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―赤の章―

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― <アルクス大陸“赤”クルムズ領> ―
 
謎な牢屋からクルムズ領に転移したタリムは、ミラージュコアがあったところとは別の平野にいた。タリムにとってはかなり見慣れた景色だった。少し離れたところに見えている“ラーレ”という街は、自分の家がある街になる。日が暮れそうな時間で、もうすぐ夜になろうとしている。

「もしかしてあの牢屋の転移装置は自分の家に戻らせてくれたりするのか……?ある意味便利な装置だな……」

辺りを見回して誰もいないことを確認すると、ラーレの街に向かうことにした。手には手錠がかけられたままである。

(結局手錠はされたままだし、オーラも纏えない。よく考えたら剣もない。こんなところで魔獣に襲われたらひとたまりもないぞ……腹も空いた……)

元々“ミラージュコア破壊作戦”の際にしっかりした兵士服が与えられていたとはいえ、今のタリムは服も汚れてかなりみすぼらしい格好である。牢屋内でろくに食事も摂れていないため、タリム自身はすでにボロボロで、足元はふらついている。

そして、そんなタリムを見計らったかのように赤いコウモリの魔獣が2匹姿を現す。

「おいおい……勘弁してくれよ……。街の周りのこの草原に、普段魔獣なんか出てこないだろ……」

コウモリの魔獣はタリムに攻撃するために“赤のオーラ”を纏ったうえで襲いかかってくる。コウモリの攻撃技の一つである音波攻撃に赤のオーラによる火の力が付与されており、この攻撃に当たるだけで火傷しかねない。

普段のタリムであれば音波攻撃も簡単にかわせるが、夕暮れ時で視界も悪い。音波攻撃が見えにくくなっており非常に厄介である。 

コウモリの魔獣の体長は、翼を広げても50~60cm程度で、そこまで大きくはないが、素早く飛び回りながら攻撃してくるのでかわすのに精一杯である。こちらから攻撃する暇もない。 

「いつもなら魔獣がオーラを纏っていてもいなくても、関係なく倒せるのに……!やっぱり赤のオーラを纏えないのはキツいな……!」

2匹のコウモリの魔獣の連携によって、タリムは攻撃をくらってしまう。

「ぐっっ!しかも熱い……!」

片方のコウモリに目を向けるともう片方のコウモリが反対側から攻撃してくるので、タリムの体力は、さらにじわじわ削られていく。それでも何とか抵抗するべく、普段はあまり使わない体術に頼ろうと、体勢を崩しながら蹴り上げようとした。

「これでもくらえ!」

突進してきたコウモリに直撃するはずのタイミングで、右足を蹴り上げたが、普段の何倍も遅いタリムの足技はいとも簡単に避けられてしまう。コウモリの魔獣のほうが、タリムの蹴り上げる速度よりもはるかに速い。

「くそっ!どうすれば……」

コウモリたちの連携攻撃を何とかかわし、反撃に移ろうとするも、コウモリたちには攻撃が当たらない。攻防を繰り返すうちにタリムの体力は限界を迎えていた。

「ハァ…ハァ…くそっ。せっかくクルムズ領まで戻ってきたのにこんなところでやられるのか……」

いっそ、あの執事服の男性に斬られたほうがマシな死に方だったと思い、目をつぶる。今まで生きてきた18年間の思い出が蘇ろうとした瞬間、ふと耳からはコウモリの魔獣のうめき声が聞こえた。

タリムがうっすら目を開けると、コウモリの魔獣のうち、1匹が炎に焼かれていた。ハッとしたタリムが辺りを見回すと、見慣れた少女が少し離れたところから火の魔術でサポートしてくれていた。

「タリム!加勢するよ!」

「……助かる!」

「当たって!“キラズ・フレイム”!」

少女の右目が赤く光り、身体の周りには赤のオーラが纏われた。少女が唱えた魔術により、小さな火の玉が5つ、桜の花びらの形をしたものが出現する。

火の玉は少女の誘導に従い、コウモリの魔獣を攻撃する。コウモリの魔獣はその火の力を受け止めきれず倒された。

「はぁ…はぁ…助かった……ありがとうオペラ」

オペラと呼ばれた少女は桃色の長い髪をなびかせ、タリムに駆け寄った。オペラの手には護身用の短剣がある。タリムに近づきつつ、まだ辺りを警戒してくれているようだ。オペラはタリムの顔面に迫り、言い放つ。 

「あのさぁタリム……。数日前に『ミラージュコア破壊作戦に参加するようにゴルド兄さんに呼ばれたー!』って言って、大喜びで“首都シャーウ”まで旅だったと思っていたのがつい最近の話なんだけど?……それが今、手錠までかけられて……一体何があったわけ?」

怒っているような心配しているようなオペラの声。

「しかも身体も服もボロボロだし……おまけに臭いし。何かそういう罠にでもかかった?コウモリの魔獣に苦戦するような実力じゃないでしょ?」

目の前のタリムの様子に理解が追いついておらず、オペラはつい早口になっている。タリムはなけなしの体力を使って返答した。

「俺の赤のオーラが使えなく……なっちゃって……。とにかく……話したいことは山盛りあるんだが……もう限界……」

タリムは体力の限界を迎え、ドサっと草原で倒れる。

「えっ!!ちょっとタリム、しっかりしてよ~!!!」

オペラはタリムの口元に手を当て、呼吸しているか確認する。幸い呼吸はしているようだが、タリムの身体を必死に揺さぶっても全く反応がない。

「えぇー……。どうしよう……」

オペラは呆れた。辺りにはまだ魔獣の気配が残っている。このまま草原で夜を過ごすのは危険と判断したオペラは、タリムにかけられた手錠を火の魔術で壊した。

何とかオペラはタリムを仰向けにし、そのまま腕を引きずりラーレの街まで連れて行く。

「さすがに重たいなぁ……。とりあえず街まで帰って“クルおばさん”に手伝ってもらわないと……」
 

【∞】


ラーレの街の街灯の明かりが点いた。すっかり夜である。

「………ここは?」

タリムは目を覚ますと見知った天井が見えた。自宅の、しかも自室のベッドの上にいるようだ。つい先日まで自分が寝ていたベッドである。まだ眼が霞む中、自分の顔を覗き込む母親の姿が見えた。

「『ここは……?』じゃないよもう!!オペラちゃんに助けてもらってここまで帰って来たんじゃない!あんたがしっかりしないからだよ!!」

いきなり怒られて思わず飛び起きるタリム。辺りを見回すと、自室の机の上には兄ゴルドからの手紙、壁には数本の剣が飾られている。正真正銘、自室だ。寝ぼけ眼でクルのほうを見ると、隣にはオペラが立っていた。

「……オペラちゃんもごめんねぇ。ここまで連れてきてくれてさ。ゴルドほどじゃないけど重かったでしょうに」

クルはオペラに謝罪する。

「いいんです、クルおばさん。なんでか分からないけど手錠もつけっぱなしだったし、タリムもボロボロだったので……。あのまま放っておいたら魔獣にやられてたと思うし……」

桃色の長い髪を指でくるくると絡ませるオペラ。オペラから手錠という言葉を聞いたタリムは自分の手首を見たが、手錠はしっかり外されていた。タリムはオペラのほうを見る。

「手錠は私が何とかしておいたよ。赤のオーラさえ纏っていればなんてことないものだったけど……。それより!赤のオーラも纏えなくなっているし、服はボロボロだし、訳わかんないことだらけだったよ。とりあえずミラージュコア破壊作戦で何があったのか、説明してもらうからね!」

オペラだけでなく、クルまでもがムスッとした顔でタリムに近づき、眉間にしわを寄せて問い詰める。

「顔が近い……。そうだ!母さん、兄さんは帰ってきてないか!?」

「ゴルドは見ていないけど……」

「そうか……とりあえずオペラ、母さん、そこにかけてくれ。1から話すよ」

タリムは自室のイスに二人を座らせ、ミラージュコア破壊作戦で起きた出来事を話し始めた。

ミラージュコアは無事に破壊され、そのあと出現した転移装置に触れ“BOS”と呼ばれる場所に到着したこと。BOSには、アルクス大陸では見たことがない黒い魔獣たちがいたこと。何千人もいた各領の兵士たちが、みな執事服を着た男性1人にやられ、そのあと謎の牢屋に入れられたこと。オーラエレメントが使えなかったこと。そして、その牢屋の中に兄ゴルドの姿を見ていないこと。

「―ということなんだ」

話を聞いていた2人は驚いている。オペラは手で口を塞ぎながらタリムに問いかけた。

「……あのゴルド兄さんが……やられちゃったの……!?」

「おそらくだが……。兄さんがやられてなければ、俺たち兵士が牢屋には入っていないだろうし……」

考えたくない結末だが、そうとしか考えられない。

「……そうかい。あの子の力でも敵わなかったのか……しかも牢屋にいなかったのなら……殺されたのかもしれないね……」 

クルは俯き、顔に手を当てている。肩を震わせ、静かに涙を流しているようだった。しばらくそのままの状態で沈黙が流れたが、少し落ち着いたのか、クルが話し始める。 

「少し話は変わるけどね。あの子がこの領の武力代表になったとき、それはもう浮かれたよ。あの子がいつも口癖のように言ってきた目標をついに叶えたんだって。それぐらい鍛錬は欠かさずやってきた子だし、実力もあった……」

(『俺がこの領の代表になってみせる……!』)

タリムもオペラも知っている兄の口癖。そしてその実力。武力代表になるのは必然と言えるほどであった。 

「……でもね、ゴルドが武力代表になったこの2年であんまり良い噂は聞かなかっただろ?……そりゃ力だけならこの大陸のなかでも相当強いとは思うけどさ……何かに取り憑かれたみたいになってたのかね……いったい何を考えてたんだろうね……」

「確かにいい噂は聞かなかったな……とくに他の街の人からは……」

クルの言葉にタリムが反応する。兄の悪い噂は聞いていた。あくまで“噂”で留まったのは、この街の負担がそこまで大きくなっておらず、日々の生活が大きく変わらなかったからである。

今になって考えれば、おそらく兄がこの街の“何か”に計らったのだろうが、他の街から来た行商人や出入りのあった大人たちからは不満の声は上がっていた。

(ー戦う相手がいないのになぜ今更“税”まで上げて武器を調達しているんだ)
(ー生活が苦しくなるわね……ちゃんと説明してくれないと困るわ)
(ー儲かるのは“チャナック”の街のやつらだけじゃないか……)
(ークルムズ領の代表は何を考えているんだ)
(ーラーレの街出身のやつが代表らしいぞ)
 
など、色々聞いたのを覚えている。兄のせいだけではないかもしれないが、兄が無関係なわけがなかった。

そんな中、タリムにミラージュコア破壊作戦の招集状が届いた。タリムは自分の実力が兄に認められている気がして喜んでいたが、クルはゴルドの何らかの目的に感づいて複雑な心境だったのかもしれない。

タリムの顔がどんどん暗くなるのを見たクルは、話題を変えた。

「そういや、あんたのオーラが纏えないっていう話だけどね。よく考えたら『ミラージュコアに近づくな、“黒”にオーラエレメントを盗られるぞ』って、よく聞く言い伝えがあるじゃない?あれって本当だったんだねぇ……」

「私もそれ思った~。オーラを纏えなくなるって本当にあるんだね」

オペラも賛同し、タリムも頷いた。子どものときに悪さをすると、色んな大人から言われた、いわゆる脅し文句だ。 

「私の親も同じようなことを言ってたから、子どもに言うことを聞かせるために作った言い伝えみたいなものかと思ってたけど……」

クルの言葉にタリムは幼少期を思い返した。ミラージュコアのことは、10歳ぐらいには一通り教えてはもらえる。この大陸の歴史そのものだからだ。ただ、詳しい場所などは一切教えてもらえない。悪ふざけをする人間も存在するからである。

そのため言い伝えでありながら、その存在については自分の周りの大人も答えられないものであり、言い伝えが本当なのか、ずっと真偽は不明であった。

たまたま、この数日の間でミラージュコアがクルムズ領に確かに存在するのを目の当たりにし、しかもミラージュコアに近づき、挙句の果てに壊したあと、自分のオーラが纏えないという現状に陥った。悲しいことにこの言い伝えの証人にタリム自身がなってしまっている。

「兄さんはミラージュコアを破壊するときも、執事服の男と戦うときも、具体的な目的は言ってなかったな……『“ダーク・エネルギー・コア”を破壊して、大陸の“オーラエレメント”の管理をやめてもらう』とは言っていたけど……」

「そのダーク・エネルギー・コアが何のことかは知らないけど、もしかして、アルクス大陸に伝わるもう一つの言い伝えかい?……ミラージュコアの管理のせいかおかげか、みんなが使えるオーラエレメントは公平だよっていうあの?」

「そんな話あったっけ?」

オペラは目を上に向け、頭に“?”を浮かべている。タリムはオペラに説明する。

「ほら、ミラージュコアがどうしてできたかって話。昔々に“プリズム”を巡った戦争が起きて、大変なことになったから、一人の少女がミラージュコアを置いて、戦争を止めたっていう話さ」

「あぁ~!聞いたことある!」 

オペラだって一度教えてもらっているんだから、聞き覚えはあるはずだ。

「何百年か前に空に浮かんでいるプリズムが生まれて、そのプリズムから降り注いでるオーラエレメントのおかげで、私たちはオーラを纏って火の力が使えるんだよね。それぐらい覚えてるよ~」

まだ会話が噛み合っていないような気もする。オペラの目は少し泳いでいる。

「どこまでがおとぎ話なのかは分からないけど、そのプリズムから降り注がれているオーラエレメントの量がミラージュコアによって管理されているって話だよ。昔に起きた戦争が原因でオーラエレメントを管理しなければならないと決められたみたいだけどね。だからミラージュコアのおかげでオーラエレメントがこの大陸に住んでいる人間に公平に分配されている見方もあるみたいだよ」

クルの話に「そうだった」と言わんばかりの顔をするオペラ。すっかり忘れていたのだろう。 

かくいうタリムも大陸の歴史はそこまで詳しいわけではない。ただ、大陸の歴史と兄がミラージュコアを破壊するに至った理由は関係が深そうだ。これは調べてみる必要がある。

「とにかくタリム、あんただけでも帰ってきてくれて私は嬉しいよ。オペラちゃんもありがとう」

「いえいえそんな。たまたまあの草原をいつも通り散歩していただけで、偶然なんです!……でもあそこで私が散歩していなかったらタリムは危なかったかも」

オペラはタリムを見てニヤっと話す。タリムはそっと目を逸らした。

「とりあえず二人ともゆっくり休んでおいき。タリムの“赤のオーラ”も、もしかしたらゆっくり休めば戻るかもしれないしね。普通は“赤のオーラエレメント”がなくなっても1日休んだら使えるんだから」

「……分かった。そうするよ」

「わー!おばさんのご飯好きなの!お言葉に甘えますね!」

オペラに救われ無事に帰宅できたタリムは、数日ぶりにまともな食事にありついた。その食事の光景にオペラもクルも驚いていたが、仕方がない。なんせしっかりした食事が摂れてなかったのだから。

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした~!」

その後、オペラは自分の家に帰った。オペラを見送ったタリムは自室に戻り、再び眠りにつくのであった。

 
【∞】


翌朝、疲労が回復したタリムは、早速オーラが戻るかを試そうとした。試そうとした矢先、家の扉がノックされ、扉を開けたところにオペラがいた。

オペラが一言、「私が助けたんだから、私もオーラが戻るのか見る権利ぐらいあるでしょ」といったので、招き入れた。

オペラ、またクルが見守る中、タリムが目を閉じて集中し、赤のオーラを纏おうとする。いつもなら右目が赤く光り、体内から湧き出るように赤のオーラが纏えるのだが、全くもって反応しなかった。

「うーん……やっぱり纏えないな。牢屋にいたとき1日、2日分ぐらいは寝たんだけど、その時からもう回復してなかったのかもしれないな」

それを見ていたクルが困った顔をする。 

「そうだねぇ……私も赤のオーラエレメントのことに詳しいわけじゃないし。やっぱりオーラの研究をしている人間じゃないと分からないかもねぇ」

「クルおばさん、言い伝えの中にオーラを元に戻す方法とか聞いたことない?」 

オペラがクルに確認するも、クルは首を横に振る。

「言い伝えだからねぇ……そんな話もあったかもしれないけど、覚えてないわ」

みんなで悩む。オペラが何かを思い出した表情をする。

「そうそうタリム、赤のオーラエレメントのことなんだけど。この前のミラージュコア破壊作戦の日から、クルムズ領の中の魔獣の動きが活発になってるの。ミラージュコアが破壊されたことによって、この辺り一帯の赤のオーラエレメントの量が一時的に増えたみたい。普段、魔獣がいない、この街の周辺にも魔獣がいたのはそれが原因らしいよ。……今更だけど、タリム一人で街の外に出歩くのは危ないかもしれない」

