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―緑の章ー
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― <アルクス大陸“緑”ヒスイ領> ―
「ーこんないっぱいのカモちゃんたちで空を飛んだの、とっても楽しかったね~」
「最初こそたくさんのカモが現れてびっくりしたけど、気球の乗り心地も良くて、思ったより快適だったな」
タリムとオペラは“緑”ヒスイ領の首都、天弓にもう間もなく到着する。カモたちは上手に藤のカゴをコントロールし、無事に空港に着陸した。
(よく考えたらこのカモたち……だいぶ訓練されているな。着陸までスムーズすぎる……)
2人は藤のカゴから降りる。そのままカモたちは“赤”クルムズ領まで藤のカゴごと持ち帰っていった。
「バイバイ!カモちゃんたち~!ありがとう~!」
オペラがカモたちを見送るため手を振る。心なしかカモたちも振り返しているように見える。
「いかがでしたカ?カモのフライトもなかなかのものでショ?」
話し声のほうを見ると、先ほどクルムズ領の首都シャーウの空港でも見た、背の高い少し色黒の、それでいて逞しい身体のお兄さんが立っている。喋り方も全く同じだ。
「!?!?」
2人は驚きの表情を隠せていない。
「あ、その顔はクルムズ領にも同じ人がいたなって顔ですネ。久しぶりにその顔をみましタ」
お兄さんはクスクス笑っている。
「種明かしをすると、我々は六つ子なんですヨ。各領の空港を任されていて、あと同じ顔が4人いますヨ」
「「なるほど~」 」
六つ子と聞いて納得する2人。一瞬、クルムズ領からお兄さんが瞬間移動でもしてきたのかと勘ぐってしまった。
人が瞬間移動するなんて考えられない……と思ったが“BOS”で出くわした執事服の男性が、瞬間移動のような技を使っていたことを思い出す。
(しかも『種明かし』って言われると余計に思い出してしまうな……そんなこと言ってた気がする)
「それでは改めて、ようこそヒスイ領へ。ここはヒスイ領の首都天弓でス。あちらに見えるのがヒスイ領の領主館ですのデ、初めてヒスイ領に来られた方は領主館にてぜひ“グリーンブック”をお求めくださいネ」
タリムのしかめっ面を見たお兄さんは、気を取り直して案内してくれた。
「グリーンブックって何ですか?」
聞き慣れない言葉にオペラはお兄さんに聞き返した。
「言うなればヒスイ領のガイドブックですネ。ヒスイ領の代表者たちは、どの領でどんな生活をしてきた人でもヒスイ領を楽しんでいただキ、またなるべく安全に観光してもらいたいという想いかラ、ヒスイ領の地図を載せたリ、観光スポットなんかも載せていまス。ヒスイの色にちなんで、そんなものを発行しているのでス」
生まれてこの方、他の領に行ったことがなかった2人はガイドブックたるものがあることも知らなかった。
今度クルムズ領に帰るときは、領主館にガイドブックがあるのか見てみよう。
「ありがとうございます!じゃあ早速、領主館に行ってみますね!」
「いえいエ、それでは良い旅ヲ~」
オペラはお兄さんに手を振り、お兄さんも振り返した。
【∞】
天弓の街並みを確認する前に、まずはお兄さんの言うとおり“グリーンブック”を探すことにした2人。そのまま空港近くにある領主館に立ち寄る。
領主館の造りはクルムズ領と似ており、様々な手続きが行えるように受付の人が立っている。待合の一角には様々な冊子が置いてあり、そこからグリーンブックを探す。
「えーっとグリーンブック……グリーンブック……あ!これか!」
オペラが手にしたのは表紙が緑色の薄い冊子で、中を見るとヒスイ領の地図と観光スポットが載っていた。
そのグリーンブックを開こうとしたとき、領主館の中で何人かの話し声が聞こえたため、2人は聞き耳を立てる。
「―この前のミラージュコア破壊作戦の話聞いたか?本当かは知らんが、クルムズ領の“武力”代表がうちの代表たちに圧をかけたから、やむなく兵士を派遣させたらしいぜ」
「物騒だねぇ…」
「うちの領は代々穏やかというか、武力じゃなくて話し合いで色んなことを決めていく方針なのに」
「“緑のオーラ”があるから、大陸中に物資が届けられたり、“不可侵領域”を侵すことなく各領に行き来できるのにねぇ」
「それに結局兵士らの話では負けて帰ってきてるじゃないの。しかもオーラまで使えなくなって可哀想に…」
「本当ならクルムズ領に賠償金を払ってもらうぐらいのもんじゃないのか?まぁうちの代表たちが何かするとは思えんけど」
ヒスイ領でも『ミラージュコアを破壊した兵士らはオーラが使えなくなる』という話で持ち切りだった。話は続く。
「ところでそのオーラ、どうやったら元に戻るんだい?」
「それが分からんらしい」
「噂じゃそのまま元には戻らないとか」
「あんたの話、本当なんだろうね!」
根も葉もない噂話のようだ。色々な話は聞けるが、「オーラを元に戻す方法」について言及するものはいなかった。
タリムたちがその場から立ち去ろうとしたとき、話し込んでいた人たちと目があってしまう。
「あっ……それはクルムズ領の……」
ヒスイ領の住民たちは、2人が手に着けている赤いリングを見て何かを言いかけた。待合には謎の沈黙が流れる。
「あはは……それじゃみんなまたな」
「そ、そうだねぇ。お暇しようかしら」
ヒスイ領の住民たちもいたたまれなくなったのだろう。2人も住民たちに合わせてそそくさと領主館の外に出ることにした。外に出たタリム、オペラは苦笑いしている。
「「これは前途多難だな(ね)」」
【∞】
領主館を離れた2人は、天弓の街の中を散策する。
クルムズ領の首都シャーウとはまた違った街並みで、石畳の道が多いことに気づく。首都と名がつくだけあって街の規模はシャーウと同じぐらいで、とても大きいことが分かる。
特に目立つのは3つの橋で、この橋は夜になると橋の脇から出る噴水が虹色にライトアップされ、美しい光景が広がるようだ。
タリムとオペラが今いるのは領主館のある「日」の区画で、日の区画から「華」の区画、「麗」の区画に橋が渡されており、華の区画と麗の区画も橋が渡されている。橋で三角形を作っているような状態だ。
石畳の路地を抜け、日の区画にある大きな公園にやってきた2人。整備された木々のトンネルをくぐり、一際大きい芝生の広場に到着する。広場のちょうど中央には大きなモミの木があり、これがシンボルのようだ。
モミの木の下はちょうど木陰になっていたため、2人は木陰に座り、グリーンブックに書かれている地図を見ながら、今後の作戦を練ることにした。
「―クルムズ領と違ってヒスイ領は南北に山が連なっているのか……。なるほど、この山から水が流れて“青”アズーロ領のダムを経由して各領に水が来ているんだな……習ったとおりといえばそうか」
地図とにらめっこするタリム。ちょうど領の真ん中あたり、領を縦断する形で南北に“雲龍山脈”という名前の山が連なっている様子が描かれている。
さらに山脈の東と西には山を伝って川が何本もあるようで、その川には“ダム”がいくつも設置されている。
「ダムの水の管理はアズーロ領がやってるって聞いたことある~」
オペラも習ったことを思い出していた。“アルクス大陸”の水事情は必ず習う。人は水なしでは生きられないからだ。周りの大人たちはからかい半分で「アズーロ領の人間には逆らうな。オーラの相性も悪いし」とよく聞かされていた。
他にも地図上でめぼしい施設がないか確認してみると、ヒスイ領の1番南の街“洛安”に“左都植物研究所”というものがあることがわかった。
「この左都植物研究所ってなんだろうね~」
「ちょうど同じところを見てた。これだけ自然も多くて植物もいっぱいある領だ。研究することも多いだろうし、オーラの回復についても何か知っているかもしれないな」
「天弓から見たら1番遠い街だけど、ここを目指すことでいい?」
「そうだな。道中に街もあるみたいだし、休みながら行こう」
広場には10歳にも満たない子どもが増えてきた。2人は 公園を後にし、「横丁」と呼ばれる商店が広がるエリアに移動した。
横丁には日の区画名物、じゃがいもをすり潰して丸めて揚げた“コロッケ”と呼ばれる食べ物があり、2人はコロッケを頬張りながら商店を見て回る。
「はふっ……熱いけど美味しい~!!」
「もっと食べたくなる味だな」
他の商店には金貨や銀貨を入れるための“がま口”と呼ばれる袋や、“扇子”や“うちわ”といった、風を起こして涼むためのものなど、ヒスイ領ならではの工芸品が並ぶ。
またヒスイ領は“緑茶”も有名のようだ。あちらこちらにお茶屋もあり、お茶を飲みながら休んでいる人も多く見かける。
2人はお茶屋に立ち寄り、緑茶と3色のお団子を頼んでみた。店内は時間帯的にも混んでいなさそうだ。先ほど地図で見た左都植物研究所について、お茶屋を営んでいるヤマトと名乗る緑の髪の若い男性、従業員のハナヨと名乗る栗色の髪の若い女性から、話を聞くことができた。
「洛安の左都植物研究所?……あぁ、あそこはアルクス大陸全部の植物を研究している場所で、ヒスイ領でも有名なところだな。植物の中には体力を回復させたり、オーラエレメントが回復できるものもあるって話で、そこの研究者が色々調べてると思うぜ。まぁ、あんたたちが飲んでるその緑茶にも体にいい成分が入ってるけどな」
緑茶の湯気でヤマトのメガネが曇っている。気だるそうな受け答えだが、1番欲しい情報をくれた。
「緑茶とヒスイ領産のお米の相性も良いので、ぜひおにぎりも食べていってください!」
ハナヨは注文していないおにぎりを2つ出してくれる。オペラの目は美味しそうなおにぎりを前にして輝いている。
「教えてくれてありがとうございます。おにぎりはいただいてもいいんですか?」
「ハナヨちゃんのおにぎりは“突き出し”ってことにしておくよ。さて、せっかくの情報だから団子の1本でも追加で頼んでくれるかな」
ニヤリと笑うヤマトを横目に、団子を追加で注文した2人は緑茶を飲み一服する。どうやらおにぎりはサービスとはいかないらしいが、おにぎりは格別に美味しかった。
「ふぅ……落ち着くねぇ……」
「本来の目的を忘れそうになるよ」
緑茶をゆっくり飲んだあとは、華の区画、麗の区画にも移動し散策と観光を楽しんだ。
華の区画では、小麦粉でできた皮に包まれた肉などの食材を、蒸籠(せいろ)と呼ばれる蒸し器で蒸して作られる“小籠包”を、麗の区画では生地を捻って揚げたドーナツ、“クァベギ”をそれぞれいただく。
(天弓に来てから何か食べてばっかりな気がするな……どれも美味しいからこれはこれでいいのか……)
右手にクァベギを持ったままのオペラが、タリムに話しかけた。
「……そういやタリム、さっき領主館で住民の人たちが話していた“不可侵領域”って……あの“虹彩会議”の会議場があるところだよね?」
「そうだよ。領の代表者しか入ることを許されない、あの不可侵領域だ」
グリーンブックを手にしたときに聞こえてきた会話を振り返る二人。
「カモちゃんたちに運んでもらったときに、それらしいものがあったかなー……もっとちゃんと見ておけばよかった……」
「他の領も行き来しそうだから、今度運んでもらうときに見てみたらいいじゃないか」
「それもそうだね」
不可侵領域とは、アルクス大陸の中心にあり、かつどこの領にも属していない正六角形の地形のことを指している。アルクス大陸の伝承によれば、旧藍の領だ。
ちなみに正六角形の地形の頂点にあたる場所が、各領の首都になっており、不可侵領域に接している部分にあるのはクルムズ領の首都シャーウやここ天弓の街のように空港のみである。
もし仮に無断で不可侵領域に入ってしまった場合は各領の兵士がすっ飛んでくるだろう。不可侵領域自体は、見渡す限り荒れ果てた不毛な地で、魔獣の姿もないのだが、誰もそこに入ろうとはしない。やはり過去に起きた戦争が主な原因なのだろう。
「不可侵領域に入らずに各領を行き来できるのは、ヒスイ領のおかげか……。確かに鳥たちに運んでもらう以外に各領に歩いて出入りできるのは行商人だけ。この旅ができているのも、ヒスイ領の領民たちのおかげだな」
「そのヒスイ領の兵士さんたちのオーラも戻せるように頑張らないとね!」
他に大きな情報もなく、散策を終えた二人。シャーウからの移動もあり、すっかり日が暮れた。
夜のまま街の外に出るのは危険と判断し、一晩宿泊してから、洛安の街を目指して出発することにした。
【∞】
「ねぇタリム~次の街にはいつ着くの~?」
オペラが気だるげな声で話しかけてくる。
「俺も詳しい道が分からないんだから、どれぐらいで着くのか分かるわけないだろ……」
街を出た2人は今、メタセコイアと呼ばれる木々が立ち並ぶ、舗装された道を歩いているところだ。道の脇には等間隔に並べられたメタセコイアの美しい風景が見えている。
「タリム!またトゲトゲちゃんがきたよ!」
「トゲトゲちゃんってお前……」
オペラにトゲトゲちゃんと呼ばれた植物型の魔獣。体長はざっと1mぐらいだ。根っこと茎と葉があり、いかにも植物といった形状だ。葉の部分に無数のトゲが付いているため、オペラにそう呼ばれている。
どうやって根っこごと動いているのかはよく分からないが、葉をゆらめかしながら、明らかに攻撃意思のある緑のオーラを纏っている。トゲトゲちゃんは“風”を使い、葉についた複数のトゲを素早くこちらに飛ばしてくる。
「その攻撃、厄介なんだよな!」
タリムは持っている剣でそのトゲを受け、払いのける。そのまま素早く植物型の魔獣に近づき、斬り倒した。
「タリム気づいてる?……ヒスイ領の魔獣たち、クルムズ領の魔獣たちと違って、こんな大陸の内部にまでいるよ」
オペラの冷静な分析にタリムも同調した。
「そうなんだよ。ミラージュコアはこのヒスイ領にもあるはずなのに、なんでこんな魔獣たちは活動的なんだ?」
まだ天弓の街から出て間もないが、今のところ、ヒスイ領の魔獣たちは、緑のオーラを纏った植物型のものが多い。
植物の魔獣なので、オペラから赤のオーラエレメントを付与してもらってさえいれば、火の力もあり道中の魔獣にそこまで苦戦することはない。
だが、緑のオーラの力による風の攻撃を受けるのはタリム、オペラにとって初めてのことなので戸惑いもある。
また、クルムズ領とは違い、街の外は平野になっていないため、見晴らしがいいわけではない。木々や植物などの自然がそのままの形で残されており、舗装されている道もあくまで、街を行き交う商人たちのために最小限のものだった。足場が悪いところももちろんある。
「自然が多いところは好きだけど、魔獣にとっても好都合だよね」
オペラの話すように、自然がそのまま残されているということは、植物型の魔獣たちも身を隠しやすいということだ。オペラの言うトゲトゲちゃんは動きが遅いので先にこちらが見つけることができているだけで、瞬時に魔獣かどうか判断するのは難しい。
「それよりも私は……きゃあぁぁぁぁ!!虫、虫ぃぃぃ!!」
そう、植物があるところには当然、虫も多くいるということだ。目をやったところには、バッタやカマキリ、カメムシなどがいる。植物型の魔獣がいるからなのか、それともミラージュコアの影響なのか、虫たちは魔獣化しておらず、ごくごく普通のサイズでそこらにいた。
「さすがに魔獣化していない普通の生き物を倒すわけにはいかないしな……ほらオペラ、後ろに隠れろ」
「うぅぅぅぅ……ごめんね……」
(このあたり一帯が火の海になるのはゴメンだ……)
タリムはオペラのクルムズ領での虫型魔獣に対する慌てようを思い出し、庇いながら歩くのだった。
【∞】
「六彩虹」という街にもうすぐ着きそうだ」
辺りはエメラルドグリーンを呈した美しい湖、また池が多くあり、グリーンブックに掲載されている写真と辺りの様子が合致している。
街はちょうど雲竜山脈の中央にある最も高い山に近い麓にあり、まさに麓に到着していた。地図で言えば雲龍山脈の西側のルートだ。東側のルートにも彩州という街があったが、天弓から六彩虹の街までの距離と比べて若干遠かったため、こちらのルートを選んだ。
タリムはグリーンブックを広げながらオペラに話しかけたが、オペラは虫たちを掻い潜りながら泣きそうな顔をしてタリムを見つめる。
「もうやだ……帰りたい……」
「まぁ…その気持ちは分からんでもない……」
天弓の街から出て半日ほど経過した。そろそろ日が暮れてきている。早く街につかないと回復もできないし、何よりこんな自然の中で野宿するのはあまりに危険だ。
道中、魔獣はそれほど多くはなく、オペラの赤のオーラエレメントの消費も激しくはない。ただ、いつ現れるか分からない魔獣、オペラに至っては虫への警戒もしていることから、かなり精神が摩耗していた。
そこに少し整備された木の階段を発見する。そこを登ると人工の灯りがいくつか見えてきた。街があることが分かる。
「や、やっと回復できる~」
「さすがに疲れたな。オペラもお疲れ様」
オペラはクタクタになりながら街を目指して、最後の力を振り絞って歩いて登る。六彩虹の街は天弓の街とは違い、自然の中、山を少し削り人が住めるようにした街のようだった。
道中の自然と同様、人が歩く道も最小限に留めてあり、やはり足場は安定しない。疲れた足をさらに疲れさすには持ってこいだった。街に着いた二人は、街の人に聞き込みをする体力も残っていなかったため、早々に宿泊施設を探して休息した。
【∞】
翌朝、体力が回復した二人は六彩虹の街を散策し始める。 街自体はそこまで大きくなく、建物や家がポツポツと点在している。
「昨日は疲れて六彩虹の街の中を全然見られてなかったから、しっかり見たいなぁ~」
「とりあえず周りの様子も見つつ、聞き込みもしようか」
「そうだね」
街の看板に目をやると、雲竜山脈のほうに登っていくと大きな滝があり、観光名所の一つになっていることが分かる。街に来るまでに見た美しい湖や池の数々も、同じように六彩虹の観光名所となっており、日が高いうちは人で賑わう場面もあるらしい。
「タリム!滝だって!見に行くよ~」
「分かった分かった」
滝を見に行くことが決定したため、2人は雲龍山脈を登ろうとする。その道すがら、小さな建物の脇に何やら見慣れた藤のカゴが置いてあるのを発見した。ちょうどクルムズ領からヒスイ領までに、カモたちに運んでもらったカゴにとてもよく似ている。
「あれ?これがあるってことはここからどこか運んでくれるのかな?」
オペラが藤のカゴを見て話し出す。その話し声を聞いた女性が建物から姿を表した。
「よーいらっしゃい。あんたたちは観光客か?わざわざ遠いクルムズ領から来てるのを見ると」
女性は2人の左手の赤いリングを見る。「そんなところだ」と答えるタリム。
女性の名前はチトセというらしい。暗めの緑の髪で、後ろに髪を束ねている。鼻の周りにはそばかすが見え、作業着を着ていて動きやすい格好をしている。
「この六彩虹から運べるところは、ちょうどこの“雲竜山脈”を登っていった中腹あたりにある観光名所“緑龍の棚田”と、山頂にあるミラージュコアの付近だけだ。わざわざミラージュコアのとこまでは行かないだろ?」
ちょうどタリムはチトセが話し出すときにグリーンブックを開いていたからか、チトセはグリーンブックを見ながら「貸してみな」と声をかける。
「緑龍の棚田はこのあたり。ほら、グリーンブックにも小さいけど書いてあるだろ。あとグリーンブックには書いてないけど、このあたりにミラージュコアがある」
チトセがグリーンブックを指した先は、雲竜山脈のちょうど真ん中。山の頂上に“あの”サイズのミラージュコアがあるということだ。
「山の1番上にミラージュコアがあるの!?」
「クルムズ領のミラージュコアは平野だったけど、ヒスイ領は山の上……山の上に作ることのできる技術には脱帽するけど、そもそも領の中央に異常なほどこだわりがあるような気がするな」
オペラは驚き、タリムは率直な疑問を呟いた。チトセが咳払いする。
「コホン……ヒスイ領では一般の登山者や観光客がミラージュコアに近づかないように、周りに立派な“万里の外壁”を作ってる。そっちの技術力も評価してあげてほしいところだね」
「へぇ~!ヒスイ領の人たちもすごい!!」
オペラはお世辞抜きで褒めている。
「本当なら万里の外壁も観光名所になってるけど、ミラージュコアの近くに行くんだ、観光で行くにはオススメしない」
チトセの意見は最もだ。わざわざ近づく必要はない。
「タリム!とりあえず緑龍の棚田から見て、帰ってきてから滝も見に行こ?」
オペラの発言にタリムは頷いた。チトセに銅貨を渡し、藤のカゴに2人で乗った。
「まいどあり~。……滝も見に行くんなら、帰りにそこまで運んでやるよ。ちょっとだけ待ってな」
チトセは建物内から深緑色の横笛を取り出し、緑のオーラを纏った。チトセの右目は緑色に光っている。
「そういや、シャーウの空港にいたお兄さんも緑の横笛を持ってたな……」
「チトセさん、その横笛ってみんな持ってるんですか?」
2人はシャーウの空港で聞きそびれた、笛の正体を探った。
「はぁー……あんたら何も知らないんだな……。いいよ、教えてやる。これは“龍笛”っていって、ヒスイ領の鳥使い……他の領では“バードテイマー”とも呼ばれているみたいだけど、そのバードテイマーだけが持つことが許されるものだ。緑のオーラは空気、特に風を操ることができて、その風の力を鳥たちにも使って、人や物を運ぶんだ」
チトセのため息まじりの説明に、タリムもオペラもパチパチと拍手をして感心している。
「チトセさんも鳥使いとして認められてるんですね!すごいなぁ」
チトセは少しだけ顔を赤らめ、タリムとオペラから目を背けた。
「……説明するのも恥ずいから、とっとと緑龍の棚田まで行ってきな……」
チトセはそう言うと、龍笛をさっと吹いてみせた。さっきまではいなかったウグイスたちが、チトセの龍笛から奏でられた音を聞き、六彩虹の周りにある池や湖から藤のカゴの周りに集まってくる。
「今度は別の鳥に運ばれ…………あぁぁあぁぁぁ………」
「ウグイスたちだ!可愛い~~!」
タリムとオペラの声はウグイスの翼の音でかき消された。ウグイスたちもまた、藤のカゴについた金属の枠組みを上手に咥え、上空に羽ばたいてみせた。
【∞】
「ここが緑龍の棚田……自然がいっぱいで素敵だね~」
ウグイスたちに運んでもらった緑龍の棚田と呼ばれる場所は、周りが木々に囲まれている。建物言えば屋根のついた小さな休憩スペースだけで、目ぼしい建物は何もなく、自然の景観を満喫できる場所であった。しばらく2人は棚田周辺を散策する。
「……この棚田の形状に見覚えがありすぎる……」
「ヒエリス遺跡群の前にあった棚田に似てるね!あっちも綺麗だったけど、こっちも負けないぐらい綺麗!!」
六彩虹の周りの池と同様、エメラルドグリーンの水が棚田を満たしており、美しい光景が広がっている。
美しい光景とは別に、タリムの頭の上には1羽のウグイスが乗っている。タリムが頭からどかそうとしても全く動じない。端から見れば変わった人にしか見えない。
「なんでこのウグイスは俺の上からどいてくれないんだろう……」
「タリムに懐いたのかな?私ならまだ分かるんだけど」
オペラは昔から動物たちに好かれやすい。魔獣化していない鳥や、猫、犬たちはオペラには近寄っていく。優しい性格の持ち主なのが動物たちにも伝わるからなのかもしれない。その反面、タリムに近づく動物は少ない。今の状況はかなりレアだ。
一通り散策を終えた2人は、緑龍の棚田に着陸した地点に戻ってきた。藤のカゴは置いてあるままだ。
「そういやこれ、どうやって帰るんだ?」
「確かに~」
着陸した地点の周りには誰もいない。鳥使いがいないと帰ることができないはずだ。どうやって帰るか頭をひねりだした2人をよそに、タリムの頭の上にとまっていたウグイスは、急に大きな声で鳴き出した。
「ホケキョ!ホケキョ!!」
「うわっ!びっくりするじゃないか」
「どうしたのウグイスちゃん。え?………もしかして藤のカゴの中で待ってろってことかな?」
ウグイスはオペラを見つめながら翼を藤のカゴのほうに指している。そのまま「ホケキョ」と鳴いた。
「タリム、ここはウグイスちゃんの言うとおりにするよ」
「……?……分かった」
2人は藤のカゴの中に入って待機する。タリムの上に止まっていたウグイスは緑龍の棚田から居なくなった。
その数十秒後、六彩虹から出発したのと同じように、多数のウグイスが藤のカゴを囲い飛び立った。2人は六彩虹のほうに下っていく。
「結局こうなるのかあぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
「ほらねタリム!私の言ったとおりでしょ!」
またも2人の声はウグイスたちの翼の音でかき消されるのであった。
【∞】
「ふー!楽しかった!」
オペラは満足げである。緑龍の棚田の帰りには、2つ目の行き先であった滝もバッチリ見れた。完全に観光を満喫している。
「おつかれさん。しっかり観光を楽しんでるじゃないか」
チトセは淡々と喋る。「そうそう」と何かを思い出したようにオペラがチトセに話しかけた。
「ウグイスをタリムの上から離れないようにしたのはチトセさんですよね。鳥使いってあんなこともできるんですね」
オペラが冴えた発言をしている。
「そうだよ。よく気づいたな。ある程度技術があると、鳥たちを使役するのは造作もない。緑龍の棚田で客に何かトラブルにあっても大丈夫なように監視を置くこともできるってわけさ」
(き、気付かなかった)
「ま、あんたら2人をあのまま緑龍の棚田に置いてっても実力はありそうだったから、自力で帰ってこれそうだったけどな。お金はもらってるからきっちり仕事はするさ」
「いえ、ありがとうございます。とても綺麗なところで、見に行けてよかったです」
オペラは一礼した。続けてタリムも一礼し、チトセに質問した。
「チトセさん、洛安の左都植物研究所ってご存知ですか?」
タリムの発言にチトセは少し訝しんだ。睨まれているような気もする。
「あんたら、あの研究所に行く目的はなんだ?」
「……ミラージュコア破壊作戦のことはもう知っていると思いますが、オーラが使えない人たちが自分以外にもいるって聞いて、何とか元に戻せないかと思ってまして」
「……なるほど、あんたはこの前のミラージュコア破壊作戦に参加した兵士ってわけだ。どおりでただの観光客ではないなと思ったよ」
こちらがただの観光客ではないことは最初から見抜かれていたようだ。チトセが続ける。
「珍しくここにお金を落としていったんだ、ついでに教えてやるよ。……鳥たちの噂によれば、ヒスイ領の代表たちも植物研究所のやつらにオーラを元に戻す方法がないか確認してるって話らしい」
「鳥たちの噂!?」
驚く2人。驚く2人にさらに驚くチトセ。
「そんな驚くことはないだろ……この六彩虹の周りのウグイスたちは、ほとんど私の龍笛の音が聞こえるし、そのウグイスたちが快く教えてくれるんだから」
「鳥たちの噂が耳に入るってすごいことだよね……。私も鳥使いになろうかな……」
オペラの心が揺らいでいる。魅力的な職業ではある。
「さすがにそんな簡単にはなれないけどな。15年ぐらいはヒスイ領に住んでみるか?」
「そうだった……まずは緑のオーラを纏えないとなれないよね……」
オペラはがっかりしている。そもそも緑のオーラを纏えることはありえるのだろうか。
「植物研究所の情報提供、感謝します。とりあえず洛安の街にいってみます」
一通り六彩虹の自然の風景を楽しんだ2人は、装備品の手入れなどを行い、六彩虹の街を後にした。
【∞】
グリーンブックの情報をもとに、洛安の街を目指す二人は、六彩虹からさらに南に向かっていく。ただ、南に行けば行くほど森が濃く深くなっていき、迷子になりそうだ。
六彩虹の街でチトセから「あんたらにウグイスの道案内でもつけてやろうか。洛安まではまだそこそこの距離があるから、かなり払ってもらう必要はあるけどな」とニヤニヤしながら言われたため、丁重にお断りした。お金だって無限にあるわけではない。
チトセの発言を思い出していたら、不意にオペラがタリムの服の裾を引っ張った。
「見てタリム……いや、あまり見せたくもないけど……」
「どれどれ……あれはカマキ……リ……!?」
オペラが指を差した方向には、首都天弓の近くで見た通常サイズのカマキリとは、明らかに大きさが違うカマキリが存在していた。しかも5匹以上いる。
「~~!?」
まだカマキリたちはこちらには気づいていないようだが、あまりの大きさに驚くタリム。どのカマキリも「トゲトゲちゃん」と呼ばれる植物型の魔獣と同じ、大体1mぐらいの体長をしている。
「(先に攻撃を仕掛けてもいいんだけど……)」
「(何で大陸内部とは明らかにサイズが違うカマキリの魔獣がいるんだよ!)」
「(知らないよぉ~)」
「(とにかく、できるだけオーラエレメントは温存しておきたいから、ここは素早く駆け抜けよう)」
「(分かった……ひぃぃ怖いよ~~)」
ひそひそ話を終え、さっさと駆け抜けようとするタリムとオペラであったが、お決まりのように木の根っこにオペラが躓きかけてしまう。
「!?きゃあ!」
オペラは何とか体勢を立て直したが、大きな声が出てしまった。その声を聞いた大きなカマキリの魔獣たちは瞬時に緑のオーラを纏い、目が緑色に光った。声が聞こえた方向、つまりはオペラに向かって一斉に動き出す。
「その動きがもう嫌なのぉぉぉ!!!!」
さらに大きな声をあげるオペラ。手を額に当て、目をつぶるタリム。戦闘は避けられないようだ。しかも1匹だけではなく他のカマキリも押し寄せる結果になり、目も当てられない。
「どうしよう……囲まれちゃった」
「申し訳ないけど、完全にオペラのせいだからな……」
「だよね……」
緑のオーラを纏ったカマキリの魔獣はタリムに近づき、その大きな鎌で容赦なくタリムを切りつける。
カキィィィン!!!
(……硬い!!)
