隘路

重過失

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思い出す

"特別な日"

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そのまま莉奈に着いていき、やがてある場所に着いた。

俺が香音と初めて会った、あのベンチだ。

莉奈「ほら、ここに座って」

二人でそのベンチに座ると、莉奈は箱を開けてケーキを取り出した。

一回り小さいホールケーキを二人で持っている。上には香音の名前が書いてあるバースデープレートが乗っていて、そこから哀愁が漂っている。

莉奈はそのケーキに蝋燭を3本立てた。

莉奈「1本は私が、1本は宏樹君が消して」

莉奈は息を吸うと、静かに歌い始める。
俺もそれに合わせて歌う。

誰もいない暗い公園にある、ただのベンチ。
そこから聞こえる歌声は、祝福と悲しみの音色をしていた。

「「ハッピーバースデー ディア 香音~…」」

歌い終わると、莉奈が蝋燭の火を吹き消す。
それに続いて、俺も蝋燭の火を吹き消した。

残り一本、予想通り火が付いたままだ。
この一本をどうするのか、俺は分からないままでいた。その時だった。

優しく夜風が吹き、残りの一本に付いていた火を消した。

俺は思わず莉奈の方を向くと、莉奈は涙目になりながら俺の方を向き、口角を上げた。


香音が亡くなってから、俺は何に対してもやる気が無くなった。
ただ、小説を書くことは例外だった。香音が俺を知るきっかけになって、俺にとって唯一無二の趣味だった。

俺はずっと小説を書き続けた。
そして、香音が亡くなる前から書いていた小説が終わりを迎えた時、俺も小説と一緒に終わってしまおうと思ったんだ。

あの日行った夜の海、その後は何も考えなくて済む筈だった。

でも、俺は今もここにいる。
それは、莉奈が居たからだ。

俺は莉奈に言われるまで気付かなかったんだ。
自分が香音の事を大切にしていて、いつしか惹かれていたのを。

それからは、毎日の様に莉奈と一緒の時を過ごした。
莉奈の優しさのおかげで今の俺がいる。

俺は、全く同じことで二度も失敗はしたくない。
そういう人間なんだ。

宏樹「莉奈」

莉奈「ん?」

宏樹「…俺達が初めて会ったとき、莉奈は俺を叱ったよな」

莉奈「うん…でも、宏樹君が恨めしくて言った訳じゃないから、それは…」

宏樹「そのことは分かってる。あの時、莉奈に叱られたお陰で今、俺は生きてるんじゃないか」

莉奈「…」

宏樹「俺は同じ失敗は繰り返したくないんだ…だから、今ここで言おうと思う。」

俺はひと息ついた後、莉奈の手を握って、目を真っ直ぐ合わせて言葉を伝えた。

宏樹「…莉奈、前から好きだった。付き合ってください。」

莉奈「…」

莉奈「…香音への想いはどうしたの?」

宏樹「…忘れたわけじゃない。でも、もう伝えられない。」

宏樹「正直、今ここで振られてしまってもいい。それも進歩だ。」

宏樹「伝えられない後悔で永遠に苦しむより、遥かにマシなんだと、君が教えてくれた。」

宏樹「だから…今すぐ伝えられる人の中で、莉奈の事が…一番好きです。」

俺は自分の気持ちを全て吐き出した。
もうこれ以上は何も言えない。

莉奈は少し黙った後、俺が握っていた手を握り返した。

莉奈「…宏樹君の口からそう言ってくれるのを待ってた。」

莉奈「私も…宏樹君の事が好きです。」

莉奈「これからも…ずっとよろしくお願いします…!」

莉奈は握っていた手を放して俺にハグをした。
俺も手を放してハグを返した。

今、この瞬間は最高に幸せなはずなのに、誰かを想って涙が溢れてくる。

でも、もうその人はいない。
香音は俺の為に死んだ。
そんな事はもう二度とあってほしくない。

莉奈「…ケーキは、家で食べよっか」

宏樹「そうだな…そうしよう…」

莉奈「でも今は…まだこうしていたい…」

俺と莉奈は、互いが感じている静かなる歓喜と慟哭が治まるまでこうしていた。

残った蝋燭の火を消した、あの優しい夜風に吹かれながら。



───────





莉奈「あなた、起きて」

宏樹「ん?…あぁ…今起きるよ…」

どうやら、想い出に耽っている間に寝てしまった様だ…
莉奈が起こしてくれなかったら、まだ寝ていたかもしれないな。

莉奈「ほら、そろそろ時間だから行こう…」

宏樹「そうだな…」

俺はベンチから立ち上がり、身体を伸ばした後、莉奈と一緒に駐車場へと歩き始めた。

莉奈「ここから離れる時が寂しくて仕方ない。」

宏樹「本当だな。でもずっと居るわけにもいかないしな。」

莉奈「そうね。昔みたいに止まってる訳にはいかない。」

莉奈を助手席に乗せて、俺は運転席に座って車のエンジンをかけた。

莉奈「そういえば、さっきはどんな夢を見てたの?」

宏樹「…とても懐かしくて、虚しかった気もする。」

宏樹「でも、かけがえのない想い出だったのは間違いないな。」

そう言って、俺はナビを設定した。
勿論、目的地は決まっている。

香音の誕生日、そして俺達のプロポーズ記念日のケーキを買いに向かうんだ。

あの頃の俺…いや、


大学一年生の冬、俺は初めて友人に想いを伝える事が出来た。
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