「なるほど……それで魔獣がラーレの街の近くまで来ていたのか……」

少しの時間、タリムは考え込む。赤のオーラエレメントが回復しないのであれば、当然“赤のオーラ”は纏えない。そうなると自分の実力は半分も出せないだろう。ここまでくると何をするにも足手まといだが、街の外に出られないというのは苦痛だし、何よりオーラを元に戻す方法が分からないのは嫌だった。

「ーそれでも、兄さんのことや、ミラージュコアを破壊したときに一緒にいた兵士たちも同じような状況かどうか、“首都シャーウ”まで報告に行こうと思ってる。まだあの牢屋で他の領の兵士が捉えられている可能性もあるし」

クルは牢屋について、もう一度タリムに聞く。

「牢屋ねぇ……。この大陸にそんな数百人、数千人も一気に入れて、しかも塔みたいに高くて、下にはお墓って……この街でお墓を作っている家なんてほとんどないのにそんな場所、本当にあるのかい?……まぁ、生まれてこの方クルムズ領から出たことないから、そんな場所があるのかもしれないけれどさ……」

タリムも正直、本当にそんな場所があるのか疑っていた。 

「身体もボロボロだったから幻覚とかだったかもしれないけど……確かに怪しいのは怪しい……やっぱり他の兵士たちにも情報収集しないといけないな」

オペラはタリムに再確認する。

「ここから首都シャーウまではけっこう距離があったでしょ?さっきもいったように、魔獣の動きも活発なんだから、行くまでの道で赤のオーラを纏えないとしんどいんじゃない?」

そうだった。その件を解決しないと首都シャーウに報告に行くことすらままならない。ただ、オーラのことは自分だけではどうにもならない。

「どうしたものか……」

「ねぇタリム、相談なんだけどさ」

タリムが呟いたあと、即座にオペラが返事をした。ニヤリと悪い顔をしている。嫌な予感がする。

「私も一緒に首都シャーウまで連れて行ってよ。魔獣を倒す役でさ」

「いやいや!オペラを危険な目に合わせられるわけないだろ!」

やっぱり嫌な予感は的中した。必死に手を振るタリム。オペラがドヤ顔で応戦する。

「おやぁ~?誰のおかげでこの家まで帰れたのかなぁ?私がタリムを襲った魔獣を倒したからじゃなかったっけ~?」

それについては何も言い返せない。クルも口を挟む。

「……あんたは剣術だけが取り柄なんだから、多少“赤のオーラ”が纏えなくてもオペラちゃんを守りながら戦えるでしょ。行ってきなさいな」

「母さんまで!オペラに何かあったらどうするんだよ」

クルがため息をつく。

「はぁ……あんたもオペラちゃんが魔獣の1匹や2匹倒せるようになったのを知ってるんだから、お言葉に甘えたらいいのよ。どっちみち、あんたは赤のオーラを纏えないのに首都シャーウまで行くって言ってて、道中の魔獣を倒せるか分からないんだから。それ以外に選択肢なんてないでしょ?」

全く持ってその通りではある。

「赤のオーラが纏えないなりに、あんたがきっちりオペラちゃんを守りながら戦えばいいだけの話!……どっちにしろ今、オペラちゃんのご両親は“パトラマ火山”の調査でいらっしゃらないし、もし帰ってこられたら私から事情は話しておくから。オペラちゃんもそれでいい?」

クルの言葉にオペラが追い打ちをかける。

「そうそう!どうせうちの親もいないんだし、私も暇なの!ほらタリム、クルおばさんもこういってるんだから行くよ!」

タリムが再度クルに目を向け、タリムに向かって頷くクル。こうなった母さんはてこでも動かない。 

「わかったよ……とりあえず準備してくるからちょっとだけ待っててくれ」

「剣はあんたの部屋の壁にいつもどおりかかったままだよ」

クルに言われ、自室まで剣を取りに行くタリム。自室の机に置いてある兄ゴルドからの招集状を一瞬開け、中をサッと見てまた元に戻した。

自室内には何の変哲もない剣が複数本置いてあるので、1本を掴み、自室をあとにする。

自室を出たタリムは自らの顔をパンっと叩き、心を落ち着かせる。

(兄さんのことは心配だけど、とにかく今はクルムズ軍に報告だ……!)

剣を腰に装備し、身なりもしっかり整った。

「タリム、ちょっとお待ち。これ、持っていきな」

クルは袋に入った金貨、銀貨、銅貨をタリムに渡す。重さもしっかりあり、旅には困らない額だった。

「こんないっぱいのお金を持っていっていいのか?」

生活に使う分とか入ってないだろうか。

「ーそれはゴルドがまだ武力代表になる前、クルムズ軍で必死に働いて家に入れてたお金だよ。そのお金は結局使わないで置いていたけど、あの子のことだし、もしかしたらあんたのために貯めていたのかもしれない。そのお金、ゴルドが生きているのを確認するまで使いな」

その言葉を聞いたタリムはゴルドが必死になって訓練している様子を頭に浮かべる。 

「………分かった。兄さんに会えたら必ず返すよ」

「おばさん、私の分もあるけどいいの?」

「オペラちゃん、あんたはタリムの恩人なんだからこれぐらい甘えておきなさい。ゴルドも文句言わないわよきっと」

フフッと笑うクル。

「分かった!ありがとうおばさん!」

数日前はまさかオーラが纏えなくなるなど夢にも思わなかった。しかも今度はオペラと2人で旅をすることになるとは。

「あんたたち、気をつけて行くのよ」

頷く2人。

「じゃあオペラ、まずは“アカラ”の街を目指して行くぞ」

「さすがに分かってるよ~」

“アカラの街”は首都シャーウとラーレの街のおおよそ中間ぐらいにある街で、ラーレの街より大きい。ここからアカラの街までは半日ほど進めば到着するだろう。ゆっくり行くと夜になってしまう。急がなくてはならない。

「行ってらっしゃい」

クルの見送りに手を振り返す。街の外に出た2人は南にあるアカラの街を目指して歩き始める。

「まさかこの草原より外に行けるなんて思ってなかった!連れて行ってくれてありがとねタリム!」

ほぼ無理やりついてきたくせによく言う。

「正直今の自分だと魔獣相手にどこまで戦えるのか分からないしな。オペラがいるほうが心強いのは確かだ」

草原を見渡すと、先日自分を襲った赤いコウモリの魔獣が数匹飛んでいるのが見える。数は少ないが、普段よりは多い。オペラの言ったとおり魔獣の動きは活発になっているようだ。

「別に隠れるほどではないんだろうけど、警戒は必要だな。オペラ、コウモリ以外の魔獣はいるのか?」

「んー……私の苦手な赤いチョウとかガ、トンボ、バッタとか、虫系の魔獣はこの数日で見たかなぁ。でもコウモリとかモズの魔獣たちがそれを狙ってるから、私の前に出てくるのは虫よりも大きいコウモリとかモズだけだね」

「トンボ……トンボな……」

トンボという単語に嫌な記憶が蘇る。BOSにいたサイズが全く違う黒いトンボ。少し不安になったタリムは、クルムズ領でのサイズ感をオペラに聞く。

「一応聞くけど、トンボって俺達が小さいときに見ていたやつとそんな変わらないよな?」

「まぁそうだね。もしかしたら赤のオーラエレメントが増えたから少し大きくなってるかもしれないけど、見た目はそんなに変わってないよ」

一安心である。またあのサイズのトンボを見たいとは思わない。

話しているうちにコウモリよりは少し小さめの赤いモズの魔獣がタリムら目掛けて突っ込んでくる。

「くるよタリム!構えて!」

「分かった!」

タリムは長剣を、オペラは短剣を構える。

構えに気づいたモズは二人を前にし方向転換する。そのままどこかへ飛びさってしまった。

「……?」

オペラは首をかしげる。

「魔獣でも人間と必ず戦うわけじゃないもんな」

「そういや、そんな魔獣もいるってひと通り習ったねぇ」

剣をしまい、再び歩き出す二人。

「そういやオペラ、ミラージュコアがなくなって赤のオーラエレメントが増えたから、魔獣の動きも活発になったって言ってたよな。やっぱり“パトラマ火山”も影響があったのか?」 

「さっきクルおばさんが話してたけど、私のお父さんやお母さんがいないのは、まさにその調査のためだよ。パトラマ火山に魔獣が増えていないかとか、他の生物との関わりとか、あとはマグマの活動も確認するって言ってたよ」

タリムは昔に習ったことを思い出す。

ここアルクス大陸では、プリズムから地表にオーラエレメントが降り注いだ以後、人間と同様、動植物なども独自の進化を遂げている。

特にアルクス大陸の一番外側に位置するダンジョン、クルムズ領でいえば、領の北端にあるパトラマ火山は、領の中央付近にあるミラージュコアの影響を受けにくく、最も生態系が複雑だ。

ミラージュコアの影響を受けにくいということは、それだけダンジョンには赤のオーラエレメントが多く降り注いでいるということを意味しており、そのオーラエレメントを人間と同じように身体に取り込み、オーラを纏えるようになった生物を“魔獣”と呼ぶようになった。

魔獣が人やオーラを纏えない生物を襲う理由などは、まだ解明されていないものが多く、日夜研究が続けられている。

ちなみにオペラの一族は代々パトラマ火山のことや、火山周辺の生態系について調査を行っており、その研究でラーレの街、ひいてはクルムズ領に貢献されてきた。街の中でもオペラの両親、その一族を慕っている人間は大勢いる。 

「1回パトラマ火山に行くとなかなか帰ってこないんだけどね……私もそろそろ後を継ぐとか継がないとか言われるんだろうなぁ……」

後を継ぐ……か。自分の父親はラーレの街から西に向かった鍛冶と陶磁器の街“チャナック”で鍛冶屋を営んでいるが、考えたこともなかった。

そんな話をしていると、空中から赤いコウモリの魔獣が2匹、こちらに向かってくるのを発見する。

「今度こそ来そうだね!」 

オペラがそういうと短剣を胸の前に構え、詠唱の準備に入る。右目が赤く光り、オペラの身体の周りには赤いオーラが纏われる。タリムの右目は光らなかった。

(つい癖でオーラを纏おうとしたけど、反応しないんだった……)

タリムは少しだけ落ち込んだが、オペラを守るように陣取り剣を構える。

「手錠もないし、この前の恨み晴らさせてもらう!」

コウモリの魔獣は急降下し、赤のオーラを纏い翼を広げ体当たりを仕掛ける。タリムはその体当たりを剣で受け、自分の前方に受け流した。

「おっ……と!」 

そのままタリムはコウモリの魔獣に対し間合いを詰めて斬ろうとする。コウモリの魔獣は口を開け、火属性の音波でタリムを攻撃する。

「シャァァァァァ!!」

「!!あぶねぇ……」

サッと音波を避けるタリム。タリムの振り下ろした剣が、そのままコウモリの魔獣を切り裂いた。コウモリの魔獣は叫び声を出し、そのまま地上に落ちていった。

「……よしっ。魔獣がオーラを纏っていてもこのサイズならダメージは通りそうだな」

オペラを見ると詠唱が終わり火の玉でもう一匹のコウモリの魔獣を倒していた。

「こっちもおしまい!」

その後、何度かコウモリの魔獣が2人を襲ったが、難なく倒していく。そうこうしている間に日が暮れ、アカラの街が見えてくる。 

「やっと街の灯りが見えたね!」

オペラが嬉しそうに話す。

「今日はもう遅い。アカラの街で休もう」

タリムがそう言うとオペラが顎に手を当て、「む~……」と唸っている。何か言いたげのようだ。

「私、他の街に行ったことなかったからさ。アカラの街の中を見て回りたいんだけどダメかな?やっぱりタリムは急いでる?」

少し上目遣いで質問するオペラ。早めに今の現状をクルムズ軍に報告したいとは思っているため、急いでいると言えば急いでいるが、急いだところでオーラが元に戻るわけではない。オペラの意見を尊重する。

「明日の朝、街を見て回ろうか。俺もこの前は少し休んですぐに出発したから、街の様子は知らないんだ」

「じゃあ明日の朝見て回ろう!」

表情が明るくなるオペラ。無事にアカラの街に到着した2人は、そのまま街の中の宿を探してゆっくり休むことにした。
 

【∞】
 

翌朝、宿を出た2人は街の中を見て回る。夜には見えづらかった街の入り口にはクルムズ領全体の地図と、街の中を示した地図があり、改めて眺めることにした。クルムズ領の地図は自分たちにとって何百回も見た地図である。 

クルムズ領、そして他の領はおおよそ細長いひし形の形をしており、ちょうどアカラの街はクルムズ領の中で中心に近い位置にある。ここから少し西に行けば、先日、ひどい目にあったミラージュコアがあり、北にはラーレの街、南には首都シャーウがある。アカラから見た北西に位置するのはチャナックの街、南西に位置するのはペリバジャールの街となる。

クルムズ領全体でみると高低差も少なく、平坦な土地が多い。大きく東に向かうと“橙”オーランゲ領、同じく西に向かうと“紫”リラ領があり、両方の領との領境もそこまで険しい道のりではないらしい。

クルムズ領の南側は、トマトやさくらんぼ、イチジクなどの栽培を行っているほか、特にナッツ類と茶葉類の生産には力を入れており、他の領へ売り出しに行く行商人も多い。 

「さて……どこから見て回ろうか」

タリムの言葉にオペラはすかさず反応した。

「やっぱりあの大きい建物かな!」

アカラの街はラーレの街と同じく、住宅街や商店が立ち並ぶ場所など、おおよそ区画が分かれているようだが、ひと際目立っているのは、街の中心にあって展望台にもなっている塔のような高い建物だろう。

商店は道の端にあるだけではなく、この塔の内部にも存在する。アカラの街を一望しようと、2人はこの高い建物を目指すことにした。

「わー!賑わってるねー!」

建物に入り、商店を見回す2人。商店にはクルムズ領を代表する火を扱った工芸品、武器、防具などが取り揃えてある。

また“橙”オーランゲ領で採れた数々の食材もあり、買い物には困らなさそうだ。 

「見てタリム!“曼珠沙華”があるよ」

オペラは商店にあった工芸品“曼珠沙華”を手に取った。曼珠沙華とは赤い花火のような花を加工して作られたランプのようなものだ。

その曼珠沙華の値段がラーレの街よりも数倍高くなっていることに気付く。

「ひぇっ……。うちの街にもある曼珠沙華なのにうちの街よりも値段がかなり高く設定してあるね……。クルおばさんの言ってた“噂”は本当だったんだ……」

オペラはタリムのほうを見る。

「あぁ……これが税が高くなっているってことなんだろう。これに関しては兄さんがどういうつもりだったのか分からない。そのあたりも代表者に聞くべきだろうな」

タリムは思ったより冷静でいられた。増税の影響で商店の経営もしんどいはずなのに、この街の商店にはまだ活気があった。周りの人間たちの顔を見ればそれがよく分かる。

「ここの建物の中でご飯を食べて行ってもいいのかなぁ……?」 

オペラは多少、お金のことを気にしてくれているようだが、このお金は兄さんの貯めたもので、厳密に言えば自分のものではない。母さんも問題ないって言っているのだから、遠慮なく使わせてもらおう。

「食べていこうか」

タリムがそう言うとオペラはルンルンでご飯が食べられる場所を探し始める。

商店の中には食事どころも多い。オペラはそのうちの一つ、音楽が好きな人たちが自由に楽器を弾いているカフェに目星をつけた。カフェの中では「ウド」と呼ばれる楽器を弾いている人物がひときわ目立っている。

店の前の看板にも書いてあったが、今日は詩人もいるようで、音楽に合わせてアルクス大陸に伝わる言い伝えを歌っているようだ。

「ちょうどいい。兄さんにも関係するかもしれないアルクス大陸の言い伝えだ。復習しなおそう」

「おー!」

店員さんが運んでくれたスープとパンを口に入れながら、詩人の話を聞き入った。
 

【∞】


―約300年前―

アルクス大陸のちょうど中央、その上空にできた虹色の雲。その時地上にいた、ありとあらゆる生物はその異様な雲の発達を見届けていた。雲自体が虹色に輝く光景は、この世の終わりとも、また始まりにも見えた。 

虹色の雲を確認した数時間後、虹色の雲は姿を消し、空は黒い雲に覆われた。アルクス大陸はそこから嵐に見舞われ、その嵐は200日続いた。長期に渡る嵐により命を落とすものも多くあった。

嵐が終わったあと、まだ黒い雲が空中を漂う中、虹色の雲があった場所には透明なガラスのようなものでできた多面体が、空中に浮いていた。多面体はその場から動くことなく鎮座していた。

