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(47)隊長と敵の香術使い
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香術使い×隊長
小国の隊長クロンは、敵国の香術使いのラッペンに捕まる。抗うも、愛する妹の姿に惑わされて……。
小スカ表現があります。
敵に捕まってプライドずたぼろにされて尚、意志強だけど、次第に懐柔されちゃう受けが好きです。目的すり替わってべた惚れしちゃう攻めが好きです。
隊長 クロンシュタット・ルーシア
敵 ラッペーンランタ・フィン
妹 シャウレイ・アーニア
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
あるところに少女がいました。可愛いその子は兄に抱き着くと、儚げに唇を震わしながら言いました。
「お兄様、絶対に帰ってきてください」
少女の国は、大国と戦争を始めました。今まで平和に暮らしてきた小国の民たちは、自分たちの領地を取られまいと、武器を手に取り、抗い始めたのです。
少女の兄は、特に剣術が素晴らしく、戦争をする前から隊を組んで平和を守ってきました。だから、彼が戦地に赴くことは必然でした。
「大丈夫だ、シャウレイ。私はお前を一人にはさせない」
兄は少女の頭を優しく撫で、その額に口づけを落としました。
少女は、それがくすぐったくて思わず身をよじりました。そして。
「ええ。大丈夫。お兄様の無事はワタシが祈っているんですもの」
少女は兄にしゃがんでもらうと、兄と同じように、額に薄い唇を押しつけました。
*
「なぁ。アンタさ、妹いるでしょ」
ガキンッ。
剣と剣がぶつかり合う音。そして、それと不釣り合いなほどに陽気な声が戦場に響く。
「……」
「聞く耳持たず?」
おちょくるような青年の笑みに、クロンシュタット・ルーシアは思わず眉を顰める。
「シャウレイ・アーニアだっけ?」
「ルーシアだ」
訂正した途端、青年の笑みが濃くなり、口を開いたことを後悔する。
「ああ、そうだっけ。兄妹だもんね。シャウレイちゃん、可愛いですよね」
「……お前は何だ」
「僕はラッペーンランタ・フィン。隊長さんの国を侵略しようとしてる敵の大将ですよ」
「冗談はやめろ」
「さすがは隊長さん。動じないんですね」
「死ね」
的確に剣を振り下ろす。受け止められた瞬間に、次の手で隙をついてトドメを刺す算段だったが……。
ふわっ。
唐突に甘い香りが漂い、クロンの腕が鈍る。更に、距離を取ろうと、ラッペンを目で捉えた瞬間……。
『お兄さま!』
目の前の敵が一瞬のうちに、愛する妹の姿に変わる。
「なっ、シャウ……ッ!」
ガッ。
クロンの動きが止まったと同時に、その腹にナイフが深く食い込む。
「くすっ。人間らしいところもあるんですね、隊長さん」
可愛らしい少女の声と姿のまま、ラッペンは微笑む。
「っ!」
「油断しちゃいましたね。かわいそうに」
「っぐ、貴様、殺す……」
己の過ちに身を震わせながら、クロンは刺さったナイフを一気に引き抜き、ラッペンに振るう。が。
「そんなに死に急がないでくださいよ。アンタには聞かなきゃいけないことが沢山あるんですから」
それを易々と躱したラッペンが、クロンの口をハンカチで覆う。
『ごめんなさいね。お兄様』
「シャウ、レイ……」
「シャウレイっ!」
がちっ。
飛び起きた瞬間、手の鎖が音を立てる。
ラッペンに薬を嗅がされたクロンは、いつの間にか牢屋に入れられていた。
「やっとお目覚めですか隊長さん」
「貴様……」
「さて、作戦に関すること全部話してもらいましょうか」
ラッペンが、手に持った蝋燭に火をつけると、甘い匂いが漂い始める。
「さあ、教えてもらおう。クロンシュタット。そうだな、まずは、アンタの国の戦力を教えてもらおうか」
「あ……」
「ほら、頭が痺れてきたでしょう? 全てを僕に教えたくなってきたでしょう?」
言葉こそ出ていないが、クロンの口はぱくぱくと喋りたそうに動く。
「喋ってしまえばいい」
耳元で甘く囁きながら、ラッペンはもう一つの蝋燭にも火を灯す。
「っ、は……」
震える体に伴って、鎖が音を立てて擦れる。
「誰が、言うか……!」
「これは驚いた。僕の香術に抗うなんて」
「私は……、守らなくて、は……」
「国を? それとも、シャウレイちゃんを?」
「どっち、も……」
「欲張りですね。正直者の隊長さんには……」
にやりと笑うラッペンの姿が、煙に包まれ、少女に変わる。
『甘い幻を見せてあげましょう。ね、お兄様?』
「あ……。シャウ、レイ……?」
『ふふ。やはりこれには弱い。さあ、お兄様。教えてください』
「あ……」
『ね、おねがい……』
可憐な少女の瞳が潤む。それを見てしまえば、クロンはもう拒めない。
「わ、私、は……」
蝋燭の炎が消えて暫く、クロンは青い顔を覆いながら自責の念に駆られていた。
「もういいじゃないですか。どうせ僕の香術に逆らえる奴なんていませんから。不可抗力ってことで。潔くこっちにつきましょ?」
ラッペンが再び炎を灯して、甘い香りを煽いでやると、クロンは子どものようにそれを拒否して首を振る。
「もう、嫌だ……!」
「耐性ができたか……。でも、ゆっくりと精神を崩壊させれば……」
「う……。私は……」
ラッペンの物騒な呟きも、思い詰めたクロンには届かない。
「そうそう。そのままたっぷり自分を責めてくださいね」
「どうです? そろそろ僕に手を貸す気になりましたか?」
「……」
香をたっぷり吸いこんで憔悴しきったクロンに、ラッペンが問いかけるが返事はない。
「ずっとこのままでいるつもりですか?」
「……」
数時間は経っただろう。長い時の中でも全く折れないクロンに、ラッペンは呆れたように息を吐く。
「手を貸してくれるなら、それなりの地位も与えますよ?」
「そんな穢れた地位などいらない! 殺したいならさっさと殺せ!」
「簡単に殺すわけないでしょ。隊長さん。それに、アンタが死んだらシャウレイちゃんも悲しむんじゃないか?」
「っ……。だったら、ここから出せ」
「どうしたんです? そんなに辛そうな顔しちゃって」
「いや……」
もぞもぞと不審な動きをするクロンに、ラッペンがわざとらしく微笑む。
「なんて。わかってますよ。漏れそうなんでしょ?」
「……っ。わかってるんだったらさっさと」
「そこでしなよ。隊長さん」
「そんなこと……」
ラッペンが本気で言っていると察して、クロンは青ざめる。
「そうですよねぇ。一国の隊長さんが敵に捕まって、重要なこと全部吐いて、挙句の果てに牢屋でお漏らしなんて。そんなみっともない真似、できないですよね?」
「っ! やめっ……!」
碌に抵抗できないクロンの腹に、ラッペンが手を添える。
「ねえ。さっさと協力すると誓ってくださいよ。僕だって、アンタの世話が面倒臭いんですよ?」
