【連載版】幽霊部活の先輩と俺

吉野雪

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3 初めての文学部

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 金曜日

 昨日の夜母親にサインしてもらい、他に自分で書くべきところを全部埋めた入部届をざっと確認して、しっかりとファイルに入れてバッグにしまう。
 今日からようやく学校とテニスだけに集中できる。
 本当はテニスだけに集中したいんだけどな~と思いながら台所に立つ母親の背中を眺めていると、突然振り返って「なに?」と聞かれたので内心ヒヤリとする。
「いや別に。……今日の卵焼き美味しいよ。」
「ああそう?よかったよかった。お弁当にも入ってるよ。」
 ニヤリと笑ってまた台所に向き直る。
 母親は卵焼きを作るとき、全ての調味料を目分量で入れているらしく、いつも微妙に違う味がする。
「卵焼き作るのにわざわざ量らないよ。」と以前言っていた。今日はかなり俺好みの味だ。

 朝飯をたいらげ、弁当を受け取る。
「ちゃんと入部届出してからスクール行くんだよ。」
「わかってるわかってる。行ってきます。」
「気をつけてね~。」
 母親の声を背中に受けながら家を出る。
 自転車に跨って、勢い良く漕ぎ出した。

「……入部届の締め切り今日までだから、まだの人は気をつけるように。」
 昨日は冷や汗ダラダラで聞いていた先生の話も、今日は余裕の姿勢で受け止める。
 話が終わって先生が出ていくと、佐藤さんと足立がぐいっとこちらを向いた。
「おい、お前どうなったんだよ。」
「昨日先生のとこ行った?」
「行った行った。文学部ってとこ紹介してもらった。」
「文学部?」
 足立が「え?お前が?」みたいなニヤケ顔になる。
 佐藤さんはキョトンとした顔で首を傾げた。
「それって……あの、本書いたりしてるってとこ?でもあそこって確か文芸部って名前だよね。」
「うん、多分そことは違うところだと思う。部室行って名簿にチェックするだけでいいらしいし。」
「へえ~。」
「マジで幽霊部活じゃん。どうする?部員に本物の幽霊がいたら。先輩だと思って挨拶したら何年も前にそこで自殺した生徒だったりして……!」
「なにそれこわ。」
「ちょっと、変なこと言わないでよ!」
「やっぱ本読んでんじゃね?文学部だから。あ!だから文学部なんだよ!本読んでる幽霊が出る部室使ってるから!」
「はあ?意味わかんない。」
「俺今日その部室いくんだけど。」
 前のめりで語っていた足立だったが、自分の話がそれほどウケていないことに気がついたらしく、わざとらしく座り直す。
「まあそれは冗談として、何で文学部なのかは気にならねえ?文芸部もあるのにさ。別に何でも言いんだろ、多分。ほぼ活動ないんだから。」
「それは確かに気になるかも。春日くん、誰かに聞けないの?」
「今日顧問に会うから、その時聞いてみるよ。」
 確かに、言われてみるとなぜ「文学部」なんだろう。それこそ「帰宅部」とかで良かったはずなのに。
 本物の帰宅部はこの学校には存在しないのだから。本物の帰宅部って言い方も変だけど。
 隠樹先生なら知っているかもしれない。覚えていたら聞いてみよう。

