ヒキアズ創作BL短編集

ヒキアズ

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(111)ゲーマーと委員長

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 引きこもりのクラスメイトを学校に連れてきてほしいという無茶ぶりをされた委員長。陰気なキモオタだと勝手に想像していたクラスメイト(男)の可愛さに、一瞬でもときめきを感じてしまい……。倫理観ぶっ壊れ無垢坊ちゃんによる初恋粘着(満更でもない)ストーリー。
 当初は委員長×引きこもりの気持ちで書かれていましたが、正直どちらでもアリぐらいに着地しました。(昔の自分とは逆CPだったので)
 桃球、好きです!(?)(大乱闘はほぼエアプです。何となくで読んでください!)

入槌 心歌(いつい しんか):金持ち引きこもりゲーマー。基本的に世間知らずのクソガキムーブ。倫理観ぶっ壊れ。ただし、顔がめちゃくちゃ可愛い。
雨灰 火裁(うくい ほだち):皆の頼れる委員長。コミュ強陽キャだが、本人は自分のことを至って真剣に真面目クンだと思っている。
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『頼む、雨灰! どうにか入槌を学校に連れてきてはくれないか!』
「げ……。ちょっと先生、やめてくださいよ……」
 目の前に立ち塞がり、拝むように手を合わせた担任を見て半歩下がる。
『雨灰、これはお前のコミュ力を見込んでの頼みなんだよ~。頼むから引き受けてくれよ~!』
 しかし、それを見た担任はすかさず距離を詰め、俺の手を掴む。
「あー、鬱陶しい! 大体、何で俺が……」
『何でってそりゃ、雨灰は学級委員長だからな!』
「いや、不登校を学校に連れてくんのは、どう考えても学級委員長の仕事には入ってないでしょ!」
『雨灰、ここは人助けだと思って~!』


「で。結局俺は、入槌の家に来ちゃうんだよな……」
 生憎、俺は彼がどんな人物かも知らない。入槌 心歌という名前。そして、入学以来一度も学校に顔を出していないという事実。それ以外全く情報がないというのに、いきなり説得するのは、いくら俺のコミュ力が優れていたとしても無理に思える。
「そもそも、そういう心の病気的なものって、他人が無理やりどうこうするもんじゃないと思うんだけどな……。まあ、今日のところはプリント配達で勘弁してもろて……」
 担任に押し付けられたプリントを鞄から取り出し、勇気を出してインターホンを押す。
『……はい』
 返ってきたのは、少年の気だるげな声。まさか、いきなりご本人登場してくれるとは思わなかったけど……。
「あ、あの~。入槌くん?」
『は? 誰? シロネコトヤマじゃないの?』
「いや、俺、君のクラスメイトの雨灰。先生に頼まれてプリント持ってきたんだけど……。今日のところはプリントを受け取って貰えればそれで……」
『待って。鍵開いてるから入ってきて』
「え?」
『早くして』
「え、お~い」
 がちゃり、と受話器を下ろした音が聞こえたので、これ以上喋っても無駄だろう。
「仕方ない、入るか……」
 ドアに手をかける。入槌が言っていた通り、不用心にも鍵は掛かっていなかった。
「お邪魔しま~す」
 こわごわと家の中を覗き込む。他人の家特有の匂いが鼻腔を擽り、緊張が高まる。が、一向に誰かが迎えに来る様子はない。母親が居るかもと思って身構えていたが、どうやら彼一人のようだ。
『何してんの~。早くキッチン来て~』
「あ、お~。今行く~!」
 奥の部屋から聞こえてくる声に答えてから、靴を脱ぎスリッパを探す。
「ないなぁ。勝手に靴箱開けるのもなぁ」
『遅~い! 早く!』
「あーもう! 行くから!」
 結局、靴下のまま上がり、一応靴を整えてから声のした方に目を向ける。
「なんか、不登校ってもっと「入ってくるな!」って感じじゃないのか……?」
『はや~く!』
 予想よりも大分ラフな入槌の反応に肩の力が抜ける。どうやら、思ったより仲良くなれてしまうのかもしれない。

