ヒキアズ創作BL短編集

ヒキアズ

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41~50

(41)戦隊モノ

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幼い頃、夢を誓い合った二人は、約束通り正義のヒーローとして一緒に働くことに。しかし、離れていた時間はすれ違いを生み、嫉妬を作り出す。そして、その心の弱さに付け込まれたブルーは……。

レッド×ブルー。結局は異常なぐらい受けちゃんが好きな攻めと、闇落ちして泣きながら自分の隠してきた思いを吐露しちゃう受けが好きです。戦隊闇落ち大好物です。が、その世界観を書き込むのが難しすぎて、赤と青以外の人間が放置気味です。ごめん

一応みんなの名前ちゃんと考えてたけどあまり意味なかった……。
赤井 紅(あかい くれない)
青山 蒼汰(あおやま そうた)
桃谷 珊瑚(ももや さんご)
緑川 酢橘(みどりかわ すだち)
黒乃 水雲(くろの もずく)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『や~い! 泣き虫ブルー!』
「ふぇ……。泣いてなんか、ないもん……」
『思いっきり泣いてんじゃん! だっせぇ!』
『お前なんかがレンジャー目指せるわけねーだろ!』
『泣き虫ブルー!』『涙のブルー!』『弱虫ブルー!』
「やめろ!」
『げっ。紅だ、逃げろ!』『うわー!』
「蒼汰、大丈夫か?」
「う、うん……。ありがとう紅……」
 幼い頃、僕は弱虫だった。そのくせ、地球を守るヒーローに憧れていて。クラスメイトたちに揶揄われる毎日だった。
 でも、紅だけは違った。僕のことを揶揄ったりしなかった。それどころか、僕がいじめられているときにいつも駆け付けてくれて。
 僕にとってのヒーローは紅だった。テレビの中の遠い存在よりも、よっぽどかっこよくて大好きだった。
 だけど。
「俺たち、ずっと友だちだからな! 大人になったらまた会おうな! レンジャーになって、一緒に世界を救うんだぞ!」
「うんっ、うんっ」
「紅……!」「蒼汰……!」
 ヒーローは唐突に去って行った。連絡する術を持たなかった僕たちは、大人になったら会おうなどという何とも抽象的な約束を取り付けて指切りをした。
 ずっと友だち。大人になったら会える。僕だけのヒーロー。
 僕はずっと紅のことを思っていた。
 クラスメイトからいじめられる毎日でも、紅のことを思い出して凌いでいた。
 それなのに。



 大人になって、僕たちは再会を果たした。
 幼い頃から夢見ていた、地球を救う役目。
 この世界には昔から、異世界から来た魔物組織が度々侵略を目的として出現した。
 それを倒す役目を担っているのが、地球防衛隊。特に、レンジャーと呼ばれる五人組は最前線で戦う最高のヒーロー。その国民的人気から、小さい子どもたちはこぞって将来の夢として掲げた。
 それは、僕だって例外じゃなかった。まさか、叶うとは思っていなかった。
 それが叶ったのは恐らく……。
「蒼汰。お前、変わったな」
 目の前の紅い髪の毛が揺れる。人懐っこい笑顔は幼い頃と変わらない。だが、体は青年のそれで、よく見るとしっかり鍛えられているのがわかる。
「君は変わってないな」
「そう?」
 変わってない、か。とっさに出た自分の嘘をせせら笑う。紅が変わっていないわけがない。僕とはもう何もかもが違う。そう。あの頃の紅、僕だけのヒーローはもう……。
「蒼汰?」
 心配そうに覗き込んでくる紅と目が合う。その顔立ちは、ムカつくくらいに好青年。小さい子からお年寄りまで幅広く支持されるレッドに選ばれるだけはある。
「僕を推薦したの、君なんだろう?」
「あはは、バレた? でも、蒼汰。聞けば有名な大学の首席なんだろ? それに、スポーツだって色んな大会で優勝してるらしいじゃん。それにそれに、女子からめちゃくちゃモテてるらしいし……」
「……この仕事は受けるよ。将来、何かと役立つだろうし。でも、お前とのお友だちごっこはごめんだ」
「な……」
「ええ~、ブルーくんなんか冷たい。レッドと友だちだっていうからもっと仲良しだと思ったのに。あ、でもクールなのもいいよね~」
 何だ、この女は……。
 いきなり二人の間に割って入ってきた桃色女をまじまじと見つめる。
 髪も服もとにかくピンク。手に持ったスマホでさえも、爪に塗られたマニキュアさえもピンク。
「はじめまして! 私、桃谷 珊瑚っていいます! これで戦隊も3人揃っていよいよって感じだね~! 二人っきりでもよかったけど!」
「ピンクってば、冗談ばっかり」
 目の前でイチャつき出す二人を置いて、与えられた自室へ足を向ける。
「あ、ちょっと。蒼汰、まだ話が……」
「レッド~! 今日は私と買い物してくれるんだよね!」
「えっ、そんな約束してな……」
「いいから! ほら、女の子の言うことは絶対なのよ!」
 吐き気がする。地球を救うための精鋭が、色恋に現を抜かしているのか? 紅は、やはり変わってしまったのか? 僕は、一体何のためにここに来たんだ?
 ぐるぐると心に靄を作ってゆく。掃除の行き届いた新しい住処に辿りついて、ベッドへダイブする。今、眠ってしまえばきっとあの頃の夢を見る。夢がどれだけ楽しくとも、夢から覚めれば全てなくなる。わかっているのに。何回も夢から覚めて絶望を味わっているのに。夢見ることがやめられない。僕は結局ここでも夢に縋る。自分の夢に決着をつけるためにここに来たというのに。僕は、やっぱり弱虫だ。


