ヒキアズ創作BL短編集

ヒキアズ

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(125)攻め×攻め陽寄CO文化祭編

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陽寄にカミングアウトする話&文化祭
攻め×攻めの番外編。陽寄にカミングアウトする話&文化祭(メイド喫茶)の話。フェあり。
受けの母性が目覚めてくるの(とそれを攻めが利用するの)、好きです!

ーーーーーーーーー

 とある日の東秀学院昼休み。「覚えてろよ!」と陳腐な捨て台詞を吐いて逃げ出す輩の足音が響く。
「紫音、ありがとう……! 大好き!」
「えへへ。小晴が無事でよかったよ……!」
 小晴に抱きつかれた紫音が、デレデレと鼻の下を伸ばす。
「……なんだよ、アレは」
 語尾にハートマークのついた会話を聞きながら、偶然通りかかってしまった烈花は、うんざりした顔で額を押さえる。
「いつものだよ! 小晴くんを狙った不届き者に番犬くんが鉄拳制裁! そして勝利のイチャラブ! キィィ~! NTRッ! それはそれでなんかハァッ、いい~ッ!」
 廊下で繰り広げられるそれを見ていた三久は、ようやく話し相手が来たと喜び、これ見よがしにハンカチを噛む。
「いいのかよ……」
「あ、烈花は良くない感じ? ふ~ん。嫉妬カワイ~!」
 揶揄ってくる三久も、これ見よがしに「大好き」とか言って見せつけてくる小晴も、烈花にとっては少々鬱陶しい。
 この二人、最近オレに嫌がらせすることを、とことん楽しんでやがる……。
「うるさいな。てか、いい加減陽寄のことはお前が守ってやれよ」
 腕を組み、冷たい視線をくれてやると、三久はすぐさま被害者の仮面を張り付ける。
「え~? 無理だよ~。僕って見た目通りか弱いしぃ~! それに、小晴くんは守られなくたって、一人で上手く切り抜けるでしょ、実際」
「それは……。確かに」
 裏の顔を知ってしまった今、頷くより他はない。むしろ、番犬がワンワン荒っぽく解決するよりも、小晴が天使の振りして上手く立ち回った方が、波風立たなくて良い気がする。
「てか、そもそも。番犬くんがいつまで経ってもデレデレな方が問題だって!」
「それは……。確かに」
 今度は、最初よりも深く頷いて、烈花は紫音に目を向ける。
 相変わらず仲睦まじく、じゃれ合う二人に、烈花は首を振る。今に始まったことではない。
「でもまあ、アイツの中で陽寄は未だに天使だし……。仕方ないことだ」
「烈花ってばさ~。物分かりが良すぎるって」
 呆れた顔でこちらを見る三久から目を逸らし、烈花は手を振り仕事へ戻る。
 こんなことでいちいち嫉妬なんかしてちゃ、ハンカチがいくつあっても足りないだろ。


