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(13)セーラー服と妹の彼氏
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ある日ふと着た妹のセーラー服。その姿を妹の彼氏に見られてしまう。言いふらさない代わりに、彼の願い事を叶えることになった兄は……。
妹の彼氏×兄
兄リク 妹セイラ 妹の彼氏ユウ
ーーーーーーーーーーーーーーー
「えっと。もしかしなくても、セイラちゃんのお兄さん、ですよね?」
ドアを開けたまま妹の彼氏がこちらを見つめ、確認する。
「いや、えっと、その……」
突然の訪問者に俺は、だらだら汗を流しながら視線を逸らす。
ああ~。汗かいたら制服が……汚れる……。
そう思うのだが、自分の意志で止められるはずもなく。
視線を逸らした先、鏡に映る自分と目が合う。
制服に身を包んだ青年。それが情けない表情で見つめ返してくる。
しかも、その制服は……。
「お兄さん……。一応聞きますけど、それ趣味ですか?」
「ち、違う! 違うから! 誤解しないでくれっ!!!」
胸元のリボンを抑えつつ、必死に弁解を試みる。
「でも。それってセイラちゃんの制服ですよね……?」
「うっ……」
困惑気味にこちらを伺う彼に心が抉られる。
そう、俺が着ているのは妹のセーラー服。兄が妹のセーラー服を着ているのだ。そりゃあ引くわ。妹の彼氏くんなら尚のことドン引きするわ。
ああ、殺してくれ……。こんなイケメンに、こんな醜態見られるなんて……。
「あの、ほんとに違くて……。これはなんていうか。……お願いだから、セイラには内緒にしてくれ!」
「黙っててもいーですけど」
誤魔化すことを放棄して口留めにかかる俺に、彼氏くんがあっさり許しを告げる。
「ほんとか?!」
良かった。俺はてっきり、クソほどキモがられるんだと……。
「その代わり、願い事きいてほしーなって」
「願い事?」
にっこりと微笑む彼氏くんに、思わず身構える。
なんだ……。こんなイケメンに願い事なんてあるのか……? 金か? 今月ピンチなんだよな……。いやいや、彼女の兄に集るとか普通に考えて、ないから。大体彼氏くん、どう見ても金に困ってるようには見えないし……。
「えっと。俺に叶えられる範囲のやつならいいけどさ」
そもそもあれだ。俺なんかがこんなイケメンの願い事を叶えられえるわけがない。
「じゃあ。ちゅーしていいですか?」
「は?」
このイケメン、今何て言った?
「お兄さんセイラちゃんと似てるし」
「いやいやいや、そんなにそっくりってわけじゃないし!」
「僕、セーラー服って好きなんですよね。だけど、セイラちゃんってば僕と会うときは中々制服着てくれなくって」
「そりゃセイラのやつ、自分がまだ中学生だってことにコンプレックス抱えてるし」
「う~ん。僕だってまだ高校生なんですけどね」
「セイラにとっちゃ大人なんだろうよ」
ユウくんに見合うような大人の女性になるんだ、と健気に笑う妹の姿を思い出す。
「そうですね。僕にとってお兄さんは大人ですし」
「う……、俺はまだ大学生なんだけど」
「大学生にもなって、そんな服よく着れましたね」
遠慮のない言葉が、ぐさりと刺さる。
「まあ、お兄さん小柄だし。セイラちゃん身長高いですしね」
「ううう……」
コイツ、人が気にしてることをずけずけと……。
「ほら、やっぱりセイラちゃんとそう変わらない……」
「ちょっと待て!」
「いてて」
近づいてくる彼氏くんの顔を思いっきり押しのける。
「お前、本気かよ」
「ええ。割と」
「発情期か」
「そゆことです」
「ちょ、ま、」
手を剥がされ、そのまま近づいてきた彼氏くんに唇を奪われる。
「ん、んん~!」
容赦なく侵入してくる舌に、涙目になりながら耐える。
ていうか、ここまですんのかよ!
絡み合う舌の感触、脳まで響く厭らしい水音、そして彼氏くんの息遣い。そのどれもが吐き気から快感へと変化しそうになったとき、ふいに唇が離される。
「ぷは……。お前、慣れすぎ」
「気持ち良かったでしょう?」
「だー! 気が済んだらさっさと出て行け。約束通り、セイラには絶対喋るなよ?」
勝ち誇ったような瞳がまるで、童貞の俺を見下しているように思えてイラつく。……コイツ、もしかして、からかってんじゃないだろうな。
そそくさとセーラー服を脱ぎ捨て、私服に着替えながら彼氏くんの方を伺う。
「えぇ。願い事、あと2つ叶えてくれたら、ね?」
「は?」
俺の着替えをガン見しながら、目の前のクソ野郎が女子高生みたいにピースを頬に添える。
「願い事っていったら3つ叶えるのが筋ですよ~」
「お前、調子乗んなよ」
「おぉ恐い。それじゃあこれ、セイラちゃんに送るしかないですねぇ」
にやにやしながら目の前に翳されたのは。
「な……。いつの間に、写真撮って……!」
スマホに映る、セーラー服を着た自分の姿。
「消せ!」
「おっと。危ないなぁ」
本気でスマホを取りにいってるのに、ひょいひょいと躱される。
「くっそ!」
自棄になった俺は、彼氏くんに体当たり。そして、ベッドに倒れたところを、馬乗りになって……。
「え……。ちょっとお兄、何やってんの?」
「セイラ! ちょうどよかった! コイツのスマホ取り上げて……」
協力を要請しようとセイラの顔を見て、思わず押し黙る。
え、なんでそんなドン引きしてんの……?
