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二章;OPENNESS
64話;徒花(2)
しおりを挟む「でもそうだな、ただ座学で講釈を聞かされるのも退屈だよね。……せっかくだから簡単な魔法を試しに使ってみる?」
突然思いついたようにヒオがぽんと手を打った。
その申し出に教室中がわっと歓声を上げた。
ひときわ盛り上がっているのは当然のことながらジルファリアだった。
「やってみたいぞ、ヒオ!」
「だから“先生”だよ。それじゃあ休憩を挟んでからやってみよう。今から少しだけ休憩をとるので、僕が教室の鐘を鳴らしたら席に着くこと」
そう言って手をぱんと叩いたのを合図に、皆厠へ行ったり親しい者同士で今の授業について話し始めた。
「マリスディア」
突如ヒオに呼ばれたので教壇の方を見上げると、彼がひらひらと手招きし廊下へ出るよう促していた。
頷いたマリスディアは彼の後につづく。
連れて行かれたのは、人気もまばらな廊下の端にある昇降口だった。
「どうだい、魔法の授業は」
ガチャリと扉を開けてヒオが問う。
勢いよく暖かな風が入って来て、彼の淡い水色の髪がふわりと舞い上がった。
髪に覆われていた同系色の瞳が顕になり、こちらを見つめている。
外階段に出るとぽかぽかとした日差しに目が眩んだ。
階段の柵にもたれかかる彼に並ぶと、マリスディアは陽の光に笑みをこぼした。
「とても楽しかったです。まさかヒオが……いえ、ヒオ先生が魔法学を担当されるなんて思わなかったから驚きました」
「ふふ。いいよ、いつも通りの呼び方で」
揶揄うように目を細めた彼に、いつもの彼だなと苦笑した。
彼はこうして時々女性に対しどきりとするようなことを口にし、浮き名を流しているのだ。
王宮では有名な話なので、マリスディアは特別驚くこともなかったが。
「まぁでも、仕方がなかったんだ。君がアカデミーにいる以上、いつも以上に警戒をしておかなければならないからね」
そう言った後唇を引き、ヒオが険しい顔を見せる。
「ミスティ先生にも言われました。わたしのせいでみんなに迷惑が掛からなければいいんだけど」
特別な扱いを受けてしまうことを、まだ心のどこかで受け入れられていないのを痛感する。
「仕方がないよ。むしろお得なんじゃない?みんな宮廷仕えの魔法使いに授業を教えてもらえるんだからさ」
「それ、自分で言うの?」
「僕は言うよ。何せ僕の説教は、教会でもとても有り難がられるんだから」
得意げに胸を張っている彼は、いつもより幼く見えた。
その様子にくすりと笑みを漏らしながらマリスディアも返す。
「ヒオがこんなに先生に向いているなんて思いもしなかったわ」
「向いている?」
「ええ、授業は分かりやすかったし、何よりみんなにとても優しくしてくれたでしょう?」
「優しく……はは。君もまだまだだね王女さま」
きょとんとした表情から一転し、意地悪な笑みを見せるとヒオが短く言い放った。
「僕だってほんとはこんな仕事、したくないんだよ」
「え?」
「だってそうでしょ?誰が好き好んで乳臭い子どもの面倒を見なくちゃいけないんだよ。
特にあのデコッパチ、いつまで人のことを呼び捨てにするんだか」
口元を僅かに歪めながら皮肉たっぷりにヒオは笑った。
「まぁそのうちニコラスの坊ちゃんが卒業したら、彼も駆り出されるんじゃない?適任の人材が慢性的に不足しているんだから」
「ニコラス?」
「そうだよ。彼なんかは一番適任者だろうね。王女の身近な人間の中で一際知識もあって人望も厚い。この上なく無愛想だけど」
くすりと笑みをこぼしながらヒオは続けた。
しかしマリスディアは納得していた。
ニコラスは昔から古代史や歴史的な遺物に興味があり研究しているし、先日の迷いの森の一件から教師に向いているのではないかと思っていたからだ。
「カルマが戻って来てくれたら僕らも少しは楽になるんだろうけれど、彼もあっちこっち飛び回っているでしょ?王城に残っている人間でやりくりしないとね」
マリスディアは背中の大きな頼もしい魔法使いを思い出して懐かしい気持ちになった。
「カルマ様もお忙しいものね」
そう呟くと、ヒオが不満げに顔を顰めた。
「彼だけじゃないよ、僕だって暇じゃないんだ。王宮の仕事だって山積みなんだからね。それなのに何で僕がこんな……」
尚もぶつぶつと文句を垂れ流すヒオに、やっぱり彼は彼だったと何故か安心に似た気持ちになる。
「それなら、どうしてヒオはアカデミーの仕事を受けてくれたの?」
「どうしてって……」
そこで言い淀むと、僅かに頬を染めた。
「そりゃウルファス様がどうしてもって仰るから」
そして不機嫌な顔でこちらから目を逸らす。
「ふふ、ヒオったらやっぱり父のことが大好きなのね」
悪いとは思ったが、マリスディアは吹き出すのを抑えられなかった。
いつもは周りに対して辛辣な言葉しか発さない彼だが、昔からウルファスの言うことだけは素直に聞いていた。
(お父さまも、ヒオへのお願いがお上手になってきたもの)
実力もさることながら、ウルファスの頼み事は完璧にこなしてくれるからこそ彼をここの教員に推薦したのだろう。
改めて父とここで悔しそうに赤くなっている彼に感謝の気持ちが湧き上がった。
「仕方ないでしょ。ウルファス様は僕の命の恩人だし、唯一尊敬している人なんだから」
「ありがとう、ヒオ。わたし、魔法の勉強も頑張るわ」
「ぜひそうして欲しいものだね。……さぁ行こう、マリスディア。魔法の授業はこれからだよ」
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