ヒキアズ創作BL短編集

ヒキアズ

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(31)いじめっことアイドル

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いじめていた奴が推しアイドルだった話。いじめた帰りにカラオケに誘ったらいきなり……。

佐倉 葵(さくら あおい) いじめっこ。歌手「KEN」が好き。

双葉 賢吾(ふたば けんご) 地味なクラスメイト。前髪とマスクで顔が見えない。その実、売れっ子歌手。

いじめっこ×アイドル。途中まで受けが攻めっぽい感じになっております。あと、今回はいつもよりワンランクエロめ。
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「はは。ざまぁないな。双葉クン」
 廊下に座り込むクラスメイトを見下す。
「……君がけしかけたんだろ」
 髪はボサボサ、前髪伸び放題の猫背、眼鏡とマスク装着という何とも冴えない青年がぼそりと呟く。
「え~? 双葉クン、声が小さくて聞こえないよ?」
「……」
 口数も少なく、喋ったとしても小さな声しか出せないという典型的ないじめられっ子。端的に言うと、俺は双葉を間接的にいじめて楽しんでいた。今も、友人たちが散々彼を殴って去って行ったばかり。それをわざわざ笑いに来たというわけだ。
「どうして、こんなことを……」
 殴られたばかりの体を震わせて、彼が呟く。
 理由か。そんなもの、なんてことはない。俺にとって暇潰しといえば、音楽を聴くか、こいつをいじめるかしかなかったからだ。
「あ~あ。血が出てるよ、双葉クン」
 血が滲む双葉の唇をわざとらしく指で押してやる。
「……!」
「ああ。ごめん。痛かったよね。じゃあ、これはもっと……」
『おい、そこで何をしている?』
 さらに甚振ろうとしていたところに教師が来る。チッ。せっかく気分が乗ってきたってのに。
「やだなー。ただ話をしてるだけですよ、先生」
「う~ん。そうか……?」
 取り繕って教師に笑いかけるが、教師の歯切れは悪い。
「ね、双葉?」
 双葉に促すと、黙ってこくりと頷く。コイツのこういうところ、いじめやすくて助かるんだよな。
「ん~。いじめだけはするなよ?」
「大丈夫ですよ。ボクたち、友達ですから」
 渋々納得した教師が去るのを見てから、隣にいる双葉に囁く。
「見捨てられちゃったね」
「……」
 前髪とマスクで顔が隠れているせいでその表情は全く見えない。ろくに喋りもしないせいで何を思っているのか全くわからない。まあ、知る必要もないか。
「双葉クン。今日あいつら補習で遊べないんだよ。だからさー。一緒に遊んでよ? 友達でしょ?」