「頼む、やめて、くっ」
ラッペンが少し指に力を込めただけで、クロンは苦悶の表情を浮かべる。
「ほら。たった一言じゃないですか。アンタの剣の腕を見込んで言ってるんですよ」
「く、そ……。退け……」
「いいんですよ。もう、全部手放して」
今度は人差し指と中指で、さっきより気持ち強めに押すとクロンの頬に汗が伝う。
「羞恥で染まったアンタは、一体どんな顔をするでしょうねぇ」
「っ、私、は! も、やめ……」
「もういいんですよ? 『お兄さま』」
「あ……」
ラッペンが一瞬その姿を変えて、にこりと微笑み……。
ぐりっ。
足で思い切りクロンの腹を踏みにじってやる。
「っ……、あ、ああ、ッ……!!」
ついに耐え切れなくなったクロンの足元はみるみるうちに濡れて……。
「気分はいかがです? 隊長さん」
「き、貴様……!」
羞恥に震えるクロンの顎を押し上げて、ラッペンは手の平の結晶を見せびらかす。
「これ。アンタの国の人たちが見たら、どう思いますかねぇ」
「な……」
言葉を失ったクロンの目の前にある小さな結晶がラッペンの魔力に触れると、空中に映像を映し出す。それは、紛れもなく先ほどのクロンの失態を映したものだった。
「ね、さっさと僕の仲間になった方がいい」
「だれ、が……!」
「へぇ。まだ足りないっていうんですか?」
「……例え貴様がどんな卑劣なことをしようが、私はあの国に忠誠を誓う兵士だ。これ以上は折れて堪るか」
そう言って、クロンがラッペンを真っ直ぐに見据える。
「は……」
その瞳を受けて、ラッペンがぞくりと震える。
壊したい。この真っ直ぐな騎士を壊したらどんな風になるのだろうか。駆け引きなどどうでもよくなるぐらいに、めちゃくちゃにねじ伏せてやりたい。そんな感情が、ラッペンに芽生えて、溢れる。
「やだなぁ。あんまり愉しくさせないでくれる?」
ラッペンの細められた瞳は、クロンを映して仄暗く燃える。
「ほんと、最高だよ。クロンシュタット・ルーシア」
「っ……」
「その目、後悔しますよ」
クロンが目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。窓から差し込んでいた日もいつの間にか暮れ、牢の中は不気味なほどの静寂に包まれていた。
「私は……」
ぼんやりとする頭を振るうと、少しずつ意識がはっきりして。体の痛みや服が濡れた不快感が彼を襲い、心を乱す。
「ふふっ。やっとお目覚めですか。待ちくたびれちゃいましたよ」
暗闇だと思っていたすぐ目の前に、にやにやと笑う男が浮かび上がる。
「ラッペン……」
「あれ、そんなに脅えないでくださいよ、悲しいなぁ」
その手が伸びてきた瞬間、鮮明に記憶が蘇り、血の気が引く。
「ッ――!」
汚い。汚い汚い汚い……!
叫びにならない声が、荒い呼吸となって牢に響く。
「はは、べたべたですね」
頬に触れたその手を払う気力すら起こらない。あるのは絶望だけだ。自分の体がこんなにも汚い。
「そんな顔しないでくださいよ。ほら、お風呂入ってきていいですから、ね」
促されるままにシャワーを浴びる。
流しても流しても汚れは落ちない。
これは、夢だ。
まさか私がこんなことになるなんて。
ありえない。
だから、これは夢だ。
「まだですか~?」
「っ」
目を瞑って念じているところに、声を掛けられたクロンは肩を震わせる。
「あれ、完全に脅えちゃいましたね、隊長さん」
呼ぶな。その称号で呼ぶな。酷く惨めな気持ちになる。
「ほら、こっち来てください。拭いてあげますから」
「……」
ずぶ濡れのまま立ち尽くしたクロンをラッペンが引き寄せる。
悪意がないのを察してか、クロンはされるがままラッペンに身を預け、黙り込む。
「とりあえず、ゆっくりしてください隊長さん」
幼子のように服を着せられた後、クロンは洋室に通され、ソファに座らせられる。
コトリ。
目の前のテーブルに陶器が置かれる。香を入れるその器には芸術的な模様が描かれていて、いかにも高そうだ。
「リラックス効果のあるお香です。あ、紅茶も入れますね」
耳当たりの良い声音で穏やかに告げたラッペンが、お洒落なカップに紅茶を注ぐと、ふわりと良い匂いが漂い始める。
「私をどうする気だ……?」
「ん?」
ティーポットを丁寧な手つきで置いたラッペンが、クロンの横に腰を下ろしながら問い返す。
「こんなことしたって、私はお前のモノにはならない。私は国に忠誠を誓っている。だが……」
思いつめた重たい息を吐き一旦言葉を区切ったクロンは、自分の両手を膝の上で結ぶ。
「殺すと言うのならば、一度だけでもシャウレイに会わせてほしい。……みっともないとは思っている。だが、どうしても、私はシャウレイの元へ帰らなければならないんだ」
「……心配しなくても殺しはしませんよ」
ラッペンはクロンの手にそっと自分の手を重ねて、あやすように優しく告げる。
「……」
「ていうか、僕が殺させませんから。僕、隊長さんのこと気に入っちゃいました」
「は……?」
「本当はアンタのこと、もっと揺さぶって無理やり言うこと聞かせて戦わせる段取りだったんですけど、ね。どうも僕がアンタのことを甚振りたくなくなっちゃって」
「甚振りたくなった、の間違いじゃないのか?」
無理やり組み敷かれた記憶が蘇ったクロンは、ラッペンの手を退かして少しだけ距離を取る。
「まぁ、アンタがこっちにつかないことはよくわかったよ」
「じゃあ……」
「そんなにシャウレイちゃんに会いたいか」
「……約束をしたんだ」
「まぁいいさ。君には人質になってもらうだけでも価値はある。でも、シャウレイちゃんに会えるのは、最後の最後。戦いが決するときだ」
「国は見殺しにしろと?」
それだったら、隙をついてどうにか逃げ出さなければ、とクロンが息を詰めた途端、ラッペンが目の前にカップを差し出す。
「まぁ、紅茶でも飲んで。あぁ、そうそう。逃げ出そうとしたって僕がアンタをずっと見てますからね?」
「……」
クロンがカップを覗き込むと、強かに微笑むラッペンが映り込む。
「嫌だなぁ、そんなに警戒しないでくださいよ。紅茶には何も入ってませんよ。僕のとっておきのおもてなしなんですから、飲んでくださいね」
そう言って自分のカップに口をつけたラッペンを見て、クロンは押し黙る。
「あ、飲まないとまたアレやりますよ?」
「っ!」
「あはは。冗談ですって。アレはちょっとやりすぎちゃいましたもんね。とにかく、今はどうこうしないんで、くつろいでくださいって」
くつろげるわけがないのだが、脅されたクロンは渋々と紅茶を口に含む。
「……おいしい」
「でしょう?」
思わず漏れたクロンの声に、ラッペンは当然だとでも言うように誇らしげに胸を張る。
舌触りの良いミルクティーは、丁度良い甘さに整えられていて、疲れた体に染み渡る。
『お兄ちゃんはワタシと同じで、アッサムが好きだもんね!』
ふとシャウレイの言葉がクロンの頭に過る。
