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(54)生徒会長と幼馴染
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穂月への想いを隠しながら幼馴染として傍にいる鷹臣。ある日、穂月に振られた八重に怪しい薬を飲まされて……。
サッカー部エース×生徒会長。
薬でベロベロになった受けをギリギリのところで助けに来る攻めが好きです。(ベタ)
葉山 鷹臣(はやま たかおみ)
生徒会長。面倒見が良い。皆から頼りにされている。
浅海 穂月(あさみ ほづき)
サッカー部エース。爽やか。鷹臣にベタベタ。
ネーミングは、二人合わせて「鷹は飢えても穂を摘まず」。高潔の意。(めっちゃ摘んでますが)
茂木 太郎(もぎ たろう)
穂月ファンのキモオタ。
ネーミングは、キモ太い野郎(適当)
久坂 八重(くさか やえ)
サッカー部マネージャーの女子。穂月のことが好き。実はヤバい人。
ネーミングは、やくざ(ごめんね)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『きゃ~! 浅海先輩~!』『がんばって~!』『こっち見て~!』
高校のグラウンド。サッカー部の練習試合のある今日は、日曜だというのに生徒たちの応援の声で騒がしい。
「あっ。鷹臣~!」
素通りしようとしたが、注目の的、女子生徒たちのお目当てである男に呼び止められ、足を止める。
「相変わらずモテるな」
「自分だってモテてるくせに」
「俺が?」
「出た、鈍感」
どっちが、だ。せっかくの休憩時間、これだけの声援を受けながらも、それを無視して平然と俺なんかに声を掛けてくるその神経がわからない。
「お前な、少しはファンサービスでも……」
「鷹臣、今日も生徒会? 少し頑張りすぎじゃない?」
見かねて助言をしようとした俺の言葉をぶった切り、彼は心配そうに俺の頬を撫でる。
「生徒会長が頑張らなくてどうする。というか、こういうのいい加減やめろって言ってるだろ?」
「こういうのって、どういうの?」
意地悪く目を細めた目の前の男が、触れたままの頬をむにむにと引っ張る。
その様子を見た女子生徒たちが、一斉に騒ぎ出す。
「これだ馬鹿! 揶揄うな! お前のファンが不快に思うだろうが!」
「いや、寧ろファンサービスなんだけど?」
「ど・こ・が・だ!」
『浅海くん、そろそろ試合始まるよ~!』
「ちぇ。じゃあ鷹臣。練習終わったら生徒会室行くからね」
マネージャーに呼ばれた彼は、こちらに向かってウインクすると、仲間の元に駆けてゆく。
「来んでいいっての……!」
女子生徒たちの視線に耐え切れなくなった俺は、踵を返して独り言ちる。
俺、葉山 鷹臣(はやま たかおみ)は、現在生徒会長を任されている高三男子だ。間違ってもイケメンにウインクされるような役柄ではない。それじゃあ、何故彼があんなことをするのかというと。
浅海 穂月(あさみ ほづき)は、何でも卒なくこなし、誰からも愛される爽やか好青年だ。だがそれ故に、みんな彼から少し距離を置いていて。気軽に冗談を言い合えるのは幼馴染の俺くらいだった。だからこそ、彼も行き過ぎた構い方をしてくるのだろう。
問題は、それが俺にとって眩しすぎるということで……。
『ねー会長はどう思います?』
「ん?」
生徒会室。集まったメンバーたちが雑談している中、資料に目を通していたのだが、話題を振られて渋々顔を上げる。
『だから、浅海くんが告白されたって話!』
「どうって……。あいつはモテるから。別に珍しくも……」
『そうじゃなくて! 今回のは相手が男だって話ですよ!』
「え……?」
『あれ、会長聞いてないんですか? てっきり仲良いから……』
『そりゃあ、浅海だって言いたくないだろ。あんなキモデブに告られたなんて』
「ええと」
『ほら、3組にいるじゃないですか。デブで眼鏡のいかにもオタクですって感じの』
『それが浅海先輩に告白したんですよ?! まじありえない。キモ過ぎて無理!』
『ほんと、男同士とかキモ過ぎ。浅海が可哀想過ぎるだろ』
『それな』
『会長も、気をつけた方がいいですよ。あのキモデブに会長まで狙われたら……』
『会長さん?』
「え、ああ、ごめん……。少しびっくりして」
『会長と浅海先輩って幼馴染だし、やっぱり心配ですよね!』
「い、いや。本人同士の問題に外野がどうこう言うもんじゃないよ」
『でも、相手があまりにも酷過ぎますよ! あんなの、すぐストーカーになりそうだし!』
「それも。そう酷いことを言うもんじゃないよ」
『きゃ~! やっぱり会長さんステキ!』
きゃあきゃあと盛り上がるメンバーを他所に、穂月のことを思い浮かべる。彼も、誰かと付き合うようになってしまえば、今みたいに俺にちょっかいをかけることも減るのだろう。そう思うと少し、心が痛むような気がした。
『それじゃあ、また明日~!』
生徒会の仕事が終わり、サッカー部の部室に向かう途中。
「あ、ほづ……」
後ろ姿の彼を見かけ、声を掛けようとしたが、押し黙る。
あれ、誰だ……?