「どう? 上手かった?」
 歌が終わり、マイクを置く。
「まぁ」
 何をするでもなく、ただぼうっとそこに座っていた双葉に問いかけても、曖昧で短い返事しか返ってこない。
「なにその微妙な反応~。ちょっとは自信あったんだけどな~」
「……」
「これ、俺の好きな歌手の新曲なんだよ。いいだろ?」
「……まぁ」
 駄目だ。こいつに反応を求めた俺が馬鹿だった。俺の好きな歌手、KENの新曲をいち早く歌いたいがために双葉を連れてカラオケに来たんだけども、ここまで反応がないと少し寂しい。……まぁ、こいつは財布の役割さえ果たしてくれればいいか。
 ため息をつきながら、双葉を見る。双葉は、微動だにせずに目の前のジュースを見つめている。いや、怖いな……。
「てかさ、そのマスク、いっつもつけてるけど。ジュース飲めないだろ」
「……」
 曲を選びがてら雑談に興じてみるが、やはり反応はない。まあ、いいか。それよりも次はメドレーを歌って……。
「気になる?」
「え?」
 双葉が発した声に一瞬戸惑う。いつものボソボソとした喋り方と違い、耳に直接触れるような声。
「えっと……」
 何だ今の……。どこかで聞いた、空気を震わせる……。芯のある……。あれは、まるで、ええと……。
 記憶を手繰り寄せようとする間もなく、双葉がそっと自分のマスクに手を掛ける。
「いいよ」
「え……?」
 簡単にマスクを取ろうとする双葉に、またもや戸惑う羽目になる。
「え、だってお前、あいつらが取ろうとしても必死で抵抗するじゃん」
 全く顔が見えない双葉を面白がって、クラスメイトが何度かマスクを取り上げようとしたことがあった。しかし、双葉はそれを毎度拒否した。その抵抗が余りにも激しく、次第に誰も取ろうとしなくなったのだが……。
「佐倉くんならいいよ」
「は?」
 言葉の意味を考えている間に、双葉がゆっくりとマスクを外す。
「どう?」
「どうって……」
「そんじゃあこれは?」
 返答に困っていると、双葉がさっと自分の髪を掻き上げる。
「あ、あれ……?」
 いや、そんなはずは……。
 目を擦っている間に、双葉が眼鏡を外す。
「は? え?」
 再び目を開けてみても、そこにいるのは……。
「なんで……。なんでお前が、KENに似てんの……?」
「本人だよ」
「ほん、にん……??」
「いつも佐倉くんが聞いてる歌手本人」
「は? って、なに……」
 戸惑っている隙に距離を詰められ、唇が重なる。
「え? な……!」
 慌てて突き放そうとするが、果たして傷つけていいものかと思いとどまる。
「佐倉くん、僕のこと好きでしょ? だっていつも僕の曲聞いてるし」
「は? はぁ?! 好きって、そういう意味じゃないし!!」
「僕はね、そういう意味で佐倉くんのことが好きになっちゃったから。責任取ってよね」
 耳元で囁かれた低音に、体がぞくりと震える。ああ、駄目だ。この声は反則だ。
「その顔、好きだなぁ。僕以外には見せちゃ駄目だよ?」
「う……」
 雑誌を切り取ったような顔で微笑まれ、言葉に詰まる。
 かっこいい。憧れのアーティスト。それが目の前にいる……? いや、でも、ただ単にそっくりなだけ??
「ほ、ほんとに、KEN、なのか?」
 混乱する頭で、何とか言葉を口にする。
「僕、賢吾って名前でしょ?」
 双葉 賢吾……。そういえばコイツそんな名前だったな。
「で、でも、そんなありふれた名前……」
「ふふ、じゃあ特別に一曲歌ってあげるよ」
 双葉はゆったりと微笑むとマイクを取り、履歴からさっきの新曲を選ぶ。
 ラブソング。片想いの切なさが歌詞によく表れていて、今回の曲は女子高生たちにも評判が良く……。

「す、すげー」
 心地よい低音。少し掠れる声。切なげな瞳。そのどれもが、心を掴んで離さない。
「本当に……、双葉がKENなのかよ……」
 曲が終わり、隣に腰かける双葉から目が離せないまま、ほうと息をつく。
「これね、実は君のことを思いながら書いたんだよ」
「は? え? お、俺?」
「そ、君。君がいつも僕のこと褒めてくれるからさ。次第に僕も佐倉くんのこと目で追うようになっちゃってさ」
「褒めた……?」
 俺が双葉を褒めたことあったっけ……?
「ほら、君ってばいっつも僕の曲、みんなに布教してくれたでしょ」
「あ……」
 KENとして、か……! いや、確かにウザがられるほどクラスメイトに布教しまくったけど!!
「ふふ、いつ君に正体を明かしてやろうかと、楽しみにしてたんだよ? そしたら君、なに見てんだよって僕のこといじめだしてさ」
「あ……。いや、俺は、まさかそんな……」
 まさか、双葉がKENだなんて。思いもしなかったから……。散々いじめて……。
「佐倉くん」
「っ!」
 伸ばされた手に、思わず目を瞑る。
「な、待て、暴力は……え?」
「暴力じゃないでしょ?」
 双葉が言う通り、確かに暴力ではなかった。けど。
「なに、キスして……!」
「駄目だった?」
「いやいや、駄目に決まって……」
 抗議しようとした瞬間、再び唇が重なる。
「言っただろ、僕はね君に惚れたの。だって、あまりにも君が可愛いからさ。だから乱暴なんてしないよ」
 ね? とテレビで見たことのある優しい表情と声音が間近に迫る。その最高級の微笑みに、すっかり見惚れて言葉を失くす。
「ふふ。いい子だね」
「え、いや。えっと。これ、どういう状況?」
 動けないでいる俺の頭をKENが撫でている……。何て恐れ多い。いや、じゃなくて。
「そうだ。ウチにおいでよ。佐倉くん。新曲聞かせてあげるよ」
「いやいや。今の流れでそんなん行くわけ……」
「まだ発表してない曲があるんだよね~」
「え、新曲?!」
「そう。良かったら佐倉くんに聞いてもらいたいんだけど」
「え、でも……」
 新曲と聞いて飛びついてしまったが、今の状況を思い出す。双葉がKENだということ、いきなりキスされて惚れただの言われたこと。もうどれが本当なのかすらもわからない。あれか? 俺は夢でも見ているんだろうか。
「そんなに考え込まなくっても。色々と黙ってたお詫びってことでさ」
「うううん」
 頬を抓ってみたものの、やっぱり夢ではないらしい。となれば簡単に信用できるわけもなく……。
「これを逃したら、次はないよ?」
「行きます! 行かせてください!」
 いや。簡単に返事をしてしまった。ついうっかり。だって、ファンとしてはこんなチャンス、逃せるわけがない。