黒い雲の切れ間から僅かにこぼれた太陽の光が、多面体に当たった瞬間、アルクス大陸全体に7色の光が降り注いだ。“オーラエレメント”という物質の誕生の瞬間である。

そしてこの透明の多面体は後に“プリズム”と呼ばれることになる。 

嵐を生き残ったあらゆる生物たちは、その7色の光に晒されることになり、生物たちの皮膚などを通じて体内に取り込まれていった。

このとき、長らく続いた嵐による被害もあった人類は、オーラエレメントの恩恵がいかなるものか知る由もなかったのである。

プリズムが出現する以前のアルクス大陸はおおよそ六角形の形をしていた。嵐による地形の変化こそあれ、今のような領の境目などはなかった。

だが、7色に降り注がれる光が、大陸の地域ごとにその降り注がれる量が異なったことから、大陸の中心から北を“赤”、北東を“橙”というように、時計回りに色にちなんだ領土が形成されていった。その中でも“藍”だけは、降り注ぐオーラエレメントの量が少なかったことから、大陸中心部の地域を藍の領とした。

アルクス大陸に7色の光が降り注がれてから15年経過した頃、同じ領土に滞在していた人類から次々に“オーラ”を纏えるものが現れた。人類の体内に蓄積されたオーラエレメントが、オーラという形で目に見えるようになったものである。

オーラの色に応じて、人類は自然界の力が使えるようになった。赤のオーラエレメントが蓄積されたものは火の力が、青のオーラエレメントが蓄積されたものは水の力が使えるようになった。その力は人類の生活を大幅に変化させ、あらゆる生物の中でも特に目覚ましい発展を遂げていく。

約240年前、特にアルクス大陸の中で力を持っていた“赤”“黄”“青”の領が、他の領を武力で制圧するようになる。大陸の中心、その空中に鎮座しているプリズムを奪取するため、最もプリズムに近い“藍の領”を制圧するための戦いが各地で勃発する。のちに“プリズム戦争”と呼ばれたこの戦争は、特に大陸の中心部分において激化の意図を辿った。

各領がプリズム戦争による甚大な被害を受ける中、大陸中の動植物もそれに巻き込まれた。食糧の奪い合い、立場が弱いものへの弾圧なども頻繁に起き、大陸中は常に殺伐とした雰囲気であった。そんな混沌を極めたプリズム戦争を終結させたのはたった一人の少女であったという。

少女の力により、プリズムは一時的に黒い球体に取り込まれ、プリズムは輝きを失った。その後、プリズムから地上に降り注がれるオーラエレメントの量は激減してしまった。

少女は黒い球体とともにプリズムの力を封印した。この出来事を境に人類のほとんどがオーラを纏えなくなり、プリズムを奪取するどころではなくなったため、結果、戦争は終結する。

少女は人類が二度と戦争を起こさないよう、アルクス大陸の全領土にミラージュコアと呼ばれるオーラエレメントを吸収するための装置を設置し、オーラエレメントを管理するようになった。

今日にもミラージュコアが残り、世は平和になっている。


【∞】


詩人の話が終わり、頷くオペラ。食事も同時に終わり口を拭いている。

「そうそう、こんな話だったねぇ」

「前にこの話を聞いたのも8年ぐらい前だ。まぁ忘れていても仕方ないかもな」

詩人の話を聞いてタリムは考え込む。

(ミラージュコアによるオーラエレメントの管理……確かにミラージュコアを破壊することで確実に変化はあるだろうけど……オーラエレメントの供給量を増やすことで兄さんは再度戦争でも起こそうとしていたのか……?)
 
「そういやプリズムからオーラエレメントがなくなったのって、今のタリムみたいだよね。黒い球体に飲み込まれたのに、またオーラエレメントが降り注ぐようになったのも、何か理由があるのかなぁ?」

オペラは素朴な疑問を放った。オペラは続ける。

「それにしても、戦争を止めたのが1人の少女ってすごいよね。少女って言うんだから、私達と同じ年齢ぐらいなのかも」

(プリズムとオーラエレメントの関係もよく分からないな……あとはBOSで会ったのは男性……。少女……ではなかったな)

「ちょっとタリム!聞いてるの!?」

一人で唸るタリムにオペラは怒る。

「聞いてる聞いてる。BOSで会ったのは男性だったから、少女ではないなと思ってさ」

「その男の人は分からないけど、200年以上も前の話だよ……?さすがにその女の子も亡くなってるでしょ。じゃあそろそろ行こっか」 

「そうしよう」

再び街の散策に戻ったタリムとオペラ。

アカラの街には他にも公衆浴場があったり、街の端にある小高い丘の先には、数百年前に使われていたとされる城の跡地があったりする。

また、街の中には“アンゴラ”という種類の猫がとても多くおり、散策中しょっちゅう見かけた。白色の毛並みにオッドアイが特徴で、その眼の綺麗さも含め人気の猫である。

街の散策中はどこに行くにも“アンゴラ”がいるので、オペラは“アンゴラ”と会うたびにひとしきり戯れていた。オペラは音楽以外も動物も好きなので、満足したようだ。

ちょうど街の外に出ようとしたとき、ちょうど街の出入り口付近にたむろしていた住民たちが噂話をしていた。タリムとオペラが聞き耳を立てる。

「この間のミラージュコア破壊作戦の名残りなのか、この辺りにまで魔獣が出てやんなっちゃうよ」

「結局あのときの作戦のあとはどうなったんだろうね」

「知らんのか?オーラが使えなくなって帰ってきた兵士もいるらしいぞ。アカラの街の出身の兵士たちも何人か見たな」

「命まではとられてないらしいが可哀想に……」

「そもそもオーラが使えなくなることなんてあるのね」

「オーラが使えないって何が起きたんだろうなぁ」

「話は変わるけど税金の値上がりってどうなってんだ。食料は何とかなってるけどよ……」

自分以外にも帰ってきている兵士がいて安堵するタリム。しかし兄ゴルドの直接的な安否の話はなかったため、目的地の首都シャーウまで出発することにした。

「何人かはタリムみたいにクルムズ領に帰ってきている兵士さんたちもいるみたいだね」

「そうみたいだな。あとは兄さんさえ帰ってきてくれたら……」

街を出た2人。道中は相変わらずコウモリの魔獣、時たまにモズの魔獣が襲いかかる場面もあったが、2人の技の前に倒されていく。

ちなみにクルムズ領の南、特にアカラの街より南側は北端にあるパトラマ火山から遠ざかること、またミラージュコアによって赤のオーラエレメントが少なくなるため、魔獣の量が極端に少ない。
 
オペラの両親の研究によって最近に分かったことだが、クルムズ領の魔獣たちはパトラマ火山のマグマ、つまり熱がないと生きていくことが難しいようで、南側にはその熱源となるものが少ないことも魔獣が少ない要因のようだ。

アカラの街を出発してからは、特に地形の変化も大きくなく、2人が首都シャーウに到着するのは容易かった。道なりに進むだけで到着する。

首都シャーウまでの道のりには、先述したナッツや茶葉を育てている土地もあり、オペラは楽しそうに観察していた。


【∞】


首都シャーウに到着した途端、オペラの大きな声が響く。

「すごーーい!!大きいー!!」

「大きいよなー……俺も数日前おんなじ場所でおんなじように大きい声で言ってた……」

ここ、首都シャーウはクルムズ領の中で一番大きい街で、領の代表者やクルムズ軍が滞在している。また他の領との交易、人との交流も盛んに行われており、クルムズ領一の市場なども存在する。

「オペラ……そのキラキラした目は一旦置いといて、とりあえずクルムズ軍が滞在している基地まで行ってもいいか……」

実際オペラの目は1歩進むごとにキョロキョロと動いており、街の中を見て回りたい気持ちが昂っているのはよくわかる。 

「そ、そうだねタリム。またあとにするよ」

しどろもどろなオペラを連れ、2人は真っ直ぐ基地に向かう。基地は街の端、“空港”の近くにあるようで、あちこちの立て看板に基地がある方向が指し示されていた。 

(もしかしたら兄さんもいるかも……)

タリムは少しだけ期待しつつ、基地のちょうど正面入口に到着する。タリムの見知った兵士らも何人かいた。その中の一人の男性がタリムに気付き近寄ってくる。

「タリムじゃないか!無事だったか!」

「トーチ!!よく無事で!」

タリムと同じようにミラージュコア破壊作戦に参加したトーチ。2人は肩を抱き合い、再会を喜んだ。

「いや~死にかけたぜ。もうちょっとで餓死寸前のところを、訳のわからんやつが牢屋の鍵を開けてくれてな。そのままそいつに着いていったら今度は赤い転移装置か?に触れたら帰ってこれたんだよ」

タリムの経験と同じ出来事を話すトーチ。どうやら他の兵士も同じような状況だったようだ。みんなウンウンと頷いている。

「意識が朦朧とはしていたけど、やっぱりあれは幻覚じゃなかったんだな。じゃああの謎の塔のような建物を登って……下には墓があったんじゃないか?」

タリムからトーチに問いかけるも、その内容は把握していないようだ。

「そうだったのか?無我夢中で赤い転移装置に触れたから塔の下は見てないぞ」

他の兵士たちの中にはタリムと同じく墓のようなものを見た主張もある。気のせいではないらしい。

「それにしてもあの執事、あいつはめちゃくちゃ強かったな。タリムもそこそこ腕が立つのによ」

BOSの執事服の男性の話題に切り替わる。 

「全く目に追えなかった……あんな化物がいるなんて聞いてないよ」 

「俺も早々にやられて意識がなかった。気付いたら牢屋だったよ。あんな瞬間移動できる人間、化物以外の何者でもないぞ。アッハッハ」

ここまで実力差がはっきりしていると最早笑い話である。

「そうだ、トーチもオーラは纏えないのか?」

「その様子だとタリム、お前もそうみたいだな。俺も、ここにいる兵士たちも、みんなオーラは纏えない。BOSに行った兵士の中でオーラを纏えるものは誰一人いないらしい。きっとほかの領の兵士たちもそうだろうな」

予想通りといえば予想通りだった。そもそも赤のオーラが纏えるのであれば自力で牢屋を脱出できるはずだ。

「トーチ、ゴルド兄さん、いやゴルド代表を見ていないか?」

「ゴルド代表?見ていないな……。牢屋にいたのかもしれないが、少なくとも俺は見ていないぞ。なぁみんな」

その場にいる他の兵士たちにも確認するが、やはり兄の姿を見たものはいないようだ。

「そうか……すまないありがとう」 

「ゴルド代表がただでやられるとは思えないし、きっと大丈夫だろ。ところで横にいる可愛い女の子は誰なんだ?タリムの彼女か?」

「えっ」

今度はタリムの横に立っていたオペラが話題となる。タリムが慌てて回答した。

「いやいや!彼女じゃなくて俺の幼なじみ!俺がオーラを纏えないから魔獣除けに着いてきてくれたんだよ」

必死に弁明する。何ならオペラが無理やり着いてきたと言っても過言ではない。

「あぁー……タリムはラーレの街の出身だし、ここまでくる道中も魔獣が多かったからか。とはいえ、そんな中でも着いてきてくれる関係ってことだろ?タリムもすみに置けないな!アッハッハ」

トーチ以外の兵士連中もタリムをからかってくる。

「ま、今はクルムズ軍を束ねていたゴルド代表もいない。そもそも身分を証するものがないから基地の中にも入れないんだよ。とりあえず“領主館”に行くといい。俺達もあとから手続きを済ませるつもりだ」

「わかった、領主館だな。オペラ、行こうか」

「…………ふうーん……」

少し頬を膨らませるオペラ。何か気に障ったのだろうか。反応が薄いような気がするが気のせいだろう。

 
【∞】


基地をあとにし、領主館に向かう2人。領主館は首都シャーウの中の更に中心部に存在している。

クルムズ領に住む人間は領内のどの街に生まれても、この首都シャーウの領主館に生まれたことを届け出る決まりだ。そうしてクルムズ領に住んでいることを証明し、身分を保証している。

自分が赤子のときは一度ぐらい届け出のために来ているのだろうが、何せ記憶がない。子どものうちに領主館に来ることはほとんどないため、見慣れない建物である。

中に入ると、兵士たちに向けた身分証明の発行手続きについて、受付にいる男性、女性が案内してくれる。

「今回のミラージュコア破壊作戦に参加され、オーラが使えなくなった兵士の方は、身分証の再発行とオーラが使えないことについて念の為登録いたします。こちらにお並びください」

オペラには窓口にあるイスに座っておいてもらい、再発行の列に並ぶタリム。自分の順番が来ると、見慣れない機械に触れるよう案内された。機械で何かを登録しているようだ。しばらくするとその機械から身分証が発行された。

「この度のミラージュコア破壊作戦、お疲れ様でした」

「いえいえ……結局負けて帰ってきているので……」

いくらか社交辞令を交わし、オペラのところに戻るタリム。 

「とりあえず身分証も発行されたし、クルムズ領の人間ってことは証明できそうだな。………さて、この建物内にいる“知力”と“精神力”の代表のところに行こう」

「私もついていくね」

二人は領主館内部にある代表者がいる部屋に向かう。ここにも受付の担当をしている男性がおり、身分証を提示し用件を説明する。男性が代表者室の中に入り、続けてタリムとオペラが通された。

室内には代表と思われる男性と女性が1人ずつ座っていた。

男性は短髪で目元にシワがあり、タリムの父親と同じぐらいの年齢であることが分かる。肩幅もあり割とガッシリした体型のようだ。クルムズ領に伝わる長いガウンのような伝統的な衣装を身につけ、仕事に勤しんでいた。

机の上には山のような資料が積み重なり、やることが多すぎるのか目にクマができている。

一方女性の髪は長く、タリムよりは一回りぐらいの年齢で年上であることが分かる。こちらの女性はラフな格好をしているものの、立ち居振る舞いをみるだけで、仕事はバリバリこなせそうな人である。

「失礼いたします。ラーレの街、クルムズ軍に属しておりますタリムです。ミラージュコア破壊作戦の報告に参りました」

男性と女性はこちらに気づき、一礼した。

「ゴルド代表の弟君か。報告ご苦労。横の彼女はオペラさんというのか。……ラーレの街の学者であるお父さん、町医者のお母さんには大変お世話になっている………さて、君と同様に帰ってきてくれた兵士らからおおよその事情は聞いている。特別聞いておいたほうがよいことはあるか?」

“知力”代表であるケマルがタリムに質問を投げかける。

「はっ。私も大半の兵士同様、なす術無くやられてしまい、意識も混濁しておりましたため、確実にこうだというものをお示しできないのですが……」

 「構わない。二人とも、そこにかけなさい」

タリムとオペラは応接用と思しきソファに腰掛ける。ケマルも応接用のソファに移動し、タリムに話をするよう促す。

「では……」

タリムは敵と思われる執事服の男性、謎の牢獄に収監されたことについて話し始める。ひと通り話をしたあと、その話を聞いていた女性、“精神力”代表のエメルがゆっくり応接のソファに移動してきて、残念そうな声で話し始める。

「なるほど……。確かにゴルド代表が帰ってきている報告をしている兵士はいなかったわね。ゴルド代表の生死についても確認したものは誰もいないし、その執事服の男性に殺された可能性が高いのかもしれないわ……」

エメル代表は憂いた表情をしながらケマル代表を見つめた。

「どうしますケマル代表……?ゴルド代表が帰ってこない件は“殺された”、もしくは“敵の捕虜にされた”という線で“虹彩会議”に報告しますか?」

ケマル代表は首を横に振った。

「少なくともゴルド代表の生死は確認できていない。ゴルド代表のことについてだけ言えば、虹彩会議での報告は保留にしようと考えていた。……だが、今回は他の領の兵士らも巻き込んだ形でミラージュコアを破壊してる。次回の虹彩会議でクルムズ領が実際に作戦を決行したことそのものの責任は問われるだろう」

目をつむりながら淡々と話しているが、実際はかなり険しい顔をしているケマル代表。

「虹彩会議ではまず、今回、兵士を参集してくれた、“橙”オーランゲ領、“緑”ヒスイ領、“青”アズーロ領に謝罪したうえで、各領の兵士らの安否確認をしてもらうよう働きかけようと考えている。タリムの話や他の兵士らの話を総合しても、クルムズ軍に属していた兵士らは何らかの形でクルムズ領に帰ってきていると思われるし、他の領も同じ状況だと助かるのだが……」

さらに難しい顔をするケマル代表。エメル代表もひと通り考えたあと発言する。

「……すでに今回のミラージュコア破壊作戦の話は大陸全土に広がっています。ゴルド代表が帰ってこないことで『BOSにいる人物に“あの”ゴルド代表でもやられてしまった』と噂されるのも時間の問題でしょうけれど……とりあえず虹彩会議では上手に話しましょうか」

「エメル代表、助かります。……タリム、よく報告してくれた。今はゴルド代表が行った軍拡に伴う増税への負担の対応や、今言った虹彩会議での報告も控えている。課題が多い状態だ」