「で。これはどういう状況だ?」
「もう無理……。お腹空いた。動けない」
 床に座り込んだ入槌が抑揚のない声でそう言いつつ、手に持ったゲーム機をカチカチ鳴らす。
 その目は、真剣そのもので。その指の動きは、恐ろしく速く。その顔は、……めちゃくちゃ可愛かった。
 いや、可愛いってなんだ……?! ゲーオタ野郎にそんな第一印象あるわけ……。
「聞いてる?」
 ガン見し過ぎたせいか、入槌が怪訝な顔でこちらを見つめてくる。
 いや、やっぱ可愛いんだけど……。
 女子と勘違いしそうになるほど大きい瞳と長い睫毛、薄い眉に形の良い鼻、ふっくらとした唇。それらが完璧なバランスでその小さい顔に収まっている。全く日に焼けていない白い肌とさらさらな黒髪の対比も素晴らしい。美少女だ。儚い系美少女がここにいるぞ……! 白いワンピースと麦わら帽子が最高に似合う美少女がここに――。
「お~い。雨灰、だっけ? 聞いてる~?」
「ハッ、囚われの、美少女……?」
「は?」
 ぼさぼさの髪の毛と白黒ボーダーのスウェットとスクエア眼鏡という引きこもりファッションコンボでも人に不快感を与えない容姿を持った彼に対し、口が勝手に血迷った言葉を零す。
 陰気なキモオタだと勝手に想像していたクラスメイト(男)に一瞬でもときめきを感じてしまった俺の気持ちを考えて欲しい。その可愛い顔で「何言ってんだコイツ」って顔をされている俺の気持ちを察してほしい。
「もしかしてアンタ、なんかヤベー奴?」
「いやいやいや! 違うよ?! 違います! 断じて! 変態ではないです!」
「……まあいいや。アンタさ、料理できる人?」
「料理……。ええと、多分君よりはできるかと」
 そう言いつつ、キッチンの惨状を見つめる。今の今まで入槌の顔に現実逃避して目を逸らしてはいたが……。
「これ、もしかしなくても入槌がやったんだよね?」
 床にぶちまけられた卵と白い粉。開けっぱなしの電子レンジから零れた白い液体。焦げ付いたフライパン。半分燃えた布巾。あちこちが水浸し……という恐ろしい状況を指さして示すと、入槌はバツが悪そうに頷く。
「いや……。僕はただ、ホットケーキが作りたかっただけなんだよ……。まさか、こんなに難しいことだったとは思わなくて……」
 もごもごと言い訳をした入槌に少しだけホッとする。人形みたいに整った顔と感情の籠っていない声のせいで、サイコパス感満載だったけど、どうやらマジで料理が下手なだけらしい。いや、だからってすぐ傍でゲームに逃避するのはよろしくないと思いますけど? いや、そりゃ人のこと言えないかもしれませんけど……。
「わかった。とりあえずゲームやめて。一緒に片付けたげるからさ」
「……嫌だけど?」
「……あっそ。じゃあ俺はこれで」
「わ~! 待って! わかったよ。クソ、やるよ。やりゃあいいんだろ?!」
 俺を引き留め、半ギレで立ち上がった入槌に目を見張る。やっぱり手足も細い。身長も女の子かってくらい低い。汚い言葉を使われても許せるぐらいには、かわ&いい。
「ん~。これはちょっとマズイかも」
「なに? 何が不味いの? なんかつまみ食いしてる?」
「してないから! いいから雑巾取ってきて!」


「お、おいしい……!」
「そりゃよかったデス」
 焼きたてのホットケーキを頬張り、目を輝かせた入槌。その凶悪な可愛さから目を逸らす。
「お世辞じゃないぞ? みい子さんより完璧な焼き色だし! ふわふわだし! んむい!」
「みい子さん?」
 聞き取れなかった最後の言葉はスルーして、知らない女の名前を聞き返す。……これで「彼女だよ」とか言われたら、精神がべこべこに凹む自信がある。
「家政婦のおばちゃんだよ。いつもはみい子さんが僕の世話をしてくれるんだけどさ……。今日は体調崩したとかで……。一日ぐらいどうにかなると思ったんだけどさあ。これが結構しんどくて! いや~、やっぱ僕、人間向いてないわ」
「……色々ツッコみたいことはあるけど、もしかして入槌のウチってお金持ち?」
「あはは! 今時、金持ちじゃなくても家事代行ぐらい頼むよ! まあ、確かにウチの父親、企業の社長ではあるけどさあ。母親いない分、金で解決してるだけっていうか」
「えっと……」
「ああ、不味いこと聞いちゃったな、とか思ってる? 大丈夫。僕、母親の顔なんて知らないし。情とか全然ないから。僕の母親、美人だったらしくて。まんまと親父も騙されて結婚したらしいんだけど。僕が生まれてからも男をとっかえひっかえで。ブチ切れた親父はそのアバズレを追い出して。それから僕の世話は金で雇った他人任せ。親父は仕事ばっかってわけ」
「それは、え~と」
「言いたいことはわかるけど、僕は別にこれっぽっちも不満はないよ。むしろ感謝してるぐらいだ。だって、碌でもない母親に世話されてた方が絶対ヤバかった。親父も僕が好きに暮らしてることに対して文句も言わないし。ね、最高でしょ?」
「それは、駄目だろ……」
「まあ普通の人間はそう言うだろうね。ご馳走様。美味しかったよ。これで今日は凌げる。じゃ、そういうことで」
 ホットケーキを完食し、再びゲームに手を伸ばした入槌は、また自分の世界に戻っていった。
 カチカチとゲームの操作音だけが冷たく響くこの家は、まるで彼の牢獄のように思えた。
「あのさ。俺、雨灰 火裁。君のクラスの学級委員長を押し付けられた真面目くん。趣味は特になし。両親は健在でごく一般的な家庭。帰宅部。面白みのない人間だけど、君と友達になれないかな、なんて」
「へえ。うくい ほだち。かっこいい名前だね。ゲームに出てきそう」
 ゲームから手も目も離さずに抑揚なく呟かれた言葉では、馬鹿にされているのか本心から出た言葉なのかもわからない。
「俺は君の名前もそれっぽいと思うけど?」
「ああ。入槌 心歌。ま、僕としてはもっとカッコいいのが良かったけど……って、何?」
「いや、せっかくだから俺もやろうかなって」
 床に置かれたコントローラーを勝手に起動すると、入槌の手がぴたりと止まる。
「まさか、僕と戦うつもり?」
「あ、自信ある感じ? んじゃ、せっかくだから賭けようか」
「何を?」
「君が勝ったら、俺は何でも言うことを聞く。俺が勝ったら、君は大人しく学校へ行く。どう?」
「はは! 寒い自己紹介が不発に終わったからって、今度は僕とゲームで勝負?」
「うん。だってあのまま喋ってても俺に興味を示してくれなさそうだったし」
「あんな紹介で興味湧く奴いないでしょ」
「ごもっとも。てわけで、凡人は大人しく運に頼るしかないと思いまして」
「いいよ。乗ってあげる。そんで、運で僕に勝てる程このゲームは甘くないってことを教えてあげる」
 にっこりと笑った入槌はやはり可愛い。が、その声は静かに怒りを滲ませている。どうやらゲーマーの逆鱗に触れてしまったらしい。
 でも、イチバチでもいいから入槌を学校に来させたいと思った。それはもう、担任に頼まれたから仕方なく、という理由ではない。単純に、入槌の人生を変えてやりたいと思ったからだった。

