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杉崎 累

醜悪の禊

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まず、陽太さんにS役を演じてもらう。
くるみには、Tが会いたがらないからまず私と二人で会う、と言ってTとの話し合い日程を遅らせた。

当日。
私は家で待っていた。
恐らく、陽太さんがくるみを迎えに行ってるのでそろそろ帰ってくる頃だろう。

陽太さんには頃合いを見て家から出てもらう。
準備の最終チェックを行い終わったと同時に、玄関のドアが開く音がした。

「お邪魔しま~す」

この声は間違いなくくるみだろう。
少し気さくな人を演じる為、何時もの敬語は使わない。

酒を呑みながら話したいというくるみの要望があった為、酒類が机に並ぶ。
呑み始めてしばらくしたところで、陽太さんが席を立った。

陽太「お酒を飲んでたらトイレに行きたくなってきた…」 
累「いいよいいよ、いってらっしゃい」 
くるみ「いってら~」 

そう言って陽太さんはトイレに行くフリをして裏口へと行った。

くるみ「なんか私も行きたくなってきた~借りていい?」
累「分かった、なら場所教えるよ」

私はくるみさんをトイレに案内した。
トイレに着くと、くるみはすぐにトイレに入った。
扉が閉まり、内側からロックがかけられた。

その音を確認すると、私はキッチンから包丁を持って待機した。

少しして、トイレを済ませてくるみが出てきた。
私に気づいておらず、背中を向けている。

その背中に向かって、私は手に持っている包丁を突き刺した。

鋭い音がした。
それと同時にくるみは前によろめく。

くるみ「痛…な、何…?」

すかさず後ろから押して倒した。
そして両足のアキレス腱を切り、玄関のドアにロックをかけて逃げられなくした。

くるみ「お前…」
累「最後に訊く。静に攻撃した理由は?」

くるみ「そんなの…とっくの前に言ったじゃない!アイツが私に刺客を差し向けて…」

嘘だと判断し、みぞおちを刺して本音を吐くのを促す。

くるみ「っ痛ぁああ!」
累「本当の理由は?」
くるみ「ぅぅ…アイツが…」
くるみ「アイツが私を超したからよ!」
累「超したというのは?」

くるみ「全部よ!私が教えてやったのに登録者も再生回数も全部越された!」

くるみ「全部私のお陰なのに!アイツはお礼の一言もくれやしなかったんだ!」

くるみ「それがウザくって嫌いでやってやったんだよ!!」

くるみ「ははっ…今のアイツの状況…赤ちゃんは死んだらしいし、ざまあみろって感じ!」

私の口から思わず重い溜息が漏れた。
聞くに堪えない、醜悪で自分勝手な理由だ。
もういいか。聞きたい事は聞いたし。

くるみ「これが本当の理由よ!」
くるみ「私にこんな事して、ただで済むと思うなよ!?すぐにアイツらが…ぐぁぁ!」

あぁ、嫉妬に塗れて、人生の大半を他人の嫌がらせに使って、今まで生き辛かっただろうな。

今、私が楽にしてやる。

心臓めがけて包丁を突き立てる。

くるみ「ぐっぐぁぁ…」

勿論、くるみも私の手を押さえて必死に抵抗してきた。
だけど、徐々に包丁は下がっていく。
徐々に、ゆっくりと刃先がくるみの胸の皮膚を突き破り、筋肉を裂いて心臓部へ到達していく。
刃先から私の手に、筋肉とは違う感触が届いてくる。
それをゆっくりと突き刺していく。

くるみ「ぁ…ぅぅ……」

くるみは痙攣しながら私の手をずっと握って抵抗してきた。
しかし、その手にこもる力も、刃先が奥へと刺さるにつれて弱くなっていった。

動かなくなったが、まだ体温が残り生温かいくるみを、床全面にブルーシートがひかれたガレージへ引きずる。
引きずった経路には一筋の太い赤い線が出来上がっていた。

ガレージに予め用意しておいたノコギリを手に取って、くるみの首にある関節と関節の間に刃を入れていく。
聞いた事のない音を立てながらノコギリは少しずつ床へと近づいていった。
薄汚い血が吹き出してきて鬱陶しい。
それでも切る手を止めず、むしろ加速させた。
そして、床とノコギリの刃が当たる音がした。
ノコギリから包丁に道具を変えて、最後の仕上げを済ませる。

家の壁や床に着いた血は荒っぽく、少し残る程度に掃除した。
Tは、彼の家に直接行くから、全てを掃除する必要は無かったんだ。
全てをこの家に置いて、私は別居へ向かった。