机の上の資料を見れば、言わずもがな忙しいことは分かる。

「タリムさんには申し訳ないけど、またゴルド代表のことで何かわかったら領主館まで報告に来てくれないかしら?」

ケマル、エメル両代表の2人の話に頷くタリム。

「我々兵士は今後どのようにすればよろしいですか」

ケマルは顎に手を当て、少し考えてから回答する。

「ふむ……少なくともクルムズ軍に指令を下ろす内容は今のところない。オーラが纏えないのは確実に不便だろうし、このまま軍を退いてもらうのも一つだろう。基本は自分の住む街の自警にあたってもらえたらとは思うが、それも無理にとは言わない。今後の虹彩会議の内容にもよるが、招集するときは何らかの形で連絡する。今は自由に行動してくれ」

ミラージュコア破壊作戦に参加した兵士らの負担にならないよう、一定の考慮はしているようだ。それでもまだ聞き足りないことがある。

「お忙しいところ誠に恐縮ですが、まだ何点かお聞きしたいことが。両代表、つかぬことをお伺いするのですが、私も含めた兵士たちのオーラが纏えない件について、何かご存知ではありませんか?」

「その件か。……あまり対外的に公表できるものではないんだが……。君はゴルド代表の親族だ。知る権利はあるだろう。横の彼女もギレソン氏の娘。クルムズ領への貢献の観点から考えても、知ってもらって差し支えないと考える。………だが、今から言うことはくれぐれも“これ”で頼むよ」

ケマル代表は少しだけ表情を和らげ、左手の人差し指を口に当てた。タリムとオペラは何かを察し、首を縦に大きく振った。

「また時が来たら兵士らには話す予定にしているから安心してくれ。……さて、虹彩会議の記録によれば、1番直近でミラージュコアを破壊したのは100年前。その時も各領の兵士、領の代表者たち、各領各軍の幹部級の人間は“BOS”に無事に到達はしている。だが、今回と同様、BOSにいた1人の人間……男性にやられ、各領から集まった兵士らはみな、オーラが纏えなくなったそうだ。その時は各領の代表者、軍の幹部など複数名が行方不明となった。生死は……不明だ。そのままこちらに帰ってきた報告はなく、年齢的には亡くなられている可能性が極めて高い」 

「!?」

タリムとオペラは驚いている。ミラージュコア破壊作戦の前に兄はそこまで詳細な説明はしていない。いや、それを言ったら各領の代表者らもそうだ。大きなリスクがあることを故意に隠した可能性も否定できない。

(……BOSにいる男性というのは、あの執事服を着たやつだろう。あの剣士はいったい何歳なんだ……)

「あくまで過去の虹彩会議の記録にすぎないので、今の話のどこまでが事実かどうかは分からないわ。ただ、その記録によれば、『オーラを纏えるようになるのにおおよそ15年ほどかかった』という記述があります。この情報が今の段階でオーラを元に戻すための唯一の方法とも言えるわね。虹彩会議の記録だから信憑性も高いわ」

エメル代表も補足して説明してくれた。タリムはエメル代表の話を聞き、再び考える。

(……領の代表者らの行方不明の件やオーラが纏えなくなる可能性については、事実か分からないから各代表者や兄がミラージュコア破壊の副作用の詳細を話さなかったとも取れるか……)「15年というと、赤子として産まれてからオーラを纏えるようになる年数とだいたい同じだ……」

タリムは代表者らに疑心の目を向けつつも、エメル代表の言葉に対して受け答えした。

「それ以外の方法でオーラを元に戻す方法はないんですか?」

はいっとオペラが手を上げ、真っ直ぐな瞳で両代表に質問する。

「そうだな……虹彩会議の資料にはそれ以上の記述はないし、オーラエレメントを研究している学者らもお手上げ状態だと思われる。……あくまで憶測だが、オーラが纏えない原因の一つと思われる“黒のオーラエレメント”について、その研究はどこの領でも進んでいないからだ」 

「なぜ研究されないのでしょうか?」

ケマル代表の言葉に、タリムも素朴な疑問をぶつける。原因の一つが分かっているのなら今からでも研究すればいいと思うのだが。

「……“黒のオーラエレメント”はミラージュコアにしか存在しないと言われている。だが、ミラージュコアは2人も知っているように、故意に見つけることも、当然壊すことも全面的に禁止されている。最初から研究できる条件が整っていない。壊すのには今回みたいに“虹彩会議”の許可もいる」

先程と同様、ケマル代表の説明に合わせ、エメル代表からも補足で説明がある。

「ここまでミラージュコアについて徹底した動きをしているのは、内部に存在している“黒のオーラエレメント”と呼ぶものがどういった物質なのか、それが危険物質であればどう管理するのか、あまりにも体制が整っていないからなの。また、200年以上前のプリズム戦争でも、“黒の球体”が登場している以上、黒のオーラエレメントの保有は戦争に即刻つながる可能性も十分にある。
今回のミラージュコア破壊作戦のとき、研究者たちがこぞってクルムズ領のあの現場に来たがったらしいけれど、作戦当日にはいなかったでしょう?」

確かに“ミラージュコア破壊作戦”のとき、各領の兵士たちはいたが、学者のような人はいなかった。

「黒のオーラエレメントがもし、ミラージュコアから採取できたとしても、学者たちがどう使うかも分からない。まだ分かっていないことが多すぎると判断した。“表向き”は……」

ケマル代表は渋い顔をした。さすがにタリムも突っ込まざるを得ない。

「表向きは……ということは裏側もあるんですね」 

「そうだ。ゴルド代表はオーラエレメントの研究者が到着する前に、無理やり“ミラージュコア破壊作戦”を決行したかったようだ。なぜなのかはこちらも分からない」

「今回はゴルド代表が半ば強引に虹彩会議での議論を進めていたわ。何が何でも作戦を決行するつもりでね。『この大陸の発展には必要』……とも言っていたわね。ゴルド代表の強い主張もあって、各領からも許可はおりたの。だからあの作戦は決行されたのよ」

タリムの言葉にケマル、エメル代表は虹彩会議を振り返る。 

(あの兄が、この2人にろくに説明もせずに作戦を決行……?)

「すまないが、現時点でオーラのことは力になってやれなさそうだ。ただ、兵士らの発言はクルムズ領の貴重な記録だ。また方々の学者にも内容の分析については手伝ってもらう予定にしている」

「いえ、問題ありません。兄のことやオーラのこと、何か分かれば報告に参ります」

「助かります。あと“ミラージュコア”の件、あまり他言しないようにだけ、よろしくお願いしますね。あなたたち兵士はミラージュコアの位置が分かっているし、今回のような大きな事件になることは避けたいわ」 

「承知いたしました」

部屋を退出し、領主館をあとにしたタリムとオペラは、今後どうするのか決めることにした。タリムはグッと背筋を伸ばし、空を向く。

「兵士たちの目撃証言はない、過去の記録では代表者らは行方不明のまま。そうなると兄さんが死んでいる可能性が高い……もしくは何とか捕虜になっている……か。母さんの言うとおりツケなのかもな……」

ボソっとつぶやくタリム。オペラがそれを見て何とも言えない表情をする。タリムはハッとして話題を逸らす。

「それにしてもオーラが15年も経たないと戻らないのは不便だよな。15年後って33歳だぞ?将来も含めてめちゃくちゃ不安になってきた……」

「あと15年もこのままだとやっぱり不便だよね…」

「まぁ……ある意味15年後には元に戻る可能性があることが知れただけでも意味はあったかな。ずっとこのままってわけじゃなさそうだ」

しばらく他愛もない会話をする2人。街の中を見て回りたいオペラに付き添い、名物の“サバのサンドイッチ”を食べながら、シャーウの街の中を回った。

シャーウの街にはアカラの街を超える大規模な市場、“レガロスバザール”があり、屋根があるため雨の心配もなく買い物ができるようだ。

市場にはクルムズ領名産の香辛料、茶葉はもちろんのこと、“曼珠沙華”以外の住宅用のランプなど、クルムズ領で買うことができるものは全て揃っていた。

別の商店区画には、焼いた肉のいい匂いが充満している。匂いの先には肉の塊を串のようなものに垂直に突き刺し、店主がそれを回転させながら焼き、一風変わった刃物で肉を削り落として、サンドイッチ上にして食べるという名物料理の姿があった。

街の中をぐるっと一周したところで、オペラが提案する。

「そうだ!私の両親に会ってみない?クルムズ領の中でもきっとオーラエレメントに詳しいし、ほら、お母さんは“回復術士”だし、オーラを回復させるとかできないかな?」 

オペラの母、アリアはラーレの街でも随一の回復術士で、街のお医者さんだ。子どもの頃からとてもお世話になっており、何か怪我をしたときはすぐにアリアに治してもらっていた。

「今はパトラマ火山の調査で忙しいんじゃないか?しかもオーラを纏えない俺が行くのはお邪魔な気もするんだが……」

「まぁまぁ、とりあえずラーレの街まで帰って、お父さんとお母さんが帰ってきてないか確認しようよ!」

兄の安否のことを考えるとどうしても暗くなってしまうが、このオペラの天真爛漫さには救われる。

「そうだな。母さんにも伝えなきゃ行けないことがあるし、一旦帰ろうか」

街を見て回ったこともあり日が暮れてきた。二人はシャーウの街に泊まり、翌朝、ラーレの街に戻ることにした。
 

【∞】


「ただいま~」

シャーウを出て丸1日経ち、タリムとオペラはラーレの街、タリムの家に帰ってきた。パトラマ火山に近付いたので、魔獣はそこそこ現れたが2人の敵ではなかった。 

「あらあら、おかえりなさい。オペラちゃんも無事で良かったわ~」

「クルおばさん~!私はこのとおりピンピンしてます!」

オペラはクルに抱きついて元気さをアピールしている。 

「そうそう、まだオペラちゃんのご両親は帰ってきてないよ。パトラマ火山に行ってからけっこう経つけど心配だね……。で、タリム、ゴルドの件はどうだったんだい?」

タリムとオペラはリビングにある椅子に腰掛けるよう、クルに促された。クルは2人にクルムズ領名産の紅茶を出し、クル自身も紅茶の入ったカップを2人の前に置き、別の椅子にゆっくり座る。タリムが代表者たちの話を説明し始めると、クルは時折頷いたり、驚きながら話を聞いていた。

「ーごめんな母さん。今のところこれだけしか分からなかった。オーラを戻す方法も時間だけかもしれない」

クルは首を横に振った。

「あんたのせいじゃないよ。……なるほど……領の代表者になったものにしか知り得ない情報もあるんだね。……100年前におんなじことがあったんだったら、何で無理やりミラージュコアを壊そうとしたのか……馬鹿な子だよ……」

クルは少しの間目を瞑り、また元の様子で話し出す。

「とりあえず死んだかも分からないし、もしかしたらこの家に帰ってくることもあるかもしれない。それだけ分かったら十分だよ。領の代表に確認しに行ってくれてありがとうね。……増税の件も他の代表の方が何とかしてくれそうで安心したよ」

自分の息子がやったことだ。母さん自身がやった行いではないにせよ、気が気ではなかったのだろう。ようやく安堵した表情を見せてくれる。

「それでね、クルおばさん。オーラが元に戻らない話なんだけどね。うちの両親に見てもらうのはどうかなと思って。ほらお母さん回復術士だから。ちょっとパトラマ火山までタリムを借りていくけどいいかなぁ?」

オペラの質問に少し目を見開くクル。「その手があったか」という顔をしている。

「オペラちゃんが言うなら全然構わないわよー。ただ、オーラが纏えない役立たずだけど大丈夫かしら?」

(役立たずは言い過ぎでは?)

「まぁでも、ちょうど街のみんなもご夫婦と調査隊のことを心配し始めてるし、誰かが様子を見に行ったほうが安心するわ」

「じゃあ決まり!タリム、明日の朝、パトラマ火山に向かうから準備しておいてね!またね~!」

「あ、あぁ」

タリムがクルを見ながら細い目をしている間に、パトラマ火山に行くことが決まっていた。オペラは早々に自分の家に帰っていく。

「相変わらずオペラちゃんは元気ね~。羨ましいわ~。タリム、あんたちゃんとオペラちゃんを守ってあげなさいよ!」

母さんに言われなくてもそのつもりだ。ただ火山のことは自分よりもオペラのほうが詳しい。足手まといにならないように頑張らないといけない。
 

【∞】


翌朝、装備を整え、パトラマ火山に向けて出発する2人。この街はクルムズ領の中でも最も火山に近い街なので、首都シャーウよりも早く着く見込みだ。

ただ道中の魔獣がどれだけ現れるかは全く分からない。消耗する前に早めにアリアさんたちに合流したい。

「火山のことはオペラのほうが詳しいからよろしく頼むよ」

「任せて~!」

ラーレの街を出て、北端にあるパトラマ火山に向かう。道中はモズ、コウモリの魔獣はもちろんのこと、アカラの街より南側には現れなかったチョウ、トンボ、ガなどの虫型の魔獣も現れる。

「いやぁぁぁぁ!!“キラズ・フレイム”!!“キラズ・フレイム~~~”!!」

虫型の魔獣を前に混乱するオペラはそこかしこに火の玉を放っていた。火の玉がタリムの顔を横切る。

「危ないわ!俺に当てる気か!一旦落ち着いてくれ!」

ほんの少し前に「任せて」と言っていたオペラだが、それどころではなくなっていた。

「こうなったら早いこと虫型の魔獣を倒さないと……」

虫型の魔獣による火の鱗粉や赤いオーラを纏った体当たり、ついでにオペラの火の玉をかいくぐり、タリムは必死に虫型魔獣を倒していく。

「きゃあぁぁぁあぁぁぁ!!!近寄らないで~~~!!!」

……目に見える範囲には虫型魔獣がいなくなった。少し落ち着きを取り戻すオペラ。そしてため息をつくタリム。

「火山に着く前に体力もオーラエレメントもなくなるぞ……」

「ご、ごめん……」

オーラを纏った戦闘は、例えば剣の使い手であれば、火の力を剣に宿すことができ、魔法の使い手であれば、火の力を火の玉として具現化することもできる。

オーラを纏っている間は、体内に蓄積されているオーラエレメントが消費されるので、ずっと火の力を使えるわけではない。万が一体内のオーラエレメントがなくなっても、少し休めばまた使えるようにはなる。

もっとも、オーラエレメントの回復には睡眠が最も手っ取り早いため、完全に回復させようと思えば8時間程度の睡眠が適している。

「さすがに魔獣との戦闘中にオーラエレメントがなくなっても休めないだろ?」

「分かってるけど……虫は苦手だから……」

少ししょんぼりするオペラ。苦手なのは分からないでもない。

「とりあえず虫型の魔獣が出たら一旦落ち着いて俺の背後にいてくれ。あとは何とかするから」

「ありがとう……」

自分がオーラを纏えないのもあり、オーラエレメントの消耗はないが、なるべくオペラのオーラが纏える時間を温存しておかないと、魔獣との戦闘が辛くなっていく。

しかも、まだ火山までは距離があり、アリアさんとの合流にも時間がかかりそうだ。

火山に近づくにつれ、徐々に道らしき道はなくなり、火山の方面からマグマが川のように流れてくる景色を目の当たりにする。

そして今度はそのマグマの川から、体長40~50cm程度の見慣れない生物が複数匹現れる。

「なんだこれ……?」

タリムは突如現れた生物に対し距離を取って観察する。四角張ったものから球状のもの、中には虫の触覚のようなものが伸びているものなど多種多様だ。 

「これはお父さんの部屋の本で見たことあるよ!あれが“ギムノ”、あっちが“コックロ”、それでこっちが“シャトネラ“、それが“ヘテロシグマ”……あ、“ヘテロカプサ”も“ゴニ”もいるね~。本当に勢揃いだ」

全く聞いたことのない名前たちだ。覚えられる気がしない。距離を取ってはいるものの、何となく敵意があるような気はする。

「タリム、気をつけるんだよ。この子達は高温のマグマの中でも生きられる藻の仲間なんだけど、魔獣だからオーラを纏って攻撃してくるからね」

「それは先に言え!!」

先ほど名前が上がった“ギムノ”の身体の周りに赤いオーラが纏われる。触覚のようなものの先に火の玉を作り、こちらに向かって攻撃してきた。他の魔獣たちも一斉にオーラを纏いだし、それぞれ火の玉を作る準備をしている。

「これは不味くないか?!」

「ここは一気にマグマの川の上流の方まで行こう!この子達の動きは遅いはずだから、火の玉さえ避ければ何とかなるよ!」

2人は“ギムノ”が作った火の玉を避け、そのまま川の上流、火山の方に向かって走る。辺りの地形的にはマグマの川に沿っていくしかなく、川の中から次から次へと藻型の魔獣が現れる。

