宵闇の魔法使いと薄明の王女

ねこまりこ

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二章;OPENNESS

54話;始まりの学び舎(3)

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 「わっ、すごい!」
 そして教室を出ようとした時、歓声が部屋の隅で起こった。
 気になってそちらを振り返ると、生徒たちに囲まれた男子生徒が輪の中心で何やら披露しているようだ。
 マリスディアとジルファリアは顔を見合わせると、興味津々といった様子でその輪に近づいた。
 すると少年を囲んでいる生徒たちの中にサツキの姿があった。
 「お前らも気になったんか」と手招きすると少年の手元を指差した。

 「見てろよ」と少年が得意げに周りを見渡すと、手に持ったビー玉を宙に放り投げる。
 そして彼が腕をビー玉に向けた次の瞬間、ビー玉が宙に浮いたまま静止したではないか。
「すげ」
 隣のジルファリアが短く呟いた。サツキも頷く。
「あれは魔法やな」
 マリスディアも一緒になって見守っていると、振り下ろされた少年の動きに反応するようにビー玉が机の上に着地した。

 わぁッという歓声と拍手が湧き起こる。

 「すごいわ、オルト」「オルトはもう魔法が使えるのかー」

 口々に周りからかけられる賞賛の声から、彼の名前がオルトなのだと伺えた。

 「オルトはいつから魔法が使えるの?」
「僕はもう三歳の頃から両親に魔法を教わっていたよ」
 オルトと呼ばれた少年がビー玉を手の平に乗せながら返事をする。

 「オルトの家は貴族街でも大きなお家のある区画だもんな」
 羨ましそうな声で他の少年が口にした。

 「父が魔法の教育にとても熱心でね。家庭教師を沢山つけてくださったんだ」
 などと言いながら、少年が得意げな顔でちらりとこちらを見遣る。
「ま、庶民はこんなことまだ出来ないだろうけどね」
「……む」
 途端ジルファリアが眉間に皺を寄せた。
「職人街民なんかはせいぜい寺子屋で充分だろうに、何故アカデミーに入学したんだか」
 聞こえよがしに言っている内容から、ジルファリア達のことを言いたいのだろうとマリスディアは嫌な気持ちになった。
 そしてすぐに矛先は自分に向けられた。
「マリスディアさまも、お付き合いする友人は選ばれた方がいいと思いますよ。こんな下町民風情なんかより」
「……はぁ?!」
 不機嫌に声を上げるジルファリアなど目に入っていないかのように彼はこちらへ歩み寄った。
 そして自信満々なのが伝わってくるくらい、堂々とした佇まいでこちらに会釈をする。

 「初めまして、マリスディアさま。私はオルトラクト=ミリオン=シュトレーゼンと申します」

 シュトレーゼン家も貴族の中で力を持った家名だったとマリスディアは記憶を辿っていた。

 「そうだ。もしよろしければ、今度私の家に遊びにいらして下さい。
 マリスディアさまは茶がお好きだと伺ったことがあります。珍しい東国のお茶が手に入ったので、ご一緒にいかがでしょうか。それに、とても素晴らしい庭園がありまして……」
 恭しく頭を下げる姿を見ながら、絶対に嫌だとマリスディアは心の中で舌を出した。

 何だろう、先ほどのサリも同じようなことを言っていたが、オルトラクトの言葉は全く違う__明らかに周りを見下した嫌な言い方に聞こえたのだ。

 「ありがとうございます。機会がありましたら、その時はぜひよろしくお願いいたします」
 そう会釈をすると、マリスディアは返事も聞かずに足早に教室を出て行った。

 ともかくあの場から早く立ち去りたいと思ったのだ。


 「おい、マリア」
 廊下に出ると、慌てた様子でジルファリアとサツキが後を追って来た。
「いきなり怒り出したから何かと思ったぞ」
「怒ってなんか……」
「アイツに言ってる言葉は丁寧だったけどさー」
 足早に歩いているマリスディアの隣に並ぶと、ジルファリアはちらりと遠慮がちに視線を寄越した。
「出てく時の歩き方が猛獣みたいだったぞ」
「もうじゅ……?!ジルったら!」
 困ったような顔になりマリスディアは声を張り上げた。「だって大股だったし、怖かった」とジルファリアは尚も続けた。
 マリスディアは言葉に詰まり、ため息をついた。
 そして歩き方には気を付けなければと反省する。

 小さな頃からよく侍女頭には叱られていたものだ。
 「マリスディア様はお怒りになると、どうしても大股で歩く癖があります。王族らしくもっと淑やかにお歩きくださいませ」と。
 意識しないとこればかりは直る気配がなく、心に留めて置かねばと青ざめた。