風の力なのか、鎌を振り下ろすスピードが速く、また鎌の部分も硬い。タリムの持っている剣と同等の力があるようだ。
「くっ……!ただの虫……なわけないよな!」
鎌を打ち払い体勢を整えるタリム。
「オペラ!赤のオーラエレメントはどれくらい付与できる!?」
「とりあえず多めに付与するね!『来たれ!赤に与する火の力よ!』」
オペラの杖から赤のオーラエレメントがタリムに降り注ぐ。洛安の街までの距離がわからないが、ここでやられては元も子もない。
タリムは“赤のオーラエレメント”を付与してもらい、右目を赤く光らせ、赤のオーラを纏った。
「リチーム・ドルトゥート!」
タリムは素早くカマキリの魔獣に近づき、鎌の部分を剣で激しく突いた。突いた先から火花が飛び散り、カマキリの鎌に無数の穴が開く。
カマキリの魔獣も焼けるような熱さを感じ、悶えているようだ。
「よし、これで鎌も何とかなりそうだ!」
「タリムの新しい技だね!私も!」
オペラの右目も赤く光り、攻撃に転じる。
「―チレク・フレイム!!」
詠唱が終わりオペラの周りに火の玉が出現する。以前にも見た火属性の魔法だが、火の玉自体が細く、厚みのあるものになっており、数も10個に増えている。どうやらイチゴのヘタをイメージしているらしい。
オペラの放った火の玉は、二人を囲んでいたカマキリの魔獣たちの胴体に全て命中し、カマキリの魔獣は倒された。
「今のうちにこの場から離れよう」
「分かった」
森を足早に駆け抜け、少し開けた場所で落ち着く2人。
「一時はどうなるかと思ったけど……オペラも少しずつ強くなってるじゃないか」
「えへへ、そうでしょ~」
オペラがはにかむ。
「それにしても……この領の魔獣化の理屈が全く分からなくて困るな。虫たちは大陸内部では普通のサイズだったはずなのに、なんで南に来ると大きくなって魔獣化しているんだ?ミラージュコアだけの問題だけではなさそうだけど……」
「考えても仕方ないよ。だってヒスイ領には住んだことないんだから」
「それはそうなんだけど、腑に落ちない……」
2人は再び洛安の街を目指す。先の戦闘の様子を木の上から眺めている一人の女性に、2人が気付くことはなかった。
「ふーん。森の魔獣たちが騒がしいから来てみたら……。あの2人、なかなか強いじゃない。あの量の魔獣を相手にしても安定して戦えているし、しかもクルムズ領の“火の力”……これは期待できそうね」
女性の肩には1羽のカワセミが止まっていた。
【∞】
「……そろそろ洛安の街に着かないと赤のオーラエレメントが付与できなくなると思う……」
道かどうかも分からないところを進む二人。オペラがぼそっとつぶやいた。反応から見てもオペラが疲弊してきているのは明白である。周りにいるであろう虫たちにも徐々に反応を示さなくなってきた。
ちなみに今はまだどこかの森の中だ。天弓から六彩虹までは、まだ道らしき道があった。タリムはチトセの言葉を思い出す。ウグイスたちの道案内、あっても良かったのかもしれない。
「さすがにそろそろ洛安の街に着いてもらわないと困るな……みろオペラ!街が見えた!」
「やったー!やっと休めるー!」
ようやく見えた洛安の街に安堵する二人。植物をかき分け洛安の街に無事に着いた。街の入り口には立派な木の門があり、看板には“洛安―羅京門”と書かれていた。
ただ、残念なことに2人の感じた安堵は束の間のものだった。羅京門には常駐の兵士と思われるものが数人と、そして男性の老人が1人いて、2人の侵入を拒んだからである。
「何者じゃ!」
老人が大声で2人を制した。
「ひぃ!!」
オペラがビクッと仰け反った。 タリムは洛安の街に来た理由を説明する……否、説明しようとした瞬間、老人が2人の左手にある赤いリングを見つけて怒鳴ってきた。
「クルムズ領の代表がヒスイ領の代表を唆しておいて……よくここまで来れたもんじゃ!!そもそもヒスイ領は昔から………」
……と、怒声と罵声を次々に浴びせてくる。悲しいかな、すでに疲弊している2人の耳には怒声も罵声も左から右、右から左である。そもそもクルムズ領出身ではあるが、自分たちはクルムズ領代表ではない。
「と、とにかく休むだけでもできませんかね?」
何とか話を遮り、タリムが老人に要望してみるも一蹴される。
「嫌じゃ!ただでさえヒスイ領代表から緑のオーラを元に戻す方法を探してほしいと依頼があって忙しいのに、お前らの相手なぞできんわ!」
「そんなぁ……もうこの森を歩く体力なんか残ってないよぉ……」
オペラはその場にしゃがみこんだ。チトセが話していた通り、ヒスイ領代表からオーラを元に戻すための依頼が、ここ洛安にあったことは事実のようだ。
老人に何とか説得を試みていたところで、背後から助け舟が出された。
「まぁまぁおじいちゃん。そこまでにしとこ」
後ろを振り返ると、肩にカワセミを乗せた若い女性が立っていた。弓を持ち、背中には矢を数本かついでいる。背はオペラと同じぐらいで、濃い鮮やかな緑色の長い髪をしている。
「なんじゃユズハ、帰ったのか」
老人が若い女性に返答した。ユズハと呼ばれた女性が話し出す。
「ここ数時間ぐらい、私のカワセミが騒がしかったでしょ?それを聞いて森をグルグルしてたら、そこの2人が洛安に向かって来ているのを見つけたの。森の鳥たちも侵入者が来たって警戒してたんだろうね」
「!?」
タリムは驚く。道中の魔獣にばっかり気を取られていたが、まさか見られていたのか。全然気付かなかった。
「カマキリの魔獣や“オニテブクロ”に囲まれていたのを見たけど、二人で倒せるぐらいの実力もあった。おじいちゃん、『あれ』、頼めるかもしれないよ?」
「なんじゃと!うむぅ……お前がそういうならまぁよい。とりあえずワシの家まで来てもらおうか。条件次第では休ませてやってもいい」
「それに……『“シャベンイッタツ”の教え7、ジゲンを察するに要す』って言葉があるじゃない。この子達のちょっとした言葉もきちんと聞かないと分からないこともあるんじゃない?」
「……ふむ。それもそうじゃな」
突如現れたユズハと呼ばれる女性の発言によって、何とか休める可能性が出てきた。何を話しているのかはピンとこないし、何より森の中で自分たちを見られていたことも気がかりだが、一旦はこの街に入ることはできそうである。とりあえず地面にへたりこんだオペラを引きずり、老人の家に行くことにした。
【∞】
本来であればゆっくり洛安の街を観光したいところだが、どうもそういうわけには行かないらしい。前には老人と先ほどの女性が、そして兵士2名が自分たちの後ろにおり、どうみても連行されている形だ。道行く人も物珍しさにこちらを見てくる。
「どうしたんだあれ…」
「捕虜か何かか……?」
「あの赤いリングはクルムズ領の……?なんでこんな街に……?」
通りすがりの人たちの話もほとんど耳を素通りした。タリムはオペラを背中におぶっており、もうヘトヘトである。
「ここじゃ。入るがよい」
羅京門からしばらく歩くと、ひと際大きい家が目に入る。洛安の街では大きな家のことをお屋敷というらしい。この街の長だと言う老人は自分の名前をトクサと名乗った。
「ここにおるのがワシの孫娘、ユズハじゃ」
ユズハと呼ばれた女性は丁寧に頭を下げる。ユズハが話し出した。
「二人の実力は見させてもらったわよ。この街の兵士と同等、いやそれ以上かもしれない力を持ってる。当然、クルムズ領出身だから、赤のオーラを纏えて、火の力で攻撃していたのもばっちり見たわ」
「なに!赤のオーラじゃと!今ここで纏ってみせんか!」
トクサはタリムの顔面に迫る。ゆっくり引き剥がすユズハ。
「いや、それが………」
タリムは事情を改めて説明する。実際はオペラから赤のオーラエレメントを付与してもらえないと赤のオーラは纏えない。そのオペラは疲労と、道中の魔獣との連戦で赤のオーラエレメントを付与できるほどの力は残っていない。
「ぐぬぬぅ……今見れんのか」
「ほらねおじいちゃん、ちゃんと人の話は聞かないと。私はこの眼で赤のオーラをはっきり見てるから、疑わなくても大丈夫よ。赤のオーラを纏うのは休ませてからでもいいじゃない?それよりも『あれ』、説明してあげたら?」
「『あれ』ってなんですか?」
先ほどから会話の端々に登場している『あれ』について、聞くときが来たようだ。トクサは一度息を大きく吸い、話し始めた。
「うぉっほん……。『あれ』というのは、この洛安の街からさらに南に位置する自然迷宮“シリエトク”にしか存在しない“緑梅”という名前の果実のことじゃ」
聞いたことがない単語に首をかしげるタリム。
「先ほど説明したように、ヒスイ領の代表から『何とか兵士たちのオーラを使えるようにできないか』との依頼を受けておってな。その緑梅という果実を調合することによってできる薬が、もしかしたらオーラを元に戻す効果があるかもしれなくての」
更に首をかしげるタリム。聞いたことのない単語のオンパレードだ。一旦話を聞くことに専念した。
「シリエトクは“インペリアルエメラルド”の影響で凶暴な魔獣たちも多い。その緑梅を取ってくるだけでもかなりの労力がかかるのじゃ。お主たちの実力も含めての相談じゃが、その緑梅を取ってくるのを手伝ってくれんか?」
聞いたことのある単語がようやく現れる。タリムが聞こうとした矢先に、少し回復したオペラから質問が上がる。
「ここにも“インペリアル”の名前がつく宝石があるんですか?」
「なんじゃお主ら、知らんのか?大陸の外側はミラージュコアの影響を最も受けにくく、オーラエレメントが多い。クルムズ領で言えば“パトラマ火山”にも“インペリアルルビー”があるじゃろて。同じようにヒスイ領の“シリエトク”にも“インペリアルエメラルド”があるんじゃよ」
「おじいちゃん……さすがに学者とかじゃないと知らないと思うよ」
ユズハが適度にツッコんでくれている。
オペラの父、カノンさんの話からも、大陸の外側にオーラエレメントが多いことは知っていたが、宝石とセットになっていることは知らなかった。
当然、“インペリアルルビー”の周りが大型の魔獣の住処になっているのであれば、“インペリアルエメラルド”の周りも大型の魔獣の住処になっている可能性は高いだろう。
「じゃが、今回の目的はインペリアルエメラルドではない。あくまでその周辺に自生している緑梅の採取が目的じゃ。そもそもワシはインペリアルエメラルドを人類が採取するべきものではないと考えておる」
トクサの力強い言葉に、タリムとオペラは思わず後ろめたい気持ちになる。インペリアルルビーを採取しようとオペラの両親が頑張ってくれようとしているからだ。そんな思いを悟られまいとタリムは返答した。
「……なるほど。こちらはオーラを戻すための方法を探している、そちらもヒスイ領の代表からの依頼をこなす必要がある。利害が一致していると、そういうことですね?」
「そういうことじゃ。無論、薬の効果を試すという意味でもお主に実験体にはなってもらうがの。悪い話じゃああるまい?」
トクサはニヤリと笑う。トクサからしてみれば、実験体も同時に転がり込んできて一石二鳥というわけだ。タリムとオペラは顔を見合わせる。オペラは頷き、タリムはトクサのほうを向いた。
「こちらの目的はヒスイ領代表と同じ。その依頼お受けします」
トクサは「ほっほっほ」と笑った。
「それなら条件も飲んでもらったことじゃ、この街でゆっくり休むといい。またシリエトクに行ってもらうときはこちらから案内させてもらうぞ。準備も必要じゃからな」
「分かりました」
そう言われトクサのお屋敷を後にする二人。ユズハに宿屋まで案内してもらう。道中、ユズハと雑談を交わした。
「いやー助かるよ。シリエトクに誰が行くのか、植物研究所の中でも話題だったんだー。おじいちゃんもなかなか頑固だから、私が行くって言っても聞かないし。『1人であんなとこ行かせられんわ!』とか言ってね。代表からの依頼とはいえ簡単に行ける場所じゃないし、依頼を断るかどうかも悩んでいたみたい」
「こちらこそ、無事に休めるよう色々手配してもらってありがとうございます。ところで森の中で俺達を見ていたというのは本当ですか…?」
タリムは恐る恐るユズハに確認した。
「もちろん。私のカワセミが森の中の魔獣たちが騒がしいことを教えてくれたんだ。私も一応、バードテイマーを生業にしていてね。森の中の魔獣じゃない鳥たちからも色んな情報が受け取れるの」
ユズハは少し自慢気に話す。チトセも話していたとおり、鳥たちの噂が聞こえてくる便利なもののようだ。
「少し話は変わるんだけど、ヒスイ領は昔から魔獣も含めた生き物、そして植物たち全てと共存しようという気持ちで統治してきた歴史的な風土があってね。本当なら魔獣たちに対しても無益な殺生はしたくないんだ。わざわざ魔獣たちの縄張りを侵す必要も、本来はないからね」
タリムとオペラはうなずいた。気持ちはよくわかる。
「そんな領だからこそ、私たち街の住人がわざわざ魔獣の住処に行くことはないの。さすがに今回はいつもと違うことが分かったし、心配になったから私が行ったの。出かけた先に赤いリングを装備した、いかにも旅人さんが2人いたから、様子を見てたってわけ。もし魔獣たちに対しても無益な殺生をするような人たちだったら私が止めに入ろうと思って」
ユズハの瞳は真っ直ぐで、本当に止めに入ろうとしていたことがよく分かる。
「そうだったんだ……思いっきり火の魔術とか使っちゃったけど大丈夫かな……」
オペラが心配するのと同じように、タリムも心配になってきた。
「身を守るためだったら仕方ないってことは私たちも分かってる。あなた達の戦い方は見てたけど、魔獣だからって何でもかんでも倒してたわけじゃないでしょ?
ユズハは微笑む。言われてみれば必要な戦い以外は避けてきた。どちらかというと赤のオーラエレメントをなるべく使わないようにという配慮のほうが強いが。
「戦い方を見た感じ、おじいちゃんも納得しそうだったから、結果的にはよかったわ。どうしてもシリエトクに棲んでいる魔獣たちはこの領内のそこら辺にいる魔獣たちよりも凶暴なの。潤沢な緑のオーラエレメントを人間に盗られると思うんだろうね。私たちにそんなつもりはなくても、魔獣も命がけで挑んでくるから、襲いかかられたら戦わざるをえないってわけ。あなたたちの行動を咎める気はないわよ。ただ、戦い方はこの先も考えてくれると嬉しいな」
(各領で色んな考え方があるんだな……)
ユズハの発言にぼんやりと考え込むタリム。そうこうしている間に宿屋に着いたようだ。
「さぁ着いたわよ。今日はここで休んでね。またおじいちゃんからお話があると思うわ。しばらくは洛安の街の観光も楽しんでね」
ユズハはトクサのお屋敷に向かって帰っていく。
「魔獣だって生きている命だもん。ちょっと戦い方は工夫してみよっか」
「……そうだな」
2人は宿の食事にありつくも、疲労が極限に達しているのかあまり喉を通らなかった。クルムズ領にもある温泉でうたた寝するぐらい疲れていた2人は、居室に敷いてある柔らかな布団に包まれ、二人はすぐに寝てしまった。
【∞】
翌朝、特にトクサに呼ばれることはなかったため、洛安の街を探索することにした二人。
雲竜山脈から流れ出るきれいな水から作られた“伏水”と呼ばれる酒や、規模は小さいながらも瑞々しい野菜を栽培しており、それらが洛安の街の名産品になっているようだ。
また、洛安の街の中には大きな川が流れており、カモやカワセミ、ヒワなどが羽を休ませている。
ちょうど街をぐるっと一周しかけたとき、ひと際大きな建物が目についた。入り口には左都植物研究所と大きな木の看板が置いてある。
「これがグリーンブックにも載ってる左都植物研究所……。思ってたより大きなところだ」
「そうだねぇー」
オペラはその広大な敷地と建物を見ながら感心している。クルムズ領でこれぐらい大きな敷地があるのは“チャナックの街”の製鉄所ぐらいだろうか。自分の父が働いているところに幼少期に何度か行ったことがあるのを思い出した。
左都植物研究所の敷地の中には色とりどりのバラ、赤く染まりかけたモミジなど、多種多様の植物、木々がある。
敷地の奥のほうには植物の環境を現地の領に近づけるため、温室と呼ばれる別の建物も存在していた。敷地の中で、特にオペラが気に入ったのはバラがいっぱい咲いているところで、バラの匂いをかいでうっとりしている。途中何か閃いたような顔をしたが、オペラが何を閃いたのかは教えてくれなかった。
しばらく研究所内を勝手に見学しているとふと1つの研究施設が目についた。研究施設前の木の看板には「品種改良部門」と書いてある。
「品種改良部門って何だろうね……?とりあえず開けてみよっか」
オペラは持ち前の好奇心で躊躇いなく扉をノックする。特に応答がなかったため、二人は中に入ろうと扉を開くと、中にいたのはトクサだった。
「なんじゃお主ら。まだ出発の連絡はしとらんぞ」
「あれ、トクサさん、なぜここに?」
思わずタリムがつぶやいた。
「なぜも何も、ワシはこの研究所の顧問でもあるんじゃよ」
街の長もやりつつ、こんな大きな研究所の顧問もやって大変そうだ……としみじみ感じていると、突然、トクサから耳がつんざくような大声が放たれた。
「セイジ!!!出てこんか!!!!!!!」
あまりに大きい声であったため、タリムとオペラはさっと耳を塞ぐ。数秒後、研究施設の奥のほうからセイジと呼ばれた青年が出てくる。
「うるさいジジイ。聞こえてるよ」
研究施設の職員なのだろう、白衣を着ている。背はタリムよりは少し小さく、深緑色の髪色がボサボサになっており、目にクマができている。顔を見た感じの年齢はタリムより少し上と感じるが、何せ整容面が整っているとは言い難く、実年齢はよく分からない。
「研究所に篭もってないで早く帰って休まんか!!」
トクサがセイジを叱責している。確かに早めに休んだほうが良いと思えるぐらいには体調が悪そうだ。
「研究に没頭して何が悪いんだ。『シャベンイッタツの教え2、精密を要す』……ジジイの口が酸っぱくなるほど言っていたくせに……」
「ばかもん。体調をおろそかにしてまでやる研究がどこにある」
「ちっ……今だって“橙”オーランゲ領の砂漠地帯でも栽培できるか、野菜たちを色々いじくってるところなのに……」
気だるそうにセイジが答える。
「まぁよいわ。この話を聞いてから休むか決めるのじゃ。ちょうどこの二人もいることじゃし、このまま用件を話すぞ。……当研究所で対応するか検討していた“シリエトク”に行く件、この者たちとユズハに行ってもらう」
「!?」
セイジが驚いた表情でトクサを見る。直後タリムとオペラをまじまじと観察する。セイジは2人の赤色のリングを確認し、話し始めた。
「……明らかにヒスイ領に関係ない人間たちじゃないか。シリエトクの生態系の保全もできるか分からない連中に行かせるのか?ましてや緑梅も取りに行かせて、悪用でもされたらどうするんだ?」
セイジは先ほどまでの気だるい口調とは打って変わって熱く語りだした。
「この者たち2人の実力はユズハの折り紙付き。洛安に至る道中の魔獣たちとの戦いは、ユズハがきちんと見ておるわ。むやみに生態系を破壊するような連中じゃないこともな。ただし、この2人だけで行かせることはお前も話したように悪用される可能性も捨てきれんから、それはさせんつもりじゃ。じゃからユズハもシリエトクの案内役として連れて行く。お前はどうするセイジ」
「悪用も何も、緑梅がどんなものかも知らないんですけど……」
タリムの話は見事にスルーされ、トクサとセイジの睨み合いが続く。トクサの話し方から察するに何かを試しているようだ。セイジがボソボソと喋る。
「シリエトクに行くのは二度とごめんだが、シリエトクの独自の生態系を見ないことには『シャベンイッタツの教え6、跋渉の労を厭うなかれ』に反する……。いや、でも街の外に出るのはな……ユズハが行くならあとでその話を聞くだけに留めるっていうのも………いや、やっぱり自分の目で確かめたい気持ちもあるな………ユズハが行くのも心配は心配だし……、だからといって襲い掛かってくる魔獣はどうする……?『あのときのあんな思い』はもうしたくない……」
セイジはかなり悩んでいるようだ。そんなセイジを見かねたトクサはブツブツ言うセイジに喝を入れた。
「何をグジグジと。ほれ、ユズハからも何か言ってやれ」
いつの間にか研究所の品種改良部門に来ていたユズハ。ユズハはセイジに向かって優しく話しかける。
「セイジ、私と一緒に緑梅を採りにシリエトクまで行こう?……襲い掛かってくる魔獣なら私に任せてくれたらいい。私だって『あれから』バードテイマーになったり、フィールドワークでしっかり鍛えたんだから!……大丈夫、セイジを守りながら戦う……!」
その言葉を聞いたセイジの瞳孔が開く。それでもセイジの葛藤が続いたが、その後もユズハが説得していた。最終的にセイジは頬をポリポリ掻きながら、それでいてユズハに視線を合わせずボソっと話す。
「そこまで言うなら行ってやってもいい。ユズハだけじゃ心配だし、だからといってユズハに守られるのも性に合わない。何よりクルムズ領のやつらがシリエトクに行けて、僕が行けないのはやっぱりおかしい」
ユズハとトクサはお互い顔を見合わせる。説得に成功したようだ。ニヤリと笑うトクサはセイジに顔を向けた。
「そうと決まれば、セイジ、やはりお前も一旦休め。中にいる他の研究者たちにはワシから話しておく。しばらくはこの研究施設自体を閉めさせてもらうぞ。どっかの誰かがまた研究施設に戻って勝手に研究をし始めるかもしれんしの」
そういうトクサはセイジをジッと見つめる。
「はいはい、休みますよ」
またもセージは気だるそうに答えた。
「ねぇ、セイジさんとユズハさんってどういう関係なの?」
オペラが興味津々でユズハに尋ねる。
「関係っていっても私とセイジとは従兄弟にあたるの。私の母とセイジの父が兄弟でね。私のほうがセイジより歳は上なんだけど、昔はよく一緒に遊んだわ。昔は明るい子だったんだけど、ちょうど5年前ぐらいの15、16歳頃かしら?セイジが淡い緑のオーラを纏えるようになってからは人が変わったように研究に没頭するようになって……」
「ユズハ!」
ユズハとオペラの話が聞こえていたのか、セイジがユズハに怒った。
「はいはい」
その後、研究施設を1人で出たセイジは植物研究所を後にした。セイジが見えなくなると、トクサが話し始める。
「ちょうどセイジがオーラを纏えるようになった頃、奴の父、ワシの息子とその妻は魔獣との戦いで亡くなったんじゃ。奴は両親に対して必死に白のオーラエレメントを付与していたが、死者は蘇らん。……そこからじゃよ。セイジは研究所に出入りし始めて研究に没頭するようになったのは。今でこそ植物の研究をしておるが、当時はありとあらゆる書物を読みあさっておったわ」
空気が重くなるのを感じる。ユズハやセイジの話していた『あんなこと』っていうのはこのことか。トクサは続けた。
「奴は研究所には入り浸るが、街の外には行こうとしない。魔獣との戦いも避けてきた。生態系を守る意味もあるんじゃろうが、両親を殺されたんじゃ。行きたくない気持ちは分かる。……だがの、研究者とは常に現地で実物を見る。それで新たな知見を得ることなんぞゴマンとある。机上の空論はいつまでたっても机上の空論じゃ。それができないようじゃ、この大陸のことも、オーラエレメントのことも、ひいては植物のことも、いつまで経っても分からないままじゃ」
トクサは大きなため息をつく。
「……奴は研究所にある書物や、他の領の研究者が書いた研究論文を読んだだけで、何もかもを知ったと勘違いしておる。奴の研究の仕方が間違っていることを示すためにも、奴を外に連れ出す、何か大きい餌が必要だったんじゃ。今回のシリエトクでの緑梅の採取の件は、元々複数人で対応する予定じゃった。ユズハも奴を引き付けるための餌にしたのは申し訳ないがの。お主らに準備がかかると言ったのは、セイジの反応を見るためじゃ」
「ホッホッホ」とトクサは笑い出す。
「でもセイジが行くって言ってくれて、私は嬉しいわ。全然休んでもくれないし心配だったから……」
安堵した表情を浮かべるユズハ。トクサとユズハがセイジのことを心配しているのがとても伝わってくる。
「今日はセイジも休むことじゃろう。お主らも街の散策はほどほどにしっかり休むんじゃぞ。シリエトクには明日、出発してもらうことにするからの。それまでしっかり道具や武器の手入れはしといてくれぃ」
「分かりました」
研究施設を後にしたタリムとオペラ。トクサの話を聞いて胸が熱くなった。オペラも同じことを考えているのだろう。珍しく何も発さなかった。
白のオーラエレメントがあっても死者は蘇らない。何もできない無力感。両親を救えなかった悔しさが思い浮かぶようだった。
セイジとユズハにそんな思いを二度もさせる必要はない。入念に道具を買い足したり、武器の手入れを行い、2人は宿で休んだ。
【∞】
翌朝、トクサをお屋敷に集合したタリムとオペラは、セイジ、そしてユズハと合流する。セイジとユズハは弓矢を、ユズハの肩の上にはカワセミが止まっている。
さすがに白衣は来ておらず、動きやすい格好に着替えてきたセイジ。ボサボサだった髪も少し整っていた。昨日に比べて目の下のクマもなくなっている。しっかり休んできたようだ。
「ユズハ、お前を中心に“シリエトク”まで案内してやってくれ。可能な限り、現れる魔獣たちには“匱籠”による捕縛を中心に戦うのじゃ。無益な殺生をする必要はない。無論、魔獣たちに抵抗されて“匱籠”が解除された場合はやむを得ん。退避するか、倒すかはお前たちの判断に託す。シリエトク内の魔獣たちに“匱籠”の効果は薄いはずじゃ。十分、気をつけていくのじゃぞ」
「分かりました」
昨日はトクサに向かって砕けた話し方をしていたユズハだが、神妙な面持ちで返事をしている。まるで生半可な覚悟ではこちらがやられることを示しているかのようだ。
「うむ、いい返事じゃ。そしてセイジ、お前も久しぶりの外じゃ、“匱籠”は問題なく使えるじゃろうが―」
トクサの話を遮るようにセイジは右目を光らせ、淡い緑のオーラを纏う。トクサの周りには空気が這うように回転しているのが、タリムやオペラにも見える。
「―これで文句ないだろ?」
相変わらず気だるそうな態度だった。「ホッホッホ」とトクサが笑う。
「お前がオーラを纏っているのも久しぶりに見るもんじゃて、きちんと使いこなせていて何よりじゃ」
トクサの周りの空気の渦がピタリとやむ。あれが“匱籠”と呼ばれるものか。また後で原理を聞いておこう。
「さて、先に話していたとおり、目的は緑梅の採取のみじゃ。お主ら2人にも期待している。ただ、お主らの赤のオーラ、……火の力は、森の生態系にとってはあまりよくない力とも言える。極力道中はユズハ、セイジの“匱籠”に頼ってくれんか。無論、お主ら自身の生命の危機を感じたときは、有無を言わさず赤のオーラを纏って戦ってくれぃ」
タリム、またオペラも頷く。こちらも無益な殺生をするつもりはない。しかもオペラのオーラエレメントにも限りがある。温存しておくのが無難だ。
「さ、しゅっぱーつ!」
ユズハの元気のいい声とともに、洛安の街からシリエトクに向かった4人であった。
【∞】
「もう魔獣が現れるのかよ……」
街を出てものの数分、早速見慣れたトゲトゲした植物の魔獣が現れ、セージがボソっとつぶやいた。
「またトゲトゲちゃんじゃーん……」
オペラもセージと同じテンションでつぶやく。
「……トゲトゲちゃんって可愛いわね。あれは“オニノテブクロ”とか“アロエ”って言うのよ」
ユズハはトゲトゲちゃんの名前の説明をしてくれた。洛安までの道で1番見たといっても過言ではない、植物の魔獣だ。
いつものように緑のオーラを纏い風属性の魔法を使って、葉についたトゲを飛ばして攻撃してくる。
「“匱籠”!」
相手のトゲを気にも止めず、ユズハは緑のオーラを纏い、先ほどセイジがトクサに使っていた技を使った。
魔獣の周りに空気の渦で箱を作り、身動きが取れないようにしている。相手の動きを封じられる技のようだ。葉のトゲもいつの間にか地面に落ちている。
「さっきも思ったけど、その技便利そうだよねー!」
オペラが素直に感心している。ユズハが技の説明をしてくれた。
「オーラの力で身の回りにある空気を風に変えて相手を捕まえている感じね。相手を傷つけることはないし、相手が弱い風の魔法や攻撃を使ってきても、この技で力が分散されるから、相手の攻撃を受けない便利な技よ。本来は生物たちの怪我を治すためとか、動きを止めるために使うことが多いかな」
「めちゃくちゃ強いよ!この調子でシリエトクの魔獣にも効けばいいんだけどなー!」
ユズハの顔に少し陰りが見えた。
「あはは……まぁ魔獣たちのオーラエレメントの量にもよるから、頼りすぎは厳禁だよ」
ユズハの説明にセイジは唇を噛んでいる。特にユズハの話に突っ込むことはなかったが、何か思い当たることがあるのだろう。 そこからも出てくる植物、虫の両方の魔獣たちはユズハの“匱籠”によって捕縛され、戦いを避けることができた。かなり余力も残っている。
しかもユズハのカワセミが4人の先を警戒して飛んでくれており、魔獣たちの極力少ない道を選んでくれているようだった。
(ヒスイ領は鳥使いと鳥たちがいるかいないかで快適さが段違いだな……)
まだセイジは淡い緑のオーラを一度も纏っていない。ユズハも訓練されているのか、オーラエレメントが枯渇する様子もない。タリムの想像よりもかなり早くにシリエトクに到着した。
「“匱籠”と呼ばれる技と鳥の誘導があるだけでこんなに楽なことがあるのか……。洛安までの道中は本当に大変だったのを身に沁みて感じるよ。いくらグリーンブックがあるとはいえ、この自然だ。道で合ってるという安心感はすごいな」
「ほんとにね」
タリムの呟きに対し、オペラはうんうんと頷いている。
「私にとって洛安の街の周辺は研究のためのフィールドワークもしているから庭みたいなものよ。でもシリエトクの内部はそうはいかない。ここからはセイジにもしっかりオーラを纏って戦ってもらうわ。私のカワセミも、シリエトクの内部に連れていくのは難しいから……」
ユズハはセイジのほうをチラッと見た。セイジが頷き返事する。
「しかたない」
「あと、シリエトクの探索は最大6時間にしておくわ。その時間より後になるようであれば、私のカワセミが洛安の街まで戻っておじいちゃんに合図するよう、指令を出させてもらったわ」
ユズハはそういうと自分のカワセミに合図をした。カワセミは悲しそうな目をしたが、シリエトクの入り口で待機してくれている。全員、ユズハの発言に身が引き締まる。
「あのぉ……セイジ……さん?シリエトクの中で注意しておくこととかありますか?」
オペラはおずおずとセイジに話しかける。
「君のほうが歳下だろうけど、セイジでいい。そうだな……まずは君の戦い方を教えてくれ」
「君じゃなくて、私のことはオペラって呼んでください。……私はどちらかというと持っている杖での回復と火の魔術での攻撃が中心の戦い方です。護身用に短剣は持ってますけど、タリムみたいに剣術が使えるかと言われるとそこまでは難しいです」
「火の魔術の範囲はどれぐらいだ?それから………」
セイジから色んな質問がオペラに飛ぶ。オペラは自分のできることを丁寧に答えており、セイジはそれを記憶しているようだった。
「………君はタリムといったな。どういった剣術が使えるのか教えてくれるか」
オペラへの質問攻めが終わったのだろう。次はタリムへの質問攻めの時間のようだ。
「俺もセイジと呼ばせてもらうよ。俺は―」
いくつかの質問に答え、セイジはこのチームの力を分析している。
「……なるほど。オペラの赤のオーラエレメントをタリムに付与している関係でタリムがオーラを纏って戦えると。オペラの魔術に頼りすぎるとタリムも戦えなくなるわけだな。……というか淡いオーラが使える人間がいればオーラエレメントが一時的に回復するのであれば、わざわざ緑梅を取りに行かなくてもいいんじゃないのか……?」
「だめよ。淡い緑のオーラを使える人間はごくわずかなんだし、ずっとオーラエレメントを渡せるわけないじゃない。根本的に回復しないと意味ないわよ」
ユズハの一言に黙るセイジ。セイジはタリムとオペラの能力から、戦闘が継続できる時間などを分析したようで、ユズハと相談している。
「ユズハと僕が“匱籠”を使える回数もある程度限られるはずだ。しかもシリエトクの奥まで行くには、僕達よりもオペラの力を温存しておくべきだ」
「そうね」
シリエトク内もヒスイ領全体と同様、見渡す限り木々が生い茂っており、はぐれたら一瞬で迷子になるだろう。目印でも置いておくべきか。
「とにかく、僕かユズハのそばから離れるな。魔獣たちの気配はそこら中からしている。もし何かあったらすぐに洛安の街に戻るぞ。緑梅よりも僕達の命のほうが大事だ」
ずっと引きこもっていたとは思えないぐらい冷静な判断である。
「あ、一応シリエトクの内部をざっくりと紹介しておくわ。まずは湖が全部で5個あって、手前から奥に向かっても五湖、四湖……と数が減っていくの。私達の目的の緑梅は一湖の更に奥、“乙女の涙”と呼ばれる滝があって、その周辺に自生していると言われているわ。まずはそこを目指すわね。生態系保全のために、人が歩ける僅かな獣道を進んでいくから気をつけて。注文が多くて申し訳ないけど、植物が自生しているところにはあんまり行かないように注意してね」
ユズハの説明に耳を傾けるタリムとオペラ。オペラが威勢よく質問する。
「ユズハ先生!質問です!」
「ふふっ先生じゃないけど……なぁに?オペラちゃん」
「こちらに生命の危険があったときは、どこまで魔獣に攻撃していいですか?」
思ったよりまともな質問だ。
「そうそう、それが私も1番悩んでたの。このシリエトクなんだけど、魔獣だけじゃなくて、魔獣化していないけど危険な生物も出るのよ。例えばクマとかね」
「えっ!!」
オペラは驚きを隠せない。タリム自身、野生のクマを見たことがない。
「おじいちゃんも『生命の危険があるときは赤のオーラを使え』とは言ってたから、魔獣化していないクマ相手に攻撃してもいいとは思うけど……どう思う?セイジ」
「そうだな……。オペラだけ、とりあえず防御に徹してくれたほうがいいだろうな。魔獣か生物かの判断は僕かユズハができるだろうし、特に魔獣化していない生物のほうに攻撃をするのは避けてほしい」
(……生態系の保全と自分たちの命の管理、難しい天秤だ)
「僕の見立てではオペラの火の魔術にわざわざ突っ込む生物は少ないと思う。なぜなら生物の大多数は火が怖いからだ。周りの植物や虫たちに当たらないように火の魔術を使ってくれたら、勝手に向こうが逃げ出すんじゃないか」
「魔獣は別だから、そのときは私達で指示するわね」
「わかりました!」
オペラが気持ちよく返事をしていた。
【∞】
各々の戦闘スタイルや戦い方を共有した4人は、シリエトクに内部に侵入する。事前にユズハから説明されたとおり、獣道を突き進む。
たまに朽ちている木道もあり、昔は人間がこの道を行き来していることが分かる。五湖に到着するまでに、またもカマキリの形をした魔獣が姿を現す。
自分たちの住む縄張りが人間に侵されたと感じている魔獣たちも多そうだ。魔獣たちは最初から緑のオーラを纏っており、それを訴えている。
「早速お出ましだな。“匱籠”」
セイジの右目が淡い緑色に光り、同じ色のオーラが纏われる。セイジは弓を下ろし、右手に緑のオーラエレメントを集中させた。よく見ると右手の上で風が発生している。そのまま右手を振り下ろすと風の箱が出現し、カマキリの魔獣は捕縛される。だが、気性が荒いのか風の箱を破壊しようともがいている。シリエトクまでの魔獣とは違い、風の箱が早くも壊されそうだ。
「もう“匱籠”が効かないのか!?」
セイジは少し焦っている様子だ。横にいるユズハも同じ顔をしている。タリムはすぐにオペラに指示し、赤のオーラエレメントを付与してもらい、赤のオーラを纏う。
「『来たれ、赤に与する火の力よ』」
「ありがとうオペラ!……アレブ・ブレード!」
タリムはカマキリの魔獣を火が纏っている剣で容赦なく斬りかかる。カマキリの鎌の部分は地面に落ちた。
「どこまで魔獣たちに攻撃していいのか分からないけど、こっちだってやられるわけにはいかないんだよ!」
“匱籠”が効かなかったのを目の当たりにしたタリムは、意識を切り替え魔獣たちに対応する。
「!」
タリムの声に反応するようにセイジとユズハが弓をつがえた。オペラも杖を握り攻撃する体制を取っている。
「相手の脅威はなくなった!ここで戦うより先に進もう!」
タリムが叫ぶ。目的はあくまでも緑梅の採取のみ。オーラが使える時間は長い方がいい。ユズハ、セイジが頷き、魔獣のいないほうに誘導してくれる。
「タリム君、こっちよ!」
新たな魔獣が来る前にシリエトクの奥へと進んでいく。
【∞】
シリエトクに入り三湖を通過した。五湖も四湖も湖面は鏡のように山々や空を反射していて、美しい光景が広がっていた。
また、道中はユズハが言っていたとおりクマも現れた。クマと言っても子どものほうで、高い木で木登りをしていた。
「ちっちゃくて可愛い!」
オペラはクマの子どもを観察しながら嬉々とした声をあげている。
「近くに必ず親のクマがいるわ。親に見つからないようにこのまま二湖まで急ぎましょう。オペラちゃん、いくらコグマが可愛いからといって、絶対に餌付けしちゃダメよ」
「はーい!」
ユズハに制止され一行は二湖に到着する。二湖は他の湖より大きく、さっきまでの湖とはまた違った景色だ。視界の良好なところがあり、少し休息することにした。
「にしても、タリム君もやるじゃない。魔獣たちに大きなダメージも与えずに対応するなんて。まさかシリエトクの入り口から“匱籠”が使えないとは思ってなかったから焦っちゃった」
ユズハが褒めてくれる。
「いや、たまたまですよ。洛安までの森の中であのカマキリの魔獣には出会っていたので対処法を知ってたというだけで……」
実際、BOSの執事服の男性にこんな攻撃が当たるとは思えない。まだまだ鍛錬が必要だ。
「でも、無用な戦いは避けられてる。シリエトクの生態系に大きな変化はなさそうだし、素晴らしいわ。ね、セイジ」
「……そうだな。ジジイもシリエトクの魔獣たちに“匱籠”の効果は薄いって言ってたが、入り口からとは思わなかった。僕たちだけで仮にシリエトクに行ってたら、この時点で詰んでただろう」
セイジは3人に見えないように拳に力を入れた。自身の無力さを痛感しているようだ。
「さぁ行きましょう。遅くなると帰りも大変だわ」
ユズハに誘導され、再び歩き出す4人。
【∞】
一湖に到着するまでの間も魔獣たちにはかなりの頻度で出くわした。虫の魔獣が出てきたときはタリムの技で戦闘をやり過ごす。植物型の魔獣が出てきたときは“匱籠”で相手の行動を制限し、セイジとユズハの弓矢で牽制する場面もあった。
「ハァ…ハァ……やっぱりシリエトクに来るべきじゃなかったかもしれない……」
セイジは一湖を見ながらボソッと呟く。少し息が上がっているようだ。ずっと研究所でひきこもっていたと聞いているので、タリムよりも遥かに体力がなさそうである。
「どうするセイジ?休もうか?」
ユズハが声をかけるも、首を横に振るセイジ。
「いやいい……。乙女の涙はあと少しのはずだ……このまま向かおう……」
朽ちた木道がミシミシと響く。一湖》を越えたあたりから先ほどまで出くわしていた虫の魔獣も植物の魔獣も現れなくなった。
「おかしい……。ユズハさん、そろそろ“乙女の涙”と呼ばれる滝に着きますよね?……この辺りに緑梅だけじゃなくてインペリアルエメラルドもあるんですよね?」
タリムがユズハに尋ねる。
「そう聞いてるわ。今のこの場所は……洛安の街の周辺とは比較にならない量の緑のオーラエレメントが降り注いでいるわ。普段は目に見えないからはっきりとオーラエレメントを意識できないけど、ここは違う……。力がみなぎってくる感じね」
「タリム、何がおかしいか言ってくれ」
セイジも緑のオーラエレメントの供給が多いからなのか、息の上がり方がマシになっている。
「いや、これは自分の勝手な解釈なんだけど、インペリアルエメラルドの周りにはシリエトクの入口にいる魔獣より遥かに大きい魔獣がいると思ってたんだよ。クルムズ領のパトラマ火山の最深部にはインペリアルルビーを守るために大型の魔獣がいるって話は聞いてたからさ。一湖を越えてからあれだけ出くわしていた魔獣たちがいないのが気になって」
「言われてみればそうだな……」
タリムの言葉にセイジは顎に手を当てた。
「緑梅の影響かしら?もしくはインペリアルエメラルドの力は、インペリアルルビーとは違う可能性もあるのかも……見て!!緑梅よ!」
ちょうど緑梅の背後には“乙女の涙”と呼ばれる滝も見える。インペリアルエメラルドの影響か、滝も淡い緑に見える。どことなく緑龍の棚田に雰囲気が似ていた。
緑梅の周りにはインペリアルエメラルドらしい鉱石などは見当たらないが、緑梅自体は煌々と緑に輝いている。
「わぁ……きれい……!」
「早速採取しましょ!」
緑梅を見たオペラが感動し、ユズハがゆっくり緑梅に近付いていく。
緑梅の周りには魔獣らしき影はない。緑梅は木に生えているが、ユズハの身長でも届くぐらいの高さにその実があり、手を伸ばして取ろうとする。
ちょうどユズハが緑梅に触れそうなタイミングで、ガサガサ……と僅かな木の葉を鳴らす音にセイジが気付いた。風が木の葉を揺らしただけのような、普通では気づかない音だ。事実、タリムもオペラもその音に気付いていない。
ふとその音のほうに目を向けたセイジは、木々に擬態した大きい植物型の魔獣が、ユズハに向かって粘液の付いた何かを近付けているのを発見した。セイジは急いでユズハに向かって叫ぶ。
「気をつけろユズハ!上に魔獣がいるぞ!!」
「緑梅は採取でき………キャァァァァァ!!」
ユズハの叫び声。タリム、オペラは少し出遅れる。タンポポの綿毛のような赤い線毛。その線毛の先端に付いた粘液に触れてしまったユズハは身動きが取れなくなり、同時に地面に潜んでいた落とし穴のようなものに落下し、捕らえられてしまった。
「この袋は……“カズラ”の特徴だ!?赤い線毛は“モウセン”の仲間のものか……!?」
セイジはユズハを捕らえた植物たちを見て思考を巡らせる。落とし穴のような袋は、“カズラ”という植物の仲間らしい。
本来の“カズラ”はハエやアリなど小さな虫を捕食するために落とし穴のような葉がついている。当然、そのサイズは人間より遥かに小さいものだ。 ただ、目の前の“カズラ”はユズハがすっぽり入るどころか、人間があと1人は入るぐらい大きなもので、袋自体が3m~4mぐらいはある。
また、先ほどのタンポポの綿毛のような、赤い線毛は“モウセン”と呼ばれ、こちらも本来のサイズは赤い線毛の先についた粘液で小さな虫を捕らえるぐらいのものらしい。一般的に“カズラ”も“モウセン”も食虫植物であり、文字通り植物が虫を捕食するという珍しいものだそうだ。
袋の中に閉じ込められたユズハが叫んでいる。
「この臭いは……!!しかもこの液体……オーラが纏えない!?弓矢の攻撃も通らないなんて……!」
中の様子は分からないが、声はうっすらと聞こえてくる。謎の液体によりオーラが纏えなくなっているようだ。
「普通のカズラも中に入った虫たちが外に出られないようにしているが……とにかくユズハを助けないと……」
セイジは淡い緑のオーラを纏っているが、弓矢を持つ手が震えている。早々にオペラはタリムに赤のオーラエレメントを新たに付与し、戦闘態勢に入る。
「『来たれ、赤に与する火の力を!』」
杖の先から赤のオーラエレメントが放出され、タリムに付与される。
「オペラ、火の魔術を使うのは待ってくれ。袋の中にいるユズハさんまでダメージを負ってしまう」
「分かった!」
「このままじゃマズイ!急がないと!」
タリムの右目は赤く光り、赤のオーラを纏う。ユズハの入った袋を斬りつけようと近づいたとき、タリムの真横から“キバのついた葉”がまるで肉食獣のように攻撃してくる。
「タリム!真横だ!」
「な!?」
セイジのひと声で“噛まれる”寸前に葉を弾いたタリムは、態勢を立て直す。葉の形状に見覚えがあるセイジは驚きながら話した。
「あの葉の形状は“トリグサ”のもの……食虫植物たちを合成した魔獣か何かか……!?こんな植物、研究所の書物には載ってなかったぞ……!」
食虫植物どころか人食い植物だ。どの植物もサイズがケタ違いで“人間を食べることに特化している”とまで言える。
(インペリアルエメラルドの影響だな……!こんなサイズの魔獣がいるんだ、どおりで一湖までの魔獣が“乙女の涙”に近寄らないわけだ……!)
