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(7)キメラ執事と王子
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王子×執事。
リヴェル 王子。執事には冷たい。
ジル 執事。王子のことが好き。キメラと人間のハーフ。全部隠してる。
フィユ 執事見習い。男だけど少女みたいに可愛い。
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あるところに王子に仕える執事がおりました。
執事は王子に恋をしていましたが、身分や性別、あらゆる壁があったものですから、自分の気持ちに蓋をして心を殺して仕えていました。
あるとき執事は、王子と見習い執事が庭で話しているのを耳にします。
「あの執事も、お前くらい可愛かったらよかったのにな」
「えへへ。リヴェル王子に褒められると照れちゃいます……!」
見習い執事であるフィユは、男だというのにまるで天使のようにふわふわとした可愛い外見で、赤く染まった頬を覆う仕草がとても似合っていました。
執事は窓に映る自分を見つめます。人殺しのように鋭い目つき。墨のように真っ黒な髪。不健康な真っ白い肌。
「……まるで死神みたいだ」
執事は、自分の髪の毛を撫でつけた後、そっとため息を吐くのでした。
「ね。お前さ、僕のこと好きでしょ?」
ある日のこと。執事がいつものように王子の身の回りのお世話をしていると、突拍子もない言葉が降りかかってきました。
「ありえません」
執事は内心どぎまぎしながら、表ではいたって普通の顔をして返します。
「そっかな~。ま、僕にそれ言われても応えられないからね」
「……」
執事はさらりと告げる王子に、返す言葉も見つかりませんでした。
「別に僕はそういうのに偏見はないよ。でも自分は嫌だ。気持ち悪い。だから君はくれぐれも間違えないでくれよ」
「ええ。もちろんです」
この時にはもう、執事の心はずたぼろのどん底でしたが、彼の心はとっくに死んでいたので、口は心にもないことを紡ぎました。
「そうそう。君はとりわけ優秀な執事なんだ。君を失いたくはない」
ああ、もちろんです。もちろんですとも。私は貴方の執事。ただの執事なのですから。こんなに褒めていただいて、それ以上をどうして望めましょうか。
その翌日、王子の元に昔なじみの来客がありました。執事はもちろん、いつものように誰もが感嘆するほどの応対をそつなくこなしていました。が、しかし。
「執事」
「はい」
呼び止める主人の言葉に執事が振り向くと、がしゃり、という音が静かな室内に響きました。
服に飛び散った紅茶。そして地面で砕ける陶器。
それを見て、執事はようやく自分にティーカップが投げつけられたのだと思い当たりました。
「こんな不味いものを客に飲ませるな」
『えっと。王子、そこまでしなくとも。いつもと変わらずおいしかったですぞ』
怒鳴っているわけでもないのに冷たく鋭い王子の言葉に、客人が遠慮がちにフォローを入れます。
「いや。執事、お前は手を抜いただろう?」
「そんなつもりは……」
それでも詰問する王子に、執事は言葉を詰まらせてしまいました。
「それじゃあ何故いつもと違う」
「……申し訳ございません」
執事は、確かにいつも通りやっていたつもりでしたが、自分の心を律しきれていなかったことが後ろめたく、否定することができませんでした。
すっかり場の空気を悪くしてしまったことを恥じ、執事は座り込んで割れたカップの破片を集めました。
『まぁまぁ。きっと執事くんも疲れていたのでしょう』
「代わりの紅茶をすぐにご用意しますので」
客人の心遣いに感謝しながら、執事は紅茶の準備にかかろうとしましたが……。
「お前はもういい。おい、ワインを持ってきてくれ」
『はい』
王子は、傍らにいたメイドに冷たい声で申し付けました。
「……」
ずき。
いつの間にか強く握りしめてしまった執事の手のひらに、カップの破片が刺さりました。
ああ、私はなんて無能なのだろうか。王子にお客様の前で恥をかかせてしまうなど。
「おい。なにをしてる」
「す、すみません。すぐに片付けを――」
執事は、すぐにこの場を立ち去ろうとしましたが、はし、と王子に手を取られ逃げることも敵いません。
「明日の狩り、お前の代わりを立てておけ」
「え……?」
耳元で囁く王子の顔を見つめると、氷のような瞳と目が合います。執事は、それが自分のせいなのだと思うと、とても悲しくなりました。
「お前はついてこなくていい。体を休めておけ」
「わ、私なら大丈夫で……」
「なあ執事。あんまり僕をがっかりさせないでくれよ?」
ぺろ。
手を引き寄せられたかと思うと、人差し指から出た血を王子が舐め取っていました。
その妖艶でどこか危なげな光景に、執事は抵抗することもできず、目を逸らして時が過ぎるのを待つのがやっとでした。
『大丈夫かね?』
客人の問いかけでようやく解放された執事は、おそるおそる客人の様子をうかがいました。
客人はさっきと変わらず椅子に腰かけ、紅茶を飲んでいました。
どうやら一連の出来事は見えていなかったらしいとわかり、執事がほっとしていると。
「あの方は目と耳が悪いからね」
後ろから王子に低く囁かれ、思わず自分の耳を塞いでしまいました。
『ワインをお持ちしました』
「ああ、ありがとう」
そんな執事の動作を気にした素振りもなく、王子はメイドからワインを受け取りに行きました。
『これはなかなか手に入らないというアレかね』
「ええ」
執事はその後ぼんやりとする頭で、談笑する客人と王子の声を聞きながら破片を片し、外に出ました。
指先を見つめると、未だに王子の感触が残っているような気がします。
ああ。私はこんなときでも貴方への憧れを断ち切れない。
もう片方の手で自分の指を包み込み、抱き寄せると、なんとも情けない気持ちになるのでした。
王子が狩りに出掛けた日、執事は久々の休日にすっかり参っていました。
執事にとって王子に仕えることこそが、自分の人生の使い方でしたので、それ以外のことに時間を使うとなるとどうしてよいのかわからず、結局、城の掃除に費やしていました。それでも片手間に王子のことばかり考えてしまう自分を呪い、その都度首を振って意味のない思考を振り落とし、そっとため息をつくのでした。
それから、何度目かのため息をついたとき、慌ただしく城の入り口に現れた王子の兵がとんでもない形相で叫びました。
『大変だ! 王子が森で狼に襲われて!』
「何ですって?」
箒を投げ出して兵士に詰め寄ると、兵士は息も絶え絶えに話します。
『王子を助けようとみんなで立ち向かったんですが……とうとう俺だけになっちまって……それで、王子が、俺に城に助けを呼んできてくれって……!』
「っ!」
『あ、執事さん!』
騒動を聞き駆け付けたメイドの制止を振り切って、執事は瞬く間に駆けだしました。
森に差し掛かったところで、走るスピードをぐんとあげました。風のように速く走る執事の姿に、森の動物たちは避けるようにして逃げ出しました。
そうしてあっという間に王子の元へたどり着くと、王子を取り囲んでいた狼たちの前へと躍り出ました。
「王子!」
王子はどうやら気を失っているようで、返事なく、ぐったりと倒れ込んでいました。
「よくもまあ人間の貴方が、これだけの数を相手に……」
辺りを見渡すと、そこここに赤く血で塗れた人だったものが落ちていました。
狼たちの口は赤く染まり、その目はぎらぎらとこちらを狙っているようでした。
「……よくも王子を」
きっ、と狼の群れを睨みつけると、今までいきり立っていた狼たちも流石にその異様な圧を感じ取り、怯んだ表情を見せました。
しかし、怯んだのも束の間。ボスが吠えたのを合図に、狼たちは一斉に執事に飛びかかりました。
どしゅ。
執事がその鋭い爪を横に振るうと同時に、狼たちは地面に叩きつけられていました。
「ぐるるるるる……」
何が起こったのかわからない、といった様子の狼のボスに執事が低く唸って威嚇してやると、狼は尻尾を巻いて仲間ともども逃げ出してゆきました。
「王子……」
「ん……」
執事は、倒れ込んでいる王子の横に跪き、その頬にそっと手を伸ばそうとしましたが。
「おおい、王子様~!」
近づいてくるその声に我に返ると、王子に手を触れぬまま、執事は物陰に隠れました。
「王子様! ああ、どうかしっかりしてください!」
聞き覚えのあるその声の主、見習い執事のフィユがそっと王子に触れます。すると、ぱちりと王子の目が開かれて、王子が彼を真っ直ぐに見つめます。
「もしかして、君が助けてくれたのかい?」
「わあ、リヴェル王子、しゃべらないでください! 酷い怪我なんですから!」
必死に介抱するフィユ姿は、なんだかとても絵になっていて、自分がとても醜く思えました。
自分なんかでは到底あのような安らぎを王子に与えることなどできない。きっと、王子が自分の目の前で目覚めていたのならば恐らく……。
執事は自分の手を見つめて絶望しました。
黒い鱗に覆われた体、鋭い爪、ちぐはぐな背中の羽根、いかれた赤い瞳。
そのどれもが、彼をこの世のものでない怪物なのだと物語っているのですから。
きっと、王子がこんな姿を見たら、いくら優しい彼でも一瞬で拒絶するはずなのです。
「王子、お怪我の具合は」
「だいぶ良くなったよ」
あれからしばらく、怪我を負いながらも城に戻った王子を、フィユは必死に看病していました。もちろん執事も支えとなりましたが、二人の邪魔をしまいという気遣いから王子に話しかけることを控えていました。
「それは、良かったです」
「はは。ありがとう」
珍しくからりと笑ってみせるその王子の表情に、執事はいたたまれない気持ちになりました。
きっと王子は皆を守れなかったことを悔いているのだろう。
王子に長く仕えてきた執事には、それがわかってしまうのでした。
王子が生き残れたことこそが奇跡だというのに。恥じることなどどこにもないのに。
「君も、だいぶ落ち着いたみたいだね」
何と声をかけるべきかと考えあぐねていたところに、そんな言葉が投げかけられたものですから、執事は何のことかとしばらく考えて、それから、はた、とこの前のミスに思い当たりました。
「先日はご迷惑を」
――なあ執事。あんまり僕をがっかりさせないでくれよ?――
言うと同時に蘇る記憶。冷たい視線。フィユと見つめ合う姿。それらがぐるぐると混ざり合って、処理しきれないほどの感情に繋がって。
結局、執事は全てを放棄しました。そう、全ての感情に蓋をして、凍らせて、全てを諦めて。人形のように生きてゆくのだと、自分に言い聞かせたのです。しかし。
「それにこっちも」
王子に手を取られると嫌でもわかってしまうのです。
「すっかり綺麗になったんだな」
「ええ、怪我の治りが良いもので」
人差し指をゆっくりと撫で上げる王子に、何とか執事は平気な顔で返事をします。
「ねえ、執事。君は誰かを想ったことがあるかい?」
「……ありません」
「僕のことも、なんとも思ってないってこと?」
「はい」
もちろん嘘でしたが、執事にはそう答えることしかできませんでした。
そんな執事を見て、王子はゆっくりと意地悪く微笑みました。
それはまるで全てを見透かされているようで、執事にはなんとも心地悪くて仕方ありませんでした。
「でもね。僕、好きな人いるから」
「ええ。心得ております」
