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二章;OPENNESS

59話;萌芽のとき(4)

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 「あなたは怒るかもしれないけど」

 どれくらい進んだだろうか。
 二人は先ほどからこうしてロザンディアの蔦と格闘しているのだが、作業に夢中になっているうちにお互い口を利く余裕が無くなっていたらしい。
 沈黙が流れる中ふいに口火を切るサリに、マリスディアの肩が跳ねた。

 「あたしね、王族は試験を免除されるものだと思ってたの」
 蔦が腕に絡みついたのか、ぶんぶんと手を振り回しながら彼女が言葉を続けた。

 「試験なんて受けなくても、10歳になったら王立アカデミーに入学が決まっているものなんだって思い込んでたの。楽チンでちょっとずるいなって」
 マリスディアは黙って聞き続ける。
「入学試験の日にね、実はあたしあなたのこと見かけてたの」
 周りが騒いでいたしね、とサリが付け足す。
 大勢の子ども達に遠巻きに見られていたことをマリスディアは思い出した。
「それで、ああ勘違いだったんだって。……あなたも、きちんと試験を受けて頑張っているんだって。あたし達とおんなじなんだなって思ったのよ」
「……おんなじ……」
「だからあたし、あなたと話してみたくなった。教室で隣の席になれて、本当に嬉しかったのよ」
 蔦を払いのける腕を休めると、サリがこちらを見つめた。

 「勝手な誤解をしていて、ごめんね」

 申し訳なさそうな表情でサリが微かに笑った。
 マリスディアはそんな彼女をじっと見つめる。
 何と返そうかと考えているうちに、胸の奥から何かが込み上げてくるような気がして思わず俯いた。
 頬が緩み、彼女に変に思われないか気になったからだ。

 「ど、どうしたの?……やっぱり怒ってる?」
 そんなサリの不安げな問いかけに、とうとうマリスディアは吹き出してしまう。
「へっ?……マリスディア?」
 そのまま肩を震わせているマリスディアに、今度はサリがきょとんとした顔をした。
「ごめんなさい、サリ。違うの、怒っているんじゃないのよ」
 マリスディアが弁解をすると、サリは更に首を傾げた。
「サリはとっても正直な人なんだなって思ったの。きっと思っていることが全て口から出てくるんだなって」
「まぁ!」

 それこそ良いこともそうでないことも、遠慮なく悪気なくさらりと言ってしまう。
 相手の心の垣根などまるで存在しないかのように。

 それが不思議と嫌な感じがしなかったのだ。

 それに彼女は自分の言葉に責任を持っているのだろう。
 自分が発した言葉が相手を傷つけたりすることだと、こうしてきちんと詫びるのだ。
 そんな正直さと潔さが彼女の美点なのだと、マリスディアは眩しさを覚えた。


 「もー……、そんなに笑うことないじゃない」
 頬を赤らめて膨らませている彼女は、いつもより年相応で少女のようだと好ましくもあった。
「ふふ、わたしは嬉しいわ。正直に話してくれて。
 本当は、王族だからって特別扱いされるのはあまり好きではなくて。でもそう思われてしまうのは仕方がないことだから、サリのようにありのままでいてくれる人がいるだけで嬉しいの」
 思い切って自分の思いを告げてみると、サリは真剣な表情でこちらの言葉を受け止めているようだった。
「そっか……、それでさっき“普通”になりたいって言っていたのね」
 聞こえていたのか、とマリスディアははにかみながら頷く。
「王女さまも大変なんだね」
 今度は首を横に振っていると、なるほどなぁとサリが呟いた。

 「それじゃあ、あなたにとって“ありのまま”でいてくれる人っていうのが、ジルファリアってことなのね」
 突然出てきた彼の名に、彼女とジルファリアが睨み合っていたことを思い出す。
「ええ、ジルは大切な友だちよ」
「どういう経緯であいつと知り合ったのか分からないけど、どうやらそうみたいね」
 呆れたように__だが昨日とは違い、親しみを覚える笑顔でサリがこちらを覗き込んだ。
「サリもジルのことを知っているの?」
「そりゃあね、昨日も言ったけどあいつは城下町では有名なんだから」
 憤慨したようにサリがロザンディアの蔦を払いのける作業を再開させた。マリスディアもそれに倣う。
「一緒にいるサツキ君はそんなことないけど、あいつは悪い評判しか聞かないしね」

 どうやらサリは、根本的にジルファリアと馬が合わないらしい。
 噂の数々を思い出しているのだろうか、蔦をむしり取るような動作に苛立ちが垣間見えた。

 「そうなのね。確かにジルは少しやんちゃな時もあるけど」
「やんちゃなんて生易しいものじゃないって!」
 目を吊り上げてこちらに顔を向けるサリに、マリスディアは吹き出した。
「どんな噂なのか、また聞かせてね」
「あたしは、お城の王女さまと下町の悪ガキがどうやって知り合ったのかを聞きたいわ。身分違いの男女が出逢うなんて、まるでおとぎ話みたいじゃない」
 途端に目をキラキラと輝かせるサリを見て、そういうロマンチックなものではないのだけど……と、マリスディアは苦笑いをした。