先ほどまでの違和感の答えが出た。比較的小さな虫の魔獣も植物の魔獣も、この合成植物の魔獣の前では無力、あっという間に養分にされるだろう。
しかも“モウセン”、“トリグサ”ともに緑のオーラを纏っているからか、茎の部分が伸縮自在で間合いを詰めるのも難しい。
「キラズ・フレイム!」
オペラは自身に迫りくる“モウセン”の粘液から見を守るため、火の魔術を使った。火の魔術によって“モウセン”の粘液がついた赤い線毛だけが燃やされた。身の危険を感じた茎の部分は、何らかの意思に従い合成植物の中に引っ込んでいく。
「やっぱり火属性は有効かも!タリム!茎を狙って!」
「分かった!」
タリムに迫りくる“モウセン”と“トリグサ”。伸縮自在の茎を上手くかわし、タリムは威力を上げた火の剣技で、的確に葉と茎が離れるように突いた。
「リチーム・ドルトゥート!」
赤い線毛とキバの付いた葉は両方地面に落ち、茎は合成植物の中に引っ込む。オペラの言うように火属性の技の効果はありそうだ。
「セイジ!目の前の魔獣の真上に、弓矢を何本か放ってくれ!」
まだその場から動けていないセイジにタリムが檄を飛ばす。セイジはハッとした顔でタリムの指示通り弓矢を魔獣の上に目がけて放った。
「今だ!」
セイジが放った弓矢に反応して“トリグサ”がそのキバで弓矢を折った。その隙にタリムはユズハが捕まっている“カズラ”の袋に一気に近づき、袋につながった茎を斬る。
「スチーム・オルドゥート!!」
新たな火の剣術により、袋を支えていた茎を斬る。袋が地面に落ち、タリムは急いで袋の下を斬った。 袋の中からユズハが出てきたが、謎の液体の特有な臭いが鼻につく。ユズハの意識はほぼなく、手には緑梅があった。
(意識がない……!)
ぐったりしているユズハを抱きかかえ、合成植物の魔獣から距離を取るタリム。急いでセイジの近くの地面にユズハを寝かせた。
「大丈夫かユズハ……!?」
ユズハに近づいたセイジの瞳孔が大きく開く。ユズハから、かつて死に際に会った父と母と同じ特有の臭いがする。両親を殺したであろう魔獣の正体が、数年の時を経て今ハッキリとしたのだ。
「まだユズハの息はある!オペラ、火の魔術を!」
セイジはユズハの口、喉元に手を当て脈があることと呼吸していることを確認し、オペラに向かって大きく叫んだ。
「ダマスケナ・ローズフレイム!!」
オペラも新たな火の魔術を使う。杖の先から具現化した火がオペラの頭上に展開され、そのまま薔薇の花びらと棘の形に変化した。オペラの合図で火は一斉に散り、タリム、ユズハ、セイジを囲っていたモウセンとトリグサの茎部分に全弾命中し、合成植物の魔獣の攻撃を退ける。
「うぅぅ……」
ユズハから僅かに聞こえる声。
「……ユズハ……無事でいてくれ……。タリム!オペラ!さっさと退散するぞ!緑梅はこちらにあるから……」
「……残念だがそうも行かないみたいだぞ、セイジ」
タリムの発言を聞き、セイジが辺りを見回すと先ほどまでいなかった一湖までにいた虫の魔獣と、植物の魔獣に一湖まで通じる道を閉鎖されていた。
せっかくオペラが目の前の合成植物の魔獣によるモウセンとトリグサを抑えてくれたのに、振り出しに戻っている。
「いつの間に……!」
(さて……どうする……!?)
どこかを突破しないと抜け出せない。合成植物の魔獣の恩恵に預かろうとしているのか、それとも媚を売りに来たのか。どちらにしてもユズハを担いで一湖まで戻るのは至難の業だ。
「セイジ!この状況を打破するための知恵はないか!」
一湖まで1点突破するか、この場にいる全員を倒すか、タリムはセイジに判断を委ねた。
「…………」
セイジは静かに淡い緑のオーラを再び纏った。セイジの右目も淡い緑に光っている。何やらブツブツ言っているが、何を喋っているのかはよく分からない。
「(タリムめ……めちゃくちゃ言うな……。でもこいつらは僕を信じてるのか。この状況を打破できるって)」
セイジは精神を落ち着かせ、魔物の配置、強さ、周りの状況を風の力と持ち前の知識で読み取っていく。 次の“トリグサ”の攻撃が来るまでもって数秒。タリムとオペラが臨戦態勢を解かず、セイジが言葉を発するのを待っている。
「…………オペラ!一湖の方面の魔獣たちに火の魔術による範囲攻撃を!数秒後に僕が合図したら合成植物の上に何でもいい!火の玉を1つだけ飛ばしてくれ!」
オペラの右目の赤い光が強く輝く。
「…………タリム!向かってくる“トリグサ”の茎を落としたあとすぐに、オペラが開けてくれる道をユズハを担いで突破しろ!」
「「了解!!」」
タリムとオペラは同時に言葉を発した。セイジが考えたこの窮地を打破する“何か”を信じ、行動するのみだ。
「……“ギュール・チェンベル”!」
「……“スチーム・オルドゥート”!」
オペラは火の魔術を一湖の方面に固まった敵に向けて放った。虫と植物の魔獣たちは地面の薔薇の紋章から出る炎に焼き焦がされ、魔獣ではない植物も黒く焦げた。
……そのおかげでちょうど一湖の方面だけ黒く焦げた道ができる。両方の魔獣たちはやはり火が怖いようで、焦げた道に入ろうとはしなかった。
一方、タリムは合成植物から生成されたトリグサの茎、そしてタリムを捕獲せんと空中から降ってきたカズラの袋を、同じく火の剣術で打ち破る。
案の定、茎は合成植物の本体に引き篭もっていき、その間の次の攻撃までの隙にユズハを抱え、オペラが作った焦げた道のほうに向かって走った。 そのタリムの動きを止めようと虫の魔獣が襲いかかろうとする。
ユズハを抱きかかえているタリムは無防備だ。万事休す―……かと思いきや、虫の魔獣の動きが止まった。セイジの“匱籠”が虫の魔獣たちを捕縛していたのだ。
「さすが!」
タリムはユズハを抱えたまま焦げた道を越えた。あとは撤退するのみだ。
「合成植物……本当ならこの手で葬ってやりたいが……お前もこのシリエトクの生態系の1つだ……。葬ることは僕ではできないが、両親とユズハの受けた痛みや苦しみだけは許すことはできない……“一矢だけ”報いさせてくれ……。―オペラ!今だ!」
「分かった!“キラズ・フレイム”!」
オペラはセイジの指示通り、合成植物の真上に桜の花びらを模した火の玉を放った。
「……お前の身体の周りにある空気の流れを無理やり調節しておいた……。お前がタリムの行動に夢中になっている隙に。周りに打ち込んでおいた緑のオーラエレメントを付与した矢が見えるか……喰らえ……“蛇牢風・焔”!!」
オペラの放った火がちょうど合成植物の真上に来た瞬間、合成植物の中心に目がけて火が移動していく。セイジの緑のオーラエレメントによって、空気が導火線のような役割をしたようだ。合成魔獣の中心に近いところが勢いよく燃え上がる。
グギャアアァァァ!!
合成植物から叫び声のようなものが聞こえる。その間にオペラとセイジも焦げた道を越えることができた。
「(……………)」
あの合成魔獣がきちんと倒せてはいないだろう。でも両親と違い、今回ユズハを失うことはない。少し胸がスッとしたセイジだった。
【∞】
数々の魔獣たちの包囲網を突破し、一湖を越え、二湖の見晴らしのよい場所まで戻った4人は、ユズハの傷の手当を行う。オペラとセージが再び淡い赤、緑のオーラを纏い、ユズハに白のオーラエレメントを付与している。数分が経過し、ユズハが目を覚ました。
「ユズハさん!大丈夫ですか!!」
「ユズハ!無事か!!」
「……ここは……?」
「……今は二湖の近くだ。無事でよかった……」
「……!私、緑梅をつかんだあと……」
「自分の手を見てみろ、ちゃんと持ってる」
意識が回復したユズハは自身の手を見てホッとすると同時に、眼から涙が溢れだした。
「ど、どうしたんだ」
ユズハの涙を見てセイジが慌てている。
「……“カズラ”の袋に閉じ込められたとき、このまま……死んじゃうかもって思って怖くなって……。あのときの叔父さんと叔母さんと同じ臭いがしたから、『この魔獣にセイジの両親が殺されたんだ』ってすぐに分かったわ……。あの魔獣のせいで私が死んでしまったら……もっとセイジの心の傷が深くなっちゃうんじゃないか、私がシリエトクに誘わなかったら、こんなことにならずに済んだかもしれないって……でもちゃんと緑梅を持って帰れて本当によかったわ………ありがとう……」
涙が止まらないユズハを見て、セイジは目をそらしながらも返答した。
「シリエトクに行くって決めたのは僕自身だ。別にユズハのせいじゃない。それに僕じゃなくて、ユズハをカズラの袋から救出して、ここまで担いでくれたのはタリムだし、あの合成植物や周りにいた魔獣たちに大きなダメージを与えてくれたのはオペラだ。……この2人がいなかったらユズハの言うとおり、ユズハは僕の前で殺されていたかもしれない。お礼はこの2人に言ってくれ」
「ユズハさんをここまで運ぶのに的確な指示をしたのはセイジですよ。道中もすごく心配してました」
「オペラ!」
セイジがオペラに怒った。二人でワチャワチャと何かを言い争っている。見兼ねたタリムがユズハに話しかける。
「ユズハさん歩けそうですか?ここはまだ二湖の周りなので、どっちみち虫や植物の魔獣たちがやってきます。急いで洛安の街には戻りたいところです」
「ええ、歩けるわ。2人とも本当にありがとう」
ニコっとユズハが笑い、右目が緑に光った。カズラの謎の液体も洗浄されたからか、緑のオーラが纏えるようになっている。
「さ、こっちよ!早く洛安の街に戻りましょう!」
一行はシリエトク内の獣道を足早に進む。タリムの赤のオーラエレメントも残り少ない。シリエトクの木々たちは夕暮れを受け、緑から徐々に橙へと染まっていくのだった。
【∞】
「見ろ!ユズハじゃ!セイジもおるぞい!」
洛安の街の入口ではトクサと常駐の兵士が一緒に待っていた。ユズハのカワセミが勢いよくトクサの肩に乗り、トクサは鳥の頭を撫でた。
「よくやったユズハ、セイジ。お主らも」
ユズハは手にしていた緑梅をトクサに渡した。
「セイジと私だけでは絶対に緑梅は手に入らなかったわ。この2人のおかげよ」
ユズハはタリム、オペラに目配せする。トクサも大きく頷いた。
「俺達も戦いはしましたが、最後はセイジの指揮があってこそだったと思います。大きな合成植物の魔獣からは逃げるので精一杯でした」
「なんと……まだあの合成植物は生きておるのか!じゃあセイジは……」
トクサはセイジのほうを見る。ひどく疲れた顔のセイジは睨みながら返事をした。
「ユズハがカズラの袋に捕らえられ、そのあと袋から脱したときに嗅いだ臭いと、父と母が瀕死だったときに嗅いだ臭いは一緒だった……。ジジイ……僕に緑梅を取りに行かせたんだから、あの合成植物がいるかもしれないこと、知ってたんだな」
たじろぐトクサ。少し間が空いたのちに返答する。
「……無論じゃ。あの合成植物はワシが若かった頃、まだシリエトクの木道がしっかり作られていたときには、もう存在しておったよ。ちょうど乙女の涙付近を調査しているときに出くわしたのを覚えておる……。当時はそこまで大きな被害は出なかったが、皆命からがら逃げたのも昨日のことのように思い出すわい。……お前の父と母が瀕死のときにあの特有の臭いを嗅いで確信した。やつはまだ生きていると」
「なぜ……父と母を止めなかった……あんな危険な合成植物の存在を知っていたなら尚更だ!!」
トクサに掴みかかるセイジ。セイジを止めようとするタリム。トクサはやり返すこともなく静かに返した。
「今日は休めセイジよ。きちんと明日、植物研究所で話すことにする。ユズハはともかく、クルムズ領の2人にもしっかり休んでもらうべきじゃ」
「ちっ……わかったよ」
セイジは掴みかかるのを解いた。タリムとオペラはとても気まずそうな顔をしている。
「今日は本当にありがとう!また明日、あなたたちも植物研究所まで来てね」
タリムら2人の様子を見たユズハは笑顔で会釈し、セイジを連れてお屋敷に戻った。セイジとユズハが見えなくなったあと、トクサもタリムとオペラの健闘をたたえた。
「改めて礼を言う。よくやってくれた。タリム、そしてオペラよ。セイジとユズハが無事に帰ってきてくれ、しかも緑梅まで手にしている。あっぱれじゃ」
今まで名前で呼んでくれなかったトクサからの名前呼びに思わずタリムは驚くが、オペラは笑顔で受け止めた。
「セイジのことはこちらから事情を話そう。乗りかかった舟じゃ、お主らも聞く権利はある。明日、植物研究所のほうに出向いてくれぃ」
「分かりました。今日は失礼します」
シリエトクから帰るときも魔獣には出くわしている。タリムとオペラの赤のオーラエレメントはすっからかんだ。宿でしっかり、そしてゆっくり休むことにした。
【∞】
翌朝、十分に休息できたタリムとオペラは、早速植物研究所を訪れた。すでに研究所内部にはトクサ、ユズハ、そしてセイジが待ってくれている。
「ゆっくり休めた?」
ユズハは2人を気遣ってくれた。
「おかげ様で。本当に俺達がこの話を聞いていいのでしょうか?」
「構わん。そこに腰掛けよ」
セイジは何も言わず、トクサから研究所内のイスに座るよう命じられた。イスの前にある机に、1つの古びた本が置かれる。
「!?その書物は……」
セイジが驚いている。本のタイトルや著者などは書かれていないようだが、何やら見覚えがあるようだ。
「早速始めるぞ。お前の父ヘイカはお前と同じ植物分野の研究者で、妻モエギとともに、シリエトク内部の植物、特にシリエトクの生態系を調べ尽くした。この膨大な研究資料をお前も見たことがあるじゃろう」
「やはりこの研究資料を残したのは……父と母だったのか……」
数年前、研究所に行ったセイジの前に、橙とも茶色とも言えない古びた紙に書かれた、シリエトクの研究資料が現れた。あまりに細かく分析してある資料だったため、その出来栄えに感心し、食い入るように見ていた出来事を思い出す。資料にはシリエトク内の5つの湖、乙女の涙、クマやフクロウなどの生態、そして緑梅のことも書いてあったはずだ。
セイジは自分の両親が遺した研究資料であると確証はなかったが、何となくそうなのだろうと追求はしなかった。改めてトクサから伝えられ、確信へと変わった。
「でもその資料には合成植物の存在は記載されていなかったはず……まさか……!?」
セイジの瞳孔が大きく開く。理由にはおおよそ検討がついた。
「その“まさか”じゃよ。唯一シリエトク内で調べられていない植物と生態系は、その“様々な植物が合成された特異な存在”じゃった。ヘイカは聞いたんじゃ、ワシの古い仲間たちにその合成植物の存在を……」
トクサは額に手を当てながら俯く。俯きながらも話を続けた。
「ワシはヘイカとモエギがシリエトクの奥に行くのを何度も止めた。当然、合成植物のことも、その危険性も知っておったからな……。それでもヘイカは止まらなかったよ。植物研究所の方針である“シャベンイッタツ”を体現しておったようなやつじゃ。知的好奇心も抑えられなかったんじゃろうて……」
「そうか……あのときのことを少し思い出した……」
トクサの発言に昔のことを思い出すセイジ。
【∞】
― 6年前 ―
トクサのお屋敷……シナトベ家では、あるお祝いが開かれていた。ちょうどセイジが淡い緑のオーラを纏えるようになったため、その記念だった。
「―なぜお前が合成植物の存在を知っておるんじゃ!!」
トクサの怒号が飛ぶ。宴席が行われている別の部屋だ。トクサの向かいにはセイジの父、ヘイカが立っていた。
「知っているも何も、親父の知人のヤナギさんから聞いたんだよ。この前の酒の席でな」
「あのバカは………!」
仲間内でその存在を留めるようにしていたにも関わらず、ついにその情報が漏洩してしまったことに、トクサの怒りは頂点に達していた。それをヘイカがなだめる。
「まぁまぁ親父。酒の席だ、ヤナギさんもちょっと羽目を外しちまったんだろう。それでだ。この前シリエトクに行ったのを最後に、自分の研究は終わったと思っていたが、どうやらまだ終わっていなかったらしい……これは自分の目で確かめなきゃいけなくなっちまった」
「お前……まさか……!」
「その”まさか”だ。ここ何年もかけてシリエトクに行っているのにその合成植物に会ってないんだ。それを見ないことには俺のシリエトクの研究は終えられない」
「……!ならん、ならんぞ!!お前はあの合成植物がどれだけ危険か知らんから、そんなことが言えるんじゃ!」
トクサは自身の身を持って感じた危険性をヘイカに訴える。だがヘイカは首を横にふった。
「親父よ……それはシャベンイッタツの教え『跋渉の労を厭うなかれ』、『精密を要す』、『草木の博覧を要す』のいずれにも反する。困難な件なのは分かってるが、誰かが合成植物のことを調べて後の時代に残しておくべきだ。親父も学者だ。分かってくれるよな?」
「ぬぅ………お前の言うことは一理あるが………」
トクサはヘイカの発言に唸る。合成植物の危険性について、これ以上ヘイカを説得しても意味がないことを悟った。研究者としての真っ直ぐな目が、トクサの判断を鈍らせる。
「……もうモエギにも話した。モエギも『私達の次の世代に、合成植物の情報は必ずいる』と俺と全く同じことを言っていたよ。……2人とも覚悟は決まっている。合成植物のことを他の親族に言う気はない。このまま調査し終えて帰ってきたら、その存在をお披露目させてはもらうけどな」
トクサは黙り逡巡している。
「……ワシの知る限りの情報は伝えよう……。必ず……必ず帰ってくるのじゃ。今はまだセイジにもユズハにも他の親族にもこのことは言うまい……」
「あぁ……必ず帰る……すまないな親父」
宴席の会場に戻ったトクサとヘイカ。ちょうどセイジが親族の間を行ったり来たりしていたところだった。
「父さん、じいちゃん、どこに行ってたのさ」
「宴席の下ごしらえさ」
「……の割には何も持ってないけど?」
実際にヘイカは手ぶらで、嘘だとバレていた。特に誤魔化すことも考えてなかったヘイカは、セイジの背中をバンバン叩いた。
「まさかセイジが白のオーラエレメントを使えるようになるなんてな。ハッハッハ」
「痛い痛い。何回言うんだよ……」
セイジは呆れている。
「これでセイジも1人前だな。一安心だ。あと1回シリエトクに行けば、この長い研究も終わる。モエギにも親父にも随分迷惑をかけた。次はセイジも連れて……そうだな、“紫”リラ領の氷河に生きる植物を研究しにいくのも面白そうだ」
「この前『シリエトクの研究は終わった』ってでかい声で言ってたのに、結局また行くのかよ……。父さん、シリエトクに僕もついて行っちゃダメなのか?」
セイジの質問に対し、ヘイカは珍しく真っ直ぐな目をして答えた。
「……さっき1人前と言った手前あれだが、オーラを纏えるだけじゃダメだ。魔獣に攻撃されたときに回避する方法や、いざ襲われたときに太刀打ちできなきゃならん。まだその域には達してないからな。ま、そこらへんは俺とモエギが叩き込むから大丈夫だ」
「ちぇー……残念。正直母さんみたいな鳥使いにも、父さんみたいな弓使いにもなれる気がしないんだよなー。……またシリエトクのお土産話、聞かせてよね」
「お土産話っていったらやっぱりあれだな。熊と2時間対峙したのが一番大変だったな。ハッハッハ」
「その話、何回聞かせるんだよ……本当かも分からないし……―」
複雑な感情が入り乱れるトクサだったが、ヘイカもモエギも洛安の街の中では一、ニを争えるぐらいの力もある。この2人ならもしかすればという期待もあった。
【∞】
トクサから明かされる真実に、セイジは困惑していた。
「あの宴席の場にいなかったのはそういう理由だったのか……父の誤魔化しが下手くそなのは前からだったから、特に違和感もなかったんだ」
「察しのいいお前じゃ……後のことは覚えておるじゃろ。シリエトクに行った最後の1回で運悪く、あの合成植物に見つかり、やられたんじゃ。シリエトクの奥から帰ってこないことを心配したモエギのカワセミが、洛安の街まで飛んで知らせてくれた。すぐにシリエトクまで出動し、何とかシリエトクの入口でヘイカとモエギを回収できた……」
【∞】
宴席が終わった明くる日。
シリエトクの入口にはトクサ、セイジ、白のオーラエレメントを使える回復術士、洛安の街に常駐しているヒスイ領の兵士が数名いる。 セイジの目の前には特有の臭いが付着したヘイカ、そしてモエギがいた。
両者とも重体で、特にモエギは意識がない。その光景に立ち尽くすセイジ。洛安の街の回復術士は必死にヘイカとモエギを回復しているが、2人の流している血の量が多く回復が間に合っていない。
ヒスイ領の兵士らは回復術士の回復の邪魔にならないよう、緑のオーラを纏い辺りの魔獣たちと戦ってくれている。ヘイカが最後の力を振り絞って話した。
「すまん……親父……忠告を守っていれば……こんなことにはならなかった……のに」
「もう喋るでない!何とか洛安まで連れて帰ることができれば……!」
ヘイカの腹部には噛み千切られたような跡がある。声も掠れている。
「いや……もう無理だろう……“カズラ”の袋……と……“トリグサ”のキバを……まともに食らった……モエギもそうだ…………そこに……セイジは……いるか……?」
「!」
セイジはヘイカの近くに行き、声を聞こうとする。ヘイカはセイジの頬に手を当てた。手から血が滴っている。
「セイジ……俺が残した植物研究を……しっかり継ぐんだぞ……お前にはその力が……ある……」
「父……さん……?」
「親父……セイジ……あとは……頼……ん……だ………」
セイジに触れていたヘイカの手は、ゆっくり地面に落ちていく。トクサは目をつぶり、セイジは大きな声を出し泣いた。
「うわぁぁああぁぁぁぁああ!!!!!」
泣いているセイジの目は淡い緑に光り、無意識に淡い緑のオーラを纏っていた。回復術士は回復するのをやめたが、セイジは両親に白のオーラエレメントを与え続ける。
「父さん!!母さん!!生き返ってくれ!!!」
悲痛な叫び声もむなしく、セイジの両親が目を覚ますことはなかった。
― セイジの両親が死去してから2年後 ―
「(あぁ……なんでこんなことに……)」
何も手を付けなかった、いや、付けられずに家に引きこもっていたセイジを、ユズハが無理やり植物研究所まで連れて行った。
「(よりにもよって何で植物研究所なんだ……)」
セイジの両親が死んだ原因は植物研究であり、あの日以降ずっと、立ち入りたくなかったのである。
「それでね!今度―が………―で……」
ユズハの声が耳に入らない。ユズハが自分を心配してくれていることは分かっていたが、余計なお世話ぐらいの感覚だ。
ユズハは研究所の奥にある植物たちを説明してくれている。その説明に集中できていないセイジがふと目を横にやると、古びた紙が何百枚も重なっている奇妙なものを発見した。資料の表題も資料を書いた人物の名も載っていない。
パラパラと紙をめくっていくと、シリエトク内に自生する植物、そして生態系が事細かに記載され、セイジは目を丸くした。素晴らしい出来栄えだった。
「(もしかして父さんのか……?)」
セイジの脳裏に残る『俺が残した植物研究をしっかり継ぐんだぞ』という言葉が、2年の時を動かすことになるのであった。
【∞】
話の全貌を聞いたオペラとユズハは静かに涙を流していた。
「……ワシはヘイカとモエギが亡くなったあと、2人が遺したこの資料を発見した。遺された資料をよく見ると、ワシがシリエトク内で調べた植物たちよりも遥かに多くの植物が発見されておった」
トクサは持っている書物をパラパラとめくる。
「4年前にお前が植物研究所に行ったのはたまたまで、ヘイカの遺した研究資料を見たのもたまたまじゃ。ユズハは研究資料の存在を知らんかったし、誰かからお前を連れて研究所に来るよう、そそのかされたわけでもない」
書物を閉じ、トクサはセイジを真っ直ぐ見つめた。
「それでもお前に見つかったこの研究資料が、奇しくもお前を植物研究者に繋げた。そして今度はお前が家ではなく植物研究所から外に出ようとしないときに、たまたま領代表から“オーラを元に戻す話”が舞い込んだ。偶然と片付けていいのかは分からん。ヘイカやモエギの意思に導かれたのかもしれん」
「父や母の意思……」
セイジはボソっと何かを言った。
「……シリエトクにいい思い出がないのは、お前もワシも同じ。何なら領代表の依頼を最初は断ろうとしていたぐらいじゃ。オーラを元に戻せる可能性のある緑梅はシリエトクにしか存在しないんじゃからな。じゃが、ワシの前にクルムズ領のこの2人が現れた。……シリエトクの悲しい出来事はいずれは乗り越えなければならないが、その時期が来たとワシは確信した。緑梅の採取は最初から、お前とユズハに行ってもらう予定だった」
タリムとオペラの旅が、セイジとユズハの運命を大きく変えたようだ。
「ワシは合成植物の存在こそ知っていたが、それが緑梅とどう関係しているかのは分からなかった。ヘイカもそこまでは把握しておらんかったようじゃ。仮に合成植物の存在をお前たちに教えていたら、お前たちはシリエトクに行かなかったかもしれない。それじゃといつまで経っても乗り越えるべきものから目を背けることになる。それだけは何としても避けたかったのじゃ……ワシの自己満足に過ぎんがの……」
タリムは思案する。
(合成植物のことを聞いててもオーラを戻すために行ってたかな……。いや、オペラの身を案じて行かなかったかもしれないな……。)
ある意味聞いていなかったほうが、気持ち的には楽だった気もする。そういう意味ではトクサの行動も少し理解できる。
「ヘイカとモエギは自分の命とヒスイ領の未来を天秤にかけて生態系の研究を行った。……ワシはヘイカとお前を重ねて期待しすぎたのかもしれない。シリエトクの合成植物のことも、お前なら解明してくれるかもしれないと……。だが結果的にユズハやお前に精神的に傷つけたことは紛れもない事実。ユズハとお前の命を、緑梅の採取との天秤にかけたことは……本当にすまなかった………」
トクサは研究所の窓から空を仰いだ。まるで空の上にいる息子と顔を合わせているかのように。
【∞】
一通りトクサの話が終わり、セイジ、そしてユズハもこの件について納得できたようだ。
「さて、今度こそ本題じゃ。緑梅から烏龍梅を作るのには時間がかかる。この植物研究所の力でも数日はかかるじゃろて。タリム、そしてオペラよ。しばらくの間この街に滞在するがよい。宿代はかからぬように手配しておいた」
最初にトクサに出会ったときに比べると大層ご機嫌な様子だ。
「ありがとうございます。引き続きお言葉に甘えさせていただきます。その烏龍梅というのが、例のオーラを元に戻せるかもしれないと言われる……?」
タリムは恐る恐るトクサに尋ねた。
「そのとおりじゃ。実際の効能などは、後日セイジから説明させよう。ユズハ、セイジ、早速烏龍梅の生成に取り掛かるぞ」
「分かったよ」
セイジは緑梅を丁重に扱いつつも、頭を掻きながら、そしてユズハはとても嬉しそうに植物研究所の奥に消えていった。残ったトクサにタリムが囁いた。
「昨日の宿代まで支払ってもらってすみません。宿の女将さんから聞きました」
「いやなに、緑梅の回収という任務もこなしてくれただけじゃなく、ワシの大事な孫娘、孫息子もこうやって帰ってきてくれた。お主らには感謝しきれん。次にもし、身内の不幸があったときはワシがシリエトク全てを燃やす勢いじゃったわ……魔獣との共存も難しいの……」
少し哀しい表情をするトクサ。どんな理由があったとしても大事な家族が魔獣に殺されている。ヒスイ領全体では魔獣との共存を謳っていても、感情がそれに追いつくとは限らない。
「何、あとは任せておれ。久々に植物研究所総出で取り組まさせてもらおうぞ」
トクサは年季の入った白衣を着込み、研究所の奥へと消えていった。
【∞】
数日後、泊まっていた宿屋の女将からの伝言で植物研究所に向かった2人。トクサ、ユズハ、セイジ、その他研究所の職員たちが多数いた。
「待っておったぞ」
トクサの手には茶色い瓶がある。中の液体の様子は検討もつかないが、何となく禍々しいオーラが出ている。
「その瓶の中に、オーラが元に戻るかもしれない烏龍梅が入ってるんですね」
オペラがごくりと生唾を飲む。セイジが効能について説明してくれた。
「まず、最初に説明しておくが、この烏龍梅を飲んでも確実にオーラが元に戻るという保証はない。実に200年の間、オーラ、そしてオーラエレメントは研究され続けているが、解明できていない謎が多すぎるからだ」
オペラの両親も同じことを言っていた。それだけ扱いが分からない物質だということだけ分かる。
「これは余談だが、オーラエレメントの研究資料が“紫”リラ領の学者から発表されている。内容は僕たち人体側に“オーラエレメントを受容できる入れ物”があるのではないか……というものだ。この学説を参考にするならば、今、タリムがオーラを纏えない理由として、入れ物の中の赤のオーラエレメントがなくなっている可能性が高い……ということだ。ここまではわかるな?」
説明にはついていけている。体内に入れ物があるという学説があることには驚きを隠せないが。
「さて、緑梅から生成された烏龍梅は、睡眠による休息よりも速く、オーラエレメントを回復させる力がある。一度飲んでみろ。今この場でオーラが使えないのはお前だけだからな」
セイジからタリムに茶色の瓶が投げられる。話し終わる直前直後のセイジの口角が少し上がっていることに気づいたタリム。完全に実験を楽しむ研究者の眼をしている。タリムは瓶を眺めた。
「安心しろ、まだ他者に配ることができるぐらい烏龍梅はある。ちょっとどころかその瓶の中身は全部飲め」
セイジがタリムに詰めよる。瓶の外側からは分からなかったが、瓶の口から見えたのは、茶色いような黒いような何かだった。一応液体のようだ。
(……これ飲めるのか?)
