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4 出会い
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風が吹いた。
部屋の中から外に向かって風が吹いて、俺の体は少し押し戻された。
そんな気がしただけだったかもしれない。
でも、その時確かに部室の中から何かしらの力が働いて、俺はすんなりと一歩踏み入れることができなかった。
そこには、本を読む幽霊がいた。
いや、幽霊みたいな人がいた。
綺麗な人だな、と思った。
綺麗で、色白で、現実感のあまりない人だった。
そこは縦長の部屋で、真ん中に長いソファが縦に置いてあった。
その人はそこに座って、まさに今顔をあげてこちらを見たようで、黒い髪がさらりと揺れた。
膝の上で、白くて細い指が本を開いて持っている。
しっかり目が合っていたけど、全身が固まってうまく声が出せない。
「あ…の、すいません。誰かいると思わなくて…。」
「気にしないで。暇を潰しているだけだから。」
瞬きをして、口を開く。一つ一つの動きから目が離せない。
「一年生?」
「はい、そうです。」
「僕は二年で…一応、部長ってことになってる。秋月って言います。よろしく。」
「あ、春日です。よろしくお願いします。」
部長とかいるんだ…。
活動日誌とか書くんだろうか。と考えていると、先輩が膝の上で本を閉じた。
「まあ部長って言っても、することは何もないんだけどね。この部屋に二人以上集まることもほとんどないし。」
「あ、そうなんすね…。あの、先輩は、ここで何してたんすか…?」
何か会話を続けなかればと、咄嗟に口に出して後悔する。本を読んでいたに決まっている。
先輩は眉ひとつ動かさず答えた。
「これを読んでたんだ。知ってる?」
表紙をこちらに見せてくれるが、タイトルも作者も知らなかった。そもそも、俺は知っている本があまりない。
「いや、知らないっす。あんま本読まないんで…。」
「そっか。せっかくだし、なんか持って行ったら?面白い本がたくさんあるよ。」
そう言って立ち上がって、部屋の奥に進む。結構背が高い。185ある俺と10センチも変わらないんじゃないだろうか。
先輩が持っていた本を本棚に入れて、初めて気がついた。
この部屋は、本棚で埋め尽くされていた。
左の壁と奥の壁は俺の身長よりも高い本棚で埋まっている。
右の壁には大きな窓があったが、その窓の下には、腰くらいの高さの本棚が並んでいた。窓には分厚いカーテンがかかっている。
振り返って見ると、後ろの壁もドア以外のところは本棚で埋まっていた。
ぎっちり本が詰まっているところもあれば、スカスカで横倒しになっているところもある。
本の大きさも様々で、大きくて厚いものから小さくて薄いもの、少し背が高いものや、ちょっとだが雑誌もある。
「元々はただの物置で、掃除用具とかが入ってたらしいんだけどね。」
思ったより近くから声が聞こえてびっくりする。
先輩はいつの間にか左の壁際にいて、何かを探しているみたいに本棚を眺めていた。
「ある時、放課後忙しくてどこの部活にも入れない人がいたんだ。それまで、そういう人も無理矢理どこかに入っていたんだけど、その人は『ないなら作れば良い。』って考えて、物置だったこの部屋に本棚を持ち込んで、同じように入る部活がない人を集めて、『本を読むだけの部活』を作ったんだ。たまたま賛同してくれる先生もいて顧問になってくれて、正式に『文学部』として認められた。最初から活動実態のない部活だったけど、何となく歴代の部員たちが本を持ち寄って、今こんなに集まっているんだって。」
先輩はこちらを向いて、少し首をかしげる。
「僕も先輩から聞いた話だけどね。」
「そうなんすか……。」
「うん……見つけた。これとかどうかな。」
一冊取り出して、パラパラとめくる。
その姿が何だかかっこいい。本をめくっているだけなのに。
「主人公は僕らと同じ高校生でね。探偵に憧れていて、学校で起こる不思議な事件を解決しようと頑張るんだけど…あ、探偵ものは好き?」
「え~っと……よくわかんないっす。読んだことなくて……。」