反射的に自分の胸元を触って確かめるが、リボンはついていない。
セーラー服も見えない位置に置いてあるし。まさかバレてるってことはないよな……。
ただならぬ空気に、だらだらと汗を流しながら、混乱した頭の中を整理する。
ええと。セイラから見て、俺たちは今、俺の部屋のベッドで取っ組み合いのスマホ取り合いをしてて……。
「セイラちゃん。君が思っているようなことは何も起こってないから。安心して」
俺の下で彼氏くんがセイラに向かってマイナスイオンが出てそうな笑顔で微笑む。
「何もって……」
「何だ。私、びっくりしちゃったよ。ユウくんがお兄と浮気してんのかと思っちゃった」
「は、はあ?!」
いやいや。確かに着替えの途中だったから、俺の服は乱れてるけども! いくら童貞だからって、こんな男を押し倒すほど飢えてねえよ!!!
すっとこどっこいな推理を披露する妹に、心の中で盛大にツッコむ。
「僕がちょっとしたいたずらで、お兄さんの寝顔を撮っちゃって。それで喧嘩してたんだよ」
ね、お兄さん、と同意を求めてくる彼氏くんに、俺は激しく頷きまくる。
悪い奴だと思ってたが、今ばかりはグッジョブだ。
「すみません、お兄さん。僕、お兄さんと仲良くなりたくて、ついからかっちゃって……」
「いや、いいよ。俺も大人げなかったし」
しょんぼりと項垂れる彼氏くんに、慌てて俺も素直に謝る。
そうして、セイラの誤解も無事に解け、彼氏くんとも仲良くなって。連絡先も交換して。
俺は二人の交際を応援すると宣言した。
そして、事もなくセーラー服をセイラのタンスに戻して。
全てが平和に終わりを告げようとしていた。
が。
『二つ目のお願い。デートしてほしいです』
「なんでだよ!」
スマホに届いたメッセージに一人虚しくツッコむ。
「からかってただけじゃねーのかよ」
『僕はいたって本気です』
「セイラと行けよ」
『セイラちゃん、今テスト期間じゃないですか。それに、中学生をどこそこ連れて行くのはどうかと』
「いや、確かにそうだけど……」
『じゃあ、代わりにお兄さんがデートしてくれてもいいですよね?』
「いや、俺はアイツの代わりじゃ……」
『それじゃあ明後日、迎えに来ますので』
「お、おい……!」
そこまで打って、返信が途切れる。
「何なんだよ、アイツ……」
「ふふ。リクさん、お待たせしました」
「待ってないし。あと名前で呼ぶな」
「じゃあリクさんも僕のこと名前で呼んでいいですよ」
「それが願い事カウントでいいなら呼んでやるよ」
「じゃあいいです」
「お前な」
「だって。最後のお願いは大切に使いたいじゃないですか」
「お前は俺に何を要求する気だ」
「さて、何を要求しましょうか」
くつくつ笑う彼氏くんに、うんざりしながら身支度を整える。
「ほい、行くぞ」
「あれ、本当に来てくれるんです?」
「お前、行かないって言っても強引に連れて行くんだろうが」
「えへへ。わかってるじゃないですか」
へらへら笑う彼氏くんに、やっぱりうんざりしながら外に出る。
「で、どこに行くんだ?」
「ふふん。デートと言ったらやっぱりこれでしょ」
ぴっと目の前に差し出されたのは遊園地のチケット。
「ベタだな~」
「ベタですけど。僕、遊園地好きなんですよね~」
「だから。だったらセイラと行けよ」
「いや、だって。セイラちゃんじゃついてこれないかなって。それに、中学生だと夜のパレードまで見れないじゃないですか」
「そこまで俺はお前と一緒にいなきゃいけないのかよ」
「もちろんですよ」
『ママー! クレープ食べたい! イチゴのやつ~!』
遊園地で楽しそうにはしゃぐ子どもの声。
それをベンチに座り、ぐったりとしながら眺める。
「お前、ほんとに平気なんだな……。セイラじゃなくてよかった」
「だから言ったでしょ」
彼氏くんは、涼しげな顔でさらりと言い放つ。コイツ、あんだけ絶叫系に乗っといて、なんでこんなに堪えてねーんだよ。
「僕、絶叫系大好きなんですよ~。あ、遊園地自体大好きなんですけど~」
「うん。わかるわ。そんだけ元気なら」
「でも、女の子とじゃこんなデートできないじゃないですか」
「これ、デートって言わねえだろ」
「リクさん、もしかして嫌でした?」
「別に。俺も楽しかったからいいけど」
いつになく弱気に尋ねてくる彼に、思わずフォローを入れる。
「……やっぱり、リクさんで良かった」
「手を握るな、気色悪い!」
「ふふ。照れてます?」
「気持ち悪がってんだよ……って」
ふと視線を感じて、クレープ屋台の方を見る。
「あはは。女の子たちが見てますね」
そう言いながら、クレープを片手にガン見してる女子たちに彼が手を振る。
『きゃ、きゃ~!』『あ、あわわわわ』
イケメンの微笑みでノックアウトされた彼女たちが次々に赤面していく。
「あ~。みんなお前を見てたのか~」
少しでも期待した俺が馬鹿だった。少しでもモテキが到来したのかと思った自分をぶん殴ってやりたい……。
「……それだけじゃないと思いますけどね~」
「ん? ……って、わっ!」
イケメンくんの言葉の意味を考える暇もなく、いきなり抱きしめられる。
「お前、なにす……」
『~~っ!』『き、きゃ~!』
「え? 何あれ。何が起こったんだ?」
イケメンの微笑み以上に沸き上がる女の子たちに首を傾げる。