生まれてこの方、こんな色の飲み物は見たことがないので、飲むのをためらってしまう。
ただ、残念なことにセイジにガッツリ詰められている。極めつけはオーラを元に戻すことを目的に旅を始めたことだ。自分も苦労して採取し、しかも植物研究所総出で作ってもらった烏龍梅を、自分が飲まないという選択肢はない。
意を決したタリムは瓶を口に当て、一気に口に含む。
ゴクッゴクッ………
周りの研究者たちの嬉々たる目。
「!?!?!?!!!????!?」
あまりの不味さに声を失うタリム。酸味が強すぎて口の中が痺れるようだ。見ているオペラもユズハも哀れみの表情を向ける。
「さて、どうなるかな」
腕を組み、経過を見るセイジ。そしてそれを囲う研究者たち。
「……………………………」
タリムは立ったまま白目を向いている。意識がない。
「おい起きろ。これでも味はマシになったほうだ。お前が起きないとオーラが纏えるか分からないだろうが」
ビシビシとタリムの頬を叩くセイジ。ハッと目を覚ますタリム。少しあの世が見えた気がした。
「何か良くないものが見えた気がするが気のせいか……?……とりあえずオーラを纏えるか試してみるよ」
タリムは目を閉じ意識を集中する。
「…………………………?」
タリムは首をかしげた。
「特に何も変わらないな。体の中の赤のオーラエレメントが満たされている、あの感じがしない……」
「そうか、じゃあまだ何か足りないんだな」
セージは予想とは反して冷静だった。周りの研究者は「いいものが見れた」とそれぞれ研究室へと戻っていく。
「せっかく作った烏龍梅だったのに、これでよかったの?」
オペラは疑問を隠せない。タリムも少し慌てている。
「最初に言ったとおり、烏龍梅の効果でオーラを元に戻せるという保証はなかった。少なくとも、飲んですぐに効果があるものではないということが立証された。飲んでからどれぐらいで元に戻るのか、経過観察も必要だろう。ちなみに烏龍梅自体にはさっきも言った通り、オーラエレメントの回復には役に立つ。まだ余りもあるから持っていっていいぞ」
タリムは烏龍梅の入った小さめの瓶をもらう。
「今のこの状況で飲むとしたら私……?絶対に嫌だよ……?」
オペラの顔が引きつっている。もし体内のオーラエレメントが枯渇してもきちんと休めば元には戻る。これを飲まないように普段から心掛けてもらおう。
「さて、烏龍梅の効果だけではオーラを元に戻すことはできんこと、ヒスイ領の代表者に伝える必要があるのう」
元はヒスイ領代表からの依頼だったことを忘れていたタリムとオペラ。トクサは髭をさすり呟いた。烏龍梅の効果はともかく、オーラは戻っていない。しばらく旅は続きそうだ。
「……そうじゃ、今思いついたがタリムよ。お主らの旅にセイジも連れて行くのは無理かの?」
それを聞いたセイジは大きなため息をついた。
「……はぁ??なんで僕が一緒に行かなくちゃなんないんだよ。さてはジジイ、ヒスイ領の代表者に報告するのが面倒くさいんじゃないだろうな?」
トクサなら十分有り得そうな話ではある。
「それに僕が今やってる品種改良研究はどうなるんだ」
続けてセイジはトクサに質問した。
「思いつきではあるが、ちゃんとした理由はある。まずタリムの経過観察じゃ。お前が自分で説明しているように、烏龍梅の効果がどういう形で現れるのか、研究者として経過を追っていく必要がある。それをオペラに任せるのか?ヒスイ領に住んでもない、ましてや植物の研究者でもなく、烏龍梅の効果を全く知らない娘に?」
「ぐっ……」
図星なのか、セージも黙る。
「そもそも品種改良はお前だけがやってるわけではない。お前が知らんだけで、ここの研究員は優秀な者ばかりじゃ。お前が残した研究なぞ別の研究員でも十分できるわ」
トクサの発言に少しムスっとしているセイジ。
「あとはセイジ、お前自身のためでもある。今回、合成植物と対面したときに実感したはずじゃ。人間と魔獣の共存が難しいことに。この領は対話を基本とした統治の手法を取っているが、それは会話が通じる人間、そして一部の生物にしかできぬことじゃ。魔獣と対話するのは最初から難しいんじゃ」
セイジだけでなく、この場にいるユズハ、そしてタリム、オペラも実感したことだ。魔獣がなぜ人間を襲ってくるのかも正確には分からない。
「ただでさえ、魔獣たちの力は人間を凌駕し、人を殺めることもできることを、お前は知ったはずじゃ。しかも、あやつらにも個体差はあるが知能があり、人間と同等、もしくはそれ以上のオーラの使い手でもある可能性が出てきた」
特に宝石を守る大型の魔獣などはそれに値するだろう。今回の合成植物は典型的な例と言える。
「今後、やつらが街に繰り出す可能性は十分にある。そのとき領の兵士たちや我々の力だけでは太刀打ちできないじゃろう。……魔獣たちの行動や、力の解明は魔獣たちとの共存だけでなく、その他の脅威に立ち向かうための武器になる。まだお前はこの領から外に出たことがない。それらを解明する研究は実際に起きている現象を見聞きし、取り入れ、反映させる力が必要なんじゃ。……この領の外がどうなっているのか、ひいては大陸全体を見聞きしてこい。あのとき、ヘイカとモエギが“ヒスイ領の未来”のために行動したように……。それが今、植物研究者“セイジ・シナトベ”に託す内容じゃ」
「……………………」
トクサはかつてないほど真剣な眼差しでセイジに向かって喋っている。それを聞いたセイジは黙ったまま、思考を巡らせているようだ。
「まぁ、ヒスイ領の代表者に報告するのが面倒なのもあるがの。ホッホッホ」
「おいジジイ!!!」
一気にトクサの表情が砕ける。思わずセイジがトクサにツッコミを入れた。
「……ジジイの言うことは一理ある。今回はたまたまタリムとオペラがいたからユズハを助けられることができた。あの合成植物はそれだけ危険だ。ヒスイ領の風の力だけではあの植物と戦うのは難しいだろう」
ユズハが頷いている。
「けど、“あれ”がシリエトクから出てこないとは限らない。今後あんな化物と戦う可能性があるにも関わらず、“匱籠”で捕縛するだけでは、今後自分たちの生命に関わる。実際、シリエトクの入口の魔獣には“匱籠”が効かなかった」
シリエトクの入口までは問題なかったのに、突然“匱籠”が効かなくなったことも、原因はまだまだ分からない。
「……このままジジイの思惑にノるのは癪だが、タリムの経過観察も必要なのはそのとおりだ。オペラは優秀なやつだが、研究者じゃない。僕が当研究所を代表してしっかり経過観察してやるさ。それでいいんだろ?」
照れるオペラ。気だるそうに答えるセイジ。
「ホッホッホ、“いいように影響された”ようで何よりじゃ」
「それに自分が品種改良を担当した植物たちは“橙”オーランゲ領を中心に栽培してくれているって聞いてる。ジジイの言うとおり“大陸中”を見てやろうじゃないか」
腕を組むセイジ。覚悟は決まったようだ。
「そういうことじゃ、タリム、オペラよ。セイジの同行は構わんか?」
タリムとオペラは顔を見合わせる。特に断る理由はない。仲間が増えるのは大歓迎だ。
「「よろしく、セイジ!」」
「改めてだがよろしく頼む」
それぞれと握手するセイジ。
「セイジよ、代表者用の烏龍梅も渡しておく。そしてこれが今回の研究結果を書いた封書じゃ。しっかり渡してくるんじゃぞ」
「ちゃっかり封書まで用意しやがって……僕に頼む気満々じゃないか……」
セイジは烏龍梅と封書を預かる。
「さすがに1回家には寄りたい。何も準備してないから」
「私もついていくわ」
一同は植物研究所をあとにし、トクサのお屋敷に向かった。
【∞】
「少し待っておいてくれ」
セイジはそう言い残し、ユズハとともにお屋敷の中に入っていく。タリムとオペラは玄関で待機していた。
セイジは見慣れた廊下を歩き、自室に向かった。
「(この前シリエトクに行く前に寝に帰った以来か……)」
セイジの部屋はほぼ使われることなく整理整頓されている。街の外にいつでもフィールドワークできるよう、リュックがポツンと置いてあり、セイジは旅に必要な最小限の荷物をリュックに詰めていった。
準備の途中に見つけた、子どものときに撮った両親とユズハとの写真。しまいかけていた手帳にその写真を差し込む。
「まさかいきなりおじいちゃんがセイジを旅立たせるとは思わなかったわ」
「ほんとだよ」
「でも安心するわ。だってあの2人と一緒なんだもの。本当は私が、セイジを街の外に連れ出す予定だったのになー……」
襖にもたれながら寂しそうな声を出すユズハ。セイジは荷物を詰め込んでいるためユズハの表情には気付いていない。
「……シリエトクにいた合成植物を相手にしたとき、僕はその場から動けなかった。植物の特徴こそ分かっていても、実戦では何の役にも立たないんだと気付かされた……」
セイジは準備の手を止める。その拳は強く握られていた。
「あのとき、僕1人でユズハを助けられなかったこと、カズラの袋に閉じ込められていたあの場面が、しばらく脳裏に焼き付いていて、今もずっと悔やんでいる。……もう二度と、僕の目の前で家族や大事な仲間たちを失わないようにはしたい。それには自分のこの目でありとあらゆることを見聞きする必要があると思った。ジジイの言ったことは合ってる。またタリムの経過報告も兼ねて戻ってくるさ」
不意にユズハはセイジの後ろから抱きつきた。目には涙を浮かべている。
「必ず帰ってくるのよセイジ……私だってヘイカ叔父さんが亡くなったのは本当にツラかったけど、この旅であなたまで死んだら、私がどうにかなっちゃう……」
「あぁ……必ず戻ってくるよ」
【∞】
準備ができたセイジはタリム、オペラの元に戻り、街の入口にある羅京門に到着したところだ。トクサと常駐の兵士がいつもと変わらず見張っている。
「じゃあ……行ってくる」
「行ってらっしゃい!」
ユズハは優しく声をかけた。もうユズハの目に涙はなく、いつもの明るい笑顔で見送ってくれる。
「タリム、オペラ!セイジのこと、よろしく頼むぞ!」
トクサも立派な髭をさすりながら、見送ってくれた。
「何だかんだセイジのこと、みんな心配してくれてるんだね」
オペラがニヤニヤとセイジに向かって話しているのが聞こえる。
「うるさい。早く行くぞ!」
セイジは手を振るどころか街の方に振り向きもしない。 照れ隠しだろう、顔もほんのり赤い気がする。
「またきまーす!!」
スタスタと早足で歩くセイジ。街のみんなに手を降るタリムとオペラ。向かうはヒスイ領の首都天弓だ。
「―おじいちゃん、それってシリエトクの資料じゃないの?」
ユズハはトクサが手に持っている資料に目を向けた。植物研究所で見せてもらった、セイジの両親が研究した例のシリエトクの生態系の資料だ。
「ホッホッホ……。やはりワシの目に狂いはなかったの」
研究資料の最後のページには、以前にはなかった合成植物の名前、特徴などがセイジの筆跡で残されている。
「これって……!!」
「そう、お前も見た合成植物の調査資料じゃ。あやつ、烏龍梅を作るまでの間に寝る間も惜しんで書いておったわ。……まだまだ甘い部分もあるが、初めてにしては上出来じゃろ」
「やっぱりヘイカ叔父さんとモエギ叔母さんの子どもね。私も負けられないなぁ」
合成植物の名前の欄には『(仮称)接木の鵺』と記載されていた。
【∞】
「お前たち、よく洛安の街に辿り着けたな……奇跡なんじゃないか?」
「そんなこと言われてもこんな目印も何もない道で、方向が合ってるかどうか分かるわけないだろ!土地勘もないんだから!」
セイジの発言にタリムが怒っている。洛安の街を出て数十分、セイジの案内で比較的広い道に出ることができた。少なくとも洛安の街に向かっているときには通っていない道だ。
「いやーこんな道あったんだねー!おかげで楽々だよ!」
オペラはひとしきり感心したあと、ノリノリで歩き出した。
「道中どれだけ迷子になったんだ……まぁ道が分かりにくいっていうのは間違いないんだけどな」
セイジは淡い緑のオーラを纏い、先頭に立ち道案内をしてくれる。
「緑のオーラを纏っている間は、風や空気の流れを掴みやすくなる。例えばユズハのような鳥使いは、鳥たちと意思疎通しながら空中と地上の両方から空気の流れを察知して、魔獣を見つけやすくしてる感じだな」
「へぇー……洛安の街からシリエトクまでの道で迷子にならない理由はそういうわけだったのか。どおりで楽だったわけだ」
「あとは森の木々に当たっている空気の流れなんかも感じ取れるから、空気の流れがいいところ、つまり広い場所なんかは割とすぐに分かるってことだ。周りがそこまで見えてなくても何となく入り組んでいるかどうかなんかも分かる」
「改めて便利なオーラだよね。絶対迷子にならないと思う!」
タリムとオペラは緑のオーラの性質について学んでいた。 首都天弓までに出てくる魔獣たちは、シリエトクに向かうときと同様、セイジの意向で“匱籠”による捕縛を中心とする戦い方が採用され、極力倒さないようにしていた。
「この領に来たときからの疑問なんだけど、聞いてもいいか?」
タリムはセイジに質問した。
「一応言っとくが、全てが分かるわけじゃないぞ」
「いや、多分知ってると思うけど……。天弓の街を出たときはオニテブクロみたいな植物の魔獣が多かったのに、洛安の街に近づくにつれて、虫の魔獣が現れた。これには何か理由があるだろ?」
セイジが即答する。
「あぁなるほど……。最初に植物の魔獣が領全体にいる理由だが、魔獣であっても植物の性質が維持できていることが挙げられる。具体的には根っこや葉がそのまま残っているから、緑のオーラエレメントが十分じゃなくても、魔獣状態で生命として活動しやすいと考えられる。だから植物の魔獣はミラージュコアの影響を受けにくく、ヒスイ領内であればどこにでも現れるんだ」
やはりセイジは理由を知っていた。であれば虫の魔獣が現れる理由も当然把握しているはずだ。
「次に、虫の魔獣は植物の魔獣とは違い、生命を維持するには食物連鎖のことを考慮しなければならない。しかも緑のオーラエレメントの供給は魔獣たちにとって必要不可欠なはずだ。ミラージュコアの影響を受けにくいのは大陸全体で見れば外側で、洛安の街はヒスイ領の中で最も外側にある。つまり、緑のオーラエレメントの供給量と、生命を維持するための植物や食べられる生き物たちを兼ね備えているのはヒスイ領の南側だけだから、虫の魔獣が洛安の街周辺に現れるのは当然ってことだ。分かったか?」
「クルムズ領の魔獣たちとは全然違うな~とは思ってたけど、ここまで違うなんてね」
タリムはオペラの意見に同調する。どこの領の外側も魔獣たち独自の生態系があり、そして強力な魔獣たちが現れることは、肝に命じておかなければならない。
【∞】
行きは六彩虹の街で宿を取ったが、帰りはセイジの案内であっという間に天弓まで辿り着いた。ヒスイ領を旅するときは緑のオーラが欠かせない。お金に余裕があれば鳥使いによる道案内をおすすめしたいところだ。 天弓の街に着いたセイジはつぶやいた。
「この街に来るのも数年ぶりだな。前に来たときは淡い緑のオーラが纏えることを、領主館に登録しに行ったとき以来か」
セイジは久しぶりに洛安の街に来たのもあって、街の様子を見回した。
「やっぱりどこの領でも淡い色のオーラは登録制度があるんだね」
オペラは自分が登録したときのことを思い出している。
「それだけ“淡い色”のオーラは貴重ってことだ。オペラや僕の淡い色のオーラも、実際どうやったら纏えるのか、まだ何も分かっていない。ただ、このオーラの持ち主が集まったら大きな力になることは間違いない。領としても気にかけておく必要があるんだろ。体よく監視もできるしな」
皮肉を言うセイジ。穿った見方だとは思うが、考えていることは一理ある。 ある意味出身領が違うとはいえ、こうやって淡い色のオーラの持ち主が二人いるのも珍しいことなのかもしれない。そう思うと心強い。
「ねぇセイジ。セイジは鳥使いにはならないの?クルムズ領からヒスイ領に来たときも、六彩虹の街で緑龍の棚田を見たときもすごく便利そうだなって思ったんだけど……」
オペラがセイジに質問している。領主館に着くまでの雑談だ。
「結論から話すと、僕が鳥使いになる予定はない。あれはまず鳥を思いやる心がないとできない。僕にはそんな力はない」
きっぱり言い切った。察してはいたが、鳥を思いやる心があるとは言い難い。
「1度ユズハに誘われたこともあったが、鳥がそっぽを向いたな。ちなみに鳥たちに風の力を使うのはかなり繊細な技術が必要で、訓練が必要になる。それよりも研究に使う時間のほうが大事だ」
「じゃあセイジも訓練次第で鳥を連れて行けるかもしれないんだね!」
「今の話を聞いてなかったのか」
「えー……」
そんなことを話しつつ、領主館に到着した。総合案内の受付の女性にセイジから用件を話す。
「洛安の街の町長、トクサに代わって封書を届けに来た。あとはヒスイ領代表から依頼のあった“オーラを元に戻す可能性のあるもの”も一緒だ。もし可能であれば領代表者に会わせてほしい。封書の中身にどんなことが書いてあるか分からないが、少なくとも効果などは町長のトクサの代わりに説明することはできる」
「かしこまりました。少々お待ちください」
受付の女性が代表者の部屋まで案内してくれる。女性は代表者の部屋に先に入り、代わりに用件を話してくれているようだ。数分後、代表者がいる部屋に通された。 代表者の部屋には武力代表の女性、知力代表の女性、精神力代表の男性が座っている。
「お初にお目にかかります。洛安の街の左都植物研究所、研究者のセイジ・シナトベです。こちら、クルムズ領から、オーラを元に戻す方法を探して旅をしています、タリム、そしてオペラです」
「「失礼します」」
タリム、オペラ、セイジは深々と頭を下げる。
「これはこれは。3人とも顔を上げてくれ。この度は遠いところよく来てくれたね」
“精神力”代表であるゼン代表が挨拶し、応接用のイスに案内された、ゼン代表の見た目は50歳ぐらいの男性で、頭は丸坊主だ。黒い袈裟を着ており、背はタリムより高い。終始穏やかな口調で話されるため、緩やかな空気が流れる。
「トクサさんは元気にしてるかい?今回のこちらからの依頼、なかなか無茶を言っていると思ったけど、その手に持っている瓶が成果物かな?」
「トクサは元気に過ごしております。早速ですが、失われたオーラを元に戻す可能性がある烏龍梅の効果について説明いたします」
応接のイスに座った3人。セイジから烏龍梅を作るまでの過程、シリエトクでの戦い、タリムによる実験など細かく話す。代表者3人も静かに話を聞いてくれている。
「……なるほど、よく分かりました。いかがです?シアンユー殿、インス殿」
ゼン代表は2人の代表に話を振った。
「うぅーん……少なくとも今すぐヒスイ領の兵士たちのオーラを元に戻すことはできないことは分かるねぇ。トクサが寄越した封書だ、まぁ間違いないと思うよ。それにしてもシリエトクの合成植物はまだ生きてんのかい……」
“知力”代表、インス代表が目頭を押さえた。インス代表の見た目は老婆で、背も低いが、目鼻立ちが整っており若い頃はさぞ美しかったことが分かる。チョゴリとチマと呼ばれる衣装を完璧に着こなしている。ゼン代表と似ており終始穏やかな口調であり、トクサを知っているのだろう。年齢も同じくらいだと思われる。
「合成植物の存在を知っておられるのですか」
セイジは目を丸くしている。タリムとオペラは驚きの表情を隠せなかった。
「もちろんだよ。トクサと一緒にシリエトクの奥まで調査したこともあるよ。合成植物と出会ってしまった時のトクサの顔は今でも思い出すと笑いそうになるけどねぇ」
クスクス笑うインス代表。あの厳しいトクサからは想像がつかない。
「そうだな……こちらからは特に何も。正直烏龍梅についてはゼン殿やインス殿のほうが詳しいと思いますし。それよりもタリム……もしやクルムズ領の武力代表、ゴルドの親族か?」
“武力”代表、シアンユー代表がタリムに話しかける。シアンユー代表は女性であるが背が高く、タリムと同じぐらいある。長い髪に漢服と呼ばれる衣装を身に纏い、漢服の上から少し武装しているようだ。年齢はタリムの一回り程度上ぐらいだと思われ、何より特徴的なのは、代表の両肩にオウムが1羽ずつ止まっていることだ。
タリムはシアンユー代表の発言にハッと驚き、椅子から転げ落ちるように跪き、頭を思いっきり下げた。
「その説は兄がご無礼を働いたかもしれません。申し訳ございません」
タリムの脳内では、先日のミラージュコア破壊作戦のときに、シアンユー代表の一撃でミラージュコアが破壊された光景が思い浮かんでいる。下手したら首が飛ぶかもしれないと、冷や汗が止まらない。
「……いや、よい。顔を上げろタリム。そもそもヒスイ領からの兵士派遣については我々3人で話し合った結果のもの。お前に非はない。ゴルド代表の実力はこちらも分かっていての判断だ」
思わぬ言葉にタリムは顔を上げた。シアンユー代表は目を瞑り話を続けた。
「今回のミラージュコア破壊作戦において、ゴルド代表から『BOSに対して兵士の派遣を行っていないのは、歴代の中でもヒスイ領だけ。さすがに不公平ではないのか』と虹彩会議の場で問われたのだ。ゴルド代表には何らかの思惑があったのかもしれないが、兵士の派遣を承認したのは我々だ。ゴルド代表に脅されたわけではない。おそらく他の領の代表者もお前を責めることはないだろう」
タリムは安堵する。兄ゴルドが主に外交面でどういうことをやってきたのか、詳しくは分からない。さらにシアンユー代表は話を続ける。
「実際、緑のオーラの力が、かの“黒の地”で通用するのかは試す必要はあった。我々も緑のオーラエレメントがミラージュコアに制御されていること自体、このままで良いとは思っていない」
タリムはBOS内でのヒスイ領の兵士の様子を思い浮かべた。
「……兵士らの報告によれば、BOS内の魔獣に対しても“匱籠”が有効であることは分かっている。ただ、予想通り魔獣の動きを一時的しか止められないようだ。ヒスイ領内にいる魔獣に近い異質な存在なのだろう」
シアンユー代表の言うとおり、BOSに同行した兵士の中には見慣れない風の魔法を使っていたものもいた。魔獣の数も多かったので、あまり覚えていなかったが。
「BOSでどういうことが起きるのか、そしてオーラが纏えなくなる可能性については、領代表として知っていたにも関わらず、今回、兵士らのオーラが使えなくなるという、大変申し訳ないことをしました。何とかオーラを元に戻すために洛安の街のトクサ殿を通じて依頼させてもらったのが、今回の本題です」
ゼン代表はセイジに向けて話している。
「タリム君、君もある意味、今回の作戦の被害者なわけです。今回クルムズ領の領民であるあなたたちが、ヒスイ領の、しかも烏龍梅のために動いてくれたのは光栄だよ。烏龍梅にオーラを元に戻す効果があるなしに関わらず、まずは感謝申し上げたい」
ゼン代表は深々とお辞儀をする。
「いえいえそんな!こちらから首を突っ込んだ部分もあるので……結果的に烏龍梅もヒスイ領の兵士の皆さんより先に飲んでしまったわけで……」
タリムは焦り、手をブンブン振る。
「もらった烏龍梅は兵士らの中で飲みたい者がいるか募ろうとは思うよ。……まぁあまり飲みたいと思える代物ではなさそうだけどねぇ……」
インス代表の言葉にタリムは目を逸らした。この中で1番烏龍梅の不味さを知っているからである。
「さて、セイジ君。この後どうする予定なの?彼らの旅に同行するつもりなのかい?」
インス代表の言葉にセイジはタリムをチラッと見た。 タリムと目が合ったセイジは頷き、インス代表へ返答する。
「ジジイ……いや、トクサからの手紙にもどうせ書いてあるんでしょうが……烏龍梅の経過を報告する必要があると思うので、僕はこの2人の旅に同行します」
インス代表は腕を組みながらうんうんと頷いている。
「あと、ここまで来る道中に3人で話していましたが、まずは“橙”オーランゲ領に行こうかと。ヒスイ領、特に左都植物研究所から栽培を依頼した穀物や野菜、果物などがどうなっているのか見に行こうと思っています」
「……なるほど。セイジ君が研究したものも多く出荷されているだろうね。ぜひ見に行っておいで。……オーランゲ領への封書は必要かい?」
微笑むインス代表。セイジは首を横に振る。
「いえ。自分の力で行こうと思います」
「わかったわ」
「セイジ君、もしタリム君の身体に何らかの変化があったときは、余力があるときでいい。また報告しに来てくれないか」
「かしこまりました」
ゼン代表の言葉のあと、代表者の部屋から退席した3人。 オペラが代表者たちを見た感想を話す。
「クルムズ領の代表とはまた一味違って、みんな優しそうな雰囲気だったね。誰も怒らなさそうというか……ちょっとシアンユー代表が怖い感じがしたけど」
「やっぱり対話での統治という文化が根付いているんだろうなぁ。あんな落ち着ける大人になりたいよ」
タリムも同じような感想を述べる。
「ジジイめ……インス代表と知り合いなら先に言っといてくれ……」
拳を震えさせながらセイジは呟いていた。再びグリーンブックが置いてあった待合まで戻ってきた3人。
「確か2人の話だと別の領に行くには手続きが必要なんだろ?ちょうど領主館にいるんだ、手続きを済ますぞ」
クルムズ領でも見た謎の機械を案内され、受付の男性がセイジの手続きを行う。すぐに緑の細いリングが渡された。
「なるほど、これがタリムとオペラも付けてる身分証か」
「紛失には十分お気をつけください」
「分かった」
「これからオーランゲ領に行くってことは、またカモさんたちが次の領まで運んでくれるんだよね!今から楽しみ!!ね!タリム!」
オペラのテンションは高い。そのテンションについていけないセイジは少し呆れているようだった。
手続きが終わった一向は、天弓の空港に向かう。相変わらず色黒で逞しい身体のお兄さんが待機していた。
「おや……あなたたちハ……少し見ない間にたくましくなられたのでハ……?」
お兄さんはタリムとオペラのことを覚えてくれていた。
「ちょっと色々ありまして……」
「ヒスイ領を楽しんでいただけたなら良かったですヨ。そちらのお兄さんは、当空港を利用されるのは初めてですヨね?」
お兄さんはセイジを見ている。セイジもお兄さんを見返している。
「空港の使うのは初めてだ。……というか、こんな特徴的な喋り方をする鳥使いが、このヒスイ領にいたことに驚いているところだ」
「こちらのお兄さんハ冷たい感じですネ……」
少しため息をつく、鳥使いのお兄さん。
「お兄さん、早く鳥さんたちで“橙”オーランゲ領まで連れて行ってください!」
早くも藤のカゴに入り待機しているオペラ。セイジとお兄さんが話しているときに手慣れた手付きで準備しているのが見えていた。
「さすがお嬢さん、もうバッチリですネ。さぁ、お二人も準備してくださいネ」
藤のカゴの中に入り、出発の準備が整った。お兄さんは龍笛を取り出し、クルムズ領のお兄さん同様、美しい音色を奏でた。 またたく間にカゴの周りはカモだらけになる。
「……久しぶりだな。この感覚」
セイジの声はカモたちの鳴き声でかき消される。
「ではまた、ヒスイ領でお会いしましょウ……」
お兄さんは手をヒラヒラさせ、見送ってくれた。
「この運ばれる感覚にまだ慣れないんだが……ぁぁああぁぁあぁあぁぁあ…………」
「楽しいーーー!」
「…………………」
三者三様でカモたちに運ばれる3人。目指すは“橙”オーランゲ領だ。
【∞】
―BOS―
「ただいま~」
メイド服を着た銀髪の女性、ネオンがどこかから帰ってきた。謎の女性がネオンに話しかける。
「おかえりなさい。……今各地で水の供給が遅れているようです。“ゴースト・プリズン”から、罪人たちへの水が行き渡らないと報告がありました」
「あら~?……そもそも水の供給はアズーロ領できちんと“ダム”の管理ができていれば、そんなこと起きないんじゃないの~?」
ネオンは謎の女性に聞き返した。アルクス大陸の常識である。
「どうやら、アズーロ領内の不届きな方たちがダムの中の“バッテリー”を奪って、ダム内の水を下流に放出できないようにしたらしいですよ」
「ダムの下流ってヒスイ領以外はほとんど影響あるじゃん。じゃあオーランゲ領で作っている大陸全体の食糧の供給も、追いつかなくなるってことじゃないの?」
ネオンの言うとおり、オーランゲ領の食糧は大陸全土に行き渡っている。水不足はそのまま食糧不足に直結する、深刻な事態だ。
「だからぁ~……“青”だし私が行こうかと思ってぇ~」
「にゃっ!?」
ネオンはまるで猫のように瞳孔を見開き、もう一人の女性のほうを見た。ネオンは冷や汗をかきながら、一言放つ。
「えぇ~っと……本気?」
「ちょっとぉ~さすがに失礼じゃな~い?」
もう一人の女性は頬を膨らませ、怒っている。
「さすがに彼女1人でアズーロ領まで行かせたら、一般人が何人死ぬか分かりませんので、私も行きます」
「ひどい言われようだわぁ~。わざわざ主様についてきてもらう必要なんかないのに~」
ネオンはホッと胸を撫で下ろした。
「………」
チタンはそんな女性たちの会話を無視し、1本の剣の手入れをしている。まるで興味がなさそうだ。
「そうそう、さっき主様が仰っていた不届きな方たちって、アズーロ領の“海賊”でしたよねぇ~?……その子達に新しく作った魔術でも試そうと思ってぇ~」
「はぁ……そういうところですよ。私が着いていかないと行けない理由は。新しく作った魔術もどうせ手加減もせずに海賊相手に放つのが目に見えてます」
謎の女性はもう一人の女性の発言を聞き、呆れている。
「まぁまぁそう仰らずに~……。どっちみち私では規模の大きい“ブラックホール”は作れないので、主様に着いてきてもらったほうが“確実”ですけどぉ~」
「……何事もなければいいのですが。では“セレン”、アズーロ領に行きましょうか」
「主様とデートなんていつぶりかしらぁ~!とっても楽しみだわぁ~!」
セレンと呼ばれた女性と謎の女性は“青”の転移装置に触れ、消えてしまった。
「あらぁ……こっちもヒスイ領で面白いものを見てきたんだけどなぁ。聞いてよ~チタンさん。前にオーラを元に戻す方法の話に出てきた、ヒスイ領にしか自生していない植物を採った子たちがいたんだよ~!」
「そうか」
ネオンはチタンに話を振るが、チタンは手を止めない。関心はなさそうだ。
「……全然興味なさそうだね~。まぁ、水不足のほうが深刻か。それにしてもアズーロ領の件、―――ちゃんが行くなら大丈夫っしょ……ねぇ?チタンさん?」