「うわ、広……」
「これなんだけど聞いてくれるかな」
 だだっ広い部屋に通され、さっそくヘッドホンを渡される。
「聞きますとも。ええ……!」
 心を落ち着かせてから、聞こえてくる音に集中する。
 あ、これ。またラブソングなんだ。
 歌詞から鑑みるに恐らく、先日発売された曲から続く物語。アンサーソングってやつだ。想いを伝えたところから始まり、それが両想いだったことを知った主人公の喜び。そして……。
「あれ?」
 サビに入ろうというところで、曲が途切れる。
「それの続きがさ、どうしても浮かばないんだよね。どうも幸せな恋ってのがピンと来なくて……」
 彼の整った顔が一瞬歪む。どうやら本当に苦戦しているらしい。
「でも、KENならきっと良いものが作れるって!」
「ぷ……。本当に君は僕が好きだよね」
 勢いだけで発した言葉に彼が吹き出し、少しだけ緩い顔になる。
「そりゃ、憧れのアーティストだし……」
「じゃあさ、協力してくれる?」
「え?」
 双葉の手が伸びてきたかと思うと、あっという間に押し倒される。
「あんな告白されて、ノコノコ部屋に来たんだから。わかるよね?」
「な、そ、そんなつもりじゃ!」
「ね、駄目かな?」
「う、そんなの……」
 真っすぐに見つめてくる瞳が、熱を湛えて揺れる。コイツ、本気で……。
「僕は本気だよ。どうしても、必要なことなんだ」
「俺じゃなくても」
「駄目。君がいいの。君じゃないと意味がない」
 ストレートな告白に胸が高鳴る。当たり前だ。俺はコイツの声が好きなんだ。ただでさえ聞き惚れるというのに、こんな至近距離で呟かれては身が持たない。でも。
「でも、俺はお前に散々酷いことしたし……。人間として、最低だぞ?」
「自覚あったんだ?」
 やっとの思いで懺悔した俺に、双葉があっさりと切り返す。うう。胸が痛い……。
「本当はもう辞めたいと思ってたんだ! けど今さらあいつらに言うのもなって、ぐるぐるしてて、結局俺もストレス発散になるからずるずると……」
 言葉にしてみると、改めて酷い。暇潰しだのストレス発散だので、いじめるとか……。
「僕は別に嫌じゃなかったから大丈夫だよ。むしろ、君を独占できてラッキーとすら思ってた」
 落ち込んだ俺に、双葉が手を絡ませて笑いかける。やっぱりカッコいい。こんな有名人が俺を好きだって? そんなことがあり得るか?
「お前の趣向よくわかんないんだけど。ていうか俺、男なんだが」
「そんなの些細なことだよ。芸能界じゃ珍しいことじゃないし」
「俺にとっては変なんだよ! 確かにお前のファンだけど、尊敬してるけど、そういうんじゃなくて……」
「それじゃあさ。これからそういう気持ちになってくれればいいんでしょ?」
「え?」
「どう? 憧れの僕に、いじめてた僕に触られる気持ちは」
「は……? ま、待ってくれ」
 シャツの下に双葉の手が滑り込み、肌を撫でる。
「早く新曲、書かないといけないんだ……。やっぱり君に僕のこと、少しでも意識してもらわないと……」
 新曲、は……聞きたいけどっ!
「俺には無理だ……。お前のこと、そんな風に、思えない……!」
 双葉の手を掴み、引き剥がす。すると、双葉は悲しそうに瞳を揺らして――。
「そうだよね。でも、ごめん。お願い、一回だけでいいから、僕に付き合ってほしいんだ」
「そんなこと……。あっ、おいっ!」
 油断した隙に、手を振りほどいた双葉が俺のズボンに手を掛ける。
「触らせてくれるだけでいいから、目を瞑っててくれても構わないから……」
「っ……」
 双葉の手が触れる。その白い指でゆっくりと撫でられた瞬間、何とも言えない快感が沸き起こる。やがてその動きは大胆になり、抗う気力が失せる。それを悟った双葉は、自らの物を重ねて扱く。気持ち悪いはずなのに。憧れの人に裏切られたようなものなのに。
 薄目で双葉を見る。泣きそうな表情。それなのに熱っぽく息は上がり、快楽に頬を赤く染め上げている。
 俺なんかでそんな顔ができるのか。そう思うと、急に体が熱くなる。
「双葉……!」
「え、あ。ごめん、痛かった……?」
 突然声を荒げる俺に、双葉が我に返って動きを止める。
「いや。そうじゃなくて」
 申し訳なさそうに肩をすくめる双葉の腕を静かに取る。そして。
「え、ちょ、あっ……! や、め」
 さっき双葉がしていたように、二人のそれを手の平で包み込んでゆっくりと擦り合わせる。それに驚いた双葉が、すぐにやめさせようと手を伸ばす。
「なんか、双葉とならできるかも……」
 双葉が俺の手を取る前に、指を動かし先端に刺激を与えてやる。
「や、やめ……、あ、あっ!」
 快感に体を震わせた双葉は涙目になりながらそれに耐える。
「は……。それ、その顔、ぞくぞくする」
「な、に……。んんっ?!」
 気づいたら、双葉の頬に手を当て、食らいつくように口づけていた。そして、欲の赴くままに舌と指を動かしてゆく。
「んあ、あああっ、さ、くら、く……んんっ!」
 どこもかしこもぐちゃぐちゃに濡れる双葉が震える手で肩に掴まる。
「ま、待って、あ、ああっ、で、出るっ……そんな、に、したら!」
「ん、いいよ……。イって?」
 荒い息遣いと厭らしい水音が更に熱を掻き立てる。熱に浮かされた瞳同士がかち合って、どちらからともなく唇をくっつけ、舌を差し出す。
 必死にしがみついてくる双葉は、憧れていた歌手でも、いじめていたクラスメイトでもない。まったく知らない顔をしていた。欲に溺れ、喘ぐ姿なんて。知らなかった。
「っ……、あ、う……あ、ああっ!」
「っは……」
 二人で達した後の静寂。高揚した熱の余韻に浸りながら息を整える。
「ご、ごめん……。佐倉くんに、こんなことさせて……」
 俯きながら身を正して呟く双葉をじっと見つめる。
「えっと……。佐倉くん?」
 その頬はまだ赤い。瞳はまだ濡れているだろうか。一体どんな表情をしているだろうか。
「双葉……」
「待って、もう、大丈夫だから、ん、んんっ」
 気づいたときには双葉の頬に触れ、唇を重ねていた。
「っは……、佐倉くんっ、もう十分だから……」
「俺が十分じゃないよ」
「あ、ええと。ごめん、すぐやるから……」
 体を離そうとする双葉に囁いて押し付けてやると、双葉が戸惑いながらもそれに手を伸ばす。しかし、それを遮るように手を取って、双葉の唇をゆっくりとなぞる。
「ね、せっかくだし、ココでやってよ」
「え……?」
「双葉は俺が好きなんだろう?」
「……佐倉くんがそれでいいなら」
 とんでもない要求に戸惑う様子を少し見せながらも、結局双葉は受け入れる。もちろん自分でも戸惑った。男相手にそんな要求を口にしようとは。だけど、どうしても沸き起こる感情を抑えられなかった。ああ。双葉は一体どんな表情をして俺を受け止めるのだろうかと。

