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振り返る
不安の種
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「じいちゃん、飯よそっちゃうよ」
「あぁ」
俺は息子に呼ばれて、リビングに向かう。
階段はまだ登れる。
いつもの椅子に座って、目の前に出されたおつまみをつまみ、決まったテレビ番組を見て晩酌を嗜む。
今日は火曜日か、なら、あのクイズ番組を見よう…
「これの答えはDだな」
「違うよ、Cだよ」
「答えは…Cです!」
「ほらね、でもDは惜しかった」
「悠斗は頭いいな、まあ中学生だもんな」
悠斗も、来年で高校生か…
孫が高校生になるというのは、何とも感慨深い。
それと同時に、時の流れの早さを実感する。
宏樹が結婚したかと思えば、一週間後にはもう孫が産まれた。そんな感覚だ。
もう自分でも分かっているが、俺の人生の残り時間は少ないのだろう。
そんな事はあまり良いことじゃないから、考えないようにしているが、やはりそろそろ視野に入れるべきか…
思えば、あいつが居なくなってから時間の経ち方が早くなった気がする。
久子は俺の妻で、いつも宏樹に優しかった。
チビ助だった宏樹が、部屋の壁に落書きした時、俺は叱った。
久子は俺から宏樹を庇って、俺が叱り終わるとリビングにいって遊ばせていた。
一緒に家事をこなして、働いて宏樹の成長を見守ってきた。
だが、ある日に病院にかかっちまって、入院したんだ。
その頃には宏樹がもう成人だったから、よくお見舞いに行ったな。
何回も何回もお見舞いにいったが、久子の容態は良くならなかった。
咳をした時に血を吐きはじめて、焦った事を覚えている。
看護師を呼んで、先生に駆けつけてもらった。
それでも久子は落ち込む事なく、行く度に笑顔を見せてくれた。
痩せ細っていく久子の姿を見るのは辛かったが、あの笑顔は確かに元気をくれた。
でも、あの日の夜、最悪な事が起きた。
夜になって病院から出ようとしたときだった。
───────
宏樹「こんな遅くなるなんて、まずいな」
幸次「お、あそこから出られるんじゃないか?」
宏樹「本当だ、じゃあ、あそこから…」
「すいません!渡辺様ですか?」
宏樹「はい、そうですけど」
「久子の容態が…」
俺達は看護師に案内されすぐに久子の元へ向かった。
宏樹「母さん!」
久子のいる部屋にたどり着いた。
しかし、中には入れなかった。
看護師に言われた通りに、部屋の外で待っていた。
心電図の音、アラームの音、荒い息遣い、数々の指示、足音…医者達が慌ただしく部屋を出入りしている。
外からでも伝わる緊迫感、外にいても聞こえる忙しない音の数々。
「久子さーん、分かりますかー?久子さーん」
宏樹「状況は?」
幸次「どうだろうな…」
「発作後に心肺停止」
「圧迫開始」
「エピを投与、圧迫を中止し脈の確認」
「はい」
「圧迫」
「1,2,3,4…」
「中断、脈の確認」
「圧迫」
「150にチャージしろ」
「離れろ、離れろ」
「エピを追加、」
「全員クリア、全員クリア」
「圧迫を深めろ…」
俺達は、出入りする看護師達をただ眺めることしか出来なかった。
医者が救命処置を施しているが、中からは同じ音しか聞こえてこない。
とうとうこの時が来たのか…?