「そうだな」
適当な相槌だ。話を聞いているのかいないのか分からない。ネオンの目が半開きになる。
「あ~あ……ここにいても話を聞いてもらえないし、どこか適当な領に遊びに行こうかな~」
ネオンは手を頭に後ろにやり、退屈そうな声を出した。他の領に転移するための装置をネオン自らが出現させ、どの領に行くか悩んでいる。
「俺は何も言わないが、あいつに怒られるぞ」
武器の手入れが終わったのか、不意に立ち上がったチタンから、まさかの発言。ネオンの言葉は最初から聞こえていたようだ。
「聞こえてるじゃん!!ちょっとぐらい私と会話してくれてもいいのに~~!!」
チタンはどこかに転移した。ネオンの叫び声がBOS内のとある部屋にこだまするのであった。
「ーこんないっぱいのカモちゃんたちで空を飛んだの、とっても楽しかったね~」
「最初こそたくさんのカモが現れてびっくりしたけど、気球の乗り心地も良くて、思ったより快適だったな」
タリムとオペラは“緑”ヒスイ領の首都、天弓にもう間もなく到着する。カモたちは上手に藤のカゴをコントロールし、無事に空港に着陸した。
(よく考えたらこのカモたち……だいぶ訓練されているな。着陸までスムーズすぎる……)
2人は藤のカゴから降りる。そのままカモたちは“赤”クルムズ領まで藤のカゴごと持ち帰っていった。
「バイバイ!カモちゃんたち~!ありがとう~!」
オペラがカモたちを見送るため手を振る。心なしかカモたちも振り返しているように見える。
「いかがでしたカ?カモのフライトもなかなかのものでショ?」
話し声のほうを見ると、先ほどクルムズ領の首都シャーウの空港でも見た、背の高い少し色黒の、それでいて逞しい身体のお兄さんが立っている。喋り方も全く同じだ。
「!?!?」
2人は驚きの表情を隠せていない。
「あ、その顔はクルムズ領にも同じ人がいたなって顔ですネ。久しぶりにその顔をみましタ」
お兄さんはクスクス笑っている。
「種明かしをすると、我々は六つ子なんですヨ。各領の空港を任されていて、あと同じ顔が4人いますヨ」
「「なるほど~」 」
六つ子と聞いて納得する2人。一瞬、クルムズ領からお兄さんが瞬間移動でもしてきたのかと勘ぐってしまった。
人が瞬間移動するなんて考えられない……と思ったが“BOS”で出くわした執事服の男性が、瞬間移動のような技を使っていたことを思い出す。
(しかも『種明かし』って言われると余計に思い出してしまうな……そんなこと言ってた気がする)
「それでは改めて、ようこそヒスイ領へ。ここはヒスイ領の首都天弓でス。あちらに見えるのがヒスイ領の領主館ですのデ、初めてヒスイ領に来られた方は領主館にてぜひ“グリーンブック”をお求めくださいネ」
タリムのしかめっ面を見たお兄さんは、気を取り直して案内してくれた。
「グリーンブックって何ですか?」
聞き慣れない言葉にオペラはお兄さんに聞き返した。
「言うなればヒスイ領のガイドブックですネ。ヒスイ領の代表者たちは、どの領でどんな生活をしてきた人でもヒスイ領を楽しんでいただキ、またなるべく安全に観光してもらいたいという想いかラ、ヒスイ領の地図を載せたリ、観光スポットなんかも載せていまス。ヒスイの色にちなんで、そんなものを発行しているのでス」
生まれてこの方、他の領に行ったことがなかった2人はガイドブックたるものがあることも知らなかった。
今度クルムズ領に帰るときは、領主館にガイドブックがあるのか見てみよう。
「ありがとうございます!じゃあ早速、領主館に行ってみますね!」
「いえいエ、それでは良い旅ヲ~」
オペラはお兄さんに手を振り、お兄さんも振り返した。
【∞】
天弓の街並みを確認する前に、まずはお兄さんの言うとおり“グリーンブック”を探すことにした2人。そのまま空港近くにある領主館に立ち寄る。
領主館の造りはクルムズ領と似ており、様々な手続きが行えるように受付の人が立っている。待合の一角には様々な冊子が置いてあり、そこからグリーンブックを探す。
「えーっとグリーンブック……グリーンブック……あ!これか!」
オペラが手にしたのは表紙が緑色の薄い冊子で、中を見るとヒスイ領の地図と観光スポットが載っていた。
そのグリーンブックを開こうとしたとき、領主館の中で何人かの話し声が聞こえたため、2人は聞き耳を立てる。
「―この前のミラージュコア破壊作戦の話聞いたか?本当かは知らんが、クルムズ領の“武力”代表がうちの代表たちに圧をかけたから、やむなく兵士を派遣させたらしいぜ」
「物騒だねぇ…」
「うちの領は代々穏やかというか、武力じゃなくて話し合いで色んなことを決めていく方針なのに」
「“緑のオーラ”があるから、大陸中に物資が届けられたり、“不可侵領域”を侵すことなく各領に行き来できるのにねぇ」
「それに結局兵士らの話では負けて帰ってきてるじゃないの。しかもオーラまで使えなくなって可哀想に…」
「本当ならクルムズ領に賠償金を払ってもらうぐらいのもんじゃないのか?まぁうちの代表たちが何かするとは思えんけど」
ヒスイ領でも『ミラージュコアを破壊した兵士らはオーラが使えなくなる』という話で持ち切りだった。話は続く。
「ところでそのオーラ、どうやったら元に戻るんだい?」
「それが分からんらしい」
「噂じゃそのまま元には戻らないとか」
「あんたの話、本当なんだろうね!」
根も葉もない噂話のようだ。色々な話は聞けるが、「オーラを元に戻す方法」について言及するものはいなかった。
タリムたちがその場から立ち去ろうとしたとき、話し込んでいた人たちと目があってしまう。
「あっ……それはクルムズ領の……」
ヒスイ領の住民たちは、2人が手に着けている赤いリングを見て何かを言いかけた。待合には謎の沈黙が流れる。
「あはは……それじゃみんなまたな」
「そ、そうだねぇ。お暇しようかしら」
ヒスイ領の住民たちもいたたまれなくなったのだろう。2人も住民たちに合わせてそそくさと領主館の外に出ることにした。外に出たタリム、オペラは苦笑いしている。
「「これは前途多難だな(ね)」」
【∞】
領主館を離れた2人は、天弓の街の中を散策する。
クルムズ領の首都シャーウとはまた違った街並みで、石畳の道が多いことに気づく。首都と名がつくだけあって街の規模はシャーウと同じぐらいで、とても大きいことが分かる。
特に目立つのは3つの橋で、この橋は夜になると橋の脇から出る噴水が虹色にライトアップされ、美しい光景が広がるようだ。
タリムとオペラが今いるのは領主館のある「日」の区画で、日の区画から「華」の区画、「麗」の区画に橋が渡されており、華の区画と麗の区画も橋が渡されている。橋で三角形を作っているような状態だ。
石畳の路地を抜け、日の区画にある大きな公園にやってきた2人。整備された木々のトンネルをくぐり、一際大きい芝生の広場に到着する。広場のちょうど中央には大きなモミの木があり、これがシンボルのようだ。
モミの木の下はちょうど木陰になっていたため、2人は木陰に座り、グリーンブックに書かれている地図を見ながら、今後の作戦を練ることにした。
「―クルムズ領と違ってヒスイ領は南北に山が連なっているのか……。なるほど、この山から水が流れて“青”アズーロ領のダムを経由して各領に水が来ているんだな……習ったとおりといえばそうか」
地図とにらめっこするタリム。ちょうど領の真ん中あたり、領を縦断する形で南北に“雲龍山脈”という名前の山が連なっている様子が描かれている。
さらに山脈の東と西には山を伝って川が何本もあるようで、その川には“ダム”がいくつも設置されている。
「ダムの水の管理はアズーロ領がやってるって聞いたことある~」
オペラも習ったことを思い出していた。“アルクス大陸”の水事情は必ず習う。人は水なしでは生きられないからだ。周りの大人たちはからかい半分で「アズーロ領の人間には逆らうな。オーラの相性も悪いし」とよく聞かされていた。
他にも地図上でめぼしい施設がないか確認してみると、ヒスイ領の1番南の街“洛安”に“左都植物研究所”というものがあることがわかった。
「この左都植物研究所ってなんだろうね~」
「ちょうど同じところを見てた。これだけ自然も多くて植物もいっぱいある領だ。研究することも多いだろうし、オーラの回復についても何か知っているかもしれないな」
「天弓から見たら1番遠い街だけど、ここを目指すことでいい?」
「そうだな。道中に街もあるみたいだし、休みながら行こう」
広場には10歳にも満たない子どもが増えてきた。2人は 公園を後にし、「横丁」と呼ばれる商店が広がるエリアに移動した。
横丁には日の区画名物、じゃがいもをすり潰して丸めて揚げた“コロッケ”と呼ばれる食べ物があり、2人はコロッケを頬張りながら商店を見て回る。
「はふっ……熱いけど美味しい~!!」
「もっと食べたくなる味だな」
他の商店には金貨や銀貨を入れるための“がま口”と呼ばれる袋や、“扇子”や“うちわ”といった、風を起こして涼むためのものなど、ヒスイ領ならではの工芸品が並ぶ。
またヒスイ領は“緑茶”も有名のようだ。あちらこちらにお茶屋もあり、お茶を飲みながら休んでいる人も多く見かける。
2人はお茶屋に立ち寄り、緑茶と3色のお団子を頼んでみた。店内は時間帯的にも混んでいなさそうだ。先ほど地図で見た左都植物研究所について、お茶屋を営んでいるヤマトと名乗る緑の髪の若い男性、従業員のハナヨと名乗る栗色の髪の若い女性から、話を聞くことができた。
「洛安の左都植物研究所?……あぁ、あそこはアルクス大陸全部の植物を研究している場所で、ヒスイ領でも有名なところだな。植物の中には体力を回復させたり、オーラエレメントが回復できるものもあるって話で、そこの研究者が色々調べてると思うぜ。まぁ、あんたたちが飲んでるその緑茶にも体にいい成分が入ってるけどな」
緑茶の湯気でヤマトのメガネが曇っている。気だるそうな受け答えだが、1番欲しい情報をくれた。
「緑茶とヒスイ領産のお米の相性も良いので、ぜひおにぎりも食べていってください!」
ハナヨは注文していないおにぎりを2つ出してくれる。オペラの目は美味しそうなおにぎりを前にして輝いている。
「教えてくれてありがとうございます。おにぎりはいただいてもいいんですか?」
「ハナヨちゃんのおにぎりは“突き出し”ってことにしておくよ。さて、せっかくの情報だから団子の1本でも追加で頼んでくれるかな」
ニヤリと笑うヤマトを横目に、団子を追加で注文した2人は緑茶を飲み一服する。どうやらおにぎりはサービスとはいかないらしいが、おにぎりは格別に美味しかった。
「ふぅ……落ち着くねぇ……」
「本来の目的を忘れそうになるよ」
緑茶をゆっくり飲んだあとは、華の区画、麗の区画にも移動し散策と観光を楽しんだ。
華の区画では、小麦粉でできた皮に包まれた肉などの食材を、蒸籠(せいろ)と呼ばれる蒸し器で蒸して作られる“小籠包”を、麗の区画では生地を捻って揚げたドーナツ、“クァベギ”をそれぞれいただく。
(天弓に来てから何か食べてばっかりな気がするな……どれも美味しいからこれはこれでいいのか……)
右手にクァベギを持ったままのオペラが、タリムに話しかけた。
「……そういやタリム、さっき領主館で住民の人たちが話していた“不可侵領域”って……あの“虹彩会議”の会議場があるところだよね?」
「そうだよ。領の代表者しか入ることを許されない、あの不可侵領域だ」
グリーンブックを手にしたときに聞こえてきた会話を振り返る二人。
「カモちゃんたちに運んでもらったときに、それらしいものがあったかなー……もっとちゃんと見ておけばよかった……」
「他の領も行き来しそうだから、今度運んでもらうときに見てみたらいいじゃないか」
「それもそうだね」
不可侵領域とは、アルクス大陸の中心にあり、かつどこの領にも属していない正六角形の地形のことを指している。アルクス大陸の伝承によれば、旧藍の領だ。
ちなみに正六角形の地形の頂点にあたる場所が、各領の首都になっており、不可侵領域に接している部分にあるのはクルムズ領の首都シャーウやここ天弓の街のように空港のみである。
もし仮に無断で不可侵領域に入ってしまった場合は各領の兵士がすっ飛んでくるだろう。不可侵領域自体は、見渡す限り荒れ果てた不毛な地で、魔獣の姿もないのだが、誰もそこに入ろうとはしない。やはり過去に起きた戦争が主な原因なのだろう。
「不可侵領域に入らずに各領を行き来できるのは、ヒスイ領のおかげか……。確かに鳥たちに運んでもらう以外に各領に歩いて出入りできるのは行商人だけ。この旅ができているのも、ヒスイ領の領民たちのおかげだな」
「そのヒスイ領の兵士さんたちのオーラも戻せるように頑張らないとね!」
他に大きな情報もなく、散策を終えた二人。シャーウからの移動もあり、すっかり日が暮れた。
夜のまま街の外に出るのは危険と判断し、一晩宿泊してから、洛安の街を目指して出発することにした。
【∞】
「ねぇタリム~次の街にはいつ着くの~?」
オペラが気だるげな声で話しかけてくる。
「俺も詳しい道が分からないんだから、どれぐらいで着くのか分かるわけないだろ……」
街を出た2人は今、メタセコイアと呼ばれる木々が立ち並ぶ、舗装された道を歩いているところだ。道の脇には等間隔に並べられたメタセコイアの美しい風景が見えている。
「タリム!またトゲトゲちゃんがきたよ!」
「トゲトゲちゃんってお前……」
オペラにトゲトゲちゃんと呼ばれた植物型の魔獣。体長はざっと1mぐらいだ。根っこと茎と葉があり、いかにも植物といった形状だ。葉の部分に無数のトゲが付いているため、オペラにそう呼ばれている。
どうやって根っこごと動いているのかはよく分からないが、葉をゆらめかしながら、明らかに攻撃意思のある緑のオーラを纏っている。トゲトゲちゃんは“風”を使い、葉についた複数のトゲを素早くこちらに飛ばしてくる。
「その攻撃、厄介なんだよな!」
タリムは持っている剣でそのトゲを受け、払いのける。そのまま素早く植物型の魔獣に近づき、斬り倒した。
「タリム気づいてる?……ヒスイ領の魔獣たち、クルムズ領の魔獣たちと違って、こんな大陸の内部にまでいるよ」
オペラの冷静な分析にタリムも同調した。
「そうなんだよ。ミラージュコアはこのヒスイ領にもあるはずなのに、なんでこんな魔獣たちは活動的なんだ?」
まだ天弓の街から出て間もないが、今のところ、ヒスイ領の魔獣たちは、緑のオーラを纏った植物型のものが多い。
植物の魔獣なので、オペラから赤のオーラエレメントを付与してもらってさえいれば、火の力もあり道中の魔獣にそこまで苦戦することはない。
だが、緑のオーラの力による風の攻撃を受けるのはタリム、オペラにとって初めてのことなので戸惑いもある。
また、クルムズ領とは違い、街の外は平野になっていないため、見晴らしがいいわけではない。木々や植物などの自然がそのままの形で残されており、舗装されている道もあくまで、街を行き交う商人たちのために最小限のものだった。足場が悪いところももちろんある。
「自然が多いところは好きだけど、魔獣にとっても好都合だよね」
オペラの話すように、自然がそのまま残されているということは、植物型の魔獣たちも身を隠しやすいということだ。オペラの言うトゲトゲちゃんは動きが遅いので先にこちらが見つけることができているだけで、瞬時に魔獣かどうか判断するのは難しい。
「それよりも私は……きゃあぁぁぁぁ!!虫、虫ぃぃぃ!!」
そう、植物があるところには当然、虫も多くいるということだ。目をやったところには、バッタやカマキリ、カメムシなどがいる。植物型の魔獣がいるからなのか、それともミラージュコアの影響なのか、虫たちは魔獣化しておらず、ごくごく普通のサイズでそこらにいた。
「さすがに魔獣化していない普通の生き物を倒すわけにはいかないしな……ほらオペラ、後ろに隠れろ」
「うぅぅぅぅ……ごめんね……」
(このあたり一帯が火の海になるのはゴメンだ……)
タリムはオペラのクルムズ領での虫型魔獣に対する慌てようを思い出し、庇いながら歩くのだった。
【∞】
「六彩虹」という街にもうすぐ着きそうだ」
辺りはエメラルドグリーンを呈した美しい湖、また池が多くあり、グリーンブックに掲載されている写真と辺りの様子が合致している。
街はちょうど雲竜山脈の中央にある最も高い山に近い麓にあり、まさに麓に到着していた。地図で言えば雲龍山脈の西側のルートだ。東側のルートにも彩州という街があったが、天弓から六彩虹の街までの距離と比べて若干遠かったため、こちらのルートを選んだ。
タリムはグリーンブックを広げながらオペラに話しかけたが、オペラは虫たちを掻い潜りながら泣きそうな顔をしてタリムを見つめる。
「もうやだ……帰りたい……」
「まぁ…その気持ちは分からんでもない……」
天弓の街から出て半日ほど経過した。そろそろ日が暮れてきている。早く街につかないと回復もできないし、何よりこんな自然の中で野宿するのはあまりに危険だ。
道中、魔獣はそれほど多くはなく、オペラの赤のオーラエレメントの消費も激しくはない。ただ、いつ現れるか分からない魔獣、オペラに至っては虫への警戒もしていることから、かなり精神が摩耗していた。
そこに少し整備された木の階段を発見する。そこを登ると人工の灯りがいくつか見えてきた。街があることが分かる。
「や、やっと回復できる~」
「さすがに疲れたな。オペラもお疲れ様」
オペラはクタクタになりながら街を目指して、最後の力を振り絞って歩いて登る。六彩虹の街は天弓の街とは違い、自然の中、山を少し削り人が住めるようにした街のようだった。
道中の自然と同様、人が歩く道も最小限に留めてあり、やはり足場は安定しない。疲れた足をさらに疲れさすには持ってこいだった。街に着いた二人は、街の人に聞き込みをする体力も残っていなかったため、早々に宿泊施設を探して休息した。
【∞】
翌朝、体力が回復した二人は六彩虹の街を散策し始める。 街自体はそこまで大きくなく、建物や家がポツポツと点在している。
「昨日は疲れて六彩虹の街の中を全然見られてなかったから、しっかり見たいなぁ~」
「とりあえず周りの様子も見つつ、聞き込みもしようか」
「そうだね」
街の看板に目をやると、雲竜山脈のほうに登っていくと大きな滝があり、観光名所の一つになっていることが分かる。街に来るまでに見た美しい湖や池の数々も、同じように六彩虹の観光名所となっており、日が高いうちは人で賑わう場面もあるらしい。
「タリム!滝だって!見に行くよ~」
「分かった分かった」
滝を見に行くことが決定したため、2人は雲龍山脈を登ろうとする。その道すがら、小さな建物の脇に何やら見慣れた藤のカゴが置いてあるのを発見した。ちょうどクルムズ領からヒスイ領までに、カモたちに運んでもらったカゴにとてもよく似ている。
「あれ?これがあるってことはここからどこか運んでくれるのかな?」
オペラが藤のカゴを見て話し出す。その話し声を聞いた女性が建物から姿を表した。
「よーいらっしゃい。あんたたちは観光客か?わざわざ遠いクルムズ領から来てるのを見ると」
女性は2人の左手の赤いリングを見る。「そんなところだ」と答えるタリム。
女性の名前はチトセというらしい。暗めの緑の髪で、後ろに髪を束ねている。鼻の周りにはそばかすが見え、作業着を着ていて動きやすい格好をしている。
「この六彩虹から運べるところは、ちょうどこの“雲竜山脈”を登っていった中腹あたりにある観光名所“緑龍の棚田”と、山頂にあるミラージュコアの付近だけだ。わざわざミラージュコアのとこまでは行かないだろ?」
ちょうどタリムはチトセが話し出すときにグリーンブックを開いていたからか、チトセはグリーンブックを見ながら「貸してみな」と声をかける。
「緑龍の棚田はこのあたり。ほら、グリーンブックにも小さいけど書いてあるだろ。あとグリーンブックには書いてないけど、このあたりにミラージュコアがある」
チトセがグリーンブックを指した先は、雲竜山脈のちょうど真ん中。山の頂上に“あの”サイズのミラージュコアがあるということだ。
「山の1番上にミラージュコアがあるの!?」
「クルムズ領のミラージュコアは平野だったけど、ヒスイ領は山の上……山の上に作ることのできる技術には脱帽するけど、そもそも領の中央に異常なほどこだわりがあるような気がするな」
オペラは驚き、タリムは率直な疑問を呟いた。チトセが咳払いする。
「コホン……ヒスイ領では一般の登山者や観光客がミラージュコアに近づかないように、周りに立派な“万里の外壁”を作ってる。そっちの技術力も評価してあげてほしいところだね」
「へぇ~!ヒスイ領の人たちもすごい!!」
オペラはお世辞抜きで褒めている。
「本当なら万里の外壁も観光名所になってるけど、ミラージュコアの近くに行くんだ、観光で行くにはオススメしない」
チトセの意見は最もだ。わざわざ近づく必要はない。
「タリム!とりあえず緑龍の棚田から見て、帰ってきてから滝も見に行こ?」
オペラの発言にタリムは頷いた。チトセに銅貨を渡し、藤のカゴに2人で乗った。
「まいどあり~。……滝も見に行くんなら、帰りにそこまで運んでやるよ。ちょっとだけ待ってな」
チトセは建物内から深緑色の横笛を取り出し、緑のオーラを纏った。チトセの右目は緑色に光っている。
「そういや、シャーウの空港にいたお兄さんも緑の横笛を持ってたな……」
「チトセさん、その横笛ってみんな持ってるんですか?」
2人はシャーウの空港で聞きそびれた、笛の正体を探った。
「はぁー……あんたら何も知らないんだな……。いいよ、教えてやる。これは“龍笛”っていって、ヒスイ領の鳥使い……他の領では“バードテイマー”とも呼ばれているみたいだけど、そのバードテイマーだけが持つことが許されるものだ。緑のオーラは空気、特に風を操ることができて、その風の力を鳥たちにも使って、人や物を運ぶんだ」
チトセのため息まじりの説明に、タリムもオペラもパチパチと拍手をして感心している。
「チトセさんも鳥使いとして認められてるんですね!すごいなぁ」
チトセは少しだけ顔を赤らめ、タリムとオペラから目を背けた。
「……説明するのも恥ずいから、とっとと緑龍の棚田まで行ってきな……」
チトセはそう言うと、龍笛をさっと吹いてみせた。さっきまではいなかったウグイスたちが、チトセの龍笛から奏でられた音を聞き、六彩虹の周りにある池や湖から藤のカゴの周りに集まってくる。
「今度は別の鳥に運ばれ…………あぁぁあぁぁぁ………」
「ウグイスたちだ!可愛い~~!」
タリムとオペラの声はウグイスの翼の音でかき消された。ウグイスたちもまた、藤のカゴについた金属の枠組みを上手に咥え、上空に羽ばたいてみせた。
【∞】
「ここが緑龍の棚田……自然がいっぱいで素敵だね~」
ウグイスたちに運んでもらった緑龍の棚田と呼ばれる場所は、周りが木々に囲まれている。建物言えば屋根のついた小さな休憩スペースだけで、目ぼしい建物は何もなく、自然の景観を満喫できる場所であった。しばらく2人は棚田周辺を散策する。
「……この棚田の形状に見覚えがありすぎる……」
「ヒエリス遺跡群の前にあった棚田に似てるね!あっちも綺麗だったけど、こっちも負けないぐらい綺麗!!」
六彩虹の周りの池と同様、エメラルドグリーンの水が棚田を満たしており、美しい光景が広がっている。
美しい光景とは別に、タリムの頭の上には1羽のウグイスが乗っている。タリムが頭からどかそうとしても全く動じない。端から見れば変わった人にしか見えない。
「なんでこのウグイスは俺の上からどいてくれないんだろう……」
「タリムに懐いたのかな?私ならまだ分かるんだけど」
オペラは昔から動物たちに好かれやすい。魔獣化していない鳥や、猫、犬たちはオペラには近寄っていく。優しい性格の持ち主なのが動物たちにも伝わるからなのかもしれない。その反面、タリムに近づく動物は少ない。今の状況はかなりレアだ。
一通り散策を終えた2人は、緑龍の棚田に着陸した地点に戻ってきた。藤のカゴは置いてあるままだ。
「そういやこれ、どうやって帰るんだ?」
「確かに~」
着陸した地点の周りには誰もいない。鳥使いがいないと帰ることができないはずだ。どうやって帰るか頭をひねりだした2人をよそに、タリムの頭の上にとまっていたウグイスは、急に大きな声で鳴き出した。
「ホケキョ!ホケキョ!!」
「うわっ!びっくりするじゃないか」
「どうしたのウグイスちゃん。え?………もしかして藤のカゴの中で待ってろってことかな?」
ウグイスはオペラを見つめながら翼を藤のカゴのほうに指している。そのまま「ホケキョ」と鳴いた。
「タリム、ここはウグイスちゃんの言うとおりにするよ」
「……?……分かった」
2人は藤のカゴの中に入って待機する。タリムの上に止まっていたウグイスは緑龍の棚田から居なくなった。
その数十秒後、六彩虹から出発したのと同じように、多数のウグイスが藤のカゴを囲い飛び立った。2人は六彩虹のほうに下っていく。
「結局こうなるのかあぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
「ほらねタリム!私の言ったとおりでしょ!」
またも2人の声はウグイスたちの翼の音でかき消されるのであった。
【∞】
「ふー!楽しかった!」
オペラは満足げである。緑龍の棚田の帰りには、2つ目の行き先であった滝もバッチリ見れた。完全に観光を満喫している。
「おつかれさん。しっかり観光を楽しんでるじゃないか」
チトセは淡々と喋る。「そうそう」と何かを思い出したようにオペラがチトセに話しかけた。
「ウグイスをタリムの上から離れないようにしたのはチトセさんですよね。鳥使いってあんなこともできるんですね」
オペラが冴えた発言をしている。
「そうだよ。よく気づいたな。ある程度技術があると、鳥たちを使役するのは造作もない。緑龍の棚田で客に何かトラブルにあっても大丈夫なように監視を置くこともできるってわけさ」
(き、気付かなかった)
「ま、あんたら2人をあのまま緑龍の棚田に置いてっても実力はありそうだったから、自力で帰ってこれそうだったけどな。お金はもらってるからきっちり仕事はするさ」
「いえ、ありがとうございます。とても綺麗なところで、見に行けてよかったです」
オペラは一礼した。続けてタリムも一礼し、チトセに質問した。
「チトセさん、洛安の左都植物研究所ってご存知ですか?」
タリムの発言にチトセは少し訝しんだ。睨まれているような気もする。
「あんたら、あの研究所に行く目的はなんだ?」
「……ミラージュコア破壊作戦のことはもう知っていると思いますが、オーラが使えない人たちが自分以外にもいるって聞いて、何とか元に戻せないかと思ってまして」
「……なるほど、あんたはこの前のミラージュコア破壊作戦に参加した兵士ってわけだ。どおりでただの観光客ではないなと思ったよ」
こちらがただの観光客ではないことは最初から見抜かれていたようだ。チトセが続ける。
「珍しくここにお金を落としていったんだ、ついでに教えてやるよ。……鳥たちの噂によれば、ヒスイ領の代表たちも植物研究所のやつらにオーラを元に戻す方法がないか確認してるって話らしい」
「鳥たちの噂!?」
驚く2人。驚く2人にさらに驚くチトセ。
「そんな驚くことはないだろ……この六彩虹の周りのウグイスたちは、ほとんど私の龍笛の音が聞こえるし、そのウグイスたちが快く教えてくれるんだから」
「鳥たちの噂が耳に入るってすごいことだよね……。私も鳥使いになろうかな……」
オペラの心が揺らいでいる。魅力的な職業ではある。
「さすがにそんな簡単にはなれないけどな。15年ぐらいはヒスイ領に住んでみるか?」
「そうだった……まずは緑のオーラを纏えないとなれないよね……」
オペラはがっかりしている。そもそも緑のオーラを纏えることはありえるのだろうか。
「植物研究所の情報提供、感謝します。とりあえず洛安の街にいってみます」
一通り六彩虹の自然の風景を楽しんだ2人は、装備品の手入れなどを行い、六彩虹の街を後にした。
【∞】
グリーンブックの情報をもとに、洛安の街を目指す二人は、六彩虹からさらに南に向かっていく。ただ、南に行けば行くほど森が濃く深くなっていき、迷子になりそうだ。
六彩虹の街でチトセから「あんたらにウグイスの道案内でもつけてやろうか。洛安まではまだそこそこの距離があるから、かなり払ってもらう必要はあるけどな」とニヤニヤしながら言われたため、丁重にお断りした。お金だって無限にあるわけではない。
チトセの発言を思い出していたら、不意にオペラがタリムの服の裾を引っ張った。
「見てタリム……いや、あまり見せたくもないけど……」
「どれどれ……あれはカマキ……リ……!?」
オペラが指を差した方向には、首都天弓の近くで見た通常サイズのカマキリとは、明らかに大きさが違うカマキリが存在していた。しかも5匹以上いる。
「~~!?」
まだカマキリたちはこちらには気づいていないようだが、あまりの大きさに驚くタリム。どのカマキリも「トゲトゲちゃん」と呼ばれる植物型の魔獣と同じ、大体1mぐらいの体長をしている。
「(先に攻撃を仕掛けてもいいんだけど……)」
「(何で大陸内部とは明らかにサイズが違うカマキリの魔獣がいるんだよ!)」
「(知らないよぉ~)」
「(とにかく、できるだけオーラエレメントは温存しておきたいから、ここは素早く駆け抜けよう)」
「(分かった……ひぃぃ怖いよ~~)」
ひそひそ話を終え、さっさと駆け抜けようとするタリムとオペラであったが、お決まりのように木の根っこにオペラが躓きかけてしまう。
「!?きゃあ!」
オペラは何とか体勢を立て直したが、大きな声が出てしまった。その声を聞いた大きなカマキリの魔獣たちは瞬時に緑のオーラを纏い、目が緑色に光った。声が聞こえた方向、つまりはオペラに向かって一斉に動き出す。
「その動きがもう嫌なのぉぉぉ!!!!」
さらに大きな声をあげるオペラ。手を額に当て、目をつぶるタリム。戦闘は避けられないようだ。しかも1匹だけではなく他のカマキリも押し寄せる結果になり、目も当てられない。
「どうしよう……囲まれちゃった」
「申し訳ないけど、完全にオペラのせいだからな……」
「だよね……」
緑のオーラを纏ったカマキリの魔獣はタリムに近づき、その大きな鎌で容赦なくタリムを切りつける。
カキィィィン!!!
(……硬い!!)