そう言っていつもシャウレイが淹れてくれたのはストレートティーで、風味の強い自国のアッサムでは渋すぎた。けれど、彼女がそれを美味しそうに飲むものだから、クロンは黙ってそれを飲んでいた。
「アッサムか……」
「おや。詳しいんですね」
「別に……」
そう言って、もう一度カップに口をつけたクロンが、静かに息を吐く。
シャウレイの淹れてくれたものより、格段においしいそれは、確かにクロンの心を落ち着かせてくれたのだった。
それから、クロンは牢に入れられることはなく、二人で紅茶を飲んだその部屋に閉じ込められていた。
早くシャウレイの元へ帰らなくてはと思う反面、クロンにはラッペンという男がわからなくなっていた。
腕が鈍ると申し出ると練習に付き合ってくれ、退屈だと言えば本を持ってきてくれた。頼んでもいないのに、紅茶を淹れてくれたし、時々、恋人同士がするような甘い口づけも寄越した。
ただ、その生活はクロンにとってあまりに平和過ぎた。夢のようなひと時に腑抜けてしまわないよう、シャウレイのことを毎日思い出すので必死だった。
「今、国はどうなっているんだ」
「それはアンタが気にする必要はない」
「シャウレイは、シャウレイは無事なのか?」
「アンタも飽きない人ですね。毎日毎日シャウレイシャウレイと。いい加減諦めてください。そんでもって、僕を見ろ」
「ラッペン……?」
真意を量り兼ねたクロンはラッペンを見つめたが、ラッペンは自分の口元を押さえ、黙り込む。
その思い詰めたような表情に、何か言葉を投げかけようとしたとき。
『フィン様。少しお時間よろしいでしょうか』
しっかりとしたノックの後に、きびきびとした声が投げかけられる。
「ああ。今行く。……アンタは適当にやっててくれ」
そう言い残し、鍵を閉めると、ラッペンは兵士と共に部屋を後にした。
『フィン様、例の娘の件ですが』
「どうだ、攻略できそうか?」
『いえ、やはり魔術が強すぎますね。兵たちも惑わされ、手出しができません』
「やはりか。大したもんだよ、あの魔女様は」
『最大限の足止めはしておりますが、おそらく数日の後、この城に辿りつくかと』
「そうか……」
ため息交じりに腕を組んだラッペンは目を瞑り、自問する。
どう戦うべきか。当初の計画であった囮は使えそうにない。だけど……。
しばらくした後、目を開いたラッペンは、決意に満ちていた。
「いいだろう。僕の本気を見せてあげるさ」
夜になり、ようやく帰ってきたラッペンは眠っているクロンの髪を撫でる。
「ん……。ラッペン?」
「ああ。悪いね。起こしてしまった」
「別に。捕虜をどう扱おうがお前の勝手だろ」
「はは。それじゃあクロン、少し付き合ってくれないか」
皮肉るクロンの目の前に、ラッペンはワインとグラスを置く。
「……だったら窓際でやろう。今日は満月だからな」
久々の酒が嬉しいのか、クロンはワインボトルを揺らすと、ラッペンを見て優しく微笑んだ。
「月は、どこに居ても等しく私たちを照らしてくれる」
「ええ。そうですね」
窓から吹き抜けてくる夜風を浴びて、二人は愛おしそうにグラスを揺らす。
「……」
「……国のこと、聞かなくていいんですか?」
月を見つめたまま押し黙るクロンに、ラッペンが問いかける。
「そうだな。今日は少し……」
言いかけて、クロンは視線をラッペンに向ける。その瞳は、優しさと悲しさが混ざり合ったみたいに弱々しく揺れていた。
「……?」
「ラッペン。私は思い出せないんだ。何のために戦うのか」
「妹のためだろう?」
「そうだけど。……違う。わからない」
次第に歪んでゆくその顔を見ながら、ラッペンは静かに息を吐く。
「クロン。お前はもう、この城から出ていけ」
「……ラッペン。私は一体なんだ? お前は一体、何を知っているんだ?」
「クロン。僕は何も知らないよ? 知らないから君に拷問して聞き出そうとしたんだろ」
「だが結局、私も何も知らないじゃないか……。いや、思い出せない……。確かに、私は、国のために尽くしていた……。でも、何故戦っていたのか思い出せない……。それどころか、もっと過去の記憶すらも……」
「クロン。お前は疲れているんだ。それじゃあ使い物にならない。さっさと出ていけ」
「……嫌だ。ラッペン、今の私にとってお前は月の光に等しい。心に立ち込める闇を、お前が取り払ってくれる。そんな気がするんだ。私は、お前の光に縋りたいんだ」
「は。随分ロマンチックな告白だ。でも、僕が月なら、お前がどこにいても照らしてやるさ」
「私は、お前の側で自分を暴きたい」
「……せっかくチャンスをあげたのに」
興が醒めたと言わんばかりにグラスを置くラッペンに、クロンが詰め寄る。
「もう一度、私を抱いてくれ」
「は?」
「そうしたら、何か、思い出せそうな気がするんだ……!」
冗談で言っているわけでないことを察し、ラッペンはクロンを遠ざける。
「自分を大事にしてください」
「でも、お前には何か特別な力が……」
「アンタは知らなくていい」
「!」
ラッペンが口づけた途端、クロンの体から力が抜ける。それを受け止めたラッペンは、愛おしそうにその髪を撫でた。そして――。
*
あるところに王子がいました。王子の国は小さな国でしたが、人々は優しく、とても豊かな国でした。王子は、そんな自分の国が大好きでした。大きくなったら自分も父ように民の支えとなる王になりたいと思っていました。
しかし。
あるとき、王子の国に一人の魔女が来ました。
魔女は、一目見て王子のことが気に入りました。
魔女は、王子を譲ってほしいのだと王に言いましたが、勿論そんなことが許されるはずもありません。
怒った魔女は、国民すべてに呪いをかけました。
魔女の呪いにより、人々は意識のないままに操られ、魔女のために働きました。
魔女は、そうして国を乗っ取りました。
周りの国は、魔女に乗っ取られた国を哀れに思いました。しかし、迂闊に手出しはできません。
いつしか、その国は『魔女の国』と言われるようになり、人々から恐れられてゆきました。
魔女は、その姿を幼女に変え、王子の妹として振る舞うことにしました。
記憶を塗り替えられた王子は、魔女の作った世界の中で、唯一意識を保ちながら、自分の妹を守りました。それが偽りの愛情だとも知らずに。
あるところに、強い魔力を持って生まれた少年がいました。少年は、あっという間に国という国を取り、大国の王として世界を股に掛けました。
しかし、少年はいくら国をとっても満足できなくなっていました。
少年は、その強すぎる力を思い切りぶつける相手が欲しかったのです。
そして、少年は見つけました。誰もが恐れる『魔女の国』を。
少年は、魔女を引き摺りだすために、魔女のお気に入りを攫いました。
そして。
*
「大層な鳥籠ね」
「大事な宝石なんでね」
魔女と少年は対峙した。
クロンの眠るその部屋の前で、二人は穏やかな笑みを浮かべて互いを見つめる。