 入槌が遊んでいたのは、人気キャラクターたちが大乱闘するあのゲーム。普段ゲームに触れない俺でも、友達の家で何度か遊んだことがある。だからまあ、アイテムとかを駆使すればどうにでもできるはずだという目論見もなくはない。
 うん。なくはないはずだったんだけど……。
「いやいやいや! アイテム取る暇が、ないッ!」
「おらっ! 死ねっ! ここッ!」
「ああ~! それ卑怯! マジ卑怯!」
 入槌が使うは歌が上手い方のまあるい桃色の悪魔。最初はその可愛いチョイスに微笑みすら零れたのだが……。
 剣をぶん回す青年がその桃色の悪魔の体に触れた瞬間、カキーンという軽快な音を立ててぶっ飛ぶ。頭に花をつけながら地面に倒れる。
「いや、強すぎて無理!」
「何言ってんだよ! このキャラマジで弱いからな! お前が操作してるキャラと相性最悪なんだからな! ハンデありすぎ状態だからな! 剣キャラは滅びろ!」
 言ってる間にも、桃色の悪魔はテクニカルな動きでこちらを翻弄する。攻撃しようとする隙を突いてはカキン。着地したところにタイミングよく滑り込んではカキン。復帰しようとしたところにふよふよ飛んできてトドメのカキン。怖い。タイミングが完璧すぎて怖い。
「わかった? 初心者相手に運で負ける程、僕は甘くないってことがさあ」
「初心者いじめ反対!」
「いいよ。じゃあ、こっから一回でも僕を倒せたらアンタの勝ちで」
「や、でも俺の残り一体なんですが……? その桃球、まだ一体目の癖にダメージほぼ入ってないんですが……?」
「ほらほら、キャラパワーでもインチキアイテムでも頼ってゴリ押してみなよ!」
「痛てッ! やめ、カキンはやめて!」
「おらおら! これで終わり……ッツ?!」
「ん?」
 素早く直地点に滑り込んできた悪魔に恐怖を覚えて叫ぶ。が、いつまで経ってもカキンしてこない桃球に首を傾げ、横を向く。すると。
「ぎゃあ! やめろ! 離れろ! 死ね! クソ! ふざけ……!」
「え、なになに?」
 コントローラーを投げ出してぶんぶんと手を振り暴言を吐く入槌にぎょっとする。
「蚊! いる! クソ! 今、耳プンした!!」
「えっと……」
 もしかして、今チャンスかな。
 取り乱す入槌を他所に、桃球を掴み、そのまま場外へと投げる。
「おい! なにして……」
 勿論、操作されていない桃球はあっさりと落ちてゆき――。
「ちょ! それ無し……ヒッ!」
「ハイ、一回倒したから俺の勝ち、でしょ?」
 パンっ。入槌の周りを飛び回っていた蚊を手で叩いてティッシュに包む。
「血、吸われてるね」
「お前、手、洗ってこい! しっかり石鹸で!」
「入槌、蚊叩けないの?」
「だって、単純に気持ち悪いだろ!?」
「はは。やっぱ可愛いね」
「可愛くない! 手を近づけるな! 死ね!」
「ま、何はともあれ約束は守ってもらうよ?」
「な、今のは無効だろ……?」
「試合は試合。勝ちは勝ち」
「くっ。卑怯者! 帰れ! 学校なんて絶対行かないからな!」
「も~。帰るけどさ。夕飯もちゃんと食べるんだよ? さっき見たら冷凍食品あったし。ちゃんと裏の説明見てそれ通りに温めれば食べれるからね」
「子ども扱いすんな!」
「え~? ホットケーキ作れないお子様が言う?」
「帰れ!!」



 翌日。教室のドアを開けてから、俺はまず自分の目を疑った。
 ざわつくクラスメイトたちを他所に、平然と自分の席でゲームに勤しむ入槌の姿があったからだ。
「……結局ちゃんと来ちゃうわけだ。ツンデレ可愛いじゃん」
「フン。ゲームでの賭けはゲーマーとして破りたくなかっただけだ。てかツンデレ扱いすんな」
「いや、するでしょ。絶対行かないって言ってたし。普通は来ないじゃん」
「うっさいな。僕だって高校は卒業しないとマズイことぐらいわかってんだよ! それに……」
「それに?」
 聞き返した途端、入槌のお腹がきゅるると鳴く。
「なんか食べ物くれ。餓死する……」
「え~っと。冷凍食品は?」
「なんか爆発した」
「……みい子さんは?」
「今日も風邪治んないって」
「お金持ってないの?」
「持ってる」
「じゃあ、コンビニでも売店でも行きなよ……」
「駄目なんだよ……。時限クエで忙しいから……。暇ない……」
「ああもう! ほら! 俺の昼飯用に買ったおにぎりでよければどうぞ!」
「……海苔巻いて」
「ったく、ほら! よく噛んで食べろよ!」
『保護者だ……』『委員長が入槌引っ張ってきたんか……』『ママ……』
「お前、ちゃんと家の鍵閉めてきたよな?」
「それぐらいできる」
「制服のボタンかけ間違えてる奴に言われても説得力がないんだけど?」
「ちょっと、邪魔しないでよ」
「だ~! 正してんだろうが! 動くな!」
『こら、見ちゃいけません!』『いや、あれ、ど~見ても育児じゃん……』『オレたちのママだったのに……』
「おい外野、さっきから聞こえてんだよ!」
『わ~ん、ママが怒った~!』『ママ~、宿題見せて~!』『ママ~、オレにも見せてくれ~!』
「アンタ、男子校のママなのか? やっぱり変態なのか?」
 おにぎりを頬張りながら、入槌が引き気味に聞いてくる。勿論、その手はゲーム機をかちゃかちゃ鳴らしたままだ。
『おっ、雨灰。本当に入槌を連れてきてくれたのか! 流石は我がクラスのママ!』
「……いいから、さっさと授業始めてください!」
 入ってくるなり、タイムリーに茶化してくる担任に青筋を立てる。
「ママ、更年期なのか……?」
「誰のせいだと思ってんのよッッッ!」
 全く空気を読まない意外なボケをかました入槌に、やけくそでツッコんでやる。不本意ながら、教室が爆笑の渦に巻き込まれたのは言うまでもあるまい。