 それからすぐにグリーンが加わって。今期の戦隊は本格的に指導し始めた。だが、その一方で紅とは戦闘以外のコミュニケーションは必要最低限に抑え、無視を決めた。
「赤井くん、これ資料。目を通しておいてくれ」
 必要に駆られてプリントを渡す。顔なんて見ない。そのまま紅の横を通り過ぎて……。
「なぁ、蒼汰。なんで名字呼びすんの? 昔みたいに紅って呼んでくれよ」
 呼び止められ、思わず足を止める。後悔したが、もう遅い。紅が、僕の行く手を阻むようにして目の前に立ちはだかる。
「過去のことは忘れてくれ。……君こそ僕のことは名字で呼んでほしい」
「蒼太……。俺、お前になんかした?」
「……別に」
「じゃあ、なんでそんなにツンケンするんだよ!」
「子どもみたいな仲良しごっこに嫌気がさしただけだよ。僕たち、もういい年だろ?」
 馬鹿にしたように笑ってやると、案の定、紅はムッとした顔になる。
「んだよ蒼太のやつ……!」
「ん、どしたのレッド? レッドがむしゃくしゃしてるの珍しいね」
 側に駆け寄るピンクを見た途端、心がすぅっと冷たくなる。
 ああ。やっぱり。僕の居場所なんかないじゃないか。とにかくこの仕事は向いていない。僕なんかが、正義を語るのはおこがましい。


「ね~。お願いっ! 買い物を手伝ってほしいの!」
「ピンク、お前はそう言ってこの前も俺のことを荷物持ちにしただろうが」
「お願いってば! 何でもするから! 何だったら、チューでもいいし」
「また始まったよ。ピンクのレッド狩り」
 遠巻きに呆れた声を出すグリーンを尻目に、その場を離れる。
 くだらない。
 そう思うほどに、足はいつもより速いスピードで自室を目指す。
 このまま眠ってしまえばいい。夢に浸ってしまえばいい。
 そうすれば、今この辛い状況でも、ひとときの安息を得られる。
 そうして、いっそそのまま目覚めなければ……。
「蒼汰……!」
 後ろから掛かった声に振り向く。走ってきたのか、紅の額には汗が滲んでいる。
「何かあったのか……?」
「いや、ええと。何もないんだけどさ……」
「……?」
 紅の慌てた様子を見て、緊急出撃命令でも下ったのかと思ったが、どうやら違うらしい。
 それじゃあ一体、どうして彼は僕の後を追ってきたのか。真意を探るために紅を見つめる。
 すると、紅は居心地悪そうに怯んだ後に、繕ったような微笑みを浮かべる。
「その、買い物! そう。俺たち今から買い物に行くんだけど、たまには蒼汰も一緒にどうかな~って思ってさ!」
 なんだ。そういうことか。少しでも期待していた自分に胸が痛む。
 こいつはずっとそうだった。正義感が強くて。仲間外れがいようものなら、自分から進んで手を差し伸べる。そう、誰にでも平等なヒーロー。
 要はここに馴染めていない僕に、気を使ったのだろう。
「僕に余計な気を回さなくていい。それと、隊員間での交際はマスコミにバレるとやっかいだぞ」
「は……? 別にピンクとはそういうんじゃないし」
「どうだか」
 平静を保っていられなくなり、そっぽを向く。言葉も随分と冷たい感じになってしまったが、これでいい。
「なんだよ、なんでそんなに俺だけ突っかかってくんだよ」
「君には一生わからないよ」
 きっとあの頃もそうだったんだ。僕にとっては唯一無二のヒーローでも、彼にとっての僕は、守るべき対象の中の一人。僕はそれを勘違いした。自分だけが特別なんだと錯覚した。彼にとって、あんな約束は、取るに足らない社交辞令だっただろうに。
 きっとあの約束自体忘れているに違いない。僕をここに呼んだのだって、あの約束があったからでなく、僕の実績がたまたま目についたからなのだろう。僕の存在を気に掛けていたのならば、もっと早くに連絡でもなんでも取れたはずだ。
 もちろん、僕だって彼に連絡を取ろうと思えばもっと早くにできた。彼が高校に入った時にはもうすでに、その能力の高さが世間を騒がせていたから。
 この世界には成長の途中で、ごく稀に人並み離れた能力を身に着ける子どもが現れる。その中でも最も優れた者たちが、レンジャーとしての活躍を許される。かくいう僕も、その一人。人以上に運動ができ、人以上に勉強ができた。でも。彼はその中でもずば抜けて高い能力を持っていた。人類史上最強と謳われるその実力は、すぐに各所で取り上げられ、あっという間にレンジャー入りを果たした。
 その時の僕は、全く惨めな気持ちだった。
 僕自身は中学の時に能力が発覚して、いじめられていた頃とは一変、周りから持て囃され、小さいながらメディアにも取り上げられていた。
 弱い自分が、変われたことが嬉しかった。自分が憧れていた場所へ行けることが嬉しかった。紅と約束した未来に踏み出せたことが嬉しかった。だけど。
 紅からの連絡は一切来なかった。僕は焦った。僕の実力を高めて、もっと紅の目に止まるぐらい取り上げて貰わないと、と一生懸命やれることはやった。そして。
 僕は知った。彼の覚醒を。彼の能力の高さを。そうだ。彼が僕みたいにちっぽけな人間を覚えているはずがないんだ、とようやく気づいた。それに気づいてしまえば、もう僕から連絡を取ることなんてできるわけがなかった。
 そうして、彼のことは忘れて生きようと思っていた矢先に、彼から声がかかった。心臓がねじ切れそうだった。喜びと悲しみと怒りと憎しみと期待と不安と。ずっと昔から今までの感情が全部混ざってどうにかなってしまいそうだった。
 本当は断るつもりだった。そんなところに身を置けば、僕の精神ははち切れてしまう。だけど、周りはそれを許さなかった。僕には断るなんて選択肢がなかったんだ。僕はいつの間にか、欲しかった能力に人生を操られてしまっていた。


