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(75)亡霊と洗脳
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八女井 絢兎は、自分と正反対のクラスメイト古草 翔真にそっくりな幻影に憑りつかれる。それは、彼を好きだという気持ちに蓋をしたから、心が壊れたのだと言われ……。
古草×八女井。
狂った攻めに歪ませられる受けが好きです!
八女井 絢兎(やめい けんと):内気で神経質な陰キャ。ネーミングは、病=やまい=やめい・伏=いぬひと=けんと。
古草 翔真(ふるくさ しょうま):快活でいつも周りに人がいる人気者。ネーミングは「苦しみましょう」。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いつも通りの憂鬱な朝焼け。白々しいほどに澄み切った空気。
まるで世界なんか終わったかのように静かだ。
『なに詩人みたいなこと考えてんの?』
学校へ向かおうと踏み出した途端、背後から声がする。
「……」
『あれ、無視するんだ?』
挑発とも取れる声の正体は振り向かなくともわかる。
万人受けしそうな顔と性格。明るくて、いつも笑顔で、爽やかで。僕とは全く正反対の……。
『ま、朝から独り言なんて、痛々しいもんね』
からからと笑う声に思わず耳を塞ぐ。
「一体、いつまで僕を苛むつもりなんだ……。いい加減消えてくれ」
吐き捨てるように呟く言葉。
『はは。それを俺に言うの?』
さもおかしそうに笑う声。全部、憎たらしいほどいつも通りだ。
「お前は一体何なんだよ……!」
『わかってるくせに』
いつの間にか目の前に来た彼は、口を歪めて僕を見下ろす。その体はゆらゆらと僕の目の前で宙を揺蕩う。
『言ったよね?』
ああ、わかってる。そんなこと認めたくもないけれど。何度問うても返ってくるのは同じ言葉だ。確かに僕は狂っている。
『俺は君が創り出した幻影だって』
僕なんかよりもよっぽど人間染みた笑顔をみせる彼は、『幻』なのだ。何故なら、彼は他の人には見えていない。そして、彼は“死んだ人間”ではない。
『つまり、俺が消えるも話しかけるも君次第。これだって手の込んだ独り言なんだから』
「……狂ってる」
『そうなんだろうね』
頭を押さえて歩き出した僕の真横。肩を竦めた亡霊が浮遊しながらついてくる。もう一年は経つだろうか。この亡霊に憑りつかれて。
僕、八女井 絢兎(やめい けんと)は普通じゃない。
周りと違い、極端に自分を出すことに抵抗があり、神経質で、無愛想で、いつも一人だった。
幼い頃からずっとそうだったけれど、高校生となった今は前より増して世界が歪んで見えた。
実際に歪んでいるのは僕なのだろう。
特に最近は一人でぐるぐると押し問答をする時間が長くなり、ついには彼のような幻を生んでしまった次第で。
彼が言うには、僕の心はストレスに耐えきれなくなって、彼という存在を生み出したらしい。
友達のいない僕はついに友達を創り出してしまったのだ。実に頭の痛いことだ。馬鹿馬鹿しくて、情けなくて……自分がほとほと嫌になる。
自分の同級生たちは彼氏彼女がどうだの、部活が楽しいだの友達と遊ぶだのと今の時間を生きているのに。
僕ときたら、空想のお友達とおしゃべりだなんて。完全に頭がおかしい。
それに。
学校へ着く。靴箱から靴を出そうとしていると、背後から声が掛かる。