「ほら、昼飯。買ってきてやったから。食べるぞ」
「このゲーム、今日中に終わらせる予定だから。暇ない。朝食べたから、お腹空いてない」
「いや、駄目でしょ。ほら、片手でも食べれるように、牛乳とサンドイッチ買ってきたし」
「ん~。じゃあストロー刺して~」
 この入槌クン、授業中も授業丸無視で堂々とゲームに勤しんでいたところを見るに、相当な世間知らず我儘ボーイらしい。
 手が付けられないことを知ってか、教師全員が見て見ぬ振りをする始末。また不登校になられたら面倒だと、示し合わせた結果なのだろうか。
「はい。ここ置いとくぞ」
「どうも~。あ、財布そこあるから。適当に取っといて~」
「ガバいけど、一応気を遣えるんだな」
「借りは作りたくないからね~。じゃ、お金も払ったし遠慮なく~」
「あ、こら待て待て。ウェットティッシュ貰ったから、これで手をちゃんと拭いてからにしろ!」
「じゃあアンタが食べさせて」
「は?」
「あ~」
「あの、入槌クン……?」
 躊躇いもなく雛鳥のように口を開けた入槌に、何故だかこちらが羞恥を覚える。
「……食べさせてくれないんなら、もう食べない」
「わ~、わかりました! ほら、どうぞ!」
「んむ」
 不健康な脅しに負けて、慌ててサンドイッチを口元まで運んでやる。すると入槌は、小さい口で一生懸命にパンをくわえる。もくもくと器用に食べ進め、全て頬に収めた入槌は、どうしたってハムスターを思わせる。もきゅもきゅハムちゃん可愛すぎ問題がある。
「……アンタさ、いつも他人の食事ガン見してる変態なの?」
「ハッ! いや、そんなことは……」
「じゃあやめて。気が散る。次」
「あ、ハイ」
 またしても口を開けた雛鳥にもう一枚餌を与えて、今度こそは自分の食事に集中……。
「まひゃみひぇる!」
「え、あ。ホントだ、見てたわ……。すみません」
『ママ、ハムちゃんにベタ惚れしてない?』『ハムちゃん可愛いもんね』『馬鹿、迂闊にそんな発言するとママに殺されるぞ!』
「聞こえてるぞ?」
『あ、はは~。睨まないで~!』
「ふ~、ご馳走様。てか、さっきから何? もしかしてこのクラス、ハムスター飼ってるの?」
「飼ってません!」
 きょろきょろと辺りを見渡し始めたド天然ハムちゃんに断言しつつ、クラスメイト達を目で黙らせる。
『わ~ん、ママ怖いよ~!』『ちょっとママ~! ベイビーが泣いちゃったじゃ~ん!』『お詫びに宿題見せてよママ~!』
「なんか、学校って思ってたよりも随分愉快な場所なんだね」
「……まあ、このクラス、とりわけノリが良すぎるとこがあるからなぁ」
 全然黙っちゃくれないクラスメイトに肩を落としながらも、意外と好感触な反応を見せる入槌に胸を撫で下ろす。
 このまま、このクラスに馴染んでくれるといいんだけどな……。



「で。どうして俺はまたキッチンに立ってんだ?」
「どうしてって。僕がママに夜ご飯を作ってもらいたいからだよ。駄目だった?」
 いや、そんな可愛い顔で言われたら駄目とは言えないだろ!
「いや、だからって。せめて入槌もゲームしてないで手伝うとかさ……」
「もうちょっとでエンディングなんだもん。今更止まれないよ。ごはん前には終わらせるから、ね?」
「……わかったよ。けど、せめて着替えろ。制服、皺になる」
「は~い」
 甘やかし過ぎだという自覚はある。というか、入槌にカモられている自覚はある。だけど、生活能力皆無のコイツを放っておけるほど俺は冷たくない。
 とりあえず、入槌が爆発させた冷凍食品の残骸を片付けてから家に電話する。
「うん。今日、友達の家で夕飯食べてくる。違う違う。そいつ、一人暮らし。お手伝いさんいないと飯作れないって言うから、俺が代わりに作ってやるんだよ。は? 彼女じゃないって。ホント。クラスの奴。んじゃ、そういうことだから。はーい」
「……ママのママに電話?」
「おわ! 入槌、いつの間に」
「喉乾いたから」
「ああ、えっと紅茶でいい?」
 キッチンを見渡して、見つけた紅茶の箱を入槌に見せる。
「いいよ。でも砂糖いっぱい入れてね」
「ほどほどに入れとくよ」
 電気ケトルに水を入れて、スイッチを押す。そして、勝手知らない食器棚からティーカップを二つ取り出す。
「……すごいね。びっくりした。幸せ家族って感じ。本当に存在するんだ」
「え、今の電話? 普通じゃない?」
「普通、か。んで、紅茶出来た?」
「いや、もうちょっと。持っていくからリビングで待ってて」
「悪いね」
 相変わらずゲームをカチカチ鳴らしながら、入槌は無表情のまま去ってゆく。その視線はやはりゲーム画面に注がれたままだ。


