暮れている可能性が高い。

「私と梨花は畑仕事を手伝ってくるねー!」

「涼真君は安静にしているんだよ?」

 二人がベッドから下りる。

「待ってくれ、俺も手伝うよ」

「気持ちは嬉しいけど、まずはリハビリをしたほうがいいんじゃない? ずっと寝たきりだったから動けないでしょ?」

「大丈夫だ」

 俺は点滴を外し、ベッドから下りた。
 そのまま立とうとするが、足に力が入らず体勢を崩す。
 杏奈と梨花が慌てて支えた。

「ほら! 言わんこっちゃない!」

「大人しくしていなさい、涼真君!」

「はい……」

 さすがにこれでは足を引っ張るだけだ。
 俺は新たな戦いに備え、リハビリ生活を開始した。
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