「さあ。きっと美味しかったんじゃないですか」
「クレープが?」
「そうそう」
「お前はなんでいきなり抱きついたんだ?」
「サービスです」
「そんなサービス誰が喜ぶんだっての」
「クレープが喜ぶんじゃないですか?」
「……お前と話してると頭痛くなってくるな」
「ふふ。すみません。つい楽しくなっちゃって」
そう言って彼はケタケタ笑う。言い募ろうとしたが、いつもより無邪気なその顔を見た途端、何だか毒気を抜かれた。
「そういや、腹減ったし。あれ食べるか?」
「いや、さすがに女の子ばっかりだし。あっちのレストランにでも……」
「待ってな」
「ほい、ユウくんの分」
「え……」
「どした? お前、甘いもの好きだろ?」
セイラが散々ギャップ萌えだの言ってたから、甘いのが好きなのは記憶していた。
「えっと、お金……。あと、その、呼び方は……?」
「ただの気まぐれ大サービスだ」
Vサインを作って得意げに微笑んでやる。
「そんな……」
「あれ、お前クレープ食べたそうにしてたような気がしたんだけど……。違ったか?」
俯いて動かなくなった彼に、心配になって問いかける。
「……リクさん!」
「っわ」
「ありがとうございます!」
「こら、クレープ落ちちまうだろうが!」
いきなり飛びついた彼は、俺の左手をかっさらい、自分の指と絡ませる。
「お前、こういうのはセイラにしてやれよ」
「僕は、貴方がいいんです」
恋人つなぎでそんなことを囁く彼から目を逸らす。
「っ、これ食べたら、観覧車乗ってとっとと帰るぞ」
「え~、パレードは?」
「そんな遅くまで居れるか馬鹿」
「僕、セイラちゃんがほんとタイプだったんです」
観覧車に乗ってしばらく、彼が重々しく口を開く。
「お、おう」
その只ならぬ雰囲気に、どこを見ていればいいのかわからず、俺は窓の外を見る。
よく見知った街並みは、夕日によって赤く染まり、どこか物悲しさを漂わせる。
「でも、リクさんはそれ以上なんです」
「そんなこと……、俺は男だし……」
笑い飛ばしてやろうとも思ったが、静かに響く真剣みを帯びた声で言われると、それもなんか違う気がして。
汗が首筋に流れ落ちる。ああ、観覧車の中って暑いもんな。
喉が渇く。ああ、さっきクレープ食べたからな。
「好きになったもんは性別なんて関係ないです」
「ああ、ユウ。お前は間違ってる」
深呼吸をした後、彼を見据える。きっと今の俺は冷たい目をしているのだろう。
「リクさん、僕は本気でっ、」
「たとえお前が本気だったとしても、俺がお前を受け入れることはない」
「そんな……」
声にも冷たさを纏い、完全に拒絶の意志を伝えると、彼は信じられないものを見るように瞳を揺らした後、項垂れる。
これでいい。彼が俺に向けた感情も、きっと勘違いに過ぎない。セイラより俺の方がいいなんて。そんなこと、あるわけないのだから。
「だったら」
ぎし、と軋む音とともに彼が俺の方に近づいて……。
「力づくでも貴方をモノにしてみせる」
「ん、んんっ……。や、やめろ!」
ぐいと上を向かされ、無理やり唇が重ねられた途端、俺は必死で彼の頬を殴る。
「痛って。何もそんな本気で殴らなくても……って、泣いてるんですか?」
「……うるさい」
呆然とこちらを見つめる彼の手が、頬に触れようというところで引っ込められる。
「……わかりました。3つ目の願い、使います」
自分の拳を押さえるように握り込んだ彼が、絞り出すように告げる。
「これからはもう話しかけないでください。全部なかったことにしてください。忘れてください。僕も忘れます」
そう言って、俺の目の前にスマホをかざす。そこには、あの時の写真が残っていて。
削除完了の文字が画面に映る。ああ、これで終わったのか。
再び反対側に座った彼は、それから観覧車が下に着き、遊園地を出て家に帰るまで一言も口を開かなかった。
本当のことを言うと、俺はユウくんが好きだった。
あの日、妹のセーラー服を着てみたのも、セイラが羨ましかったから。
自分がセイラみたいに可愛ければ。女だったら。
そんなことをぼんやりと考えていたら、つい手が伸びて。
まあ、結果として、それは酷いものだったけど。
だけど、まさか彼にそれが見られるなんて。思いもしないじゃないか。
それどころか、彼が俺をセイラの代わりにして、好きだなんて言って……。
ああ。短い間だったけど、本当に彼の恋人になったような気がして。
「楽しかったな……」
それから、数日経っても、彼から連絡が来ることもなく。
「当たり前じゃないか。自分で拒絶しておいて」
怖かった。男同士だということも、妹の彼氏だということも、ユウくんの言葉を信じることも、自分自身の気持ちを信じることも。
もう遅い。
後悔だけが積もり積もって、彼への想いが心の中で燻り続ける。
「そのせいで寝不足からの体調不良になって大学早退とか、ほんと……」
気怠い体を引きずって、ようやく家が見えるとこまで辿りつく。
ああ、早く寝よう。そんで、起きたらきっと全部忘れて……。
「あ……」
自分の家の前に佇むユウくんを呆然と見つめる。
はは。忘れるなんて、やっぱり無理だ。ユウくんを見ただけで、馬鹿みたいに心臓がうるさいじゃねえか。
夢うつつといった気持ちで、彼に恐る恐る近づいてみる。
ん、なんだろう。何かスマホをじっと見てるな。あれは、写真……?
