隘路

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思い出す

不運な予言

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 香音「着いたー、家よりこっちの方が落ち着くかも」

 宏樹「家で何かあったのか?」

 香音「いやー特に?ただ言っただけ」

 宏樹「何かあったら溜めずに言ってな、香音さんなら心配ないだろうけどさ」

 香音「分かった、遠慮しないで言うよー。じゃあ…そろそろさん付けやめたら?」

 宏樹「それは、何で?」

 香音「もう私達の仲じゃん?別にいいけど距離あるように感じちゃってさ」

 宏樹「そうか…分かった。次から気を付けるよ。香音さ…」

 香音「…」

 宏樹「…香音」

 香音「それでよし!」

 これが毎日だと疲れそうなものだが、案外疲れない。
 まあ、俺を肯定してくれるのは香音しかいないから、それもあるかもしれないな。

 宏樹「俺も言いたい事がある」

 香音「うん?」

 宏樹「はぁ…最近、妙な噂は聞いてないか?」

 香音「なに、妙な噂って…待って、お化けみたいな話!?それだけはダメ!」

 宏樹「違う違う。怪談じゃないから。」

 香音「よかった~…それで、噂って?」

 宏樹「何か…俺達が付き合ってる、とか」

 香音「…」

 あ、マズイかもしれない…
 言わない方が良かったかもな…失敗した。

 香音「…ふっ…あはははっ!」

 宏樹「…?」

 香音「何それ、確かに"妙な噂"だね!あははっ」

 香音「はー…ごめんごめん、面白くってつい…私はそんな噂、一回も聞いた事ないよ」

 宏樹「そうか…それで、そんなに面白かったのか?」

 香音「だって…付き合ってるって、安直すぎ!子供みたい」

 宏樹「まあそれはそうだな」

 結局、噂について香音は聞いた事が無いらしい。
 それはそれで良かったのだろうか?
 良くも悪くもない、と言った感じか。
 ただ、これ以上変に拗れないといいのだが…

 ───

 毎日毎日、面白くない講義を聞かされるこっちの身にもなってほしい。
 あの教授、クビ。
 俺だったらそうしてる。
 考え方が古いんだ。頑固。だから学生は勿論、他の教授からも嫌われている。

「あいつ、付き合い始めたんだってー」
「えマジで?」
「うん、りなが言ってた」

「お前、明日こそはスマブラで勝つからな」
「いいよ、勝てるもんならな」

 こうやって小声で喋ってる学生もいれば、寝ている生徒もいる。それくらい退屈なんだ。

 そんな退屈な大学ライフの一番の癒し?は…

 香音「おーい!…うわっ!」

 宏樹「ちょ…!」

 香音「ふー、助かったよ、ありがと」

 宏樹「香音、暗いんだから気を付けてくれ」

 香音「ごめん、でも嬉しくて」

 宏樹「いいから、早く帰りたいんだ」

 香音「私も早く帰りたいー、勿論!宏樹君の家にね」

 宏樹「いつから俺の家は香音の家になったんだ?」

 香音「んー、初めて家に上がった時かな」

 これだ。
 退屈な講義しかしないくせに難癖をつけてくる教授や、変な事しか言ってこない男達とは違って、香音は真っ直ぐ俺の事を認めてくれるし、こんな調子だけどちゃんと頭が良い。

 大学ではたまに優等生として慕われているらしい…まあ本当なんだろう。香音がそんな下らない嘘をつくとは思えないしな。

 …

 俺の家に来る日は、いつも終電で帰っていく。
 その度に駅へ送っていっているのだが、今日も送る。

 香音「さっ、帰らなきゃ…」

 そんな夜遅くに帰って、何事もなければいいのだが。
 …うん?