「先生。俺、小晴に、ちゃんと烈花のこと紹介する」
「は? 何をいきなり」
 その日の放課後、大真面目な顔で紫音に両手を取られた烈花は、目を見張る。
「夏伏に言われた。区切りつけろって。それに、俺もいつ紹介するべきか迷ってたんだ。小晴に受け入れられなかったら……とか考えると、弱気になっちゃって……。ついつい先延ばしにしてきたけど……」
 別に、陽寄はとっくの昔にこっちのことなぞ知ってるわけだから、弱気になる必要はないと思うが……、と心の中でツッコミを入れつつ、烈花は「まあ、お前のペースで言えばいいさ」と、物分かりの良い顔をしておく。
 が、どうやらそれが紫音のプライドに火をつけてしまったらしい。
「俺、ちゃんと小晴に振られます」
「え?」
 しっかりと目を合わせて一言一句に力を込めた紫音に、烈花は少し唖然とする。
「好きだった、ってちゃんと伝えるから。見ててください」
「いや、なんだよその地獄」
 百歩譲って、伝えるのは自由だが……。何でオレが見とかなきゃいけないんだよ……。
「でも、そうしたら少しは安心してくれるでしょう?」
「そんなことしなくても……、」「俺がしたいの。駄目?」
 烈花の言葉に被せるようにして、紫音は子犬のような瞳を向け、首を傾げる。
「だ、駄目っていう訳じゃないが……。でも、ほら。今はみんな、文化祭の準備で忙しいから……。人手が足りない中で、万一、お前たちのメンタルが作業に支障をきたすと……ほら、良くないだろう?」
 いつもならば、とっくに子犬の目に敗北している烈花だったが、何とか理由をつけて損な役回りを遠慮しようと試みる。
「じゃあ、文化祭が終わってから、三人で落ち合いましょう」
「うう……、なあ、オレは行かなくてもいいだろ……?」
 しっかりと頭数に入れられていることを心の中で嘆き、烈花は、ため息と共に言葉を吐く。
「怖いんですか?」
「そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ、決まりですね」
 まんまと言葉を買ってしまった烈花に、紫音はにっこりと満足そうに微笑む。
「……どうなっても知らないからな」
 やや不貞腐れながら、烈花は紫音の手を振り払う。が、すぐに引き寄せられて口づけを落とされる。
「ありがとうございます」
「……馬鹿。お前なんか、コテンパンにフラれて、泣きべそ掻いて幻滅されろ」
「ふふ。そうなったら慰めてくださいね、先生」


 文化祭当日。「メイド喫茶」の看板を掲げた教室内で、ぱらぱらと拍手が巻き起こる。
「う、うわ~! 小晴くんのメイド姿ッ! 可愛すぎる~ッ!」
「え~? なんだか照れるなぁ……」
 大袈裟に眩しがる三久に、ぶりっ子モードの小晴がもじもじとスカートの裾を握りしめる。ウィッグをつけている訳でも、メイクをしている訳でもないのに、小晴はその可愛らしい顔と小柄な体躯で見事に膝上丈のメイド服を着こなしていた。
「いや、マジで駄目だよね、こんなの! ちょっと烈花! なんでこんなのオッケーしたのさ!」
 なんでオレのクラスにお前が当たり前のように居座ってんだ、という言葉を飲み込んで、烈花は渋々と羽織っていたジャンパーを脱いで、小晴に掛けてやる。
「いや、オレは生徒たちに全部投げてたから……。てか、それを言うなら山家だろ」
「確かに。番犬くんが許すはず……」
 二人が彼を探すために教室内に視線を巡らせた瞬間、教室のドアががらりと開く。
「山家……?」
『おい、誰だよ、山家にメイド服なんて着せた奴! 殺されるぞ!?』『いや、だって。クラスメイト全員メイド服って言ったじゃん! アイツだけハブったら、それはそれで怖いだろ……』
 メイド服を身に纏った紫音は、特に表情もなく教室の中へ入ってくる。
『いやでも、あれは……』『うん、意外とアリかも……』
「あ?」
『ひ、嘘無し! 無しです~!』
 可哀想に、紫音に睨まれたクラスメイト達は泣きそうになりながら後退る。しかし、紫音も小晴とは違ったベクトルのポテンシャルを持ち合わせていることは事実だ。狂犬で無ければ、小晴とセットでちやほや可愛がられていたことだろう。
 烈花も彼のメイド姿を冷かしてやろうと腰を浮かすが、紫音の顔を見て再び椅子に座り直す。
「アイツ、もしかして緊張してるのか……?」
 心ここにあらず、といった様子で遠くを見つめる紫音に、烈花は顔を顰める。
「番犬くん、可愛いね~」
 烈花は、意味ありげな笑みを向けてくる三久に、乾いた笑みを零して応じる。
 勿論、これからメイド姿で接客を熟すことへの緊張ではないはずだ。それは、彼がちらちらと小晴の姿を捉えては深呼吸をしていることからもわかる。
 それでも紫音は、クラスメイトが小晴に執拗に迫ると、すぐさま番犬の仕事を果たし、すぐさま己の行動を後悔して頭を抱えた。
 この癖を直してほしいだけなのに、なんで「付き合ってる報告」と「告白」の流れになるかな……。
 そっとため息を吐きつつ、烈花は小晴に運ばれてきたオムライスに目を向ける。三口くらいで食べ終わってしまいそうな可愛らしいそれに、小晴が「おいしくな~れ!」とケチャップで魔法をかける。その光景は悪くない。
「ご主人様、どうぞ召し上がれ♡」
「流石陽寄。様になってるな」
 クラスメイトの羨望の眼差しと、それを一段と鋭くして黒く染めたような紫音の眼差しを無視して、烈花はオムライスを口に運ぶ。
「どうですかぁ?」
「うん。美味しい」
 そう答えてから、自分がもう冷凍食品の味では満足できないことに気づいて、内心で汗を流す。紫音の作ったオムライスとこれを、無意識に比べてしまっていることが恐ろしい。
「もう少し温める時間を増やしてもいいかもしれない。よし、じゃあ今日は頑張ろう!」
「はい!」
 担任の責務を果たし、烈花はそそくさと教室を後にする。午前は学園の見回りを担当しているから気が楽だ。だが――。