「ピンク、大丈夫か!?」
「ごめん……。ちょっと足を挫いただけだから大丈夫」
「よそ見なんかしているからだろ」
「蒼汰! 何でお前はそんな冷たいことを……!」
「僕が冷たい? 君がピンクに甘すぎるだけだ」
「……昔のお前はもっと素直だったのに」
「うるさいな。いつまでも幼馴染面するのはやめろ! 知っての通り、僕はお前の思っているようなヤツじゃない。この仕事を紹介してくれたことには感謝しているが、この性格を直すつもりはない」
「蒼汰……」
「とにかく、今はお前と言い合っている暇はない。僕はグリーンを探してくる。お前はもう好きにしろ」
 悲しそうな顔をする紅に、そう吐き捨てて先を急ぐ。
 お前にそんな顔をする資格などないだろう。どうして僕がこんなに悪者扱いされなきゃいけないんだ。
 ……違う。本当はわかっている。こんな醜い嫉妬で人を傷つけるなんて正義として間違っている。悪いのは僕だ。だけど、どうしたって止まらない。

「兄さん、お願いだから戻ってきてくれよ!」
「呼ぶな。オレと兄弟と知れたら、お前の立場は……」
 人気のなくなった商店街。荒らされた形跡はまだ新しく、その特徴から恐らく敵の幹部の犯行であることが窺える。
「ボクの立場なんてどうでもいい! ボクは兄さんを連れ戻すためにここまで来たんだ!」
「戯言を。そんな覚悟はさっさと捨てろ!」
 その最奥から聞こえてくる会話に耳を傾ける。どうもさっきから話が怪しい。
「兄さんって、一体どういうことだ……?」
 物陰から覗いてみると、そこにいたのはグリーン。それと対峙しているのは、予測していた通り敵の幹部。黒い衣装に身を包み、顔もフードで覆ってはいるものの、その姿は僕たち人間と何ら変わりがない。
 クロノと名付けられたその敵は、防衛隊の中でも度々話題になるほどの力の持ち主で、その正体は人間なのではないかという説も聞いたことがあったが……。
「捨てられるわけない! やっとボクはここまで来たんだ! ボクは兄さんを救う。例え他人にどれだけ批判されようと、ボクは兄さんを諦めたりしない!!」
 グリーンがクロノに向かっていく。黒い力をねじ伏せて、緑の光が強く光る。
 力の差は互角のはずだった。だが、これは恐らく意志の力。クロノは攻撃を躊躇った。グリーンは全力以上の気迫でクロノをねじ伏せた。
 事情はわからないが、グリーンに手を貸すために一歩踏み出す。
「は……。酢橘、強くなったな……」
 地面に倒れ込んだクロノが、優しい顔でそう呟く。顔を覆っていたフードは風で飛ばされ、露わになった顔つきは、どことなくグリーンと似ている人間らしいものだった。
「まさか、本当に人間なのか……」
 近づいてそれだけ漏らすと、グリーンが振り向いて目を丸くする。
「ぶ、ブルー……。いつからそこに……」
「なあ、グリーン。本当にクロノはお前の兄さんなのか……?」
「そ、それは……」
「オレはもう人間じゃないさ。だから、こいつの兄でもない。黒乃 水雲は死んだんだ」
「違う! 兄さんはボクの身代わりになって攫われたんだ! あの時はまだ小さくて、ボクは兄さんを助けることもできなくて……。だから、ずっと後悔してたんだ。ずっと兄さんを助けるためだけにここまでやってきたんだ! だからっ!」
「ブルー、こいつの言うことに耳を傾けるな。オレは敵だ。どうやったって今までの悪事が消えるわけじゃない。情けをかける必要はない。覚悟はできている。殺せ」
 驚いた。どうやら本当に人間の心を保っているらしい。グリーンの方も、ただ流されるままにこの仕事をやっているのだろうと思っていたが。
