宵闇の魔法使いと薄明の王女

ねこまりこ

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二章;OPENNESS

66話;徒花(4)

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 「それじゃあみんな、風の力を起こす時意識を集中する場所は分かったよね。
 ……そう、胸元だ。今から胸の辺りに意識を持っていって……そう、それから“風よ、頁を捲れ”と指示すれば良い」

 胸に手を当てていたヒオがそのまま手を前に突き出しついと一閃した。
 ひゅっと何か空気のような音がしたかと思うと、教壇に乗せられていた本の頁がふわりふわりと一枚ずつ捲れているではないか。

 「すっげぇ!すげぇぞヒオ」
 ジルファリアが思わず立ち上がり、興奮した面持ちで手を叩いている。
「いいから座りなさいジルファリア。この魔法はとても初歩的なものだけど、意外とよく使われていたりするんだ。
 例えば魔法の実験中に手が塞がっていて、実験のレシピを見られない時なんかはとても重宝するよ」
「お料理の時なんかも役に立ちそう!」
 そんな声ににっこりと笑いながらヒオが頷いた。

 「さぁ、次は君たちの番だよ」
 ジルファリアだけではない、他の面々も嬉々とした表情でひとりでに頁が捲れ続けているのを凝視していた。

 マリスディアも例外ではなく、それならばと腕まくりをした後、目の前の教科書をにっこりと見つめた。
 もう一度深呼吸をしながら胸に手を当て、風さんいつもありがとう、と呟く。
 そうしてそのまま目を閉じると、手の平と胸元に意識を集中させゆっくりと息を吐く。
 少し胸が熱くなってきたと思ったその時、マリスディアは念じた。

 (風よ、頁を捲れ)

 不思議な感覚だった。
 自分の周りの音が消えたような、これが魔法が起こる瞬間なのかと思った。

 風を起こしているのに音が止むなんて不思議だと、そう思いながら期待に胸を躍らせて目を開いた。


 だが目の前の本はぴくりとも動かず、そのまま机の上に鎮座していたのである。
 音も無く、空気の流れすら微塵も感じない__まるで凪のようだとマリスディアが感じた時、

 「わわわわわ!」
 とジルファリアの慌てた叫び声で周りの音が流れ込み、我に返った。
 見れば、彼の教科書の頁が勢いよくバラバラと捲れているではないか。
「ジルファリアの風は嵐のようだね」
 揶揄うようにヒオがにんまりと笑っている。
 くっそもう一度とジルファリアが本を開き直した。

 「わ、捲れた!先生、できました」
 今度は嬉しそうな顔をしたサリがヒオを振り返る。
「ふふ、君はとてもバランスの良い力の使い方をする」
 目を細めた彼の表情に上気したサリは照れたように俯いた。

 そんな彼らを見て、マリスディアは「よし、わたしも」と正面から教科書を見据えた。

 (もう一度……)

 もしかしたら感謝が足りなかったのかもしれない。
 意識を集中させる場所がほんの少しずれていたのかもしれない。

 (いつもあたたかい季節を運んできてくれて、ありがとう)

 マリスディアは瞳を閉じて、胸元に手を当てた。
 そして前に手を翳し、ゆっくりと唇を開く。

 「風よ、……捲れ」

 __しかし。

 瞳を開いたマリスディアは表情を暗くした。
 震える手の平の下では、教科書が先ほどと変わらない姿で置かれていた。

 そして空気の流れなど露ほどもない、全くの無音だったのだ。

 「……どうして」
「何故」

 マリスディアの肩が跳ねる。
 自分と全く同じ時機でヒオも呟いていたからだ。
 振り返ると彼はこちらを凝視していた。感情を読み取られないような無表情である。
 やはり一国の王女がこのような__本の頁ひとつ捲れないようではけしからんと思っているのだろうか。

 「マリスディア」
 つかつかと傍までやって来ると、声を顰めてヒオが囁いた。
「君、手順を間違えているということはないよね?」
「勿論です、先生」
 頭の中でも反芻したのだ。間違えたとは思えない。
「ウルファス様は……ああクソ、視察で不在か」
 そう舌打ちしたが、彼は声を落としたまま続けた。
「……終業後、ミスティの部屋に来なさい」
「いったい何が……」
 狼狽えて思わず彼を見上げると、いつの間にかふわりした微笑みに戻っており首を横に振ったのであった。

 今ここで話すことではないのだろう。

 マリスディアは短くため息をつき頷く。
 そしていつからだったのか、教室中からの視線を集めていることに気がついたのだ。
 ぐるりと教室中を見渡すと、自分以外の級友たちの教科書がぱらぱらと風に煽られて気持ちよさそうに頁を踊らせていることに息を呑んだ。
 好奇と疑惑の目がこちらに向けられ、マリスディアは居心地の悪い気分で両手を握りしめたのだった。


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