よくよく見ると穂月の隣には、男子生徒がいて。頬を染め、何やら一生懸命話している。
なんとなく、声かけづらいな……。
そう思って、生徒会室に戻ろうとしたところに……。
「あっ。鷹臣!」
こちらに気づいた穂月が、躊躇いもなく叫ぶ。
「あっ。えっと……!」
可哀想に、狼狽えた男子生徒は、俺と穂月を交互に見つめた後、早口で穂月に何かを告げる。そして、可愛らしい小包を穂月に押し付け、こちらに向かって全力疾走。
「ぎゃっ!」「わっ」
避ける間もなく、その巨体でぶつかられた俺は、見事に尻餅をついて倒れる。
「鷹臣、大丈夫?!」
「ん、ああ」
謎の男子生徒を目で追ったが、巨体の割に足が速いらしく、見事に逃走を果たしていた。
「ごめんね……?」
穂月は全く悪くないのに、謝りながら俺に手を伸ばす。掴んだ手とは反対の手に握られた可愛らしい包み。それは、どうやらクッキーのようで、包みの透明な部分からは綺麗な焼き色が覗いていた。
「それ……」
口をついて出た言葉を慌てて抑えるが既に遅く、穂月の目線がクッキーに移る。
「ああ、これ?」
苦笑交じりにクッキーを揺さぶる穂月に、少しだけ安心して視線を外す。
「さっきの人に、貰ったのか?」
「はは。参ったな。そうなんだよね」
いる? とそれを傾けられたが、首を振り断る。
俺は基本的に他人のことを信用していないので、素人の作ったものは口にしないことにしている。彼は勿論それをわかっていて、軽い冗談として聞いたに過ぎなかった。
そして、彼もそう。穂月は俺と同じで、女の子から差し入れを大量に貰っても、遠慮もなしに捨てていた。
だから、俺は安心した。あの子は、穂月のことを何もわかっていなくて、穂月もあの子を信用していないのだとわかったから。
「告白されたって聞いたけど、さっきの子が?」
「なんだ。知ってたんだ」
嘘であって欲しかった。穂月が男からもモテるだなんて、知りたくなかった。
「茂木くん、だったっけかな。まさか男にまで告白されるとは思わなかったよ。これがまた、中々しつこくて困ってるんだよね」
「えっと。困ったときは言えよ? 相談ぐらい乗る」
「ありがとね、鷹臣。やっぱり鷹臣は頼りになるよ~!」
「馬鹿、やめろって言ってるだろ!」
抱き着いてくる穂月に抵抗しながら、俺は穂月の手で握りつぶされたクッキーを見つめた。そのまま捨てられるであろうそれに、くだらない優越感を抱く。俺は、そんな自分が嫌いでたまらなかった。
「会長さん、これ。頼まれていたサッカー部の資料です」
「ああ。ありがとう。ええと、君はたしか……」
「マネージャーの久坂 八重(くさか やえ)です。よろしく」
とある日の昼休みの生徒会室。差し出された彼女の手を握りながら、俺は逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。
「穂月先輩って会長さんの幼馴染なんですよね?」
「ん、ああ。そうだよ」
「ほんとすごいですよね、彼。会長さんもすごいけど……。穂月先輩は、特別」
ゾッとするような彼女の紅い唇に、思わず目を逸らしてしまいたくなる。
「会長さん。穂月先輩、取られちゃいますよ?」
「え?」
「ていうか、取っちゃいましょうか」
「ええと」
「会長さん、穂月先輩のことが好きなんでしょう?」
その豊満な胸を俺の腕に押し当てた久坂は、ニタリと唇を歪ませながらゆっくりと呟いた。
「……そりゃあ、幼馴染だからね」
「しらばっくれないでくださいよ。意気地なし」
「な……」
いきなり放たれた暴言に怯んでいると、彼女の手が頬に触れる。
「でもまぁ、会長さんが弱虫で良かったわ。ねえ、お願いだから、私の邪魔はしないでね?」
「っ、ふざけるな」
頬を撫でる手を振り払おうとした瞬間、彼女はまるで猫のように機敏な動作で後ろに飛び退く。
「あ、あのデブのことは大いに邪魔してくれて結構ですからね~!」
ひらひらと手を振りながら出て行く彼女を、呆然と見つめる。
ああ、穂月。君はどうしてこうも変な奴から好かれるのか……。
「あのっ、それじゃあ、葉山会長くらい顔が整ってたら、男でもオッケーしてくれるんですか?!」
「それは、無理でしょ?」
穂月のことが心配になった俺は、昼食の時間を惜しみ、様子を見に行った。そうしたら丁度、茂木に呼び出されて教室を抜け出したと聞いて……。それで……。
人気のない渡り廊下。そこで二人は揉めていた。いや、揉めるというより、穂月が茂木に言い寄られて困っている様子だった。でも、問題はそこではない。
「じゃあ、もし葉山会長が、浅海先輩のことを好きだって言ったら?!」
「それはないでしょ」
珍しく苛立ちを抑えきれない様子で、穂月は茂木に言い切った。
それはない、か……。
ぐらぐらと地面が揺れているような気持がした。わかっていたことだけれども、はっきりとこの耳で聞くことがあろうとは、思わなかった。だから……。
「あ……。鷹臣!?」
「ええと、俺は邪魔みたいだから行くね……」
「鷹臣!」
穂月の制止も聞かず、俺は駆け出した。自分が怖かった。腹の中で暴れる黒い感情が、自分のものだと思いたくもなかった。
それから、俺は穂月と距離を置いた。それを聞きつけた久坂は、これ見よがしに嫌味を言いに来た。
「自分の気持ちを隠して、逃げてばっかの、好かれようとする努力もしないアンタなんかに穂月先輩は渡さないわ」
「……俺は、君が思っているようなものじゃない」
「ふん。せいぜい指を咥えて見ときなさい」
力なく答えた俺を、久坂は笑った。そして。
彼女は穂月に告白をした。でも、結果は……。
「お前が……、お前さえいなければ!」
「うっ」
自信満々の告白を、ばっさりと断られた彼女は、真っ先に俺のところへ訪れた。逆恨みもいいところだ。
勿論、抵抗したのだが何分、出会い頭にいきなりスタンガンでやられたため、体が上手く動かない。
「おいデブ、しっかり押さえとけ」
「で、でも、会長さんが可哀想だよ……?」
「ハッ。こいつのどこが可哀想ってんのさ!」
「ぐっ……」
すでに数発食らっている体に、容赦ない蹴りが入る。
この女、普段は猫を被り過ぎじゃないか……?