「美味い……」
「そりゃどうも。と言っても、ただの野菜炒めなんだけどさ」
 結局、買い出しに行くのも面倒だったので冷蔵庫の死にそうな野菜と肉を炒めただけの料理が出来上がってしまった。けどまあ、湯気が立ってりゃ何でも美味い。
「もうちょいゆっくり食べなよ入槌。早食いは体によくないぞ?」
「らっへ、むぐ、むぐっぐぐぐんむぐん!」
「なんて?」
「んぐ。だから、まだ終わってないんだよ! ゲーム!」
「ああ。今日ずっとやってたやつ?」
「そ。本当は夕飯前に終わらせる予定だったのに……。ご馳走様! んじゃ早速」
「おいこら! 入槌!」
 そそくさとゲームを開始する入槌に文句を言おうと腰を浮かしたところで止まる。
「って、ギャルゲーかよ!」
 ちらりと見えた画面に映っていたのは、制服を着た美少女キャラ。
「……ここは様子を見るか」
「お前ね、そんな冷静に女の子攻略すな!」
「えぇ……? じゃあどんな風にやればいいのさ」
「いや、やっぱお前のはその顔でやるってのがヤなんだよな……」
「何? 不細工な隠キャに人権はないってこと?」
「いや、自己評価低っ! ちゃんと鏡見てる?!」
「は? 何? 鏡?」
「だから、逆なの! そんな可愛い顔でギャルゲとか……。ギャップがヤバイ」
「え、何言ってんの……? やっぱ変態……? というか、僕は雑食ゲーマーだから何でもやるし。ギャップでも何でもないし」
「……え、ドン引きやめて……。やっぱ俺が変態なだけなのか……??」
「とにかく、今いいとこだから。変態は黙ってて。ゲーム気になるなら見ててもいいから」
「うう……」
 軽くいなされ、仕方なくゲームの画面を覗き込む。
『私、イツイくんのこと、好きなの……!』
『僕も、出会ったときからずっと君が好きだった』
『イツイくん……!』
「ここでチューするスチル」
「うわ。ホントだ」
 ぼそりと入槌が呟いた瞬間、画面が切り替わり、主人公らしき男と美少女がキスしているイラストが表示される。
「はぁ。クソゲーじゃんこれ。攻略簡単すぎ。しかも内容マンネリ。面白みがない。まあ、四作目までいくとこうなるか。全年齢向けだし、これが限界というか……。今の世の中じゃ規制も厳しくなってるしな……」
「なんか、思ってたより健全なやつで安心したよ」
「まあね。ゲームの年齢制限を守るのが僕のポリシーなんだ」
「……変なとこで真面目な奴」
 どうやら、入槌はゲームにはとことん誠実に向き合っていたいようだ。変な奴。
「ま、おかげでチューには飽き飽きしてるんだけどね」
「飽き飽き、ねえ。入槌さ本当にキスしたことある?」
「はあ? お前、見てなかったのか?」
「いや、だからさ。現実世界でだよ」
「ふん。そんなの、するまでもないよ」
「はぁ?」
「そういう展開とか何回も通ったし。わざわざ現実でしたってどうってことないでしょ」
「お前な~」
 生意気なトンチキ台詞に深々とため息を吐く。……駄目だ。入槌の奴、次元がズレまくってる上に頭もバグってる。ゲーム脳恐るべし……。
「どーせアンタだってそうだろ? ゲームじゃないにしろ、現実で何度もぶちゅぶちゅやって飽きてんだろ?」
「何をどう見たらそういう発想になるんだ……?」
「だってアンタ、モテそうだし。彼女の一人や二人、当然いるんだろ?」
 なんだかんだ言いつつ、二周目に突入したらしいゲームの片手間に淡々とそう聞かれては、どうも怒るに怒れない。
「いや、いないし。事実無根だし」
「え、そうなのか……? 意外」
 入槌の中で俺はどんだけチャラいキャラなんだ……。何も意外なことなどない。残念ながら、真面目に家と男子校を行き来するだけの俺には未だ運命の出会いは訪れない。
「あ~。つまりお前はゲームも現実も同じだろ、と?」
「そうだろ?」
「入槌」
「ん~?」
「試してみるか?」
「ん~。え?」
「だから、本当にどうってことないか。俺もお前も」
「ん……? それって、僕とアンタでチューするってこと?」
 ゲームから顔を上げた入槌が無垢な瞳をこちらに向ける。
「いや、やっぱ冗談……」
「いいよ。どうせ何ともないだろうし」
「は? 入槌……?」
「お互い、試してみた方が気も晴れるだろ?」
「い、いや、そうかもだけど……?」
 ゲーム機を置いて距離を詰めてくる入槌に心臓がバクバクと音を立て始める。
「やるの? やらないの?」
「……本当に、いいのか?」
「どうぞ。てかやるなら早くしてよ。時間が勿体ない」
 正直、入槌の顔は本当にタイプど真ん中だ。入槌が女の子だったら絶対好きになってた。というか、男であってもこれだけ心臓が煩いとか……。もしかしたら俺は、男である入槌に――。
「入槌、目ぇ閉じろよ」
「ヤダ。見とかなきゃわかんないだろ?」
「わかんないって何がだよ」
「不正があるかもしれないでしょ?」
「ないでしょ。てか、ホントにやり辛いんですが?」
 頬を撫でた手で目元を擽り、入槌が目を閉じるのを待つ。
「ちょっと、余計なことしてないで、さっさと……」
「入槌」
「んッ?!」
 入槌が片目を閉じた隙に触れるだけのキスをして、すぐに離れる。
「あ……」
 入槌の瞳が俺を見て、揺れる。可愛い。あまりにも純情なその反応に、俺は……。激しく後悔した。
 いや、だから俺は何をやってんだ! クラスメイト、しかも男に手を出すなんて。
「あ~、えっと。入槌サン? どうでしたかね……?」
「……」
「お~い、入槌?」
「ッ!」
 放心状態の入槌を覗き込む。すると、その顔は見事な真っ赤に染まる。
「うっ……。俺が悪かった! 入槌、許してくれ……!」
「……だ」
「え?」
 俯いて小刻みに震えだした入槌に青ざめる。
 これ、怒ってるのか? それとも、泣いてるのか? どっちにしたって全力土下座不可避で……。
「予想外だっ!」
「わ。ごめ……」
「まさか! こんなにも気持ちが揺さぶられるなんて! この高揚感、ゲーム以上じゃないか!」
「へ?」
 土下座の準備をと思って屈んだところで、背中をバシバシ叩かれ、床に転がる。
「ね、もっかいやってみてよ」
「え、怒ってるんじゃないのか……?」
 しゃがんで俺の様子を観察していた入槌が首を傾げる。
「どうして? 面白かったし。怒るとこじゃないよ」
 駄目だ。コイツの倫理観、ぶっ壊れてやがる……。
「ねえ、雨灰ってば。もっかい、しよ?」
「ば、馬鹿! 迫るな! お前、もっと自分を大切にしろ――!」