「は、ホントにするなんて。よくできるな……。あ~、今、KENが俺の咥えてる……」
 せり上がってくる欲を抑えながら、跪く双葉の髪を撫でる。
「ん……、ひゃ、くらくん、ひゃっぱ、ドSらよね……」
「そうかもっ……!」
「んぐっ!」
 溜め込んだ欲を断りもなく一気に吐き出す。怯んだ双葉が口を離すが……。
「は~。KENの顔が俺ので汚れてる……」
「わざわざ顔にかけるとか……ほんと」
 苦々しく吐き捨てる双葉の頬を撫で、掬い取った液を親指の腹で唇に押し付けて微笑んでやる。
「口が良かった?」
「……とにかく、今日はありがとう。おかげで何とか書けそうかも」
「待てよ。これで終われるわけないだろ?」
「は?」
「双葉だって」
 切り上げる気だった双葉の体に触れる。
「や、やめ……!」
「またやる気になってんじゃん」
 触れたそこは、さっきので欲情したらしく固く変化している。
「それは……」
「な。もうここまで来たんならちょっとくらい、いいだろ?」
「で、でも、これ以上は、佐倉くんが嫌だろうし……。準備だって」
「今なら双葉とできそうなんだよ」
「っ、でも、僕はまだ、心の準備とかも……。男の抱き方とかよくわかってないし……」
「俺に任せてくれればいいから」
 耳元で呟くと、双葉の体がわかりやすく震える。ああ。やっぱり、今なら何でもできそうだ。