「ひぇっ……!タリム早く!!もっと早く走って!!」 

「早くアリアさんに合わせてくれー!!」

タリムの叫び声がマグマの川にこだました。


【∞】


「ハァ…ハァ……ちょっと……マグマの川から離れたおかげで……ハァ……魔獣は少なくなったな……ハァ……」

タリムもオペラも手を膝に付け、肩で呼吸している。

ここに来るまでは走って逃げたり、藻型の魔獣が少ないときには戦ったりと忙しかった。 

「そ、そろそろじゃないかな……お母さんたちが拠点にしてる……テントみたいなものの………近くに……ハァハァ……」
 
2人は息を整え辺りを見回すと、見慣れない真っ白な綿のような棚田があった。その多数ある窪みには一部が赤いマグマ、多数が水で満たされており、水は空の色を反射してきれいな水色を保っている。その神秘的な光景に2人は息を飲む。

「きれー………」

オペラは感動して目をキラキラさせていた。

火山に到着するにはこの白い棚田を登っていく必要があり、どの道のりが最もなだらかか、棚田の上のほうを眺めていく。棚田の一番上を見ると人工的に立てられたテントが張ってあり、近くに人がいることが分かる。

「あ!あれだよね多分!」

「やっと合流できそうだ……もうヘトヘトだよ」

2人は棚田の水の部分を上手に上っていく。途中、窪みの水に触れてみると、何と温かいお湯であることが判明した。火山の熱によって温泉になっているようだった。

「温泉か~!魔獣がいなかったらゆっくりしていきたいぐらいだね~」

そんな会話をしつつ、2人は棚田の一番上、テント付近までたどり着く。

ちょうどタリムとオペラが付近に人がいないか探し始めたとき、背後の棚田のマグマ部分から1匹の小さな赤い蛇が姿を現し、タリムたちの足元に少しずつ近づいているが2人は気づかなかった。

「おーいお母さーーん!お父さーーん!近くにいるなら返事してーー!」

オペラが大きな声を出し、人がいないか確認する。タリムもオペラも辺りを見渡すも、人は見当たらない。

「おーーい!……タリム下!蛇がいるよ!!」

「!?」

オペラがタリムのほうを見た。オペラが足元にいる赤い蛇に気付いたときにはすでに遅く、タリムは右足のふくらはぎを噛まれてしまう。

「ぐぅっ…!!」

すかさずオペラはオーラを纏う。オペラが放った火の玉はタリムを襲った蛇に直撃し、蛇は倒された。オペラがタリムに近寄ろうとしたが、タリムはそのまま倒れてしまう。

「タリム!大丈夫!?」

「くっ……右足が重くて動かせない……」

タリムの右足、特に噛まれたふくらはぎ周辺は石のように硬く重くなり、徐々に石化し始めていた。タリムが両腕と左足の力だけで立とうとするも体勢が保てず倒れてしまう。

「どうしよう……そうだ!前にお母さんとお父さんに聞いた方法で………」

オペラは再度オーラを纏い、火の玉をオペラ自身の頭の上に放つ。ある程度の高さまで放たれた火の玉はオペラにコントロールされているようだ。そのままオペラは空中にある火の玉を横回転させた。

「お願い……気付いて……!」 

火の玉を放った数十秒後、アリア、オペラの父カノン、他に3人の調査隊がテント周辺まで帰ってくるのが見えた。

「あれ、オペラじゃないか?」

「本当だわ、何でここにいるのかしら。横にいるのはタリム君ね……。おーい!ふたりともー!」

アリアとカノンがこちらに手を振る。

「誰が救援信号を出したんだ?」

「ん……?あれはオペラちゃんか?」

「見ろ、1人動けなくなってるぞ!」

調査隊の3人もこちらに手を振る。それを見て安堵する2人だった。

テントに集まった調査隊とアリア、そしてカノンに対して、オペラはすぐにタリムの怪我の状況を説明した。オペラの説明を聞いた調査隊の3人は各々武器を持ち出し、棚田のマグマ部分を警戒してくれている。

タリムは石化しつつある右足を見ながら、アリアの問診に答えていた。アリアはオペラと同じ髪色でオペラより髪は短い。診察時にはその髪を後ろに括る癖があり、その一連の動作から、子どものときに数え切れないぐらい診てもらった記憶が蘇る。

「蛇に噛まれて足が石のようになっている……と。典型的な“メデューサ”の石化症状ね。タリム君、オペラ、あなたたちが見た蛇は1匹だった?」

「1匹しか見てないよ」

「じゃあまだ軽い症状で済んでいるわ。タリム君少し待っててね……」

そう言うとアリアの右目が光り、身体にはオーラが纏われた。通常、クルムズ領に住む人間のオーラは赤い色であるが、アリアは赤と白を混ぜた色に近い、淡い赤のオーラとなっている。

アリアの右手もその淡い赤色のオーラに覆われた。アリアはそのまま、タリムの右足、傷口付近に手を近づける。

「体内に石化毒が入っているから……これで中和して……っと」 

アリアの手からは淡い赤ではなく、白いオーラエレメントが放出される。傷口からキラキラした白いオーラエレメントがタリムの体内に入っていき、数分経つと石化は無事に解けた。傷口も塞がり、タリムの右足が動くようになる。 

「これでよし!」

「……すみませんアリアさん。ありがとうございます」

「いいのよ。無事でよかったわ。……さてオペラ。タリム君とここに来た理由を説明してもらうわよ。よくこんな危険なところに来たわね?」


【∞】


「⸺ということなの。火山の調査が危険なのは分かってる。でも街のみんなも心配し始めていたし、タリムとならここまで来れると思って……」

ひと通りオペラから話したあと、タリムからも頭を下げお願いする。

「オペラが俺を気遣ってくれたんです。パトラマ火山にいるアリアさんやカノンさんにオーラのことを聞いたら、何か分かるんじゃないかと提案してくれたので。………もし何か知っていることがあれば教えてもらえたら助かります」 

アリアとカノンは目を見合わせる。直後、カノンは優しい声でタリムに話しかける。

「オペラの提案とはいえ、よくここまで来てくれたね。ありがとうタリム君。オペラも無事で安心したよ。オーラの件はそうだな……」

顎に手を当てるカノン。

「カノンさん、おばあさまやおじいさまの話でオーラエレメントがなくなる話なんてあったっけ?」

「言い伝えでは聞いたことがあるよ。実際にタリム君がオーラを纏えないのを見ると、本当にそんなことが起きるのかとビックリしているところだ。……でも君の力なら、一旦は赤のオーラエレメントは“付与”できるんじゃないか?」

「………?……なるほど!さすがカノンさんね」

アリアとカノンの二人で話が盛り上がり、オペラとタリムの頭の上にはきれいな“?”が浮かんでいる。

「付与ってどういうこと?」

オペラは率直に言葉の意味を聞いた。

「順番に説明しよう。まず、クルムズ領に住む人間の中で、赤のオーラを纏えるもの、そして淡い赤のオーラを纏えるものと分かれる。アリアさんのような淡い赤のオーラを纏えるものはほとんどおらず、15歳ぐらいに赤のオーラを纏えるようになるのが一般的だ。ここまではわかるね?」

タリムとオペラは頷く。カノン先生の講義の時間だ。引き続き調査隊の3人はテント周りのありとあらゆる方向を警戒してくれている。

「さて、ここからが本題。アリアさんのような淡い赤のオーラを纏える人……つまり白のオーラエレメントを使える人は、赤のオーラエレメントを“自分から離れた人”にも付与できるんだ」

……タリムとオペラは同時に首を傾げた。理解が追いつかない。

「ハッハッハ。どういうこと?って顔をしているな。……そうだな、例えばだけど、普通の赤のオーラを纏えるものは、自分が手に持っているものなら赤のオーラエレメントを付与できる。例えばタリム君が持っている剣やオペラの持っている短剣なんかもそうだ。でも手から離れると赤のオーラエレメントは付与できないだろ?」

これにはタリムとオペラは頷く。身を持って体験していることだ。地面に落ちている剣があったとして、自分が触れていない場合には赤のオーラエレメントは付与できない。逆を言えばペン立てに収まっているペンを持っていさえいれば、ペンに赤のオーラエレメントを付与することも可能だ。

「もう一つ例え話をしよう。タリム君とオペラで手を繋いだとする。さっきの話であれば、手と手は触れ合っているのだから、本当なら君たち同士で赤のオーラエレメントを交換できてもおかしくないはずだ。だが、実際にはオーラエレメントを付与したりはできない。なぜこういうことが起きるのかは、僕には説明できないが、これがオーラエレメントの性質だと思われる」

「一応やってみるね!」

オペラがそう発したあと、実際にオペラがタリムと手を繋ぐ。心の準備ができていなかったタリムは少し気恥ずかしい思いをしたが、オペラの真剣な様子を見て顔色を変えた。

オペラは赤のオーラを纏い、何か試行錯誤しているようだが、カノンの説明通り、タリムに赤のオーラエレメントは付与できなかった。

「やっぱりできないね~」

「さすがオペラ。きちんと試して結果を得たね。ちなみに僕は実験と称して、人間以外の生物……具体的にはアカラの街のアンゴラたちに同じことをしてみた。だが結果は今と同じ、赤のオーラエレメントをアンゴラたちには付与できないことが判明した。……要は人間に限らず、生きているものに僕達の赤のオーラエレメントを付与することはできないということだ」

カノンさんも知的好奇心が旺盛なのだろう。まさかアンゴラたちに赤のオーラエレメントを付与しようと試みているとは思わなかった。

「少なくともこの結果から、赤のオーラエレメントは“身体に触れていて、かつ生物じゃないもの”にしか付与できないという仮説が成り立つ。ここまでは分かったかな?」

2人は首を縦に振った。とても分かりやすい説明である。

「さて、話を元に戻そう。次は淡い赤のオーラを纏える人のほうだ。淡い赤のオーラを纏える人は、赤のオーラエレメント、そして白のオーラエレメントの両方が使える。それだけでも特殊な存在なんだけど……」

カノンさんの説明の横で、アリアさんが『えっへん』とドヤ顔している。

「このオーラを纏える人は『付与する対象が生物でも生物じゃなくても』、さらには『対象となるものと離れていても』、赤と白、それぞれのオーラエレメントが付与できる。ラーレの街にも動植物たち専門のお医者さんがいるだろう?白のオーラエレメントは人間だけじゃなく、動植物たち……ひいては生物全体の回復にも有効であるとされているんだ」

タリムとオペラは感心した。アリアさんは満面の笑みである。 

「なぜ淡い赤のオーラを纏える人だけが、それらのことができるのか、残念ながら僕達には説明できない。ただ、アリアさんがどれほどすごい人なのかは伝わったかな?」 

「ね」とカノンはアリアのほうにウインクした。アリアがそれを受け、さらに追加で話し始める。

「オホン。私からも白のオーラエレメントの付与について、私の経験で話すわね。そもそもオーラエレメントは、歳を重ねていくことや、オーラエレメントを積極的に使い訓練することで、付与できるオーラエレメントの量が増えていく感じなの」

何となく経験値的な意味合いなのだろう。アリアさんは話を続ける。

「これは余談だけど、オーラエレメントを研究している学者の皆様によって分かったこととして、白のオーラエレメントは持ち主の赤のオーラエレメントの量を単純に倍にすることができるみたい。どうやって計算したのかは全くわからないけど、私の赤のオーラエレメントは人よりも多いみたいよ」

全くもって知らなかった。ふとオペラが疑問を口にする。 

「お母さんがタリムを回復できたのは、お母さんの身体の中にある白のオーラエレメントだよね?……ということは、お母さんは白と赤のオーラエレメントを使い分けて回復したり攻撃できたりするってことなの?」

先ほどアリアさんの手から放たれたのは昔から馴染みのある白のオーラエレメントだった。この白のオーラエレメントがなぜ身体を回復させているのか、未だによく分かっていない。

「そのとおりよ。白のオーラエレメントにしか回復させる効果はないから使い分けてるわね。ちなみに白のオーラエレメントを付与しても、付与された相手が白のオーラエレメントを使える……とはならないみたい。残念だけどね」

ガッカリして話すアリアさん。白のオーラエレメントを付与された人が白のオーラエレメントが使えたらお医者さんがいっぱい増えていいだろうにと思ったが黙っておいた。

「百聞は一見にしかず。赤のオーラエレメントの付与は、実際に見てもらったほうが早いわね。タリム君にやってみせようか?」

「見せてくれるの!?」

アリアさんの提案にオペラは眩しい笑顔をしている。これはタリムにとっても願ったり叶ったりだ。もしかしたらオーラを纏えるかもしれない。

「ちょっと待ってね。準備するわ」

アリアさんは再び淡い赤色のオーラを纏う。持っている杖にも、オーラと同じ色のオーラエレメントが付与されている。

「じゃあ行くわね……『来たれ、赤に与する火の力よ』」

アリアの杖から赤のオーラエレメントが放出され、タリムを囲う。赤のオーラエレメントはそのまま一気にタリムの体内に取り込まれた。タリムは力がみなぎってくる。 

「この感覚は……!?……今ならオーラを纏えるかもしれないです!」

「やってみてくれる?」

アリアの優しい声に「はいっ!」っと勢いよく返事したタリムは目を閉じ集中する。右目が熱くなり、両目を開くと、無事にタリムの周りには赤いオーラが纏われていた。右目も赤く光っている。

「わぁ!大成功だね!!」

オペラはタリムに抱きつきに行く。

「ちょっ……」

「あらあらぁ……前から思ってたけど随分と仲良しじゃない」

アリアさんは二人を見てニヤニヤしている。

「これは……!いや、アリアさん。ありがとうございます!」

タリムは照れながらもアリアに感謝を述べた。そっとオペラを引き剥がすタリム。

「私の赤のオーラエレメントを使って無理やりタリム君の身体の中に入れただけだと思うから、使ったらなくなると思うわ。その時はまた、今みたいに誰かが赤のオーラエレメントを補充しなければならないと思う」

(このまま前と同じようにオーラエレメントが使えるわけじゃないのか……)

それでも一時的とはいえオーラが纏えるようになったわけである。一歩前進だ。

「せっかくオーラが戻ったことだし、俺も火山の調査に協力させてもらえませんか?」 

「あらいいわね。お言葉に甘えようかしら?ねぇカノンさん」

「そうだね。もう少しで調査も終えてラーレの街に帰るところだったんだ。タリム君の力も貸してもらえるかい?」

お安い御用だ。何よりオーラを元に戻してくれたアリアさん、知恵を貸してくれたカノンさん、そして調査隊の力になりたい。

「今度はこのパトラマ火山のことについて説明するけど構わないかな?オペラにも改めて知っておいてほしいからね」

タリムとオペラは頷く。またカノン先生の講義の時間だ。

「知ってのとおり、この火山は代々うちの親族が、クルムズ領直々に依頼があって調査している。調査といってもそこまで難しいことじゃなくて、火山一帯の動植物たち、もちろん魔獣も含んだ生態系の観察が主な仕事だよ」 

「たまーーに魔獣と戦うこともあるわ。だけど、火山の奥深くまで行かなければ、道中にいた魔獣たちとそこまで強さは変わらない。気をつけなければならないのはさっきタリム君が噛まれた赤い蛇の魔獣ぐらいかしらね」

アリアさんからも説明がある。蛇の魔獣はよく聞いておかないといけない。

「さっきは蛇が1匹だったと聞いているが、火山の内部にはその蛇の集合体がふよふよと浮いていることがある。我々はこの蛇の集合体のことを“メデューサ”と呼んでいて、集合体の蛇になると石化の力が増すんだ。蛇の1匹1匹に噛まれないようにするのもそうなんだが、メデューサのちょうど真ん中にある球体には目を向けないように気をつけてくれ。と言いつつも2人には火山に来てもらう予定はないけどね」

どんな魔獣なのか想像もつかないが、石化の力は身を持って分かった。気を付けたいのは山々だが正直不安である。

「メデューサ対策にこれを装備しておいてほしい。“キッシュ・ナザール”と言われるお守りだ」

カノンが手にしているキッシュ・ナザールは、赤くて丸い平べったいガラスに目玉のような柄が描かれており、ガラスには紐が通されていた。すでにカノンさんやアリアさん、調査隊の人たちは装備しており、各々首から下げてネックレスにしたり、腰巻からぶら下げている人もいる。