そのギラギラと復讐に燃える瞳は、とてもか弱い女子のものとは思えない。
「アンタも殴りな。ほら、コイツのせいでお前も振られたんだろうがよ!」
「で、でも……」
久坂に命令されながらも、茂木は中々踏ん切りがつかない様子だ。まあ、普通の人間ならば、こんな馬鹿げた八つ当たり、躊躇わないはずがない。
「ったく。せっかく呼んでやったのによ。見てな。今にお前をやる気にさせてやるよ」
「え、何する気……?」
「うっせえな。ボコりたくないってんなら、他の方法でやれっつってんだよ! 見てな!」
「ぐ、ごほっ……!」
久坂がポケットから小瓶を取り出したかと思うと、それを俺の口に流し込む。
「それは……?」
「いい薬。私は穂月先輩のとこ行って既成事実作ってくるからさあ、アンタちょっとこいつと遊んでてよ」
「ええっ?! ボクも浅海先輩がいいよぉ」
「うるせえな! ぐだぐだ言ってる暇あったら、お前も飲め!」
「う……!」
容赦なく茂木の頬を引っ掴んだ久坂は、その口に薬を流し込む。
「どうだ? 良くなってきたろ」
「ああ、やめてよぉ……!」
ぺちぺちと頬を叩かれた茂木は、気色の悪い声を出して身をよじる。
なんでこんな薬を女子高生が持っているんだ……。
「会長さんも。いい顔してんじゃん」
「は……。これ、一体なんの薬……」
「もうわかってんだろ? 媚薬だよ。気持ちよくなるやつ。この前知り合いに貰ったんだよ。ね、会長さん、どう? 気持ちよくなってきたんじゃない?」
「はっ、や、めろ……!」
厭らしい手つきで体を撫で上げる久坂に抵抗するが、込み上げてくる熱に上手く抗えない。
「ほらデブ見てみろ。コイツも中々いいだろ」
「確かに、ちょっとだけムラッときたかも……」
「その調子。ほら、会長さんももっとこのクソデブ釣ってよ」
「っ……」
「ね、女の子にこんなことされるのどう?」
「気持ち悪いから、やめて、くれ……。君も、こんなことバレたらッ……」
「は~。これだからホモは」
「んぐ……!」
大袈裟にため息をついてみせた久坂に首を絞められたかと思うと、口をこじ開けられて、さらに薬を流し込まれる。
「ね、どう?」
「げほっ……。は……。こんなことして、許されると、思って……」
「うっさいなあ」
ばちっ。頬が強めに叩かれ、一瞬記憶が飛びそうになる。
「は……」
「ああごめん。あんまりアンタがごちゃごちゃ言うもんだから、さ!」
ばしゃ。残りの薬を顔に掛けられてすぐ、体がぐらぐらと煮え滾るように熱くなる。
「は……、あ……」
「はは。すっかりメス顔になってんの。ほらキモデブ、アンタもこれなら抱けるだろ?」
「で、でもボク……」
「うっせえな。邪魔者同士さっさとくっついとけゴミ!」
「ああっ! 痛いよぉ!」
「っ……」
「何逃げようとしてんだ?」
久坂が茂木に構っている隙に、床を這うようにして逃げ出そうとするが、すぐに足を掴まれる。
「ほら、いっぺんイかしてやるからさあ、さっさと理性飛ばせ」
「っ、あ……」
「ほら早くしろよ、会長さん」
「い、嫌だ……。た、たすけ……」
ガラッ。生徒会室の扉が開かれる。
「何してんの?」
「え……。穂月先輩、なんで……」
入ってきたのは、合鍵を手に持ち、鬼の形相でこちらを睨みつけた穂月。その姿を見た瞬間、目から涙が零れ落ちる。
「あ……。穂月……」
「ああっ、先輩!! ボクは、やっぱり浅海先輩がッ!」
「邪魔」
「ぎゃう!」
薬に当てられて発情した茂木が穂月に向かっていくも、あっさり避けられた後、床に転がされる。
「で? 何してるって?」
穏やかに微笑む穂月の目は、全く笑っていない。
「そいつが! そいつが私たちに変な薬飲ませて……、それでっ!」
危険を感じて咄嗟に嘘を吐いた久坂が、茂木に罪を着せようと必死に叫ぶ。
「鷹臣、それほんと?」
「……」
何も言えないままに目を逸らす。正直、制服の乱れを正すのが精一杯。こんな情けない姿、穂月に見られたくなかった。
「そっか。おいで。怖かったね」
「穂月先輩!」
「あ……」
久坂に向かって優しく微笑みながら手を広げる穂月を見た瞬間、彼女を止めようとしたが、遅かった。
「なんて。僕が言うとでも?」
「きゃ!」
久坂が穂月の腕に触れた瞬間、久坂の体は床に叩きつけられる。
そう。彼女に向けられた穂月の微笑みは間違いなく怒りの感情を携えていた。昔から穂月は負の感情を隠すのが上手い。だけど、俺にはわかっていた。彼は今、かつてないほどの怒りに支配されているであろうことが。
「茂木くん。こっちに来てくれる?」
「あっ、ハイ!」
「動けないようにしてあげて?」
転がっていた茂木は、頬を染めながら穂月の指示通りに久坂を拘束してゆく。
「んん……!」
タオルで口を塞がれた久坂は、苦しそうに声を上げるが、助けてくれる者は誰もいない。
「茂木くん、見てて」
「あ、あの……?」
穂月が、抵抗できない久坂を容赦なく剥いてゆく。その光景に、茂木はごくりと喉を鳴らし、釘付けになる。
「これ、好きにしていいから、ね?」
「え?」
「復讐しなきゃ、ね?」
「復讐……」
「大丈夫。君は悪くない。悪いのは全部、君を惑わせたその女だ」
「ああ……」
「ん~!」
欲に押しつぶされた巨体が、少女の上にのしかかる。
「さて。鷹臣、行くよ」
「穂月……」
復讐者たちには目もくれなくなった穂月が、真っすぐこっちに向かって来る。
言いたいことはたくさんあったが、上手く言葉にできそうもない。
差し伸べられた手を掴んで、立ち上がろうとするが、どうやら自力で立つのは無理そうだ。
「ごめ、今、力入らなくて……」
「わかった」
そう言った途端、穂月が俺の腰に手を伸ばし、そのまま抱きかかえる。
「ほ、穂月、降ろし……、っん!」
腰をぎゅっと抱きしめられた瞬間、変な声が口から洩れる。
「こんな鷹臣、ほっとけない」
「あっ。待って……、首、息かかる、と……」
「ごめんね、鷹臣」
謝った穂月は、空き教室の扉を開ける。
「ん……。保健室じゃ、ないのか……?」
「保健室行っても治まらないでしょ、それは」
「う……」
床に降ろされ、穂月を見つめる。欲と羞恥でぐちゃぐちゃになった心と体が、どうしようもなく穂月を求める。
「苦しい?」
「う……。穂月ぃ……」
「僕にどうして欲しいの?」
「は、ぁ……」
自分の腕を抱きしめるけれど、到底欲は収まらない。
「鷹臣、苦しいでしょ?」
「あ、穂月……、触んない、で、今、は……」
頬をくすぐられただけで、すぐに息が上がってゆく。
「こんなんで感じちゃうの?」
「っ……」
「ね、鷹臣?」
「ほ、づき……、本当に、大丈夫、だから、ほっとい、て……ッ!」
「やったげるから。ほら、僕に委ねて?」
「だ、だめだっ!」
ばちっ。派手な音を立てて、伸ばされた穂月の手を叩く。
「あ。ごめ……」
「あの子には触らせたのに、僕は駄目なの?」
穂月の目が静かに、だけど鋭く俺を糾弾する。ここでとやかく文句を言える立場ではない。穂月も厚意で言ってくれているはずだ。でも、やっぱり……。
「穂月は、駄目だ、穂月は……」
「ふーん。鷹臣さあ、僕よりあの子が良かった?」
「え、いや、そういうんじゃ……」
先ほどよりもずっと棘のある言葉が、俺に焦りと疑問を与える。
「それとも、鷹臣はいじめられるのが好きなの?」
「は?」
どうして穂月はこんなに怒っているんだ……?