「はぁ~。まさか僕が、ゲーム以外に時間を割く日が来るなんてね」
 頬杖を突きながら、こちらをじっと見つめる入槌から目を逸らし、おにぎりを飲み込む。
「あのさ、入槌……。すごく食べにくいんだけど……」
 あれ以来、入槌は俺に「ゲーム以上」のことを求めるようになった。それを拒否し続けること早数日。俺は完全に入槌に執着されていた。
「だって、ちゃんと雨灰のこと見てないと。またいつトキメクかわかんないじゃないか」
『聞きました?』『聞きましたわよ』『ママってば一体、どんな手を使って入槌クンを連れてきたんですかね~?』『不潔ですわ~!』
「外野うるさい! 違うんだって! 俺はただ……」
 キスしただけ、と言いかけて口を噤む。言えるわけがない……。どうあっても案件だ……。
「これが冷やかし……。カップルが受けるべき洗礼……。いざ自分が受けるとなんか気恥ずかしいね」
「お前な……。俺たちは別にカップルじゃないだろ! 大体、この前のは……」
『この前?』『この前?』
「だああ~! 入槌、ちょっと来い!」
「ちょ、待ってよ。もうすぐ時限ボスが現れるから……」
「んなの、置いとけ!」
 隙あらばゲームに触ろうとする入槌の手を引っ張り、廊下に引きずる。
『嫉妬?』『委員長ともあろうお方が?』『ゲームに嫉妬?』
 外野の声は相変わらずうるさいが、気にしたら負けだ。
「入槌、わかってる? 俺は男。お前も男……だよな? 男子校に潜り込んでる男装女子じゃない、よな?」
「違うけど? 見る?」
「わあ、見せなくていい!」
 シャツのボタンを外し始めた入槌の手を慌てて止めながら、何で慌てる必要があるのかと内心で首を傾げる。
「というか、男だったら何なの?」
「いや、だから、フツー無理だろ?」
「無理? 何で? 今の時代、そんなこと気にする必要ないでしょ。僕もBLゲーとか普通にやるし」
「お前さぁ……、だからそんな顔でそんなこと言わないでくれよ」
「だから、なんなの? その差別」
「差別というか……。ええと。それに……そう! 俺にはちゃんと彼女がいるわけで……! 入槌の攻略対象にはなれないというか……!」
 彼女がいるというのは勿論嘘だ。けど、これで入槌が諦めてくれるというのなら、俺も変に悩まなくて済む。
「……そう、なんだ」
「入槌……」
 俯いた入槌のしおらしさに心臓が高鳴る。やっぱり、入槌は男でも可愛い気が……。
「いいね。ライバル出現ってわけか。ふっ」
「いやいやいや。むしろお前の方がライバルポジだし! なに「攻略が楽しみだぜ」みたいな顔してんの!?」
「うん。やっぱりリアルゲームも悪くない」
「人の人生、ゲームにすな!!」
 種を蒔いた俺が言うのもなんだけど、入槌はもっと軽はずみな発言を控えるべきだと思う。俺以外にもこういうこと言うのかと思うと何というか……、いや深く考えるのはよしておこう。
「で。彼女って誰? どんな人? 雨灰のタイプってどんな感じなの?」
「いや、えっと。それはその~」
「言いたくないの? まあ別に言わなくても調べればわかるけどさ」
「え、何? 調べるって何?!」
「探偵でも雇えば金で解決……」
「嘘です嘘です! 本当は彼女いません!」
 入槌のぶっ飛び具合を見ていると本当にやりそうで怖い。ので、俺は正直に自白せざるを得なかった。
「嘘……。本当……?」
「嘘なのは本当。いやだって、そう言えば入槌も目が覚めるかなって……」
「変な嘘吐くな馬鹿! もう決めた。ぜ~ったいにオトす! 雨灰のこと攻略してみせる!」
「う……。もしかして火に油注いだ感じ?」
「じゃ、そういう訳で。今週末はデートしようね」
「は?」
 どういう訳だ、と聞く前に、入槌は鼻歌を歌いながらスキップで去ってゆく。
「アイツ、完全に楽しんでるよな……」