「そっか。まあ読んでみてよ。面白くなかったら途中でやめれば良いし。でもできれば一話は全部読んで欲しいな。実はこの本の探偵役は……いや、今のなし。」
何か言いかけて、パタンと本を閉じた。そのままこちらに差し出してくる。
探偵役?どういうことだろう。なんか気になってきた。
差し出された本を受け取る。一瞬、先輩の指が触れた。
ひんやりしていた。体温が低いんだろうか。
「まあ、次来た時にでも返してくれればいいし……別に返さなくても良いよ。気に入ったなら自分のものにしてしまっていい。みんな先輩たちが未来の後輩のために置いていったものだから。」
「ありがとうございます。」
「ところで。」
先輩が、まっすぐこちらを見る。やっぱり背が高い。顔が近い。睫毛が長い。
「うちに入るってことは、春日君も放課後忙しいんだよね?時間、大丈夫?」
「え………あ!!」
腕時計を確認すると、もう16時半をすぎていた。まずい。遅刻してしまう。
「あ、あの、ありがとうございました!これ、読みます!あの、お疲れ様です!」
慌てて頭を下げて、返事も聞かずに部室を飛び出した。廊下を走って、階段を駆け降りる。
幸い、校舎の中を駆け抜ける間に誰かとすれ違うこともなかった。
靴を履き替えて、自転車置き場に走る。
自転車に飛び乗って、校門まで駆け抜ける間も、ずっと胸がざわざわしていた。
急いでいるからじゃない、あの部室に入った時から、ずっと収まらない。
何だろう。確かに部室の扉を開けた時、誰もいないと思っていたから、心底驚いた。
朝の足立の話を思い出して、まさか本当に幽霊、と一瞬思った。
でも、ただ驚いただけでこんなに胸がざわざわするものなのだろうか。
信号待ちの間、ふと左手が目に入る。先輩の手、冷たかったな。来週、行ったらまた会えるだろうか。せっかく本も貸してもらったし、あれを読んで、感想を伝えに行こうか。喜んでくれるだろうか。
気がつくと青信号が点滅していて、慌てて自転車を漕ぎ出した。
部屋の中から外に向かって風が吹いて、俺の体は少し押し戻された。
そんな気がしただけだったかもしれない。
でも、その時確かに部室の中から何かしらの力が働いて、俺はすんなりと一歩踏み入れることができなかった。
そこには、本を読む幽霊がいた。
いや、幽霊みたいな人がいた。
綺麗な人だな、と思った。
綺麗で、色白で、現実感のあまりない人だった。
そこは縦長の部屋で、真ん中に長いソファが縦に置いてあった。
その人はそこに座って、まさに今顔をあげてこちらを見たようで、黒い髪がさらりと揺れた。
膝の上で、白くて細い指が本を開いて持っている。
しっかり目が合っていたけど、全身が固まってうまく声が出せない。
「あ…の、すいません。誰かいると思わなくて…。」
「気にしないで。暇を潰しているだけだから。」
瞬きをして、口を開く。一つ一つの動きから目が離せない。
「一年生?」
「はい、そうです。」
「僕は二年で…一応、部長ってことになってる。秋月って言います。よろしく。」
「あ、春日です。よろしくお願いします。」
部長とかいるんだ…。
活動日誌とか書くんだろうか。と考えていると、先輩が膝の上で本を閉じた。
「まあ部長って言っても、することは何もないんだけどね。この部屋に二人以上集まることもほとんどないし。」
「あ、そうなんすね…。あの、先輩は、ここで何してたんすか…?」
何か会話を続けなかればと、咄嗟に口に出して後悔する。本を読んでいたに決まっている。
先輩は眉ひとつ動かさず答えた。
「これを読んでたんだ。知ってる?」
表紙をこちらに見せてくれるが、タイトルも作者も知らなかった。そもそも、俺は知っている本があまりない。
「いや、知らないっす。あんま本読まないんで…。」
「そっか。せっかくだし、なんか持って行ったら?面白い本がたくさんあるよ。」
そう言って立ち上がって、部屋の奥に進む。結構背が高い。185ある俺と10センチも変わらないんじゃないだろうか。
先輩が持っていた本を本棚に入れて、初めて気がついた。
この部屋は、本棚で埋め尽くされていた。
左の壁と奥の壁は俺の身長よりも高い本棚で埋まっている。