「アナタは私の力に興味があるのだと思っていたのだけど」
「ええ、勿論。それほどまでに強い力、壊したくてたまらなかった。でも」
「でも?」
「今はそれよりも、アンタの狂った世界を終わらせる」
ラッペンの瞳に、闘志が宿る。それを見たシャウレイは、挑発するような笑みを浮かべる。
「それはクロンシュタットのためかしら」
「わかっているんなら、解放してもらおうか」
「出しゃばってんじゃないわよ。アレはワタシのお気に入り。ワタシのモノ。アナタにそれをわからせてあげるわ」
「!」
シャウレイが、部屋に向かって手を翳す。すると、その幼い姿に似つかわしくないほど強大な闇が手のひらから放たれ、ドアを破壊する。
「やめろ!」
前に躍り出たラッペンが、闇に向かって力を放ち、その勢いを削ぎ落す。
勢いを失くした闇の力は、クロンの目の前で消滅した。
「お前! クロンが好きじゃなかったのかよ!」
「好きよ。だからこうして、奪い返しにきたんじゃない」
「じゃあ、どうして傷つけようとしてんだよ!」
「ワタシが好きなのは彼の目なの。そりゃあ生きている方が綺麗に輝くけれどね、この際、死んでしまっても構わないわ」
「宝石扱いかよ」
「あら、アナタだってそう言ったじゃない」
「僕のは喩えだ。一緒にするなよ、狂人」
「アナタの強さには興味があるけれど。やっぱり所詮は人間ね。アナタじゃワタシを止められない」
「くっ」
可愛い声でそう断言したシャウレイは、わざとクロンを巻き込んで戦った。
「くそ!」
それをいちいち守りながら戦っているようじゃ、シャウレイの言う通り、ラッペンに勝ち目などなかった。
それでも。ラッペンは身を挺して戦った。
「ん……。シャウレイ……?」
そして。ラッペンがついに膝をついたとき、クロンが目覚める。
「お兄様……! ワタシはここです!」
「……」
「お兄様?」
「これは、シャウレイがやったのか……?」
静かにラッペンに近づいたクロンは、シャウレイを見つめて問いかける。
「ワタシがそんなこと、できるわけ……」
「ラッペンは、私を庇って戦ったのか……?」
「……」
答えないラッペンを尻目に、シャウレイが一歩前へ出る。
「お兄様! その人は敵です! お兄様とワタシを傷つけた……」
「シャウレイ。お前は一体何者なんだ」
瞳を潤ませ訴えかけるシャウレイの言葉を、クロンが冷たく遮る。
「…………アンタ、クロンの呪いを解いたわけ?」
クロンが放った言葉の意味をじっくりと呑み込むと同時に、シャウレイの表情に影が差す。すっかり鋭さを取り戻した魔女の瞳は、ラッペンを射るように睨みつける。
「別に。意識的にやったんじゃない。ただ、クロンと僕が触れ合ううちに自然と、ね。僕の魔力がお前の薄汚い魔力を打ち消していったってわけだ」
魔女の視線などまるで恐れていないラッペンは、クロンの手を借り、立ち上がる。
「だったら、もう一度……、っ!」
魔女がクロンに視線を移し、目を見開く。
「そう、だ……。私に、妹など、いない……。それに、私は、あの国の王子で……。あの国は、平和だった……。でも、あるとき、魔女が現れて……」
ラッペンの手をしっかりと握りながら、ぶつぶつと呟くクロン。その記憶は、戻りつつあって……。
「やめろ。思い出すな!」
そう叫んだ魔女が、クロンに魔力を注ごうと手を翳す。が、当然ラッペンの放った魔力がそれを邪魔する。
「国民は皆、操られて……。私は……!」
カッ。
クロンの腰にある剣が光を放つ。その眩さに目を閉じた魔女を見て、クロンが静かに剣に手を移す。
「ラッペン」「ああ」
「な……!」
ラッペンの魔力が魔女を拘束した隙に、クロンの剣がシャウレイの体を貫く。
「ぐ……!」
「へえ。結構強いんだ」
「お前ほどではないがな」
苦しむ魔女を前にして、淡々と会話を紡ぐ二人に、魔女は顔を青くする。
「ま、待て……。ワタシを倒したところで、世界はお前たちが結ばれることを許さない。だが、ワタシの作った世界でならば、お前たちは……!」
「命乞いに僕らの理想の世界を作ってくれるっての?」
「ええ。これはワタシにしかできないわ。ワタシを殺せば、アナタたちの本当の幸せはなくなってしまう」
「クロン。アンタはどう思う?」
「そうだな……」
つかつかと魔女に歩み寄ったクロンが、屈みこんだ魔女の腕を引きあげる。そして。
「あ……」
「私の幸せを勝手に決めつけられては困る」
躊躇うこともなく、剣で魔女の体をもう一度貫く。
「はは。僕も同意見だ!」
そう言って楽しそうに笑ったラッペンは、魔女を魔法で消し飛ばす。
「あああああああ!」
跡形もなく消えたそれの悲鳴は、暫くその場に響き渡った。
「ありがとう。ラッペン。お前のおかげで、私の国はようやく悪い夢から覚める」
「お礼を言われるほどのことはしていないよ。僕はただ、魔女と手合わせしたかっただけなんだから」
「それじゃあ、お前は私を利用しただけか」
「まぁ、最初はね。ただ、あんまりアンタが綺麗だから。いつの間にか目的がすり替わっちゃってさ」
「どういう意味だ?」
「わかってるくせに。僕はアンタに惚れたんです。魔女なんかどうでもよくなった」
「それは本気か?」
「本気で言ってます。でも、忘れてください。アンタには酷いことをした。アンタにとって僕は魔女と変わりないでしょう?」
「そうかもしれないな」
「今更許して貰おうだなんて思ってません。さあ、クロンシュタット王子。アンタは役目を果たさなければいけない。国のために力を尽くすのがアンタの人生だ」
「お前はどこへ行く?」
「僕はまた力のあるものを探して、持て余した力を発散するよ」
「お前にとっての幸せはそれなのか?」
「幸せだなんて。ただの暇つぶしだよ」
「だったら私にしろ。記憶も力も戻った今、私とて多少の力はある。いつでも手合わせをする代わりに、一緒に国を守ってほしい」
「お人好しだな。でも、わかってるだろ? 僕はアンタの側に居ちゃいけない。アンタになにをするか分かったもんじゃないからな」
「別に、お前の好きにしたらいい」
「自分の言ってることちゃんとわかってます? せっかく平和になるってのにさ」
「人の幸せを勝手に決めつけられたら困る」
「は?」
「私は君の側に居たい」
「もうとっくに記憶は取り戻してるだろ? これ以上隠してることなんてないぞ」
「そうじゃない。そうじゃないから困ってる」
「?」
「自分でもこれが何なのかはわからない。けど、お前がいなくなるのは嫌だ」
「やめてくれよ。そんなことを言われたら、僕だって諦めきれなくなってしまう」
「ラッペンが悪い。最初は、お前のことを死ぬほど呪ったさ。でも、最近のお前は私に優しくし過ぎた。だから……。なあ、責任は取ってくれるんだろう?」
「……後悔しますよ」
「今ここでラッペンを逃がしてしまった方がよっぽど後悔するよ」
美しい瞳に愛おしい人を映したクロンは、ラッペンに唇を寄せる。