そのままそっと後ろから覗いてみる。
あ。これ……。
「お前、なんでその写真まだ持ってんの?」
「うわっ!!」
後ろから声をかけると、彼はまるで幽霊でも出たかのように驚く。
「脅かしてごめん。でも、これ……」
「えっと、これは、その……。普通にゴミ箱から戻しまして……」
彼は目を泳がせながら、セーラー服を着た俺の画像が入ったスマホを後ろ手に隠す。
そういや画像消しても、ゴミ箱には一定期間残るんだっけ。
「お前、なんで、んなことしてんだよ」
「すみません……」
「お前、あれきり連絡よこさないし、セイラとも別れたっていうし……。それに、なんであんな願い事にしたんだよ、馬鹿」
ばつが悪そうに謝る彼に、俺は追い打ちをかけるようにして問いかける。
「そんなの、リクさんが僕を受け入れないって言うから。しかも、泣いちゃったし……」
わかってる。彼が悪いんじゃない。彼にそう言わせたのは俺だ。
それなのに。
「やっぱり、諦めきれない」
「え?」
すっ。
驚く彼にそっと口づけを落とす。
「俺は、ユウくんが好きだ。ほんとは、一目惚れしてたんだ。キモイだろ?」
自分でも馬鹿な頭だと思う。妹が家に連れてきた彼氏。彼を見た瞬間、体中の血が滾るように熱くなって。
「殴って悪かった」
「いや、僕こそあんな無理やり……」
「あ~。でもその、本当は嬉しかった。ユウくんが俺のこと好きって言ってくれて、キスまで……」
言ってて自分で恥ずかしくなり、そっぽを向く。
「でも、怖かった。後ろめたかった。それは今でも変わらない。セイラに何て言ったらいいか……。だけど、もう止まれない。ユウくんが好きだって気持ちは、止められないんだ、よっ?!」
言い終わるより先に、抱きしめられて驚く。
「結局、僕も写真を残してたし。リクさんも僕に話しかけちゃいましたよね」
「ああ」
「どっちも約束守れなかったので最後の願い、仕切り直しでいいですか?」
囁かれ、思わず黙って頷いてしまうと、彼がにこりと笑い、そして。
「リクさん。僕と恋人になってください」
すっきりとした顔でそう告げる。
「でも、それは……」
「僕だって、止まれないのは同じです」
「それに、こんなに想い合ってるのに、結ばれないのはおかしいですから!」
力説する彼に思わず吹き出す。
「叶えたら写真消せよ?」
「じゃあ、ずっと一緒にいてくださいね」
「願い事は3つまでだろ」
「サービスでつけといてくださいよ」
「ユウくん、お兄……」
「せ、セイラ……!」
家の前で笑いあっていたところに、セイラが目を潤ませて駆け寄る。
「私、」
「ごめん! 俺が悪いんだ。俺が、コイツを惑わせた」
「それは違います! 僕がリクさんに手を出したから」
それぞれが必死に言い訳しようとするが……。
「ぷ。二人とも必死すぎ」
「セイラ……?」「セイラちゃん……?」
けらけらと笑いだしたセイラに、俺とユウくんは思わず目を合わせ、ぱちくりとする。
「知ってたよ。お兄がユウくんに惚れてたことも。ユウくんがお兄に惚れてたことも」
「「え?」」
「ユウくんってばお兄に出会ってからずっと上の空で。そのくせお兄と話してるときはすっごいきらきらしてるんだもん」
「え。僕、もしかしてリクさんに一目惚れしてた……?」
「やっぱり気づいてなかったんだね」
「え、だって、僕がリクさんを好きになったのは、セーラー服……」
「あ~! ごほんごほん!」
「どしたのお兄」
「いや~。ちょっと体調悪くて」
怪訝そうにこちらを見つめる妹を空咳で何とか誤魔化し、ユウくんを睨んでやる。
ユウくんは、ごめんごめんといった感じに苦笑いをする。
「は~。とにかく、初対面であんな空気醸し出されちゃ、もうね、なんか……。負けたよ。お兄」
セイラが俺の肩をぽんと叩く。
「セイラちゃん……。本当に、許してくれるの? 僕、君を裏切ったのに、」
「私だって、ほんとは許せないわよ! 私を差し置いて二人でこそこそデートしてるなんて、気づいてないとでも思ってたのかしら」
「な、で、デートとかそういうんじゃ!」
「セイラちゃん、リクさんと違って鋭いなあ」
「お前は黙ってろ!」
「はあ~。ほんと、お熱いことで」
「だ、だから、そんなんじゃ!」
セイラのにやにや笑う瞳が羞恥心に火をつける。
あ~、体が熱い! 馬鹿みたいにあっついな! それに、なんか、頭もぐらぐら煮詰まったみたいに熱くて……。
ふらっ。
「リクさん!」
「あ、悪い」
倒れかけた体をユウくんに支えられる。
「大丈夫ですか?」
「ん、大したことないし」
「あ~。お兄、ユウくんとデート行った日から元気なくって。どうせ喧嘩でもして、それを悔やんで寝不足、ってことだと思うよ」
そうでしょ? と問いかけるセイラに、俺の羞恥は更に増す。
「すみません。僕のせいで」
「別に、お前のせいじゃねえっての」
「責任持って看病しますんで」
「え、こら、馬鹿、降ろせ!」
ひょいと俺を抱きかかえるユウくんに、俺は精一杯じたばたするが、それも虚しく……。
「あら、アンタ、なにユウくんにお姫様抱っこされてんの?! 羨ましい!」
「こ、これは違うんだ、母さん!」
「母さん、ユウくんね、今日からお兄の彼氏になるの」
「えっ。リク、アンタ……妹から彼氏略奪するなんて」
「いいのいいの。私も了承済みだし」
「すみません、お母さん」
「あらやだ。そうね、ユウくんにならリクを任せても……」
「おいおいババア、なに血迷ってんだ!」
「リクさん、暴れないで。体調悪いんですから、このままベッドまで行きますよ」
適応力の高い母と妹を見て、やはり血は争えないと感慨にふける。
「私の分まで幸せになってよね。馬鹿」
階段の下でセイラがぽつりとそう呟く。母さんがその肩に手をそっと乗せ、労わるように微笑む。
「悪いこと、しちゃいましたね」
「ほんとにな」
「でも、だからこそ。僕はリクさんを幸せにしてみせますから」
「馬鹿。んなプロポーズみたいなこと言うな」
ベッドに潜り込み、隠した顔は熱のせいかじんわりと熱い。
「プロポーズなんですけどね」
クスリと笑う彼が布団をめくり、髪を撫でる。
「あのさ、今度また遊園地行こうぜ」
「え?」
「夜のパレード。この前は見れなかっただろ?」
くすぐったさに耐えながらそう告げ、彼を見やる。
「い、行きましょう! 今度こそ、目一杯楽しみましょう!」