「い、嫌だって……!」
「双葉、暴れないで」
「な、何で僕がこんなことっ!」
「抱き方わかんないって言ったじゃん」
「だからって、何で僕が抱かれなきゃいけないんだ!」
 抵抗する双葉を組み敷きながら、着々と準備を進めて数十分。
「でも、素質あると思うけどな」
「っや、うう……」
 双葉の穴に挿し入れたままの指をぐちゃぐちゃに動かしてやると、双葉が引きずった声をあげて腰を動かす。最初から比べると、その声は明らかに欲に傾いて甘い響きを含みつつある。
「嫌ならやめるけど。どうする?」
「う……」
 ぴたりと動きを止めて問うが、明確な返事はない。それならばと指を引き抜き、真っすぐに双葉を見つめる。
「賢吾」
「ううう……。僕のこと好きでもないくせに……」
「好きだよ」
「そんな嘘……」
 涙目のまま、双葉が顔を背ける。その仕草が可愛くて、ぐちゃぐちゃにしてしまいたくなる欲求と戦いながら、双葉の頬に手を当てて正面を向かせる。
「嘘、か。んじゃ、おあいこだな」
「う、別に僕は騙してたわけじゃ……」
「俺だって、嘘ついたつもりはないよ」
「君が好きなのはKENだろ」
「そうだね。でも」
「……あ」
 触れるだけのキスを落とした後に、そっと微笑む。それを見た双葉が生娘のように頬を染める。
「今のお前が一番好きになったって言ったら?」
「そ、それこそ嘘だ!」
「嘘じゃないよ」
「んむっ」
 大声を上げて反論する双葉の口に再び口づける。
「可愛い。KENにこんな気持ち抱いたことなんてなかったのにさ。KENは自分の意志を貫いてて、俺の憧れで……」
「わかっただろ、僕はそんな完璧な人間じゃない」
 双葉がやりきれないような表情で悔しげに呟く。その手を取り、甲に口づけて双葉を見やると案の定、顔を赤くして恥じらう。
「でも、こんなにも可愛い」
「っ……。変なこと言うな」
「賢吾は俺のことが好きなんだろ?」
「うう。そう、だけど」
「俺も好き」
 もごもごと煮え切らない様子の双葉の手と口にそれぞれキスをする。そして、最大の愛情を込めた瞳で双葉を見つめる。
「うう。そんな、そんなこと、起こりうるはずが……」
「俺だって、信じられないよ。でも、今は賢吾が愛おしくて仕方がない」
「そんなことが……」
「あるよ。いじめてたやつが憧れの歌手だったってこともあるくらいなんだからさ」
「確かに、それは馬鹿みたいにあり得ない話だけど……」
「必然でも偶然でもいい。とにかく俺は素のアンタに惚れたんだ。難しいことなんて考えたくもない。俺はただお前が欲しい」
 双葉に手を伸ばし、抱きしめる。数時間前までは抱くことのなかったこの感情は、確かに都合のいいものなのかもしれない。だけど、愛してしまったものはどうしようもない。それこそ、運命なんて陳腐な言葉を信仰してしまいたくなるくらいに。
「そんな台詞を吐かれて、僕はどうすればいいっていうんだよ」
 抱きしめられたままの双葉が静かに、吐き捨てるように問う。
「返事をして。んで俺を受け入れるか殴るかしてくれないと、そろそろ理性が持たない」
 双葉の顔が見えないように、顔を双葉の肩に埋めたまま耐える。その間にも双葉から匂う甘い香り。香水? 石鹸? よくわからない。ああ。食べてしまいたい。その柔い肌に齧りついてしまいたい。
「君が僕を受け入れるってのは?」
「この状況でか?」
 反則だとはわかっているが、双葉の尻を撫で、やわやわと穴に触れてやる。
「うわ……、や、め……」
「ね、こんなにぐちゃぐちゃにされてて、まだ駄目なの?」
「あ……、だ、めって、指、い、れる……な、っ!」
「お願い。今までのことは全部謝るから。ファンだって続けるから。だから、頼むから……」
「なんて顔して……。はぁ。わかったよ。僕の負けだよ」
 嘆息した双葉がそっと寄りかかる。その吐息は、自分と同じく熱を持て余したように響いて――。