 何とか授業を乗り越え、放課後。
 俺は昨日と同じく、物理準備室を訪れていた。
 手にはほとんど埋まった入部届。後は顧問のサインをもらうのみ。
 昨日よりは緊張していない。
 ノックして、ドアを開ける。
「失礼しま~す。」
 昨日と同じように部屋の奥、右側の机に向かっていた隠樹先生と目があった。
「お、春日くん、ようこそ。」
 手招きされたので、部屋の中に足を踏み入れる。
「ちゃんとサインもらってきました?」
「はい。バッチリっす。」
「それは良かった。」
 入部届を渡すと、先生は受け取って机に乗せ、うんうんと一つづつ確認した後、最後の空欄にサインをしてくれた。
「うん、バッチリだね。これは僕の方で斉藤さんに渡しておくから、預かっちゃうね。」
「はい、お願いします。」
 その辺にあったクリアファイルに入部届を挟んで、腕時計を見ながら立ち上がった。
「これから部室に案内しようと思うんですが、時間は大丈夫?」
「はい、大丈夫です。お願いします。」
「じゃあ行こうか。」
 連れ立って物理準備室を出る。
 ついでに届けに行くのか、先生は俺の入部届が入ったファイルを持ったままだった。
 アニメか漫画のキャラクターっぽいイラストが書いてある。
 知らないキャラクターだが、番号が付いている揃いのユニフォームを着ているので、何かのスポーツをやっているのだろう。
 白衣だし、細いし、スポ根漫画が好きそうなタイプにはあまり見えないが、まあ人は見かけに寄らないと言うし。意外と若い時はスポーツマンだったのかもしれない。
 そんなことを考えていると、前を行く先生が軽く振り返った。
「春日君は、テニスをやっているんですか?」
「あ、そうです。今日もこれからスクールで。」
「そうですか。もう長いんですか?」
「そうっすね……幼稚園の時からやってるんで……」
「おお~じゃあ十年以上か~」
「はい。」
「今年の一年生は春日君を入れてちょうど十人になったんだけどね。」
「意外と多いんすね。」
 一学年八クラスだから、一クラスに一人以上はいることになる。俺が知らないだけで、一年D組にもいるのかもしれない。
「最近は勉強に専念したいからって言うのが多いね。もう塾に通ってるんだって。春日くんみたいなのは少数派かな~。」
 先生の文学部OB、OGの話を聞きながら、いつも使っている昇降口を通り過ぎて、いつも体育の時にグラウンドに出る出入り口から外に出る。
 まだ練習は始まっていないらしく、野球部らしき数人の生徒たちが道具を運んでいた。左に見える緑のネットの向こう側にはテニスコートがあるが、こちらも準備中の様子だ。
「あそこの白い建物が部室棟です。」
 先生が指差すグラウンドの右端に、二階建てくらいの白くて四角い建物が立っていた。
 算数の教科書に出てきそうなくらい綺麗な直方体だ。
 グラウンドに面した部分は「長辺」で、一階部分にはいくつも扉が付いていて、今まさに野球部が道具を運び出している。
 先生に続いて、土のグラウンドと校舎の間にあるレンガの道を進む。
「グラウンドは上履きのままで入っちゃいけないので、必ずここを歩いてください。どろどろになっちゃうからね」
「はい、わかりました。」
「部室棟は一階は運動部の部室で、二階は文化部が使ってます。まあ二階はほぼ倉庫で、普段使わない物とか、大きいものを閉まってる感じだから、毎日のように出入りがあるのはウチだけだね。
「そうなんすね。」
「うん……あ、ここでちゃんと拭いてね。」
 各部室ごとについているのであろう扉とは別に、「短辺」の部分にちゃんとした入口があった。
 敷かれたマットに上履きを擦り付けて土を落とす。
 目の前には廊下が続いていて、左側の壁に扉がいくつも付いていた。
「じゃあ上がろうか。」
 先生に続いて階段を上がる。静かな場所だった。
 さっきまでは指示を出したり、ふざけあう生徒の声が聞こえていたが、建物に入るだけでだけで外の音が一気に遠くなる。
 二階に上がると、人の気配も全くしなくなった。
「一番奥が文学部ね。」
 作りは一階と同じに見える。廊下が続いて、左側に扉が並んでいる。一階はドアノブが付いているタイプの、中か外に開けるタイプだったが、二階は教室と同じ、引き戸タイプだった。
 それぞれの扉には「吹奏楽部」とか「演劇部」とか書かれた可愛らしいプレートが貼り付けられていた。中には「生徒会」なんてのもある。
 それらの前を抜けて、一番奥の扉の前へ。
 そこには、ポツンと机が一つ置いてあった。机の上には、青いファイルが一つ。多分、紙に二つ穴を開けるタイプだ。
 先生がファイルを手に取って、中を開いた。
「これが名簿です。自分の名前の欄にチェックを入れてください。まあ、丸でも、何でもいいです。」
 中の紙は、出席簿のようになっていて、左端にずらっと名前が並んでいる。一番上は日付が並んでいるので、自分の名前と日付を結んだ場所に印をつければいいんだろう。印は結構自由なようで、チェックや丸、三角やハートマークもある。
「最低でも一週間に一回、お願いします。それ以上の決まりはないので、別に毎日来てくれても良いよ。」
「わかりました。」
「今日はまだ春日君の名前はないけど、来週から追加するから、安心してください。」
「はい。」
「で、ここが部室。」
 先生が指差す扉には、違和感があった。扉は他と同じ引き戸だが、扉の横のスペースが、扉と同じくらいしかない。この部屋はこの扉二枚分の横幅しかないことになる。
 他の部屋はもっと広いよな、と左側に続く扉の感覚を確かめていると、それを察したのか先生が言った。
「元々は物置として使われる予定で、他の部屋より狭い作りなんです。まあ別に中で何かするわけでもないので特に不便はないのでね。」
「はあ。そうなんすね。」
「うん、じゃあ僕はちょっと用事があるので、ここで失礼するけど、よかったら中覗いていったら?『文学部』っぽい感じになってるよ。」
「あ…ありがとうございました!」
 先生はさっと白衣を翻して行ってしまった。
 背中に声をかけるとヒラヒラと手を振ってくれる。

 一人になって、改めて扉を眺める。
 何だかお化け屋敷に入る前のような気持ちだった。
 早くスクールに行きたい気持ちもあるけど、先生が言った「文学部っぽい感じ」が気になってしまう。
 少し考えて、扉に手をかけた。
 ガラガラと音を立てて、意外とスムーズに扉が開いた。
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