「お~、流石烈花! 似合ってるぅ~!」
 午後。着替えを済ませて教室に戻ると、待ち受けていた三久が、烈花に向かって拍手を送る。それに追随して教室中から歓声が上がる。
 それを片手で制してから仰々しくお辞儀をすると、烈花は配膳の手伝いに加わる。
 別に、疚しい格好をしている訳ではない。このメイド喫茶の中で、彼だけは例外としてメイド服を着るという不名誉を「担任特権」「東秀学院抱かれたい男特権」を使い、回避した。つまり、彼は支配人というていでカマーベストを身に纏い、気障ったらしく微笑むのが仕事なのだ。
 別にそれ自体は烈花の得意分野なので、なんら苦痛でもない。彼にとって憂鬱なのは、外からの客によって、いつもより脅かされる小晴を見ることだ。もっと言うと、それを牽制する番犬とお姫様の「これ見よがしイチャイチャ二人の世界」を見せつけられることだ。
 いや、仲睦まじくて微笑ましいという気持ちはあるんだが……。どうしても、複雑な気持ちを抱いてしまう自分の心にこそ、嫌気が差して……。
「先生、ちょっと来てください」
「え?」
 烈花が心を無にして笑顔を張り付けていると、突然背後から手を取られる。振り向いてみると、紫音がむすっとした表情を浮かべていた。
「おい、山家?」
 引き摺られるまま、人気のない階段付近まで来ると、紫音はようやく手を離してから口を開く。
「見られたくないんですよ」
 そう言うと、紫音は二つ開けていた烈花のシャツのボタンを、きっちり上まで留め直す。そして、烈花の背中を不満そうに撫でたかと思うと、ジャンパーを羽織らせた。
「おい、これオレが陽寄に渡したやつ……」
「アンタの方がよっぽど無防備ですよ! なんですかこのベスト! なんで背中が開いてるんです?!」
「いや、開いてるって言っても、シャツ着てるから……」
「えっちなんですよ! なんか!」
「ええ……? いや、その格好で言われても……」
 紫音のスカートは小晴と違い、膝下まで丈があるが、腕も足も出ていることに変わりはない。それでも他の野郎どもと違い、見苦しくないのは彼が選ばれしイケメンである証拠だ。
「ま、確かに。アンタがこれを着なくて良かったですよ」
「どういう意味だよ」
 スカートの裾を冷めた目で摘まんだ紫音に、烈花が少し目を怒らせて噛みつく。彼としては、自分もそれなりに見目が良い自覚があるので、不快に思われるのは心外だった。勿論、進んで女装などしたくはないが。
 しかし、紫音が言ったのは勿論そういうことではない。
「いや、今のままでも充分エロいのに、こんなの着たら他の奴らがアンタをどんな目で見るか……」
 紫音はその瞳に憂いを顰めたかと思うと、烈花のシャツのボタンに沿って掌を滑らせ、首、そして頬まで撫で上げる。
「ん……」
 それだけのことなのに、烈花は湧き上がる甘い痺れを押さえつけることに必死になる。
「そうなったら、絶対に許せないから……」
「ふふ、お前、ほんと盲目で笑える」
 殺気を漲らせた紫音を見て、烈花の心が軽くなる。その独占欲が小晴に対するものを上回っているようで、なんだかとても擽ったい。
「先生……」
「こら、待て駄犬。そういうのはお預けだ」
 迫ってくる紫音の額を叩いて、烈花はその身を捩って抱擁から抜け出す。
「……わかりました。文化祭が終わったら、準備室で落ち合いましょう」
「うん……」
 告白ショーの観戦チケットを突きつけられた烈花は、急に冷水を被った気分になる。しかし、苦しくなった胸元を開ける訳にもいかず。ただ、シャツの一番上のボタンを指で時折弄りつつ、無事に文化祭を乗り切ったのだった。