それはまるでミルクティーのように甘く、二人の心を満たしていった。
小国の隊長クロンは、敵国の香術使いのラッペンに捕まる。抗うも、愛する妹の姿に惑わされて……。
小スカ表現があります。
敵に捕まってプライドずたぼろにされて尚、意志強だけど、次第に懐柔されちゃう受けが好きです。目的すり替わってべた惚れしちゃう攻めが好きです。
隊長 クロンシュタット・ルーシア
敵 ラッペーンランタ・フィン
妹 シャウレイ・アーニア
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
あるところに少女がいました。可愛いその子は兄に抱き着くと、儚げに唇を震わしながら言いました。
「お兄様、絶対に帰ってきてください」
少女の国は、大国と戦争を始めました。今まで平和に暮らしてきた小国の民たちは、自分たちの領地を取られまいと、武器を手に取り、抗い始めたのです。
少女の兄は、特に剣術が素晴らしく、戦争をする前から隊を組んで平和を守ってきました。だから、彼が戦地に赴くことは必然でした。
「大丈夫だ、シャウレイ。私はお前を一人にはさせない」
兄は少女の頭を優しく撫で、その額に口づけを落としました。
少女は、それがくすぐったくて思わず身をよじりました。そして。
「ええ。大丈夫。お兄様の無事はワタシが祈っているんですもの」
少女は兄にしゃがんでもらうと、兄と同じように、額に薄い唇を押しつけました。
*
「なぁ。アンタさ、妹いるでしょ」
ガキンッ。
剣と剣がぶつかり合う音。そして、それと不釣り合いなほどに陽気な声が戦場に響く。
「……」
「聞く耳持たず?」
おちょくるような青年の笑みに、クロンシュタット・ルーシアは思わず眉を顰める。
「シャウレイ・アーニアだっけ?」
「ルーシアだ」
訂正した途端、青年の笑みが濃くなり、口を開いたことを後悔する。
「ああ、そうだっけ。兄妹だもんね。シャウレイちゃん、可愛いですよね」
「……お前は何だ」
「僕はラッペーンランタ・フィン。隊長さんの国を侵略しようとしてる敵の大将ですよ」
「冗談はやめろ」
「さすがは隊長さん。動じないんですね」
「死ね」
的確に剣を振り下ろす。受け止められた瞬間に、次の手で隙をついてトドメを刺す算段だったが……。
ふわっ。
唐突に甘い香りが漂い、クロンの腕が鈍る。更に、距離を取ろうと、ラッペンを目で捉えた瞬間……。
『お兄さま!』
目の前の敵が一瞬のうちに、愛する妹の姿に変わる。
「なっ、シャウ……ッ!」
ガッ。
クロンの動きが止まったと同時に、その腹にナイフが深く食い込む。
「くすっ。人間らしいところもあるんですね、隊長さん」
可愛らしい少女の声と姿のまま、ラッペンは微笑む。
「っ!」
「油断しちゃいましたね。かわいそうに」
「っぐ、貴様、殺す……」
己の過ちに身を震わせながら、クロンは刺さったナイフを一気に引き抜き、ラッペンに振るう。が。
「そんなに死に急がないでくださいよ。アンタには聞かなきゃいけないことが沢山あるんですから」
それを易々と躱したラッペンが、クロンの口をハンカチで覆う。
『ごめんなさいね。お兄様』
「シャウ、レイ……」
「シャウレイっ!」
がちっ。
飛び起きた瞬間、手の鎖が音を立てる。
ラッペンに薬を嗅がされたクロンは、いつの間にか牢屋に入れられていた。
「やっとお目覚めですか隊長さん」
「貴様……」
「さて、作戦に関すること全部話してもらいましょうか」
ラッペンが、手に持った蝋燭に火をつけると、甘い匂いが漂い始める。
「さあ、教えてもらおう。クロンシュタット。そうだな、まずは、アンタの国の戦力を教えてもらおうか」
「あ……」
「ほら、頭が痺れてきたでしょう? 全てを僕に教えたくなってきたでしょう?」
言葉こそ出ていないが、クロンの口はぱくぱくと喋りたそうに動く。
「喋ってしまえばいい」
耳元で甘く囁きながら、ラッペンはもう一つの蝋燭にも火を灯す。
「っ、は……」
震える体に伴って、鎖が音を立てて擦れる。
「誰が、言うか……!」
「これは驚いた。僕の香術に抗うなんて」
「私は……、守らなくて、は……」
「国を? それとも、シャウレイちゃんを?」
「どっち、も……」
「欲張りですね。正直者の隊長さんには……」
にやりと笑うラッペンの姿が、煙に包まれ、少女に変わる。
『甘い幻を見せてあげましょう。ね、お兄様?』
「あ……。シャウ、レイ……?」
『ふふ。やはりこれには弱い。さあ、お兄様。教えてください』
「あ……」
『ね、おねがい……』
可憐な少女の瞳が潤む。それを見てしまえば、クロンはもう拒めない。
「わ、私、は……」
蝋燭の炎が消えて暫く、クロンは青い顔を覆いながら自責の念に駆られていた。
「もういいじゃないですか。どうせ僕の香術に逆らえる奴なんていませんから。不可抗力ってことで。潔くこっちにつきましょ?」
ラッペンが再び炎を灯して、甘い香りを煽いでやると、クロンは子どものようにそれを拒否して首を振る。
「もう、嫌だ……!」
「耐性ができたか……。でも、ゆっくりと精神を崩壊させれば……」
「う……。私は……」
ラッペンの物騒な呟きも、思い詰めたクロンには届かない。
「そうそう。そのままたっぷり自分を責めてくださいね」
「どうです? そろそろ僕に手を貸す気になりましたか?」
「……」
香をたっぷり吸いこんで憔悴しきったクロンに、ラッペンが問いかけるが返事はない。
「ずっとこのままでいるつもりですか?」
「……」
数時間は経っただろう。長い時の中でも全く折れないクロンに、ラッペンは呆れたように息を吐く。
「手を貸してくれるなら、それなりの地位も与えますよ?」
「そんな穢れた地位などいらない! 殺したいならさっさと殺せ!」
「簡単に殺すわけないでしょ。隊長さん。それに、アンタが死んだらシャウレイちゃんも悲しむんじゃないか?」
「っ……。だったら、ここから出せ」
「どうしたんです? そんなに辛そうな顔しちゃって」
「いや……」
もぞもぞと不審な動きをするクロンに、ラッペンがわざとらしく微笑む。
「なんて。わかってますよ。漏れそうなんでしょ?」
「……っ。わかってるんだったらさっさと」
「そこでしなよ。隊長さん」
「そんなこと……」
ラッペンが本気で言っていると察して、クロンは青ざめる。
「そうですよねぇ。一国の隊長さんが敵に捕まって、重要なこと全部吐いて、挙句の果てに牢屋でお漏らしなんて。そんなみっともない真似、できないですよね?」
「っ! やめっ……!」
碌に抵抗できないクロンの腹に、ラッペンが手を添える。
「ねえ。さっさと協力すると誓ってくださいよ。僕だって、アンタの世話が面倒臭いんですよ?」
「頼む、やめて、くっ」
ラッペンが少し指に力を込めただけで、クロンは苦悶の表情を浮かべる。
「ほら。たった一言じゃないですか。アンタの剣の腕を見込んで言ってるんですよ」