「デートって遊園地か……」
「ベタベタなラブイベントスポットでしょ?」
「はあ」
 幼い頃に一度だけ来たことのあるテーマパーク。その造形物の圧に思わずため息を漏らす。男二人、何故よりにもよってココなのか……。
「まあ、まずはジェッコかな。よし行くよ!」
「お、おい」
 他の客からの視線を浴びつつ、腕を取られるままにジェットコースターにお化け屋敷、メリーゴーランドにゴンドラのやつ。後はひたすら絶叫系。
「きゃ~。こわ~い」「きゃ~」「きゃは、ぎゃはは! あっはは!」
 最初は明らかに棒読みだった入槌の台詞も、だんだんと素で楽しんでいる声に変わる。入槌が楽しそうで何よりだけどさ……。
「よし。次はアイスね!」
「やっと休憩か……」
 ベンチに腰を下ろし、息ついたのも束の間。入槌の陰に嫌な予感を覚えて顔を上げる。その瞬間。
 べちゃり。
「うわ~、ごめ~ん、だいじょうぶ~?」
 アイスを俺の胸に零した入槌が、棒読み無表情のままハンカチを取り出す。
「お前な……。勿体ないからこういうのは無し」
「え……? あれ。おかしいな……。ドジっ子エピソードは笑って許してくれるはずじゃ……。それで、この後は……」
「何だよ。そんな見ててもやんないよ? お前、わざとやったんだから自分で買って来いよ?」
「ええ? なんでっ!? 一つになったアイスを二人で分け合う流れじゃん、フツー! 関節キスだね、とか……そういうヤツでしょ!」
「だから。ゲームと現実は違うんだってば」
「そんなはず……。この僕が、雨灰一人も攻略できないなんて……」
 それからも、「靴壊れた」「嘘つくな」、「人に酔っちゃった」「ゲームばっかしてるからだ!」、「くまのぬいぐるみ」「高い!」、「恋人繋ぎ」「暑い!」といった感じに、俺はフラグを全てへし折った。
「ななな……。僕じゃレベルが足りないってのか……?」
「全く。しょうがないな。ほら、最後あれ乗って帰るんだろ?」
「え、うん」
 観覧車を指さした俺を見て、入槌が意外そうな顔をしつつ頷く。
 本気でショックを受ける入槌に免じて、少しだけ折れてやることにしたってわけだ。俺も大概入槌に甘い。
「ま、流石に男二人で観覧車は恥ずかしいよな~」
「そう?」
 平然と乗り込んだ入槌はやはりどこかズレている。今日のテンプレ展開をやれば俺が落ちると思っているところからしてまずおかしい。本当に困った奴だ。でもまあ、実際一番困るのは――。
「行くか……」
 覚悟を決め、ゴンドラに乗り込む。ぐらぐらと揺れるゴンドラの中で地面とお別れすること数分。
「雨灰、もうすぐ頂上だよ、ほら」
「……」
 ちらりと外を眺めてから後悔する。少しはマシになっているかと思ったが、やっぱり駄目だ……。
「お~い。さっきから全然喋んないけど……。やっぱ怒ってる……?」
「……怒ってはない」
「……本当ならここでさりげなく揺らして、「きゃあ怖い!」「はは。大丈夫。僕がついてるよ」ぎゅっ、って感じなんだけど……。そういう雰囲気じゃなさそうだね」
「それやったらマジで怒る」
「雨灰……?」
「何だよ」
「なんだかカチコチじゃない……?」
「……」
「あの、もしかして、高いとこ……」
「……嫌いなんだよ」
「ええ?! そういうことは早く言ってよ! 道理でオチないはずだよ! ハッ、そういえばジェットコースターの後も顔が怖かった! 完璧委員長のギャップ萌えルートってわけ?!」
「あんまり吠えないでくれ……。死ぬ……」
「言ってくれれば僕だって乗らなかったのに!」
「……お前が」
「?」
「お前が乗りたいって言ったから、我慢してんだよ……。まあ、単純に克服する良い機会とも思ったし……」
「何それ。ちょっと、可愛い……」
「可愛いは、無いだろ……。もっと、俺の勇気に感謝しろよ……」
「うん。ありがと」
「はは、急に素直になるなっての」
「なんでさ」
「うっかりトキメクだろ……?」
「え? なに? もしかして、僕にときめいたの?!」
「わ、馬鹿! 揺らすな!」
「あ、そうだ!」
 いいこと思いついた! と両手を合わせた入槌が腰を浮かしたかと思うと、そのまま俺の隣に座りに来る。
「うわ、おい!」
「大丈夫!」
 ゴンドラの揺れにあわあわしている俺の手を握った入槌が高らかに叫ぶ。
「何が?!」
「えと。だから、僕が傍に……いる、から……。その……。わ~! やっぱ今の無し! 恥ずかしくて死にそう!」
 もだもだと体を揺すり、足をバタつかせた入槌のせいでゴンドラが再び揺れる。
「うおおわあああ! 馬鹿! 揺らすな! 俺の方が死ぬ死ぬ死ぬ!」
「あ、ごめんごめん! ほら、ぎゅってしてあげるから!」
「せんでいいから! バランスを保て! 動くな!」