風の力なのか、鎌を振り下ろすスピードが速く、また鎌の部分も硬い。タリムの持っている剣と同等の力があるようだ。
「くっ……!ただの虫……なわけないよな!」
鎌を打ち払い体勢を整えるタリム。
「オペラ!赤のオーラエレメントはどれくらい付与できる!?」
「とりあえず多めに付与するね!『来たれ!赤に与する火の力よ!』」
オペラの杖から赤のオーラエレメントがタリムに降り注ぐ。洛安の街までの距離がわからないが、ここでやられては元も子もない。
タリムは“赤のオーラエレメント”を付与してもらい、右目を赤く光らせ、赤のオーラを纏った。
「リチーム・ドルトゥート!」
タリムは素早くカマキリの魔獣に近づき、鎌の部分を剣で激しく突いた。突いた先から火花が飛び散り、カマキリの鎌に無数の穴が開く。
カマキリの魔獣も焼けるような熱さを感じ、悶えているようだ。
「よし、これで鎌も何とかなりそうだ!」
「タリムの新しい技だね!私も!」
オペラの右目も赤く光り、攻撃に転じる。
「―チレク・フレイム!!」
詠唱が終わりオペラの周りに火の玉が出現する。以前にも見た火属性の魔法だが、火の玉自体が細く、厚みのあるものになっており、数も10個に増えている。どうやらイチゴのヘタをイメージしているらしい。
オペラの放った火の玉は、二人を囲んでいたカマキリの魔獣たちの胴体に全て命中し、カマキリの魔獣は倒された。
「今のうちにこの場から離れよう」
「分かった」
森を足早に駆け抜け、少し開けた場所で落ち着く2人。
「一時はどうなるかと思ったけど……オペラも少しずつ強くなってるじゃないか」
「えへへ、そうでしょ~」
オペラがはにかむ。
「それにしても……この領の魔獣化の理屈が全く分からなくて困るな。虫たちは大陸内部では普通のサイズだったはずなのに、なんで南に来ると大きくなって魔獣化しているんだ?ミラージュコアだけの問題だけではなさそうだけど……」
「考えても仕方ないよ。だってヒスイ領には住んだことないんだから」
「それはそうなんだけど、腑に落ちない……」
2人は再び洛安の街を目指す。先の戦闘の様子を木の上から眺めている一人の女性に、2人が気付くことはなかった。
「ふーん。森の魔獣たちが騒がしいから来てみたら……。あの2人、なかなか強いじゃない。あの量の魔獣を相手にしても安定して戦えているし、しかもクルムズ領の“火の力”……これは期待できそうね」
女性の肩には1羽のカワセミが止まっていた。
【∞】
「……そろそろ洛安の街に着かないと赤のオーラエレメントが付与できなくなると思う……」
道かどうかも分からないところを進む二人。オペラがぼそっとつぶやいた。反応から見てもオペラが疲弊してきているのは明白である。周りにいるであろう虫たちにも徐々に反応を示さなくなってきた。
ちなみに今はまだどこかの森の中だ。天弓から六彩虹までは、まだ道らしき道があった。タリムはチトセの言葉を思い出す。ウグイスたちの道案内、あっても良かったのかもしれない。
「さすがにそろそろ洛安の街に着いてもらわないと困るな……みろオペラ!街が見えた!」
「やったー!やっと休めるー!」
ようやく見えた洛安の街に安堵する二人。植物をかき分け洛安の街に無事に着いた。街の入り口には立派な木の門があり、看板には“洛安―羅京門”と書かれていた。
ただ、残念なことに2人の感じた安堵は束の間のものだった。羅京門には常駐の兵士と思われるものが数人と、そして男性の老人が1人いて、2人の侵入を拒んだからである。
「何者じゃ!」
老人が大声で2人を制した。
「ひぃ!!」
オペラがビクッと仰け反った。 タリムは洛安の街に来た理由を説明する……否、説明しようとした瞬間、老人が2人の左手にある赤いリングを見つけて怒鳴ってきた。
「クルムズ領の代表がヒスイ領の代表を唆しておいて……よくここまで来れたもんじゃ!!そもそもヒスイ領は昔から………」
……と、怒声と罵声を次々に浴びせてくる。悲しいかな、すでに疲弊している2人の耳には怒声も罵声も左から右、右から左である。そもそもクルムズ領出身ではあるが、自分たちはクルムズ領代表ではない。
「と、とにかく休むだけでもできませんかね?」
何とか話を遮り、タリムが老人に要望してみるも一蹴される。
「嫌じゃ!ただでさえヒスイ領代表から緑のオーラを元に戻す方法を探してほしいと依頼があって忙しいのに、お前らの相手なぞできんわ!」
「そんなぁ……もうこの森を歩く体力なんか残ってないよぉ……」
オペラはその場にしゃがみこんだ。チトセが話していた通り、ヒスイ領代表からオーラを元に戻すための依頼が、ここ洛安にあったことは事実のようだ。
老人に何とか説得を試みていたところで、背後から助け舟が出された。
「まぁまぁおじいちゃん。そこまでにしとこ」
後ろを振り返ると、肩にカワセミを乗せた若い女性が立っていた。弓を持ち、背中には矢を数本かついでいる。背はオペラと同じぐらいで、濃い鮮やかな緑色の長い髪をしている。
「なんじゃユズハ、帰ったのか」
老人が若い女性に返答した。ユズハと呼ばれた女性が話し出す。
「ここ数時間ぐらい、私のカワセミが騒がしかったでしょ?それを聞いて森をグルグルしてたら、そこの2人が洛安に向かって来ているのを見つけたの。森の鳥たちも侵入者が来たって警戒してたんだろうね」
「!?」
タリムは驚く。道中の魔獣にばっかり気を取られていたが、まさか見られていたのか。全然気付かなかった。
「カマキリの魔獣や“オニテブクロ”に囲まれていたのを見たけど、二人で倒せるぐらいの実力もあった。おじいちゃん、『あれ』、頼めるかもしれないよ?」
「なんじゃと!うむぅ……お前がそういうならまぁよい。とりあえずワシの家まで来てもらおうか。条件次第では休ませてやってもいい」
「それに……『“シャベンイッタツ”の教え7、ジゲンを察するに要す』って言葉があるじゃない。この子達のちょっとした言葉もきちんと聞かないと分からないこともあるんじゃない?」
「……ふむ。それもそうじゃな」
突如現れたユズハと呼ばれる女性の発言によって、何とか休める可能性が出てきた。何を話しているのかはピンとこないし、何より森の中で自分たちを見られていたことも気がかりだが、一旦はこの街に入ることはできそうである。とりあえず地面にへたりこんだオペラを引きずり、老人の家に行くことにした。
【∞】
本来であればゆっくり洛安の街を観光したいところだが、どうもそういうわけには行かないらしい。前には老人と先ほどの女性が、そして兵士2名が自分たちの後ろにおり、どうみても連行されている形だ。道行く人も物珍しさにこちらを見てくる。
「どうしたんだあれ…」
「捕虜か何かか……?」
「あの赤いリングはクルムズ領の……?なんでこんな街に……?」
通りすがりの人たちの話もほとんど耳を素通りした。タリムはオペラを背中におぶっており、もうヘトヘトである。
「ここじゃ。入るがよい」
羅京門からしばらく歩くと、ひと際大きい家が目に入る。洛安の街では大きな家のことをお屋敷というらしい。この街の長だと言う老人は自分の名前をトクサと名乗った。
「ここにおるのがワシの孫娘、ユズハじゃ」
ユズハと呼ばれた女性は丁寧に頭を下げる。ユズハが話し出した。
「二人の実力は見させてもらったわよ。この街の兵士と同等、いやそれ以上かもしれない力を持ってる。当然、クルムズ領出身だから、赤のオーラを纏えて、火の力で攻撃していたのもばっちり見たわ」
「なに!赤のオーラじゃと!今ここで纏ってみせんか!」
トクサはタリムの顔面に迫る。ゆっくり引き剥がすユズハ。
「いや、それが………」
タリムは事情を改めて説明する。実際はオペラから赤のオーラエレメントを付与してもらえないと赤のオーラは纏えない。そのオペラは疲労と、道中の魔獣との連戦で赤のオーラエレメントを付与できるほどの力は残っていない。
「ぐぬぬぅ……今見れんのか」
「ほらねおじいちゃん、ちゃんと人の話は聞かないと。私はこの眼で赤のオーラをはっきり見てるから、疑わなくても大丈夫よ。赤のオーラを纏うのは休ませてからでもいいじゃない?それよりも『あれ』、説明してあげたら?」
「『あれ』ってなんですか?」
先ほどから会話の端々に登場している『あれ』について、聞くときが来たようだ。トクサは一度息を大きく吸い、話し始めた。
「うぉっほん……。『あれ』というのは、この洛安の街からさらに南に位置する自然迷宮“シリエトク”にしか存在しない“緑梅”という名前の果実のことじゃ」
聞いたことがない単語に首をかしげるタリム。
「先ほど説明したように、ヒスイ領の代表から『何とか兵士たちのオーラを使えるようにできないか』との依頼を受けておってな。その緑梅という果実を調合することによってできる薬が、もしかしたらオーラを元に戻す効果があるかもしれなくての」
更に首をかしげるタリム。聞いたことのない単語のオンパレードだ。一旦話を聞くことに専念した。
「シリエトクは“インペリアルエメラルド”の影響で凶暴な魔獣たちも多い。その緑梅を取ってくるだけでもかなりの労力がかかるのじゃ。お主たちの実力も含めての相談じゃが、その緑梅を取ってくるのを手伝ってくれんか?」
聞いたことのある単語がようやく現れる。タリムが聞こうとした矢先に、少し回復したオペラから質問が上がる。
「ここにも“インペリアル”の名前がつく宝石があるんですか?」
「なんじゃお主ら、知らんのか?大陸の外側はミラージュコアの影響を最も受けにくく、オーラエレメントが多い。クルムズ領で言えば“パトラマ火山”にも“インペリアルルビー”があるじゃろて。同じようにヒスイ領の“シリエトク”にも“インペリアルエメラルド”があるんじゃよ」
「おじいちゃん……さすがに学者とかじゃないと知らないと思うよ」
ユズハが適度にツッコんでくれている。
オペラの父、カノンさんの話からも、大陸の外側にオーラエレメントが多いことは知っていたが、宝石とセットになっていることは知らなかった。
当然、“インペリアルルビー”の周りが大型の魔獣の住処になっているのであれば、“インペリアルエメラルド”の周りも大型の魔獣の住処になっている可能性は高いだろう。
「じゃが、今回の目的はインペリアルエメラルドではない。あくまでその周辺に自生している緑梅の採取が目的じゃ。そもそもワシはインペリアルエメラルドを人類が採取するべきものではないと考えておる」
トクサの力強い言葉に、タリムとオペラは思わず後ろめたい気持ちになる。インペリアルルビーを採取しようとオペラの両親が頑張ってくれようとしているからだ。そんな思いを悟られまいとタリムは返答した。
「……なるほど。こちらはオーラを戻すための方法を探している、そちらもヒスイ領の代表からの依頼をこなす必要がある。利害が一致していると、そういうことですね?」
「そういうことじゃ。無論、薬の効果を試すという意味でもお主に実験体にはなってもらうがの。悪い話じゃああるまい?」
トクサはニヤリと笑う。トクサからしてみれば、実験体も同時に転がり込んできて一石二鳥というわけだ。タリムとオペラは顔を見合わせる。オペラは頷き、タリムはトクサのほうを向いた。
「こちらの目的はヒスイ領代表と同じ。その依頼お受けします」
トクサは「ほっほっほ」と笑った。
「それなら条件も飲んでもらったことじゃ、この街でゆっくり休むといい。またシリエトクに行ってもらうときはこちらから案内させてもらうぞ。準備も必要じゃからな」
「分かりました」
そう言われトクサのお屋敷を後にする二人。ユズハに宿屋まで案内してもらう。道中、ユズハと雑談を交わした。
「いやー助かるよ。シリエトクに誰が行くのか、植物研究所の中でも話題だったんだー。おじいちゃんもなかなか頑固だから、私が行くって言っても聞かないし。『1人であんなとこ行かせられんわ!』とか言ってね。代表からの依頼とはいえ簡単に行ける場所じゃないし、依頼を断るかどうかも悩んでいたみたい」
「こちらこそ、無事に休めるよう色々手配してもらってありがとうございます。ところで森の中で俺達を見ていたというのは本当ですか…?」
タリムは恐る恐るユズハに確認した。
「もちろん。私のカワセミが森の中の魔獣たちが騒がしいことを教えてくれたんだ。私も一応、バードテイマーを生業にしていてね。森の中の魔獣じゃない鳥たちからも色んな情報が受け取れるの」
ユズハは少し自慢気に話す。チトセも話していたとおり、鳥たちの噂が聞こえてくる便利なもののようだ。
「少し話は変わるんだけど、ヒスイ領は昔から魔獣も含めた生き物、そして植物たち全てと共存しようという気持ちで統治してきた歴史的な風土があってね。本当なら魔獣たちに対しても無益な殺生はしたくないんだ。わざわざ魔獣たちの縄張りを侵す必要も、本来はないからね」
タリムとオペラはうなずいた。気持ちはよくわかる。
「そんな領だからこそ、私たち街の住人がわざわざ魔獣の住処に行くことはないの。さすがに今回はいつもと違うことが分かったし、心配になったから私が行ったの。出かけた先に赤いリングを装備した、いかにも旅人さんが2人いたから、様子を見てたってわけ。もし魔獣たちに対しても無益な殺生をするような人たちだったら私が止めに入ろうと思って」
ユズハの瞳は真っ直ぐで、本当に止めに入ろうとしていたことがよく分かる。
「そうだったんだ……思いっきり火の魔術とか使っちゃったけど大丈夫かな……」
オペラが心配するのと同じように、タリムも心配になってきた。
「身を守るためだったら仕方ないってことは私たちも分かってる。あなた達の戦い方は見てたけど、魔獣だからって何でもかんでも倒してたわけじゃないでしょ?
ユズハは微笑む。言われてみれば必要な戦い以外は避けてきた。どちらかというと赤のオーラエレメントをなるべく使わないようにという配慮のほうが強いが。
「戦い方を見た感じ、おじいちゃんも納得しそうだったから、結果的にはよかったわ。どうしてもシリエトクに棲んでいる魔獣たちはこの領内のそこら辺にいる魔獣たちよりも凶暴なの。潤沢な緑のオーラエレメントを人間に盗られると思うんだろうね。私たちにそんなつもりはなくても、魔獣も命がけで挑んでくるから、襲いかかられたら戦わざるをえないってわけ。あなたたちの行動を咎める気はないわよ。ただ、戦い方はこの先も考えてくれると嬉しいな」
(各領で色んな考え方があるんだな……)
ユズハの発言にぼんやりと考え込むタリム。そうこうしている間に宿屋に着いたようだ。
「さぁ着いたわよ。今日はここで休んでね。またおじいちゃんからお話があると思うわ。しばらくは洛安の街の観光も楽しんでね」
ユズハはトクサのお屋敷に向かって帰っていく。
「魔獣だって生きている命だもん。ちょっと戦い方は工夫してみよっか」
「……そうだな」
2人は宿の食事にありつくも、疲労が極限に達しているのかあまり喉を通らなかった。クルムズ領にもある温泉でうたた寝するぐらい疲れていた2人は、居室に敷いてある柔らかな布団に包まれ、二人はすぐに寝てしまった。
【∞】
翌朝、特にトクサに呼ばれることはなかったため、洛安の街を探索することにした二人。
雲竜山脈から流れ出るきれいな水から作られた“伏水”と呼ばれる酒や、規模は小さいながらも瑞々しい野菜を栽培しており、それらが洛安の街の名産品になっているようだ。
また、洛安の街の中には大きな川が流れており、カモやカワセミ、ヒワなどが羽を休ませている。
ちょうど街をぐるっと一周しかけたとき、ひと際大きな建物が目についた。入り口には左都植物研究所と大きな木の看板が置いてある。
「これがグリーンブックにも載ってる左都植物研究所……。思ってたより大きなところだ」
「そうだねぇー」
オペラはその広大な敷地と建物を見ながら感心している。クルムズ領でこれぐらい大きな敷地があるのは“チャナックの街”の製鉄所ぐらいだろうか。自分の父が働いているところに幼少期に何度か行ったことがあるのを思い出した。
左都植物研究所の敷地の中には色とりどりのバラ、赤く染まりかけたモミジなど、多種多様の植物、木々がある。
敷地の奥のほうには植物の環境を現地の領に近づけるため、温室と呼ばれる別の建物も存在していた。敷地の中で、特にオペラが気に入ったのはバラがいっぱい咲いているところで、バラの匂いをかいでうっとりしている。途中何か閃いたような顔をしたが、オペラが何を閃いたのかは教えてくれなかった。
しばらく研究所内を勝手に見学しているとふと1つの研究施設が目についた。研究施設前の木の看板には「品種改良部門」と書いてある。
「品種改良部門って何だろうね……?とりあえず開けてみよっか」
オペラは持ち前の好奇心で躊躇いなく扉をノックする。特に応答がなかったため、二人は中に入ろうと扉を開くと、中にいたのはトクサだった。
「なんじゃお主ら。まだ出発の連絡はしとらんぞ」
「あれ、トクサさん、なぜここに?」
思わずタリムがつぶやいた。
「なぜも何も、ワシはこの研究所の顧問でもあるんじゃよ」
街の長もやりつつ、こんな大きな研究所の顧問もやって大変そうだ……としみじみ感じていると、突然、トクサから耳がつんざくような大声が放たれた。
「セイジ!!!出てこんか!!!!!!!」
あまりに大きい声であったため、タリムとオペラはさっと耳を塞ぐ。数秒後、研究施設の奥のほうからセイジと呼ばれた青年が出てくる。
「うるさいジジイ。聞こえてるよ」
研究施設の職員なのだろう、白衣を着ている。背はタリムよりは少し小さく、深緑色の髪色がボサボサになっており、目にクマができている。顔を見た感じの年齢はタリムより少し上と感じるが、何せ整容面が整っているとは言い難く、実年齢はよく分からない。
「研究所に篭もってないで早く帰って休まんか!!」
トクサがセイジを叱責している。確かに早めに休んだほうが良いと思えるぐらいには体調が悪そうだ。
「研究に没頭して何が悪いんだ。『シャベンイッタツの教え2、精密を要す』……ジジイの口が酸っぱくなるほど言っていたくせに……」
「ばかもん。体調をおろそかにしてまでやる研究がどこにある」
「ちっ……今だって“橙”オーランゲ領の砂漠地帯でも栽培できるか、野菜たちを色々いじくってるところなのに……」
気だるそうにセイジが答える。
「まぁよいわ。この話を聞いてから休むか決めるのじゃ。ちょうどこの二人もいることじゃし、このまま用件を話すぞ。……当研究所で対応するか検討していた“シリエトク”に行く件、この者たちとユズハに行ってもらう」
「!?」
セイジが驚いた表情でトクサを見る。直後タリムとオペラをまじまじと観察する。セイジは2人の赤色のリングを確認し、話し始めた。
「……明らかにヒスイ領に関係ない人間たちじゃないか。シリエトクの生態系の保全もできるか分からない連中に行かせるのか?ましてや緑梅も取りに行かせて、悪用でもされたらどうするんだ?」
セイジは先ほどまでの気だるい口調とは打って変わって熱く語りだした。
「この者たち2人の実力はユズハの折り紙付き。洛安に至る道中の魔獣たちとの戦いは、ユズハがきちんと見ておるわ。むやみに生態系を破壊するような連中じゃないこともな。ただし、この2人だけで行かせることはお前も話したように悪用される可能性も捨てきれんから、それはさせんつもりじゃ。じゃからユズハもシリエトクの案内役として連れて行く。お前はどうするセイジ」
「悪用も何も、緑梅がどんなものかも知らないんですけど……」
タリムの話は見事にスルーされ、トクサとセイジの睨み合いが続く。トクサの話し方から察するに何かを試しているようだ。セイジがボソボソと喋る。
「シリエトクに行くのは二度とごめんだが、シリエトクの独自の生態系を見ないことには『シャベンイッタツの教え6、跋渉の労を厭うなかれ』に反する……。いや、でも街の外に出るのはな……ユズハが行くならあとでその話を聞くだけに留めるっていうのも………いや、やっぱり自分の目で確かめたい気持ちもあるな………ユズハが行くのも心配は心配だし……、だからといって襲い掛かってくる魔獣はどうする……?『あのときのあんな思い』はもうしたくない……」
セイジはかなり悩んでいるようだ。そんなセイジを見かねたトクサはブツブツ言うセイジに喝を入れた。
「何をグジグジと。ほれ、ユズハからも何か言ってやれ」
いつの間にか研究所の品種改良部門に来ていたユズハ。ユズハはセイジに向かって優しく話しかける。
「セイジ、私と一緒に緑梅を採りにシリエトクまで行こう?……襲い掛かってくる魔獣なら私に任せてくれたらいい。私だって『あれから』バードテイマーになったり、フィールドワークでしっかり鍛えたんだから!……大丈夫、セイジを守りながら戦う……!」
その言葉を聞いたセイジの瞳孔が開く。それでもセイジの葛藤が続いたが、その後もユズハが説得していた。最終的にセイジは頬をポリポリ掻きながら、それでいてユズハに視線を合わせずボソっと話す。
「そこまで言うなら行ってやってもいい。ユズハだけじゃ心配だし、だからといってユズハに守られるのも性に合わない。何よりクルムズ領のやつらがシリエトクに行けて、僕が行けないのはやっぱりおかしい」
ユズハとトクサはお互い顔を見合わせる。説得に成功したようだ。ニヤリと笑うトクサはセイジに顔を向けた。
「そうと決まれば、セイジ、やはりお前も一旦休め。中にいる他の研究者たちにはワシから話しておく。しばらくはこの研究施設自体を閉めさせてもらうぞ。どっかの誰かがまた研究施設に戻って勝手に研究をし始めるかもしれんしの」
そういうトクサはセイジをジッと見つめる。
「はいはい、休みますよ」
またもセージは気だるそうに答えた。
「ねぇ、セイジさんとユズハさんってどういう関係なの?」
オペラが興味津々でユズハに尋ねる。
「関係っていっても私とセイジとは従兄弟にあたるの。私の母とセイジの父が兄弟でね。私のほうがセイジより歳は上なんだけど、昔はよく一緒に遊んだわ。昔は明るい子だったんだけど、ちょうど5年前ぐらいの15、16歳頃かしら?セイジが淡い緑のオーラを纏えるようになってからは人が変わったように研究に没頭するようになって……」
「ユズハ!」
ユズハとオペラの話が聞こえていたのか、セイジがユズハに怒った。
「はいはい」
その後、研究施設を1人で出たセイジは植物研究所を後にした。セイジが見えなくなると、トクサが話し始める。
「ちょうどセイジがオーラを纏えるようになった頃、奴の父、ワシの息子とその妻は魔獣との戦いで亡くなったんじゃ。奴は両親に対して必死に白のオーラエレメントを付与していたが、死者は蘇らん。……そこからじゃよ。セイジは研究所に出入りし始めて研究に没頭するようになったのは。今でこそ植物の研究をしておるが、当時はありとあらゆる書物を読みあさっておったわ」
空気が重くなるのを感じる。ユズハやセイジの話していた『あんなこと』っていうのはこのことか。トクサは続けた。
「奴は研究所には入り浸るが、街の外には行こうとしない。魔獣との戦いも避けてきた。生態系を守る意味もあるんじゃろうが、両親を殺されたんじゃ。行きたくない気持ちは分かる。……だがの、研究者とは常に現地で実物を見る。それで新たな知見を得ることなんぞゴマンとある。机上の空論はいつまでたっても机上の空論じゃ。それができないようじゃ、この大陸のことも、オーラエレメントのことも、ひいては植物のことも、いつまで経っても分からないままじゃ」
トクサは大きなため息をつく。
「……奴は研究所にある書物や、他の領の研究者が書いた研究論文を読んだだけで、何もかもを知ったと勘違いしておる。奴の研究の仕方が間違っていることを示すためにも、奴を外に連れ出す、何か大きい餌が必要だったんじゃ。今回のシリエトクでの緑梅の採取の件は、元々複数人で対応する予定じゃった。ユズハも奴を引き付けるための餌にしたのは申し訳ないがの。お主らに準備がかかると言ったのは、セイジの反応を見るためじゃ」
「ホッホッホ」とトクサは笑い出す。
「でもセイジが行くって言ってくれて、私は嬉しいわ。全然休んでもくれないし心配だったから……」
安堵した表情を浮かべるユズハ。トクサとユズハがセイジのことを心配しているのがとても伝わってくる。
「今日はセイジも休むことじゃろう。お主らも街の散策はほどほどにしっかり休むんじゃぞ。シリエトクには明日、出発してもらうことにするからの。それまでしっかり道具や武器の手入れはしといてくれぃ」
「分かりました」
研究施設を後にしたタリムとオペラ。トクサの話を聞いて胸が熱くなった。オペラも同じことを考えているのだろう。珍しく何も発さなかった。
白のオーラエレメントがあっても死者は蘇らない。何もできない無力感。両親を救えなかった悔しさが思い浮かぶようだった。
セイジとユズハにそんな思いを二度もさせる必要はない。入念に道具を買い足したり、武器の手入れを行い、2人は宿で休んだ。
【∞】
翌朝、トクサをお屋敷に集合したタリムとオペラは、セイジ、そしてユズハと合流する。セイジとユズハは弓矢を、ユズハの肩の上にはカワセミが止まっている。
さすがに白衣は来ておらず、動きやすい格好に着替えてきたセイジ。ボサボサだった髪も少し整っていた。昨日に比べて目の下のクマもなくなっている。しっかり休んできたようだ。
「ユズハ、お前を中心に“シリエトク”まで案内してやってくれ。可能な限り、現れる魔獣たちには“匱籠”による捕縛を中心に戦うのじゃ。無益な殺生をする必要はない。無論、魔獣たちに抵抗されて“匱籠”が解除された場合はやむを得ん。退避するか、倒すかはお前たちの判断に託す。シリエトク内の魔獣たちに“匱籠”の効果は薄いはずじゃ。十分、気をつけていくのじゃぞ」
「分かりました」
昨日はトクサに向かって砕けた話し方をしていたユズハだが、神妙な面持ちで返事をしている。まるで生半可な覚悟ではこちらがやられることを示しているかのようだ。
「うむ、いい返事じゃ。そしてセイジ、お前も久しぶりの外じゃ、“匱籠”は問題なく使えるじゃろうが―」
トクサの話を遮るようにセイジは右目を光らせ、淡い緑のオーラを纏う。トクサの周りには空気が這うように回転しているのが、タリムやオペラにも見える。
「―これで文句ないだろ?」
相変わらず気だるそうな態度だった。「ホッホッホ」とトクサが笑う。
「お前がオーラを纏っているのも久しぶりに見るもんじゃて、きちんと使いこなせていて何よりじゃ」
トクサの周りの空気の渦がピタリとやむ。あれが“匱籠”と呼ばれるものか。また後で原理を聞いておこう。
「さて、先に話していたとおり、目的は緑梅の採取のみじゃ。お主ら2人にも期待している。ただ、お主らの赤のオーラ、……火の力は、森の生態系にとってはあまりよくない力とも言える。極力道中はユズハ、セイジの“匱籠”に頼ってくれんか。無論、お主ら自身の生命の危機を感じたときは、有無を言わさず赤のオーラを纏って戦ってくれぃ」
タリム、またオペラも頷く。こちらも無益な殺生をするつもりはない。しかもオペラのオーラエレメントにも限りがある。温存しておくのが無難だ。
「さ、しゅっぱーつ!」
ユズハの元気のいい声とともに、洛安の街からシリエトクに向かった4人であった。
【∞】
「もう魔獣が現れるのかよ……」
街を出てものの数分、早速見慣れたトゲトゲした植物の魔獣が現れ、セージがボソっとつぶやいた。
「またトゲトゲちゃんじゃーん……」
オペラもセージと同じテンションでつぶやく。
「……トゲトゲちゃんって可愛いわね。あれは“オニノテブクロ”とか“アロエ”って言うのよ」
ユズハはトゲトゲちゃんの名前の説明をしてくれた。洛安までの道で1番見たといっても過言ではない、植物の魔獣だ。
いつものように緑のオーラを纏い風属性の魔法を使って、葉についたトゲを飛ばして攻撃してくる。
「“匱籠”!」
相手のトゲを気にも止めず、ユズハは緑のオーラを纏い、先ほどセイジがトクサに使っていた技を使った。
魔獣の周りに空気の渦で箱を作り、身動きが取れないようにしている。相手の動きを封じられる技のようだ。葉のトゲもいつの間にか地面に落ちている。
「さっきも思ったけど、その技便利そうだよねー!」
オペラが素直に感心している。ユズハが技の説明をしてくれた。
「オーラの力で身の回りにある空気を風に変えて相手を捕まえている感じね。相手を傷つけることはないし、相手が弱い風の魔法や攻撃を使ってきても、この技で力が分散されるから、相手の攻撃を受けない便利な技よ。本来は生物たちの怪我を治すためとか、動きを止めるために使うことが多いかな」
「めちゃくちゃ強いよ!この調子でシリエトクの魔獣にも効けばいいんだけどなー!」
ユズハの顔に少し陰りが見えた。
「あはは……まぁ魔獣たちのオーラエレメントの量にもよるから、頼りすぎは厳禁だよ」
ユズハの説明にセイジは唇を噛んでいる。特にユズハの話に突っ込むことはなかったが、何か思い当たることがあるのだろう。 そこからも出てくる植物、虫の両方の魔獣たちはユズハの“匱籠”によって捕縛され、戦いを避けることができた。かなり余力も残っている。
しかもユズハのカワセミが4人の先を警戒して飛んでくれており、魔獣たちの極力少ない道を選んでくれているようだった。
(ヒスイ領は鳥使いと鳥たちがいるかいないかで快適さが段違いだな……)
まだセイジは淡い緑のオーラを一度も纏っていない。ユズハも訓練されているのか、オーラエレメントが枯渇する様子もない。タリムの想像よりもかなり早くにシリエトクに到着した。
「“匱籠”と呼ばれる技と鳥の誘導があるだけでこんなに楽なことがあるのか……。洛安までの道中は本当に大変だったのを身に沁みて感じるよ。いくらグリーンブックがあるとはいえ、この自然だ。道で合ってるという安心感はすごいな」
「ほんとにね」
タリムの呟きに対し、オペラはうんうんと頷いている。
「私にとって洛安の街の周辺は研究のためのフィールドワークもしているから庭みたいなものよ。でもシリエトクの内部はそうはいかない。ここからはセイジにもしっかりオーラを纏って戦ってもらうわ。私のカワセミも、シリエトクの内部に連れていくのは難しいから……」
ユズハはセイジのほうをチラッと見た。セイジが頷き返事する。
「しかたない」
「あと、シリエトクの探索は最大6時間にしておくわ。その時間より後になるようであれば、私のカワセミが洛安の街まで戻っておじいちゃんに合図するよう、指令を出させてもらったわ」
ユズハはそういうと自分のカワセミに合図をした。カワセミは悲しそうな目をしたが、シリエトクの入り口で待機してくれている。全員、ユズハの発言に身が引き締まる。
「あのぉ……セイジ……さん?シリエトクの中で注意しておくこととかありますか?」
オペラはおずおずとセイジに話しかける。
「君のほうが歳下だろうけど、セイジでいい。そうだな……まずは君の戦い方を教えてくれ」
「君じゃなくて、私のことはオペラって呼んでください。……私はどちらかというと持っている杖での回復と火の魔術での攻撃が中心の戦い方です。護身用に短剣は持ってますけど、タリムみたいに剣術が使えるかと言われるとそこまでは難しいです」
「火の魔術の範囲はどれぐらいだ?それから………」
セイジから色んな質問がオペラに飛ぶ。オペラは自分のできることを丁寧に答えており、セイジはそれを記憶しているようだった。
「………君はタリムといったな。どういった剣術が使えるのか教えてくれるか」
オペラへの質問攻めが終わったのだろう。次はタリムへの質問攻めの時間のようだ。
「俺もセイジと呼ばせてもらうよ。俺は―」
いくつかの質問に答え、セイジはこのチームの力を分析している。
「……なるほど。オペラの赤のオーラエレメントをタリムに付与している関係でタリムがオーラを纏って戦えると。オペラの魔術に頼りすぎるとタリムも戦えなくなるわけだな。……というか淡いオーラが使える人間がいればオーラエレメントが一時的に回復するのであれば、わざわざ緑梅を取りに行かなくてもいいんじゃないのか……?」
「だめよ。淡い緑のオーラを使える人間はごくわずかなんだし、ずっとオーラエレメントを渡せるわけないじゃない。根本的に回復しないと意味ないわよ」
ユズハの一言に黙るセイジ。セイジはタリムとオペラの能力から、戦闘が継続できる時間などを分析したようで、ユズハと相談している。
「ユズハと僕が“匱籠”を使える回数もある程度限られるはずだ。しかもシリエトクの奥まで行くには、僕達よりもオペラの力を温存しておくべきだ」
「そうね」
シリエトク内もヒスイ領全体と同様、見渡す限り木々が生い茂っており、はぐれたら一瞬で迷子になるだろう。目印でも置いておくべきか。
「とにかく、僕かユズハのそばから離れるな。魔獣たちの気配はそこら中からしている。もし何かあったらすぐに洛安の街に戻るぞ。緑梅よりも僕達の命のほうが大事だ」
ずっと引きこもっていたとは思えないぐらい冷静な判断である。
「あ、一応シリエトクの内部をざっくりと紹介しておくわ。まずは湖が全部で5個あって、手前から奥に向かっても五湖、四湖……と数が減っていくの。私達の目的の緑梅は一湖の更に奥、“乙女の涙”と呼ばれる滝があって、その周辺に自生していると言われているわ。まずはそこを目指すわね。生態系保全のために、人が歩ける僅かな獣道を進んでいくから気をつけて。注文が多くて申し訳ないけど、植物が自生しているところにはあんまり行かないように注意してね」
ユズハの説明に耳を傾けるタリムとオペラ。オペラが威勢よく質問する。
「ユズハ先生!質問です!」
「ふふっ先生じゃないけど……なぁに?オペラちゃん」
「こちらに生命の危険があったときは、どこまで魔獣に攻撃していいですか?」
思ったよりまともな質問だ。
「そうそう、それが私も1番悩んでたの。このシリエトクなんだけど、魔獣だけじゃなくて、魔獣化していないけど危険な生物も出るのよ。例えばクマとかね」
「えっ!!」
オペラは驚きを隠せない。タリム自身、野生のクマを見たことがない。
「おじいちゃんも『生命の危険があるときは赤のオーラを使え』とは言ってたから、魔獣化していないクマ相手に攻撃してもいいとは思うけど……どう思う?セイジ」
「そうだな……。オペラだけ、とりあえず防御に徹してくれたほうがいいだろうな。魔獣か生物かの判断は僕かユズハができるだろうし、特に魔獣化していない生物のほうに攻撃をするのは避けてほしい」
(……生態系の保全と自分たちの命の管理、難しい天秤だ)
「僕の見立てではオペラの火の魔術にわざわざ突っ込む生物は少ないと思う。なぜなら生物の大多数は火が怖いからだ。周りの植物や虫たちに当たらないように火の魔術を使ってくれたら、勝手に向こうが逃げ出すんじゃないか」
「魔獣は別だから、そのときは私達で指示するわね」
「わかりました!」
オペラが気持ちよく返事をしていた。
【∞】
各々の戦闘スタイルや戦い方を共有した4人は、シリエトクに内部に侵入する。事前にユズハから説明されたとおり、獣道を突き進む。
たまに朽ちている木道もあり、昔は人間がこの道を行き来していることが分かる。五湖に到着するまでに、またもカマキリの形をした魔獣が姿を現す。
自分たちの住む縄張りが人間に侵されたと感じている魔獣たちも多そうだ。魔獣たちは最初から緑のオーラを纏っており、それを訴えている。
「早速お出ましだな。“匱籠”」
セイジの右目が淡い緑色に光り、同じ色のオーラが纏われる。セイジは弓を下ろし、右手に緑のオーラエレメントを集中させた。よく見ると右手の上で風が発生している。そのまま右手を振り下ろすと風の箱が出現し、カマキリの魔獣は捕縛される。だが、気性が荒いのか風の箱を破壊しようともがいている。シリエトクまでの魔獣とは違い、風の箱が早くも壊されそうだ。
「もう“匱籠”が効かないのか!?」
セイジは少し焦っている様子だ。横にいるユズハも同じ顔をしている。タリムはすぐにオペラに指示し、赤のオーラエレメントを付与してもらい、赤のオーラを纏う。
「『来たれ、赤に与する火の力よ』」
「ありがとうオペラ!……アレブ・ブレード!」
タリムはカマキリの魔獣を火が纏っている剣で容赦なく斬りかかる。カマキリの鎌の部分は地面に落ちた。
「どこまで魔獣たちに攻撃していいのか分からないけど、こっちだってやられるわけにはいかないんだよ!」
“匱籠”が効かなかったのを目の当たりにしたタリムは、意識を切り替え魔獣たちに対応する。
「!」
タリムの声に反応するようにセイジとユズハが弓をつがえた。オペラも杖を握り攻撃する体制を取っている。
「相手の脅威はなくなった!ここで戦うより先に進もう!」
タリムが叫ぶ。目的はあくまでも緑梅の採取のみ。オーラが使える時間は長い方がいい。ユズハ、セイジが頷き、魔獣のいないほうに誘導してくれる。
「タリム君、こっちよ!」
新たな魔獣が来る前にシリエトクの奥へと進んでいく。
【∞】
シリエトクに入り三湖を通過した。五湖も四湖も湖面は鏡のように山々や空を反射していて、美しい光景が広がっていた。
また、道中はユズハが言っていたとおりクマも現れた。クマと言っても子どものほうで、高い木で木登りをしていた。
「ちっちゃくて可愛い!」
オペラはクマの子どもを観察しながら嬉々とした声をあげている。
「近くに必ず親のクマがいるわ。親に見つからないようにこのまま二湖まで急ぎましょう。オペラちゃん、いくらコグマが可愛いからといって、絶対に餌付けしちゃダメよ」
「はーい!」
ユズハに制止され一行は二湖に到着する。二湖は他の湖より大きく、さっきまでの湖とはまた違った景色だ。視界の良好なところがあり、少し休息することにした。
「にしても、タリム君もやるじゃない。魔獣たちに大きなダメージも与えずに対応するなんて。まさかシリエトクの入り口から“匱籠”が使えないとは思ってなかったから焦っちゃった」
ユズハが褒めてくれる。
「いや、たまたまですよ。洛安までの森の中であのカマキリの魔獣には出会っていたので対処法を知ってたというだけで……」
実際、BOSの執事服の男性にこんな攻撃が当たるとは思えない。まだまだ鍛錬が必要だ。
「でも、無用な戦いは避けられてる。シリエトクの生態系に大きな変化はなさそうだし、素晴らしいわ。ね、セイジ」
「……そうだな。ジジイもシリエトクの魔獣たちに“匱籠”の効果は薄いって言ってたが、入り口からとは思わなかった。僕たちだけで仮にシリエトクに行ってたら、この時点で詰んでただろう」
セイジは3人に見えないように拳に力を入れた。自身の無力さを痛感しているようだ。
「さぁ行きましょう。遅くなると帰りも大変だわ」
ユズハに誘導され、再び歩き出す4人。
【∞】
一湖に到着するまでの間も魔獣たちにはかなりの頻度で出くわした。虫の魔獣が出てきたときはタリムの技で戦闘をやり過ごす。植物型の魔獣が出てきたときは“匱籠”で相手の行動を制限し、セイジとユズハの弓矢で牽制する場面もあった。
「ハァ…ハァ……やっぱりシリエトクに来るべきじゃなかったかもしれない……」
セイジは一湖を見ながらボソッと呟く。少し息が上がっているようだ。ずっと研究所でひきこもっていたと聞いているので、タリムよりも遥かに体力がなさそうである。
「どうするセイジ?休もうか?」
ユズハが声をかけるも、首を横に振るセイジ。
「いやいい……。乙女の涙はあと少しのはずだ……このまま向かおう……」
朽ちた木道がミシミシと響く。一湖》を越えたあたりから先ほどまで出くわしていた虫の魔獣も植物の魔獣も現れなくなった。
「おかしい……。ユズハさん、そろそろ“乙女の涙”と呼ばれる滝に着きますよね?……この辺りに緑梅だけじゃなくてインペリアルエメラルドもあるんですよね?」
タリムがユズハに尋ねる。
「そう聞いてるわ。今のこの場所は……洛安の街の周辺とは比較にならない量の緑のオーラエレメントが降り注いでいるわ。普段は目に見えないからはっきりとオーラエレメントを意識できないけど、ここは違う……。力がみなぎってくる感じね」
「タリム、何がおかしいか言ってくれ」
セイジも緑のオーラエレメントの供給が多いからなのか、息の上がり方がマシになっている。
「いや、これは自分の勝手な解釈なんだけど、インペリアルエメラルドの周りにはシリエトクの入口にいる魔獣より遥かに大きい魔獣がいると思ってたんだよ。クルムズ領のパトラマ火山の最深部にはインペリアルルビーを守るために大型の魔獣がいるって話は聞いてたからさ。一湖を越えてからあれだけ出くわしていた魔獣たちがいないのが気になって」
「言われてみればそうだな……」
タリムの言葉にセイジは顎に手を当てた。
「緑梅の影響かしら?もしくはインペリアルエメラルドの力は、インペリアルルビーとは違う可能性もあるのかも……見て!!緑梅よ!」
ちょうど緑梅の背後には“乙女の涙”と呼ばれる滝も見える。インペリアルエメラルドの影響か、滝も淡い緑に見える。どことなく緑龍の棚田に雰囲気が似ていた。
緑梅の周りにはインペリアルエメラルドらしい鉱石などは見当たらないが、緑梅自体は煌々と緑に輝いている。
「わぁ……きれい……!」
「早速採取しましょ!」
緑梅を見たオペラが感動し、ユズハがゆっくり緑梅に近付いていく。
緑梅の周りには魔獣らしき影はない。緑梅は木に生えているが、ユズハの身長でも届くぐらいの高さにその実があり、手を伸ばして取ろうとする。
ちょうどユズハが緑梅に触れそうなタイミングで、ガサガサ……と僅かな木の葉を鳴らす音にセイジが気付いた。風が木の葉を揺らしただけのような、普通では気づかない音だ。事実、タリムもオペラもその音に気付いていない。
ふとその音のほうに目を向けたセイジは、木々に擬態した大きい植物型の魔獣が、ユズハに向かって粘液の付いた何かを近付けているのを発見した。セイジは急いでユズハに向かって叫ぶ。
「気をつけろユズハ!上に魔獣がいるぞ!!」
「緑梅は採取でき………キャァァァァァ!!」
ユズハの叫び声。タリム、オペラは少し出遅れる。タンポポの綿毛のような赤い線毛。その線毛の先端に付いた粘液に触れてしまったユズハは身動きが取れなくなり、同時に地面に潜んでいた落とし穴のようなものに落下し、捕らえられてしまった。
「この袋は……“カズラ”の特徴だ!?赤い線毛は“モウセン”の仲間のものか……!?」
セイジはユズハを捕らえた植物たちを見て思考を巡らせる。落とし穴のような袋は、“カズラ”という植物の仲間らしい。
本来の“カズラ”はハエやアリなど小さな虫を捕食するために落とし穴のような葉がついている。当然、そのサイズは人間より遥かに小さいものだ。 ただ、目の前の“カズラ”はユズハがすっぽり入るどころか、人間があと1人は入るぐらい大きなもので、袋自体が3m~4mぐらいはある。
また、先ほどのタンポポの綿毛のような、赤い線毛は“モウセン”と呼ばれ、こちらも本来のサイズは赤い線毛の先についた粘液で小さな虫を捕らえるぐらいのものらしい。一般的に“カズラ”も“モウセン”も食虫植物であり、文字通り植物が虫を捕食するという珍しいものだそうだ。
袋の中に閉じ込められたユズハが叫んでいる。
「この臭いは……!!しかもこの液体……オーラが纏えない!?弓矢の攻撃も通らないなんて……!」
中の様子は分からないが、声はうっすらと聞こえてくる。謎の液体によりオーラが纏えなくなっているようだ。
「普通のカズラも中に入った虫たちが外に出られないようにしているが……とにかくユズハを助けないと……」
セイジは淡い緑のオーラを纏っているが、弓矢を持つ手が震えている。早々にオペラはタリムに赤のオーラエレメントを新たに付与し、戦闘態勢に入る。
「『来たれ、赤に与する火の力を!』」
杖の先から赤のオーラエレメントが放出され、タリムに付与される。
「オペラ、火の魔術を使うのは待ってくれ。袋の中にいるユズハさんまでダメージを負ってしまう」
「分かった!」
「このままじゃマズイ!急がないと!」
タリムの右目は赤く光り、赤のオーラを纏う。ユズハの入った袋を斬りつけようと近づいたとき、タリムの真横から“キバのついた葉”がまるで肉食獣のように攻撃してくる。
「タリム!真横だ!」
「な!?」
セイジのひと声で“噛まれる”寸前に葉を弾いたタリムは、態勢を立て直す。葉の形状に見覚えがあるセイジは驚きながら話した。
「あの葉の形状は“トリグサ”のもの……食虫植物たちを合成した魔獣か何かか……!?こんな植物、研究所の書物には載ってなかったぞ……!」
食虫植物どころか人食い植物だ。どの植物もサイズがケタ違いで“人間を食べることに特化している”とまで言える。
(インペリアルエメラルドの影響だな……!こんなサイズの魔獣がいるんだ、どおりで一湖までの魔獣が“乙女の涙”に近寄らないわけだ……!)