「おはよう、八女井」
「……よ」
声になってない自分の挨拶を取り繕う暇もなく、見飽きた顔の彼は颯爽と教室へ向かう。
取り残された僕は自分を呪う。全くどうして。
『あ~あ。今日もちゃんと俺に挨拶できなかったね』
背後で呆れているのは先の彼と同じ顔の僕の“友達”。
そう。どういう訳だか僕の空想の友達は彼、古草 翔真(ふるくさ しょうま)と瓜二つだった。
古草は僕のクラスメイトの一人で、いつだって人の中心にいる。僕とは真逆の存在だ。
だから、きっと憧れてしまったのだろう。
彼と友達になりたいのかもしれない。
そういう気持ちが、この亡霊を作り出したのだろうか。
『違うよ。君は俺のことが好きなんだ』
「やめろ……」
『俺のことを愛しすぎたんだ。でも、君がそれに気づかないフリをするもんだから。心が壊れてしまって、それで……』
「違う」
『君は嘘つきだね、絢兎』
「やめろって言ってるだろッ!」
ガンッ。亡霊に向かって鞄を叩きつける。しかし、当然、鞄は亡霊である彼をすり抜けて壁にぶつかり、中身を盛大にぶちまける。
廊下にいた生徒たちが一斉にこちらを向く。
「また八女井くん、やってるよ」「やべーよな、あいつ」
ひそひそと好奇と悪意を含んだ声が、僕の心を突き刺してゆく。
「くそ……」
ぽつりと呟き、教室へと急ぐ。その間にも亡霊は僕を苛む。
『もう認めなよ、俺のことが好きだってさ。認めたらきっと楽になるよ』
うるさい。亡霊に何がわかる。
「八女井」
うるさい。僕を呼ぶな。
「八女井」
僕は亡霊なんかに騙されない。亡霊なんかに……。
「八女井ってば!」
ハッとして顔を上げる。そこには現実の古草かいた。見飽きたはずの顔でも、やはり近くで見ると緊張してしまう。それほどに、こいつの顔は整っているのだ。
「これ、落ちてた」
そう言って渡されたのは、一枚のプリント用紙。鞄からはみ出したときに回収しきれなかった分らしい。
「……っ」
彼の手から乱暴にプリントを取り上げ、お礼も言わず階段を上る。
『意識しちゃって可愛い~』
「黙れ」
「八女井?」
亡霊に向けた言葉に、現実の古草が反応する。最悪だ。これ以上関わり合いになりたくないのに。
『絢兎ってば顔が赤くなってる。いっそのこと、正直に言っちゃえばいいのに』
「黙れ」
「八女井、顔色が……」
『俺がだ~いすきで、俺になら抱かれてもいいってさあ! 告白しちゃえば……』
「おい聞いて……」
「黙れって言ってるだろ!」
どっ。亡霊を追い払おうと振るった手が、当たり前のように亡霊をすり抜けて、後を追ってきた古草に当たる。
「あ」
まずい。そう思った時には既に遅く、古草の体はバランスを崩し、階下へと落ちる。
「古草くん!」「えっ。大丈夫か?!」
投げ出された古草に駆け寄る生徒たち。それをぼんやりと見つめる僕に、亡霊が囁く。
『あ~あ。やっちゃったね。君は愛する人をその手で傷つけたんだね』
「違……、僕は、そんなつもりじゃ……」
亡霊が僕の手をゆっくりと撫でる。感触はないはずなのに、やけにぞわぞわする。
『君は責任を負わなくちゃいけない。君はその愛を認めなかったが故に俺を傷つけたんだから。だから、君はもう素直にならなくてはいけない。君が愛を認めなくちゃ、きっと俺をまた傷つける』
「でも……」
『君は俺を死なせる気? わかるよね? 君がどうあるべきなのか』
亡霊の呪いを聞きながら膝を折る。
僕が彼を殺してしまう? 僕が彼を愛さないのは罪なのか? 僕は本当に彼を愛しているというのか?