執事が思い浮かべたのは隣国の姫の顔でした。時々王子の元を訪れる彼女は可憐で美しく、城の誰もがお似合いだと噂していました。
「違うよ。姫のことじゃあない」
「……それじゃあ先日来て頂いたご令嬢ですか?」
次に思い浮かべたのは貴族の令嬢の顔でした。王子とは気心の知れた仲でよくおしゃべりに花を咲かせていて、これまた城の誰もがお似合いだと噂していました。
「残念だけど、それも違う」
「え、それじゃあ……」
「前、男はごめんだって言ったけど、やっぱあれなし」
「え?」
「僕は男に恋したみたいなんだ」
執事にはわかってしまいました。
「へぇ、そう、ですか」
「あれ、もっと驚くかと思ったのに」
執事は驚くどころか、納得すらしていました。
「この怪我も、僕はその人に助けられえたんだ」
「それは。なんとも運命的ですね」
惚気るように甘い王子の口調も、楽しそうに歪むその瞳も、全ては自分に向けられているものでなく、フィユに向けられているものだと、執事にはすっかりわかっていました。
確かに、二人はお似合いでした。きっと性別の壁さえなければ今頃みんなに噂されていたでしょう。だけど、執事はそれを祝福する気にはなれませんでした。
執事には隠していることがありました。
キメラと人間の間に生まれた子。それが執事の正体でした。
異国の研究機関から逃げ出したキメラが、人間の女を襲い出来てしまった悲劇の子でした。
キメラが抹殺された後も、女は自分がキメラに襲われたなどと口が裂けても言えませんでした。
そうして子どもを抱えたまま、とうとう婚約者に自分たちの子どもができたのだと勘違いされてしまったのです。
ですから女は仕方なしに、産み落とした子が化け物だと気づかれないよう育てました。
自らの保身のため、母親は恐怖しながら彼を人間として育てました。
しかし、婚約者との本当の子どもができた頃、女は彼を殺そうとしました。
本当の子どもができたのだから、お前はもういらないのだと、少年を包丁で一突きしました。
「ママ、どうして、どうしてぼくを殺そうとするの? ぼく、何も悪いこと、してないのに」
『うるさい! 黙れ! どうしてお前は死なないんだ!!! 死ね! 死ね! この化け物が!』
女は狂ったように少年を刺し続けましたが、少年が倒れることはありません。
『お願いだから、これ以上アタシを苦しめないでよ!!! アンタなんか嫌いなの! 気持ちが悪いのよ! 出て行って! アタシの前に現れないで!』
「ママ、ごめんなさい。ぼく、ママの言う通りにいい子にするから、だから、そんなこと言わな……」
『うるさい! アンタなんかアタシの子じゃないのよ!!! 化け物が、殺してやる!』
「……ごめんなさい」
少年にはわかっていました。自分が愛されていないことも、自分が人間ではないことも。
だから、少年は母の元を去りました。本当は自分だって愛されたかったけれど。それが無理だってわかっていましたから。
それから少年は死を探す旅を始めました。その身一つで国々を渡り歩き、色んな手法で死のうとしました。
けれど、少年は死ねませんでした。いくら体が傷ついても、すぐに治ってしまうのです。
あてもなく、何もかもすっかり諦めて、人間の心を手放してしまいそうになった時、彼は王子と出会いました。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
まだ幼いその子はぼろぼろになった彼に近づき、その汚れた頬に触れようとしました。
「やめろ!」
彼は思わず王子のその小さな手を叩いてしまいました。
しかし、王子はそんなことに構う様子もなく、どうしたの? と問いを重ねました。
「……どうもしないさ。僕はただ死にたいだけなんだ。それなのに」
「あのね、お兄ちゃん、死なないで」
「はは。君にはまだわかんないだろうね。僕は死ぬべきなんだ」
「どうして?」
「どうして、か。それはやっぱり僕が化け物だからだろうね」
「お兄ちゃんは化け物なんかじゃないよ。お兄ちゃんはきっときれいな人だもん!」
王子は少年の頬の汚れを指で拭い取ると、にかっと笑いました。
「ぼくはリヴェルっていうんだ。お兄ちゃん、お名前は?」
「僕は――」
ジリリリリリリリ。
「う……」
夜明け前、執事は時計を止め、ベッドから起き上がりました。
「我ながら毎日よく飽きないものだ」
執事は自分の目元を拭い、頭を振って悪夢の余韻を無理やり振り払います。
「思えば既にあの時から好きになっていたのだろうな」
あの日向けられた太陽のように眩しい笑顔。それが未だに昨日のことのように鮮明に思い出せるのです。
あの後、色々な街を巡り、手に職をつけ、すっかり見違えた青年は、やがて宮廷執事となりました。
初仕事の日、青年は自分を励まし、少しの恵みを与えてくれた王子になんとお礼を言おうかと、どきどきしていました。きっと王子のことだから、明るく快活な少年に成長しているのだろうと執事は思っていました。そんな王子に、自分は全てをかけて尽くそうと思っていました。
しかし。
久々に会った少年は、どこか不気味なくらい大人びていて、可愛かった面影もないくらい笑うことをしませんでした。
そして王子は、執事と昔会ったことにも気づいた様子もありませんでした。
執事は、何度自分からあの時のことを覚えているのか問い詰めようと思ったかわかりません。王子とは別人だったのではないかとさえ思いました。
だけど、時折見せる王子の優しさや、あどけなさは、やはりあの頃のもので、執事は惹かれてしまうのでした。
「きっと王子は私にこれっぽっちの興味もないのでしょう」
執事は次第に強くなりゆく自分の想いを、決して王子に伝えることはしませんでした。
だって、それが叶わないものだとわかりきっていましたから。
未だに呼ばれたことのない自分の名。知っているのか知らないのかも分かりませんが、執事にとってそれは救いでもありました。執事にとって、名前などという忌々しい過去は捨ててしまいたいものだったのです。
「いっそ、誰からも忘れられてしまえばいいのに」
窓を開け、まだ薄暗く星の灯る空に願えば、その願いも叶ってしまうのではないかと思えるくらいに静かで幻想的な夜明けでした。
ああ。きっと今日は良い日よりになるのでしょう。
そう執事は思い、仕事に取り掛かりましたが。それは全くの間違いでした。
『いやあああああああ!』
『殺せ! 絶対城に入れるな!』
血の匂い、女子どもの叫び声、男たちの怒鳴り声。そして。
『キシキシキシキシ……』
地を這い、人を食らうおぞましい姿の怪物たち。
何事もなかったはずの日の終わり。
執事が愛したその場所は、一瞬にして地獄になってしまったのです。
『いったい、どこにこんな数のキメラが!』
『一斉に襲ってくるなんて!』
「迎撃しろ! 負傷したものは下がらせろ!」
王子は最前線に立ち、キメラたちを切り裂きながら兵士たちを鼓舞します。
「執事、お前は城の者と地下に避難だ」
「ですが」
「お前がいたって足手まといなだけだ。だから早く……おい?」
「う……」
ああ、自分もこんなに醜い姿なのだろうか。自分も正体を知られたならば、こんな風に殺されてしまうのだろうか。でも、きっと王子に殺されるのならば……。
「大丈夫か」
「ええ。すみません」
「なあ執事、お前は――」
『なんだって? フィユはまだ帰ってきていないのか!』
王子が何か言いかけたとき、城の方から叫び声が聞こえてきました。
「おい、どうした?」
『王子……。いえ、見習いのフィユが森に行ったっきり戻ってこなくて』
「……わかった。探してみよう」
「私も行きます」
「お前は皆と地下に……」
「いいえ」
はっきりと王子の言葉を遮った執事は、足に隠していた短刀を抜き取って――。
ざしゅ。
王子に迫っていたキメラを切り付け、倒しました。
「私が探します」
「へえ。なかなかやるじゃないか。てっきりお前は戦えないのかと思っていたよ」
「私とて身を守るくらいの力はあります」
「でも。お前は行くな」
「いいえ。行きます。これも執事としての役目ですので」
「行くなと言って……」
『ぎしゃあ!』
「ちょっとは大人しくしてろ!」
再び襲い掛かってきた化け物に、王子は剣を叩き込みます。
「王子はどうか皆を守ってください」
「あ、おい、待て!」
王子が化け物に気を取られた隙に、執事は森へと駆けだします。
「どうか、ご無事で」
そうぽつりと呟くと、執事は振り返ることもせずに足を速めました。
森をしばらく行くと、月明かりが届かないほどに鬱蒼と木々が生い茂る道のりが続きました。それは、不気味なほどに仄暗く、人間ならばきっと恐怖に駆られていたことでしょう。
「フィユ」
執事が先へ声をかけても、やはり返事はありません。そのまま闇を縫うように進み、同じような道を歩き。ようやく視界が開けたところで、静寂漂う湖に辿りつきました。
「いるんでしょう?」
星空を反射する美しい湖畔を見つめながら執事は静かに問いました。
「いるのはわかっていますよ。フィユ」
もう一度、今度は少し圧のある声で辺りに問いかけます。すると。
「あれ、先輩……? どうしてこんなところに?」
草むらを揺らし、顔を覗かせたフィユは、不思議そうな顔をして駆け寄ってきました。
「無事だったんですね」
「え、どういう意味ですか?」
「貴方が居ぬ間に、城はキメラの襲撃を受けたんです」
「キメラって……あの人間が作り出した化け物ですよね」
「ええ」
「王子は、みんなは、無事なんですか?!」
「数人負傷者を出しています。王子はまだご無事ですが、最前線にて交戦中です」
「えっ、それじゃあ先輩はどうしてここにいるんです?!」
「フィユ。少しいいですか?」
「はい?」
執事は、目の前まで来たフィユを静かに見つめ、半歩下がると――。
どしゅ。
表情を変えることなく、隠し持っていた短刀をフィユの足元に飛ばしました。
しかし、なんなくそれを躱したフィユはにこにこしながら、地面に刺さった短剣を見つめました。
「貴方は人間ではありませんね?」
「え~。先輩それってどういう意味です?」
短刀を地面から引き抜きながら投げかけた執事の問いに、フィユは笑って答えました。
どっ。
執事はそのまま短刀を振り下ろし、フィユの腕に刺しました。が。
「やはり化け物ですね」
「あ~あ。バレちゃったか」
その腕から血が流れることはなく。引き裂かれた服の間から見える腕は、鱗に覆われていて。
「ご明察。見ての通り。ボクもキメラだ」
くつくつ笑いながらそう言うと、フィユの顔はみるみるうちに黒く、鱗に覆われてゆきました。
「森で王子を助けたとき、貴方はどうも来るのが早すぎた。人間があんなに早く駆けつけられる訳がないんですよ」
「あは。王子に恩を売ろうとしたのが仇となったね」
「キメラたちをけしかけたのも貴方でしょう。いったい何のために」
「何のために? 人間を殺すのに、理由なんて必要ですか?」
「外道が」
「先輩、アンタもこっち側でしょう?」
「違う。私は人間で……」
「いいや。違うね。化け物のアンタにならわかるだろう? 人間を殺すとさあ、スカッとするんだよ」
「相当狂っている」
「ボクにいわせりゃアンタの方が狂ってるさ。化け物のくせに、人間を愛するなんてさ」
「誰が何を愛するんです?」
「アンタは王子を愛してる。だから馬鹿みたいに人間の真似をして仕えてるんでしょう?」
「それは貴方も同じでしょう?」