「これを身に着けていると、蛇1匹ぐらいであれば近づいては来ないし、石化も防げる優れものだよ」

「でも気をつけてね。メデューサの球体からの攻撃にも有効かは分からないの。もしメデューサが現れたときはすぐに退避してちょうだい」

タリムとオペラはキッシュ・ナザールを装備する。与えられた任務はパトラマ火山直下に広がる“ヒエリス遺跡群”の生態系の調査、特に魔獣の数について報告することだ。

「私はこのテントの周りに待機しているから、困ったときはさっきと同じ救援信号を出してね。じゃあ検討を祈るわ」

アリアさんはみんなに号令をかけ、調査隊一行は火山のほうに向かって歩いていく。
 

【∞】
 

棚田の頂上、テントの位置から火山の方向に歩くと、すぐにヒエリス遺跡群に到達した。棚田よりも更に広い遺跡群は気を抜くと簡単に迷子になりそうだ。それでもテントの位置はおおよそ見えているので、まだ安心できる。

遺跡群はパトラマ火山の南側に沿うようにアーチ状となっているようだ。火山を正面にして右側のルートは火山に入ることができるようで、カノンら調査隊は右側のルートを進んでいった。

遺跡群を探索していると、先ほど噛まれた蛇の魔獣が建物の影に数匹いるのを発見する。こちらには近寄って来ないため、キッシュ・ナザールの効果がしっかりあることも確認できた。

「本当にこれを装備してたら蛇の魔獣は近寄ってこないんだな……すごい力だ」

「何となくこのお守りから赤のオーラエレメントを感じるから、何か細工がしてあるんだろうけど、これは助かるねぇ~」

そんな雑談を交わしながら2人は魔獣に気付かれないギリギリの範囲から魔獣の数を数えていく。火山に近いこともあり、街の周辺とは比較にならないほどの魔獣の数だった。

「いるいる……さっきマグマの川にいたギムノやコックロもいれば、空中にはモズ、コウモリもいるな……」

「見てタリム、サラマンダーもいるよ~!ちっちゃくて可愛いねぇ」

遺跡群には石などでできた建物の残骸とともに、ところどころ水たまりのようなマグマだまりがあり、そこに藻類の魔獣も住んでいるようだ。

ちなみにサラマンダーとは火を吐くトカゲで、体長は10cmぐらい。人の手のひらの上にも乗る。外見が可愛い(?)こともあり、たまに家で一緒に暮らす人もいるらしいが、立派に魔獣だ。 

遺跡群は構築物の関係から死角になっている箇所も多くある。なるべく戦わないように工夫はするものの、どうしても死角から飛び出てくる魔獣たちとは戦闘が避けられない。

案の定、一つの構築物を過ぎ去ろうとしたとき、ばったり藻類の魔獣、シャトネラに2匹出くわした。

「タリム、シャトネラだよ!」

オペラの声とともに、タリムの右目が光り、赤のオーラが纏われる。

「やっと俺もオーラを纏って戦える!」

腰の剣に手を伸ばし、剣に赤のオーラエレメントを付与したタリムは、火の剣技をシャトネラにお見舞いする。

「“アレブ・ブレード”!」

タリムが手に持った剣は赤のオーラエレメントが付与され、真っ赤な炎がゆらめいている。そのままタリムがシャトネラに近づき火の斬撃をお見舞いした。シャトネラも赤いオーラを纏っているが、それを突き破りダメージを与える。

「おぉ~しっかり火の力が使えてるね」

その様子を見たオペラが拍手する。

「これこれ、なんか久しぶりの感覚だよ」

もう一匹いるシャトネラも無事に倒し、またしばらくは遺跡群の魔獣を調査した。 

ちょうどアーチ状になっている左側のルートの1番奥に辿り着いたタリムとオペラ。そこに地下にと繋がっている謎の入り口を発見した。

「何だろこの入り口……」

「とりあえず行ってみようか。この中にも魔獣がいるかもしれないし」 

辺りに魔獣の気配はない。謎の入り口に誘われるようにして2人は地下へ続く階段を降りていく。階段を降りきったところでは、魔獣化していないネズミや鳥、虫の死骸も多数見られ、オペラは口をつぐんだ。

「タリム~~!」

「静かに!魔獣がいたらどうするんだ」

謎の入り口の地下は長い通路になっているようだが、灯りはなく、通路は真っ暗だ。BOS内にも似たような場所があったことを思い出したタリムは、額から汗が出ているのに気付き、念のため赤のオーラを纏う。

「だいぶ息苦しい気がするけど、オペラは大丈夫か?」

「私も赤のオーラを纏っておくね……。……タリム~、これ以上進むのはやっぱり危険だと思うから引き返そう……?」

オペラの弱々しい声。実際視界が悪く、この状況は良くない。ここは退いたほうが良さそうだ。

「そうだな……っオペラ!危ない!!」

オペラに返答した瞬間、暗闇から赤い蛇が1匹、オペラのほうに飛んできた。あまりにも不意打ちだったため、タリムは咄嗟にオペラを庇い、左手で蛇の攻撃を受けてしまう。

「うわっ!!」

蛇に噛まれたタリムの左手は、先程と同様、石化が始まっている。 

「タリム!!」

「くっ……キッシュ・ナザールを装備しているのにどうしてだ……」

気付くとタリムとオペラの前に、ふよふよと蛇の集合体が浮いている。蛇の集合体は赤のオーラを纏い、この暗闇の通路でもぼんやりとその姿は確認できた。

蛇の集合体の大きさは約1.5mぐらい。オペラと身長と大体同じぐらいだが、浮いているせいか大きく見える。ちょうどタリムに攻撃した蛇がその球体のもとへ戻っていくのを2人は確認できた。

「あの姿……アリアさんの言っていたメデューサか!」

「タリム!急いで引き返すよ!」

2人は階段の方向に向かって走る。一本道だったので迷うことはない。ちょうど階段に差し掛かろうとしたとき、メデューサから複数蛇が放たれ、階段を塞がれた。タリムは叫ぶ。

「オペラ!魔術は使えるか!」

「今使うよ!……“キラズ・フレイム”!!」

いつものようにオペラが魔術を使おうとするも、体から離れた火の玉はすぐに消え去ってしまう。

「どうして……!?」

オペラは驚いている。タリムも同じ表情だったが、すぐに思考を切り替え、右手に剣を持ち、メデューサではない、階段にいる蛇に攻撃する。

「“アレブ・ブレード”!!」

先ほど遺跡群で見せた火の剣技だが、刀身は炎でゆらめいているものの、火が弱々しい。いつもなら斬撃から火が発生するが、オペラの魔術と同様、剣から火が発生しなかった。

「……なんで火が出ないんだ……!?」

それでもタリムの斬撃により、階段にいる赤い蛇は倒され、2人は階段を駆け上がった。メデューサがふよふよと2人のあとを追いかける。

ちょうど遺跡群に戻ってきたと同時にタリムの赤のオーラが消えてしまった。体内にあったオーラエレメントがなくなったのだ。石化しつつある左手が一層重く感じる。

「こんなときに……!」

遺跡群、謎の入り口の前で“メデューサ”と対峙する2人。メデューサの蛇が蠢き、蛇に隠されていた内部の光球が姿を現す。

「まずいー」

次の瞬間、光球から赤い光線が放たれ、タリムとオペラは目をくらました。

「きゃっ!」

「くっ!!」

反射的に目を瞑った2人はそのまま目が開かないことに気がつく。 

「!!…目が開かない……!!」

ここに来てカノンの言っていた『中の球体には目を向けないように』の意味がようやく分かる。赤い光線にも石化の力があるということだ。

「オペラ!すぐに救援信号を空中に放ってくれ!」

「でも!!!……さっき火が使えてなかったんだよ!」

「いいから早く!ここはさっきの地下じゃない!シャトネラと戦ったとき、火の魔術は使えてたはずだ!」

タリムの言葉にハッとしたオペラは、目が開かないながらに、赤のオーラを再び纏う。白い棚田の頂上で行ったのと同じように空中に火の玉を放出し、救援信号を出した。微かに火が出る音、そして火が消える音が聞こえたため、タリムはホッとした。

(さて……アリアさんが来るまでの数分、どうやって耐える……?)

タリムのオーラエレメントは枯渇しオーラは纏えない。しかも左手と両眼は石化により動かない。相手の赤のオーラ、火の力を感じ取るのもできない。当然、蛇が攻撃してくるタイミングも分からない。頼みの綱はオペラの赤のオーラのみだが、さっきからオペラは震えていた。

「わ、わたしがお母さんのところに……パトラマ火山に行こうって言ったからこんな目に……」

その場にへたり込むオペラ。声が泣きそうである。

「しっかりしろオペラ!ちゃんと救援信号は出せてるはずだ!あと数分持ち堪えたらアリアさんが必ず来てくれる!」 

「でも!タリムのオーラも纏えない!敵の場所も分からないのに……どうしたらいいの……?」

確かにこの状況はマズい。だからといって黙ってやられるわけにはいかない。

「とにかく落ち着け……!そして集中するんだ。赤のオーラを纏っていれば相手の赤のオーラ、赤のオーラエレメントの気配は何となく分かるはず……!オペラだったら蛇の位置も分かる可能性がある。それをこっちに指示してくれ……!」

「グスン……分かった……」

何とかオペラは立ち上がり、呼吸を整える。タリムの言うとおり、落ち着いて集中すれば、目を閉じていてもメデューサの赤のオーラはぼんやりと分かった。

メデューサは地下で出会ったときと同じように、その身体から蛇を切り飛ばして攻撃してきた。オペラは僅かな蛇の気配を感じ取り、自分たちの右側からそれを飛ばしてくることが感知する。

「タリム!右から蛇2匹が飛んできてる!!」

「分かった!」

タリムは目が見えない分、いっそう集中した。僅かな音を聞き逃がさないよう、耳を澄ます。

(……地面を這う音……!)

「そこだ!!」

おおよその蛇の位置を把握し、右手に持った剣で蛇2匹を斬った。襲いかかるタイミングを見切った、見事なカウンターである。

「手応えはあった!」

タリムの言葉に安堵するオペラ。すぐに次のメデューサの攻撃がやってくる。

「次は左右2匹ずつだと思う!」

「さすがにそれは……ぐっっっ!!」

「えっ!?!?」

メデューサは遺跡群にあるマグマ溜まりから、自分の身体のものとは別の赤い蛇をタリムとオペラに近づけていた。メデューサと対面する形にいたオペラは、背後から近づく別の蛇を感知できなかったのだ。

ドサッと音がして、タリムはその場に倒れる。赤い蛇に右足と左足がほぼ同時に蛇に噛まれ、すぐに石化が始まっていた。

「逃げろオペラ!!オペラだけならまだ逃げられるはずだ……俺は両足が石化して動けない……」

「そんなのダメ!!……でもどうしたら………?!」

オペラの火の魔術も敵が見えている前提のものだ。火の玉をコントロールするのに、敵が見えていないのは致命的である。

(落ち着け落ち着け落ち着け!!タリムを助けるためにできることは……何?…………お母さん………!!おばあちゃん………!!)

オペラは亡くなった実の祖母、そしてアリアの顔を思い浮かべる。『ー逃げろ!』と叫ぶタリムの声も聞こえなくなった。黙っているオペラは自分が見ている景色に戸惑っていた。窮地に立たされ、自分も、そしてタリムの死もよぎるこの状況で、極限の集中をしているオペラの“何か”が覚醒する。

(なにこれ……メデューサの位置だけじゃない……切り離された蛇の場所も、空にいるコウモリやモズ、崩れた遺跡の物陰に隠れている魔獣たちの場所もくっきりと分かる……。赤のオーラを纏っている魔獣……?いや、赤のオーラエレメントの位置が分かる………?) 

次の瞬間、オペラの体内に蓄積された“白”のオーラエレメントがオペラの目を急速に回復させ、オペラの目が開いた。目が開いたことに驚いたオペラがふと自分の身体を見るとアリアと同じ淡い赤色のオーラを纏っていた。

「これはお母さんと同じ……!?……タリム!今助けるよ!」

考えるよりも先に身体が動くオペラ。オペラはタリムに近寄り、タリムの眼を自分の右手で覆い、白のオーラエレメントを放った。

「なっ!?」

タリムは目の石化が突然回復したことに驚き、変な声が出る。オペラは続けてタリムの左手と両足に目を向け、急いで白のオーラエレメントを放出した。

「アリアさんと同じ……淡い赤のオーラ……!?」

オペラにはタリムの声が聞こえていない。赤い蛇が新たに迫ってきている中、オペラは左手に持っている短剣に赤のオーラエレメントを付与し、先ほどアリアがやったことを真似する。

「……『来たれ、赤に与する火の力よ』」

短剣から赤のオーラエレメントが放出され、タリムに赤のオーラエレメントが付与された。タリムはすぐに赤のオーラを纏い、近づけてきた赤の蛇を斬り捨てる。

三度、メデューサと対峙する2人。形勢逆転だ。

「やるじゃないかオペラ!」

タリムはオペラを見る。先ほどまでとは打って変わって、オペラはとても落ち着いているように見えた。いつにも増して右目の光が赤く輝いている。

「私がサポートするから、タリムはメデューサをお願い!」

「分かった!」

タリムがどうやって間合いを詰めていくか考えている途中、メデューサは再び蛇の中心にある赤い光球を見せる動作をする。その動きを察したオペラ。

「それはもう効かないよ!!」

オペラは瞬時に自分のキッシュ・ナザール、少し離れたタリムのキッシュ・ナザールにも、自分の赤のオーラエレメントを付与した。

(なるほど……!石化対策をより強力にしたのか!)

メデューサは赤い光球から光線を放つが、赤く輝くキッシュ・ナザールの光に遮られる。相手の石化攻撃を見事に防いだ。

「ほらね……効かないでしょ?」

(今のオペラの機転の速さ……兵士のそれを軽く超えてくるやつだぞ……)

タリムは冷汗をかいている。光球から攻撃が防がれ苛立ったのか、メデューサは自身のさらに多くの蛇を切り離し、タリムとオペラの周りを囲った。

その様子を見たオペラは素早く詠唱する。その魔術が邪魔されないように、オペラに飛んでくる蛇をタリムが斬っていく。

「オペラの邪魔はさせない……!」

数十体の蛇を斬り捨てたのち、詠唱が終わったオペラが叫んだ。

「タリム!蛇とメデューサの周りから逃げて!ー“ギュール・チェンベル”!!」

オペラを中心に地面には大きな赤い薔薇の魔法陣が描かれる。タリムはその魔法陣から急いで退避した。

2人を囲っていた蛇たち、そしてメデューサも含めた範囲全体に、地面の薔薇から火属性の魔術……もとい火柱が発生した。

火柱がメデューサ本体の蛇、そしてメデューサから切り離された蛇に直撃し、両方の蛇たちは焼失した。光球だけになったメデューサは火の力に耐えられず、その浮力がなくなったのか地面に落ちる。

「これが本体か……」

タリムはそのまま赤い光球にトドメの一撃を加えた。赤い光球は光を失い、完全に停止した。 辺りは静寂に包まれる。

「ふぅ……」

「やったなオペラ」

大きく息を吐いたオペラに、握り拳を向けるタリム。オペラは同じく握り拳をタリムに返した。 

「二人とも~~!!大丈夫だった~~?」

そこにアリアが走って2人に近づいてくる。その後倒されたメデューサを見てアリアがギョッとしている。

「あなたたちもしかして……メデューサを倒したの……?めちゃくちゃすごいじゃな~~い!!!」

アリアさんはオペラに抱きつき、頭を撫でた。そのあとアリアさんに近付いたタリムは自分の髪をぐしゃぐしゃにされた。

アリアに抱きしめられたオペラは緊張の糸が切れたのか、大きな涙を零す。そのままアリアさんに抱きつき返し、泣き叫ぶのだった。

「……お母さーーーーん!死んじゃうかと思った………」
 
遺跡群の魔獣たちはメデューサの倒された姿を見て怯えているのか、そこからは全く姿を現さなかった。


【∞】


「これはすごい……メデューサをこんな近くで見られるなんて……貴重な経験だよ。サンプルも回収できそうだ」

救援信号を送ってからしばらく経ったあと、カノンと調査隊が3人のもとに到着していた。

「私が倒したんだよお父さん!」

オペラはドヤ顔でカノンに報告する。調査隊の1人はメデューサの本体を丁寧にスケッチし、他2人はタリムに戦闘の様子を聞き、しっかりメモしている。 

「二人とも無事で良かった。タリム君も、よくオペラを守りながら戦ってくれたね」

カノンはオペラの頭を撫でながら、こちらに目配せをしてくれる。

「いえいえ……本当に危なかったですが、オペラの赤のオーラにまた救われました」

再びオペラがドヤ顔をしながら淡い赤のオーラを纏う。オペラは間髪を入れずに上機嫌で話し出す。

「じゃーん!お母さんと同じオーラだよ!」

「……やっぱり血筋ね。私の母も同じ淡い赤のオーラを纏っていたし、オペラもいずれは……なんて思っていたけど、こんな早くに“覚醒”するなんてね」

「おそらく環境がそうさせたんだろうね。それにしても……まさか2人が“冥界の門”に入るとは思っていなかった。説明しなかったのは申し訳ない。私の責任だ」

カノンはタリムとオペラに頭を下げた。あの謎の入り口は“冥界の門”と言われているらしい。

「冥界の門は火山のほうに繋がっていると考えられててね。我々もその奥には行ったことがないんだ。何せあそこは奥に行けば行くほど呼吸がしづらくなる。装備を整えた調査隊をもってしても危険なんだ」