 宏樹「香音、腕が赤くなってる」

 香音「え?…あぁほんとだ」

 宏樹「大丈夫か?」

 香音「うん、ただぶつけただけだからへっちゃらだよ」

 宏樹「そうか。気を付けてな」

 香音「うん!またね~」

 …ただの考えすぎか。

 ───

 今日は香音が待っていなかったが、「何かあったらここで待ってて」と香音に言われているので、いつも香音が俺を待ってる場所にいる。
 いつもならいるのだが…

 香音「はぁっ、はぁっ、待たせちゃってごめん」

 宏樹「なんだ、大丈夫か?」

 香音「提出日が今日なの知らなくってさ…」

 宏樹「…そうか、じゃあ帰ろう」

 …いや、あり得ない。
 香音はいつも提出の日をメモしているし、忘れた事だってない。
 今になってそんな事が起こるのだろうか?
 油断とか、そういった事もしないタイプだ。
 だから尚更気になってきた。

 …

 香音「疲れたぁー…寝ていい?」

 宏樹「いいけど、終電に遅れるなよ」

 香音「そしたら起こしてー…」

 宏樹「分かった…」

 いつもより遅く帰ってきたからか、疲れが大きい。
 俺も眠いが、香音を起こさなきゃならない。

 香音「んー…今日泊まってもいい?」

 宏樹「えっ…でも色々必要だろ」

 香音「大丈夫、今日は泊まるつもりで来たから全部ある…眠い…」

 宏樹「なんだ、言ってくれれば良かったのに…」

 香音「ごめん…」

 …ん?
 待て、この足の傷…

 宏樹「香音」

 香音「んー?…なに…ひゃっ」

 香音「ちょっいきなり足触って、どうしたの?」

 宏樹「この傷はなんだ?」

 香音「それは…引っ掻けちゃっただけで」

 宏樹「…はぁ、やっぱり、俺はずっと思ってたんだ。」

 香音「…何を?」

 宏樹「香音…虐められてるのか?」

 香音「…何言ってるの?そんな訳…」

 宏樹「足だけじゃない、腕も、肩も、髪で隠してるつもりだろうが、耳にも。どう考えても人がやった傷がついてるんだ。」

 宏樹「それに、提出日は忘れてなんかいない。呼ばれたんだろ?」

 香音「…」

 宏樹「頼む、正直に答えてほしい。俺は心配なんだ。何があった?」

 香音「…あーあ、バレちゃった」

 香音「宏樹君に心配かけたくないからせっかく隠してたのに、こんな簡単に見破られちゃうなんて」

 宏樹「じゃあ、俺が今言った事は…」

 香音「うん、全部合ってるよ。ごめんね…今まで隠してて…」

 宏樹「…何で…前に言ったはずだ、」

 香音「溜めずに言ってほしい、でしょ?…でもこんな事、言える訳ないじゃん。」

 宏樹「…」

 香音「私が悪いのに、わざわざ宏樹君の事を巻き込みたくないんだもん…」

 宏樹「…言ってほしかった。力になれたはず。」

 香音「でも…これは私一人だけが受けるべき罰だよ…」

 宏樹「…違う。罰なんかじゃない。…それは身勝手な嫉妬で、勘違いから生まれた虚構の憤怒が引き起こした、理不尽で、あまりにも…あまりにも醜い仕打ちだ!」

 俺は大声でそう言った。
 怒りのあまり、机を思いっきり叩いてしまった。
 そのせいで香音はビックリして、うずくまって泣き出してしまった。

 うずくまる香音の横に座った俺は、香音の背中をさする事しか出来なかった。
 これ以上に香音の震えを身体で感じると、香音をこうした奴らへの怒りで頭がどうにかなりそうだからだ。

 涙が少し収まったのか香音は顔を上げて、あろうことか俺に抱き付いてきた。

 香音「…あの子達が怖いの。だからお願い、泊めさせてほしいの、今日だけでいいから…お願い…」

 恐怖と不安に怯える香音の早い鼓動が、抱き付いてくる身体から直接伝わってくる。
 今ここで、俺が言える答えはただ一つだけだった。

 宏樹「…勿論。」
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