もしもう逃れられないとしても、認めたくない。
直視したくない。
理解したくない。
覚悟はしていたものの、心の奥底では生きていてほしいと願う。
「反応がない」
「圧迫再開」
「1,2,3,4…」
「圧迫」
「止めろ、手は尽くした。」
「死亡時刻を確認、渡辺さんに伝えよう」
───────
あれからは、何も考えたくなかったような。
いや、宏樹の事をしっかりと見てやらないといけない。
そう思って、宏樹を心の支えにして、今まで生きてきたんだ。
宏樹の結婚も、宏樹の妻が子どもを産んで俺達が叔父と叔母になったことも、久子は知らない。
けど、毎年行く墓参りでずっと久子に伝えてきた。
幸せな事も、悪いことも、全部語りかけた。
返答がなくとも、久子をずっと愛し続けてきた。
周りから"愛妻家"と言われる程にはな。
───
最近、悩み事がある。
俺は遅れを取らないように、ゲームやらスマホやらに触れてみているが、若者には敵わない。
現代の日本は少子高齢化に伴って、65歳以上になると支払われ始める年金が社会保証料が歳出をかなり占めている。
そのせいで、我々老人は人括りに"税金泥棒"だと蔑称される。
実際、この老体じゃ力仕事はもちろん、判断力やらの能力も落ち込むから長年やってきて身体に染み込みきったような事以外、管理職も出来ない。
だから、そう呼ばれても致し方ないとは思っているが…
問題は、悠斗にもそう思われているか、だ。
俺は別にいいが、もし悠斗がそう思っているなら、"税金泥棒"の俺が視界に入るだけイラつかせてしまうだろう。
でも、悠斗は頭がいい。
そういう事に対して、無意味な批判はしないはず。
少し勇気を出して、聞いてみようか。
ただ、直接的すぎると困惑されるだろうから、遠回しに聞こう。
悠斗と会うのは夕飯の時だけだ。
いつもの呼び声がかかって、階段を登り俺は夕飯を食べに向かった。
予想通り、悠斗が先に座って食い始めていた。
ニュースもそれらしい内容になってきたから、タイミングを見計らって、話しかける。
「社会保障料が占めている事にSNSでは…」
幸次「俺たちは年金使って生きてるからなぁ…」
悠斗「じいちゃんはいいんだよ、ちゃんと働いてるじゃん」
悠斗「こういう、SNSしか見てなくて、信憑性もない影響力だけのインフルエンサーを盲信してる奴らがバカなだけ」
幸次「…」
ホッとしたような、少し怖かったような、そんな気分だ。
悠斗は頭がいい。
しかし、相当恨んでるというか怒ってるような口調だった。
何故だろう。俺の心配か?
心配されるのはありがたいが…
俺はただ息子の脛を囓ってるだけのダメ親父だがな…
「あぁ」
俺は息子に呼ばれて、リビングに向かう。
階段はまだ登れる。
いつもの椅子に座って、目の前に出されたおつまみをつまみ、決まったテレビ番組を見て晩酌を嗜む。
今日は火曜日か、なら、あのクイズ番組を見よう…
「これの答えはDだな」
「違うよ、Cだよ」
「答えは…Cです!」
「ほらね、でもDは惜しかった」
「悠斗は頭いいな、まあ中学生だもんな」
悠斗も、来年で高校生か…
孫が高校生になるというのは、何とも感慨深い。
それと同時に、時の流れの早さを実感する。
宏樹が結婚したかと思えば、一週間後にはもう孫が産まれた。そんな感覚だ。
もう自分でも分かっているが、俺の人生の残り時間は少ないのだろう。
そんな事はあまり良いことじゃないから、考えないようにしているが、やはりそろそろ視野に入れるべきか…
思えば、あいつが居なくなってから時間の経ち方が早くなった気がする。
久子は俺の妻で、いつも宏樹に優しかった。
チビ助だった宏樹が、部屋の壁に落書きした時、俺は叱った。
久子は俺から宏樹を庇って、俺が叱り終わるとリビングにいって遊ばせていた。
一緒に家事をこなして、働いて宏樹の成長を見守ってきた。
だが、ある日に病院にかかっちまって、入院したんだ。
その頃には宏樹がもう成人だったから、よくお見舞いに行ったな。
何回も何回もお見舞いにいったが、久子の容態は良くならなかった。
咳をした時に血を吐きはじめて、焦った事を覚えている。
看護師を呼んで、先生に駆けつけてもらった。