「かんぱーい!」
 文化祭の後片付けが終わった後、準備室で四つの紙コップがぶつかり合う。
「で。なんで夏伏先生までいるんですか?」
 紫音はジュースを一気に飲み干すと、呼ばれてないのについてきた三久に、冷たい視線を向ける。
「仲間外れにしようだなんて、酷いじゃないか! 僕がいたっていいよね?! ね、烈花~!」
 情けない声を出しながら、三久の目は烈花に助けを求める。しかし、烈花はそれに答えずちらりと小晴を盗み見る。
「夏伏先生、そこのカリカリ梅取ってくれますか?」
「ああ、ハイどうぞ!」
「ありがとうございます。これ、コーラと合うんですよね~」
「そうなの? 僕もやってみよっかな~」
 ふわふわな会話をする二人に身震いしながら、烈花は紫音に「おい、三久がいても大丈夫なのか?」と耳打ちする。
「う~ん。なんか勝手についてきたんですけど……、まあどうせ、夏伏先生には俺たちの関係、バレてますからね~」
 紫音の目は「俺は小晴に隠してたのに、先生は速攻で夏伏先生に教えるんですもんね!」と烈花を責め立てていた。
 いや、実際はオレが教えた訳じゃないんだけどな……。
 一瞬、理不尽な視線に耐え兼ねて烈花は口を開きそうになるが、「可愛い天使の小晴ちゃん」が皮を被らなくなったらと思うと恐ろしくなり、口を閉ざす。それに、紫音が正気で居られるはずがない……。
 結局、曖昧な笑みを浮かべた烈花は、黙って紙コップに口をつける。
 紫音はそれを一瞥して、むっと口を曲げたかと思うと、唐突にその手を掴み、小晴の前へぐいと引っ張る。
「小晴、聞いて。実は俺、秋霜先生と付き合ってるんだ」
「ごぼっ」
 突然引っ張られた烈花は、紙コップのジュースを零さないことに神経を注いでいた。が、紫音の言葉を聞くなり、口に含んだままだったジュースをごくりと飲み下し、無事気管に入り喉を押さえて咽る。
「い、言った~!」
 その隣で、三久は両手の拳を握りしめてぴょんぴょん楽しそうに跳ねる。
「え。そうなんだ! おめでとう!」
 目を丸くして見せた後、小晴は満面の笑みを浮かべて拍手を送る。
 烈花は、咽た涙目でその様子を見てから、よく初めて知ったみたいなリアクションできるな~、と感心する。
「引いたりとか、しないの……?」
「どうして?」
 不安そうに問う紫音に、小晴はきょとりと首を傾げる。
「だってさ、男同士だし、教師と生徒なんて……」
「そんなの、気にすることないよ!」
「小晴……」
 強張っていた紫音の顔が天使の微笑みを受けて、みるみる内に溶かされてゆく。しかし烈花の方は、その天使の笑顔は布石だと気づき、みるみる内に青ざめてゆく。
「だって。僕たちも付き合ってるし」
「え?」
「あ、えっと。付き合ってま~す」
 小晴に引っ張り出された三久が、紫音に向かってキャピりとポーズを決める。
「お、おい……」
 烈花が心配そうに紫音に目を向けると、案の定、彼は事態を処理し切れずに固まっていた。


