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橋倉 静

終焉

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私が足を踏み外した事に気付いたのはすぐだった。
地面が自分に近づいてくる。

次に感じたのはお腹の辺りと頭の痛み。多分、頭からは血が出ている。
視界が回るのを止めた時、何人かが私に近づいてくるのが見えて、視線が私に集まっているのが分かった。
けど、そこから先は何も覚えていない。


気がついたら私は病院にいた。
起き上がろうとして身体に力を入れるとお腹の辺りに激痛が走った。

「おい、あんまり動かない方がいいぞ。」

そう声が聞こえた。陽太くんだ。
朦朧としていた意識がハッキリし初めた。

静「ねぇ…」
陽太「うん?」
静「どうして私は病院にいるの?」
陽太「あぁ…話さないといけないよな。」

今までに見た事がないくらいに、陽太くんの表情が暗く見えた。
そんな陽太くんを見て、何があったのか訊くのをやめようかと思った。
けど、どうしても気になる。あの時の自分に何があったのか。

それに、余計な隠し事なんてされたくない。
陽太くんとの関係が悪くなるくらいだったら、どれだけ辛いことでも言ってほしい。
陽太くんは重い表情で、ゆっくりと口を開いた。

陽太「ちょっと長くなるけど…ちゃんと聞いて欲しい。」

静「分かった。」

陽太「あの時に、俺はトイレに行ってた。だから静の事が見えなかった。

だからあんな事に…いや、なんでもない。

えぇっと…俺がトイレから出る直前に、誰かの悲鳴が聞こえた。静の悲鳴じゃない。誰かの。

俺はなんか嫌な想像が頭に浮かんだ。もし、静に何かあったなら早く駆けつけないといけない。

だから足早に出たんだ。そしたら静は…」

静「…大丈夫?無理しなくてもいいよ。」

陽太「…あぁ…ごめん…静が、階段から落ちてたんだ。

静に駆けつける男が一人見えた。静から遠い所にも駆けつける男が一人いたな。

最初に駆けつけた男…ソイツが何をしたか…

俺は目を疑ったんだ。ソイツ、静のお腹を踏みつけやがった。
3回くらいか、俺は本能でソイツをぶん殴ったよ。そんな非人道的な事をする奴は人間じゃない。

遠い所から来た男が救急車を呼んでくれたお陰で静はすぐに搬送されたけど…」

陽太「赤ちゃんは…ダメだった…」

頭が真っ白になった。

あの時の美優ちゃんの旦那さんと同じ様に、陽太くんは拳を力強く握って、自分の太ももに思いっきり叩きつけた。

涙を流して、歯が砕けそうなくらいに強く噛み締めて、何度も叩きつけていた。

「クソッ!!俺が…俺が…!!」

叫びたそうな声量を必死に抑えて発したその言葉は、今までに聞いたどんな言葉よりも私に深く刺さった。

きっと、陽太くんは自責の念に駆られているんだろう。
陽太くんは何も悪くないのに。
私が嫌われるくらいに人気になってしまったのが悪いのに。

なんでそんな私にずっと寄り添ってくれて、優しくしてくれた陽太くんが悲しまなきゃいけないの?

私は無力な自分に嫌気がした。何も出来ていない。
何かしよう、何かしようと思うばかりで、結局のところ何も出来ずに迷惑をかけるだけ。

そんな自分に出来る事と言えば、今までの恩返しだけ。
今度こそは。と思いを強くさせながら退院を待った。

あの日からどれくらい経ったんだろう。でも私は無事に退院出来た。

家に帰り着いた時には少しは安心出来たけど、すぐに不安と恐怖が襲ってきた。
刃物を向けられた時、事故に遭った時、階段から落とされた時。
幾度なく続く不幸な出来事がまた襲いかかってくるのが怖くて。

毎日を怯えて過ごしていた。そのせいで体調を崩しがちになって、配信もあんまり出来なくなっていった。
いや…もうしたくなかった。すればする程、人気になれるけどその分私の事を嫌う人が出てくる。
だったら、しない方がいい。でも活動を怠る訳にはいかない。

"シズの配信が俺たちの生きる糧だな"

何回も見てきたこの褒め言葉を原動力に、私は配信をせずとも、短いながら動画を投稿していた。

投稿頻度なんてめちゃくちゃだけど、それでもみんなは私を希望として動画を見てくれて、褒めてくれ励ましてくれた。

───

やっと生活サイクルが安定してきた時、陽太くんに呼ばれた。

陽太「なぁ…静。重要な話があるんだ。」
静「そう…それで…?」

陽太「最近、悪い事ばっかりで俺達の気分は最悪だと思う。」

静「うん…」

陽太「そんなタイミングでこんな酷な事を言うのも嫌だけど…でも、言っておかなきゃいけないんだ。」

静「………」

陽太「静…俺達…別れ…」

……!!!