弾けるような彼の笑顔につられて微笑む。
それに気づいた彼の唇が近づいて……。
「まずは寝かせろ」
ぺちんと小気味よい音を立て、彼の額を叩く。
「ちゅーだけでも、させてください」
「あ、おい」
腕を取られ、そのままあっという間に口づけられる。
その体温は、あの日、この部屋で感じたものと変わらずに。
首を伝う汗は静かにシャツに吸い込まれる。
汗ばんだ二人の間を、初夏の爽やかな風が優しく通り抜けていった。
妹の彼氏×兄
兄リク 妹セイラ 妹の彼氏ユウ
ーーーーーーーーーーーーーーー
「えっと。もしかしなくても、セイラちゃんのお兄さん、ですよね?」
ドアを開けたまま妹の彼氏がこちらを見つめ、確認する。
「いや、えっと、その……」
突然の訪問者に俺は、だらだら汗を流しながら視線を逸らす。
ああ~。汗かいたら制服が……汚れる……。
そう思うのだが、自分の意志で止められるはずもなく。
視線を逸らした先、鏡に映る自分と目が合う。
制服に身を包んだ青年。それが情けない表情で見つめ返してくる。
しかも、その制服は……。
「お兄さん……。一応聞きますけど、それ趣味ですか?」
「ち、違う! 違うから! 誤解しないでくれっ!!!」
胸元のリボンを抑えつつ、必死に弁解を試みる。
「でも。それってセイラちゃんの制服ですよね……?」
「うっ……」
困惑気味にこちらを伺う彼に心が抉られる。
そう、俺が着ているのは妹のセーラー服。兄が妹のセーラー服を着ているのだ。そりゃあ引くわ。妹の彼氏くんなら尚のことドン引きするわ。
ああ、殺してくれ……。こんなイケメンに、こんな醜態見られるなんて……。
「あの、ほんとに違くて……。これはなんていうか。……お願いだから、セイラには内緒にしてくれ!」
「黙っててもいーですけど」
誤魔化すことを放棄して口留めにかかる俺に、彼氏くんがあっさり許しを告げる。
「ほんとか?!」
良かった。俺はてっきり、クソほどキモがられるんだと……。
「その代わり、願い事きいてほしーなって」
「願い事?」
にっこりと微笑む彼氏くんに、思わず身構える。
なんだ……。こんなイケメンに願い事なんてあるのか……? 金か? 今月ピンチなんだよな……。いやいや、彼女の兄に集るとか普通に考えて、ないから。大体彼氏くん、どう見ても金に困ってるようには見えないし……。
「えっと。俺に叶えられる範囲のやつならいいけどさ」
そもそもあれだ。俺なんかがこんなイケメンの願い事を叶えられえるわけがない。
「じゃあ。ちゅーしていいですか?」
「は?」
このイケメン、今何て言った?
「お兄さんセイラちゃんと似てるし」
「いやいやいや、そんなにそっくりってわけじゃないし!」
「僕、セーラー服って好きなんですよね。だけど、セイラちゃんってば僕と会うときは中々制服着てくれなくって」
「そりゃセイラのやつ、自分がまだ中学生だってことにコンプレックス抱えてるし」
「う~ん。僕だってまだ高校生なんですけどね」
「セイラにとっちゃ大人なんだろうよ」
ユウくんに見合うような大人の女性になるんだ、と健気に笑う妹の姿を思い出す。
「そうですね。僕にとってお兄さんは大人ですし」
「う……、俺はまだ大学生なんだけど」
「大学生にもなって、そんな服よく着れましたね」
遠慮のない言葉が、ぐさりと刺さる。
「まあ、お兄さん小柄だし。セイラちゃん身長高いですしね」
「ううう……」
コイツ、人が気にしてることをずけずけと……。
「ほら、やっぱりセイラちゃんとそう変わらない……」
「ちょっと待て!」
「いてて」
近づいてくる彼氏くんの顔を思いっきり押しのける。
「お前、本気かよ」
「ええ。割と」
「発情期か」
「そゆことです」
「ちょ、ま、」
手を剥がされ、そのまま近づいてきた彼氏くんに唇を奪われる。
「ん、んん~!」
容赦なく侵入してくる舌に、涙目になりながら耐える。
ていうか、ここまですんのかよ!
絡み合う舌の感触、脳まで響く厭らしい水音、そして彼氏くんの息遣い。そのどれもが吐き気から快感へと変化しそうになったとき、ふいに唇が離される。
「ぷは……。お前、慣れすぎ」
「気持ち良かったでしょう?」
「だー! 気が済んだらさっさと出て行け。約束通り、セイラには絶対喋るなよ?」
勝ち誇ったような瞳がまるで、童貞の俺を見下しているように思えてイラつく。……コイツ、もしかして、からかってんじゃないだろうな。
そそくさとセーラー服を脱ぎ捨て、私服に着替えながら彼氏くんの方を伺う。
「えぇ。願い事、あと2つ叶えてくれたら、ね?」
「は?」
俺の着替えをガン見しながら、目の前のクソ野郎が女子高生みたいにピースを頬に添える。
「願い事っていったら3つ叶えるのが筋ですよ~」
「お前、調子乗んなよ」
「おぉ恐い。それじゃあこれ、セイラちゃんに送るしかないですねぇ」
にやにやしながら目の前に翳されたのは。
「な……。いつの間に、写真撮って……!」
スマホに映る、セーラー服を着た自分の姿。
「消せ!」
「おっと。危ないなぁ」
本気でスマホを取りにいってるのに、ひょいひょいと躱される。
「くっそ!」
自棄になった俺は、彼氏くんに体当たり。そして、ベッドに倒れたところを、馬乗りになって……。
「え……。ちょっとお兄、何やってんの?」
「セイラ! ちょうどよかった! コイツのスマホ取り上げて……」
協力を要請しようとセイラの顔を見て、思わず押し黙る。
え、なんでそんなドン引きしてんの……?
反射的に自分の胸元を触って確かめるが、リボンはついていない。
セーラー服も見えない位置に置いてあるし。まさかバレてるってことはないよな……。
ただならぬ空気に、だらだらと汗を流しながら、混乱した頭の中を整理する。
ええと。セイラから見て、俺たちは今、俺の部屋のベッドで取っ組み合いのスマホ取り合いをしてて……。
「セイラちゃん。君が思っているようなことは何も起こってないから。安心して」
俺の下で彼氏くんがセイラに向かってマイナスイオンが出てそうな笑顔で微笑む。
「何もって……」
「何だ。私、びっくりしちゃったよ。ユウくんがお兄と浮気してんのかと思っちゃった」
「は、はあ?!」
いやいや。確かに着替えの途中だったから、俺の服は乱れてるけども! いくら童貞だからって、こんな男を押し倒すほど飢えてねえよ!!!