 それから、なんとかみんなで紫音を宥めすかして、事情を説明する。
「つまり、僕は紫音が思ってるような人間じゃないってこと。今まで騙してて……ごめんね?」
「い、言った~……」
 烈花は信じられないといった表情を浮かべて、三久の手を払い、椅子に座り込む。
 途中からどうにも雲行きが怪しくなり、烈花は慌てて小晴の口を塞ごうとしたのだが、三久に止められ、紫音に止められ、ついに全てが語られてしまった。
 なんでわざわざ言うんだよ! 自分たちが付き合うために、オレたちをくっつけました! なんて……。
「じゃあ、俺たちが付き合ってることも、知ってたってこと……?」
「うん。ごめんね? 紫音がその、あんまり可愛いから、つい知らんぷりしちゃったんだ。さっきも、突然紫音が打ち明けてくるなんて思わなくって……。つい、初めて知った顔しちゃったんだ、ごめんね?」
「いや、えっと、うん……」
 可愛い顔で謝られた紫音は、目線をあちこち泳がせながら、結局は首を縦に振る。
「じゃあ、夏伏先生が俺たちのことを知ってたのも……?」
「うん。最初っから見てたから、ね?」「そうそう! 別に、烈花に教えて貰ったとかじゃないよ~! 嫉妬しないでもろて!」
 小晴と三久の言葉に、紫音の耳が赤く染まる。烈花は、何となく気まずさを覚えて、その様子から目を逸らす。
「だからね、紫音はもう僕のことを気にしてくれなくても平気だから、ね?」
「……うん」
 紫音は、あやす様な声音で告げた小晴の視線から逃げるようにして俯く。烈花も、やはり気まずさを覚えて下を向く。
 いや、まあ確かに? 小晴ちゃんが自分の身を守れるぐらいの腹黒です! って証明しない限り、いつまでも番犬がワンワン周りを走り回ってるだろうけど……。
「先生は知ってたんですか?」
「えっと……」
 烈花が顔を上げても、紫音は俯いたままで表情が見えない。そんな紫音を刺激しないよう、烈花は一度咳払いをしてから、柔らかい声音をつくる。
「いや、自力で気づいたんだよ……。黙ってて悪かったけど……、言えるわけないだろ?」
「確かに……」
 項垂れたままの子犬に、烈花はいたたまれなくなって「とにかく、今日はもう解散しよう。紫音もしっかり休んだ方がいい」と彼の背中を優しく押して促す。
「ショック受けちゃったかな……?」
「それはそうでしょ……。ボクだったら高熱で一週間は寝込むよ」
 背後から聞こえた会話に、紫音は更に肩を落とす。そんな彼を見て、烈花の親心が最高潮に達する。頭を撫でくり回してやりたい気持ちをなんとか抑えて、よしよしと肩を叩いてやる。
「もうあんまり気に病むなよ? 大丈夫か? 一人で帰れるか?」
「ちょっとまだ、一人になりたくないです……。先生の家、行ってもいいですか?」
 普段ならば渋る様子を見せるはずの烈花も、今日ばかりは二つ返事で家へと向かう。