 腕につけられたタッチパネルを操作して、転送されてきた武器を掴む。そして、クロノの目の前に突き付けて……。
「やめてくれ!」
「っ。グリーン、お前、自分が何してるかわかってるのか?」
 武器が弾かれ、地面に転がる。弾かれた反動で痛めた手首を擦りながらグリーンを睨む。
「わかってる。でも、ボクは兄さんのことが好きだから。兄さんより大事なものなんて、どこにもないから……。だから!」
「好きって……」
 ゆらりと不気味に揺れる緑の瞳。
「やめろ……。それ以上のことは言うな、酢橘……。頼むから、やめてくれ……」
 怯えたように揺れる黒い瞳。
「愛してる。ボクはずっと昔から、兄さんを心から愛しているんだよ」
「は……?」
 愛してる? だって、こいつらは男同士で。兄弟で。敵対しているのに。どうして、グリーンはこんなにも堂々と僕に打ち明けることができるんだ……?
「だから、お願いだから邪魔しないでよ」
「そんなことが許されるわけがない。こんなことがマスコミに知れたら、大変なことになるんだぞ?!」
「ブルーはわかってくれると思ってたのに。でもいいんだ。誰からも許されなくても構わない。ボクは、兄さんさえ救えれば、それで……」
「酢橘……」
 虚ろな瞳がクロノを捉えて離さない。
 その愛は正しいのか? お前たちはそれで幸せになれるのか?
 ふいに、グリーンの後ろに不穏な気配を感じて目を凝らす。
「あ……。危ないっ!」
「え……?」
 振り返ったグリーンに、禍々しいそれが微笑む。
『お前の兄は不出来だったが、お前のその闇の力は中々使えそうだ』
「す、酢橘……!」
 クロノの叫び声に弾かれ、咄嗟に体がグリーンを庇う。
「っああ!」
「ぶ、ブルー?!」
 放っておけるはずがなかった。この兄弟が正しいかなんてわからない。
 だけど、今ここでグリーンがやられてしまったら、クロノは一生後悔する。二人の愛が終わってしまう。そう思ったら、勝手に体が動いていた。
 幸い、僕のはただの片思い。紅にはピンクがついている。親のいない僕の死を本当の意味で悲しむ人は少ない。
 だったら、僕が身代わりになった方が良い。
『馬鹿な青年だ。自らを犠牲にするなど。これだから正義というのは理解できん』
「レインロア様……」
 レインロア。諸悪の根源。そのどす黒い闇を見上げる。大昔から衰えることのない悪の象徴。それが今、目の前にいる。
「お前! ブルーに何をした!」
『はは。そう怒るな緑の。ワタシはただ、お前を悪に染めてやろうとしたまで。命までは取っていない』
「じゃあまさか、ブルーは……」
『ああ。どういうわけか、こやつも中々見込みがある。正直、グリーン以上の力を感じる』
 吐き気がした。黒い靄が体を覆いつくして。視界すらも埋めてゆく。
 そうだ。僕の本質は正義なんかじゃない。本当の僕は、もっと醜い。
「レインロア様、お願いします。どうか、ブルーは元に戻してやってください。代わりにオレがもっと頑張れば……」
『お前はもういらん。裏切り者め』
 レインロアの剣が閃き、クロノを切り裂く。
「っぐ!」
「兄さん!」
 宙を舞う赤がやけに鮮やかに、輝いて見えた。
 綺麗だな……。ああ、僕はもっと血が見たい……。
 レインロアの手が伸びてきて、地面に縫い付けられたままの僕を抱き上げる。
『さあ行こうか。君にここは相応しくない』
 真っ黒になった視界がつまらなくて目を閉じる。
 そこにあるのは闇。禍々しいはずのそれも、今はどうしてかとても心地が良い。
 ああ。そうだ。紅の血はどんなに綺麗な赤なんだろう。


