宵闇の魔法使いと薄明の王女

ねこまりこ

文字の大きさ
上 下
59 / 81
二章;OPENNESS

57話;萌芽のとき(2)

しおりを挟む


 一同が辿り着いたのは、アカデミーの裏手にある森の中の開けた場所だった。
 目の前には低木や植え込みが並んだ庭園が見える。
 これが“意思を持つ不思議な植物たち”なのかとマリスディアは興味津々に眺めた。

 「今朝ちょうど迷路の構造が変わったところだから、今日はもう変化することはないと思うわ」
 ミスティが先頭に立ち朗らかに言い放つ。
「さぁ、それじゃあみんな封筒を開けて、中のリボンを取り出してみて」

 マリスディアは逸る気持ちで封筒の封を切った。
 心臓がどくどくと鼓動しているのが自分でも分かる。
 恐る恐る取り出したリボンは、朝焼けの空のような色をしていた。

 「みんな、開けたわね?それじゃあ今から同じ色のリボンを持った人を探してください」
 そんなミスティの言葉を合図に、生徒たちがそれぞれの相方を探しだす。 

 「マリア、何色だった?」
 隣にいたジルファリアがすかさず手元を覗き込む。
「ふぅん、オレのとは違うな。お互い頑張ろうぜ」
 にかりと笑いマリスディアの肩を叩くと、彼はぴかぴかと光る黄金色のリボンを手に早々と相棒を見つけに行ってしまった。
 方や黒い革紐のようなリボンを手にしたサツキも「ほんなら姫さんも頑張ってな」と言い残し、人ごみに消えて行った。

 残されたマリスディアは手の中に握られた朝焼け色のリボンを見つめた。
 ふわふわと頼りなく風に揺れるほど柔らかな素材のリボンは、どこか不安な彼女の心を表しているかのようだった。

 (これと同じ色のリボンを持った人……)
 早く探さなくてはと、リボンを頭上に掲げて声を出そうとしたその時だった。

 「あっ、いた!朝焼け色のリボン!」

 という、張りがあり聞き覚えのある声がしたのだ。
 その声の方に目を向けると、サリがこちらに笑みを向けて立っていた。
「マリスディアさまだったのね!」
 少々気の強そうな瞳がにっこりと笑う。
 マリスディアは自分がどこかほっとしているのを感じた。
「よろしくね、王女さま!」
 そして立て続けに手を差し出され、マリスディアは握り返した。
「よろしくお願いします、サリさん」
 その言葉にサリは吹き出した。
「サリでいいよ。それに丁寧な言葉もいらないわ」
 はきはきと答えるサリに圧倒されたが、ジルファリアのように分け隔てなく接してくれるその対応にマリスディアは嬉しくなったのだった。


 「そうだ。言い忘れていたけれど、この行事は毎年恒例の一年生歓迎会という別名もついているの」
 一同を見回しながらミスティが意味深に笑った。
「一年生歓迎会?」
 生徒たちが顔を見合わせる。ミスティは悪戯っぽく片目を瞑った。
「要するに、上級生たちからの“歓迎”という名の罠が仕掛けられているってこと」
「えっ……!」
 思わず大きな声を出してしまい、すぐに口を塞ぐ。
「大丈夫!命を奪われるような危ないものはないから、安心して挑戦してね!それじゃあいってらっしゃ~い!」



+++

 「安心してって言われても、安心できないわよねぇ」
 苦笑しながらサリが先を行く。
 頷き返しながらマリスディアも後に続いた。

 迷路に足を踏み入れると、不思議と先行していたはずの生徒たちの声がまったく聞こえなくなった。
 それどころか、先ほどまでいた森の木々のざわめきや鳥のさえずりさえも聞こえてこなかった。
 まるで外界と切り離されたかのようなひっそりとした場所だった。
 ただそこに植物たちの群生が広がり、迷宮のように続いているだけだった。

 (空間が別のところにあるみたい……)
 そんな印象を覚えた。

 わさわさと低木の木々が風に揺れる。
 風は吹いているのかと妙なところで感心した。

 「それにしても、珍しい植物だわ……」
 迷宮の様子に見入っていたマリスディアがぽつりと呟いた。
 図書館にある図鑑にも載っていないものばかりだ。

 (何という種類なのだろう)
 後でミスティに訊ねてみようかと観察を続けていると、サリが隣までやって来て一緒に覗き込んだ。
「マリスディアは、植物に興味があるの?」
「あ、ええ。土いじりが好きで……」
「お庭を作ったり?」
 反応が気になりつつこくりと頷くと、サリはぱっと笑顔になった。
「素敵ね!……他には?」
「ほか?」
「そう、好きなこと」
 興味津々という表情でサリがこちらを覗き込む。
 興味を抱いてくれたことが嬉しくなり、マリスディアは顔が紅潮した。
「他は……本を読んだり、高いところに登ったり……」
「高いところ?!どこに?どうやって?」
 俄然好奇心が刺激されたのか、矢継ぎ早に繰り出す彼女の様子に、マリスディアは急いで言葉を探した。
「その、庭の木とかに……登って」
「登るの?!あなたが?!」
 サリはすっかり仰天してしまったらしい。
 目を丸くしてこちらを凝視する様が可愛らしくて、マリスディアは小さく笑んだ。
 しばらくこちらを見つめていたサリが突然豪快に笑い出す。
「あなたって想像以上に王族っぽくないのね!見た目はとってもふわふわしているのに」
「ふ、ふわふわ?」
 今度はマリスディアが驚いた。
「そう。王女さまっていうくらいだからきっとふわふわしていて、どうせなんにもできない女の子なんだろうなって思っていたの」
「わ、わたしふわふわなんてしていないわ!」
 どこか揶揄われているのだと感じ、マリスディアは思わず大きく言い返してしまった。
 サリはしばらくきょとんとしていたが、やがて肩をすくめる。
「言い方が気に障ったなら謝るわ。ごめんなさい。でも、あたしたち普通の国民からしたら、あなたたち王族への印象なんてこんなものなのよ」

 きっと彼女に悪意などは無いのだろう。
 言っていることは尤もなのだから。
 先ほどのミスティとの会話を思い出し、やはり自分は他の子どもたちとは“異なる”のだと思い知らされた。

 「わたしだって、本当は“普通”になりたいのよ」

 思わずそんな本音が口からこぼれ落ちたが、聞こえなかったのかサリは首を傾げた。
「ねぇ、いま何て……」

 __その時。

 今まで何の音もしなかった迷宮に、聞き覚えのない音が響いた。
 まるで植物たちが会話をしているかのような、葉を擦り合わせたような音だ。

 

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

私の大好きな彼氏はみんなに優しい

hayama_25
恋愛
柊先輩は私の自慢の彼氏だ。 柊先輩の好きなところは、誰にでも優しく出来るところ。 そして… 柊先輩の嫌いなところは、誰にでも優しくするところ。

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

処理中です...