「は~。やっと、揺れが収まったな……」
「いや~。ホントびっくりだよ。まさか雨灰にこんな弱点があったなんて。可愛い」
「だから、可愛くない! こちとら理由があるんだよ……」
「理由?」
「ああ。実は俺が小さいときに、家族で一度だけここに来たことがあって。その時も最後に観覧車に乗ったんだけど……。機械の不具合でゴンドラが止まって……。それが丁度頂上で……。俺はずっと母さんにしがみついて泣いてたんだけど……。幼心に恐怖心がばっちりこびりついて……。トラウマで……」
「なんだ。幸せ家族でも幸せな日常ばっかじゃないんだね」
「そういうこと。でも、わかっただろ? 俺はお前が思ってるほど出来のいい人間じゃないよ。それでも、入槌は俺がいい? それともやっぱ無し?」
「僕は……、うん。雨灰の傍に居たい。恥ずかしくても、そう伝えたいと思うくらいには」
「入槌……」
 大人しく隣に座った入槌がそっと俺の手を握る。
 ああ、なんか、それっぽいな……。
「ねえ雨灰。僕は本気なんだ。君なら僕を退屈な世界から引っ張り出してくれる。そんな気がするんだよ」
「飼い被り過ぎ」
「ううん。雨灰は僕の王子様だよ」
「友達じゃ駄目?」
「雨灰は友達がいいの?」
「……どうかな」
 入槌の上目遣いと手をなぞる動きに負けて、静かに口づけを落とす。
「友達同士でキスしないと思うけど?」
「はは。俺、キスした?」
「節操無し」
「ごめん。でも、入槌が可愛いから……」
「じゃあ、もう恋人になろうよ」
「でも、流石にそれは……」
「揶揄われたら僕が言い返してあげる。雨灰のこと守ってあげる。だから、ね?」
「傍に居るって言うより、そっちの台詞がよっぽど恥ずかしいと思うけど?」
「君が揶揄ってどうするのさ」
「はは。わかった。降参。もういいや、素直になるよ。俺は入槌が好きだ。見事に攻略されたよ」
「やった! 雨灰ルートクリアだね!」
「クリア? まさか。付き合ってハッピーエンドなんて、今時少女漫画でも珍しいぞ?」
「へ?」
「とりあえず、俺ルートは全年齢向けじゃないってことを、覚悟しておいてほしいかな」
「えっとぉ……?」
「で。今日はこの後、入槌の家にお邪魔しても?」
「いやいやいやいや! みい子さん復帰して家にいるから! ていうか何する気?!」
「そりゃあ、ゲーム以上のことじゃない? 入槌もそれをお望みなんでしょ?」
「いや、僕はその……。年齢制限は守るべきだと思います!」
「ちょっと、待っ、揺らすのは無し! わあああ!」
 揺れるゴンドラの中でみっともなく入槌にしがみつきながら、真っ赤になったその顔を拝む。うん、可愛い。確かに、入槌が傍に居てくれるなら高いところも多少は我慢できるのかもしれない。



『ママ~! お願い! ちょっとだけ宿題見せて!』
「宿題は自力でやれ! てか、ママじゃない!」
『パパ~! この敵どうやって倒せば正解~?』
「そいつ、槍が効くよ。あと尻尾を重点的に攻めればオッケー」
『ママ~! 今日一日パパ貸してよ~! 皆でオールナイトひと狩りパーティーするからさ~!』
「駄目です。ゲームばっかやってないで、ちゃんと寝なさい」
「え~? いいじゃん雨灰ママ。ママも来ればいいじゃん」
『そーだそーだ!』『ボクちゃんもパパとママと一緒に遊びた~い』
「いや、外野うるさッ! てか、誰がママで何で入槌がパパなんだよ!」
 相も変わらず茶々を入れてくるクラスメイトに一人忙しくツッコミ返す。入槌はすっかりこのおちゃらけクラスに馴染んだようで、毎日楽しそうに学校生活を送っている。
『お~い。夫婦喧嘩も程々にしてくれよ~? 授業始めるからな~』
「ちょっと入槌サン?! 今、絶賛揶揄われてますが?! 教師にまで揶揄われてますが?! 言い返して守ってくれるのでは……?」
「え~? でもこれ揶揄いってより祝福なんじゃないの? てか僕もみんなで徹夜でゲームやりたいし」
「いや、ゲームと俺どっちが大事なんだよ!」
「え~? どっちも?」
「俺は入槌が大事なんですが?!」
『ヒュー』『委員長ママ、ゲームに嫉妬する定期~!』『これにはパパも赤面定期だ~!』『お前ら、ホント楽しそうでいいな……。俺だって教師じゃなきゃパパとママと兄弟みんなでゲームしたかった!』『泣くな兄弟!』『PTAなんかクソ食らえ! 一緒にひと狩り行っちゃおうぜ、兄貴!』
「いや、楽しそうなのはどっちだよ……!」
「ふふ。あはは! ホント、学校がこんな楽しいとこだったなんて、知らずに引き籠ってちゃ勿体なかったかもね!」
「いや入槌、コイツらが異様な外野なだけだからね?!」
 何はともあれ、入槌の笑顔が見れるのは良いことだ。願わくば、この笑顔を一生傍で見守っていたい。勿論、恋人として。年齢制限アリな展開を期待して。
『あ~! なんかママ気持ち悪い顔してる!』『ムッツリは良くないと思います!』『パパ逃げて! 全力で逃げて!』『先生困っちゃうから、不祥事はやめてね!』
「えっと。大丈夫。僕は年齢制限ガチ勢なんで!」
「いやホントにね!」
 高らかに宣言した入槌に涙を流すと、外野が無言で慰めの肩ぽんをしてくる。前途多難。俺たちの恋人生活は始まったばかりだ――。
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