その言葉を聞いた途端に、私は全てが無くなった。
おもむろに立ち上がるとそのまま家を飛び出していった。
後ろから止める声が聞こえるけど、もう関係はなかった。

無我夢中に走れるだけ走った。
いつの間にか、街に出ていた。
見覚えのあるビル群の中にある大通り。
そこを走るタクシーを止めて、美優ちゃんの家から一番近い駅に行ってもらった。
タクシーから降りてすぐに美優ちゃんの家に向かった。
多分、この日この時間なら旦那さんがいる。

静「あの、私です、静です。」
「あぁ、静さん?どうしたの?」

静「ちょっと色々あって、一晩だけでいいので泊めてもらいたいんですけど…」

「あぁ…分かった。」

扉を開けてくれて、私はその家の中に入る。
スマホを開くと沢山の通知が。でも、全部無視した。
もう関係ない、もう関係ないと自分に言い聞かせて。

静「こんな夕方に…もしかして、アンチ関係のトラブル?」

はい…

「静さんも大変だね…まぁ、ゆっくりしていきな」

静「いえいえ…ありがとうございます…。」

そうやって嘘をついて、酷な現実から逃げる。
お風呂も貸してもらった。服は持ってきてなかったから仕方なく美優ちゃんのを借りた。

なんとなく、気分を紛らす為にテレビを点ける。
いつ陽太くんが私を見つけて来るか分からない。
不安だった。だからテレビを見てなんとか時間を過ごそうと思った。

「次のニュースです。先日、民家で男性の遺体が見つかり、その場にいた容疑者が現行犯逮捕されました。」

「うわぁ…こんな時に、嫌だなぁ」

こういう日に限って不気味で不安になる様なニュースが流れるのは何故だろう。
でも、なんとなく気になってかそのニュースを見続けた。

「現場にいた杉崎 累容疑者は取り調べに対し、「もう我慢が出来なくなった」と容疑を認め…」

…?
累…あの累さんが…
殺人?

嘘には思えなかった。でも嘘だと思いたかった。
陽太くんを失った私にとって最も頼れる人だったのに。

どうしても信じたくなくて、累さんに何回も電話を掛けた。
でも、何回かけても、何時まで経っても、反応はおろか既読も付かない。
お願い…着信に出てよ
嘘だと言って
あの声で、嘘だと、自分は捕まってなんかないって…
聞かせてよ…

あぁ…
なんで…どうして…?
私にはもう誰にも残っていない。
孤独だ。
孤独…
私は静かにテレビを消して、寝る事にした。

朦朧とした意識の隙間から鳥の鳴き声が聞こえてくる。
朝だ。見慣れない天井に感触が違う布団。
どうやら私は陽太くんに見つかる事なく朝を迎えれたらしい。
私はここから去る為に身支度を整えた。

静「泊めてもらって、ありがとうございました。」
「いやいや、大変な今、お互い力を貸し合うってもんよ」

その言葉をを背に受け、私は目的地に向かった。

私が積極的にSNSでの活動を始めたのは中学3年生の頃だったっけ。
あの時は高校受験もあったのになんで始めたんだろうな…
でも、Twitterで色んな人と知り合えて楽しかったな。
趣味が合う人、面白い人、絵が上手い人、頼れる人。
老若男女問わず色んな人と交流して、どことなく感じてた寂しさを打ち消してた。
今、あのDiscordサーバーはどうなってるのかな?
私が駆け出しの頃は20人とか、そんなだったけど。
人気になってからは人数が多くなり過ぎて、管理が大変だったなぁ。

千鶴ちゃんは今、何してるのかな。
私でもここまで人気になれたんだし、千鶴ちゃんならもっと高い所にいるんだろうなぁ。
中学生の同窓会なんかでは、私が配信者として人気になってるって言って大盛り上がりだった。
でもそれ以来、中学生の頃の同級生とは会ってない。
最近会ってなかったし、また会えるといいな。

高校の頃の部活にいた先輩。あの頃は最悪な人だっと思ってたけど今思えばまだマシだったんだなぁ。
今なんて、くだらない理由で刃物は向けられるし階段から突き落とされるしでロクな事がない。