挑発するような瞳で見つめる執事を、フィユはアハハと嘲笑いました。
「一緒にしないでよ。ボクは最初っから、このしけた国を焼き払ってやるタイミングをうかがってただけだっての」
「貴方は人間として生きることができるはず。皆からも愛されている。それなのに……」
執事は、フィユが城の誰からも愛されるような少年だと知っていました。たとえ、それが演技だったとしても、彼には確かに人間としての居場所があるのです。
「そんな感情意味ないよ。みんな化け物だと知ったら血相変えて逃げ出すさ」
まあそんな表情を見ながら殺すのもいいんだけどね、と付け加える目の前の化け物に、執事はぞっとしました。
「まあ。城の皆にはお世話になったからねえ。たっぷりいたぶってあげないとね」
「貴方には思い出はないのですか?」
「反吐が出るほど退屈な時間だったよ」
「……私の目に映るフィユはいつも楽しげに見えました。それこそ普通の人間と同じように」
「は?」
「貴方ならきっと人間として生きることができるでしょう。貴方ならば……」
王子の隣にいることだって。その言葉を執事はひそりと飲み込みます。
「ああ。先輩はいつも冷めてましたもんね。いや、怯えていたのかな。いつ正体がバレるかもわからない中で、自然と人間から距離を置いて」
「ええ。私は臆病なのです。人間になろうとしてもなりきれない」
だから、目の前にいる同胞の人間らしさが羨ましかった。
「ボクだってなりきれませんよ」
「フィユ?」
ぽつりと呟かれたフィユの言葉は、怒り、悲しみ、嘆きがぐちゃぐちゃになったような色を含んでいました。
「そう。所詮は馴れ合えないんですよ。いくらボクらが人間の真似をしたって……。だったら、だからこそ、この腐りきった人間の世界を滅ぼすべきなんですよ」
顔を上げたフィユの瞳にあるのは、完全なる怒りでした。それは、悪でした。
「ああでも、貴方は王子のことが大切なんですよね」
「っ!」
執事は、憐れむように頬を撫でるフィユの手を払いのけました。
「ね、先輩。こっちについてくださいよ。先輩が手伝ってくれるんなら、王子はアンタのペットとして残してやってもいいよ」
「私は、人間を殺すなど……!」
「人間に情けなんていらない。人間がボクらを容赦なく殺そうとするように。ボクらも真っすぐ戦えばいい。それが謂わばボクらの本能なんだから」
「人間すべてが私たちに危害を与えるわけじゃない。……少なくとも、王子ならばきっと……」
「バカみたいなこと言わないでくださいよ? 全く、本当はわかってるくせに」
執事にはわかっていました。自分の本能が人間を殺せと叫んでいることを。しかし、王子を愛する心だけが唯一、それを止めているのでした。
「アンタの血は呪われてんだよ。アンタと王子じゃ釣り合わないんだ。だったら」
ふいにフィユが城の方へ向けて手をかざしました。
「やめろっ!」
びきっ。
フィユの手から炎が放たれる直前、執事の鋭い爪がその手を引き裂きました。
「ほらね。やっぱりそうだ。アンタは化け物。ボクと一緒」
切り落とされた腕を拾ってくっつけながら、フィユはとても楽しそうに笑いました。
「それだけじゃない。ボクとアンタにゃ同じ血が流れてんだよ。お兄ちゃん」
「なに、言って……」
「ボクもアンタと一緒なんだよ。あの化け物が暴れたときに出来た、望まれなかった子」
ま、ボクは生まれてすぐに母親に捨てられたんだけどね、と呟き、フィユは肩をすくめました。
「そんな……」
「同情なんていらないよ。ボクはその後、心優しい修道女に拾われたんだ」
そう言うと、フィユは手を組んで天を仰いで見せました。
「だけど、殺しちゃったよ」
「殺したって……」
あまりにあっけなく告げられた結末に戸惑う執事の手を取って、フィユは微笑みます。
「ねえお兄ちゃん。ボクはね、親切心で言ってるんだよ。ほら、ボクにも一応人間の血が流れてるからねえ。……ボクはその女が好きだったんだよ。愛してた。なのに。殺したんだよ。思い通りにいかなくてさあ! はは、面白いよね、あははははは!」
狂ったように笑う弟の過去が、まるで自分の未来のように思えて執事は言葉を失いました。
「だからさ。ボクは決めたんだ。化け物として生きていくって。そしたらボクは一人じゃないんだよ。ほら、見てよこんなに仲間がいるんだもの」
弟の示すその陰にはいくつもの異形がおぞましく蠢いていました。
「迎えに来たよ。お兄ちゃん。これでお兄ちゃんも一人じゃない」
「やめろ……」
みちみちと手の甲に食い込む弟の爪。それを振り払おうとすればするほど、自分の肌は人間の色からかけ離れて……。
「さ、ボクらで人間たちを滅ぼそう?」
「だから、そんなことは!」
「ねえ、お兄ちゃん」
呼びかける弟の瞳を見つめると、赤く、妖しく、燃えるような色をしていました。
「愛しい人の血はどんなに美しいだろうねえ」
「うう……」
「自分の牙で裂いた愛する肉はどんな味だろうか」
「ぐるる……」
頭に響くその声と、全てを支配するその瞳は執事を徐々に狂わせてゆきます。そして。
ざっ。
「何をしている」
「……」
気高さの染み込んだ姿勢、風に靡く髪、悪を憎む正義の瞳。差し込んでくる月の光に照らされた想い人は執事の目に、どこまでも神々しく映りました。
「執事……?」
王子が心配そうに一歩踏み出しますが。
「ぐる、う……」
「リヴェル王子 ! 助けてください……! 先輩が、いきなり襲ってきて……」
「ぐるるああああ!」
しゅっ。
執事は狂ったように叫んだあと、その手を振るいました。
「!」
しかし、ギリギリ残った理性によって、鋭い剣先は獲物を引き裂くことなく、虚空を薙ぎました。
「ぐっ、ぐがあああ」
あああ。引き裂きたい。血が見たい。食べたい。
ああ、リヴェル様。
執事の歪む視界に映るのは、ただ一人、愛した人間でした。
執事だって、人間なぞ嫌いでした。だけど、彼だけは。彼だけは特別でした。ずっと昔から執事の心に住み続けた、偽りなく愛しい人。
それを、執事は食べたくて仕方がありませんでした。
「リヴェル王子、先輩は……」
「どうした、執事、お前……」
執事は姿こそ人を留めていましたが、それも時間の問題でした。
あぁ、自分は本当に欠陥だらけだな。
化け物で。中途半端で。生殖機能すらまともに働いてない。
なんのために生まれたのか。
「ぐ……、私は、王子、貴方を……」
執事は王子を真っすぐに見据えると――。
がっ。
振るった短刀は、王子の頬を掠めてゆきました。
「さすが王子。これも避けるとは」
「何の真似だ」
「……貴方を、殺したいのです」
迫りくる狂気の炎を押さえつけ、執事は真っすぐにそう言い放ちました。
「まさかお前が裏切るとはな」
王子は頬を伝う血を拭うと、すらりと腰から細身の長剣を抜き、真っすぐ構えます。
「まさかもなにも。私が貴方の意向に沿ったことなどなかったでしょうに」
「ああ。そうだな。お前はいつだって僕の思い通りにならない」
自嘲気味にそう吐き捨てると、王子は目を瞑り、呼吸を整え――。
「執事、お前に僕を殺させはしない」
静かに睨み合い、二人は剣を合わせます。
幾度となく、ぶつかっては離れ、互いを掠め取り。執事と王子は踊りました。理性で律しきれない自らの想いを剣に乗せ、ただひたすらに。
「ああ。王子、貴方はやはり強い」
「お前こそ、ただの執事にしては強すぎだ」
執事の剣戟を受け流しながら後退する王子は、その皮肉に苦々しく笑いました。
「ええ。ただの執事じゃありませんから」
かんっ。
言い終わると同時に、執事は王子の剣を飛ばし、喉元に短刀を突き付けました。
「お前はいったい何者なんだ」
「さてね」
「どうしてこんな真似をするんだ」
「どうして、でしょうか」
「僕を殺すのか?」
王子は静かにそう問いかけ、執事を真っすぐに見つめました。
「だから、そうだと言って……」
「本当に?」
すっ。
ふいに王子は突き付けられたままの刃を指でなぞり、呟きました。
「なにを」
「怖いか?」
「は?」
「震えている」
言われて手元を見てみると、執事の握った短刀は、ガタガタと小刻みに震えていました。
「違う!」
殺したい、いや殺したくない。怖い、いや怖くない。この人が好きで、いや……。
「う……嫌、いや……」
「執事……?」
額に汗を伝わせた執事の目は、蝋燭の灯の如く狂気を揺らしていました。
「う、嫌だ、私は、うう、ぐぐ、う……」
どっ。
よろよろと後ろに下がった執事は、木にぶつかった衝撃で手から短刀を取り落としました。
「おい、しっかりしろ!」
そのまま衝撃に身を任せ、ずるずると倒れ込むのを王子が抱きかかえ、額を拭ってやりました。
「はは。駄目だよ。ちゃんとやらなくっちゃ」
「フィユ?」
ふいに楽しそうに笑いだす見習い執事に、王子は怪訝そうに視線を向けました。
しかし、フィユはその問いかけを無視して、王子ににじり寄り……。
「それとも、ボクがやってあげようか?」
執事に向かって、にったりと笑いました。
「や、めろ……」
「はは。君は自分を抑えるのがやっとでしょう?」
「ぐるる……」
「いいのかい。王子の前で」
喉を低く鳴らして威嚇する執事に、フィユはわざとらしく驚いて見せます。
「っ」
「ねぇ。いい加減にそんな人間らしい感情は捨てて、本能に従いなよ。化け物が人間に恋しても無理なんだよ」
「執事、やっぱり君は……」
「リヴェル王子は少し黙っててください」
ざしゅ。
「ぐっ」
何のためらいもなく振るわれたナイフは王子の腕を裂き、血を纏います。
「あ、ああ……」
その鮮やかな赤が、執事の本能にどれだけ訴えかけたことでしょう。
執事は今すぐにでも目先にある王子の肩にかぶりつきたいくらい狂っていました。
でも、執事はそれをありったけの理性をもって我慢しました。
ですが。
「やっぱり、リヴェル王子を殺らないと化け物になりきれないかな」
「やめろ……」
「死ね」
フィユは、執事の苦悩に構うこともなく、王子に向かって血に濡れたナイフを振りかざしました。そして。
「ぐ、ぐるるあああああああ!」
カツン。
王子を貫くより前に、フィユのナイフは、執事の鱗のついた腕で払い飛ばされてしまいました。
「おーおー恐い恐い。でもほら、リヴェル王子を見てみなよ」
言われるがまま王子の方を見ると、呆然とした顔で王子も執事を見ていました。
「あ……」
ああ、見られた。この醜い姿を。ついに見られてしまった。もう何もかも終わりだ。私は……。
「リヴェル王子。先輩はね、化け物なんです」
「ぐ……」
執事には、もう自分が人間だと弁解する気持ちも残っていませんでした。実際、今の自分は明らかに化け物でした。
「先輩は化け物だから。リヴェル王子を食べたくて仕方がないんです。そうでしょう?」
執事は王子から目を逸らし押し黙りました。そんな姿を見て、フィユはせせら笑います。
「怖いでしょう? 汚いでしょう? 醜いでしょう?」
「執事、やはりお前は……」
「ぐ……ああ……」
「ボクも先輩も化け物なんです。アンタたち人間とは違う」
フィユの瞳に映るのは憎しみ。彼もまた、人として生まれることのできなかった悲劇を、克服することができなかったのです。
「そう。アンタたち人間は、ボクたちにとっては餌でしかないんだよ!」
ぼこっ。
フィユの声に呼応するように、キメラがひとつふたつと土から這い出てゆき、王子を食らおうと蠢きました。
王子はキメラたちを剣で振り払いますが、如何せん数が多すぎて、まったくキリがないのです。