 暗い。真っ暗で何も見えない。僕はその、闇が続く世界を延々と歩いてゆく。
 紅……。紅……。
 怖くなった僕は、ただひたすらに紅の名を呼ぶ。
 僕だけのヒーロー。僕だけの愛しい人。
 ふと先の方に赤い仄かな明かりが見える。
 そこにきっと紅がいる。
 僕は何故だかそう思った。
 そう思った途端、僕は走り出していた。
「紅!」
 明るい光の中心に、紅が立っているのが見えて叫ぶ。
 やっぱりそうだ。紅は僕のヒーローだ。
 心に暖かな炎が灯る。
 光を掴む勢いで手を伸ばす。
 しかし。
「赤井くん!」
 ピンクが僕よりも先に紅に駆け寄り、思い切り抱きつく。
「桃谷さん……!」
 紅の顔を見た瞬間、僕の心は張り裂けそうなぐらい悲鳴を上げる。
「う……」
 どうしてそんなに幸せそうな顔をするんだ……。
 行き場のない手を握りしめる。その手はまるで幼い頃と変わらない。頼りのないちっぽけな僕の手だった。
 僕はどうしてまた立ち止まってしまうんだ。
「おめでとう~!」「おめでとう~!」
 賑やかな声に顔を上げる。紅の周りには、いつの間にかたくさんの人が集まっていた。
 その中にいるグリーンやクロノも楽しそうに笑っている。
 その場の誰もが二人のことを祝福していた。
 怖い。僕は自分の心臓が変な音を立てるのを聞いた。
 囃され、紅とピンクの顔が近くなる。
「やめろ、やめてくれ……」
 耐え切れなくなった僕は、耳を塞いでその場にしゃがみ込んだ。
 ああ、僕はやっぱり弱虫のままなんだ。
 視界が歪んで、目から熱い涙が零れ落ちる。
 ああ、僕は全く成長していない。泣き虫ブルーのまんまじゃないか。
「蒼汰」
 ふいに影が伸びてきて、僕の目の前に手が差し伸べられる。
 顔を上げるとそこには、紅の笑顔。
「紅!」
 ああ、やっぱり紅は僕のヒーローなんだよ。
 僕は迷わずに、紅の手を取ろうと涙を拭いて手を伸ばす。
 しかし。
 ばちり。
「え……?」
 一瞬意識が飛びそうなほどの衝撃が、頬を打って幼い僕の体を弾き飛ばす。
 ちかちかとする視界の中、手を上げたままの紅と目が合う。
「蒼太。俺、お前のことが嫌いなんだよ。いっつも邪魔ばっかしてさ。愛想だってないし。偉そうにするし。本当は弱虫のくせに。本当は俺のことが好きでたまらないくせに」
「は……」
 僕は今、紅に頬を打たれたのか? 僕は今、紅に嫌われているのか? 紅は、僕の恋心を知っているのか?
 小さい手のひらで、地面の砂を出鱈目に掴んで吐き気を堪える。
 それでも吐き気は止まらない。代わりに血の気は引いてゆく。
「それに比べて、珊瑚は可愛いな」
「紅くん……」
 うっとりと見つめ合う二人。その二人の距離が近づいて、唇が重なった瞬間、僕はついに吐いた。
「う……」
 なんだこれは。
 手についた吐しゃ物を見て怖くなる。
 それは、真っ黒な泥だった。
 こんな禍々しいものが、僕の中から出てくるはずがない。
 そう思うのに。目の前のカップルに意識を戻した途端、黒い泥が口から溢れる。
「うわ。きったな~い!」
 ピンクがこちらを見て笑う。
「ほんとだ。あんなに惨めな子、俺は初めて見たよ」
 紅が嫌そうな顔をしてこちらを見つめる。
 頭が割れそうだ。痛い。どこが? 全部だ。全部。お願い。助けて。紅。
 お願いだから、僕を見て。いや、見ないで。頼むから、もう一度僕に手を差し伸べてくれ。頼むから、僕を……。
 紅の瞳が、氷のように冷たく僕を見下す。
「俺がお前なんかを選ぶわけないだろ? 気持ち悪い」
 世界が壊れる音がした。
 ああ、わかってる、そんなの、自分でも、紅は僕を選ばない。紅は僕のものになってはくれない。
 だったら……。



 俺は後悔した。あのとき蒼汰を一人で行かせてしまったことを。自分がピンクの手当てを優先させてしまったことを。
「グリーン、これは一体どういうことだよ」
 地面に倒れ込んだグリーンに問いかけるが、返事はない。見たところ、気を失っているだけのようだが、体は大分痛めつけれている。
 その横に倒れ込んでいるクロノには、どういうわけかレインロアの剣が突き刺さっていて……。
『随分と早いね。これは逃げ遅れてしまったかな』
 気を失ったままの蒼汰を抱え込んだレインロアが、にやにやと馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「蒼汰に何をした!」
『ただほんのちょっと悪夢を強めただけさ。人の心に巣食いし悪夢。それが解き放たれたとき、人はただただ恐怖に怯え、溺れる。それこそが美しい。それを黒く塗りつぶすことが、最高に楽しいんだ』
 レインロアの表情はこれでもかというほどに、俺の怒りを増幅させてゆく。
「蒼汰を返せ」
 自分でも驚くぐらいに低い声が、レインロアを威嚇する。
『おお怖い。君は正義のヒーローなんだろう? それがそんなにおっかない顔をするもんじゃあない』
「黙れ」
 剣を振るう。
『!』
 レインロアの頬を掠める。
「次は外さない」
『いやはや。本当に君はおっかないね。こんなレンジャーは今まで一人もいなかったよ』
 無言で振るった剣が受け止められる。
『そう焦ることはない。青いのは君に返そうじゃないか』
 にやりと笑ったレインロアが、蒼汰を下ろしてその背中を押す。
「蒼汰……!」
 呼びかけに応えるように、蒼汰の睫毛が震える。
「紅……」
 這いずるような恨みの籠もった声。開かれた瞳は、いつもの綺麗な蒼でなく、真っ黒に染まっている。
『さあ青いの。君はただ壊せばいい。君が気に入らないこの世界全部を!』