「鷹臣、僕はずっと君に優しくしてきたのに。君はそうやって、いつも僕を裏切る」
「え……?」
裏切る……? 俺が穂月を?
「だったら、もういっそのこと嫌われたっていい。誰かに奪われるより先に、僕が鷹臣の全部を貰うから」
「穂月……?」
「鷹臣、君が暴れたって僕はやめないから」
「っ!」
穂月の瞳がぎらりと光る。怖い。そう思うと同時に、壊された理性がはち切れそうになって……。
「あ、ああっ、穂月っ、駄目っ、も……」
「鷹臣、さっきイったばっかでしょ? ちょっとは我慢してよ」
「あっ、は、ああ、ほづきっ、ほづきぃ……っ!」
「あー。また出しちゃった?」
「ん、はぁ……。う、」
熱に浮かされ、くたびれた体で再び穂月を欲する。もう何度目かわからないその行為に、脳はとっくに麻痺してしまった。
「ほら僕の服、びしょびしょだよ?」
「うう、ほづきぃ……」
「鷹臣、全部馬鹿になっちゃって。可哀想に。こんな鷹臣を、生徒会のみんなが見たらなんていうか」
「っ……」
「うわ、今ので締め付けるとか、鷹臣ほんと変態」
「う、うう……。もう、俺、わかんな……」
「ほら、自分で動いていいよ。鷹臣」
「穂月っ、あっ、んんっ……!」
「そうそう。ちょっとは上手くなったね。でも、もっと僕を求めてくれなきゃ」
「ああっ、穂月っ! 好きッ、ずっと、俺は、お前が……」
「は……。わかってんじゃん。ほんと、鷹臣ってば可愛いよ」
「んっ……。ああっ、穂月ッ……!」
その日、俺は穂月を何度も求めた。タガが外れたその口で、何度も愛を叫び、その甘い熱を何度も何度も吐き出した。
「穂月……」
「なんだ。もう出て来れるようになったの?」
数日後。“風邪で休んで”いた学校に顔を出すと、生徒会室には穂月がいた。
「……」
あれから、茂木は久坂に暴行を加えたことにより、学校を退学させられた。久坂も、精神的にダメージを受けたらしく、学校を休んでいるらしい。それなのに。
「どうして、俺たちについて誰も言及してこないんだ?」
正直、俺は怯えていた。薬のせいだとはいえ、あんな醜態を晒してしまったのだ。それを、教師や他の生徒に知られるだなんて、考えたくもなかった。でも、久々に登校した俺に対して、みんなは純粋に風邪の心配をしてきた。教師たちも変に距離を置いている様子もない。あれは夢だったのではないか。そう思えるほど、みんなが何も知らない様だった。
「さて。どうしてだろうね」
わざとらしく肩を竦めた穂月を見て確信する。きっとこいつが二人に口封じをしたのだろう。
「俺は、時々お前がわからなくなるよ」
「はは。僕のこと、嫌いになった?」
「嫌われたのは俺の方だろ? 穂月にあんなことさせて……」
「鷹臣は後悔してるの?」
「悪かったと思ってる。薬のせいとはいえ、ほんと……、ごめん」
「鷹臣ってほんと馬鹿だね」
「な……」
ぐっと腰を引き寄せられ、耳元で囁かれる。
「鷹臣はさ、僕のことが好きなんでしょ?」
「っ……!」
穂月の言葉が侵食する前に、俺は距離を取ろうとする。が、穂月の目を見て踏みとどまる。
なんで、どうしてお前が泣きそうな顔するんだよ……。
「ごめん……」
「謝らないでよ。ほんと、馬鹿だなあ」
穂月の手が優しく頭を撫でる。いつもなら振り払えるそれも、今はどうすることもできなかった。
「どうせ、馬鹿だよ……。叶わないってわかってるのに、お前から離れらんなくて……、それで……」
穂月との関係が壊れてしまうのが怖かった。だから穂月にバレてしまわない様、自分の気持ちにも気づかないふりをして、蓋をした。でも、きっとそれじゃ駄目だったんだ。
「こんなことになるなら、最初っからお前に全部打ち明けて、距離を置くべきだった……。ちゃんとこんな気持ちを捨てておくべきだったんだ……。ごめん。俺は、結局、自分のことばっかで……」
みっともないぐらい嗚咽混じりで話す俺の頬を、穂月が撫でて涙を掬いとる。
ああ、優しくしないでくれ穂月。俺はお前に汚い感情を向けて、それでいて、そのせいでお前に酷いことをさせたんだ。罵ってくれた方がいい。縁を切ってくれた方がいい。俺にはもう、お前の隣にいる資格なんてないのだから……。
「あのね、鷹臣。君が思い悩むことなんてない。僕だって鷹臣のことが好きなんだよ?」
「は? いや、お前の好きはそういうんじゃないだろ? 俺のはもっと、その……」
「はあ。鷹臣はやっぱり鈍いなあ」
「んっ?!」
ため息を吐く穂月に後ろめたさを感じていると、突然唇を奪われる。
「ぷは、なにす……」
「鷹臣。僕は君が思っている以上に君のことが大好きで、愛しているんだよ」
「は。それは、いや、でも、俺のとは違って、だって、穂月が俺を……? そんなわけ……」
「違わない。あんなこと好きでもないのにするもんか。っていうか、鷹臣としかしたくないし」
「えっ。いや、でもお前……。男は無理で、俺のことはないって……」
「なにそれ?」
「なにって、茂木くんがお前に言い寄ってたとき、穂月が……」
「ああ、なるほど。あれは、どれだけ顔が整ってても穂月じゃないと意味ないし、穂月が自分から告白してくるなんてあり得ないって意味だよ。なに? もしかして、あんなんでショック受けてた?」
「う……。そりゃあ。だって。俺はお前が好きなんだから……」
「っあ~!」