「お兄ちゃんもそろそろ催眠が効いてきたはずだ。リヴェル王子、アンタは自分が愛した化け物に食われるんだよ。はは! 最高のハッピーエンドだ!」
ふらふらと王子に近づく執事の目は、欲望に支配され、まるで光を宿していませんでした。
「……」
執事がその腕に噛みつこうとしますが、王子は碌に抵抗もせず、静かに目を閉じました。
それを見た執事は、己の愚かさ、己の狂気を急に突き付けられた気がして、一気に自分の熱が下がるのを感じました。
自分の化け物らしさ、そして、王子の人間らしさ。それがこうもはっきりと区別されてしまっては、いよいよ自分が、化け物という存在が、怖くなってしまうのでした。
「リ、ヴェル、さま……」
執事は、少しの間、取り戻した理性を糧に、今まで貯めていた力を一気に解放しました。
その力は、人間の兵器をはるかに凌駕するもので、キメラたちは一瞬にして灰と化しました。
「は……。まじ、かよ……。嘘、だろ……?」
「お前も、死ね」
間髪入れずに執事は、驚いたままのフィユに手をかけました。が、しかし。
「やめろ!」
王子が二人の間に立ちはだかります。
「は……?」
「王子、フィユは化け物です。私と一緒……。だから、死ぬべきだ」
執事は王子を振り払って、フィユに向かってその腕を振り下ろそうとしますが、やはり王子に止められるのでした。
「化け物なんかじゃない……」
静かに呟くその言葉に嘘偽りなどなく、執事にはそれがたまらなく羨ましく思えました。
「本当に王子はフィユに甘いですね」
「そうじゃない! お前は何もわかっていない。お前だって死ぬべきじゃないんだよ……!」
ああ。やはり王子はお優しい。あの頃と変わらない。
執事はあの日のことを思い出していました。化け物になろうとしていた自分を救ってくれた王子様。ああ、リヴェル様。私が人間でいられたのは貴方のおかげなのです。
「私なんかを側に置いてくれたこと感謝します」
ぼっ。
執事が指に灯した炎は次第に揺れながら大きさを増してゆきます。
その手を軽く振るうと、空に散らばり風に乗り、一つは城の方へと飛んでゆきました。
「な、なんてことを……! なんで、なんでアンタにだけ、そんな力が……」
頭を掻きむしりながら、フィユは力なく座り込みました。
「今のはいったい……?」
「この世界に蔓延る化け物を一掃したのです」
執事はなんてことないかのように告げました。
その瞳はフィユのものより、ずうっと赤く妖しく輝き、化け物の血の濃さを物語っていました。
「フィユ。貴方は人間としてやり直しなさい。きっと王子が守ってくれる」
「なに勝手なこと言って……」
「私の分まで幸せに、なんて押し付けがましいかな」
執事はフィユに近づくと、ぽんと頭を撫でました。
「おい……」
フィユは、何か言おうと思いましたが、それも飲み込んで項垂れてしまいました。
「王子、貴方のお陰で私は幸せでした。人間のように暮らせて、嬉しかった……」
「執事……。お前は……」
「王子のおっしゃる通りです。私は、貴方を……」
にこ。
執事は言葉の続きを呑み込んで、代わりに微笑みました。それはきっと、執事にとって最後の人間らしさだったのかもしれません。
「どうか、お幸せに」
執事がそれだけ告げると、執事の体は何の前触れもなく燃え始めました。
「ぼくはリヴェルっていうんだ。お兄ちゃん、お名前は?」
目を輝かせながら尋ねてくる王子に、少年は戸惑いました。
今まで生きてきた中で、少年は自分の名前を尋ねられたことなど一度もなかったからです。
「僕は……」
少年には、自分の存在を示す名など不要に思えました。化け物の自分に嫌々つけられた名など、なんの愛着もなかったからです。だけれども。
「ねえ、お兄ちゃん。ぼくに教えてよ」
そのとき少年は初めて自分の名を口にしていいような気がしました。
「僕は、ジル。ジルっていうんだ」
少年が上手くもない愛想笑いをしてみせると、王子はとびきりの笑顔をみせました。
「ジル! ああ、なんて素敵な名前だろう! ぼくはジルが気に入ったよ!」
王子に手を取られた少年は、今まで飾りだった名前が初めて自分のものになったような気がして、心がくすぐられるような、温かい気持ちになりました。
そう、その時初めて、少年は人間になれたのです。
「ね、ジル、ぼくのことも呼んで!」
「リヴェル……様」
「なんで、様ってつけるの?」
「だって、貴方は王子様でしょう?」
「え~、なんだ。バレちゃってたんだ」
「ええ、お名前を聞いて」
「あ~! 名前言わなきゃよかった!」
心底悔しそうにする王子に、少年はくすりと笑いました。
「ねえ、ジル。ジルは、ぼくが王子様でも友達になってくれる」
「友達、ですか?」
「うん。ぼくね、王子様だから、友達がいないの。みんなぼくのこと、ほんとに好きって言ってくれないんだもん」
その言葉に少年は、しょんぼりとする王子の頭をそっと撫でました。
「僕はリヴェル様のこと、好きですよ」
少年は優しく呟きました。
「!!! それ、ほんと?!」
「ええ。本当ですとも」
弾けそうな勢いで聞き返してくる王子に、少年は嫌悪など抱けませんでした。
全ての人間が信じられなくなって、憎んでいた少年は、王子に自分のようになってほしくないと嘘をついたつもりでした。
似たような境遇だと言っても、所詮は人間。好きになれるはずなどありませんでした。だけど。
「ね、ジル。明日もここに来て! おねがい! 明日はおいしいお菓子を持ってくるから!」
少年は、王子と過ごした少しの時で、消えかけていた人間の心を取り戻すことができたのです。
そして、自分を救ってくれた王子の笑顔を、人間として、ずっと側で見守っていたいと思いました。
その願いは少年の夢となり、希望となっていきました。
その願いこそが、彼を人間として縫い留める大切な思い出でした。
「ん……」
「起きたか。ジル」
「王子……?」
執事が目を覚ますと、王子がすぐ側で慈しむような瞳で微笑んでいました。
「なあジル。昔のように名前で呼んではくれないか」
日の光を受けて透き通る王子の瞳が、より一層美しく思えて、執事は思わず目を細めました。
「……リヴェル様」
「ああ、ジル。僕のジル」
促されるままにその名を呼ぶと、執事は王子に強く抱きしめられました。
ああ。これは死の瀬戸際で見る夢か。なんとも浅ましいものだ。
執事は自分の穢れを恨みましたが、目の前に広がる光景があまりにも自分の欲求に忠実で、ふわふわとその身を全て託してしまいたいとさえ思いました。
「リヴェル様、私は……」
「ジル。ああジル。僕は馬鹿だった。君に二度も恋をしたのに」
感情のままに執事を掻き抱く王子は、少し震えていて。執事はその背をそっと撫でてやりました。
「初めは幼少期の頃。思えばあれが初恋だった。君は綺麗だった。あの頃から綺麗だった。そしてまた恋をした。いくら待っても現れない君を、忘れようと思っていたのに!」
「そんなものは恋ではありませんよ」
「それなのに、君は感情を凍らせてしまったみたいに、冷たく無表情になって帰ってきた」
「それは貴方もでしょう?」
「僕は……そうだな。僕も君も子どもではいられなかった。君もきっと苦労してきたのだろう。僕だって王子の名は飾りじゃない。公務のために自分を殺してやってきたつもりさ」
「リヴェル様……」
「でも。君が自分を殺すのは許せなかったんだ。君には人間でいてほしかった。叫んでほしかった。だから、僕は君に辛く当たったり、鎌をかけたりしたんだ」
「やめてください」
「怒っているのか?」
「こんなのは都合の良すぎる夢だ。あまりにも酷い……」
「ジル。顔を上げて。その美しい顔を見せておくれ」
王子は、俯く執事の頬に手を添え、優しい声で願いました。
「ああ。リヴェル様。こんな夢を見てしまうなんて。お許しください」
とうとう堪えきれなくなった感情が執事の頬を伝い、流れ落ちました。
「ジル、お願いだ。本当のことを言ってごらん。僕に素直に言ってごらん」
王子はそっと涙を指で拭ってやると、諭すように執事の肩を抱きます。
「これが最後のチャンスなんだから。夢でもなんでもいいから。言ってくれ。それとも、言葉を飲み込んだままに死んでしまうつもりかい?」
どこまでも優しいその声音に、執事は、夢に溺れてゆくように力を抜き、身を委ねました。
「リヴェル様。私は……。私は、貴方が好きなのです。愛しているのです。もうずっと昔から、私は貴方の言葉に支えられていたのです。貴方のおかげで生きてこれたのです」
執事はこれまでにないくらいすっきりとした表情で言いました。
「ジル。僕も君を愛しているよ。ね、僕たちはこんなにも想い合っていたのにね。どうして素直になれなかったんだろうね」
王子は執事の手を取ると、そっと唇を寄せました。
「いけません、たとえ夢でも、こんなことは。私は、貴方の側で貴方を見守るだけでよかったのに……。そのためだけに、人間のフリをしてきたというのに……。私は、それ以上のことなど……」
「ジル。まさか君がそんな風に思っていたなんて。ああ、ジル。僕は君に触れたいんだ。どうか、許してくれよ」
「ああ、リヴェル様。私は幸せです。後ろめたくも幸せなのです。貴方に夢でも会えて。望み通りの言葉を貰えて。こんな最期なら、こんな人生も悪くはないと思えるのです」
「ふふ。ジルは本当にかわいいね。いいよ。お眠り。眠ったらまたこれからのことは考えよう」
王子はそう言うと、執事の髪を撫で、口づけを落としました。
城が燃え、人々の悲鳴が響き渡る中、王子は笑いました。
王子はあの後、執事が燃えるのを何とか助けて城へと戻りました。
王子は、酷い怪我を負った執事を一刻も早く治そうと、城の者に言いつけました。
しかし、返ってきたのは、悲鳴でした。化け物に対する恐怖と憎悪でした。
「なんだ。君たちもわからないのか」
王子は、襲ってくる従者を躊躇いもなく切り裂きました。
その鋭く尖ったおぞましい爪で。
「この力もなかなか便利なものだ」
王子は、フィユのものだったその力に感嘆しました。
フィユは血の繋がり故か、最後に人間らしさを見せ、執事が燃えるのを助けようとしました。が、それを王子があっさりと殺し、自分の中に力を取り込んでしまったのです。
「上手く取り込めて良かったよ」
王子は初めて執事と会った時から、城にある資料を読み漁っていました。だからこそ、簡単にフィユを殺すことも、取り込むこともできたのです。
「そう。君がキメラであることはわかってたんだよ。ジル。だって僕はお父様からよく聞かされていたからね」
王子は、執事の体を治療しながら独り言ちました。
「ジル、君の父親を作ったのは僕の家なんだ。造兵のためにと禁忌を犯したんだ。だけど、そんなことはどうでもいい。僕はあのとき、君が目の前に現れたその瞬間、僕の人生は君を手に入れる、それだけのためになったんだから。君はボロボロでありながらも美しかった。そう、君は美しいんだよジル。人間だのキメラだの、そんなことはどうでもよくなるくらいに、君は僕の全てを夢中にさせたのだから」
だから、王子は皆を殺したって平気なのです。もう随分昔から王子の瞳には執事しか映らなくなっていたのですから。
「やっと君と二人きりになれたんだ。じっくりと愛し合おう、ジル」
鉄の匂いと焦げた匂いとが入り混じる場所で、王子は執事を抱き、幸せそうに微笑みました。
リヴェル 王子。執事には冷たい。