 なんだかすっきりした気分だ。悩んでいた自分が馬鹿のようだった。
「そうだ。叶わないならば壊せばいいんだ……」
 最初からこうすればよかった。
 倒れ込んだ紅を見下ろす。紅は、強いと思っていたけれど。今の僕には敵わない。
『さあ壊せ』
 レインロアの瞳が不気味に光る。
 ああそうだ。紅を壊せばいい。そうしたら僕はもう、こんなに惨めな気持ちにならなくて済むのだから。
 紅を殺して。紅のいなくなった世界を壊す。きっとそれこそが僕の正解なんだ……!
「蒼汰! 正気に戻れ!」
「はっ! 僕は正気だ!」
 二人の拳が交差する。殴って殴られて躱されて躱して。まるで不良の喧嘩だ。でも。
「僕はもう、君の知っている僕じゃないんだ!」
「っ!」
 黒い霧を纏った拳が、紅の体を吹き飛ばす。この力さえあれば、もう怖くない。
「紅。さようなら」

「レッド!」
「……ピンク、来ちゃ駄目だ!」
 ずたずたになった紅の元に、遅れてピンクがやってくる。
「これ、一体どうなってるの……?」
「ピンク。遅かったじゃないか」
「ブルー?」
「でも、わざわざそっちから来てくれて嬉しいよ」
「きゃあっ!」
「蒼汰!」
 ピンクの首を絞める。片手で足りるその華奢な体は、一体どれだけ紅を惑わしてきたのだろうか。
「ねえピンク。レッドとはもう、こんなことしたんだろ?」
「うう……」
 苦しむピンクに顔を近づける。その可愛らしい唇は、どれだけ紅と触れ合ったのだろう。
 我ながら醜い嫉妬をしたものだと思う。勝ち目などあるはずもないのに。
「やめろ!」
「!」
 唇が触れようとしたそのとき、紅の剣が二人の間を引き裂く。
 油断した……。完全にそんな余力など残っていないものだと思っていたのに。
 鬼の形相で目の前に立ちはだかる紅にたじろぐ。少しでも反応が遅れていようものならば、確実に腕を切り落とされていた。
「そんなに怒るなよ、僕にも少しはいい思いさせろっての」
「させるかよ」
「だったら。力づくで取り戻してみなよ、愛しのお姫様をさあ!」
 剣を取り出し、紅に向かって振るう。同じ作りの剣だが、こちらの剣は黒く禍々しい霧に包まれ、その精度を増している。
「愛だのなんだのって浮かれて恥ずかしくないのか? お前たちみたいなのが幸せになれるわけがない!」
「それはお前の勘違いだ。俺は……」
 紅の瞳が揺れ、一瞬の隙ができる。――今だ!
「死ね!」
 地面に転がったままのピンクに斬りかかる。
「くっ!」
 ざしゅ。
 やっぱり庇うんだ。
 ピンクの身代わりになった紅を見つめる。その赤い色は、思っていたよりもずっとつまらない色だった。
「ほら、愛なんてくだらないだろ? 誰も守れやしない。倒せやしない」
 紅は死ぬんだ。くだらない愛を持ったせいで。僕は紅を殺すんだ。間違った愛を持ったせいで。
 トドメを刺すために紅に剣を振りかぶる。
 あれ。どうして紅は笑っているんだろう? あれ。どうして僕は紅を殺そうとしてるんだろう。
 指先が冷たくなり、汗が頬を伝う。
「紅……」
『馬鹿だな』