「新曲、すごい勢いで売れてるじゃん」
 学校の帰り道、隣を歩く冴えないクラスメイトの肩を抱き、耳元で囁く。
「う……。もしかして、聞いた?」
 相変わらず表情の見えない双葉。学校でいじめられることはなくなったが、未だにそのキャラを変えることなく人と距離を取っているので、その素顔と美声を知る者は俺以外いない。
「CMとかでよくかかってるし。ファンとしてもちろん初回盤買ったし」
「そ、そりゃどうも……」
 結局、あれから色々あって、こっそり付き合うことになって。二人の仲は以前より増して親密なものになっていた。学校でもあからさまに絡むことはないが、こうして二人で下校するのが日課となった。もちろん、KENのファンだって辞めてない。こっちは変わらずに日々、曲やらグッズやらを買い漁っている。
「で。あれってさ、俺への気持ちだって自惚れていいわけ?」
「う、うぐぐ……」
 悪戯に笑ってみせると、双葉が唸りながら口をぱくぱくとさせる。
「結果オーライ良かったじゃん」
 そんな仕草も可愛くて、ぽんと双葉の頭を撫でる。
「はっ。もしかして、僕の曲作りのためにわざと……?」
 あらぬ動機に双葉が青ざめ、顔を上げる。ああ。やっぱり学校では顔を隠してた方がいいな。うん。あらぬ恋心がわんさか生まれると面倒だ。じゃなくて!
「馬鹿言うな! こちとら本気でお前に惚れてんだっての」
「よ、よかった……」
 力いっぱい告白してやると、双葉の表情がすっかり緩む。
「ったく。可愛いやつ」
 それを見た俺は、もちろん力いっぱい双葉の髪を撫でまわす。
「でも、俺へのラブレターが世界に配信されてんのってさ、なんかこそばゆいな」
「僕が一番恥ずかしいんだっての!」
 散々恋人いるんですかってインタビューされるし! と憤る双葉に頬が緩む。
「ありがとな」
「君のために作ったんじゃないし!」
「そうなの?」
「……そうじゃなくないけど!」
「ね、今日は暇なんだろ? じゃあさ、これから生で歌ってくれよ」
「……ばか」
「あ、ほら。あれ」
 街にそびえ立つデパート。その高い所に取り付けられた大型ディスプレイに指をさす。そこにはKENの曲を使ったCMが丁度のタイミングで流れていた。
――君と出会ったのは運命だなんて。そんな言葉が頭に浮かんだ。それを告げたら君は笑って「俺も同じ」って言ったんだ。安っぽい言葉だけど、しっくりくるようなそれは愛。ねえ今日も歌ってよ。私へのラブソング――
「あれで満足だろ?」
「え~」
「不貞腐れるな。ったく、わかったよ。カラオケ行けばいいんだろ。贅沢者め」
「やった!」
「でも、だったら葵も歌えよな。僕へのラブソング」
「うんうん。ちょっとおこがましいけど、愛のデュエットもまた一興だよね!」
 はしゃぎながらカラオケ店に向かう二人はきっと傍から見れば、友達同士の平凡な男子高校生だろう。でも。
「これは運命であり奇跡でもあるんだって~」
「君はやっぱり笑うんだもん……って、僕に振るなよ。つい歌っちゃったけど! バレたらどうすんだ」
「はは。ごめん。急に二番歌いたくなっちゃってさ」
 ばしばしと背中を叩いてくる双葉は、やっぱり男子高校生のじゃれ合いにしか見えないだろう。でも、彼は有名な歌手で。俺はそれを知らずにいじめていて。まさかまさかで付き合うことになったりして。そんなの、やっぱり運命で奇跡だ。
「きっと俺はこの歌を一生大事に聞き続けるよ。本当に。良い歌をありがとう」
「僕だって。飽きたと言われたって、君の前では嫌と言うほどに歌ってやるさ」
 目が合って、笑い合う。どうやら思った以上にこのラブソングは二人の中でヒットしそうだ。
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