ジル 執事。王子のことが好き。キメラと人間のハーフ。全部隠してる。
フィユ 執事見習い。男だけど少女みたいに可愛い。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あるところに王子に仕える執事がおりました。
執事は王子に恋をしていましたが、身分や性別、あらゆる壁があったものですから、自分の気持ちに蓋をして心を殺して仕えていました。
あるとき執事は、王子と見習い執事が庭で話しているのを耳にします。
「あの執事も、お前くらい可愛かったらよかったのにな」
「えへへ。リヴェル王子に褒められると照れちゃいます……!」
見習い執事であるフィユは、男だというのにまるで天使のようにふわふわとした可愛い外見で、赤く染まった頬を覆う仕草がとても似合っていました。
執事は窓に映る自分を見つめます。人殺しのように鋭い目つき。墨のように真っ黒な髪。不健康な真っ白い肌。
「……まるで死神みたいだ」
執事は、自分の髪の毛を撫でつけた後、そっとため息を吐くのでした。
「ね。お前さ、僕のこと好きでしょ?」
ある日のこと。執事がいつものように王子の身の回りのお世話をしていると、突拍子もない言葉が降りかかってきました。
「ありえません」
執事は内心どぎまぎしながら、表ではいたって普通の顔をして返します。
「そっかな~。ま、僕にそれ言われても応えられないからね」
「……」
執事はさらりと告げる王子に、返す言葉も見つかりませんでした。
「別に僕はそういうのに偏見はないよ。でも自分は嫌だ。気持ち悪い。だから君はくれぐれも間違えないでくれよ」
「ええ。もちろんです」
この時にはもう、執事の心はずたぼろのどん底でしたが、彼の心はとっくに死んでいたので、口は心にもないことを紡ぎました。
「そうそう。君はとりわけ優秀な執事なんだ。君を失いたくはない」
ああ、もちろんです。もちろんですとも。私は貴方の執事。ただの執事なのですから。こんなに褒めていただいて、それ以上をどうして望めましょうか。
その翌日、王子の元に昔なじみの来客がありました。執事はもちろん、いつものように誰もが感嘆するほどの応対をそつなくこなしていました。が、しかし。
「執事」
「はい」
呼び止める主人の言葉に執事が振り向くと、がしゃり、という音が静かな室内に響きました。
服に飛び散った紅茶。そして地面で砕ける陶器。
それを見て、執事はようやく自分にティーカップが投げつけられたのだと思い当たりました。
「こんな不味いものを客に飲ませるな」
『えっと。王子、そこまでしなくとも。いつもと変わらずおいしかったですぞ』
怒鳴っているわけでもないのに冷たく鋭い王子の言葉に、客人が遠慮がちにフォローを入れます。
「いや。執事、お前は手を抜いただろう?」
「そんなつもりは……」
それでも詰問する王子に、執事は言葉を詰まらせてしまいました。
「それじゃあ何故いつもと違う」
「……申し訳ございません」
執事は、確かにいつも通りやっていたつもりでしたが、自分の心を律しきれていなかったことが後ろめたく、否定することができませんでした。
すっかり場の空気を悪くしてしまったことを恥じ、執事は座り込んで割れたカップの破片を集めました。
『まぁまぁ。きっと執事くんも疲れていたのでしょう』
「代わりの紅茶をすぐにご用意しますので」
客人の心遣いに感謝しながら、執事は紅茶の準備にかかろうとしましたが……。
「お前はもういい。おい、ワインを持ってきてくれ」
『はい』
王子は、傍らにいたメイドに冷たい声で申し付けました。
「……」
ずき。
いつの間にか強く握りしめてしまった執事の手のひらに、カップの破片が刺さりました。
ああ、私はなんて無能なのだろうか。王子にお客様の前で恥をかかせてしまうなど。
「おい。なにをしてる」
「す、すみません。すぐに片付けを――」
執事は、すぐにこの場を立ち去ろうとしましたが、はし、と王子に手を取られ逃げることも敵いません。
「明日の狩り、お前の代わりを立てておけ」
「え……?」
耳元で囁く王子の顔を見つめると、氷のような瞳と目が合います。執事は、それが自分のせいなのだと思うと、とても悲しくなりました。
「お前はついてこなくていい。体を休めておけ」
「わ、私なら大丈夫で……」
「なあ執事。あんまり僕をがっかりさせないでくれよ?」
ぺろ。
手を引き寄せられたかと思うと、人差し指から出た血を王子が舐め取っていました。
その妖艶でどこか危なげな光景に、執事は抵抗することもできず、目を逸らして時が過ぎるのを待つのがやっとでした。
『大丈夫かね?』
客人の問いかけでようやく解放された執事は、おそるおそる客人の様子をうかがいました。
客人はさっきと変わらず椅子に腰かけ、紅茶を飲んでいました。
どうやら一連の出来事は見えていなかったらしいとわかり、執事がほっとしていると。
「あの方は目と耳が悪いからね」
後ろから王子に低く囁かれ、思わず自分の耳を塞いでしまいました。
『ワインをお持ちしました』
「ああ、ありがとう」
そんな執事の動作を気にした素振りもなく、王子はメイドからワインを受け取りに行きました。
『これはなかなか手に入らないというアレかね』
「ええ」
執事はその後ぼんやりとする頭で、談笑する客人と王子の声を聞きながら破片を片し、外に出ました。
指先を見つめると、未だに王子の感触が残っているような気がします。
ああ。私はこんなときでも貴方への憧れを断ち切れない。
もう片方の手で自分の指を包み込み、抱き寄せると、なんとも情けない気持ちになるのでした。
王子が狩りに出掛けた日、執事は久々の休日にすっかり参っていました。
執事にとって王子に仕えることこそが、自分の人生の使い方でしたので、それ以外のことに時間を使うとなるとどうしてよいのかわからず、結局、城の掃除に費やしていました。それでも片手間に王子のことばかり考えてしまう自分を呪い、その都度首を振って意味のない思考を振り落とし、そっとため息をつくのでした。
それから、何度目かのため息をついたとき、慌ただしく城の入り口に現れた王子の兵がとんでもない形相で叫びました。
『大変だ! 王子が森で狼に襲われて!』
「何ですって?」
箒を投げ出して兵士に詰め寄ると、兵士は息も絶え絶えに話します。
『王子を助けようとみんなで立ち向かったんですが……とうとう俺だけになっちまって……それで、王子が、俺に城に助けを呼んできてくれって……!』
「っ!」
『あ、執事さん!』
騒動を聞き駆け付けたメイドの制止を振り切って、執事は瞬く間に駆けだしました。
森に差し掛かったところで、走るスピードをぐんとあげました。風のように速く走る執事の姿に、森の動物たちは避けるようにして逃げ出しました。
そうしてあっという間に王子の元へたどり着くと、王子を取り囲んでいた狼たちの前へと躍り出ました。
「王子!」
王子はどうやら気を失っているようで、返事なく、ぐったりと倒れ込んでいました。
「よくもまあ人間の貴方が、これだけの数を相手に……」
辺りを見渡すと、そこここに赤く血で塗れた人だったものが落ちていました。
狼たちの口は赤く染まり、その目はぎらぎらとこちらを狙っているようでした。
「……よくも王子を」
きっ、と狼の群れを睨みつけると、今までいきり立っていた狼たちも流石にその異様な圧を感じ取り、怯んだ表情を見せました。
しかし、怯んだのも束の間。ボスが吠えたのを合図に、狼たちは一斉に執事に飛びかかりました。
どしゅ。
執事がその鋭い爪を横に振るうと同時に、狼たちは地面に叩きつけられていました。
「ぐるるるるる……」
何が起こったのかわからない、といった様子の狼のボスに執事が低く唸って威嚇してやると、狼は尻尾を巻いて仲間ともども逃げ出してゆきました。
「王子……」
「ん……」
執事は、倒れ込んでいる王子の横に跪き、その頬にそっと手を伸ばそうとしましたが。
「おおい、王子様~!」
近づいてくるその声に我に返ると、王子に手を触れぬまま、執事は物陰に隠れました。
「王子様! ああ、どうかしっかりしてください!」
聞き覚えのあるその声の主、見習い執事のフィユがそっと王子に触れます。すると、ぱちりと王子の目が開かれて、王子が彼を真っ直ぐに見つめます。
「もしかして、君が助けてくれたのかい?」
「わあ、リヴェル王子、しゃべらないでください! 酷い怪我なんですから!」
必死に介抱するフィユ姿は、なんだかとても絵になっていて、自分がとても醜く思えました。
自分なんかでは到底あのような安らぎを王子に与えることなどできない。きっと、王子が自分の目の前で目覚めていたのならば恐らく……。
執事は自分の手を見つめて絶望しました。
黒い鱗に覆われた体、鋭い爪、ちぐはぐな背中の羽根、いかれた赤い瞳。
そのどれもが、彼をこの世のものでない怪物なのだと物語っているのですから。
きっと、王子がこんな姿を見たら、いくら優しい彼でも一瞬で拒絶するはずなのです。
「王子、お怪我の具合は」
「だいぶ良くなったよ」
あれからしばらく、怪我を負いながらも城に戻った王子を、フィユは必死に看病していました。もちろん執事も支えとなりましたが、二人の邪魔をしまいという気遣いから王子に話しかけることを控えていました。
「それは、良かったです」
「はは。ありがとう」
珍しくからりと笑ってみせるその王子の表情に、執事はいたたまれない気持ちになりました。
きっと王子は皆を守れなかったことを悔いているのだろう。
王子に長く仕えてきた執事には、それがわかってしまうのでした。
王子が生き残れたことこそが奇跡だというのに。恥じることなどどこにもないのに。
「君も、だいぶ落ち着いたみたいだね」
何と声をかけるべきかと考えあぐねていたところに、そんな言葉が投げかけられたものですから、執事は何のことかとしばらく考えて、それから、はた、とこの前のミスに思い当たりました。
「先日はご迷惑を」
――なあ執事。あんまり僕をがっかりさせないでくれよ?――
言うと同時に蘇る記憶。冷たい視線。フィユと見つめ合う姿。それらがぐるぐると混ざり合って、処理しきれないほどの感情に繋がって。
結局、執事は全てを放棄しました。そう、全ての感情に蓋をして、凍らせて、全てを諦めて。人形のように生きてゆくのだと、自分に言い聞かせたのです。しかし。
「それにこっちも」
王子に手を取られると嫌でもわかってしまうのです。
「すっかり綺麗になったんだな」
「ええ、怪我の治りが良いもので」
人差し指をゆっくりと撫で上げる王子に、何とか執事は平気な顔で返事をします。
「ねえ、執事。君は誰かを想ったことがあるかい?」
「……ありません」
「僕のことも、なんとも思ってないってこと?」
「はい」
もちろん嘘でしたが、執事にはそう答えることしかできませんでした。
そんな執事を見て、王子はゆっくりと意地悪く微笑みました。
それはまるで全てを見透かされているようで、執事にはなんとも心地悪くて仕方ありませんでした。
「でもね。僕、好きな人いるから」
「ええ。心得ております」
執事が思い浮かべたのは隣国の姫の顔でした。時々王子の元を訪れる彼女は可憐で美しく、城の誰もがお似合いだと噂していました。
「違うよ。姫のことじゃあない」
「……それじゃあ先日来て頂いたご令嬢ですか?」
次に思い浮かべたのは貴族の令嬢の顔でした。王子とは気心の知れた仲でよくおしゃべりに花を咲かせていて、これまた城の誰もがお似合いだと噂していました。