「な、なんだよ」
いきなり狂ったように胸に顔を擦りつけられて、たじろぐ。
「は~。好き。あんなことした手前、お前に絶交されると思ってたのに。鷹臣、なんでそんなに可愛いんだよ」
「俺が可愛い? お前、変な趣味してるんだな……」
「はは。もうそれすらあざと可愛く聞こえる。ほんと、責任取ってくれよ?」
「そん、なの……」
こっちの台詞だ。
穂月を恐る恐る抱きしめると、それに応えるように穂月も抱きしめ返してくる。たったそれだけのことで高鳴る胸に、甘い幸福を噛みしめた。
サッカー部エース×生徒会長。
薬でベロベロになった受けをギリギリのところで助けに来る攻めが好きです。(ベタ)
葉山 鷹臣(はやま たかおみ)
生徒会長。面倒見が良い。皆から頼りにされている。
浅海 穂月(あさみ ほづき)
サッカー部エース。爽やか。鷹臣にベタベタ。
ネーミングは、二人合わせて「鷹は飢えても穂を摘まず」。高潔の意。(めっちゃ摘んでますが)
茂木 太郎(もぎ たろう)
穂月ファンのキモオタ。
ネーミングは、キモ太い野郎(適当)
久坂 八重(くさか やえ)
サッカー部マネージャーの女子。穂月のことが好き。実はヤバい人。
ネーミングは、やくざ(ごめんね)
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『きゃ~! 浅海先輩~!』『がんばって~!』『こっち見て~!』
高校のグラウンド。サッカー部の練習試合のある今日は、日曜だというのに生徒たちの応援の声で騒がしい。
「あっ。鷹臣~!」
素通りしようとしたが、注目の的、女子生徒たちのお目当てである男に呼び止められ、足を止める。
「相変わらずモテるな」
「自分だってモテてるくせに」
「俺が?」
「出た、鈍感」
どっちが、だ。せっかくの休憩時間、これだけの声援を受けながらも、それを無視して平然と俺なんかに声を掛けてくるその神経がわからない。
「お前な、少しはファンサービスでも……」
「鷹臣、今日も生徒会? 少し頑張りすぎじゃない?」
見かねて助言をしようとした俺の言葉をぶった切り、彼は心配そうに俺の頬を撫でる。
「生徒会長が頑張らなくてどうする。というか、こういうのいい加減やめろって言ってるだろ?」
「こういうのって、どういうの?」
意地悪く目を細めた目の前の男が、触れたままの頬をむにむにと引っ張る。
その様子を見た女子生徒たちが、一斉に騒ぎ出す。
「これだ馬鹿! 揶揄うな! お前のファンが不快に思うだろうが!」
「いや、寧ろファンサービスなんだけど?」
「ど・こ・が・だ!」
『浅海くん、そろそろ試合始まるよ~!』
「ちぇ。じゃあ鷹臣。練習終わったら生徒会室行くからね」
マネージャーに呼ばれた彼は、こちらに向かってウインクすると、仲間の元に駆けてゆく。
「来んでいいっての……!」
女子生徒たちの視線に耐え切れなくなった俺は、踵を返して独り言ちる。
俺、葉山 鷹臣(はやま たかおみ)は、現在生徒会長を任されている高三男子だ。間違ってもイケメンにウインクされるような役柄ではない。それじゃあ、何故彼があんなことをするのかというと。
浅海 穂月(あさみ ほづき)は、何でも卒なくこなし、誰からも愛される爽やか好青年だ。だがそれ故に、みんな彼から少し距離を置いていて。気軽に冗談を言い合えるのは幼馴染の俺くらいだった。だからこそ、彼も行き過ぎた構い方をしてくるのだろう。
問題は、それが俺にとって眩しすぎるということで……。
『ねー会長はどう思います?』
「ん?」
生徒会室。集まったメンバーたちが雑談している中、資料に目を通していたのだが、話題を振られて渋々顔を上げる。
『だから、浅海くんが告白されたって話!』
「どうって……。あいつはモテるから。別に珍しくも……」
『そうじゃなくて! 今回のは相手が男だって話ですよ!』
「え……?」
『あれ、会長聞いてないんですか? てっきり仲良いから……』
『そりゃあ、浅海だって言いたくないだろ。あんなキモデブに告られたなんて』
「ええと」
『ほら、3組にいるじゃないですか。デブで眼鏡のいかにもオタクですって感じの』
『それが浅海先輩に告白したんですよ?! まじありえない。キモ過ぎて無理!』
『ほんと、男同士とかキモ過ぎ。浅海が可哀想過ぎるだろ』
『それな』
『会長も、気をつけた方がいいですよ。あのキモデブに会長まで狙われたら……』
『会長さん?』
「え、ああ、ごめん……。少しびっくりして」
『会長と浅海先輩って幼馴染だし、やっぱり心配ですよね!』
「い、いや。本人同士の問題に外野がどうこう言うもんじゃないよ」
『でも、相手があまりにも酷過ぎますよ! あんなの、すぐストーカーになりそうだし!』
「それも。そう酷いことを言うもんじゃないよ」
『きゃ~! やっぱり会長さんステキ!』
きゃあきゃあと盛り上がるメンバーを他所に、穂月のことを思い浮かべる。彼も、誰かと付き合うようになってしまえば、今みたいに俺にちょっかいをかけることも減るのだろう。そう思うと少し、心が痛むような気がした。
『それじゃあ、また明日~!』
生徒会の仕事が終わり、サッカー部の部室に向かう途中。
「あ、ほづ……」
後ろ姿の彼を見かけ、声を掛けようとしたが、押し黙る。
あれ、誰だ……?