 「おとぎ話といえば、聞いてみたかったことがあるんだけど」
「なぁに?」
 サリが瞳をキラキラさせたまま、こちらに身を寄せた。
「ウルファスさまってどんな方なの?」
「え、父?」
 こくこくと何度も頷くサリの様子から、ウルファスが国の民からとても慕われていることを思い出した。
「ウルファスさま、とっても素敵よね!お優しそうだし、背だってすらっとしていて、何よりお顔立ちも端正でお美しいのよねぇ」

 頬に手を添えてはしゃぐサリの様子は、年頃の娘そのものといった感じだ。
 そしてこちらに詰め寄るサリはとても興奮しているようだった。

 「ウルファスさま、町中の……特に女性からすっごく人気があるんだから!あんな素敵な人がお父さまだなんて、とっても羨ましいわ」
「ありがとう。父のことをそんな風に言ってもらえると嬉しいわ」
「いつもあんなに素敵な人が傍にいたら、普通の男の人なんか物足りなく感じるんじゃない?」
 そんなサリの言葉の意味はよく分からないまま、マリスディアの表情は暗く曇った。
「父は公務で忙しいから、わたしもいつでも会えるわけではないの」
「そうなんだ」
「最近はひと月に一、二度くらいかしら」
「そんなに会えないの?!」
「……お仕事がたくさんあるのですって」


 結局、黒頭巾が何者なのか、その行方なども分かっていない。
 それだけではなく、ウルファスは日に日にやつれていっているように見えたのだ。
 どこか身体を悪くしているのではないか__だが、そんなことを訊ねるのも憚られるくらい父は多忙で動き回っており、マリスディアは黙って見守ることしかできなかった。

 そんな自分の無力さにまた気落ちしてしまう。

 「お父さまに会えないのは、本当に寂しいわね」
 サリが励ますようにマリスディアの肩を叩いた。
「でもあたしたちが平和で安全に暮らせているのも、ウルファスさま達のおかげだもの。毎日を感謝していかなきゃね」
「サリ」

 「本当に素晴らしい聖王さまだと思うわ」
「ありがとう」

 マリスディアの言葉は父の気持ちを代弁するものだった。
 大切に思っている国の民から、このように感謝の気持ちを伝えられることが、ウルファス自身の何よりの喜びであることを知っていたからだ。
 もちろん、彼女も父と同じ気持ちであったので嬉しさはひとしおだった。


 そして、父への気持ちを言葉にしてくれたサリだからこそ、自然と次の言葉に表れた。

 __わたしも、

 「わたしもね、お父さまのようになりたいの」

 「ウルファスさまのように?」
 訊ねるサリの言葉にゆっくりと頷いた。
 彼女なら自分の夢を話しても聞いてくれそうだと思ったのだ。

 「お父さまのように、この国の人たちの力になって、できることを精一杯頑張れる大人になりたいって、そう思っているの」

 いつか自分が大人になった時、おそらくはウルファスの跡を継ぐことになるのだろう。
 だが、今の自分にはできることがあまりにも少なく、非力でしかない。

 彼のように強くあたたかく、人に優しくありたいと、マリスディアは幼い頃から父の背中を見てそう願っていた。

 人を守れる強さが欲しい。
 その思いでアカデミーへ入ったのだ。


 「そうなんだ……」
 マリスディアの思いを聞いていたサリがほっと息をついた。
 その表情にマリスディアは気恥ずかしくなり笑んだ。

 「なんて……ふふ、いきなりこんなこと言われても困ってしまうわね」
「そんなこと……あたしだって」
 首を横に振るとサリはきゅっと顔を引き締めた。
 その真剣な表情に首を傾げる。

 「あなたと同じ……」
 その横顔に見入った時だった。

 「あっ!ねぇマリスディア。ロザンディアの蔦が終わりそうよ」
 突然サリが明るい声を出す。
 彼女達が懸命に取り除いていた蔦の障害物に終わりを迎えたようだ。
 共に格闘していた蔦を捲ると、向こう側の通路が姿を現したのである。

 二人は顔を見合わせると心底嬉しそうに笑うのだった。

 「やったわね、サリ!」
「うん!頑張った甲斐があったわ」
 そう歓声を上げながら、サリが踊るように駆け出す。


 その時だった。

 「っきゃあぁぁあぁぁぁぁっ!」

 サリのつんざくような悲鳴が聞こえ、先を行っていた彼女の姿が突然消えたのである。


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