「残念だけど、それも違う」
「え、それじゃあ……」
「前、男はごめんだって言ったけど、やっぱあれなし」
「え?」
「僕は男に恋したみたいなんだ」
執事にはわかってしまいました。
「へぇ、そう、ですか」
「あれ、もっと驚くかと思ったのに」
執事は驚くどころか、納得すらしていました。
「この怪我も、僕はその人に助けられえたんだ」
「それは。なんとも運命的ですね」
惚気るように甘い王子の口調も、楽しそうに歪むその瞳も、全ては自分に向けられているものでなく、フィユに向けられているものだと、執事にはすっかりわかっていました。
確かに、二人はお似合いでした。きっと性別の壁さえなければ今頃みんなに噂されていたでしょう。だけど、執事はそれを祝福する気にはなれませんでした。
執事には隠していることがありました。
キメラと人間の間に生まれた子。それが執事の正体でした。
異国の研究機関から逃げ出したキメラが、人間の女を襲い出来てしまった悲劇の子でした。
キメラが抹殺された後も、女は自分がキメラに襲われたなどと口が裂けても言えませんでした。
そうして子どもを抱えたまま、とうとう婚約者に自分たちの子どもができたのだと勘違いされてしまったのです。
ですから女は仕方なしに、産み落とした子が化け物だと気づかれないよう育てました。
自らの保身のため、母親は恐怖しながら彼を人間として育てました。
しかし、婚約者との本当の子どもができた頃、女は彼を殺そうとしました。
本当の子どもができたのだから、お前はもういらないのだと、少年を包丁で一突きしました。
「ママ、どうして、どうしてぼくを殺そうとするの? ぼく、何も悪いこと、してないのに」
『うるさい! 黙れ! どうしてお前は死なないんだ!!! 死ね! 死ね! この化け物が!』
女は狂ったように少年を刺し続けましたが、少年が倒れることはありません。
『お願いだから、これ以上アタシを苦しめないでよ!!! アンタなんか嫌いなの! 気持ちが悪いのよ! 出て行って! アタシの前に現れないで!』
「ママ、ごめんなさい。ぼく、ママの言う通りにいい子にするから、だから、そんなこと言わな……」
『うるさい! アンタなんかアタシの子じゃないのよ!!! 化け物が、殺してやる!』
「……ごめんなさい」
少年にはわかっていました。自分が愛されていないことも、自分が人間ではないことも。
だから、少年は母の元を去りました。本当は自分だって愛されたかったけれど。それが無理だってわかっていましたから。
それから少年は死を探す旅を始めました。その身一つで国々を渡り歩き、色んな手法で死のうとしました。
けれど、少年は死ねませんでした。いくら体が傷ついても、すぐに治ってしまうのです。
あてもなく、何もかもすっかり諦めて、人間の心を手放してしまいそうになった時、彼は王子と出会いました。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
まだ幼いその子はぼろぼろになった彼に近づき、その汚れた頬に触れようとしました。
「やめろ!」
彼は思わず王子のその小さな手を叩いてしまいました。
しかし、王子はそんなことに構う様子もなく、どうしたの? と問いを重ねました。
「……どうもしないさ。僕はただ死にたいだけなんだ。それなのに」
「あのね、お兄ちゃん、死なないで」
「はは。君にはまだわかんないだろうね。僕は死ぬべきなんだ」
「どうして?」
「どうして、か。それはやっぱり僕が化け物だからだろうね」
「お兄ちゃんは化け物なんかじゃないよ。お兄ちゃんはきっときれいな人だもん!」
王子は少年の頬の汚れを指で拭い取ると、にかっと笑いました。
「ぼくはリヴェルっていうんだ。お兄ちゃん、お名前は?」
「僕は――」
ジリリリリリリリ。
「う……」
夜明け前、執事は時計を止め、ベッドから起き上がりました。
「我ながら毎日よく飽きないものだ」
執事は自分の目元を拭い、頭を振って悪夢の余韻を無理やり振り払います。
「思えば既にあの時から好きになっていたのだろうな」
あの日向けられた太陽のように眩しい笑顔。それが未だに昨日のことのように鮮明に思い出せるのです。
あの後、色々な街を巡り、手に職をつけ、すっかり見違えた青年は、やがて宮廷執事となりました。
初仕事の日、青年は自分を励まし、少しの恵みを与えてくれた王子になんとお礼を言おうかと、どきどきしていました。きっと王子のことだから、明るく快活な少年に成長しているのだろうと執事は思っていました。そんな王子に、自分は全てをかけて尽くそうと思っていました。
しかし。
久々に会った少年は、どこか不気味なくらい大人びていて、可愛かった面影もないくらい笑うことをしませんでした。
そして王子は、執事と昔会ったことにも気づいた様子もありませんでした。
執事は、何度自分からあの時のことを覚えているのか問い詰めようと思ったかわかりません。王子とは別人だったのではないかとさえ思いました。
だけど、時折見せる王子の優しさや、あどけなさは、やはりあの頃のもので、執事は惹かれてしまうのでした。
「きっと王子は私にこれっぽっちの興味もないのでしょう」
執事は次第に強くなりゆく自分の想いを、決して王子に伝えることはしませんでした。
だって、それが叶わないものだとわかりきっていましたから。
未だに呼ばれたことのない自分の名。知っているのか知らないのかも分かりませんが、執事にとってそれは救いでもありました。執事にとって、名前などという忌々しい過去は捨ててしまいたいものだったのです。
「いっそ、誰からも忘れられてしまえばいいのに」
窓を開け、まだ薄暗く星の灯る空に願えば、その願いも叶ってしまうのではないかと思えるくらいに静かで幻想的な夜明けでした。
ああ。きっと今日は良い日よりになるのでしょう。
そう執事は思い、仕事に取り掛かりましたが。それは全くの間違いでした。
『いやあああああああ!』
『殺せ! 絶対城に入れるな!』
血の匂い、女子どもの叫び声、男たちの怒鳴り声。そして。
『キシキシキシキシ……』
地を這い、人を食らうおぞましい姿の怪物たち。
何事もなかったはずの日の終わり。
執事が愛したその場所は、一瞬にして地獄になってしまったのです。
『いったい、どこにこんな数のキメラが!』
『一斉に襲ってくるなんて!』
「迎撃しろ! 負傷したものは下がらせろ!」
王子は最前線に立ち、キメラたちを切り裂きながら兵士たちを鼓舞します。
「執事、お前は城の者と地下に避難だ」
「ですが」
「お前がいたって足手まといなだけだ。だから早く……おい?」
「う……」
ああ、自分もこんなに醜い姿なのだろうか。自分も正体を知られたならば、こんな風に殺されてしまうのだろうか。でも、きっと王子に殺されるのならば……。
「大丈夫か」
「ええ。すみません」
「なあ執事、お前は――」
『なんだって? フィユはまだ帰ってきていないのか!』
王子が何か言いかけたとき、城の方から叫び声が聞こえてきました。
「おい、どうした?」
『王子……。いえ、見習いのフィユが森に行ったっきり戻ってこなくて』
「……わかった。探してみよう」
「私も行きます」
「お前は皆と地下に……」
「いいえ」
はっきりと王子の言葉を遮った執事は、足に隠していた短刀を抜き取って――。
ざしゅ。
王子に迫っていたキメラを切り付け、倒しました。
「私が探します」
「へえ。なかなかやるじゃないか。てっきりお前は戦えないのかと思っていたよ」
「私とて身を守るくらいの力はあります」
「でも。お前は行くな」
「いいえ。行きます。これも執事としての役目ですので」
「行くなと言って……」
『ぎしゃあ!』
「ちょっとは大人しくしてろ!」
再び襲い掛かってきた化け物に、王子は剣を叩き込みます。
「王子はどうか皆を守ってください」
「あ、おい、待て!」
王子が化け物に気を取られた隙に、執事は森へと駆けだします。
「どうか、ご無事で」
そうぽつりと呟くと、執事は振り返ることもせずに足を速めました。
森をしばらく行くと、月明かりが届かないほどに鬱蒼と木々が生い茂る道のりが続きました。それは、不気味なほどに仄暗く、人間ならばきっと恐怖に駆られていたことでしょう。
「フィユ」
執事が先へ声をかけても、やはり返事はありません。そのまま闇を縫うように進み、同じような道を歩き。ようやく視界が開けたところで、静寂漂う湖に辿りつきました。
「いるんでしょう?」
星空を反射する美しい湖畔を見つめながら執事は静かに問いました。
「いるのはわかっていますよ。フィユ」
もう一度、今度は少し圧のある声で辺りに問いかけます。すると。
「あれ、先輩……? どうしてこんなところに?」
草むらを揺らし、顔を覗かせたフィユは、不思議そうな顔をして駆け寄ってきました。
「無事だったんですね」
「え、どういう意味ですか?」
「貴方が居ぬ間に、城はキメラの襲撃を受けたんです」
「キメラって……あの人間が作り出した化け物ですよね」
「ええ」
「王子は、みんなは、無事なんですか?!」
「数人負傷者を出しています。王子はまだご無事ですが、最前線にて交戦中です」
「えっ、それじゃあ先輩はどうしてここにいるんです?!」
「フィユ。少しいいですか?」
「はい?」
執事は、目の前まで来たフィユを静かに見つめ、半歩下がると――。
どしゅ。
表情を変えることなく、隠し持っていた短刀をフィユの足元に飛ばしました。
しかし、なんなくそれを躱したフィユはにこにこしながら、地面に刺さった短剣を見つめました。
「貴方は人間ではありませんね?」
「え~。先輩それってどういう意味です?」
短刀を地面から引き抜きながら投げかけた執事の問いに、フィユは笑って答えました。
どっ。
執事はそのまま短刀を振り下ろし、フィユの腕に刺しました。が。
「やはり化け物ですね」
「あ~あ。バレちゃったか」
その腕から血が流れることはなく。引き裂かれた服の間から見える腕は、鱗に覆われていて。
「ご明察。見ての通り。ボクもキメラだ」
くつくつ笑いながらそう言うと、フィユの顔はみるみるうちに黒く、鱗に覆われてゆきました。
「森で王子を助けたとき、貴方はどうも来るのが早すぎた。人間があんなに早く駆けつけられる訳がないんですよ」
「あは。王子に恩を売ろうとしたのが仇となったね」
「キメラたちをけしかけたのも貴方でしょう。いったい何のために」
「何のために? 人間を殺すのに、理由なんて必要ですか?」
「外道が」
「先輩、アンタもこっち側でしょう?」
「違う。私は人間で……」
「いいや。違うね。化け物のアンタにならわかるだろう? 人間を殺すとさあ、スカッとするんだよ」
「相当狂っている」
「ボクにいわせりゃアンタの方が狂ってるさ。化け物のくせに、人間を愛するなんてさ」
「誰が何を愛するんです?」
「アンタは王子を愛してる。だから馬鹿みたいに人間の真似をして仕えてるんでしょう?」
「それは貴方も同じでしょう?」
挑発するような瞳で見つめる執事を、フィユはアハハと嘲笑いました。
「一緒にしないでよ。ボクは最初っから、このしけた国を焼き払ってやるタイミングをうかがってただけだっての」
「貴方は人間として生きることができるはず。皆からも愛されている。それなのに……」