よくよく見ると穂月の隣には、男子生徒がいて。頬を染め、何やら一生懸命話している。
なんとなく、声かけづらいな……。
そう思って、生徒会室に戻ろうとしたところに……。
「あっ。鷹臣!」
こちらに気づいた穂月が、躊躇いもなく叫ぶ。
「あっ。えっと……!」
可哀想に、狼狽えた男子生徒は、俺と穂月を交互に見つめた後、早口で穂月に何かを告げる。そして、可愛らしい小包を穂月に押し付け、こちらに向かって全力疾走。
「ぎゃっ!」「わっ」
避ける間もなく、その巨体でぶつかられた俺は、見事に尻餅をついて倒れる。
「鷹臣、大丈夫?!」
「ん、ああ」
謎の男子生徒を目で追ったが、巨体の割に足が速いらしく、見事に逃走を果たしていた。
「ごめんね……?」
穂月は全く悪くないのに、謝りながら俺に手を伸ばす。掴んだ手とは反対の手に握られた可愛らしい包み。それは、どうやらクッキーのようで、包みの透明な部分からは綺麗な焼き色が覗いていた。
「それ……」
口をついて出た言葉を慌てて抑えるが既に遅く、穂月の目線がクッキーに移る。
「ああ、これ?」
苦笑交じりにクッキーを揺さぶる穂月に、少しだけ安心して視線を外す。
「さっきの人に、貰ったのか?」
「はは。参ったな。そうなんだよね」
いる? とそれを傾けられたが、首を振り断る。
俺は基本的に他人のことを信用していないので、素人の作ったものは口にしないことにしている。彼は勿論それをわかっていて、軽い冗談として聞いたに過ぎなかった。
そして、彼もそう。穂月は俺と同じで、女の子から差し入れを大量に貰っても、遠慮もなしに捨てていた。
だから、俺は安心した。あの子は、穂月のことを何もわかっていなくて、穂月もあの子を信用していないのだとわかったから。
「告白されたって聞いたけど、さっきの子が?」
「なんだ。知ってたんだ」
嘘であって欲しかった。穂月が男からもモテるだなんて、知りたくなかった。
「茂木くん、だったっけかな。まさか男にまで告白されるとは思わなかったよ。これがまた、中々しつこくて困ってるんだよね」
「えっと。困ったときは言えよ? 相談ぐらい乗る」
「ありがとね、鷹臣。やっぱり鷹臣は頼りになるよ~!」
「馬鹿、やめろって言ってるだろ!」
抱き着いてくる穂月に抵抗しながら、俺は穂月の手で握りつぶされたクッキーを見つめた。そのまま捨てられるであろうそれに、くだらない優越感を抱く。俺は、そんな自分が嫌いでたまらなかった。
「会長さん、これ。頼まれていたサッカー部の資料です」
「ああ。ありがとう。ええと、君はたしか……」
「マネージャーの久坂 八重(くさか やえ)です。よろしく」
とある日の昼休みの生徒会室。差し出された彼女の手を握りながら、俺は逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。
「穂月先輩って会長さんの幼馴染なんですよね?」
「ん、ああ。そうだよ」
「ほんとすごいですよね、彼。会長さんもすごいけど……。穂月先輩は、特別」
ゾッとするような彼女の紅い唇に、思わず目を逸らしてしまいたくなる。
「会長さん。穂月先輩、取られちゃいますよ?」
「え?」
「ていうか、取っちゃいましょうか」
「ええと」
「会長さん、穂月先輩のことが好きなんでしょう?」
その豊満な胸を俺の腕に押し当てた久坂は、ニタリと唇を歪ませながらゆっくりと呟いた。
「……そりゃあ、幼馴染だからね」
「しらばっくれないでくださいよ。意気地なし」
「な……」
いきなり放たれた暴言に怯んでいると、彼女の手が頬に触れる。
「でもまぁ、会長さんが弱虫で良かったわ。ねえ、お願いだから、私の邪魔はしないでね?」
「っ、ふざけるな」
頬を撫でる手を振り払おうとした瞬間、彼女はまるで猫のように機敏な動作で後ろに飛び退く。
「あ、あのデブのことは大いに邪魔してくれて結構ですからね~!」
ひらひらと手を振りながら出て行く彼女を、呆然と見つめる。
ああ、穂月。君はどうしてこうも変な奴から好かれるのか……。
「あのっ、それじゃあ、葉山会長くらい顔が整ってたら、男でもオッケーしてくれるんですか?!」
「それは、無理でしょ?」
穂月のことが心配になった俺は、昼食の時間を惜しみ、様子を見に行った。そうしたら丁度、茂木に呼び出されて教室を抜け出したと聞いて……。それで……。
人気のない渡り廊下。そこで二人は揉めていた。いや、揉めるというより、穂月が茂木に言い寄られて困っている様子だった。でも、問題はそこではない。
「じゃあ、もし葉山会長が、浅海先輩のことを好きだって言ったら?!」
「それはないでしょ」
珍しく苛立ちを抑えきれない様子で、穂月は茂木に言い切った。
それはない、か……。
ぐらぐらと地面が揺れているような気持がした。わかっていたことだけれども、はっきりとこの耳で聞くことがあろうとは、思わなかった。だから……。
「あ……。鷹臣!?」
「ええと、俺は邪魔みたいだから行くね……」
「鷹臣!」
穂月の制止も聞かず、俺は駆け出した。自分が怖かった。腹の中で暴れる黒い感情が、自分のものだと思いたくもなかった。
それから、俺は穂月と距離を置いた。それを聞きつけた久坂は、これ見よがしに嫌味を言いに来た。
「自分の気持ちを隠して、逃げてばっかの、好かれようとする努力もしないアンタなんかに穂月先輩は渡さないわ」
「……俺は、君が思っているようなものじゃない」
「ふん。せいぜい指を咥えて見ときなさい」
力なく答えた俺を、久坂は笑った。そして。
彼女は穂月に告白をした。でも、結果は……。
「お前が……、お前さえいなければ!」
「うっ」
自信満々の告白を、ばっさりと断られた彼女は、真っ先に俺のところへ訪れた。逆恨みもいいところだ。
勿論、抵抗したのだが何分、出会い頭にいきなりスタンガンでやられたため、体が上手く動かない。
「おいデブ、しっかり押さえとけ」
「で、でも、会長さんが可哀想だよ……?」
「ハッ。こいつのどこが可哀想ってんのさ!」
「ぐっ……」
すでに数発食らっている体に、容赦ない蹴りが入る。
この女、普段は猫を被り過ぎじゃないか……?