先ほどまでの違和感の答えが出た。比較的小さな虫の魔獣も植物の魔獣も、この合成植物の魔獣の前では無力、あっという間に養分にされるだろう。
しかも“モウセン”、“トリグサ”ともに緑のオーラを纏っているからか、茎の部分が伸縮自在で間合いを詰めるのも難しい。
「キラズ・フレイム!」
オペラは自身に迫りくる“モウセン”の粘液から見を守るため、火の魔術を使った。火の魔術によって“モウセン”の粘液がついた赤い線毛だけが燃やされた。身の危険を感じた茎の部分は、何らかの意思に従い合成植物の中に引っ込んでいく。
「やっぱり火属性は有効かも!タリム!茎を狙って!」
「分かった!」
タリムに迫りくる“モウセン”と“トリグサ”。伸縮自在の茎を上手くかわし、タリムは威力を上げた火の剣技で、的確に葉と茎が離れるように突いた。
「リチーム・ドルトゥート!」
赤い線毛とキバの付いた葉は両方地面に落ち、茎は合成植物の中に引っ込む。オペラの言うように火属性の技の効果はありそうだ。
「セイジ!目の前の魔獣の真上に、弓矢を何本か放ってくれ!」
まだその場から動けていないセイジにタリムが檄を飛ばす。セイジはハッとした顔でタリムの指示通り弓矢を魔獣の上に目がけて放った。
「今だ!」
セイジが放った弓矢に反応して“トリグサ”がそのキバで弓矢を折った。その隙にタリムはユズハが捕まっている“カズラ”の袋に一気に近づき、袋につながった茎を斬る。
「スチーム・オルドゥート!!」
新たな火の剣術により、袋を支えていた茎を斬る。袋が地面に落ち、タリムは急いで袋の下を斬った。 袋の中からユズハが出てきたが、謎の液体の特有な臭いが鼻につく。ユズハの意識はほぼなく、手には緑梅があった。
(意識がない……!)
ぐったりしているユズハを抱きかかえ、合成植物の魔獣から距離を取るタリム。急いでセイジの近くの地面にユズハを寝かせた。
「大丈夫かユズハ……!?」
ユズハに近づいたセイジの瞳孔が大きく開く。ユズハから、かつて死に際に会った父と母と同じ特有の臭いがする。両親を殺したであろう魔獣の正体が、数年の時を経て今ハッキリとしたのだ。
「まだユズハの息はある!オペラ、火の魔術を!」
セイジはユズハの口、喉元に手を当て脈があることと呼吸していることを確認し、オペラに向かって大きく叫んだ。
「ダマスケナ・ローズフレイム!!」
オペラも新たな火の魔術を使う。杖の先から具現化した火がオペラの頭上に展開され、そのまま薔薇の花びらと棘の形に変化した。オペラの合図で火は一斉に散り、タリム、ユズハ、セイジを囲っていたモウセンとトリグサの茎部分に全弾命中し、合成植物の魔獣の攻撃を退ける。
「うぅぅ……」
ユズハから僅かに聞こえる声。
「……ユズハ……無事でいてくれ……。タリム!オペラ!さっさと退散するぞ!緑梅はこちらにあるから……」
「……残念だがそうも行かないみたいだぞ、セイジ」
タリムの発言を聞き、セイジが辺りを見回すと先ほどまでいなかった一湖までにいた虫の魔獣と、植物の魔獣に一湖まで通じる道を閉鎖されていた。
せっかくオペラが目の前の合成植物の魔獣によるモウセンとトリグサを抑えてくれたのに、振り出しに戻っている。
「いつの間に……!」
(さて……どうする……!?)
どこかを突破しないと抜け出せない。合成植物の魔獣の恩恵に預かろうとしているのか、それとも媚を売りに来たのか。どちらにしてもユズハを担いで一湖まで戻るのは至難の業だ。
「セイジ!この状況を打破するための知恵はないか!」
一湖まで1点突破するか、この場にいる全員を倒すか、タリムはセイジに判断を委ねた。
「…………」
セイジは静かに淡い緑のオーラを再び纏った。セイジの右目も淡い緑に光っている。何やらブツブツ言っているが、何を喋っているのかはよく分からない。
「(タリムめ……めちゃくちゃ言うな……。でもこいつらは僕を信じてるのか。この状況を打破できるって)」
セイジは精神を落ち着かせ、魔物の配置、強さ、周りの状況を風の力と持ち前の知識で読み取っていく。 次の“トリグサ”の攻撃が来るまでもって数秒。タリムとオペラが臨戦態勢を解かず、セイジが言葉を発するのを待っている。
「…………オペラ!一湖の方面の魔獣たちに火の魔術による範囲攻撃を!数秒後に僕が合図したら合成植物の上に何でもいい!火の玉を1つだけ飛ばしてくれ!」
オペラの右目の赤い光が強く輝く。
「…………タリム!向かってくる“トリグサ”の茎を落としたあとすぐに、オペラが開けてくれる道をユズハを担いで突破しろ!」
「「了解!!」」
タリムとオペラは同時に言葉を発した。セイジが考えたこの窮地を打破する“何か”を信じ、行動するのみだ。
「……“ギュール・チェンベル”!」
「……“スチーム・オルドゥート”!」
オペラは火の魔術を一湖の方面に固まった敵に向けて放った。虫と植物の魔獣たちは地面の薔薇の紋章から出る炎に焼き焦がされ、魔獣ではない植物も黒く焦げた。
……そのおかげでちょうど一湖の方面だけ黒く焦げた道ができる。両方の魔獣たちはやはり火が怖いようで、焦げた道に入ろうとはしなかった。
一方、タリムは合成植物から生成されたトリグサの茎、そしてタリムを捕獲せんと空中から降ってきたカズラの袋を、同じく火の剣術で打ち破る。
案の定、茎は合成植物の本体に引き篭もっていき、その間の次の攻撃までの隙にユズハを抱え、オペラが作った焦げた道のほうに向かって走った。 そのタリムの動きを止めようと虫の魔獣が襲いかかろうとする。
ユズハを抱きかかえているタリムは無防備だ。万事休す―……かと思いきや、虫の魔獣の動きが止まった。セイジの“匱籠”が虫の魔獣たちを捕縛していたのだ。
「さすが!」
タリムはユズハを抱えたまま焦げた道を越えた。あとは撤退するのみだ。
「合成植物……本当ならこの手で葬ってやりたいが……お前もこのシリエトクの生態系の1つだ……。葬ることは僕ではできないが、両親とユズハの受けた痛みや苦しみだけは許すことはできない……“一矢だけ”報いさせてくれ……。―オペラ!今だ!」
「分かった!“キラズ・フレイム”!」
オペラはセイジの指示通り、合成植物の真上に桜の花びらを模した火の玉を放った。
「……お前の身体の周りにある空気の流れを無理やり調節しておいた……。お前がタリムの行動に夢中になっている隙に。周りに打ち込んでおいた緑のオーラエレメントを付与した矢が見えるか……喰らえ……“蛇牢風・焔”!!」
オペラの放った火がちょうど合成植物の真上に来た瞬間、合成植物の中心に目がけて火が移動していく。セイジの緑のオーラエレメントによって、空気が導火線のような役割をしたようだ。合成魔獣の中心に近いところが勢いよく燃え上がる。
グギャアアァァァ!!
合成植物から叫び声のようなものが聞こえる。その間にオペラとセイジも焦げた道を越えることができた。
「(……………)」
あの合成魔獣がきちんと倒せてはいないだろう。でも両親と違い、今回ユズハを失うことはない。少し胸がスッとしたセイジだった。
【∞】
数々の魔獣たちの包囲網を突破し、一湖を越え、二湖の見晴らしのよい場所まで戻った4人は、ユズハの傷の手当を行う。オペラとセージが再び淡い赤、緑のオーラを纏い、ユズハに白のオーラエレメントを付与している。数分が経過し、ユズハが目を覚ました。
「ユズハさん!大丈夫ですか!!」
「ユズハ!無事か!!」
「……ここは……?」
「……今は二湖の近くだ。無事でよかった……」
「……!私、緑梅をつかんだあと……」
「自分の手を見てみろ、ちゃんと持ってる」
意識が回復したユズハは自身の手を見てホッとすると同時に、眼から涙が溢れだした。
「ど、どうしたんだ」
ユズハの涙を見てセイジが慌てている。
「……“カズラ”の袋に閉じ込められたとき、このまま……死んじゃうかもって思って怖くなって……。あのときの叔父さんと叔母さんと同じ臭いがしたから、『この魔獣にセイジの両親が殺されたんだ』ってすぐに分かったわ……。あの魔獣のせいで私が死んでしまったら……もっとセイジの心の傷が深くなっちゃうんじゃないか、私がシリエトクに誘わなかったら、こんなことにならずに済んだかもしれないって……でもちゃんと緑梅を持って帰れて本当によかったわ………ありがとう……」
涙が止まらないユズハを見て、セイジは目をそらしながらも返答した。
「シリエトクに行くって決めたのは僕自身だ。別にユズハのせいじゃない。それに僕じゃなくて、ユズハをカズラの袋から救出して、ここまで担いでくれたのはタリムだし、あの合成植物や周りにいた魔獣たちに大きなダメージを与えてくれたのはオペラだ。……この2人がいなかったらユズハの言うとおり、ユズハは僕の前で殺されていたかもしれない。お礼はこの2人に言ってくれ」
「ユズハさんをここまで運ぶのに的確な指示をしたのはセイジですよ。道中もすごく心配してました」
「オペラ!」
セイジがオペラに怒った。二人でワチャワチャと何かを言い争っている。見兼ねたタリムがユズハに話しかける。
「ユズハさん歩けそうですか?ここはまだ二湖の周りなので、どっちみち虫や植物の魔獣たちがやってきます。急いで洛安の街には戻りたいところです」
「ええ、歩けるわ。2人とも本当にありがとう」
ニコっとユズハが笑い、右目が緑に光った。カズラの謎の液体も洗浄されたからか、緑のオーラが纏えるようになっている。
「さ、こっちよ!早く洛安の街に戻りましょう!」
一行はシリエトク内の獣道を足早に進む。タリムの赤のオーラエレメントも残り少ない。シリエトクの木々たちは夕暮れを受け、緑から徐々に橙へと染まっていくのだった。
【∞】
「見ろ!ユズハじゃ!セイジもおるぞい!」
洛安の街の入口ではトクサと常駐の兵士が一緒に待っていた。ユズハのカワセミが勢いよくトクサの肩に乗り、トクサは鳥の頭を撫でた。
「よくやったユズハ、セイジ。お主らも」
ユズハは手にしていた緑梅をトクサに渡した。
「セイジと私だけでは絶対に緑梅は手に入らなかったわ。この2人のおかげよ」
ユズハはタリム、オペラに目配せする。トクサも大きく頷いた。
「俺達も戦いはしましたが、最後はセイジの指揮があってこそだったと思います。大きな合成植物の魔獣からは逃げるので精一杯でした」
「なんと……まだあの合成植物は生きておるのか!じゃあセイジは……」
トクサはセイジのほうを見る。ひどく疲れた顔のセイジは睨みながら返事をした。
「ユズハがカズラの袋に捕らえられ、そのあと袋から脱したときに嗅いだ臭いと、父と母が瀕死だったときに嗅いだ臭いは一緒だった……。ジジイ……僕に緑梅を取りに行かせたんだから、あの合成植物がいるかもしれないこと、知ってたんだな」
たじろぐトクサ。少し間が空いたのちに返答する。
「……無論じゃ。あの合成植物はワシが若かった頃、まだシリエトクの木道がしっかり作られていたときには、もう存在しておったよ。ちょうど乙女の涙付近を調査しているときに出くわしたのを覚えておる……。当時はそこまで大きな被害は出なかったが、皆命からがら逃げたのも昨日のことのように思い出すわい。……お前の父と母が瀕死のときにあの特有の臭いを嗅いで確信した。やつはまだ生きていると」
「なぜ……父と母を止めなかった……あんな危険な合成植物の存在を知っていたなら尚更だ!!」
トクサに掴みかかるセイジ。セイジを止めようとするタリム。トクサはやり返すこともなく静かに返した。
「今日は休めセイジよ。きちんと明日、植物研究所で話すことにする。ユズハはともかく、クルムズ領の2人にもしっかり休んでもらうべきじゃ」
「ちっ……わかったよ」
セイジは掴みかかるのを解いた。タリムとオペラはとても気まずそうな顔をしている。
「今日は本当にありがとう!また明日、あなたたちも植物研究所まで来てね」
タリムら2人の様子を見たユズハは笑顔で会釈し、セイジを連れてお屋敷に戻った。セイジとユズハが見えなくなったあと、トクサもタリムとオペラの健闘をたたえた。
「改めて礼を言う。よくやってくれた。タリム、そしてオペラよ。セイジとユズハが無事に帰ってきてくれ、しかも緑梅まで手にしている。あっぱれじゃ」
今まで名前で呼んでくれなかったトクサからの名前呼びに思わずタリムは驚くが、オペラは笑顔で受け止めた。
「セイジのことはこちらから事情を話そう。乗りかかった舟じゃ、お主らも聞く権利はある。明日、植物研究所のほうに出向いてくれぃ」
「分かりました。今日は失礼します」
シリエトクから帰るときも魔獣には出くわしている。タリムとオペラの赤のオーラエレメントはすっからかんだ。宿でしっかり、そしてゆっくり休むことにした。
【∞】
翌朝、十分に休息できたタリムとオペラは、早速植物研究所を訪れた。すでに研究所内部にはトクサ、ユズハ、そしてセイジが待ってくれている。
「ゆっくり休めた?」
ユズハは2人を気遣ってくれた。
「おかげ様で。本当に俺達がこの話を聞いていいのでしょうか?」
「構わん。そこに腰掛けよ」
セイジは何も言わず、トクサから研究所内のイスに座るよう命じられた。イスの前にある机に、1つの古びた本が置かれる。
「!?その書物は……」
セイジが驚いている。本のタイトルや著者などは書かれていないようだが、何やら見覚えがあるようだ。
「早速始めるぞ。お前の父ヘイカはお前と同じ植物分野の研究者で、妻モエギとともに、シリエトク内部の植物、特にシリエトクの生態系を調べ尽くした。この膨大な研究資料をお前も見たことがあるじゃろう」
「やはりこの研究資料を残したのは……父と母だったのか……」
数年前、研究所に行ったセイジの前に、橙とも茶色とも言えない古びた紙に書かれた、シリエトクの研究資料が現れた。あまりに細かく分析してある資料だったため、その出来栄えに感心し、食い入るように見ていた出来事を思い出す。資料にはシリエトク内の5つの湖、乙女の涙、クマやフクロウなどの生態、そして緑梅のことも書いてあったはずだ。
セイジは自分の両親が遺した研究資料であると確証はなかったが、何となくそうなのだろうと追求はしなかった。改めてトクサから伝えられ、確信へと変わった。
「でもその資料には合成植物の存在は記載されていなかったはず……まさか……!?」
セイジの瞳孔が大きく開く。理由にはおおよそ検討がついた。
「その“まさか”じゃよ。唯一シリエトク内で調べられていない植物と生態系は、その“様々な植物が合成された特異な存在”じゃった。ヘイカは聞いたんじゃ、ワシの古い仲間たちにその合成植物の存在を……」
トクサは額に手を当てながら俯く。俯きながらも話を続けた。
「ワシはヘイカとモエギがシリエトクの奥に行くのを何度も止めた。当然、合成植物のことも、その危険性も知っておったからな……。それでもヘイカは止まらなかったよ。植物研究所の方針である“シャベンイッタツ”を体現しておったようなやつじゃ。知的好奇心も抑えられなかったんじゃろうて……」
「そうか……あのときのことを少し思い出した……」
トクサの発言に昔のことを思い出すセイジ。
【∞】
― 6年前 ―
トクサのお屋敷……シナトベ家では、あるお祝いが開かれていた。ちょうどセイジが淡い緑のオーラを纏えるようになったため、その記念だった。
「―なぜお前が合成植物の存在を知っておるんじゃ!!」
トクサの怒号が飛ぶ。宴席が行われている別の部屋だ。トクサの向かいにはセイジの父、ヘイカが立っていた。
「知っているも何も、親父の知人のヤナギさんから聞いたんだよ。この前の酒の席でな」
「あのバカは………!」
仲間内でその存在を留めるようにしていたにも関わらず、ついにその情報が漏洩してしまったことに、トクサの怒りは頂点に達していた。それをヘイカがなだめる。
「まぁまぁ親父。酒の席だ、ヤナギさんもちょっと羽目を外しちまったんだろう。それでだ。この前シリエトクに行ったのを最後に、自分の研究は終わったと思っていたが、どうやらまだ終わっていなかったらしい……これは自分の目で確かめなきゃいけなくなっちまった」
「お前……まさか……!」
「その”まさか”だ。ここ何年もかけてシリエトクに行っているのにその合成植物に会ってないんだ。それを見ないことには俺のシリエトクの研究は終えられない」
「……!ならん、ならんぞ!!お前はあの合成植物がどれだけ危険か知らんから、そんなことが言えるんじゃ!」
トクサは自身の身を持って感じた危険性をヘイカに訴える。だがヘイカは首を横にふった。
「親父よ……それはシャベンイッタツの教え『跋渉の労を厭うなかれ』、『精密を要す』、『草木の博覧を要す』のいずれにも反する。困難な件なのは分かってるが、誰かが合成植物のことを調べて後の時代に残しておくべきだ。親父も学者だ。分かってくれるよな?」
「ぬぅ………お前の言うことは一理あるが………」
トクサはヘイカの発言に唸る。合成植物の危険性について、これ以上ヘイカを説得しても意味がないことを悟った。研究者としての真っ直ぐな目が、トクサの判断を鈍らせる。
「……もうモエギにも話した。モエギも『私達の次の世代に、合成植物の情報は必ずいる』と俺と全く同じことを言っていたよ。……2人とも覚悟は決まっている。合成植物のことを他の親族に言う気はない。このまま調査し終えて帰ってきたら、その存在をお披露目させてはもらうけどな」
トクサは黙り逡巡している。
「……ワシの知る限りの情報は伝えよう……。必ず……必ず帰ってくるのじゃ。今はまだセイジにもユズハにも他の親族にもこのことは言うまい……」
「あぁ……必ず帰る……すまないな親父」
宴席の会場に戻ったトクサとヘイカ。ちょうどセイジが親族の間を行ったり来たりしていたところだった。
「父さん、じいちゃん、どこに行ってたのさ」
「宴席の下ごしらえさ」
「……の割には何も持ってないけど?」
実際にヘイカは手ぶらで、嘘だとバレていた。特に誤魔化すことも考えてなかったヘイカは、セイジの背中をバンバン叩いた。
「まさかセイジが白のオーラエレメントを使えるようになるなんてな。ハッハッハ」
「痛い痛い。何回言うんだよ……」
セイジは呆れている。
「これでセイジも1人前だな。一安心だ。あと1回シリエトクに行けば、この長い研究も終わる。モエギにも親父にも随分迷惑をかけた。次はセイジも連れて……そうだな、“紫”リラ領の氷河に生きる植物を研究しにいくのも面白そうだ」
「この前『シリエトクの研究は終わった』ってでかい声で言ってたのに、結局また行くのかよ……。父さん、シリエトクに僕もついて行っちゃダメなのか?」
セイジの質問に対し、ヘイカは珍しく真っ直ぐな目をして答えた。
「……さっき1人前と言った手前あれだが、オーラを纏えるだけじゃダメだ。魔獣に攻撃されたときに回避する方法や、いざ襲われたときに太刀打ちできなきゃならん。まだその域には達してないからな。ま、そこらへんは俺とモエギが叩き込むから大丈夫だ」
「ちぇー……残念。正直母さんみたいな鳥使いにも、父さんみたいな弓使いにもなれる気がしないんだよなー。……またシリエトクのお土産話、聞かせてよね」
「お土産話っていったらやっぱりあれだな。熊と2時間対峙したのが一番大変だったな。ハッハッハ」
「その話、何回聞かせるんだよ……本当かも分からないし……―」
複雑な感情が入り乱れるトクサだったが、ヘイカもモエギも洛安の街の中では一、ニを争えるぐらいの力もある。この2人ならもしかすればという期待もあった。
【∞】
トクサから明かされる真実に、セイジは困惑していた。
「あの宴席の場にいなかったのはそういう理由だったのか……父の誤魔化しが下手くそなのは前からだったから、特に違和感もなかったんだ」
「察しのいいお前じゃ……後のことは覚えておるじゃろ。シリエトクに行った最後の1回で運悪く、あの合成植物に見つかり、やられたんじゃ。シリエトクの奥から帰ってこないことを心配したモエギのカワセミが、洛安の街まで飛んで知らせてくれた。すぐにシリエトクまで出動し、何とかシリエトクの入口でヘイカとモエギを回収できた……」
【∞】
宴席が終わった明くる日。
シリエトクの入口にはトクサ、セイジ、白のオーラエレメントを使える回復術士、洛安の街に常駐しているヒスイ領の兵士が数名いる。 セイジの目の前には特有の臭いが付着したヘイカ、そしてモエギがいた。
両者とも重体で、特にモエギは意識がない。その光景に立ち尽くすセイジ。洛安の街の回復術士は必死にヘイカとモエギを回復しているが、2人の流している血の量が多く回復が間に合っていない。
ヒスイ領の兵士らは回復術士の回復の邪魔にならないよう、緑のオーラを纏い辺りの魔獣たちと戦ってくれている。ヘイカが最後の力を振り絞って話した。
「すまん……親父……忠告を守っていれば……こんなことにはならなかった……のに」
「もう喋るでない!何とか洛安まで連れて帰ることができれば……!」
ヘイカの腹部には噛み千切られたような跡がある。声も掠れている。
「いや……もう無理だろう……“カズラ”の袋……と……“トリグサ”のキバを……まともに食らった……モエギもそうだ…………そこに……セイジは……いるか……?」
「!」
セイジはヘイカの近くに行き、声を聞こうとする。ヘイカはセイジの頬に手を当てた。手から血が滴っている。
「セイジ……俺が残した植物研究を……しっかり継ぐんだぞ……お前にはその力が……ある……」
「父……さん……?」
「親父……セイジ……あとは……頼……ん……だ………」
セイジに触れていたヘイカの手は、ゆっくり地面に落ちていく。トクサは目をつぶり、セイジは大きな声を出し泣いた。
「うわぁぁああぁぁぁぁああ!!!!!」
泣いているセイジの目は淡い緑に光り、無意識に淡い緑のオーラを纏っていた。回復術士は回復するのをやめたが、セイジは両親に白のオーラエレメントを与え続ける。
「父さん!!母さん!!生き返ってくれ!!!」
悲痛な叫び声もむなしく、セイジの両親が目を覚ますことはなかった。
― セイジの両親が死去してから2年後 ―
「(あぁ……なんでこんなことに……)」
何も手を付けなかった、いや、付けられずに家に引きこもっていたセイジを、ユズハが無理やり植物研究所まで連れて行った。
「(よりにもよって何で植物研究所なんだ……)」
セイジの両親が死んだ原因は植物研究であり、あの日以降ずっと、立ち入りたくなかったのである。
「それでね!今度―が………―で……」
ユズハの声が耳に入らない。ユズハが自分を心配してくれていることは分かっていたが、余計なお世話ぐらいの感覚だ。
ユズハは研究所の奥にある植物たちを説明してくれている。その説明に集中できていないセイジがふと目を横にやると、古びた紙が何百枚も重なっている奇妙なものを発見した。資料の表題も資料を書いた人物の名も載っていない。
パラパラと紙をめくっていくと、シリエトク内に自生する植物、そして生態系が事細かに記載され、セイジは目を丸くした。素晴らしい出来栄えだった。
「(もしかして父さんのか……?)」
セイジの脳裏に残る『俺が残した植物研究をしっかり継ぐんだぞ』という言葉が、2年の時を動かすことになるのであった。
【∞】
話の全貌を聞いたオペラとユズハは静かに涙を流していた。
「……ワシはヘイカとモエギが亡くなったあと、2人が遺したこの資料を発見した。遺された資料をよく見ると、ワシがシリエトク内で調べた植物たちよりも遥かに多くの植物が発見されておった」
トクサは持っている書物をパラパラとめくる。
「4年前にお前が植物研究所に行ったのはたまたまで、ヘイカの遺した研究資料を見たのもたまたまじゃ。ユズハは研究資料の存在を知らんかったし、誰かからお前を連れて研究所に来るよう、そそのかされたわけでもない」
書物を閉じ、トクサはセイジを真っ直ぐ見つめた。
「それでもお前に見つかったこの研究資料が、奇しくもお前を植物研究者に繋げた。そして今度はお前が家ではなく植物研究所から外に出ようとしないときに、たまたま領代表から“オーラを元に戻す話”が舞い込んだ。偶然と片付けていいのかは分からん。ヘイカやモエギの意思に導かれたのかもしれん」
「父や母の意思……」
セイジはボソっと何かを言った。
「……シリエトクにいい思い出がないのは、お前もワシも同じ。何なら領代表の依頼を最初は断ろうとしていたぐらいじゃ。オーラを元に戻せる可能性のある緑梅はシリエトクにしか存在しないんじゃからな。じゃが、ワシの前にクルムズ領のこの2人が現れた。……シリエトクの悲しい出来事はいずれは乗り越えなければならないが、その時期が来たとワシは確信した。緑梅の採取は最初から、お前とユズハに行ってもらう予定だった」
タリムとオペラの旅が、セイジとユズハの運命を大きく変えたようだ。
「ワシは合成植物の存在こそ知っていたが、それが緑梅とどう関係しているかのは分からなかった。ヘイカもそこまでは把握しておらんかったようじゃ。仮に合成植物の存在をお前たちに教えていたら、お前たちはシリエトクに行かなかったかもしれない。それじゃといつまで経っても乗り越えるべきものから目を背けることになる。それだけは何としても避けたかったのじゃ……ワシの自己満足に過ぎんがの……」
タリムは思案する。
(合成植物のことを聞いててもオーラを戻すために行ってたかな……。いや、オペラの身を案じて行かなかったかもしれないな……。)
ある意味聞いていなかったほうが、気持ち的には楽だった気もする。そういう意味ではトクサの行動も少し理解できる。
「ヘイカとモエギは自分の命とヒスイ領の未来を天秤にかけて生態系の研究を行った。……ワシはヘイカとお前を重ねて期待しすぎたのかもしれない。シリエトクの合成植物のことも、お前なら解明してくれるかもしれないと……。だが結果的にユズハやお前に精神的に傷つけたことは紛れもない事実。ユズハとお前の命を、緑梅の採取との天秤にかけたことは……本当にすまなかった………」
トクサは研究所の窓から空を仰いだ。まるで空の上にいる息子と顔を合わせているかのように。
【∞】
一通りトクサの話が終わり、セイジ、そしてユズハもこの件について納得できたようだ。
「さて、今度こそ本題じゃ。緑梅から烏龍梅を作るのには時間がかかる。この植物研究所の力でも数日はかかるじゃろて。タリム、そしてオペラよ。しばらくの間この街に滞在するがよい。宿代はかからぬように手配しておいた」
最初にトクサに出会ったときに比べると大層ご機嫌な様子だ。
「ありがとうございます。引き続きお言葉に甘えさせていただきます。その烏龍梅というのが、例のオーラを元に戻せるかもしれないと言われる……?」
タリムは恐る恐るトクサに尋ねた。
「そのとおりじゃ。実際の効能などは、後日セイジから説明させよう。ユズハ、セイジ、早速烏龍梅の生成に取り掛かるぞ」
「分かったよ」
セイジは緑梅を丁重に扱いつつも、頭を掻きながら、そしてユズハはとても嬉しそうに植物研究所の奥に消えていった。残ったトクサにタリムが囁いた。
「昨日の宿代まで支払ってもらってすみません。宿の女将さんから聞きました」
「いやなに、緑梅の回収という任務もこなしてくれただけじゃなく、ワシの大事な孫娘、孫息子もこうやって帰ってきてくれた。お主らには感謝しきれん。次にもし、身内の不幸があったときはワシがシリエトク全てを燃やす勢いじゃったわ……魔獣との共存も難しいの……」
少し哀しい表情をするトクサ。どんな理由があったとしても大事な家族が魔獣に殺されている。ヒスイ領全体では魔獣との共存を謳っていても、感情がそれに追いつくとは限らない。
「何、あとは任せておれ。久々に植物研究所総出で取り組まさせてもらおうぞ」
トクサは年季の入った白衣を着込み、研究所の奥へと消えていった。
【∞】
数日後、泊まっていた宿屋の女将からの伝言で植物研究所に向かった2人。トクサ、ユズハ、セイジ、その他研究所の職員たちが多数いた。
「待っておったぞ」
トクサの手には茶色い瓶がある。中の液体の様子は検討もつかないが、何となく禍々しいオーラが出ている。
「その瓶の中に、オーラが元に戻るかもしれない烏龍梅が入ってるんですね」
オペラがごくりと生唾を飲む。セイジが効能について説明してくれた。
「まず、最初に説明しておくが、この烏龍梅を飲んでも確実にオーラが元に戻るという保証はない。実に200年の間、オーラ、そしてオーラエレメントは研究され続けているが、解明できていない謎が多すぎるからだ」
オペラの両親も同じことを言っていた。それだけ扱いが分からない物質だということだけ分かる。
「これは余談だが、オーラエレメントの研究資料が“紫”リラ領の学者から発表されている。内容は僕たち人体側に“オーラエレメントを受容できる入れ物”があるのではないか……というものだ。この学説を参考にするならば、今、タリムがオーラを纏えない理由として、入れ物の中の赤のオーラエレメントがなくなっている可能性が高い……ということだ。ここまではわかるな?」
説明にはついていけている。体内に入れ物があるという学説があることには驚きを隠せないが。
「さて、緑梅から生成された烏龍梅は、睡眠による休息よりも速く、オーラエレメントを回復させる力がある。一度飲んでみろ。今この場でオーラが使えないのはお前だけだからな」
セイジからタリムに茶色の瓶が投げられる。話し終わる直前直後のセイジの口角が少し上がっていることに気づいたタリム。完全に実験を楽しむ研究者の眼をしている。タリムは瓶を眺めた。
「安心しろ、まだ他者に配ることができるぐらい烏龍梅はある。ちょっとどころかその瓶の中身は全部飲め」
セイジがタリムに詰めよる。瓶の外側からは分からなかったが、瓶の口から見えたのは、茶色いような黒いような何かだった。一応液体のようだ。
(……これ飲めるのか?)