『絢兎。君は俺を愛している。君は俺に逆らえない。君は俺に従えばいい』
ぐるぐると亡霊の声だけが頭を駆け巡る。ああ。そうだっけ。僕は彼を愛しているんだっけ。だから、こんな幻影を見ているんだっけ。僕は……。
「ああ、古草くん。僕は一体、どうすれば……」
『大丈夫。俺の言う通りにしてくれればいいから。そう。君は何にも考えなくていいんだよ』
泥のように染み込んでゆく亡霊の言葉が、僕の心に安寧をもたらす。そうだ。僕はただ愛しい人の影に従えばいい。そうすればきっと、僕は許されるんだ。
「古草くん。具合はどう?」
「うん。もうすっかり平気。君のおかげだ」
あの事故から一カ月。退院した彼に呼ばれた僕は、何の迷いもなく彼の自宅へと赴いた。
「元はと言えば僕がやったことだから……。本当に、ごめん」
「謝らなくていいよ。だって、君は俺をたくさん励ましてくれたし」
「でも……」
彼の微笑みを直接受けるのは眩しすぎるので、僕は俯きながら言い淀む。
「それに、償いたいんだったらどうするべきかわかってるでしょ?」
「ん。でも……」
ふいに伸びてきた彼の手が僕の腕を掴み、ベッドへと誘い込む。
「どうせ準備してきたんだろ?」
「それは……。んっ」
「はは。君はすっかり変態だね」
穴に沈められた指に腰をくねらせながら、その感触に頬を染めて瞳を閉じる。
「だ、だって。亡霊が、そうしろって……」
「亡霊なんてもう見えないくせに」
彼の吐息に体を震わせながら、僕は首を振る。
「でも、今日だって、確かに、僕に話しかけて……」
「なるほど。君は本当に妄想に溺れてしまったんだ。可哀想に」
可哀想? 僕が? どうして?
「でも。可哀想な君は最高に可愛いから、大丈夫」
「んっ。もう、指、いいからっ。これ、挿れさせてっ……」
「いいよ。すっかり淫乱だね」
「あ、ああ……っ。ん、ん……う」
全てを飲み込んだ途端、悦びに体が打ち震える。何度受け入れてもその気持ち良さは衰えることがなく、少し動いただけで意識が持っていかれそうになる。
「ここも。感じるようになっちゃったもんね」
「あっ、だ、め……。胸、弄られると、我慢できなく、なる……ッ!」
「それも亡霊に教えてもらったんだよね。亡霊に見られながら、独りでいっぱいエッチなことしたんだもんね」
「あっ、やめ、んっ……。どうしてそんなこと、古草君が、知って……」
「さ~あ。どうしてだろうね」
「あっ。古草くんッ、僕が、やるからッ」
「俺がしちゃだめなの?」
いつも通りに僕が上に乗って自分で動こうとした瞬間、古草くんが僕を抱きしめて下に寝かす。
「だって、怪我が……」
「言ったろ。もう平気だって。それとも、俺にされるのは嫌?」
「でも……」
「素直になれって言っただろ?」
囁かれた瞬間、亡霊の言葉を思い出して、体の力を全て抜く。
「う……。してほしい、に決まってる。ずっと、我慢してた……。でも、もうこの体、お前が欲しくて堪らないんだ……!」
「よしよし。それでいいんだよ。君は俺のことが大好きなんだからさ」
「うん。好き。大好き。愛してる。亡霊作り出しちゃうほど、僕は古草くんに狂ってるんだもん。ああ、僕のこと、もっとぐちゃぐちゃに溶かして!」
「ふふ。すっかり従順になっちゃって。ほんと可愛いよ。俺のお人形さん」
「あ、ああ……。そこ、あ、イイ……。好き……!」
「俺はね、君の顔が大好きなんだよ? 一目会った時からね、絶対モノにしようと思ってたんだ。俺、上手くやったでしょ? 生霊なんて、ほんとに飛ばせるもんなんだね」
「あっ、は、もっと、強く、して……!」
彼が何を言っているのか、僕にはもうわからなかった。そんなことより、早く彼が欲しくて。
「はは。そうやって、ずっと何にも考えないで生きていこうね。君は何にもわかんない可愛い俺のお人形だもん」
「あ、ああ……! 好きッ、愛してるッ、ひう、あ、古草くんっ、好きッ……!」
彼の笑顔が何を意味しているのかすらわからない。けど、そんなこと、どうだっていい。僕は彼を愛している。僕は彼を愛しているのが幸せ。だったら、もう僕は何も考える必要なんかない。
「うん。俺も愛してるよ。絢兎。君は俺の愛でゆっくり溶かしてあげるからね」
深く激しい口づけは、僕の全てを溶かしてゆく。ああ。幸せだ。僕はなんて幸せな人形なんだろう。
古草×八女井。
狂った攻めに歪ませられる受けが好きです!