「く、そ……。退け……」
「いいんですよ。もう、全部手放して」
今度は人差し指と中指で、さっきより気持ち強めに押すとクロンの頬に汗が伝う。
「羞恥で染まったアンタは、一体どんな顔をするでしょうねぇ」
「っ、私、は! も、やめ……」
「もういいんですよ? 『お兄さま』」
「あ……」
ラッペンが一瞬その姿を変えて、にこりと微笑み……。
ぐりっ。
足で思い切りクロンの腹を踏みにじってやる。
「っ……、あ、ああ、ッ……!!」
ついに耐え切れなくなったクロンの足元はみるみるうちに濡れて……。
「気分はいかがです? 隊長さん」
「き、貴様……!」
羞恥に震えるクロンの顎を押し上げて、ラッペンは手の平の結晶を見せびらかす。
「これ。アンタの国の人たちが見たら、どう思いますかねぇ」
「な……」
言葉を失ったクロンの目の前にある小さな結晶がラッペンの魔力に触れると、空中に映像を映し出す。それは、紛れもなく先ほどのクロンの失態を映したものだった。
「ね、さっさと僕の仲間になった方がいい」
「だれ、が……!」
「へぇ。まだ足りないっていうんですか?」
「……例え貴様がどんな卑劣なことをしようが、私はあの国に忠誠を誓う兵士だ。これ以上は折れて堪るか」
そう言って、クロンがラッペンを真っ直ぐに見据える。
「は……」
その瞳を受けて、ラッペンがぞくりと震える。
壊したい。この真っ直ぐな騎士を壊したらどんな風になるのだろうか。駆け引きなどどうでもよくなるぐらいに、めちゃくちゃにねじ伏せてやりたい。そんな感情が、ラッペンに芽生えて、溢れる。
「やだなぁ。あんまり愉しくさせないでくれる?」
ラッペンの細められた瞳は、クロンを映して仄暗く燃える。
「ほんと、最高だよ。クロンシュタット・ルーシア」
「っ……」
「その目、後悔しますよ」
クロンが目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。窓から差し込んでいた日もいつの間にか暮れ、牢の中は不気味なほどの静寂に包まれていた。
「私は……」
ぼんやりとする頭を振るうと、少しずつ意識がはっきりして。体の痛みや服が濡れた不快感が彼を襲い、心を乱す。
「ふふっ。やっとお目覚めですか。待ちくたびれちゃいましたよ」
暗闇だと思っていたすぐ目の前に、にやにやと笑う男が浮かび上がる。
「ラッペン……」
「あれ、そんなに脅えないでくださいよ、悲しいなぁ」
その手が伸びてきた瞬間、鮮明に記憶が蘇り、血の気が引く。
「ッ――!」
汚い。汚い汚い汚い……!
叫びにならない声が、荒い呼吸となって牢に響く。
「はは、べたべたですね」
頬に触れたその手を払う気力すら起こらない。あるのは絶望だけだ。自分の体がこんなにも汚い。
「そんな顔しないでくださいよ。ほら、お風呂入ってきていいですから、ね」
促されるままにシャワーを浴びる。
流しても流しても汚れは落ちない。
これは、夢だ。
まさか私がこんなことになるなんて。
ありえない。
だから、これは夢だ。
「まだですか~?」
「っ」
目を瞑って念じているところに、声を掛けられたクロンは肩を震わせる。
「あれ、完全に脅えちゃいましたね、隊長さん」
呼ぶな。その称号で呼ぶな。酷く惨めな気持ちになる。
「ほら、こっち来てください。拭いてあげますから」
「……」
ずぶ濡れのまま立ち尽くしたクロンをラッペンが引き寄せる。
悪意がないのを察してか、クロンはされるがままラッペンに身を預け、黙り込む。
「とりあえず、ゆっくりしてください隊長さん」
幼子のように服を着せられた後、クロンは洋室に通され、ソファに座らせられる。
コトリ。
目の前のテーブルに陶器が置かれる。香を入れるその器には芸術的な模様が描かれていて、いかにも高そうだ。
「リラックス効果のあるお香です。あ、紅茶も入れますね」
耳当たりの良い声音で穏やかに告げたラッペンが、お洒落なカップに紅茶を注ぐと、ふわりと良い匂いが漂い始める。
「私をどうする気だ……?」
「ん?」
ティーポットを丁寧な手つきで置いたラッペンが、クロンの横に腰を下ろしながら問い返す。
「こんなことしたって、私はお前のモノにはならない。私は国に忠誠を誓っている。だが……」
思いつめた重たい息を吐き一旦言葉を区切ったクロンは、自分の両手を膝の上で結ぶ。
「殺すと言うのならば、一度だけでもシャウレイに会わせてほしい。……みっともないとは思っている。だが、どうしても、私はシャウレイの元へ帰らなければならないんだ」
「……心配しなくても殺しはしませんよ」
ラッペンはクロンの手にそっと自分の手を重ねて、あやすように優しく告げる。
「……」
「ていうか、僕が殺させませんから。僕、隊長さんのこと気に入っちゃいました」
「は……?」
「本当はアンタのこと、もっと揺さぶって無理やり言うこと聞かせて戦わせる段取りだったんですけど、ね。どうも僕がアンタのことを甚振りたくなくなっちゃって」
「甚振りたくなった、の間違いじゃないのか?」
無理やり組み敷かれた記憶が蘇ったクロンは、ラッペンの手を退かして少しだけ距離を取る。
「まぁ、アンタがこっちにつかないことはよくわかったよ」
「じゃあ……」
「そんなにシャウレイちゃんに会いたいか」
「……約束をしたんだ」
「まぁいいさ。君には人質になってもらうだけでも価値はある。でも、シャウレイちゃんに会えるのは、最後の最後。戦いが決するときだ」
「国は見殺しにしろと?」
それだったら、隙をついてどうにか逃げ出さなければ、とクロンが息を詰めた途端、ラッペンが目の前にカップを差し出す。
「まぁ、紅茶でも飲んで。あぁ、そうそう。逃げ出そうとしたって僕がアンタをずっと見てますからね?」
「……」
クロンがカップを覗き込むと、強かに微笑むラッペンが映り込む。
「嫌だなぁ、そんなに警戒しないでくださいよ。紅茶には何も入ってませんよ。僕のとっておきのおもてなしなんですから、飲んでくださいね」
そう言って自分のカップに口をつけたラッペンを見て、クロンは押し黙る。
「あ、飲まないとまたアレやりますよ?」
「っ!」
「あはは。冗談ですって。アレはちょっとやりすぎちゃいましたもんね。とにかく、今はどうこうしないんで、くつろいでくださいって」
くつろげるわけがないのだが、脅されたクロンは渋々と紅茶を口に含む。
「……おいしい」
「でしょう?」
思わず漏れたクロンの声に、ラッペンは当然だとでも言うように誇らしげに胸を張る。
舌触りの良いミルクティーは、丁度良い甘さに整えられていて、疲れた体に染み渡る。
『お兄ちゃんはワタシと同じで、アッサムが好きだもんね!』
ふとシャウレイの言葉がクロンの頭に過る。
そう言っていつもシャウレイが淹れてくれたのはストレートティーで、風味の強い自国のアッサムでは渋すぎた。けれど、彼女がそれを美味しそうに飲むものだから、クロンは黙ってそれを飲んでいた。