 かんっ。
『チッ』
「な……」
 一瞬、何が起こったのかわからなかった。
 背後から斬りつけてきたレインロア。その斬撃から庇うように、紅が僕を引き寄せて……。
「は、放せ!」
 すぐに紅を突き飛ばそうとするが、びくともせずにそのまま抱き上げられる。
「放さないよ。よっと」
 そのまま飛んでレインロアの追撃を避ける紅は、さっきまでのダメージがまるで嘘のように、僕を抱いたまま軽快なステップで全ての攻撃を避けてゆく。
『ふん、やはり赤いのは青いのが大事らしいな』
 違う。僕が特別大切なんじゃない。紅は皆にこうする。だから、勘違いをする前に……。
 くそ、心臓が、苦しい……。
「蒼汰?」
 心配そうに覗き込んでくる紅の手を弾く。
「っ、放せって、言ってるだろ!」
 そしてすかさず、追ってくる紅の手をナイフで切りつける。
「蒼汰……」
 対峙する紅の手からは、真っ赤な血が滴り落ちる。
『さあ、今度こそ殺せ!』
「言われなくとも。僕は、紅を殺す……」
「それは、蒼汰の本心なの?」
「そうだよ。いつもお前が憎かったよ、紅」
 憎かった。離れていた時も。ずっと。僕は紅のことを想っていたのに。紅にとっての僕は、そんな価値なんてなくて……。
「蒼汰にできる?」
「っ、馬鹿にしやがって。お前なんか、僕より弱いくせに、へらへらして、善人ぶって、皆に愛嬌振り撒いて……! そんなんで、そんなんで僕に勝てると思うなよっ!」
 がっ。
 紅のすぐ後ろの壁に剣が突き刺さる。
「やっぱり。蒼汰に俺は殺せないよ」
「っ、くそ、なんでだよ、ムカつく、お前、なんか……」
 剣を持つ手を離し、膝から崩れ落ちる。
 殺せなかった……。どうしても、紅のことを刺せなかった……。
「蒼汰は優しいからね。人殺しなんかできないよ」
 抱き締められた瞬間、大粒の涙が零れ落ちる。
 僕は優しくなんかない。僕はただ、我儘なだけなのに……。
『やはり人間は甘い。愚かで下等。利用する価値もない。纏めて殺してやるのをありがたく思え!』
 どっ、とどす黒い闇がレインロアの持つ杖から放たれる。
「っ、紅!」
 その闇から紅を庇おうと前に出る。しかし……。
「ほら、やっぱり優しい」
 カッ。
 紅が、迫る闇に手を翳した瞬間、その闇は方向を変えて弾き飛んでゆく。
『な、何故貴様ごときがこの魔法を跳ね返せる?!』
「うるっさいなぁ。あんたさぁ、蒼汰を苦しませといて、タダで済むと思うなよ」
「な……」
 紅が不敵な笑みを浮かべた後、目にも止まらぬ速さでレインロアを攻撃する。
『ぐっ!』
「蒼汰を狙わなければ、こんな馬鹿げた戦隊ごっこも今まで通りに続けてあげたのに」
『ま、待て。貴様、本当にレッドなのか……?』
「もちろん。これが本当の俺だよ」
 にっこりと微笑んだ紅が、レインロアに向かってトドメを刺す。その笑顔に、いつものように明るく、人々を導いてくれる炎のような温かさはない。
「お前、なんでこんな強くなってんだよ……」
「蒼汰、大丈夫だった?」
 ようやくこちらに目を向けた紅が、僕に手を差し伸べる。
 その手を取った瞬間に、僕の心を乱していたレインロアの闇の力が払われる。
「僕は……」
「蒼汰。助けに来るの、遅くなってごめんね。すぐに後を追ったんだけど、敵に邪魔されてさ」
 なんだ。あのとき、追っかけてきてくれてたのか。紅は本当に昔っから僕のことを気に掛けてくれて……。じゃなくて。
「わ、悪かった。君は僕じゃなくて、ピンクを守るべきなのに……」
 気を失って地面に倒れているピンクに目を向ける。僕が彼女を傷つけた。レインロアの力に染まっていたからといって、許されることではない。
 結局、僕は弱いままだ。弱いくせに、嫉妬深くて。昔よりも質が悪い。
「本当に……悪かったよ。僕は、羨ましかったんだ……。君の愛を受けるピンクが、妬ましくて。はは……。馬鹿だよな。気持ち悪いよな。僕は、何でこんなに汚く育ってしまったんだろう……」
 繋がれたままの手に、大粒の涙が零れ落ちる。
 ああ。なんて惨めなんだろう。こんなこと、一生言うつもりじゃなかったのに。
「蒼汰……」
 紅の腕が僕を抱きしめる。その温かさは、幼い頃から変わらない。でも。今の僕にはそんな風に慰めてもらう資格なんてない。
「紅、僕はもういいんだよ……。君が優しいのは知ってる。でも、君の一番が僕じゃないことぐらい知ってる。僕のことを恨んでもいいんだよ、紅。僕は全部受け止めるからさ……」
「蒼汰を恨むことなんてできないよ」
 静かに呟いた紅が、僕の目元をそっと拭う。
「ふっ。君は本当に、正義のヒーローだな」
 僕の憧れたヒーロー。僕と同じだけ生きているはずなのに。僕なんかとは比べ物にならないぐらい、昔っから正しくて。
「僕はじきに回収される。そんな男といつまでも仲良くしていたら、君の評判も悪くなる。だから、ピンクを連れて早く本部に……」
「それはできない」
 紅の腕から抜け出そうと彼の胸板を押すが、びくともしない。それどころか、逆に抱きしめられて……。
「ごめん、今は蒼汰を触ってたい」
「っわ」
 耳元で囁かれた後、肩口に顔を埋められる。
「僕に同情することはない。君だって、僕を恨んでるはずだ。君はあの時、確かに僕の腕を切り落とすつもりだったんだろう?」