すっとこどっこいな推理を披露する妹に、心の中で盛大にツッコむ。
「僕がちょっとしたいたずらで、お兄さんの寝顔を撮っちゃって。それで喧嘩してたんだよ」
ね、お兄さん、と同意を求めてくる彼氏くんに、俺は激しく頷きまくる。
悪い奴だと思ってたが、今ばかりはグッジョブだ。
「すみません、お兄さん。僕、お兄さんと仲良くなりたくて、ついからかっちゃって……」
「いや、いいよ。俺も大人げなかったし」
しょんぼりと項垂れる彼氏くんに、慌てて俺も素直に謝る。
そうして、セイラの誤解も無事に解け、彼氏くんとも仲良くなって。連絡先も交換して。
俺は二人の交際を応援すると宣言した。
そして、事もなくセーラー服をセイラのタンスに戻して。
全てが平和に終わりを告げようとしていた。
が。
『二つ目のお願い。デートしてほしいです』
「なんでだよ!」
スマホに届いたメッセージに一人虚しくツッコむ。
「からかってただけじゃねーのかよ」
『僕はいたって本気です』
「セイラと行けよ」
『セイラちゃん、今テスト期間じゃないですか。それに、中学生をどこそこ連れて行くのはどうかと』
「いや、確かにそうだけど……」
『じゃあ、代わりにお兄さんがデートしてくれてもいいですよね?』
「いや、俺はアイツの代わりじゃ……」
『それじゃあ明後日、迎えに来ますので』
「お、おい……!」
そこまで打って、返信が途切れる。
「何なんだよ、アイツ……」
「ふふ。リクさん、お待たせしました」
「待ってないし。あと名前で呼ぶな」
「じゃあリクさんも僕のこと名前で呼んでいいですよ」
「それが願い事カウントでいいなら呼んでやるよ」
「じゃあいいです」
「お前な」
「だって。最後のお願いは大切に使いたいじゃないですか」
「お前は俺に何を要求する気だ」
「さて、何を要求しましょうか」
くつくつ笑う彼氏くんに、うんざりしながら身支度を整える。
「ほい、行くぞ」
「あれ、本当に来てくれるんです?」
「お前、行かないって言っても強引に連れて行くんだろうが」
「えへへ。わかってるじゃないですか」
へらへら笑う彼氏くんに、やっぱりうんざりしながら外に出る。
「で、どこに行くんだ?」
「ふふん。デートと言ったらやっぱりこれでしょ」
ぴっと目の前に差し出されたのは遊園地のチケット。
「ベタだな~」
「ベタですけど。僕、遊園地好きなんですよね~」
「だから。だったらセイラと行けよ」
「いや、だって。セイラちゃんじゃついてこれないかなって。それに、中学生だと夜のパレードまで見れないじゃないですか」
「そこまで俺はお前と一緒にいなきゃいけないのかよ」
「もちろんですよ」
『ママー! クレープ食べたい! イチゴのやつ~!』
遊園地で楽しそうにはしゃぐ子どもの声。
それをベンチに座り、ぐったりとしながら眺める。
「お前、ほんとに平気なんだな……。セイラじゃなくてよかった」
「だから言ったでしょ」
彼氏くんは、涼しげな顔でさらりと言い放つ。コイツ、あんだけ絶叫系に乗っといて、なんでこんなに堪えてねーんだよ。
「僕、絶叫系大好きなんですよ~。あ、遊園地自体大好きなんですけど~」
「うん。わかるわ。そんだけ元気なら」
「でも、女の子とじゃこんなデートできないじゃないですか」
「これ、デートって言わねえだろ」
「リクさん、もしかして嫌でした?」
「別に。俺も楽しかったからいいけど」
いつになく弱気に尋ねてくる彼に、思わずフォローを入れる。
「……やっぱり、リクさんで良かった」
「手を握るな、気色悪い!」
「ふふ。照れてます?」
「気持ち悪がってんだよ……って」
ふと視線を感じて、クレープ屋台の方を見る。
「あはは。女の子たちが見てますね」
そう言いながら、クレープを片手にガン見してる女子たちに彼が手を振る。
『きゃ、きゃ~!』『あ、あわわわわ』
イケメンの微笑みでノックアウトされた彼女たちが次々に赤面していく。
「あ~。みんなお前を見てたのか~」
少しでも期待した俺が馬鹿だった。少しでもモテキが到来したのかと思った自分をぶん殴ってやりたい……。
「……それだけじゃないと思いますけどね~」
「ん? ……って、わっ!」
イケメンくんの言葉の意味を考える暇もなく、いきなり抱きしめられる。
「お前、なにす……」
『~~っ!』『き、きゃ~!』
「え? 何あれ。何が起こったんだ?」
イケメンの微笑み以上に沸き上がる女の子たちに首を傾げる。
「さあ。きっと美味しかったんじゃないですか」
「クレープが?」
「そうそう」
「お前はなんでいきなり抱きついたんだ?」
「サービスです」
「そんなサービス誰が喜ぶんだっての」
「クレープが喜ぶんじゃないですか?」
「……お前と話してると頭痛くなってくるな」
「ふふ。すみません。つい楽しくなっちゃって」
そう言って彼はケタケタ笑う。言い募ろうとしたが、いつもより無邪気なその顔を見た途端、何だか毒気を抜かれた。