八女井 絢兎(やめい けんと):内気で神経質な陰キャ。ネーミングは、病=やまい=やめい・伏=いぬひと=けんと。
古草 翔真(ふるくさ しょうま):快活でいつも周りに人がいる人気者。ネーミングは「苦しみましょう」。
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いつも通りの憂鬱な朝焼け。白々しいほどに澄み切った空気。
まるで世界なんか終わったかのように静かだ。
『なに詩人みたいなこと考えてんの?』
学校へ向かおうと踏み出した途端、背後から声がする。
「……」
『あれ、無視するんだ?』
挑発とも取れる声の正体は振り向かなくともわかる。
万人受けしそうな顔と性格。明るくて、いつも笑顔で、爽やかで。僕とは全く正反対の……。
『ま、朝から独り言なんて、痛々しいもんね』
からからと笑う声に思わず耳を塞ぐ。
「一体、いつまで僕を苛むつもりなんだ……。いい加減消えてくれ」
吐き捨てるように呟く言葉。
『はは。それを俺に言うの?』
さもおかしそうに笑う声。全部、憎たらしいほどいつも通りだ。
「お前は一体何なんだよ……!」
『わかってるくせに』
いつの間にか目の前に来た彼は、口を歪めて僕を見下ろす。その体はゆらゆらと僕の目の前で宙を揺蕩う。
『言ったよね?』
ああ、わかってる。そんなこと認めたくもないけれど。何度問うても返ってくるのは同じ言葉だ。確かに僕は狂っている。
『俺は君が創り出した幻影だって』
僕なんかよりもよっぽど人間染みた笑顔をみせる彼は、『幻』なのだ。何故なら、彼は他の人には見えていない。そして、彼は“死んだ人間”ではない。
『つまり、俺が消えるも話しかけるも君次第。これだって手の込んだ独り言なんだから』
「……狂ってる」
『そうなんだろうね』
頭を押さえて歩き出した僕の真横。肩を竦めた亡霊が浮遊しながらついてくる。もう一年は経つだろうか。この亡霊に憑りつかれて。
僕、八女井 絢兎(やめい けんと)は普通じゃない。
周りと違い、極端に自分を出すことに抵抗があり、神経質で、無愛想で、いつも一人だった。
幼い頃からずっとそうだったけれど、高校生となった今は前より増して世界が歪んで見えた。
実際に歪んでいるのは僕なのだろう。
特に最近は一人でぐるぐると押し問答をする時間が長くなり、ついには彼のような幻を生んでしまった次第で。
彼が言うには、僕の心はストレスに耐えきれなくなって、彼という存在を生み出したらしい。
友達のいない僕はついに友達を創り出してしまったのだ。実に頭の痛いことだ。馬鹿馬鹿しくて、情けなくて……自分がほとほと嫌になる。
自分の同級生たちは彼氏彼女がどうだの、部活が楽しいだの友達と遊ぶだのと今の時間を生きているのに。
僕ときたら、空想のお友達とおしゃべりだなんて。完全に頭がおかしい。
それに。
学校へ着く。靴箱から靴を出そうとしていると、背後から声が掛かる。
「おはよう、八女井」
「……よ」
声になってない自分の挨拶を取り繕う暇もなく、見飽きた顔の彼は颯爽と教室へ向かう。
取り残された僕は自分を呪う。全くどうして。
『あ~あ。今日もちゃんと俺に挨拶できなかったね』