「俺の天使が……。うう……、夏伏なんかに……」
「まあ、そう落ち込むなって」
 テーブルに突っ伏した紫音が、べそべそと何度目かの愚痴を零す。
「先生……。もう、俺の天使は貴方しかいません……」
「ぶっ、オレがいつ天使になったんだよ!」
 コイツ、ジュースで酔ってんのか?!
 烈花は思わず紫音が手に持つ缶を見つめるが、どう見てもただのジュース。寧ろ酔っているのは、流れで酒を飲まされてる自分の方のはずだ。
「だって、烈花は可愛くて、裏表ないし……、可愛いし……」
「裏表はあるだろ!」
 二回も可愛いをお見舞いされたことには触れず、悲しくも自分の悪口を叫ぶ。
「ああ、確かに。普段は「抱かれたい男ナンバーワン」を誇ってるのに、俺の前だとこんなに可愛いですもんね」
「……死ね」
 首筋を撫でる手を払いながら、烈花は紫音を睨む。しかし、睨まれた紫音は、それを見て満足そうに微笑む。
「酷いなぁ。俺のこと慰めてくれるんじゃないんですか?」
「お前、あまり調子に、ッ……!」
 烈花が反論する前に、紫音はその酒で濡れた唇に口づけを落とす。酒で元々くらくらしていた烈花は、途端に酸素不足に陥り、簡単に床に押し倒される。
「やっぱり可愛いじゃないですか」
「死、ね……、んうッ……」
 荒い呼吸で何とかそれだけ絞り出した烈花だったが、再び口を塞がれ、体中を撫で回されては、抵抗する余力も残らない。
「先生、こんなんでぐずぐずになっちゃうなんて。可愛い」
「ん……。クソ、やるんだったら、さっさと……」
 体の至る所に口づけを落とされた烈花は、震えながら紫音を睨む。しかし、紫音はそれを無視して、烈花に服を差し出す。
「これ、着てください」
「は?」
 差し出されたそれを見て、烈花はぴくりと眉を引き攣らせる。フリルの目立つ白と黒の衣装。間違いなくメイド服だ。
「小晴より似合うと思わせてください」
「無茶言うな!」
「お願いします……。俺の天使は貴方しかいないと、証明してください……」
 メイド服を押し返す手を取り、紫音は烈花にしっかりとメイド服を握らせる。
「お願いします、先生……」
「いや、お前、これは流石にキツいだろ……」
「駄目、ですか……?」
 勿論、烈花は駄目だとはっきり告げるつもりでいた。けど、だ。しょんぼりとした顔で手を握られては、振り払えない。それに、酒に酔って判断力が低下しているせいか「子犬を足蹴にすることが果たして正しいことなのだろうか」と考え込み、烈花はぐるぐる目を回し始める。
「俺、貴方にこれを着てもらえたら、立ち直れるかもしれないんです……。人助けだと思って、ね……?」
「人助け……」
「それとも、自信がないですか?」
「馬鹿を言うな、オレだって可愛いわ」
 少々呂律の回っていない口でそう言ってから烈花は「あれ? 何か今とんでもないことを言ったような」と首を傾げるが、紫音の「勿論、烈花は世界一可愛いから大丈夫ですよ!」の一声に大きく頷き、衣装を手に取る。
 紫音は、心の中で「ああ、チョロすぎる……!」と叫びながら、覚束ない烈花の手を退け、シャツのボタンを外してゆく。