「アッサムか……」
「おや。詳しいんですね」
「別に……」
そう言って、もう一度カップに口をつけたクロンが、静かに息を吐く。
シャウレイの淹れてくれたものより、格段においしいそれは、確かにクロンの心を落ち着かせてくれたのだった。
それから、クロンは牢に入れられることはなく、二人で紅茶を飲んだその部屋に閉じ込められていた。
早くシャウレイの元へ帰らなくてはと思う反面、クロンにはラッペンという男がわからなくなっていた。
腕が鈍ると申し出ると練習に付き合ってくれ、退屈だと言えば本を持ってきてくれた。頼んでもいないのに、紅茶を淹れてくれたし、時々、恋人同士がするような甘い口づけも寄越した。
ただ、その生活はクロンにとってあまりに平和過ぎた。夢のようなひと時に腑抜けてしまわないよう、シャウレイのことを毎日思い出すので必死だった。
「今、国はどうなっているんだ」
「それはアンタが気にする必要はない」
「シャウレイは、シャウレイは無事なのか?」
「アンタも飽きない人ですね。毎日毎日シャウレイシャウレイと。いい加減諦めてください。そんでもって、僕を見ろ」
「ラッペン……?」
真意を量り兼ねたクロンはラッペンを見つめたが、ラッペンは自分の口元を押さえ、黙り込む。
その思い詰めたような表情に、何か言葉を投げかけようとしたとき。
『フィン様。少しお時間よろしいでしょうか』
しっかりとしたノックの後に、きびきびとした声が投げかけられる。
「ああ。今行く。……アンタは適当にやっててくれ」
そう言い残し、鍵を閉めると、ラッペンは兵士と共に部屋を後にした。
『フィン様、例の娘の件ですが』
「どうだ、攻略できそうか?」
『いえ、やはり魔術が強すぎますね。兵たちも惑わされ、手出しができません』
「やはりか。大したもんだよ、あの魔女様は」
『最大限の足止めはしておりますが、おそらく数日の後、この城に辿りつくかと』
「そうか……」
ため息交じりに腕を組んだラッペンは目を瞑り、自問する。
どう戦うべきか。当初の計画であった囮は使えそうにない。だけど……。
しばらくした後、目を開いたラッペンは、決意に満ちていた。
「いいだろう。僕の本気を見せてあげるさ」
夜になり、ようやく帰ってきたラッペンは眠っているクロンの髪を撫でる。
「ん……。ラッペン?」
「ああ。悪いね。起こしてしまった」
「別に。捕虜をどう扱おうがお前の勝手だろ」
「はは。それじゃあクロン、少し付き合ってくれないか」
皮肉るクロンの目の前に、ラッペンはワインとグラスを置く。
「……だったら窓際でやろう。今日は満月だからな」
久々の酒が嬉しいのか、クロンはワインボトルを揺らすと、ラッペンを見て優しく微笑んだ。
「月は、どこに居ても等しく私たちを照らしてくれる」
「ええ。そうですね」
窓から吹き抜けてくる夜風を浴びて、二人は愛おしそうにグラスを揺らす。
「……」
「……国のこと、聞かなくていいんですか?」
月を見つめたまま押し黙るクロンに、ラッペンが問いかける。
「そうだな。今日は少し……」
言いかけて、クロンは視線をラッペンに向ける。その瞳は、優しさと悲しさが混ざり合ったみたいに弱々しく揺れていた。
「……?」
「ラッペン。私は思い出せないんだ。何のために戦うのか」
「妹のためだろう?」
「そうだけど。……違う。わからない」
次第に歪んでゆくその顔を見ながら、ラッペンは静かに息を吐く。
「クロン。お前はもう、この城から出ていけ」
「……ラッペン。私は一体なんだ? お前は一体、何を知っているんだ?」
「クロン。僕は何も知らないよ? 知らないから君に拷問して聞き出そうとしたんだろ」
「だが結局、私も何も知らないじゃないか……。いや、思い出せない……。確かに、私は、国のために尽くしていた……。でも、何故戦っていたのか思い出せない……。それどころか、もっと過去の記憶すらも……」
「クロン。お前は疲れているんだ。それじゃあ使い物にならない。さっさと出ていけ」
「……嫌だ。ラッペン、今の私にとってお前は月の光に等しい。心に立ち込める闇を、お前が取り払ってくれる。そんな気がするんだ。私は、お前の光に縋りたいんだ」
「は。随分ロマンチックな告白だ。でも、僕が月なら、お前がどこにいても照らしてやるさ」
「私は、お前の側で自分を暴きたい」
「……せっかくチャンスをあげたのに」
興が醒めたと言わんばかりにグラスを置くラッペンに、クロンが詰め寄る。
「もう一度、私を抱いてくれ」
「は?」
「そうしたら、何か、思い出せそうな気がするんだ……!」
冗談で言っているわけでないことを察し、ラッペンはクロンを遠ざける。
「自分を大事にしてください」
「でも、お前には何か特別な力が……」
「アンタは知らなくていい」
「!」
ラッペンが口づけた途端、クロンの体から力が抜ける。それを受け止めたラッペンは、愛おしそうにその髪を撫でた。そして――。
*
あるところに王子がいました。王子の国は小さな国でしたが、人々は優しく、とても豊かな国でした。王子は、そんな自分の国が大好きでした。大きくなったら自分も父ように民の支えとなる王になりたいと思っていました。
しかし。
あるとき、王子の国に一人の魔女が来ました。
魔女は、一目見て王子のことが気に入りました。
魔女は、王子を譲ってほしいのだと王に言いましたが、勿論そんなことが許されるはずもありません。
怒った魔女は、国民すべてに呪いをかけました。
魔女の呪いにより、人々は意識のないままに操られ、魔女のために働きました。
魔女は、そうして国を乗っ取りました。
周りの国は、魔女に乗っ取られた国を哀れに思いました。しかし、迂闊に手出しはできません。
いつしか、その国は『魔女の国』と言われるようになり、人々から恐れられてゆきました。
魔女は、その姿を幼女に変え、王子の妹として振る舞うことにしました。
記憶を塗り替えられた王子は、魔女の作った世界の中で、唯一意識を保ちながら、自分の妹を守りました。それが偽りの愛情だとも知らずに。
あるところに、強い魔力を持って生まれた少年がいました。少年は、あっという間に国という国を取り、大国の王として世界を股に掛けました。
しかし、少年はいくら国をとっても満足できなくなっていました。
少年は、その強すぎる力を思い切りぶつける相手が欲しかったのです。
そして、少年は見つけました。誰もが恐れる『魔女の国』を。
少年は、魔女を引き摺りだすために、魔女のお気に入りを攫いました。
そして。
*
「大層な鳥籠ね」
「大事な宝石なんでね」
魔女と少年は対峙した。
クロンの眠るその部屋の前で、二人は穏やかな笑みを浮かべて互いを見つめる。
「アナタは私の力に興味があるのだと思っていたのだけど」
「ええ、勿論。それほどまでに強い力、壊したくてたまらなかった。でも」
「でも?」
「今はそれよりも、アンタの狂った世界を終わらせる」