生まれてこの方、こんな色の飲み物は見たことがないので、飲むのをためらってしまう。
ただ、残念なことにセイジにガッツリ詰められている。極めつけはオーラを元に戻すことを目的に旅を始めたことだ。自分も苦労して採取し、しかも植物研究所総出で作ってもらった烏龍梅を、自分が飲まないという選択肢はない。
意を決したタリムは瓶を口に当て、一気に口に含む。
ゴクッゴクッ………
周りの研究者たちの嬉々たる目。
「!?!?!?!!!????!?」
あまりの不味さに声を失うタリム。酸味が強すぎて口の中が痺れるようだ。見ているオペラもユズハも哀れみの表情を向ける。
「さて、どうなるかな」
腕を組み、経過を見るセイジ。そしてそれを囲う研究者たち。
「……………………………」
タリムは立ったまま白目を向いている。意識がない。
「おい起きろ。これでも味はマシになったほうだ。お前が起きないとオーラが纏えるか分からないだろうが」
ビシビシとタリムの頬を叩くセイジ。ハッと目を覚ますタリム。少しあの世が見えた気がした。
「何か良くないものが見えた気がするが気のせいか……?……とりあえずオーラを纏えるか試してみるよ」
タリムは目を閉じ意識を集中する。
「…………………………?」
タリムは首をかしげた。
「特に何も変わらないな。体の中の赤のオーラエレメントが満たされている、あの感じがしない……」
「そうか、じゃあまだ何か足りないんだな」
セージは予想とは反して冷静だった。周りの研究者は「いいものが見れた」とそれぞれ研究室へと戻っていく。
「せっかく作った烏龍梅だったのに、これでよかったの?」
オペラは疑問を隠せない。タリムも少し慌てている。
「最初に言ったとおり、烏龍梅の効果でオーラを元に戻せるという保証はなかった。少なくとも、飲んですぐに効果があるものではないということが立証された。飲んでからどれぐらいで元に戻るのか、経過観察も必要だろう。ちなみに烏龍梅自体にはさっきも言った通り、オーラエレメントの回復には役に立つ。まだ余りもあるから持っていっていいぞ」
タリムは烏龍梅の入った小さめの瓶をもらう。
「今のこの状況で飲むとしたら私……?絶対に嫌だよ……?」
オペラの顔が引きつっている。もし体内のオーラエレメントが枯渇してもきちんと休めば元には戻る。これを飲まないように普段から心掛けてもらおう。
「さて、烏龍梅の効果だけではオーラを元に戻すことはできんこと、ヒスイ領の代表者に伝える必要があるのう」
元はヒスイ領代表からの依頼だったことを忘れていたタリムとオペラ。トクサは髭をさすり呟いた。烏龍梅の効果はともかく、オーラは戻っていない。しばらく旅は続きそうだ。
「……そうじゃ、今思いついたがタリムよ。お主らの旅にセイジも連れて行くのは無理かの?」
それを聞いたセイジは大きなため息をついた。
「……はぁ??なんで僕が一緒に行かなくちゃなんないんだよ。さてはジジイ、ヒスイ領の代表者に報告するのが面倒くさいんじゃないだろうな?」
トクサなら十分有り得そうな話ではある。
「それに僕が今やってる品種改良研究はどうなるんだ」
続けてセイジはトクサに質問した。
「思いつきではあるが、ちゃんとした理由はある。まずタリムの経過観察じゃ。お前が自分で説明しているように、烏龍梅の効果がどういう形で現れるのか、研究者として経過を追っていく必要がある。それをオペラに任せるのか?ヒスイ領に住んでもない、ましてや植物の研究者でもなく、烏龍梅の効果を全く知らない娘に?」
「ぐっ……」
図星なのか、セージも黙る。
「そもそも品種改良はお前だけがやってるわけではない。お前が知らんだけで、ここの研究員は優秀な者ばかりじゃ。お前が残した研究なぞ別の研究員でも十分できるわ」
トクサの発言に少しムスっとしているセイジ。
「あとはセイジ、お前自身のためでもある。今回、合成植物と対面したときに実感したはずじゃ。人間と魔獣の共存が難しいことに。この領は対話を基本とした統治の手法を取っているが、それは会話が通じる人間、そして一部の生物にしかできぬことじゃ。魔獣と対話するのは最初から難しいんじゃ」
セイジだけでなく、この場にいるユズハ、そしてタリム、オペラも実感したことだ。魔獣がなぜ人間を襲ってくるのかも正確には分からない。
「ただでさえ、魔獣たちの力は人間を凌駕し、人を殺めることもできることを、お前は知ったはずじゃ。しかも、あやつらにも個体差はあるが知能があり、人間と同等、もしくはそれ以上のオーラの使い手でもある可能性が出てきた」
特に宝石を守る大型の魔獣などはそれに値するだろう。今回の合成植物は典型的な例と言える。
「今後、やつらが街に繰り出す可能性は十分にある。そのとき領の兵士たちや我々の力だけでは太刀打ちできないじゃろう。……魔獣たちの行動や、力の解明は魔獣たちとの共存だけでなく、その他の脅威に立ち向かうための武器になる。まだお前はこの領から外に出たことがない。それらを解明する研究は実際に起きている現象を見聞きし、取り入れ、反映させる力が必要なんじゃ。……この領の外がどうなっているのか、ひいては大陸全体を見聞きしてこい。あのとき、ヘイカとモエギが“ヒスイ領の未来”のために行動したように……。それが今、植物研究者“セイジ・シナトベ”に託す内容じゃ」
「……………………」
トクサはかつてないほど真剣な眼差しでセイジに向かって喋っている。それを聞いたセイジは黙ったまま、思考を巡らせているようだ。
「まぁ、ヒスイ領の代表者に報告するのが面倒なのもあるがの。ホッホッホ」
「おいジジイ!!!」
一気にトクサの表情が砕ける。思わずセイジがトクサにツッコミを入れた。
「……ジジイの言うことは一理ある。今回はたまたまタリムとオペラがいたからユズハを助けられることができた。あの合成植物はそれだけ危険だ。ヒスイ領の風の力だけではあの植物と戦うのは難しいだろう」
ユズハが頷いている。
「けど、“あれ”がシリエトクから出てこないとは限らない。今後あんな化物と戦う可能性があるにも関わらず、“匱籠”で捕縛するだけでは、今後自分たちの生命に関わる。実際、シリエトクの入口の魔獣には“匱籠”が効かなかった」
シリエトクの入口までは問題なかったのに、突然“匱籠”が効かなくなったことも、原因はまだまだ分からない。
「……このままジジイの思惑にノるのは癪だが、タリムの経過観察も必要なのはそのとおりだ。オペラは優秀なやつだが、研究者じゃない。僕が当研究所を代表してしっかり経過観察してやるさ。それでいいんだろ?」
照れるオペラ。気だるそうに答えるセイジ。
「ホッホッホ、“いいように影響された”ようで何よりじゃ」
「それに自分が品種改良を担当した植物たちは“橙”オーランゲ領を中心に栽培してくれているって聞いてる。ジジイの言うとおり“大陸中”を見てやろうじゃないか」
腕を組むセイジ。覚悟は決まったようだ。
「そういうことじゃ、タリム、オペラよ。セイジの同行は構わんか?」
タリムとオペラは顔を見合わせる。特に断る理由はない。仲間が増えるのは大歓迎だ。
「「よろしく、セイジ!」」
「改めてだがよろしく頼む」
それぞれと握手するセイジ。
「セイジよ、代表者用の烏龍梅も渡しておく。そしてこれが今回の研究結果を書いた封書じゃ。しっかり渡してくるんじゃぞ」
「ちゃっかり封書まで用意しやがって……僕に頼む気満々じゃないか……」
セイジは烏龍梅と封書を預かる。
「さすがに1回家には寄りたい。何も準備してないから」
「私もついていくわ」
一同は植物研究所をあとにし、トクサのお屋敷に向かった。
【∞】
「少し待っておいてくれ」
セイジはそう言い残し、ユズハとともにお屋敷の中に入っていく。タリムとオペラは玄関で待機していた。
セイジは見慣れた廊下を歩き、自室に向かった。
「(この前シリエトクに行く前に寝に帰った以来か……)」
セイジの部屋はほぼ使われることなく整理整頓されている。街の外にいつでもフィールドワークできるよう、リュックがポツンと置いてあり、セイジは旅に必要な最小限の荷物をリュックに詰めていった。
準備の途中に見つけた、子どものときに撮った両親とユズハとの写真。しまいかけていた手帳にその写真を差し込む。
「まさかいきなりおじいちゃんがセイジを旅立たせるとは思わなかったわ」
「ほんとだよ」
「でも安心するわ。だってあの2人と一緒なんだもの。本当は私が、セイジを街の外に連れ出す予定だったのになー……」
襖にもたれながら寂しそうな声を出すユズハ。セイジは荷物を詰め込んでいるためユズハの表情には気付いていない。
「……シリエトクにいた合成植物を相手にしたとき、僕はその場から動けなかった。植物の特徴こそ分かっていても、実戦では何の役にも立たないんだと気付かされた……」
セイジは準備の手を止める。その拳は強く握られていた。
「あのとき、僕1人でユズハを助けられなかったこと、カズラの袋に閉じ込められていたあの場面が、しばらく脳裏に焼き付いていて、今もずっと悔やんでいる。……もう二度と、僕の目の前で家族や大事な仲間たちを失わないようにはしたい。それには自分のこの目でありとあらゆることを見聞きする必要があると思った。ジジイの言ったことは合ってる。またタリムの経過報告も兼ねて戻ってくるさ」
不意にユズハはセイジの後ろから抱きつきた。目には涙を浮かべている。
「必ず帰ってくるのよセイジ……私だってヘイカ叔父さんが亡くなったのは本当にツラかったけど、この旅であなたまで死んだら、私がどうにかなっちゃう……」
「あぁ……必ず戻ってくるよ」
【∞】
準備ができたセイジはタリム、オペラの元に戻り、街の入口にある羅京門に到着したところだ。トクサと常駐の兵士がいつもと変わらず見張っている。
「じゃあ……行ってくる」
「行ってらっしゃい!」
ユズハは優しく声をかけた。もうユズハの目に涙はなく、いつもの明るい笑顔で見送ってくれる。
「タリム、オペラ!セイジのこと、よろしく頼むぞ!」
トクサも立派な髭をさすりながら、見送ってくれた。
「何だかんだセイジのこと、みんな心配してくれてるんだね」
オペラがニヤニヤとセイジに向かって話しているのが聞こえる。
「うるさい。早く行くぞ!」
セイジは手を振るどころか街の方に振り向きもしない。 照れ隠しだろう、顔もほんのり赤い気がする。
「またきまーす!!」
スタスタと早足で歩くセイジ。街のみんなに手を降るタリムとオペラ。向かうはヒスイ領の首都天弓だ。
「―おじいちゃん、それってシリエトクの資料じゃないの?」
ユズハはトクサが手に持っている資料に目を向けた。植物研究所で見せてもらった、セイジの両親が研究した例のシリエトクの生態系の資料だ。
「ホッホッホ……。やはりワシの目に狂いはなかったの」
研究資料の最後のページには、以前にはなかった合成植物の名前、特徴などがセイジの筆跡で残されている。
「これって……!!」
「そう、お前も見た合成植物の調査資料じゃ。あやつ、烏龍梅を作るまでの間に寝る間も惜しんで書いておったわ。……まだまだ甘い部分もあるが、初めてにしては上出来じゃろ」
「やっぱりヘイカ叔父さんとモエギ叔母さんの子どもね。私も負けられないなぁ」
合成植物の名前の欄には『(仮称)接木の鵺』と記載されていた。
【∞】
「お前たち、よく洛安の街に辿り着けたな……奇跡なんじゃないか?」
「そんなこと言われてもこんな目印も何もない道で、方向が合ってるかどうか分かるわけないだろ!土地勘もないんだから!」
セイジの発言にタリムが怒っている。洛安の街を出て数十分、セイジの案内で比較的広い道に出ることができた。少なくとも洛安の街に向かっているときには通っていない道だ。
「いやーこんな道あったんだねー!おかげで楽々だよ!」
オペラはひとしきり感心したあと、ノリノリで歩き出した。
「道中どれだけ迷子になったんだ……まぁ道が分かりにくいっていうのは間違いないんだけどな」
セイジは淡い緑のオーラを纏い、先頭に立ち道案内をしてくれる。
「緑のオーラを纏っている間は、風や空気の流れを掴みやすくなる。例えばユズハのような鳥使いは、鳥たちと意思疎通しながら空中と地上の両方から空気の流れを察知して、魔獣を見つけやすくしてる感じだな」
「へぇー……洛安の街からシリエトクまでの道で迷子にならない理由はそういうわけだったのか。どおりで楽だったわけだ」
「あとは森の木々に当たっている空気の流れなんかも感じ取れるから、空気の流れがいいところ、つまり広い場所なんかは割とすぐに分かるってことだ。周りがそこまで見えてなくても何となく入り組んでいるかどうかなんかも分かる」
「改めて便利なオーラだよね。絶対迷子にならないと思う!」
タリムとオペラは緑のオーラの性質について学んでいた。 首都天弓までに出てくる魔獣たちは、シリエトクに向かうときと同様、セイジの意向で“匱籠”による捕縛を中心とする戦い方が採用され、極力倒さないようにしていた。
「この領に来たときからの疑問なんだけど、聞いてもいいか?」
タリムはセイジに質問した。
「一応言っとくが、全てが分かるわけじゃないぞ」
「いや、多分知ってると思うけど……。天弓の街を出たときはオニテブクロみたいな植物の魔獣が多かったのに、洛安の街に近づくにつれて、虫の魔獣が現れた。これには何か理由があるだろ?」
セイジが即答する。
「あぁなるほど……。最初に植物の魔獣が領全体にいる理由だが、魔獣であっても植物の性質が維持できていることが挙げられる。具体的には根っこや葉がそのまま残っているから、緑のオーラエレメントが十分じゃなくても、魔獣状態で生命として活動しやすいと考えられる。だから植物の魔獣はミラージュコアの影響を受けにくく、ヒスイ領内であればどこにでも現れるんだ」
やはりセイジは理由を知っていた。であれば虫の魔獣が現れる理由も当然把握しているはずだ。
「次に、虫の魔獣は植物の魔獣とは違い、生命を維持するには食物連鎖のことを考慮しなければならない。しかも緑のオーラエレメントの供給は魔獣たちにとって必要不可欠なはずだ。ミラージュコアの影響を受けにくいのは大陸全体で見れば外側で、洛安の街はヒスイ領の中で最も外側にある。つまり、緑のオーラエレメントの供給量と、生命を維持するための植物や食べられる生き物たちを兼ね備えているのはヒスイ領の南側だけだから、虫の魔獣が洛安の街周辺に現れるのは当然ってことだ。分かったか?」
「クルムズ領の魔獣たちとは全然違うな~とは思ってたけど、ここまで違うなんてね」
タリムはオペラの意見に同調する。どこの領の外側も魔獣たち独自の生態系があり、そして強力な魔獣たちが現れることは、肝に命じておかなければならない。
【∞】
行きは六彩虹の街で宿を取ったが、帰りはセイジの案内であっという間に天弓まで辿り着いた。ヒスイ領を旅するときは緑のオーラが欠かせない。お金に余裕があれば鳥使いによる道案内をおすすめしたいところだ。 天弓の街に着いたセイジはつぶやいた。
「この街に来るのも数年ぶりだな。前に来たときは淡い緑のオーラが纏えることを、領主館に登録しに行ったとき以来か」
セイジは久しぶりに洛安の街に来たのもあって、街の様子を見回した。
「やっぱりどこの領でも淡い色のオーラは登録制度があるんだね」
オペラは自分が登録したときのことを思い出している。
「それだけ“淡い色”のオーラは貴重ってことだ。オペラや僕の淡い色のオーラも、実際どうやったら纏えるのか、まだ何も分かっていない。ただ、このオーラの持ち主が集まったら大きな力になることは間違いない。領としても気にかけておく必要があるんだろ。体よく監視もできるしな」
皮肉を言うセイジ。穿った見方だとは思うが、考えていることは一理ある。 ある意味出身領が違うとはいえ、こうやって淡い色のオーラの持ち主が二人いるのも珍しいことなのかもしれない。そう思うと心強い。
「ねぇセイジ。セイジは鳥使いにはならないの?クルムズ領からヒスイ領に来たときも、六彩虹の街で緑龍の棚田を見たときもすごく便利そうだなって思ったんだけど……」
オペラがセイジに質問している。領主館に着くまでの雑談だ。
「結論から話すと、僕が鳥使いになる予定はない。あれはまず鳥を思いやる心がないとできない。僕にはそんな力はない」
きっぱり言い切った。察してはいたが、鳥を思いやる心があるとは言い難い。
「1度ユズハに誘われたこともあったが、鳥がそっぽを向いたな。ちなみに鳥たちに風の力を使うのはかなり繊細な技術が必要で、訓練が必要になる。それよりも研究に使う時間のほうが大事だ」
「じゃあセイジも訓練次第で鳥を連れて行けるかもしれないんだね!」
「今の話を聞いてなかったのか」
「えー……」
そんなことを話しつつ、領主館に到着した。総合案内の受付の女性にセイジから用件を話す。
「洛安の街の町長、トクサに代わって封書を届けに来た。あとはヒスイ領代表から依頼のあった“オーラを元に戻す可能性のあるもの”も一緒だ。もし可能であれば領代表者に会わせてほしい。封書の中身にどんなことが書いてあるか分からないが、少なくとも効果などは町長のトクサの代わりに説明することはできる」
「かしこまりました。少々お待ちください」
受付の女性が代表者の部屋まで案内してくれる。女性は代表者の部屋に先に入り、代わりに用件を話してくれているようだ。数分後、代表者がいる部屋に通された。 代表者の部屋には武力代表の女性、知力代表の女性、精神力代表の男性が座っている。
「お初にお目にかかります。洛安の街の左都植物研究所、研究者のセイジ・シナトベです。こちら、クルムズ領から、オーラを元に戻す方法を探して旅をしています、タリム、そしてオペラです」
「「失礼します」」
タリム、オペラ、セイジは深々と頭を下げる。
「これはこれは。3人とも顔を上げてくれ。この度は遠いところよく来てくれたね」
“精神力”代表であるゼン代表が挨拶し、応接用のイスに案内された、ゼン代表の見た目は50歳ぐらいの男性で、頭は丸坊主だ。黒い袈裟を着ており、背はタリムより高い。終始穏やかな口調で話されるため、緩やかな空気が流れる。
「トクサさんは元気にしてるかい?今回のこちらからの依頼、なかなか無茶を言っていると思ったけど、その手に持っている瓶が成果物かな?」
「トクサは元気に過ごしております。早速ですが、失われたオーラを元に戻す可能性がある烏龍梅の効果について説明いたします」
応接のイスに座った3人。セイジから烏龍梅を作るまでの過程、シリエトクでの戦い、タリムによる実験など細かく話す。代表者3人も静かに話を聞いてくれている。
「……なるほど、よく分かりました。いかがです?シアンユー殿、インス殿」
ゼン代表は2人の代表に話を振った。
「うぅーん……少なくとも今すぐヒスイ領の兵士たちのオーラを元に戻すことはできないことは分かるねぇ。トクサが寄越した封書だ、まぁ間違いないと思うよ。それにしてもシリエトクの合成植物はまだ生きてんのかい……」
“知力”代表、インス代表が目頭を押さえた。インス代表の見た目は老婆で、背も低いが、目鼻立ちが整っており若い頃はさぞ美しかったことが分かる。チョゴリとチマと呼ばれる衣装を完璧に着こなしている。ゼン代表と似ており終始穏やかな口調であり、トクサを知っているのだろう。年齢も同じくらいだと思われる。
「合成植物の存在を知っておられるのですか」
セイジは目を丸くしている。タリムとオペラは驚きの表情を隠せなかった。
「もちろんだよ。トクサと一緒にシリエトクの奥まで調査したこともあるよ。合成植物と出会ってしまった時のトクサの顔は今でも思い出すと笑いそうになるけどねぇ」
クスクス笑うインス代表。あの厳しいトクサからは想像がつかない。
「そうだな……こちらからは特に何も。正直烏龍梅についてはゼン殿やインス殿のほうが詳しいと思いますし。それよりもタリム……もしやクルムズ領の武力代表、ゴルドの親族か?」
“武力”代表、シアンユー代表がタリムに話しかける。シアンユー代表は女性であるが背が高く、タリムと同じぐらいある。長い髪に漢服と呼ばれる衣装を身に纏い、漢服の上から少し武装しているようだ。年齢はタリムの一回り程度上ぐらいだと思われ、何より特徴的なのは、代表の両肩にオウムが1羽ずつ止まっていることだ。
タリムはシアンユー代表の発言にハッと驚き、椅子から転げ落ちるように跪き、頭を思いっきり下げた。
「その説は兄がご無礼を働いたかもしれません。申し訳ございません」
タリムの脳内では、先日のミラージュコア破壊作戦のときに、シアンユー代表の一撃でミラージュコアが破壊された光景が思い浮かんでいる。下手したら首が飛ぶかもしれないと、冷や汗が止まらない。
「……いや、よい。顔を上げろタリム。そもそもヒスイ領からの兵士派遣については我々3人で話し合った結果のもの。お前に非はない。ゴルド代表の実力はこちらも分かっていての判断だ」
思わぬ言葉にタリムは顔を上げた。シアンユー代表は目を瞑り話を続けた。
「今回のミラージュコア破壊作戦において、ゴルド代表から『BOSに対して兵士の派遣を行っていないのは、歴代の中でもヒスイ領だけ。さすがに不公平ではないのか』と虹彩会議の場で問われたのだ。ゴルド代表には何らかの思惑があったのかもしれないが、兵士の派遣を承認したのは我々だ。ゴルド代表に脅されたわけではない。おそらく他の領の代表者もお前を責めることはないだろう」
タリムは安堵する。兄ゴルドが主に外交面でどういうことをやってきたのか、詳しくは分からない。さらにシアンユー代表は話を続ける。
「実際、緑のオーラの力が、かの“黒の地”で通用するのかは試す必要はあった。我々も緑のオーラエレメントがミラージュコアに制御されていること自体、このままで良いとは思っていない」
タリムはBOS内でのヒスイ領の兵士の様子を思い浮かべた。
「……兵士らの報告によれば、BOS内の魔獣に対しても“匱籠”が有効であることは分かっている。ただ、予想通り魔獣の動きを一時的しか止められないようだ。ヒスイ領内にいる魔獣に近い異質な存在なのだろう」
シアンユー代表の言うとおり、BOSに同行した兵士の中には見慣れない風の魔法を使っていたものもいた。魔獣の数も多かったので、あまり覚えていなかったが。
「BOSでどういうことが起きるのか、そしてオーラが纏えなくなる可能性については、領代表として知っていたにも関わらず、今回、兵士らのオーラが使えなくなるという、大変申し訳ないことをしました。何とかオーラを元に戻すために洛安の街のトクサ殿を通じて依頼させてもらったのが、今回の本題です」
ゼン代表はセイジに向けて話している。
「タリム君、君もある意味、今回の作戦の被害者なわけです。今回クルムズ領の領民であるあなたたちが、ヒスイ領の、しかも烏龍梅のために動いてくれたのは光栄だよ。烏龍梅にオーラを元に戻す効果があるなしに関わらず、まずは感謝申し上げたい」
ゼン代表は深々とお辞儀をする。
「いえいえそんな!こちらから首を突っ込んだ部分もあるので……結果的に烏龍梅もヒスイ領の兵士の皆さんより先に飲んでしまったわけで……」
タリムは焦り、手をブンブン振る。
「もらった烏龍梅は兵士らの中で飲みたい者がいるか募ろうとは思うよ。……まぁあまり飲みたいと思える代物ではなさそうだけどねぇ……」
インス代表の言葉にタリムは目を逸らした。この中で1番烏龍梅の不味さを知っているからである。
「さて、セイジ君。この後どうする予定なの?彼らの旅に同行するつもりなのかい?」
インス代表の言葉にセイジはタリムをチラッと見た。 タリムと目が合ったセイジは頷き、インス代表へ返答する。
「ジジイ……いや、トクサからの手紙にもどうせ書いてあるんでしょうが……烏龍梅の経過を報告する必要があると思うので、僕はこの2人の旅に同行します」
インス代表は腕を組みながらうんうんと頷いている。
「あと、ここまで来る道中に3人で話していましたが、まずは“橙”オーランゲ領に行こうかと。ヒスイ領、特に左都植物研究所から栽培を依頼した穀物や野菜、果物などがどうなっているのか見に行こうと思っています」
「……なるほど。セイジ君が研究したものも多く出荷されているだろうね。ぜひ見に行っておいで。……オーランゲ領への封書は必要かい?」
微笑むインス代表。セイジは首を横に振る。
「いえ。自分の力で行こうと思います」
「わかったわ」
「セイジ君、もしタリム君の身体に何らかの変化があったときは、余力があるときでいい。また報告しに来てくれないか」
「かしこまりました」
ゼン代表の言葉のあと、代表者の部屋から退席した3人。 オペラが代表者たちを見た感想を話す。
「クルムズ領の代表とはまた一味違って、みんな優しそうな雰囲気だったね。誰も怒らなさそうというか……ちょっとシアンユー代表が怖い感じがしたけど」
「やっぱり対話での統治という文化が根付いているんだろうなぁ。あんな落ち着ける大人になりたいよ」
タリムも同じような感想を述べる。
「ジジイめ……インス代表と知り合いなら先に言っといてくれ……」
拳を震えさせながらセイジは呟いていた。再びグリーンブックが置いてあった待合まで戻ってきた3人。
「確か2人の話だと別の領に行くには手続きが必要なんだろ?ちょうど領主館にいるんだ、手続きを済ますぞ」
クルムズ領でも見た謎の機械を案内され、受付の男性がセイジの手続きを行う。すぐに緑の細いリングが渡された。
「なるほど、これがタリムとオペラも付けてる身分証か」
「紛失には十分お気をつけください」
「分かった」
「これからオーランゲ領に行くってことは、またカモさんたちが次の領まで運んでくれるんだよね!今から楽しみ!!ね!タリム!」
オペラのテンションは高い。そのテンションについていけないセイジは少し呆れているようだった。
手続きが終わった一向は、天弓の空港に向かう。相変わらず色黒で逞しい身体のお兄さんが待機していた。
「おや……あなたたちハ……少し見ない間にたくましくなられたのでハ……?」
お兄さんはタリムとオペラのことを覚えてくれていた。
「ちょっと色々ありまして……」
「ヒスイ領を楽しんでいただけたなら良かったですヨ。そちらのお兄さんは、当空港を利用されるのは初めてですヨね?」
お兄さんはセイジを見ている。セイジもお兄さんを見返している。
「空港の使うのは初めてだ。……というか、こんな特徴的な喋り方をする鳥使いが、このヒスイ領にいたことに驚いているところだ」
「こちらのお兄さんハ冷たい感じですネ……」
少しため息をつく、鳥使いのお兄さん。
「お兄さん、早く鳥さんたちで“橙”オーランゲ領まで連れて行ってください!」
早くも藤のカゴに入り待機しているオペラ。セイジとお兄さんが話しているときに手慣れた手付きで準備しているのが見えていた。
「さすがお嬢さん、もうバッチリですネ。さぁ、お二人も準備してくださいネ」
藤のカゴの中に入り、出発の準備が整った。お兄さんは龍笛を取り出し、クルムズ領のお兄さん同様、美しい音色を奏でた。 またたく間にカゴの周りはカモだらけになる。
「……久しぶりだな。この感覚」
セイジの声はカモたちの鳴き声でかき消される。
「ではまた、ヒスイ領でお会いしましょウ……」
お兄さんは手をヒラヒラさせ、見送ってくれた。
「この運ばれる感覚にまだ慣れないんだが……ぁぁああぁぁあぁあぁぁあ…………」
「楽しいーーー!」
「…………………」
三者三様でカモたちに運ばれる3人。目指すは“橙”オーランゲ領だ。
【∞】
―BOS―
「ただいま~」
メイド服を着た銀髪の女性、ネオンがどこかから帰ってきた。謎の女性がネオンに話しかける。
「おかえりなさい。……今各地で水の供給が遅れているようです。“ゴースト・プリズン”から、罪人たちへの水が行き渡らないと報告がありました」
「あら~?……そもそも水の供給はアズーロ領できちんと“ダム”の管理ができていれば、そんなこと起きないんじゃないの~?」
ネオンは謎の女性に聞き返した。アルクス大陸の常識である。
「どうやら、アズーロ領内の不届きな方たちがダムの中の“バッテリー”を奪って、ダム内の水を下流に放出できないようにしたらしいですよ」
「ダムの下流ってヒスイ領以外はほとんど影響あるじゃん。じゃあオーランゲ領で作っている大陸全体の食糧の供給も、追いつかなくなるってことじゃないの?」
ネオンの言うとおり、オーランゲ領の食糧は大陸全土に行き渡っている。水不足はそのまま食糧不足に直結する、深刻な事態だ。
「だからぁ~……“青”だし私が行こうかと思ってぇ~」
「にゃっ!?」
ネオンはまるで猫のように瞳孔を見開き、もう一人の女性のほうを見た。ネオンは冷や汗をかきながら、一言放つ。
「えぇ~っと……本気?」
「ちょっとぉ~さすがに失礼じゃな~い?」
もう一人の女性は頬を膨らませ、怒っている。
「さすがに彼女1人でアズーロ領まで行かせたら、一般人が何人死ぬか分かりませんので、私も行きます」
「ひどい言われようだわぁ~。わざわざ主様についてきてもらう必要なんかないのに~」
ネオンはホッと胸を撫で下ろした。
「………」
チタンはそんな女性たちの会話を無視し、1本の剣の手入れをしている。まるで興味がなさそうだ。
「そうそう、さっき主様が仰っていた不届きな方たちって、アズーロ領の“海賊”でしたよねぇ~?……その子達に新しく作った魔術でも試そうと思ってぇ~」
「はぁ……そういうところですよ。私が着いていかないと行けない理由は。新しく作った魔術もどうせ手加減もせずに海賊相手に放つのが目に見えてます」
謎の女性はもう一人の女性の発言を聞き、呆れている。
「まぁまぁそう仰らずに~……。どっちみち私では規模の大きい“ブラックホール”は作れないので、主様に着いてきてもらったほうが“確実”ですけどぉ~」
「……何事もなければいいのですが。では“セレン”、アズーロ領に行きましょうか」
「主様とデートなんていつぶりかしらぁ~!とっても楽しみだわぁ~!」
セレンと呼ばれた女性と謎の女性は“青”の転移装置に触れ、消えてしまった。
「あらぁ……こっちもヒスイ領で面白いものを見てきたんだけどなぁ。聞いてよ~チタンさん。前にオーラを元に戻す方法の話に出てきた、ヒスイ領にしか自生していない植物を採った子たちがいたんだよ~!」
「そうか」
ネオンはチタンに話を振るが、チタンは手を止めない。関心はなさそうだ。
「……全然興味なさそうだね~。まぁ、水不足のほうが深刻か。それにしてもアズーロ領の件、―――ちゃんが行くなら大丈夫っしょ……ねぇ?チタンさん?」
「そうだな」
適当な相槌だ。話を聞いているのかいないのか分からない。ネオンの目が半開きになる。
「あ~あ……ここにいても話を聞いてもらえないし、どこか適当な領に遊びに行こうかな~」
ネオンは手を頭に後ろにやり、退屈そうな声を出した。他の領に転移するための装置をネオン自らが出現させ、どの領に行くか悩んでいる。
「俺は何も言わないが、あいつに怒られるぞ」
武器の手入れが終わったのか、不意に立ち上がったチタンから、まさかの発言。ネオンの言葉は最初から聞こえていたようだ。
「聞こえてるじゃん!!ちょっとぐらい私と会話してくれてもいいのに~~!!」
チタンはどこかに転移した。ネオンの叫び声がBOS内のとある部屋にこだまするのであった。
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