言われてみれば、額から汗が止まらなかったし、息もしづらかった。オペラが止めていなかったらメデューサと遭遇する以前に死んでいたかもしれない。

「呼吸のしづらさは、赤のオーラを纏っていれば多少は問題ないんだが、なぜかあの場所は体内のオーラエレメントの消費が早い。オーラエレメントの量が僕達の倍はあるアリアさんでも、奥までたどり着けるかは分からないんだ」

(……どおりでオーラが纏えなくなるスピードが早いわけだ) 

「ねぇお父さん。冥界の門で火の魔術を使おうとしたけど、火が出なかったの。これも何か理由があるの?」

そうだ、自分の火の剣技も冥界の門では無効化された。理由があるなら知っておきたい。

「それは空気に含まれる物質によって、火がつくかどうかが決まるからだ。冥界の門の中は呼吸困難の原因である物質が特に多いと言われている。火が使いものにならないんだろうね」

当たり前のように使ってきた火の技たちであるが、特定の条件下では使えないということだ。今回は場所が悪かった。

「あと、これは余談。冥界の門でも自分たちが手に持っている剣にはオーラが纏えていたと思う。これは一つの仮説に過ぎないけど、どうも自分の身体から離れた火をそのまま留めさせようと思うと、オーラエレメントだけじゃなくて、空気の力も必要なんだと思う。赤のオーラを纏えるからと言って、火の力がいつでも出せるわけじゃない。あまり過信しすぎないようにしないとね」

冥界の門のような場所は他にもあるかもしれない。こういうことは覚えておくに限る。

「まだまだオーラやオーラエレメントについては解明されてないことも多いの。余力があるときに使い道を試して情報を蓄積しないとね!」

アリアさんの力強い言葉に、この場にいる全員の表情は明るくなった。

「さて、今回のパトラマ火山の調査はこれぐらいにして、我々調査隊はラーレの街に帰ろうか。オペラが新たに淡い赤色のオーラを纏えることになったんだ。お祝いもしなくちゃね」

カノンさんはオペラにウインクする。 

「わーい!お祝い楽しみだなー!」

調査隊とタリムはメデューサの本体を遺跡の一部に弔い、ヒエリス遺跡群を後にした。


【∞】
 

ラーレの町に戻った調査隊一向は、帰りを待ちわびていた街のみんなに囲まれていた。子どもたちも大勢いて、帰りを喜んでいる。

「アリアさーーん!!無事でよかったー!」

「カノンさん、また火山の話聞かせてね!」

「よく帰ってきたガズ、ヤザール。今日はゆっくり休んでくれよ」

「キブリット……何だか久しぶりね……」

肩を抱き合ったり、話し込んだりと反応は様々だ。 

「あー!タリムだ!!」

「なんでタリムもちょうさたいといっしょにいるの?」

近所に住む子どもたち、リクとマキだ。リクは男の子でマキは女の子である。二人とも赤い髪をしていて、仲も良い。

「オペラと一緒に火山の調査の手伝いをしてたんだ。リクもマキも大きくなったら行くか?」

「こわいからやだ!」

「おれはいってみたい!タリムつれてってよ!」

「マキはともかく、リクはオーラが纏えるようになったら稽古しような」

「やくそくだからね!」 

「ほら、かえるわよリク」

マキに引っ張られ、リクとマキは家に帰っていった。そこにクルが話しかけてくる。 

「ーあんたもよく帰ってきたね。みんな無事で何よりだ。それだけボロボロなんだから、しっかりオペラちゃんを守って戦ったんだろうね?」

「母さん……あぁ、何とか帰ってこれたよ。正直オペラには救われっぱなしだったから守って戦えてたかと言われると微妙……」

タリムはそっと目を逸らした。 

「それで?アリアさんたちは何かオーラについて知っていたのかい?」

「そうそう、アリアさんの力で一時的に赤のオーラエレメントが戻ることはわかったよ。しかもオペラがアリアさんと同じオーラを纏えるようになったんだ」

「やっぱり血筋ねぇ」

「それ、アリアさんも同じこと言ってたよ」

笑いながら答えるタリム。感慨深そうにクルが話した。

「オペラちゃんのおじいさま、おばあさまはすでに亡くなられたけど、この街であの淡い赤色のオーラを纏える数少ない方たちだった。街のみんなもよく助けられてたよ。魔獣たちと戦ってくれたクルムズ軍の兵士たちや、それ以外で街を守ってくれてた自警団のみんなは、オペラちゃんのおばあさまが回復してくれていたわ。あの淡い赤色のオーラは、あんたのオーラエレメントに対しても有効だったのね。またお礼しにいかなきゃ」

「今回の火山の調査、アリアさんやオペラに赤のオーラエレメントを回復してもらえてなかったら、2回ほど死んでたよ」

「全然笑い事じゃないけどねぇ」

タリムはクルにバシッと背中を叩かれる。とても痛い。 

「あら!クルさん!心配かけたわね」

調査隊を囲っていた人だかりもだいぶいなくなったようだ。アリアさんが話しかけてくる。

「今ちょうどこの子から話を聞いてたところよ。オーラがなくなった件もお世話になって本当に助かるわ」

「こちらこそよ~!今回タリム君がいなかったらオペラの命も危なかったの。タリム君はオペラの命の恩人ね」

「行く前にちゃんと『オペラちゃんのこと守りなさい!』ってうるさく言ったからかしら」

アハハハと2人は笑っている。その横からカノンがタリムに囁いた。

「そうそうタリム君。街の自警団のみんなにも伝えておくよ。パトラマ火山で魔獣があれだけ増えているんだ。街の警備は怠らないようにとね。あとは首都シャーウにいる領の代表たちにもクルムズ領全土で魔獣には警戒してもらうべきだと手紙を出すようにしようと思ってる」

やはりミラージュコアが一時的にも破壊された名残りのだろうか。……結局破壊作戦後、至るところに迷惑をかけている気もする。

「鍛冶と陶磁器の街“チャナック”もうちと同じで比較的火山に近い土地だけど……いや、あそこは一人一人猛者だから大丈夫だろうけど」

ハハハと笑うカノンを横目に、改めてタリムは自分の父親の姿が頭をよぎる。鍛冶屋では剣や盾なども作っている。チャナックの街の周辺では鉄鉱石などの採掘も盛んで、その材料を使っているらしい。

採掘には体力もオーラも不可欠で、あの筋骨隆々な姿は魔獣のほうが逃げ出すのではないだろうか。チャナックの街にはカノンの言うとおり、父親以外にもそういう職人がいっぱいいるので、街には自警団やクルムズ軍は存在していないと聞いている。

「さ、ところでオペラ、パトラマ火山の調査の仕事はどうだったかな?」

カノンはオペラに話を振った。横にいたオペラは唸っている。

「うーーーん……。火山の調査がこの街やクルムズ領にとって、とても大事なことをしてるって分かったかなぁ……。でも、魔獣との戦いも避けられないと思うし、危険と隣り合わせなことも分かったよ。……お父さんやお母さんには申し訳ないけど、次も行こうとはならなかったかも……えへへ」

「親がこんな仕事をしてるって知ってもらえただけで十分嬉しいよ。とりあえず今日はゆっくり休もう。タリムくんもありがとう」

「「こちらこそありがとうございました」」

カノンさん、アリアさん、そしてオペラに頭を下げ、タリムとクルは帰路についた。

(今後のことか……俺はどうしようかな……)

自分の父の仕事が気になったタリムはクルに尋ねる。

「母さん、父さんの仕事って今どんな感じなの?」

「急にどうしたのさ」

「今カノンさんがオペラに自分たちの仕事の様子はどうだったか話してたからさ。気になっちゃって」

「そうねぇ。家で生活するのには特に困ってはないし、ボチボチやってるんじゃない?なんせたまにしか帰ってこないからねぇ。次帰ってきたときはゴルドの話もしておかなくちゃ」

そんな雑談を交わしつつ、家に着いたタリムはクルが作ってくれていた食事をあっという間に平らげてしまった。タリムは自室に戻り物思いにふける。

(父さんの仕事はともかく、オーラは一時的であれ戻る方法は分かった。でもそれは白のオーラエレメントが使える人間と常に行動しないといけないってことだ。オペラと一緒に旅……っていう手もあるんだろうけど、オペラの行動を制限するのも……うーーん………zzz)

ヒエリス遺跡群での緊迫した戦闘でかなり疲弊していたタリムはすぐにベッドで寝てしまった。
 

【∞】
 

翌朝、目が覚めたタリムは、自室にて旅支度を整える。

(知らない間に寝てしまってた……よっぽど疲れてたんだろうな)

起きてからも少し考えたが、このままこの住み慣れた街でオーラを纏えるまで待つというのは性分に合わない。 

だからといってオペラやアリアさんのような白のオーラエレメントを使いこなせる人材を、自分の目的のためだけに同行してもらうのも申し訳ない。

リビングまで移動したタリムは、家事をしていたクルに話しかけた。

「母さん、俺やっぱり旅にでるよ。オーラを元に戻すために。あと、いなくなった兄さんも探してくる」

「別に私は止めないよ。きちんと生きて帰ってくれればね。でもオーラが纏えない状態で行く気なのかい?オペラちゃんにお願いしたほうが……」

クルの言葉を遮るタリム。

「いや、これは俺の問題だからオペラを巻き込む気はないんだ。オーラのことだって、この先何か別の方法で元に戻す方法を知っている人がいるかもしれない。火山みたいなところにいる魔獣は無理でも、大陸の中心にいる小型の魔獣は、オーラがなくても倒せる。わざわざ魔獣の量が多いところに行かないようにさえすれば大丈夫だと思う」

「まぁあんたがそういうなら私は構わないよ。もう行くのかい?」

「そうだね」

「じゃあ」とクルは家事を終え、玄関まで見送ってくれる。扉が開かれるのと同時にクルはタリムの背中をバンっと叩き、前に兄に呼ばれ首都シャーウへ行くときと同様、勇気づけてくれた。

「あんたのその剣は“大事なものを守るため”の剣だよ。次こそはしっかり、あんたの大事なものを奪われないように戦ってきな!」

「あぁ……!いってきます!!」

勢い良く玄関から飛び出た僅か数歩先に、見慣れた少女が立っていた。手には短剣ではなく、見慣れない杖が握られている。 

「やっほ~タリム!おはよう~」

「オペラ!何でここに?」

「水くさいなぁ、私もタリムの旅にお邪魔するのに」

「そのことはたった今母さんにしか言ってないはずなのに何で知って……まさか!」

バッと後ろを向くと玄関の扉が閉まる音がする。

慌てて後を追っかけ、ドンドンと玄関戸を叩くタリム。

「母さん!何でオペラが知ってるだよ!」

中からクルの声がする。

「あんたのやることなんて昨日からお見通しよ!何年あんたの親やってると思ってんの?……どうせオペラちゃんに声もかけずに行くつもりだったんだろ?ちゃんとアリアさんにもカノンさんにも、オペラちゃんと旅に出ることの許可はいただいてるんだから安心しな!」

(いつの間にそんなことしてたんだ)

タリムの唖然とした顔に、見かねたオペラが背後から話し出した。

「私も昨日の夜、クルおばさんが家に来たときはびっくりしたけどね~!でも私もちゃんと家で話し合ってきたんだよ?私もこの耳で、ちゃんと両親から旅の許可の話は聞いたから、クルおばさんの言ったことに間違いないからね」

息を整えたタリムは玄関戸を叩くのを止め、再びオペラの前に歩み出た。

「ありがたいけどいいのか……?危険な旅になる可能性もあるのに……」

オペラはため息をついた。

「はぁ……どっちみちオーラを纏えないタリムの旅なんて全部危険なんだから、私が一緒に着いていったほうがみんな安心するでしょ」

(おっしゃるとおりです)

タリムは思わずオペラから目を逸らした。ぐうの音も出ない答えだった。

「あと、白のオーラエレメントが使えるようになったことは、首都シャーウでしっかり登録しないといけないんだってお母さんが言ってたの。あと、お父さんから領代表への手紙も預かったから、どっちみち私もまたシャーウに用事があるってわけ。うちの両親もタリムがいるなら安心って言ってたし、持ちつ持たれつってことでさ」

オペラは1人うんうんと首を縦に振っている。

確かに利害は一致している。母の手によって今の状況が織り込まれた物だということに納得はできないが、それでもこの先の旅のことを思えば、これほど心強い存在はいない。

「はぁぁ……」

頭を抱え、大きなため息が出たタリムだが、続けて一言放った。

「オペラ、これからもよろしく頼むよ」

タリムは右手をオペラに差し出す。オペラもそれに応える。

「そうこなくっちゃ!こちらこそよろしく!」

2人が街の外に向かって歩き出したところで、再びタリムの家の玄関の扉が開く。外に出てきたクルが大きな声で「気をつけていくんだよー!」と見送ってくれた。2人はしっかり手を振り返した。

「……ったく、最初からオペラちゃんにお願いすればいいのに素直じゃないんだから。全く誰に似たんだか……」

少し寂しそうな背中を見せ、クルは家の中に入っていった。


【∞】


「“インペリアルルビー”?なんだそれ」

「昨日お父さんとお母さんから聞いた話だよ。えっとねー……」

ラーレの街から離れ、2人は再び首都シャーウに向かっている。道中、オペラから聞かされた話はこうだ。

・火山の最深部にはインペリアルルビーという名の宝石があり、その宝石は常に赤く光り輝いている。

・インペリアルルビーは魔獣の根源とも呼ばれていて、生物がこのインペリアルルビーの近くにいると、魔獣化するという代物らしい。

・なぜそのようなことが起こるのかというと、インペリアルルビーには、とてつもない量の赤のオーラエレメントが蓄積されていて、周りの生態系が大きく変化させる力があるのだとか。

・インペリアルルビーの周りはどんな生物、魔獣も大変居心地がよいものらしい。今は食物連鎖の頂点にいる大型の魔獣たちが“インペリアルルビー”を守護する形になっていて、人が見つけるのは至難の業ということだ。

・過去の文献では、実際にその宝石が存在していることはほぼ確実だそうだ。何か情報が分かれば、2人に知らしてくれるらしい。


「ー火山の調査隊として“インペリアルルビー”を見つけた実績はないらしいけど、もしかしたらタリムのオーラエレメントの回復の役に立つかもしれないから、また火山の調査に行くときは意識しておくってさ」

「さすがカノンさんとアリアさん……感謝しかない……」

オーラエレメントを元に戻すことのできる情報は何としてでも必要だ。他にも使えそうな情報がないか、自分の足で探すしかない。

「それにしても大型の魔獣って……。あのときのメデューサでも人と同じぐらい大きかったのに、もっと大きな魔獣とか怖すぎるだろ」

「あはは……お父さんもお母さんも『必要じゃなきゃ会いたくない』とは言ってたね」

裏を返せばインペリアルルビーを巡って、その大型の魔獣と戦うことになる可能性も十分にあるということだ。せめてチャンスが来たときに実力が伴っていないなんてことにはならないように、今からしっかり鍛錬しておかないといけない。

「そうだ、お母さんから一通り“白のオーラエレメント”と“赤のオーラエレメント”の付与の仕方と回復の仕方は教えてもらったから、今のうちにタリムに“赤のオーラエレメント”を付与しておくね」

オペラの言葉にタリムは首を傾げた。ヒエリス遺跡群では立派に白のオーラエレメントで回復し、自分に赤のオーラエレメントを付与していたはずだ。

「ヒエリス遺跡群で使えてたじゃないか」

「そうなんだけど、咄嗟のことだったから自分でも何であれができたのか訳がわからなくてね……えへへ……」

目が泳いで頬をポリポリかくオペラ。 

「と、とにかく、お母さんからしっかり叩き込まれたから大丈夫!ちょうど辺りには魔獣もいないから、今やってみるね」

オペラの右目が淡い赤色に光る。同時に身体の周りに右目と同じ淡い赤色のオーラを纏った。続けて手に持った杖を自分の前に掲げる。

「そういや、この杖どうしたんだ?いつも短剣だったじゃないか」

「この杖はね、お母さんからもらったの。おばあちゃんもお母さんも使っていたものなんだって。私が“白のオーラエレメント”を使えるようになったら私にあげるつもりだったらしくて、家の倉庫の中に大事に保管されてたよ」 

ラーレの街にたくさん咲く、赤いチューリップをモチーフにした細身の杖だ。オペラに良く似合っている。

その杖も淡い赤色のオーラに包まれ、オペラは唱えた。

「『来たれ、赤に与する火の力よ』」

杖から出た赤いオーラエレメントがタリムの身体に移動した。オペラのおかげでしっかり戦えそうだ。

「私の赤と白のオーラエレメントの量はお母さんほどじゃないけど、それでもタリムに付与してタリムが戦闘するぐらいには大丈夫だと思うよ」

タリムの右目が光り、赤のオーラを纏った。ふと自分の身体を見て、オペラに思いつきをぶつけた。

「オペラから赤のオーラエレメントを付与してもらったけど、今からしばらくオーラを纏ってみて、どれぐらいの時間纏っていられるか、ちゃんと頭に入れておきたいんだが、いいか?」 

「いいよ~。お母さんも赤のオーラを纏える時間は試しておいたほうがいいって言ってた。赤のオーラエレメントを誰かに付与すること自体、あんまりしないことだから、時間や付与できる回数はしっかり考えたほうがいいって」

カノンさんが言うまで赤のオーラエレメントの付与は忘れ去られていたぐらいだ。本当に使う機会はないのだろう。

「あともう一つ。お母さんから『技の使いすぎには注意しとくよう、タリム君に伝えておいてね』って。これから先は魔獣の量も少ないし、試してみながら進もっか」

「そうだな」

実際、前にアカラの街に向かったときよりも魔獣の量が激減している。よく見るとモズの魔獣ぐらいしかおらず、そのモズの魔獣すら、こちらに襲い掛かってくる気配はない。

(ミラージュコアの破壊から少し時間が経過したからか……?) 