外島さんはバリバリに現役。昔から勢いが衰えなくて凄い。
コラボした時なんて、変な記事を作られて騒動になって大変だった。
あんな事されたのは初めてだし、当時は意味が分からなかった。
でも今ならちょっとだけ分かる気がする
視聴数を稼ぐ為なら嘘だってなんだって書く。
私はそんな事しなかったけど、やろうか迷った時は何度かあった。
でもそれは自分の実力じゃないから、って理由で辞めた。

小学生の頃からずっと親友の美優ちゃん。
私とは対照的に、明るくってクラスでも人気のあった人。
そんな感じで人気者だった美優ちゃん。
あんまり目立ってなくて、暗かった私なんかにも話しかけてくれて。
褒めてくれたし、励ましてくれたし、一緒にいて楽しかった。
私の親友でもあり、憧れの人でもあった。
思い出なんて多すぎて数え切れないや。
でも、美優ちゃんは事故に遭って今は意識不明。
医師は、体調は回復してるけど意識は…。って言うばっかり。
なんであの子がそんな目に遭わないといけないの…?

私と趣味が合って、好きなものも合った陽太くん。
最初はSNSでの関わり合いだけだったけど、高校が一緒でクラスも一緒だった時は驚いた。
住んでる場所が近いっていうのは知ってたけど、まさかここまでとは思わなかった。
私に何かあった時に毎回助けてもらって、励ましてもらったりであの人には頭が上がらない。
ずっと一緒にいる内に段々と…私は陽太くんが異性として好きになった。
そんなで毎日ドキドキしてた矢先、陽太くんから告白してくれた。
あの時の嬉しさは忘れられない思い出になったな。
配信者としての私を嫌な顔せず、むしろ応援してくれて嬉しかったな。
私が落ち込んでると察してくれて色々してくれた。
それがどんなに嬉しかったか…
私はあの人と一緒に、一生を過ごすって、そう思ってた。

あの時からずっと変わった人だなぁ、って思ってた累さん。
初対面でもタメ口の人達の中、たった一人だけ敬語でリプをしてくれた。
それに、何も分からなかった頃の私に色々と詳しく教えてもらった。
私にとってあの人は変わった人から尊敬出来る人へと変わっていった。
何か困ったり悩んだりしたらあの人に相談してた。
そうしたらすぐに返信が来て、私を励ましてくれた。
そんな頼れる累さんが、今は殺人鬼としてメディアの引っ張りだこ。
累さんに何があったんだろう…。
でももう何があったのか知れない。

みんなの事、私は信じてたのに…。
どうして私を置いてどこかへ行っちゃうの?
私は信じられていなかったのかな。
私は好かれず嫌われていたのかな。
私は何の為に存在しているのかな。
もう解決する事のない疑問がたくさんある。

勝手に逃げて、悲しんで、でも全部が私の思い込みだったのかな。
今までの感情は共感されずにただ適当に相手されたのかも。
私は一人じゃない。そう思ってたけど結局は最初から最後まで一人だったんだ。
みんな私の事をなんとも思ってなかったんだ。
みんな嘘つきだ。
もう誰も信じられない。
今までの言動は全部無駄だったんだ。
でも…それでも私は最後にしたい事がある。

陽太くんには振られて、累さんは殺人で逮捕。美優ちゃんは意識不明。
もう私には頼れる人も、親しくしてくれた人もいない。
でも、離れたってあの人達は恩人には変わりない。
だから私も尽くされっぱなしじゃなくて、何かしてあげたいと思った。
考えに考えた末に出した結論。

今の私に出来る一度きりで最大の恩返し。
…雨が降ってて寒い。
いつもならなんとも思わない音達。
でも今日は違う。特別な日。
車の走る音。雨が地面に当たる音。街の喧騒。
暗い夜を鮮やかなライトが照らしていて美しい街の夜景。
暗い空にぽつんと浮かぶ満月。
いつもなら"綺麗"の一言で済ませている数々の情景が、今日に限っていつにも増して感動的に見える。

そんな景色を上から見下げる私。
でも、そろそろこの景色も飽きてきちゃった。
さっきまで握っていた柵から手を離して、その柵の奥に行く。
そして、ゆっくりと身体の重心を前に傾けていく。

力が抜けて、浮いてる感覚に襲われて、空気を突き抜けているのが分かる。

…私の人生はどこで間違っちゃったんだろう?
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