別荘、二つ目の家に到着した。
明日、この家にTが来る。
もういないくるみと話す為に。
こっちではブルーシートも、清掃道具も用意していない。
必要無いから。

Tに集合場所を明確に伝えた後、一件の着信があった。
時刻は深夜1時。日付が変わった後のこの時間に着信。
私は何も考えずに、スマホを手に取って着信に応答した。

累「もしもし?」
静「…色々と聞いてほしいの。」

久しぶりに話す、静さんの声だ。
最後に聞いた時に比べて、静さんの声は細々としていてか弱いものとなっていた。

静「最近、色んな事があり過ぎて…嫌で嫌で仕方ないの。」

静「部屋を暗くして寝る時、天井をボーっと見てると、嫌な記憶が見えてきて…」

静「目を閉じても、瞼の裏に映し出されるだけで変わらなくて…寝るのが嫌になっちゃった。」

累「それで私に掛けてきたと。」
静「うん…」

累「私も同じ様な事がありました。夜は一人になれるから好きなのに、寝るのが怖くて夜に来てほしくなかった。」

累「隣に誰かが居てほしい。そんな気持ちもあった気がします。でもそれは結局、孤独感を加速させるだけだった。」

静「私には陽太君がいてくれる。それなのに、怖さの方が強くなっちゃって…」

静「怖くなった時に、陽太君の手を握るの。そうしたら握り返してくれる。それが安心を私にくれて、やっと寝れる」

話を続ける静さんは、どこか誰かの調子に似ている。
今までの歩調が崩れて、歩く速度を落としている様な声は、目の前にゴールを見ている気がして。

静「…累さんも大変なの?」
累「まあ…そうですね、大変です。」
静「そっか、じゃあ私達一緒だね。」

静「急に嫌な事が沢山襲ってきて…嫌になっちゃって…」

累「…」
静「だから私ね、疲れちゃったの。」
静「最近寝てないから、沢山寝ようと思ってさ。」

累「……そうですね。ゆっくりと、沢山眠りたいですね。」

静「うん…だから、今までの事の感謝と、迷惑かけた事謝ろうと思って。」

静「今までごめんなさい。そして、ありがとうございました。」

累「私こそ、今までごめんなさい。でも、感謝もしてますよ。」

静「……じゃあ、そろそろ切るね。おやすみなさい。」

累「はい。おやすみなさい。」

その言葉を最後に、通話は切れた。
私もそろそろ終わりが近い。
それは静さんも同じの様で、私と同じ様な雰囲気だった。

翌日、Tの言う家に着いた。
椅子に座って、自費で買ってきた酒類を呑みながら私の質問に答えている。

累「何故、あんな事をしたんですか?」

T「あぁ?チャンスだってのにくるみが自粛期間だから~なんて言って止めてくるからだよ」

T「もう我慢出来なかったんだよ、やれば良いのに誰もやらなかった。そんな腰抜け共に代わって俺がやってやったんだ。」

そう言うTの顔には幾つもの傷跡や痣が付いていた。
きっと、陽太さんにやられたんだろう。
陽太さんの拳には傷跡が付いていた。
それは恐らく、Tを殴った時に出来た痕だ。

T「それで、いつくるみと話せば良いんだ?」

T「まあ、話すっつっても今話した事を言ってお終い、さよならバイバ~イだけどな」

累「今日。」
T「…は?」
累「もう来てるので、呼んできましょうか。」

T「はぁ!?二人で話すっつって俺を誘き出したのか!?あり得ねえ!」

累「それが、私が彼女から受けた要求です。」

背中に罵声を浴びるが、そんな雑言は無視して車から“とある人”を持ってくる。

累「ほら、これ。」
T「は?ただの段ボールじゃねえかよ。ふざけてんのか?」

Tはそう言いながら段ボールを回す様に見る。
その隙に私はTの前に立っておいた。

累「開けてみてください。」
T「あぁ…?何のつもりだ…?」

Tがゆっくりと段ボールを開ける。
そして中身を目視したのか、反応を示した。

T「はっ、うわぁぁあ!?!?何だこれ!?」

良いリアクションだ。
その反応を確認した瞬間、私は後ろに隠し持っていた手斧を振り上げた。
そして力任せにTの右肩に振り下ろした。
鈍い音が鳴った。

T「…は?…」

刃の半分がTの肩にめり込んでいて見えない。
Tが動く前に、私はTが椅子から落とす。

斧を肩から引き抜いて、もう一撃を狙う。
今度は左脚だ。
丁度倒れてくれていて狙いやすい。

T「っぐわあああ!!!」

私が左脚から斧を引き抜いた時、Tの左脚は今にも取れてしまいそうなくっつき方をしていた。

T「うぁっはっ、まっ待て!」
累「何?」
T「あの…段ボールの中身の首…あれは誰のだ?」
累「さっき言っただろ。」

そう言って私は最後の一撃を頭めがけて振り下ろした。
Tはその一撃を喰らった後、動かなくなっていた。
壁には大量の血と脳漿が飛び散っていた。
顔は二つに割れているし、もう死んでるだろう。

私はTの財布から免許証を取り出して、名前を見てみた。
『橘 蒼太』
どこかで聞いた気がする名前だが、誰から聞いたのかは忘れてしまった。
まあいいか、私はキッチンに向かった。

一本だけ置いておいた包丁を取り出すと、私はそれの刃先を自分の胸へ向けた。
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