それでも久子は落ち込む事なく、行く度に笑顔を見せてくれた。
痩せ細っていく久子の姿を見るのは辛かったが、あの笑顔は確かに元気をくれた。
でも、あの日の夜、最悪な事が起きた。
夜になって病院から出ようとしたときだった。
───────
宏樹「こんな遅くなるなんて、まずいな」
幸次「お、あそこから出られるんじゃないか?」
宏樹「本当だ、じゃあ、あそこから…」
「すいません!渡辺様ですか?」
宏樹「はい、そうですけど」
「久子の容態が…」
俺達は看護師に案内されすぐに久子の元へ向かった。
宏樹「母さん!」
久子のいる部屋にたどり着いた。
しかし、中には入れなかった。
看護師に言われた通りに、部屋の外で待っていた。
心電図の音、アラームの音、荒い息遣い、数々の指示、足音…医者達が慌ただしく部屋を出入りしている。
外からでも伝わる緊迫感、外にいても聞こえる忙しない音の数々。
「久子さーん、分かりますかー?久子さーん」
宏樹「状況は?」
幸次「どうだろうな…」
「発作後に心肺停止」
「圧迫開始」
「エピを投与、圧迫を中止し脈の確認」
「はい」
「圧迫」
「1,2,3,4…」
「中断、脈の確認」
「圧迫」
「150にチャージしろ」
「離れろ、離れろ」
「エピを追加、」
「全員クリア、全員クリア」
「圧迫を深めろ…」
俺達は、出入りする看護師達をただ眺めることしか出来なかった。
医者が救命処置を施しているが、中からは同じ音しか聞こえてこない。
とうとうこの時が来たのか…?
もしもう逃れられないとしても、認めたくない。
直視したくない。
理解したくない。
覚悟はしていたものの、心の奥底では生きていてほしいと願う。
「反応がない」
「圧迫再開」
「1,2,3,4…」
「圧迫」
「止めろ、手は尽くした。」
「死亡時刻を確認、渡辺さんに伝えよう」
───────
あれからは、何も考えたくなかったような。
いや、宏樹の事をしっかりと見てやらないといけない。
そう思って、宏樹を心の支えにして、今まで生きてきたんだ。
宏樹の結婚も、宏樹の妻が子どもを産んで俺達が叔父と叔母になったことも、久子は知らない。
けど、毎年行く墓参りでずっと久子に伝えてきた。
幸せな事も、悪いことも、全部語りかけた。
返答がなくとも、久子をずっと愛し続けてきた。
周りから"愛妻家"と言われる程にはな。
───
最近、悩み事がある。
俺は遅れを取らないように、ゲームやらスマホやらに触れてみているが、若者には敵わない。
現代の日本は少子高齢化に伴って、65歳以上になると支払われ始める年金が社会保証料が歳出をかなり占めている。
そのせいで、我々老人は人括りに"税金泥棒"だと蔑称される。
実際、この老体じゃ力仕事はもちろん、判断力やらの能力も落ち込むから長年やってきて身体に染み込みきったような事以外、管理職も出来ない。
だから、そう呼ばれても致し方ないとは思っているが…
問題は、悠斗にもそう思われているか、だ。
俺は別にいいが、もし悠斗がそう思っているなら、"税金泥棒"の俺が視界に入るだけイラつかせてしまうだろう。
でも、悠斗は頭がいい。
そういう事に対して、無意味な批判はしないはず。
少し勇気を出して、聞いてみようか。
ただ、直接的すぎると困惑されるだろうから、遠回しに聞こう。
悠斗と会うのは夕飯の時だけだ。
いつもの呼び声がかかって、階段を登り俺は夕飯を食べに向かった。
予想通り、悠斗が先に座って食い始めていた。
ニュースもそれらしい内容になってきたから、タイミングを見計らって、話しかける。
「社会保障料が占めている事にSNSでは…」
幸次「俺たちは年金使って生きてるからなぁ…」
悠斗「じいちゃんはいいんだよ、ちゃんと働いてるじゃん」
悠斗「こういう、SNSしか見てなくて、信憑性もない影響力だけのインフルエンサーを盲信してる奴らがバカなだけ」
幸次「…」
ホッとしたような、少し怖かったような、そんな気分だ。
悠斗は頭がいい。
しかし、相当恨んでるというか怒ってるような口調だった。
何故だろう。俺の心配か?
心配されるのはありがたいが…
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