「あらら……まぁまだ旅は始まったばかりだし、後々でも分かるでしょ」

「戦闘をしないときに纏える時間も調べておきたいな。戦闘になればオーラエレメントが減る量が早くなるんだから、ある程度目安にはなるし」

一時はどうなることかと思ったが、オーラが纏えなくなるという緊急事態は脱した。ここから自分のオーラ、そしてオーラエレメントをどうやって元通りにするか、新たな旅が始まる。


【∞】

 

「これでよしっと」

首都シャーウに到着した2人は、早速領主館に赴く。前回は身分証明を再発行してもらうためにタリムが謎の機械に触れていたが、今回はオペラが謎の機械に触れている。

ちょうど機械の操作を終え、何らかの登録手続きが済んだようだ。受付で対応していたお兄さんが、抑揚のない声でオペラに説明している。 

「オペラ様、今後の職業はどうお考えですか?クルムズ領としては軍の回復術士や町医者のような、なるべく白のオーラエレメントを有効活用していただける職業をご検討いただけるとありがたいのですが」

「そうですね………うーーん……」

割と悩むことの少ないオペラが、かなり決断を迷っている。

白のオーラエレメントを使える人間は希少だ。領としてもある程度職業をコントロールしておきたい気持ちは分からないでもない。ただ、当の本人、オペラがここまで悩んでいる中、今すぐ決めろというのは酷な話だ。

「これって今すぐ決めないとダメですか?」

見兼ねたタリムはオペラに近付き思わず口を挟む。かれこれ5分以上悩んでいたためだ。

「………いえ、オペラ様のご年齢から考えても18歳を目安に決めていただければ特に支障はございません」

受付のお兄さんは無愛想に返事した。この答えにオペラは少しホッとしたようだ。

「それなら、とりあえず今は保留しておきます」 

「かしこまりました。18歳の誕生日を目安に文書が送付されますので、また改めてご確認ください」

一瞥する男性を横目に受付を終えた2人。オペラが安堵した様子で喋りかけてくる。

「いや~タリムのおかげで助かったよ~。今すぐ決めないと行けなかったらあと3日は悩んでたかも」

「珍しいな。オペラがそこまで悩むなんて」

「だってほら、ちょうどパトラマ火山に行ったところだったし、家の仕事も考えると、ここで決めるのは難しいなと思って。しっかりお父さんとお母さんと話もしたいしさ」

「そのほうがいいと思う」

オペラの家の今後全てに関わる話だ。下手したらクルムズ領の生態系把握にも影響を及ぼすことになる。ここで
決めるのは時期尚早だ。

「そういやオペラ、カノンさんからの手紙を領の代表に渡さないといけないんじゃなかったか」

「そうだった!忘れかけてたよ~」

「それは1番忘れちゃダメだろ」

思わずツッコんでしまった。ちょうど領主館にいるので、そのままの流れで代表者たちのいる部屋に向かう。前と同様、受付の男性に話をすると、代表たちの部屋に通された。その場には知力代表のケマル代表しかいない。

「ケマル代表、ラーレの街のオペラ・ギレスンです。父カノン・ギレスンから手紙を預かったため、このままお渡ししてもよろしいですか?」

「ご苦労だった。せっかくここまで来たんだ、このまま読ませてもらおう。ふむ……『ミラージュコア破壊作戦の影響でクルムズ領内の赤のオーラエレメントのバランスが崩れ、パトラマ火山内の魔獣の数が増えている……ー各地に警戒令を……ー直近、ラーレの街周辺の魔獣数は激減、通常通りである……確かに読ませてもらった。またエメル代表とも相談しておく」

数日ぶりに“知力”代表のケマルに会った2人。カノンから手紙を読んだケマル代表は疲れ果てた顔をしていた。

「ケマル代表、オーラ回復の件ですが、ラーレの街のアリアさん、カノンさんの話から2つの可能性が出てきました。まずは白のオーラエレメントを使える人間からの一時的な赤のオーラエレメントの付与、そして、“インペリアルルビー”によるオーラの回復です」

唸るケマル代表に、少しでも朗報を伝えようと、タリムが話し出した。

「私とここにいるオペラの2名で、他にもオーラを元に戻す方法がないかを探すため、各領へ旅に出ることにしました。ついでと言えば怒られますが、各領にいる現地の兵士たちも、私と同じ状況なのか、調査も併せて行って参ります」

タリムの言葉に少し晴れた顔をするケマル代表。 

「なるほど、インペリアルルビー……そして白のオーラエレメント使いによる回復……。さすがはラーレの街のカノン殿、素晴らしい着眼点だな。白のオーラエレメントの術者による一時的な付与は思いつきもしなかったよ。……どうしてもクルムズ領内の白のオーラエレメントの術者は少ないから、いつでも付与に応じられるというわけではないだろうが、まずは軍医や幹部級の兵士にはそういった方法もあるということは伝えておく。あとの動きはまた追々考えさせてもらおう」 

「ちなみにどの領に行かれますか??必要なら領代表への紹介状も書きますよ」

どこからともなく会話に割り込んできたエメル代表。どうやら2人で旅をする話のところから聞いていたようだ。

「何も考えてなかったですが、ここから1番遠い“緑”ヒスイ領にしようかと。ヒスイ領は植物の宝庫と聞くので、オーラを回復できる手がかりがあればと思いまして」

タリムがエメル代表に答えた。 

「いい案ね。紹介状はどうします?」

「いえ、これは私達の勝手な旅です。両代表に迷惑はかけられません。しかもご多忙かと存じますので、また何かの折にはよろしくお願いいたします」

タリムとオペラは一礼する。

「分かりました。また何かあれば言ってくださいね。あなた方お二人の幸運を祈るわ」

「はっ。ありがとうございます」

タリムは敬礼し、代表者室を後にする。タリムは前もって聞いていた“他領への行き方”という書面を見ながら、領主館の中の別の場所に手続きしに行く。

「なんでこんな手続きが多いんだろうね~。パパっと終わらないかな~」

長い時間領主館にいるからか、オペラは疲れた表情をし始めた。

「手続きが多いのは確かにめんどくさいよな……でもまぁ手続きしておくことでどういう身分の人間が出入りしているのかを、相手の領に知らしておく必要はあるなとは思う。逆に手続きがなくて勝手に盗賊とか暴漢がクルムズ領に自由に出入りできるのは嫌だろ?」

「それは確かに……」

歩くこと数分、先ほどオペラが登録手続きを行ったところとは違う受付に到着した。その場にいた女性に用件を伝え、紙に色々書いた後に女性に渡すと、すぐに赤く細いリングが発行された。そのまま女性の指示に従い、リングを手首に装着する。

「そちらのリングにタリム様、オペラ様の身分情報が書き込まれています。そのリングは各領の領主館にある特殊な機械でしか外れない仕様になってはいますが、念の為、紛失には十分お気をつけください」

「分かりました」

「これが身分証か~すごいねぇ~」

オペラは左手に装着された赤いリングを眺めてニコニコしている。さっきの疲れた顔はどこへやら。

「これがないと他の領には行けないんですよね?」

タリムは受付の女性に確認する。

「職業次第では、このリングがなくても他の領に行ける場合があります。まず、他の領に行く手段は2つ。1つ目はちょうどこの領主館を出て、町外れにある“空港”に向かっていただく方法です」

前回、首都シャーウの街を探索したときに“空港”という文字が書かれた看板は発見しており、場所は何となく把握していた。

「空港を利用する場合、この赤いリングの有無が問われます。リングが無い方は利用できないため、他の領に行くことはできません。リングを発行するためには、先ほど記載していただいた発行申込書の目的を記載する欄に、しっかりした内容を記載していただくことになります。内容を精査したのち、不備がある場合はリングを発行できません」

(リングの発行目的を丁寧に書かされたのはそういう理由か)

「2つ目は、内陸地から他の領に行く方法です。各領は陸地で接しているので領土内の行き来ができないわけではありません。ただし、陸地で接している主要道路には砦が形成されているところがほとんどで、砦にはクルムズ軍や、他の領の兵士が配置されています」

そういやクルムズ軍に所属して間もない頃、諸先輩方が『今日からしばらく砦の警護に行く』と言っていた気がする。

(クルムズ軍も色んな仕事をしているんだな……) 

「流通を行う行商人などは、事前に各領でお二人と同様、特別なリングを提供することで、陸地間移動を可能にしております。お尋ねの内容のご回答はこんなところですが、ご理解いただけましたか?」

「はい。とても丁寧に説明してもらってありがとうございます」

「いえ。それでは良い旅を」


【∞】
 


「これは……!」

空港内に来たタリムは驚いていた。

空港内には多数の倉庫があり、その中には“球皮”と呼ばれる、とても大きな風船のようなものが綺麗に折り畳まれている。

球皮は様々な色を使って描かれており、見ているだけで楽しくなる。だが、長年使われていないのか、倉庫の中で埃をかぶっていた。

別の倉庫には“バーナー”と呼ばれる熱が出る機械もあり、同様に埃をかぶっていた。こちらも長らく使われていないのだろう。

「タリム……これってもしかして“熱気球”の部品なんじゃ……!」

さすがにオペラも知っているようだ。興奮した様子でタリムの腕を掴み、揺さぶった。

「あぁ、熱気球“バロン”だろ。魔獣のいない時代から使われていたと言われる空を飛べる手段……!」 

「乗ってみたい!……けど、どう考えても使われてないよねぇ……」 

残念そうな顔をするオペラ。タリムも同じ顔をしている。

「確か熱気球は“虹彩会議”で禁止されたんじゃなかったか?……火の力を自在に操れるクルムズ領の人間にしか使えないとか理由で。戦争のときにあまりにも有利だとか何とか……」

「あぁ~習った気がする……。そのせいで“ペリバジャール”の街の観光用の熱気球も禁止されているんだよね。ペリバジャールと言えば、小さいころに“アルテミス”っていうホテルに泊まったことを思い出すなぁ~……。洞窟みたいなホテルで面白かったよ」

オペラのニコニコした顔を見ると、本当に面白かった出来事であることが伝わってくる。

「その熱気球が禁止されている今、どうやって他の領に行くんだろうな?」 

とある疑問が湧いたところで、2人は空港の奥に奥にと進んでいく。ちょうど行き止まりの地点には、背が高く鳥の羽のような髪飾りをしたお兄さんが1人立っていた。少し色黒で、明らかに逞しい身体。声をかけてよいのか悩む。
 
「あのー……ヒスイ領に行きたいんですが……」

オペラが声をかけると、お兄さんはとてもいい笑顔を返してくれ、空港の利用方法を説明してくれる。お兄さんは左手に緑の細いリングを装着していた。 

「ー“紫”リラ領の名産の藤のカゴに乗ってもらえれば、“私の鳥たち”がこのカゴとともに各領の空港まで運んでくれますヨ。高度もそこまで高くないように調整しておりますので、高いところが苦手な人にも安心してご利用いただいておりますヨ」

特徴のある話し方にタリムとオペラは一瞬目を見開く。

(話し方には違和感があるけど、なぜか心が落ち着くというか……)

お兄さんの説明している藤のカゴは元々熱気球用に作られたものだろう。本来ならカゴの中央に燃料、その上にバーナーがセットされるはずだ。だが、2人が見ている藤のカゴは、カゴの上部に鉄のような金属の枠組みがはめられただけで、飛ぶための材料がない。とてもじゃないがこのまま飛ぶことはできないと思われた。

「……よく考えたら“私の鳥たち”って言いましたよね?」

タリムがお兄さんに確認すると、お兄さんはニコニコ笑い返した。だが、辺りを見回しても肝心の“私の鳥たち”が見当たらない。

「鳥をお探しかと思いますが、それはやってみてのお楽しみでお願いしますヨ」

何だか見透かされた感じだ。少し不安になりつつも、2人は藤でできたカゴの中に入る。

「それでは、鳥たちとフライトを楽しんでくださいネ」

お兄さんは一瞬目を閉じたあと、緑色のオーラを纏った。お兄さんの右目は綺麗な緑色に光っている。

「では、ヒスイ領の“風と鳥”の力、とくとご覧あレ…」

お兄さんはどこかから緑の横笛を取り出し、美しい音色を奏でる。

「ーーーー♪♪♪」

「わぁ……!綺麗な音色……!」

オペラがその音色を聴き入っている。数秒後、頭や羽に緑の筋があるカモが数十羽、タリムとオペラを乗せたカゴの周りに飛来してきた。一気にカモの鳴き声で騒がしくなる。

「なっ…何が起きてるんだ!!」

「ガーガー言ってる!可愛い!!」

カモたちがバサバサと翼をはためかせるので、何が起きているのか分からない。カモたちは藤のカゴ上部の金属の枠組みに付いていた謎の紐をくちばしで咥え、2人を連れ去る。

「きゃあぁぁぁぁぁあ…………」

「うわぁぁあぁぁぁあ…………」

「行ってらっしゃいまセ~」

お兄さんは笑顔を絶やさず手を振り、2人を見送った。2人はものの数秒で藤のカゴごと空高く舞い上がり、大量のカモたちに引き連れられ“緑”ヒスイ領へと向かうのであった……。

 

【∞】


―〈BOS内〉―


「そういやさ、100年前にも同じ質問をしたかもしれないけど、体内のオーラエレメントってもとに戻るの?」

メイド服を着た銀髪の女性、ネオンが謎の女性たちに疑問を投げかけた。

「瞬時に元に戻す方法は今のところないと思いますが……時間がかかっていいのなら戻す方法はいくつかあります」

「へぇ~……例えば?」

「例えばぁ~ミラージュコアを破壊し続けてぇ~大陸に降り注ぐオーラエレメントの量を増やすとかぁ~……ミラージュコアの影響を受けにくい大陸の外側に居続けるとかぁ~」

「にゃはは!全然現実的じゃないね」

女性たちの答えにネオンは大笑いした。

ミラージュコアの破壊にはある程度の実力も必要で、破壊し続けるのは困難である。そして大陸の外側は大型魔獣たちの住処。どちらを選ぶにしても心理的不安、負担は大きい。アルクス大陸の人間たちができるとは思えなかった。

「今話してくれた2つの方法以外にもお薬的なものはありますよ。ただ、それらを得るためにも相当の覚悟が必要でしょうけど」

「えっ!そんなものがあるの~?教えて教えて~」

ネオンは猫のように目を見開き、更に質問した。

「1つは“インペリアル”の名を冠する宝石たち……もう一つは“緑”ヒスイ領に自生している、とある植物ですね。どんな方法であったとしても、ミラージュコアから離れたところまで行く、もしくは取りに行くしかないので、魔獣たちとの戦闘は避けられない。様々なリスクを乗り越える覚悟があれば、早々にオーラエレメントは元に戻りますよ」

「なるほどね~。じゃあ今後しばらくは宝石か植物を取りに行く人間たちがいるかどうか、観察しておこうかにゃ」

「よろしくお願いします」

「にゃはは!しばらくの間は楽しめそうだね~。じゃ、いってきまーす」

謎の女性の依頼に応え、ネオンはその場から姿を消した。

「もしかしてぇ……オーラエレメントの回復の時期、難易度、その他諸々……全て“調整”してミラージュコアを設置したんですかぁ……?」

「ふふっ……どうでしょうね」

謎の女性は少しだけ笑みを浮かべ、ネオンが消えた先を見つめていた。

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