そのギラギラと復讐に燃える瞳は、とてもか弱い女子のものとは思えない。
「アンタも殴りな。ほら、コイツのせいでお前も振られたんだろうがよ!」
「で、でも……」
久坂に命令されながらも、茂木は中々踏ん切りがつかない様子だ。まあ、普通の人間ならば、こんな馬鹿げた八つ当たり、躊躇わないはずがない。
「ったく。せっかく呼んでやったのによ。見てな。今にお前をやる気にさせてやるよ」
「え、何する気……?」
「うっせえな。ボコりたくないってんなら、他の方法でやれっつってんだよ! 見てな!」
「ぐ、ごほっ……!」
久坂がポケットから小瓶を取り出したかと思うと、それを俺の口に流し込む。
「それは……?」
「いい薬。私は穂月先輩のとこ行って既成事実作ってくるからさあ、アンタちょっとこいつと遊んでてよ」
「ええっ?! ボクも浅海先輩がいいよぉ」
「うるせえな! ぐだぐだ言ってる暇あったら、お前も飲め!」
「う……!」
容赦なく茂木の頬を引っ掴んだ久坂は、その口に薬を流し込む。
「どうだ? 良くなってきたろ」
「ああ、やめてよぉ……!」
ぺちぺちと頬を叩かれた茂木は、気色の悪い声を出して身をよじる。
なんでこんな薬を女子高生が持っているんだ……。
「会長さんも。いい顔してんじゃん」
「は……。これ、一体なんの薬……」
「もうわかってんだろ? 媚薬だよ。気持ちよくなるやつ。この前知り合いに貰ったんだよ。ね、会長さん、どう? 気持ちよくなってきたんじゃない?」
「はっ、や、めろ……!」
厭らしい手つきで体を撫で上げる久坂に抵抗するが、込み上げてくる熱に上手く抗えない。
「ほらデブ見てみろ。コイツも中々いいだろ」
「確かに、ちょっとだけムラッときたかも……」
「その調子。ほら、会長さんももっとこのクソデブ釣ってよ」
「っ……」
「ね、女の子にこんなことされるのどう?」
「気持ち悪いから、やめて、くれ……。君も、こんなことバレたらッ……」
「は~。これだからホモは」
「んぐ……!」
大袈裟にため息をついてみせた久坂に首を絞められたかと思うと、口をこじ開けられて、さらに薬を流し込まれる。
「ね、どう?」
「げほっ……。は……。こんなことして、許されると、思って……」
「うっさいなあ」
ばちっ。頬が強めに叩かれ、一瞬記憶が飛びそうになる。
「は……」
「ああごめん。あんまりアンタがごちゃごちゃ言うもんだから、さ!」
ばしゃ。残りの薬を顔に掛けられてすぐ、体がぐらぐらと煮え滾るように熱くなる。
「は……、あ……」
「はは。すっかりメス顔になってんの。ほらキモデブ、アンタもこれなら抱けるだろ?」
「で、でもボク……」
「うっせえな。邪魔者同士さっさとくっついとけゴミ!」
「ああっ! 痛いよぉ!」
「っ……」
「何逃げようとしてんだ?」
久坂が茂木に構っている隙に、床を這うようにして逃げ出そうとするが、すぐに足を掴まれる。
「ほら、いっぺんイかしてやるからさあ、さっさと理性飛ばせ」
「っ、あ……」
「ほら早くしろよ、会長さん」
「い、嫌だ……。た、たすけ……」
ガラッ。生徒会室の扉が開かれる。
「何してんの?」
「え……。穂月先輩、なんで……」
入ってきたのは、合鍵を手に持ち、鬼の形相でこちらを睨みつけた穂月。その姿を見た瞬間、目から涙が零れ落ちる。
「あ……。穂月……」
「ああっ、先輩!! ボクは、やっぱり浅海先輩がッ!」
「邪魔」
「ぎゃう!」
薬に当てられて発情した茂木が穂月に向かっていくも、あっさり避けられた後、床に転がされる。
「で? 何してるって?」
穏やかに微笑む穂月の目は、全く笑っていない。
「そいつが! そいつが私たちに変な薬飲ませて……、それでっ!」
危険を感じて咄嗟に嘘を吐いた久坂が、茂木に罪を着せようと必死に叫ぶ。
「鷹臣、それほんと?」
「……」
何も言えないままに目を逸らす。正直、制服の乱れを正すのが精一杯。こんな情けない姿、穂月に見られたくなかった。
「そっか。おいで。怖かったね」
「穂月先輩!」
「あ……」
久坂に向かって優しく微笑みながら手を広げる穂月を見た瞬間、彼女を止めようとしたが、遅かった。
「なんて。僕が言うとでも?」
「きゃ!」
久坂が穂月の腕に触れた瞬間、久坂の体は床に叩きつけられる。
そう。彼女に向けられた穂月の微笑みは間違いなく怒りの感情を携えていた。昔から穂月は負の感情を隠すのが上手い。だけど、俺にはわかっていた。彼は今、かつてないほどの怒りに支配されているであろうことが。
「茂木くん。こっちに来てくれる?」
「あっ、ハイ!」
「動けないようにしてあげて?」
転がっていた茂木は、頬を染めながら穂月の指示通りに久坂を拘束してゆく。
「んん……!」
タオルで口を塞がれた久坂は、苦しそうに声を上げるが、助けてくれる者は誰もいない。
「茂木くん、見てて」
「あ、あの……?」
穂月が、抵抗できない久坂を容赦なく剥いてゆく。その光景に、茂木はごくりと喉を鳴らし、釘付けになる。
「これ、好きにしていいから、ね?」
「え?」
「復讐しなきゃ、ね?」
「復讐……」
「大丈夫。君は悪くない。悪いのは全部、君を惑わせたその女だ」
「ああ……」
「ん~!」
欲に押しつぶされた巨体が、少女の上にのしかかる。
「さて。鷹臣、行くよ」
「穂月……」
復讐者たちには目もくれなくなった穂月が、真っすぐこっちに向かって来る。
言いたいことはたくさんあったが、上手く言葉にできそうもない。
差し伸べられた手を掴んで、立ち上がろうとするが、どうやら自力で立つのは無理そうだ。
「ごめ、今、力入らなくて……」
「わかった」
そう言った途端、穂月が俺の腰に手を伸ばし、そのまま抱きかかえる。
「ほ、穂月、降ろし……、っん!」
腰をぎゅっと抱きしめられた瞬間、変な声が口から洩れる。
「こんな鷹臣、ほっとけない」
「あっ。待って……、首、息かかる、と……」
「ごめんね、鷹臣」
謝った穂月は、空き教室の扉を開ける。
「ん……。保健室じゃ、ないのか……?」
「保健室行っても治まらないでしょ、それは」
「う……」
床に降ろされ、穂月を見つめる。欲と羞恥でぐちゃぐちゃになった心と体が、どうしようもなく穂月を求める。
「苦しい?」
「う……。穂月ぃ……」
「僕にどうして欲しいの?」
「は、ぁ……」
自分の腕を抱きしめるけれど、到底欲は収まらない。
「鷹臣、苦しいでしょ?」
「あ、穂月……、触んない、で、今、は……」
頬をくすぐられただけで、すぐに息が上がってゆく。
「こんなんで感じちゃうの?」
「っ……」
「ね、鷹臣?」
「ほ、づき……、本当に、大丈夫、だから、ほっとい、て……ッ!」
「やったげるから。ほら、僕に委ねて?」
「だ、だめだっ!」
ばちっ。派手な音を立てて、伸ばされた穂月の手を叩く。
「あ。ごめ……」
「あの子には触らせたのに、僕は駄目なの?」
穂月の目が静かに、だけど鋭く俺を糾弾する。ここでとやかく文句を言える立場ではない。穂月も厚意で言ってくれているはずだ。でも、やっぱり……。
「穂月は、駄目だ、穂月は……」
「ふーん。鷹臣さあ、僕よりあの子が良かった?」
「え、いや、そういうんじゃ……」
先ほどよりもずっと棘のある言葉が、俺に焦りと疑問を与える。
「それとも、鷹臣はいじめられるのが好きなの?」
「は?」
どうして穂月はこんなに怒っているんだ……?