背後で呆れているのは先の彼と同じ顔の僕の“友達”。
そう。どういう訳だか僕の空想の友達は彼、古草 翔真(ふるくさ しょうま)と瓜二つだった。
古草は僕のクラスメイトの一人で、いつだって人の中心にいる。僕とは真逆の存在だ。
だから、きっと憧れてしまったのだろう。
彼と友達になりたいのかもしれない。
そういう気持ちが、この亡霊を作り出したのだろうか。
『違うよ。君は俺のことが好きなんだ』
「やめろ……」
『俺のことを愛しすぎたんだ。でも、君がそれに気づかないフリをするもんだから。心が壊れてしまって、それで……』
「違う」
『君は嘘つきだね、絢兎』
「やめろって言ってるだろッ!」
ガンッ。亡霊に向かって鞄を叩きつける。しかし、当然、鞄は亡霊である彼をすり抜けて壁にぶつかり、中身を盛大にぶちまける。
廊下にいた生徒たちが一斉にこちらを向く。
「また八女井くん、やってるよ」「やべーよな、あいつ」
ひそひそと好奇と悪意を含んだ声が、僕の心を突き刺してゆく。
「くそ……」
ぽつりと呟き、教室へと急ぐ。その間にも亡霊は僕を苛む。
『もう認めなよ、俺のことが好きだってさ。認めたらきっと楽になるよ』
うるさい。亡霊に何がわかる。
「八女井」
うるさい。僕を呼ぶな。
「八女井」
僕は亡霊なんかに騙されない。亡霊なんかに……。
「八女井ってば!」
ハッとして顔を上げる。そこには現実の古草かいた。見飽きたはずの顔でも、やはり近くで見ると緊張してしまう。それほどに、こいつの顔は整っているのだ。
「これ、落ちてた」
そう言って渡されたのは、一枚のプリント用紙。鞄からはみ出したときに回収しきれなかった分らしい。
「……っ」
彼の手から乱暴にプリントを取り上げ、お礼も言わず階段を上る。
『意識しちゃって可愛い~』
「黙れ」
「八女井?」
亡霊に向けた言葉に、現実の古草が反応する。最悪だ。これ以上関わり合いになりたくないのに。
『絢兎ってば顔が赤くなってる。いっそのこと、正直に言っちゃえばいいのに』
「黙れ」
「八女井、顔色が……」
『俺がだ~いすきで、俺になら抱かれてもいいってさあ! 告白しちゃえば……』
「おい聞いて……」
「黙れって言ってるだろ!」
どっ。亡霊を追い払おうと振るった手が、当たり前のように亡霊をすり抜けて、後を追ってきた古草に当たる。
「あ」
まずい。そう思った時には既に遅く、古草の体はバランスを崩し、階下へと落ちる。
「古草くん!」「えっ。大丈夫か?!」
投げ出された古草に駆け寄る生徒たち。それをぼんやりと見つめる僕に、亡霊が囁く。
『あ~あ。やっちゃったね。君は愛する人をその手で傷つけたんだね』
「違……、僕は、そんなつもりじゃ……」
亡霊が僕の手をゆっくりと撫でる。感触はないはずなのに、やけにぞわぞわする。
『君は責任を負わなくちゃいけない。君はその愛を認めなかったが故に俺を傷つけたんだから。だから、君はもう素直にならなくてはいけない。君が愛を認めなくちゃ、きっと俺をまた傷つける』
「でも……」
『君は俺を死なせる気? わかるよね? 君がどうあるべきなのか』
亡霊の呪いを聞きながら膝を折る。
僕が彼を殺してしまう? 僕が彼を愛さないのは罪なのか? 僕は本当に彼を愛しているというのか?