執事は、フィユが城の誰からも愛されるような少年だと知っていました。たとえ、それが演技だったとしても、彼には確かに人間としての居場所があるのです。
「そんな感情意味ないよ。みんな化け物だと知ったら血相変えて逃げ出すさ」
まあそんな表情を見ながら殺すのもいいんだけどね、と付け加える目の前の化け物に、執事はぞっとしました。
「まあ。城の皆にはお世話になったからねえ。たっぷりいたぶってあげないとね」
「貴方には思い出はないのですか?」
「反吐が出るほど退屈な時間だったよ」
「……私の目に映るフィユはいつも楽しげに見えました。それこそ普通の人間と同じように」
「は?」
「貴方ならきっと人間として生きることができるでしょう。貴方ならば……」
王子の隣にいることだって。その言葉を執事はひそりと飲み込みます。
「ああ。先輩はいつも冷めてましたもんね。いや、怯えていたのかな。いつ正体がバレるかもわからない中で、自然と人間から距離を置いて」
「ええ。私は臆病なのです。人間になろうとしてもなりきれない」
だから、目の前にいる同胞の人間らしさが羨ましかった。
「ボクだってなりきれませんよ」
「フィユ?」
ぽつりと呟かれたフィユの言葉は、怒り、悲しみ、嘆きがぐちゃぐちゃになったような色を含んでいました。
「そう。所詮は馴れ合えないんですよ。いくらボクらが人間の真似をしたって……。だったら、だからこそ、この腐りきった人間の世界を滅ぼすべきなんですよ」
顔を上げたフィユの瞳にあるのは、完全なる怒りでした。それは、悪でした。
「ああでも、貴方は王子のことが大切なんですよね」
「っ!」
執事は、憐れむように頬を撫でるフィユの手を払いのけました。
「ね、先輩。こっちについてくださいよ。先輩が手伝ってくれるんなら、王子はアンタのペットとして残してやってもいいよ」
「私は、人間を殺すなど……!」
「人間に情けなんていらない。人間がボクらを容赦なく殺そうとするように。ボクらも真っすぐ戦えばいい。それが謂わばボクらの本能なんだから」
「人間すべてが私たちに危害を与えるわけじゃない。……少なくとも、王子ならばきっと……」
「バカみたいなこと言わないでくださいよ? 全く、本当はわかってるくせに」
執事にはわかっていました。自分の本能が人間を殺せと叫んでいることを。しかし、王子を愛する心だけが唯一、それを止めているのでした。
「アンタの血は呪われてんだよ。アンタと王子じゃ釣り合わないんだ。だったら」
ふいにフィユが城の方へ向けて手をかざしました。
「やめろっ!」
びきっ。
フィユの手から炎が放たれる直前、執事の鋭い爪がその手を引き裂きました。
「ほらね。やっぱりそうだ。アンタは化け物。ボクと一緒」
切り落とされた腕を拾ってくっつけながら、フィユはとても楽しそうに笑いました。
「それだけじゃない。ボクとアンタにゃ同じ血が流れてんだよ。お兄ちゃん」
「なに、言って……」
「ボクもアンタと一緒なんだよ。あの化け物が暴れたときに出来た、望まれなかった子」
ま、ボクは生まれてすぐに母親に捨てられたんだけどね、と呟き、フィユは肩をすくめました。
「そんな……」
「同情なんていらないよ。ボクはその後、心優しい修道女に拾われたんだ」
そう言うと、フィユは手を組んで天を仰いで見せました。
「だけど、殺しちゃったよ」
「殺したって……」
あまりにあっけなく告げられた結末に戸惑う執事の手を取って、フィユは微笑みます。
「ねえお兄ちゃん。ボクはね、親切心で言ってるんだよ。ほら、ボクにも一応人間の血が流れてるからねえ。……ボクはその女が好きだったんだよ。愛してた。なのに。殺したんだよ。思い通りにいかなくてさあ! はは、面白いよね、あははははは!」
狂ったように笑う弟の過去が、まるで自分の未来のように思えて執事は言葉を失いました。
「だからさ。ボクは決めたんだ。化け物として生きていくって。そしたらボクは一人じゃないんだよ。ほら、見てよこんなに仲間がいるんだもの」
弟の示すその陰にはいくつもの異形がおぞましく蠢いていました。
「迎えに来たよ。お兄ちゃん。これでお兄ちゃんも一人じゃない」
「やめろ……」
みちみちと手の甲に食い込む弟の爪。それを振り払おうとすればするほど、自分の肌は人間の色からかけ離れて……。
「さ、ボクらで人間たちを滅ぼそう?」
「だから、そんなことは!」
「ねえ、お兄ちゃん」
呼びかける弟の瞳を見つめると、赤く、妖しく、燃えるような色をしていました。
「愛しい人の血はどんなに美しいだろうねえ」
「うう……」
「自分の牙で裂いた愛する肉はどんな味だろうか」
「ぐるる……」
頭に響くその声と、全てを支配するその瞳は執事を徐々に狂わせてゆきます。そして。
ざっ。
「何をしている」
「……」
気高さの染み込んだ姿勢、風に靡く髪、悪を憎む正義の瞳。差し込んでくる月の光に照らされた想い人は執事の目に、どこまでも神々しく映りました。
「執事……?」
王子が心配そうに一歩踏み出しますが。
「ぐる、う……」
「リヴェル王子 ! 助けてください……! 先輩が、いきなり襲ってきて……」
「ぐるるああああ!」
しゅっ。
執事は狂ったように叫んだあと、その手を振るいました。
「!」
しかし、ギリギリ残った理性によって、鋭い剣先は獲物を引き裂くことなく、虚空を薙ぎました。
「ぐっ、ぐがあああ」
あああ。引き裂きたい。血が見たい。食べたい。
ああ、リヴェル様。
執事の歪む視界に映るのは、ただ一人、愛した人間でした。
執事だって、人間なぞ嫌いでした。だけど、彼だけは。彼だけは特別でした。ずっと昔から執事の心に住み続けた、偽りなく愛しい人。
それを、執事は食べたくて仕方がありませんでした。
「リヴェル王子、先輩は……」
「どうした、執事、お前……」
執事は姿こそ人を留めていましたが、それも時間の問題でした。
あぁ、自分は本当に欠陥だらけだな。
化け物で。中途半端で。生殖機能すらまともに働いてない。
なんのために生まれたのか。
「ぐ……、私は、王子、貴方を……」
執事は王子を真っすぐに見据えると――。
がっ。
振るった短刀は、王子の頬を掠めてゆきました。
「さすが王子。これも避けるとは」
「何の真似だ」
「……貴方を、殺したいのです」
迫りくる狂気の炎を押さえつけ、執事は真っすぐにそう言い放ちました。
「まさかお前が裏切るとはな」
王子は頬を伝う血を拭うと、すらりと腰から細身の長剣を抜き、真っすぐ構えます。
「まさかもなにも。私が貴方の意向に沿ったことなどなかったでしょうに」
「ああ。そうだな。お前はいつだって僕の思い通りにならない」
自嘲気味にそう吐き捨てると、王子は目を瞑り、呼吸を整え――。
「執事、お前に僕を殺させはしない」
静かに睨み合い、二人は剣を合わせます。
幾度となく、ぶつかっては離れ、互いを掠め取り。執事と王子は踊りました。理性で律しきれない自らの想いを剣に乗せ、ただひたすらに。
「ああ。王子、貴方はやはり強い」
「お前こそ、ただの執事にしては強すぎだ」
執事の剣戟を受け流しながら後退する王子は、その皮肉に苦々しく笑いました。
「ええ。ただの執事じゃありませんから」
かんっ。
言い終わると同時に、執事は王子の剣を飛ばし、喉元に短刀を突き付けました。
「お前はいったい何者なんだ」
「さてね」
「どうしてこんな真似をするんだ」
「どうして、でしょうか」
「僕を殺すのか?」
王子は静かにそう問いかけ、執事を真っすぐに見つめました。
「だから、そうだと言って……」
「本当に?」
すっ。
ふいに王子は突き付けられたままの刃を指でなぞり、呟きました。
「なにを」
「怖いか?」
「は?」
「震えている」
言われて手元を見てみると、執事の握った短刀は、ガタガタと小刻みに震えていました。
「違う!」
殺したい、いや殺したくない。怖い、いや怖くない。この人が好きで、いや……。
「う……嫌、いや……」
「執事……?」
額に汗を伝わせた執事の目は、蝋燭の灯の如く狂気を揺らしていました。
「う、嫌だ、私は、うう、ぐぐ、う……」
どっ。
よろよろと後ろに下がった執事は、木にぶつかった衝撃で手から短刀を取り落としました。
「おい、しっかりしろ!」
そのまま衝撃に身を任せ、ずるずると倒れ込むのを王子が抱きかかえ、額を拭ってやりました。
「はは。駄目だよ。ちゃんとやらなくっちゃ」
「フィユ?」
ふいに楽しそうに笑いだす見習い執事に、王子は怪訝そうに視線を向けました。
しかし、フィユはその問いかけを無視して、王子ににじり寄り……。
「それとも、ボクがやってあげようか?」
執事に向かって、にったりと笑いました。
「や、めろ……」
「はは。君は自分を抑えるのがやっとでしょう?」
「ぐるる……」
「いいのかい。王子の前で」
喉を低く鳴らして威嚇する執事に、フィユはわざとらしく驚いて見せます。
「っ」
「ねぇ。いい加減にそんな人間らしい感情は捨てて、本能に従いなよ。化け物が人間に恋しても無理なんだよ」
「執事、やっぱり君は……」
「リヴェル王子は少し黙っててください」
ざしゅ。
「ぐっ」
何のためらいもなく振るわれたナイフは王子の腕を裂き、血を纏います。
「あ、ああ……」
その鮮やかな赤が、執事の本能にどれだけ訴えかけたことでしょう。
執事は今すぐにでも目先にある王子の肩にかぶりつきたいくらい狂っていました。
でも、執事はそれをありったけの理性をもって我慢しました。
ですが。
「やっぱり、リヴェル王子を殺らないと化け物になりきれないかな」
「やめろ……」
「死ね」
フィユは、執事の苦悩に構うこともなく、王子に向かって血に濡れたナイフを振りかざしました。そして。
「ぐ、ぐるるあああああああ!」
カツン。
王子を貫くより前に、フィユのナイフは、執事の鱗のついた腕で払い飛ばされてしまいました。
「おーおー恐い恐い。でもほら、リヴェル王子を見てみなよ」
言われるがまま王子の方を見ると、呆然とした顔で王子も執事を見ていました。
「あ……」
ああ、見られた。この醜い姿を。ついに見られてしまった。もう何もかも終わりだ。私は……。
「リヴェル王子。先輩はね、化け物なんです」
「ぐ……」
執事には、もう自分が人間だと弁解する気持ちも残っていませんでした。実際、今の自分は明らかに化け物でした。
「先輩は化け物だから。リヴェル王子を食べたくて仕方がないんです。そうでしょう?」
執事は王子から目を逸らし押し黙りました。そんな姿を見て、フィユはせせら笑います。
「怖いでしょう? 汚いでしょう? 醜いでしょう?」
「執事、やはりお前は……」
「ぐ……ああ……」
「ボクも先輩も化け物なんです。アンタたち人間とは違う」
フィユの瞳に映るのは憎しみ。彼もまた、人として生まれることのできなかった悲劇を、克服することができなかったのです。
「そう。アンタたち人間は、ボクたちにとっては餌でしかないんだよ!」
ぼこっ。
フィユの声に呼応するように、キメラがひとつふたつと土から這い出てゆき、王子を食らおうと蠢きました。
王子はキメラたちを剣で振り払いますが、如何せん数が多すぎて、まったくキリがないのです。
「お兄ちゃんもそろそろ催眠が効いてきたはずだ。リヴェル王子、アンタは自分が愛した化け物に食われるんだよ。はは! 最高のハッピーエンドだ!」
ふらふらと王子に近づく執事の目は、欲望に支配され、まるで光を宿していませんでした。
「……」