右の壁には大きな窓があったが、その窓の下には、腰くらいの高さの本棚が並んでいた。窓には分厚いカーテンがかかっている。
振り返って見ると、後ろの壁もドア以外のところは本棚で埋まっていた。
ぎっちり本が詰まっているところもあれば、スカスカで横倒しになっているところもある。
本の大きさも様々で、大きくて厚いものから小さくて薄いもの、少し背が高いものや、ちょっとだが雑誌もある。
「元々はただの物置で、掃除用具とかが入ってたらしいんだけどね。」
思ったより近くから声が聞こえてびっくりする。
先輩はいつの間にか左の壁際にいて、何かを探しているみたいに本棚を眺めていた。
「ある時、放課後忙しくてどこの部活にも入れない人がいたんだ。それまで、そういう人も無理矢理どこかに入っていたんだけど、その人は『ないなら作れば良い。』って考えて、物置だったこの部屋に本棚を持ち込んで、同じように入る部活がない人を集めて、『本を読むだけの部活』を作ったんだ。たまたま賛同してくれる先生もいて顧問になってくれて、正式に『文学部』として認められた。最初から活動実態のない部活だったけど、何となく歴代の部員たちが本を持ち寄って、今こんなに集まっているんだって。」
先輩はこちらを向いて、少し首をかしげる。
「僕も先輩から聞いた話だけどね。」
「そうなんすか……。」
「うん……見つけた。これとかどうかな。」
一冊取り出して、パラパラとめくる。
その姿が何だかかっこいい。本をめくっているだけなのに。
「主人公は僕らと同じ高校生でね。探偵に憧れていて、学校で起こる不思議な事件を解決しようと頑張るんだけど…あ、探偵ものは好き?」
「え~っと……よくわかんないっす。読んだことなくて……。」
「そっか。まあ読んでみてよ。面白くなかったら途中でやめれば良いし。でもできれば一話は全部読んで欲しいな。実はこの本の探偵役は……いや、今のなし。」
何か言いかけて、パタンと本を閉じた。そのままこちらに差し出してくる。
探偵役?どういうことだろう。なんか気になってきた。
差し出された本を受け取る。一瞬、先輩の指が触れた。
ひんやりしていた。体温が低いんだろうか。
「まあ、次来た時にでも返してくれればいいし……別に返さなくても良いよ。気に入ったなら自分のものにしてしまっていい。みんな先輩たちが未来の後輩のために置いていったものだから。」
「ありがとうございます。」
「ところで。」
先輩が、まっすぐこちらを見る。やっぱり背が高い。顔が近い。睫毛が長い。
「うちに入るってことは、春日君も放課後忙しいんだよね?時間、大丈夫?」
「え………あ!!」
腕時計を確認すると、もう16時半をすぎていた。まずい。遅刻してしまう。
「あ、あの、ありがとうございました!これ、読みます!あの、お疲れ様です!」
慌てて頭を下げて、返事も聞かずに部室を飛び出した。廊下を走って、階段を駆け降りる。
幸い、校舎の中を駆け抜ける間に誰かとすれ違うこともなかった。
靴を履き替えて、自転車置き場に走る。
自転車に飛び乗って、校門まで駆け抜ける間も、ずっと胸がざわざわしていた。
急いでいるからじゃない、あの部室に入った時から、ずっと収まらない。
何だろう。確かに部室の扉を開けた時、誰もいないと思っていたから、心底驚いた。
朝の足立の話を思い出して、まさか本当に幽霊、と一瞬思った。
でも、ただ驚いただけでこんなに胸がざわざわするものなのだろうか。
信号待ちの間、ふと左手が目に入る。先輩の手、冷たかったな。来週、行ったらまた会えるだろうか。せっかく本も貸してもらったし、あれを読んで、感想を伝えに行こうか。喜んでくれるだろうか。
気がつくと青信号が点滅していて、慌てて自転車を漕ぎ出した。
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------------------
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ありがとうございました。
引き続き応援いただけると幸いです。】
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