「そういや、腹減ったし。あれ食べるか?」
「いや、さすがに女の子ばっかりだし。あっちのレストランにでも……」
「待ってな」
「ほい、ユウくんの分」
「え……」
「どした? お前、甘いもの好きだろ?」
セイラが散々ギャップ萌えだの言ってたから、甘いのが好きなのは記憶していた。
「えっと、お金……。あと、その、呼び方は……?」
「ただの気まぐれ大サービスだ」
Vサインを作って得意げに微笑んでやる。
「そんな……」
「あれ、お前クレープ食べたそうにしてたような気がしたんだけど……。違ったか?」
俯いて動かなくなった彼に、心配になって問いかける。
「……リクさん!」
「っわ」
「ありがとうございます!」
「こら、クレープ落ちちまうだろうが!」
いきなり飛びついた彼は、俺の左手をかっさらい、自分の指と絡ませる。
「お前、こういうのはセイラにしてやれよ」
「僕は、貴方がいいんです」
恋人つなぎでそんなことを囁く彼から目を逸らす。
「っ、これ食べたら、観覧車乗ってとっとと帰るぞ」
「え~、パレードは?」
「そんな遅くまで居れるか馬鹿」
「僕、セイラちゃんがほんとタイプだったんです」
観覧車に乗ってしばらく、彼が重々しく口を開く。
「お、おう」
その只ならぬ雰囲気に、どこを見ていればいいのかわからず、俺は窓の外を見る。
よく見知った街並みは、夕日によって赤く染まり、どこか物悲しさを漂わせる。
「でも、リクさんはそれ以上なんです」
「そんなこと……、俺は男だし……」
笑い飛ばしてやろうとも思ったが、静かに響く真剣みを帯びた声で言われると、それもなんか違う気がして。
汗が首筋に流れ落ちる。ああ、観覧車の中って暑いもんな。
喉が渇く。ああ、さっきクレープ食べたからな。
「好きになったもんは性別なんて関係ないです」
「ああ、ユウ。お前は間違ってる」
深呼吸をした後、彼を見据える。きっと今の俺は冷たい目をしているのだろう。
「リクさん、僕は本気でっ、」
「たとえお前が本気だったとしても、俺がお前を受け入れることはない」
「そんな……」
声にも冷たさを纏い、完全に拒絶の意志を伝えると、彼は信じられないものを見るように瞳を揺らした後、項垂れる。
これでいい。彼が俺に向けた感情も、きっと勘違いに過ぎない。セイラより俺の方がいいなんて。そんなこと、あるわけないのだから。
「だったら」
ぎし、と軋む音とともに彼が俺の方に近づいて……。
「力づくでも貴方をモノにしてみせる」
「ん、んんっ……。や、やめろ!」
ぐいと上を向かされ、無理やり唇が重ねられた途端、俺は必死で彼の頬を殴る。
「痛って。何もそんな本気で殴らなくても……って、泣いてるんですか?」
「……うるさい」
呆然とこちらを見つめる彼の手が、頬に触れようというところで引っ込められる。
「……わかりました。3つ目の願い、使います」
自分の拳を押さえるように握り込んだ彼が、絞り出すように告げる。
「これからはもう話しかけないでください。全部なかったことにしてください。忘れてください。僕も忘れます」
そう言って、俺の目の前にスマホをかざす。そこには、あの時の写真が残っていて。
削除完了の文字が画面に映る。ああ、これで終わったのか。
再び反対側に座った彼は、それから観覧車が下に着き、遊園地を出て家に帰るまで一言も口を開かなかった。
本当のことを言うと、俺はユウくんが好きだった。
あの日、妹のセーラー服を着てみたのも、セイラが羨ましかったから。
自分がセイラみたいに可愛ければ。女だったら。
そんなことをぼんやりと考えていたら、つい手が伸びて。
まあ、結果として、それは酷いものだったけど。
だけど、まさか彼にそれが見られるなんて。思いもしないじゃないか。
それどころか、彼が俺をセイラの代わりにして、好きだなんて言って……。
ああ。短い間だったけど、本当に彼の恋人になったような気がして。
「楽しかったな……」
それから、数日経っても、彼から連絡が来ることもなく。
「当たり前じゃないか。自分で拒絶しておいて」
怖かった。男同士だということも、妹の彼氏だということも、ユウくんの言葉を信じることも、自分自身の気持ちを信じることも。
もう遅い。
後悔だけが積もり積もって、彼への想いが心の中で燻り続ける。
「そのせいで寝不足からの体調不良になって大学早退とか、ほんと……」
気怠い体を引きずって、ようやく家が見えるとこまで辿りつく。
ああ、早く寝よう。そんで、起きたらきっと全部忘れて……。
「あ……」
自分の家の前に佇むユウくんを呆然と見つめる。
はは。忘れるなんて、やっぱり無理だ。ユウくんを見ただけで、馬鹿みたいに心臓がうるさいじゃねえか。
夢うつつといった気持ちで、彼に恐る恐る近づいてみる。
ん、なんだろう。何かスマホをじっと見てるな。あれは、写真……?