ラッペンの瞳に、闘志が宿る。それを見たシャウレイは、挑発するような笑みを浮かべる。
「それはクロンシュタットのためかしら」
「わかっているんなら、解放してもらおうか」
「出しゃばってんじゃないわよ。アレはワタシのお気に入り。ワタシのモノ。アナタにそれをわからせてあげるわ」
「!」
シャウレイが、部屋に向かって手を翳す。すると、その幼い姿に似つかわしくないほど強大な闇が手のひらから放たれ、ドアを破壊する。
「やめろ!」
前に躍り出たラッペンが、闇に向かって力を放ち、その勢いを削ぎ落す。
勢いを失くした闇の力は、クロンの目の前で消滅した。
「お前! クロンが好きじゃなかったのかよ!」
「好きよ。だからこうして、奪い返しにきたんじゃない」
「じゃあ、どうして傷つけようとしてんだよ!」
「ワタシが好きなのは彼の目なの。そりゃあ生きている方が綺麗に輝くけれどね、この際、死んでしまっても構わないわ」
「宝石扱いかよ」
「あら、アナタだってそう言ったじゃない」
「僕のは喩えだ。一緒にするなよ、狂人」
「アナタの強さには興味があるけれど。やっぱり所詮は人間ね。アナタじゃワタシを止められない」
「くっ」
可愛い声でそう断言したシャウレイは、わざとクロンを巻き込んで戦った。
「くそ!」
それをいちいち守りながら戦っているようじゃ、シャウレイの言う通り、ラッペンに勝ち目などなかった。
それでも。ラッペンは身を挺して戦った。
「ん……。シャウレイ……?」
そして。ラッペンがついに膝をついたとき、クロンが目覚める。
「お兄様……! ワタシはここです!」
「……」
「お兄様?」
「これは、シャウレイがやったのか……?」
静かにラッペンに近づいたクロンは、シャウレイを見つめて問いかける。
「ワタシがそんなこと、できるわけ……」
「ラッペンは、私を庇って戦ったのか……?」
「……」
答えないラッペンを尻目に、シャウレイが一歩前へ出る。
「お兄様! その人は敵です! お兄様とワタシを傷つけた……」
「シャウレイ。お前は一体何者なんだ」
瞳を潤ませ訴えかけるシャウレイの言葉を、クロンが冷たく遮る。
「…………アンタ、クロンの呪いを解いたわけ?」
クロンが放った言葉の意味をじっくりと呑み込むと同時に、シャウレイの表情に影が差す。すっかり鋭さを取り戻した魔女の瞳は、ラッペンを射るように睨みつける。
「別に。意識的にやったんじゃない。ただ、クロンと僕が触れ合ううちに自然と、ね。僕の魔力がお前の薄汚い魔力を打ち消していったってわけだ」
魔女の視線などまるで恐れていないラッペンは、クロンの手を借り、立ち上がる。
「だったら、もう一度……、っ!」
魔女がクロンに視線を移し、目を見開く。
「そう、だ……。私に、妹など、いない……。それに、私は、あの国の王子で……。あの国は、平和だった……。でも、あるとき、魔女が現れて……」
ラッペンの手をしっかりと握りながら、ぶつぶつと呟くクロン。その記憶は、戻りつつあって……。
「やめろ。思い出すな!」
そう叫んだ魔女が、クロンに魔力を注ごうと手を翳す。が、当然ラッペンの放った魔力がそれを邪魔する。
「国民は皆、操られて……。私は……!」
カッ。
クロンの腰にある剣が光を放つ。その眩さに目を閉じた魔女を見て、クロンが静かに剣に手を移す。
「ラッペン」「ああ」
「な……!」
ラッペンの魔力が魔女を拘束した隙に、クロンの剣がシャウレイの体を貫く。
「ぐ……!」
「へえ。結構強いんだ」
「お前ほどではないがな」
苦しむ魔女を前にして、淡々と会話を紡ぐ二人に、魔女は顔を青くする。
「ま、待て……。ワタシを倒したところで、世界はお前たちが結ばれることを許さない。だが、ワタシの作った世界でならば、お前たちは……!」
「命乞いに僕らの理想の世界を作ってくれるっての?」
「ええ。これはワタシにしかできないわ。ワタシを殺せば、アナタたちの本当の幸せはなくなってしまう」
「クロン。アンタはどう思う?」
「そうだな……」
つかつかと魔女に歩み寄ったクロンが、屈みこんだ魔女の腕を引きあげる。そして。
「あ……」
「私の幸せを勝手に決めつけられては困る」
躊躇うこともなく、剣で魔女の体をもう一度貫く。
「はは。僕も同意見だ!」
そう言って楽しそうに笑ったラッペンは、魔女を魔法で消し飛ばす。
「あああああああ!」
跡形もなく消えたそれの悲鳴は、暫くその場に響き渡った。
「ありがとう。ラッペン。お前のおかげで、私の国はようやく悪い夢から覚める」
「お礼を言われるほどのことはしていないよ。僕はただ、魔女と手合わせしたかっただけなんだから」
「それじゃあ、お前は私を利用しただけか」
「まぁ、最初はね。ただ、あんまりアンタが綺麗だから。いつの間にか目的がすり替わっちゃってさ」
「どういう意味だ?」
「わかってるくせに。僕はアンタに惚れたんです。魔女なんかどうでもよくなった」
「それは本気か?」
「本気で言ってます。でも、忘れてください。アンタには酷いことをした。アンタにとって僕は魔女と変わりないでしょう?」
「そうかもしれないな」
「今更許して貰おうだなんて思ってません。さあ、クロンシュタット王子。アンタは役目を果たさなければいけない。国のために力を尽くすのがアンタの人生だ」
「お前はどこへ行く?」
「僕はまた力のあるものを探して、持て余した力を発散するよ」
「お前にとっての幸せはそれなのか?」
「幸せだなんて。ただの暇つぶしだよ」
「だったら私にしろ。記憶も力も戻った今、私とて多少の力はある。いつでも手合わせをする代わりに、一緒に国を守ってほしい」
「お人好しだな。でも、わかってるだろ? 僕はアンタの側に居ちゃいけない。アンタになにをするか分かったもんじゃないからな」
「別に、お前の好きにしたらいい」
「自分の言ってることちゃんとわかってます? せっかく平和になるってのにさ」
「人の幸せを勝手に決めつけられたら困る」
「は?」
「私は君の側に居たい」
「もうとっくに記憶は取り戻してるだろ? これ以上隠してることなんてないぞ」
「そうじゃない。そうじゃないから困ってる」
「?」
「自分でもこれが何なのかはわからない。けど、お前がいなくなるのは嫌だ」
「やめてくれよ。そんなことを言われたら、僕だって諦めきれなくなってしまう」
「ラッペンが悪い。最初は、お前のことを死ぬほど呪ったさ。でも、最近のお前は私に優しくし過ぎた。だから……。なあ、責任は取ってくれるんだろう?」
「……後悔しますよ」
「今ここでラッペンを逃がしてしまった方がよっぽど後悔するよ」
美しい瞳に愛おしい人を映したクロンは、ラッペンに唇を寄せる。
それはまるでミルクティーのように甘く、二人の心を満たしていった。
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