執事がその腕に噛みつこうとしますが、王子は碌に抵抗もせず、静かに目を閉じました。
それを見た執事は、己の愚かさ、己の狂気を急に突き付けられた気がして、一気に自分の熱が下がるのを感じました。
自分の化け物らしさ、そして、王子の人間らしさ。それがこうもはっきりと区別されてしまっては、いよいよ自分が、化け物という存在が、怖くなってしまうのでした。
「リ、ヴェル、さま……」
執事は、少しの間、取り戻した理性を糧に、今まで貯めていた力を一気に解放しました。
その力は、人間の兵器をはるかに凌駕するもので、キメラたちは一瞬にして灰と化しました。
「は……。まじ、かよ……。嘘、だろ……?」
「お前も、死ね」
間髪入れずに執事は、驚いたままのフィユに手をかけました。が、しかし。
「やめろ!」
王子が二人の間に立ちはだかります。
「は……?」
「王子、フィユは化け物です。私と一緒……。だから、死ぬべきだ」
執事は王子を振り払って、フィユに向かってその腕を振り下ろそうとしますが、やはり王子に止められるのでした。
「化け物なんかじゃない……」
静かに呟くその言葉に嘘偽りなどなく、執事にはそれがたまらなく羨ましく思えました。
「本当に王子はフィユに甘いですね」
「そうじゃない! お前は何もわかっていない。お前だって死ぬべきじゃないんだよ……!」
ああ。やはり王子はお優しい。あの頃と変わらない。
執事はあの日のことを思い出していました。化け物になろうとしていた自分を救ってくれた王子様。ああ、リヴェル様。私が人間でいられたのは貴方のおかげなのです。
「私なんかを側に置いてくれたこと感謝します」
ぼっ。
執事が指に灯した炎は次第に揺れながら大きさを増してゆきます。
その手を軽く振るうと、空に散らばり風に乗り、一つは城の方へと飛んでゆきました。
「な、なんてことを……! なんで、なんでアンタにだけ、そんな力が……」
頭を掻きむしりながら、フィユは力なく座り込みました。
「今のはいったい……?」
「この世界に蔓延る化け物を一掃したのです」
執事はなんてことないかのように告げました。
その瞳はフィユのものより、ずうっと赤く妖しく輝き、化け物の血の濃さを物語っていました。
「フィユ。貴方は人間としてやり直しなさい。きっと王子が守ってくれる」
「なに勝手なこと言って……」
「私の分まで幸せに、なんて押し付けがましいかな」
執事はフィユに近づくと、ぽんと頭を撫でました。
「おい……」
フィユは、何か言おうと思いましたが、それも飲み込んで項垂れてしまいました。
「王子、貴方のお陰で私は幸せでした。人間のように暮らせて、嬉しかった……」
「執事……。お前は……」
「王子のおっしゃる通りです。私は、貴方を……」
にこ。
執事は言葉の続きを呑み込んで、代わりに微笑みました。それはきっと、執事にとって最後の人間らしさだったのかもしれません。
「どうか、お幸せに」
執事がそれだけ告げると、執事の体は何の前触れもなく燃え始めました。
「ぼくはリヴェルっていうんだ。お兄ちゃん、お名前は?」
目を輝かせながら尋ねてくる王子に、少年は戸惑いました。
今まで生きてきた中で、少年は自分の名前を尋ねられたことなど一度もなかったからです。
「僕は……」
少年には、自分の存在を示す名など不要に思えました。化け物の自分に嫌々つけられた名など、なんの愛着もなかったからです。だけれども。
「ねえ、お兄ちゃん。ぼくに教えてよ」
そのとき少年は初めて自分の名を口にしていいような気がしました。
「僕は、ジル。ジルっていうんだ」
少年が上手くもない愛想笑いをしてみせると、王子はとびきりの笑顔をみせました。
「ジル! ああ、なんて素敵な名前だろう! ぼくはジルが気に入ったよ!」
王子に手を取られた少年は、今まで飾りだった名前が初めて自分のものになったような気がして、心がくすぐられるような、温かい気持ちになりました。
そう、その時初めて、少年は人間になれたのです。
「ね、ジル、ぼくのことも呼んで!」
「リヴェル……様」
「なんで、様ってつけるの?」
「だって、貴方は王子様でしょう?」
「え~、なんだ。バレちゃってたんだ」
「ええ、お名前を聞いて」
「あ~! 名前言わなきゃよかった!」
心底悔しそうにする王子に、少年はくすりと笑いました。
「ねえ、ジル。ジルは、ぼくが王子様でも友達になってくれる」
「友達、ですか?」
「うん。ぼくね、王子様だから、友達がいないの。みんなぼくのこと、ほんとに好きって言ってくれないんだもん」
その言葉に少年は、しょんぼりとする王子の頭をそっと撫でました。
「僕はリヴェル様のこと、好きですよ」
少年は優しく呟きました。
「!!! それ、ほんと?!」
「ええ。本当ですとも」
弾けそうな勢いで聞き返してくる王子に、少年は嫌悪など抱けませんでした。
全ての人間が信じられなくなって、憎んでいた少年は、王子に自分のようになってほしくないと嘘をついたつもりでした。
似たような境遇だと言っても、所詮は人間。好きになれるはずなどありませんでした。だけど。
「ね、ジル。明日もここに来て! おねがい! 明日はおいしいお菓子を持ってくるから!」
少年は、王子と過ごした少しの時で、消えかけていた人間の心を取り戻すことができたのです。
そして、自分を救ってくれた王子の笑顔を、人間として、ずっと側で見守っていたいと思いました。
その願いは少年の夢となり、希望となっていきました。
その願いこそが、彼を人間として縫い留める大切な思い出でした。
「ん……」
「起きたか。ジル」
「王子……?」
執事が目を覚ますと、王子がすぐ側で慈しむような瞳で微笑んでいました。
「なあジル。昔のように名前で呼んではくれないか」
日の光を受けて透き通る王子の瞳が、より一層美しく思えて、執事は思わず目を細めました。
「……リヴェル様」
「ああ、ジル。僕のジル」
促されるままにその名を呼ぶと、執事は王子に強く抱きしめられました。
ああ。これは死の瀬戸際で見る夢か。なんとも浅ましいものだ。
執事は自分の穢れを恨みましたが、目の前に広がる光景があまりにも自分の欲求に忠実で、ふわふわとその身を全て託してしまいたいとさえ思いました。
「リヴェル様、私は……」
「ジル。ああジル。僕は馬鹿だった。君に二度も恋をしたのに」
感情のままに執事を掻き抱く王子は、少し震えていて。執事はその背をそっと撫でてやりました。
「初めは幼少期の頃。思えばあれが初恋だった。君は綺麗だった。あの頃から綺麗だった。そしてまた恋をした。いくら待っても現れない君を、忘れようと思っていたのに!」
「そんなものは恋ではありませんよ」
「それなのに、君は感情を凍らせてしまったみたいに、冷たく無表情になって帰ってきた」
「それは貴方もでしょう?」
「僕は……そうだな。僕も君も子どもではいられなかった。君もきっと苦労してきたのだろう。僕だって王子の名は飾りじゃない。公務のために自分を殺してやってきたつもりさ」
「リヴェル様……」
「でも。君が自分を殺すのは許せなかったんだ。君には人間でいてほしかった。叫んでほしかった。だから、僕は君に辛く当たったり、鎌をかけたりしたんだ」
「やめてください」
「怒っているのか?」
「こんなのは都合の良すぎる夢だ。あまりにも酷い……」
「ジル。顔を上げて。その美しい顔を見せておくれ」
王子は、俯く執事の頬に手を添え、優しい声で願いました。
「ああ。リヴェル様。こんな夢を見てしまうなんて。お許しください」
とうとう堪えきれなくなった感情が執事の頬を伝い、流れ落ちました。
「ジル、お願いだ。本当のことを言ってごらん。僕に素直に言ってごらん」
王子はそっと涙を指で拭ってやると、諭すように執事の肩を抱きます。
「これが最後のチャンスなんだから。夢でもなんでもいいから。言ってくれ。それとも、言葉を飲み込んだままに死んでしまうつもりかい?」
どこまでも優しいその声音に、執事は、夢に溺れてゆくように力を抜き、身を委ねました。
「リヴェル様。私は……。私は、貴方が好きなのです。愛しているのです。もうずっと昔から、私は貴方の言葉に支えられていたのです。貴方のおかげで生きてこれたのです」
執事はこれまでにないくらいすっきりとした表情で言いました。
「ジル。僕も君を愛しているよ。ね、僕たちはこんなにも想い合っていたのにね。どうして素直になれなかったんだろうね」
王子は執事の手を取ると、そっと唇を寄せました。
「いけません、たとえ夢でも、こんなことは。私は、貴方の側で貴方を見守るだけでよかったのに……。そのためだけに、人間のフリをしてきたというのに……。私は、それ以上のことなど……」
「ジル。まさか君がそんな風に思っていたなんて。ああ、ジル。僕は君に触れたいんだ。どうか、許してくれよ」
「ああ、リヴェル様。私は幸せです。後ろめたくも幸せなのです。貴方に夢でも会えて。望み通りの言葉を貰えて。こんな最期なら、こんな人生も悪くはないと思えるのです」
「ふふ。ジルは本当にかわいいね。いいよ。お眠り。眠ったらまたこれからのことは考えよう」
王子はそう言うと、執事の髪を撫で、口づけを落としました。
城が燃え、人々の悲鳴が響き渡る中、王子は笑いました。
王子はあの後、執事が燃えるのを何とか助けて城へと戻りました。
王子は、酷い怪我を負った執事を一刻も早く治そうと、城の者に言いつけました。
しかし、返ってきたのは、悲鳴でした。化け物に対する恐怖と憎悪でした。
「なんだ。君たちもわからないのか」
王子は、襲ってくる従者を躊躇いもなく切り裂きました。
その鋭く尖ったおぞましい爪で。
「この力もなかなか便利なものだ」
王子は、フィユのものだったその力に感嘆しました。
フィユは血の繋がり故か、最後に人間らしさを見せ、執事が燃えるのを助けようとしました。が、それを王子があっさりと殺し、自分の中に力を取り込んでしまったのです。
「上手く取り込めて良かったよ」
王子は初めて執事と会った時から、城にある資料を読み漁っていました。だからこそ、簡単にフィユを殺すことも、取り込むこともできたのです。
「そう。君がキメラであることはわかってたんだよ。ジル。だって僕はお父様からよく聞かされていたからね」
王子は、執事の体を治療しながら独り言ちました。
「ジル、君の父親を作ったのは僕の家なんだ。造兵のためにと禁忌を犯したんだ。だけど、そんなことはどうでもいい。僕はあのとき、君が目の前に現れたその瞬間、僕の人生は君を手に入れる、それだけのためになったんだから。君はボロボロでありながらも美しかった。そう、君は美しいんだよジル。人間だのキメラだの、そんなことはどうでもよくなるくらいに、君は僕の全てを夢中にさせたのだから」
だから、王子は皆を殺したって平気なのです。もう随分昔から王子の瞳には執事しか映らなくなっていたのですから。
「やっと君と二人きりになれたんだ。じっくりと愛し合おう、ジル」
鉄の匂いと焦げた匂いとが入り混じる場所で、王子は執事を抱き、幸せそうに微笑みました。
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幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
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