「鷹臣、僕はずっと君に優しくしてきたのに。君はそうやって、いつも僕を裏切る」
「え……?」
裏切る……? 俺が穂月を?
「だったら、もういっそのこと嫌われたっていい。誰かに奪われるより先に、僕が鷹臣の全部を貰うから」
「穂月……?」
「鷹臣、君が暴れたって僕はやめないから」
「っ!」
穂月の瞳がぎらりと光る。怖い。そう思うと同時に、壊された理性がはち切れそうになって……。
「あ、ああっ、穂月っ、駄目っ、も……」
「鷹臣、さっきイったばっかでしょ? ちょっとは我慢してよ」
「あっ、は、ああ、ほづきっ、ほづきぃ……っ!」
「あー。また出しちゃった?」
「ん、はぁ……。う、」
熱に浮かされ、くたびれた体で再び穂月を欲する。もう何度目かわからないその行為に、脳はとっくに麻痺してしまった。
「ほら僕の服、びしょびしょだよ?」
「うう、ほづきぃ……」
「鷹臣、全部馬鹿になっちゃって。可哀想に。こんな鷹臣を、生徒会のみんなが見たらなんていうか」
「っ……」
「うわ、今ので締め付けるとか、鷹臣ほんと変態」
「う、うう……。もう、俺、わかんな……」
「ほら、自分で動いていいよ。鷹臣」
「穂月っ、あっ、んんっ……!」
「そうそう。ちょっとは上手くなったね。でも、もっと僕を求めてくれなきゃ」
「ああっ、穂月っ! 好きッ、ずっと、俺は、お前が……」
「は……。わかってんじゃん。ほんと、鷹臣ってば可愛いよ」
「んっ……。ああっ、穂月ッ……!」
その日、俺は穂月を何度も求めた。タガが外れたその口で、何度も愛を叫び、その甘い熱を何度も何度も吐き出した。
「穂月……」
「なんだ。もう出て来れるようになったの?」
数日後。“風邪で休んで”いた学校に顔を出すと、生徒会室には穂月がいた。
「……」
あれから、茂木は久坂に暴行を加えたことにより、学校を退学させられた。久坂も、精神的にダメージを受けたらしく、学校を休んでいるらしい。それなのに。
「どうして、俺たちについて誰も言及してこないんだ?」
正直、俺は怯えていた。薬のせいだとはいえ、あんな醜態を晒してしまったのだ。それを、教師や他の生徒に知られるだなんて、考えたくもなかった。でも、久々に登校した俺に対して、みんなは純粋に風邪の心配をしてきた。教師たちも変に距離を置いている様子もない。あれは夢だったのではないか。そう思えるほど、みんなが何も知らない様だった。
「さて。どうしてだろうね」
わざとらしく肩を竦めた穂月を見て確信する。きっとこいつが二人に口封じをしたのだろう。
「俺は、時々お前がわからなくなるよ」
「はは。僕のこと、嫌いになった?」
「嫌われたのは俺の方だろ? 穂月にあんなことさせて……」
「鷹臣は後悔してるの?」
「悪かったと思ってる。薬のせいとはいえ、ほんと……、ごめん」
「鷹臣ってほんと馬鹿だね」
「な……」
ぐっと腰を引き寄せられ、耳元で囁かれる。
「鷹臣はさ、僕のことが好きなんでしょ?」
「っ……!」
穂月の言葉が侵食する前に、俺は距離を取ろうとする。が、穂月の目を見て踏みとどまる。
なんで、どうしてお前が泣きそうな顔するんだよ……。
「ごめん……」
「謝らないでよ。ほんと、馬鹿だなあ」
穂月の手が優しく頭を撫でる。いつもなら振り払えるそれも、今はどうすることもできなかった。
「どうせ、馬鹿だよ……。叶わないってわかってるのに、お前から離れらんなくて……、それで……」
穂月との関係が壊れてしまうのが怖かった。だから穂月にバレてしまわない様、自分の気持ちにも気づかないふりをして、蓋をした。でも、きっとそれじゃ駄目だったんだ。
「こんなことになるなら、最初っからお前に全部打ち明けて、距離を置くべきだった……。ちゃんとこんな気持ちを捨てておくべきだったんだ……。ごめん。俺は、結局、自分のことばっかで……」
みっともないぐらい嗚咽混じりで話す俺の頬を、穂月が撫でて涙を掬いとる。
ああ、優しくしないでくれ穂月。俺はお前に汚い感情を向けて、それでいて、そのせいでお前に酷いことをさせたんだ。罵ってくれた方がいい。縁を切ってくれた方がいい。俺にはもう、お前の隣にいる資格なんてないのだから……。
「あのね、鷹臣。君が思い悩むことなんてない。僕だって鷹臣のことが好きなんだよ?」
「は? いや、お前の好きはそういうんじゃないだろ? 俺のはもっと、その……」
「はあ。鷹臣はやっぱり鈍いなあ」
「んっ?!」
ため息を吐く穂月に後ろめたさを感じていると、突然唇を奪われる。
「ぷは、なにす……」
「鷹臣。僕は君が思っている以上に君のことが大好きで、愛しているんだよ」
「は。それは、いや、でも、俺のとは違って、だって、穂月が俺を……? そんなわけ……」
「違わない。あんなこと好きでもないのにするもんか。っていうか、鷹臣としかしたくないし」
「えっ。いや、でもお前……。男は無理で、俺のことはないって……」
「なにそれ?」
「なにって、茂木くんがお前に言い寄ってたとき、穂月が……」
「ああ、なるほど。あれは、どれだけ顔が整ってても穂月じゃないと意味ないし、穂月が自分から告白してくるなんてあり得ないって意味だよ。なに? もしかして、あんなんでショック受けてた?」
「う……。そりゃあ。だって。俺はお前が好きなんだから……」
「っあ~!」
「な、なんだよ」
いきなり狂ったように胸に顔を擦りつけられて、たじろぐ。
「は~。好き。あんなことした手前、お前に絶交されると思ってたのに。鷹臣、なんでそんなに可愛いんだよ」
「俺が可愛い? お前、変な趣味してるんだな……」
「はは。もうそれすらあざと可愛く聞こえる。ほんと、責任取ってくれよ?」
「そん、なの……」
こっちの台詞だ。
穂月を恐る恐る抱きしめると、それに応えるように穂月も抱きしめ返してくる。たったそれだけのことで高鳴る胸に、甘い幸福を噛みしめた。
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