『絢兎。君は俺を愛している。君は俺に逆らえない。君は俺に従えばいい』
ぐるぐると亡霊の声だけが頭を駆け巡る。ああ。そうだっけ。僕は彼を愛しているんだっけ。だから、こんな幻影を見ているんだっけ。僕は……。
「ああ、古草くん。僕は一体、どうすれば……」
『大丈夫。俺の言う通りにしてくれればいいから。そう。君は何にも考えなくていいんだよ』
泥のように染み込んでゆく亡霊の言葉が、僕の心に安寧をもたらす。そうだ。僕はただ愛しい人の影に従えばいい。そうすればきっと、僕は許されるんだ。
「古草くん。具合はどう?」
「うん。もうすっかり平気。君のおかげだ」
あの事故から一カ月。退院した彼に呼ばれた僕は、何の迷いもなく彼の自宅へと赴いた。
「元はと言えば僕がやったことだから……。本当に、ごめん」
「謝らなくていいよ。だって、君は俺をたくさん励ましてくれたし」
「でも……」
彼の微笑みを直接受けるのは眩しすぎるので、僕は俯きながら言い淀む。
「それに、償いたいんだったらどうするべきかわかってるでしょ?」
「ん。でも……」
ふいに伸びてきた彼の手が僕の腕を掴み、ベッドへと誘い込む。
「どうせ準備してきたんだろ?」
「それは……。んっ」
「はは。君はすっかり変態だね」
穴に沈められた指に腰をくねらせながら、その感触に頬を染めて瞳を閉じる。
「だ、だって。亡霊が、そうしろって……」
「亡霊なんてもう見えないくせに」
彼の吐息に体を震わせながら、僕は首を振る。
「でも、今日だって、確かに、僕に話しかけて……」
「なるほど。君は本当に妄想に溺れてしまったんだ。可哀想に」
可哀想? 僕が? どうして?
「でも。可哀想な君は最高に可愛いから、大丈夫」
「んっ。もう、指、いいからっ。これ、挿れさせてっ……」
「いいよ。すっかり淫乱だね」
「あ、ああ……っ。ん、ん……う」
全てを飲み込んだ途端、悦びに体が打ち震える。何度受け入れてもその気持ち良さは衰えることがなく、少し動いただけで意識が持っていかれそうになる。
「ここも。感じるようになっちゃったもんね」
「あっ、だ、め……。胸、弄られると、我慢できなく、なる……ッ!」
「それも亡霊に教えてもらったんだよね。亡霊に見られながら、独りでいっぱいエッチなことしたんだもんね」
「あっ、やめ、んっ……。どうしてそんなこと、古草君が、知って……」
「さ~あ。どうしてだろうね」
「あっ。古草くんッ、僕が、やるからッ」
「俺がしちゃだめなの?」
いつも通りに僕が上に乗って自分で動こうとした瞬間、古草くんが僕を抱きしめて下に寝かす。
「だって、怪我が……」
「言ったろ。もう平気だって。それとも、俺にされるのは嫌?」
「でも……」
「素直になれって言っただろ?」
囁かれた瞬間、亡霊の言葉を思い出して、体の力を全て抜く。
「う……。してほしい、に決まってる。ずっと、我慢してた……。でも、もうこの体、お前が欲しくて堪らないんだ……!」
「よしよし。それでいいんだよ。君は俺のことが大好きなんだからさ」
「うん。好き。大好き。愛してる。亡霊作り出しちゃうほど、僕は古草くんに狂ってるんだもん。ああ、僕のこと、もっとぐちゃぐちゃに溶かして!」
「ふふ。すっかり従順になっちゃって。ほんと可愛いよ。俺のお人形さん」
「あ、ああ……。そこ、あ、イイ……。好き……!」
「俺はね、君の顔が大好きなんだよ? 一目会った時からね、絶対モノにしようと思ってたんだ。俺、上手くやったでしょ? 生霊なんて、ほんとに飛ばせるもんなんだね」
「あっ、は、もっと、強く、して……!」
彼が何を言っているのか、僕にはもうわからなかった。そんなことより、早く彼が欲しくて。
「はは。そうやって、ずっと何にも考えないで生きていこうね。君は何にもわかんない可愛い俺のお人形だもん」
「あ、ああ……! 好きッ、愛してるッ、ひう、あ、古草くんっ、好きッ……!」
彼の笑顔が何を意味しているのかすらわからない。けど、そんなこと、どうだっていい。僕は彼を愛している。僕は彼を愛しているのが幸せ。だったら、もう僕は何も考える必要なんかない。
「うん。俺も愛してるよ。絢兎。君は俺の愛でゆっくり溶かしてあげるからね」
深く激しい口づけは、僕の全てを溶かしてゆく。ああ。幸せだ。僕はなんて幸せな人形なんだろう。
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