「うーん。やっぱ気持ち悪いのでは……?」
 着替え終わった烈花は、鏡の前で少し正気に戻り、スカートの裾を摘まむ。いくら烈花が自分の顔に自信があるといっても、成人男性にフリルたっぷりの衣装は……。
「やばい、可愛い、です……」
「……お前、オレにフィルターかけすぎだろ」
 本気で興奮しているらしい紫音を見て、烈花は呆れた表情を浮かべる。冷められるよりかはずっといいが、そこまで熱意の籠った目で見られると、彼の性癖異常を疑わざるを得ない。
「足も肩もエロいです……。えっち過ぎて……、ああ、これが誰の目にも触れなくて良かった……!」
「お前さ、やっぱどっかしら変態だよな……」
 全くもって良さがわからない烈花は、ふわりと舞うフリルも気にせず、ガサツな動作のままベッドに座る。
「……いや、良いでしょ、こんなん」
「そんなにか?」
「ええ」
 真剣に頷く紫音に、烈花は可笑しくなって音を立てて笑う。そうすると、引き摺られるように再び酔いが回ってきて、気分が高揚する。
「ご奉仕、してやろーか?」
「は?」
 驚く紫音をベッドに座らせて、烈花はその股の間に頭を滑り込ませる。そしてズボンをずらし、それを引っ張り出すと、一気に口に咥え込む。
「わっ、ちょっと!」
 紫音は慌ててその肩を押し返そうとするが、舌でゆっくりと舐られて力が抜けてしまう。
「二度と、しないんじゃなかったんですか?」
「んるさい、りゃまってろ」
「ッ……」
 咥えながら睨んでくる烈花に息を詰まらせた後、紫音は、ご丁寧に頭に乗せてあるホワイトブリムをはぎ取る。そして、その黒髪をわしゃわしゃと撫で、快感に耐えながらその頬をするりと撫でる。
「んぅ……」
 それだけで身を捩ってかすれ声を上げる烈花に、紫音は堪らなくなって理性を投げ出す。気づいたら、彼の頭を強引に引き寄せ、好きなように動いていた。
「すみません、も、出します……!」
「ッ……!」
 口の中で爆ぜたそれを、烈花は何とか受け止めて、ゆっくりと飲み下す。
「は? アンタ、何してるんですか?!」
「マズ……。初めて飲んだが、飲むもんじゃないなコレ……」
 べ、と舌を出して苦笑する烈花を見て、紫音の目はチカチカと点滅する。
「初めて……」
「満足したか? っわ!」
 フリルのついた袖で口を拭った烈花は、すぐさま強引にベッドに押し倒される。そして、無防備な太ももを撫で回された後、下着をはぎ取られてしまう。
「脱がす手間が少なくていいですね、これ」
「ッ……」
 スカートの下でゆるゆるとそれを握られて、烈花は声を震わせる。
「もう、いいだろ、これ、脱がせって……」
「駄目ですよ。せっかく買ったんだから、ちゃんと使わなきゃ勿体ないでしょ?」
 紫音は微笑みながら、メイド服のボタンを二つほど外し、その隙間から手を入れ、烈花の胸に指を滑らせる。
「ん、これ、やっぱお前が着たやつかよ……」
「ええ。だから、どれだけ汚しても構いませんよ」
「ば、か、変態ッ……あ、」
 ふいに、ローションで濡らされた指がひたひたと尻の穴を塞ぐ。烈花がその刺激に身を震わせるのを味わってから、指はさらに奥へと突き進む。
「せんせ、スカートの中、大変なことになってますよ?」
「変、態……」
 烈花は中を自由に動き回る指から逃れるべく、身を捩って膝を立てる。が、すぐに指が引き抜かれ、股を割って紫音のそれが代わりに入ってくる。
「先生こそ。すぐこんなにトロトロになっちゃうなんて。ほら、スカートがずり落ちないように、押さえて」
「ッあ……!」
 激しく動く度に、フリルが視界の端で舞う。それが何ともいたたまれなくて、烈花は必死に目を閉じる。
「可愛い。やっぱり、俺の天使は貴方だけで充分です。俺の全てを貴方に注ぎたい」
「クソ、恥ずかしいこと、ばっか、言うな……、んッ」
 唇を吸われ、どこもかしこも揉みくちゃにされて、烈花は甘い吐息を必死に押さえる。涙目で体を震わすその様子に、ついに紫音も限界を超え、己の欲を力任せに叩きつける。
 清らかなメイド服が烈花のそれにより、似つかわしくないシミで濡れてゆく。満ち足りた表情でその光景を眺めた紫音は、「やっぱり、これ、エロいですよ……」と息を漏らす。
 ぐったりと余韻に浸る烈花のそれはスカートに隠されて見えないが、その代わりに裾から覗く濡れた太ももが却って強調されて、紫音は余計に目のやり場に困るのだった。


「で。もう吹っ切れたのか?」
「そりゃあ、まだ納得はいってないですけど……。まあ、おかげでメイド服プレイができたのは……、まあ……」
「お前……」
「あ、引かないでくださいよ! 俺だってキモい自覚あるんですから……。でもまあ、小晴ショックを緩和するためにも、今後もこういうプレイをですね……」
「やらないぞ?」
「そんな……。先生の着てた支配人コスでもいいですから……!」
「やらない」
「うう、勿体ない……」
 項垂れる紫音を見て、烈花は苦笑する。どうやら、彼は思いのほか傷心せずに済んだらしい。また一つわだかまりが無くなったことに安堵して、文化祭で使った衣装はさっさと捨ててしまおうと決意するのだった。
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