そのままそっと後ろから覗いてみる。
あ。これ……。
「お前、なんでその写真まだ持ってんの?」
「うわっ!!」
後ろから声をかけると、彼はまるで幽霊でも出たかのように驚く。
「脅かしてごめん。でも、これ……」
「えっと、これは、その……。普通にゴミ箱から戻しまして……」
彼は目を泳がせながら、セーラー服を着た俺の画像が入ったスマホを後ろ手に隠す。
そういや画像消しても、ゴミ箱には一定期間残るんだっけ。
「お前、なんで、んなことしてんだよ」
「すみません……」
「お前、あれきり連絡よこさないし、セイラとも別れたっていうし……。それに、なんであんな願い事にしたんだよ、馬鹿」
ばつが悪そうに謝る彼に、俺は追い打ちをかけるようにして問いかける。
「そんなの、リクさんが僕を受け入れないって言うから。しかも、泣いちゃったし……」
わかってる。彼が悪いんじゃない。彼にそう言わせたのは俺だ。
それなのに。
「やっぱり、諦めきれない」
「え?」
すっ。
驚く彼にそっと口づけを落とす。
「俺は、ユウくんが好きだ。ほんとは、一目惚れしてたんだ。キモイだろ?」
自分でも馬鹿な頭だと思う。妹が家に連れてきた彼氏。彼を見た瞬間、体中の血が滾るように熱くなって。
「殴って悪かった」
「いや、僕こそあんな無理やり……」
「あ~。でもその、本当は嬉しかった。ユウくんが俺のこと好きって言ってくれて、キスまで……」
言ってて自分で恥ずかしくなり、そっぽを向く。
「でも、怖かった。後ろめたかった。それは今でも変わらない。セイラに何て言ったらいいか……。だけど、もう止まれない。ユウくんが好きだって気持ちは、止められないんだ、よっ?!」
言い終わるより先に、抱きしめられて驚く。
「結局、僕も写真を残してたし。リクさんも僕に話しかけちゃいましたよね」
「ああ」
「どっちも約束守れなかったので最後の願い、仕切り直しでいいですか?」
囁かれ、思わず黙って頷いてしまうと、彼がにこりと笑い、そして。
「リクさん。僕と恋人になってください」
すっきりとした顔でそう告げる。
「でも、それは……」
「僕だって、止まれないのは同じです」
「それに、こんなに想い合ってるのに、結ばれないのはおかしいですから!」
力説する彼に思わず吹き出す。
「叶えたら写真消せよ?」
「じゃあ、ずっと一緒にいてくださいね」
「願い事は3つまでだろ」
「サービスでつけといてくださいよ」
「ユウくん、お兄……」
「せ、セイラ……!」
家の前で笑いあっていたところに、セイラが目を潤ませて駆け寄る。
「私、」
「ごめん! 俺が悪いんだ。俺が、コイツを惑わせた」
「それは違います! 僕がリクさんに手を出したから」
それぞれが必死に言い訳しようとするが……。
「ぷ。二人とも必死すぎ」
「セイラ……?」「セイラちゃん……?」
けらけらと笑いだしたセイラに、俺とユウくんは思わず目を合わせ、ぱちくりとする。
「知ってたよ。お兄がユウくんに惚れてたことも。ユウくんがお兄に惚れてたことも」
「「え?」」
「ユウくんってばお兄に出会ってからずっと上の空で。そのくせお兄と話してるときはすっごいきらきらしてるんだもん」
「え。僕、もしかしてリクさんに一目惚れしてた……?」
「やっぱり気づいてなかったんだね」
「え、だって、僕がリクさんを好きになったのは、セーラー服……」
「あ~! ごほんごほん!」
「どしたのお兄」
「いや~。ちょっと体調悪くて」
怪訝そうにこちらを見つめる妹を空咳で何とか誤魔化し、ユウくんを睨んでやる。
ユウくんは、ごめんごめんといった感じに苦笑いをする。
「は~。とにかく、初対面であんな空気醸し出されちゃ、もうね、なんか……。負けたよ。お兄」
セイラが俺の肩をぽんと叩く。
「セイラちゃん……。本当に、許してくれるの? 僕、君を裏切ったのに、」
「私だって、ほんとは許せないわよ! 私を差し置いて二人でこそこそデートしてるなんて、気づいてないとでも思ってたのかしら」
「な、で、デートとかそういうんじゃ!」
「セイラちゃん、リクさんと違って鋭いなあ」
「お前は黙ってろ!」
「はあ~。ほんと、お熱いことで」
「だ、だから、そんなんじゃ!」
セイラのにやにや笑う瞳が羞恥心に火をつける。
あ~、体が熱い! 馬鹿みたいにあっついな! それに、なんか、頭もぐらぐら煮詰まったみたいに熱くて……。
ふらっ。
「リクさん!」
「あ、悪い」
倒れかけた体をユウくんに支えられる。
「大丈夫ですか?」
「ん、大したことないし」
「あ~。お兄、ユウくんとデート行った日から元気なくって。どうせ喧嘩でもして、それを悔やんで寝不足、ってことだと思うよ」
そうでしょ? と問いかけるセイラに、俺の羞恥は更に増す。
「すみません。僕のせいで」
「別に、お前のせいじゃねえっての」
「責任持って看病しますんで」
「え、こら、馬鹿、降ろせ!」
ひょいと俺を抱きかかえるユウくんに、俺は精一杯じたばたするが、それも虚しく……。
「あら、アンタ、なにユウくんにお姫様抱っこされてんの?! 羨ましい!」
「こ、これは違うんだ、母さん!」
「母さん、ユウくんね、今日からお兄の彼氏になるの」
「えっ。リク、アンタ……妹から彼氏略奪するなんて」
「いいのいいの。私も了承済みだし」
「すみません、お母さん」
「あらやだ。そうね、ユウくんにならリクを任せても……」
「おいおいババア、なに血迷ってんだ!」
「リクさん、暴れないで。体調悪いんですから、このままベッドまで行きますよ」
適応力の高い母と妹を見て、やはり血は争えないと感慨にふける。
「私の分まで幸せになってよね。馬鹿」
階段の下でセイラがぽつりとそう呟く。母さんがその肩に手をそっと乗せ、労わるように微笑む。
「悪いこと、しちゃいましたね」
「ほんとにな」
「でも、だからこそ。僕はリクさんを幸せにしてみせますから」
「馬鹿。んなプロポーズみたいなこと言うな」
ベッドに潜り込み、隠した顔は熱のせいかじんわりと熱い。
「プロポーズなんですけどね」
クスリと笑う彼が布団をめくり、髪を撫でる。
「あのさ、今度また遊園地行こうぜ」
「え?」
「夜のパレード。この前は見れなかっただろ?」
くすぐったさに耐えながらそう告げ、彼を見やる。
「い、行きましょう! 今度こそ、目一杯楽しみましょう!」
弾けるような彼の笑顔につられて微笑む。
それに気づいた彼の唇が近づいて……。
「まずは寝かせろ」
ぺちんと小気味よい音を立て、彼の額を叩く。
「ちゅーだけでも、させてください」
「あ、おい」
腕を取られ、そのままあっという間に口づけられる。
その体温は、あの日、この部屋で感じたものと変わらずに。
首を伝う汗は静かにシャツに吸い込まれる。
汗ばんだ二人の間を、初夏の爽やかな風が優しく通り抜けていった。
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