 思い返しただけでも気が狂いそうになる。優先すべきは彼女なんだと、嫌でもわかってしまったから。
「たかがキスぐらいでさ。そんなに君がムキになるなんて。君が彼女に狂っている証拠じゃないか。君が僕を恨んでいる証拠じゃないか」
「蒼汰ってほんと馬鹿だよな」
「は?」
 紅が顔を上げた瞬間、唇が重なり合う。
「んっ、は……? な、なに、して……。嫌がらせ、か……?」
 その柔らかい感触にパニックを起こしていると、ぺろりと舌を出した紅が再び顔を近づけて……。
「口開けて?」
「な、なんで、そんなこと……んっ、は、んんぅ……!」
 あれ。僕は今、何をされているんだ……? 全身が羞恥で火照る。
 わからない。わからない……! 紅の考えていることがわからない!
 紅の体を引き剥がそうとするが、びくともしない。それもそのはず。元々、力で叶わないのに、こんな……、こんなことをされたら……。
「っは……、んっ……あ!」
 腰に手を回されて、引き寄せられた途端、体の力が抜けてゆく。
 駄目だ……。頭がぐちゃぐちゃで、体、熱い……。
「たかがキスでこんなになってるくせに」
「ん……」
 目尻に触れる唇が、滲んだ涙を掬ってゆく。
「やっぱり蒼汰は変わってないかも。相変わらず泣き虫で。相変わらず可愛い」
「う……。そうだよ、僕は変わらないんだ……。たとえ、君と同じヒーローになれたって、君とは本質的に違うんだ……。僕は、君にずっと憧れていたのに……」
「蒼汰。俺は知ってたよ。お前が俺を好きだってこと」
「違う……。僕は、そんなつもりじゃ……。今は、そう、だけど……。昔はもっと、純粋な気持ちで……」
「嘘だ。お前は最初っから、俺のことをそういう目で見てたくせに」
「っ。もう、僕にもわからないんだ……。ごめん。悪かった。何回も否定したんだ。僕は気づかないふりをしたんだ。それなのに、どうしても君のことを追ってしまって……。君は、僕に興味がないと思うけど……僕は、ずっと、ずっと……」
 涙が止まらなかった。ずっとずっと押し込めてきた気持ち。それが堰を切ったように溢れ出して。
「どうして俺が蒼汰に興味がないと言えるんだ?」
「だって。君は僕の能力が開花して、メディアに取り上げられても、全く連絡を寄越さなかったじゃないか」
「それはお前も一緒じゃないか」
「僕は違う! 紅の力を前にして、僕が名乗れるわけないじゃないか。どうせ紅だって、僕みたいな弱虫、誘ってくれるまで忘れていたんだろう? だから、僕から名乗れるわけがない……」
「俺は……。その頃の俺は、自分が許せなかったんだ。蒼汰に先を越されたって知った時、ただただ自分が情けなかった。だから、俺は努力した。強い力を得るために、自分の体を苛め抜いた。そして、後は知っての通り。皆から天才だと呼ばれる力を得るに至った。それなのに」
「え……?」
「蒼汰、お前は俺に連絡をくれなかった。今聞けば何でもないすれ違いだった。でも蒼汰。俺はお前を忘れたことなど一度もない。ずっとお前だけを見てきた。お前との約束を果たすためだけに。お前を手に入れるためだけに。俺はヒーローとして振る舞った」
「嘘だ……」
「嘘じゃない。俺さ、皆が思ってるほど正義の味方じゃないよ? 蒼汰が他の女とキスするぐらいなら、俺は蒼汰の腕を切り落として二度と女に触れないようにしてやるよ。世間がお前のことを叩くのならば、世間を黙らせる。法がお前を縛るというのなら、法ごと国を燃やしてやる」
 真っすぐに見つめる紅の瞳が、まるで地獄を映したかのように薄暗く燃え上がる。
「俺がやろうと思えば何でもできる。本当は、レインロアだっていつでも殺せた。でも、それをしなかったのは、お前を約束で繋ぎ止めるためだ」
「待ってくれ。君は、ピンクが好きなんじゃ……」
「俺は蒼汰を愛している。本当はそれ以外どうでもいいんだ。正義の味方やってたのも、お前がそれを望んだから。あの約束をしたのも、お前がそれを望んでいたからだ。でも、もういいだろう?」
 愛している。その言葉は、どんなものより価値のある一番欲しかった言葉。
「この世界はお前を否定するだろう。だったら、こんな世界を守る意味もない。蒼汰との約束を破るのは心苦しいけれど。でも、これからは大丈夫。俺と蒼汰だけの世界は、何があっても守ってみせる。だから、蒼汰も誓ってくれ。俺と共に来ることを」
 いつの間にか赤く染まった空。不気味な声を上げて飛んでゆく黒い鳥。地面は揺れて、ひび割れる。ぐらぐらと燃え滾る空は、次第に色を強めてゆく。
 赤く染まった仲間たちは、地面に投げ出されたまま動かない。
 僕は何のために大人になったんだろうか。何のためにヒーローを目指したんだろうか。
 でも。今の僕にはもうこの誘惑を押しのける程の強さは残っていなくて。
 遠くから聞こえる人々の悲鳴。助けを呼ぶ声。それすらも僕は聞こえないふりをして、蒼汰に微笑みを返す。
 だって、これからは僕たちの幸せが待ってるんだ。
 二人の影が重なって、真っ赤な世界に雨が降る。
 それは、今まで見たどんな景色より美しく、完璧な世界だった。
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