 「ははっ!」
 こちらを見守っていたサツキが盛大に吹き出す。
 驚いているマリスディアに気づくと「ごめんごめん」と笑い、彼は言葉を続けた。
「お姫さんはあんまし王族っぽくないんやなって思て」
「なっ……!」
 サツキまで何ということを言い出すのだ。
「木登りとかするんやろ?ジルからいろいろ聞いたで」
 そんな暴露話に恥ずかしさでマリスディアは俯いた。

 「さっきのオルトとかいうのも、まさかお姫さんが屋根登ったりするなんて思いもせんやろうな」
「そう言わないで、サツキ」
 悪びれない様子で肩をすくめるサツキを恨みがましくマリスディアは見上げたのだった。

 「でもアイツ、感じ悪かったもんな」
 黙って聞いていたジルファリアが突然唇を尖らせる。
「ちょっと魔法が使えるからってふんぞり返ってたし」
「みんなに褒められて嬉しかったのね、きっと」
「でもさ、普通は寺子屋とかアカデミーに入ってから魔法を習うんじゃないのか?」
 そんな問いかけにマリスディアは相槌を打ちながら言葉を選ぶ。
「勉強に熱心なお家は、早いうちから魔法を教えたりするところもあるのよ」

 所謂、早期学習というものだ。
 貴族や魔法の名門一族では珍しいことではなかった。
 子どもにより早く魔法を会得させることで、周りより秀でるように教育されるのだ。
 それが名門の証だと言わしめるかのように。

 「じゃあマリアも王宮でウルファスさまに魔法を教えてもらったのか?」
「いいえ。お父さまはそういうことをあまり考えてらっしゃらなかったみたい」

 ウルファスは小さな頃から、城の中に限り自由にさせてくれていたように思う。
 一般的な読み書きや算術などは教育係が教えてくれていたが、魔法を適齢よりも早く会得させようとは思っていなかったようだ。
 それよりも土いじりや本を読んだりすることを奨めてくれた。

 「魔法はな、ずっと使ってると身体に負担がかかるらしいで。
 せやから、小さな子どもが魔法を使うとそれだけ身体にもダメージを受けるんやて」
「そうなのか?」
 首を傾げるジルファリアにマリスディアも頷いた。
「大きくなって体力がつくまで魔法は我慢だねって、父もよく笑ってらっしゃったわ」
 ふぅんそっか、と相槌を打つとジルファリアは嬉しそうな顔で笑う。
「じゃあオレ達、一緒なんだな」
「一緒?」
「そう、魔法使いの初心者だ」
 にかりと笑う彼にマリスディアも嬉しくなった。
 友人であり仲間だと思ってくれているように感じたからだ。
 それはサツキも同じだったようで、口元に笑みを浮かべている。

 「マリア、サツキ、これから一緒に頑張ろうぜ」
 そんな言葉に二人とも大きく頷くのだった。


 「それにしても、サツキは魔法についても詳しいのね」
 三人並んで歩きながら、マリスディアは先程のサツキの指摘を思い出した。
「ああそれは、今おれが世話になってる人に聞いたっちゅーか」
「世話になってる人……?」
 そういえば先程ジルファリアが言っていたとマリスディアは思案する。
 確かラバードの上役に当たる人物のところへ身を寄せているということだったが。

 「それって、おっちゃんの上司みたいなヤツのことか」
 ジルファリアが食いつくと、そうやでとサツキは頷く。
「それってどんなヤツなんだ?どういう仕事をしてるんだ?」

 おそらくサツキは普段から自分の話をあまりジルファリアにしないのだろう。
 ここぞとばかりに色々質問攻めにしようとジルファリアの声にも熱がこもっている。

 「なぁサツキ、そいつはどこに住んで……」
「落ち着け、暑苦しいな」
 迫るジルファリアをうんざりした表情で押し戻すサツキは、一つ息を吐く。
「あの人の仕事上それは言えへんよ。けど、ええ人やで」
 むぅ、と面白くなさそうに頬を膨らませると、ジルファリアは訊ねた。
「じゃあ、今日もそいつのところに帰るのか?」
「いや、今日からは職人街に帰るわ」
 予想と反した答えが返ってきてジルファリアはパッと顔を上げる。
 ニヤリとサツキが笑って頷いた。
「おれも日銭を稼がなあかんからな。洗濯屋再開や」
「そうなのか!街のみんな、喜ぶぞ」
 小躍りしているジルファリアを見ているだけで、その喜びが伝わってくるかのようだ。
 マリスディアは彼らの友情がとても羨ましいと感じるのだった。

 自分もジルファリアやサツキとは友人だが、この二人の間には他の者が入り込めないほどの絆の深さがあるのだと見て取れたのである。
 自分にもこんな風に一緒にいられて嬉しいと感じる友人が出来ればいいのにと彼女は心底思った。

 「じゃあさ、サツキも一緒に来いよ。今からマリアとアカデミーの探検するんだぞ」
 それはいい提案だとマリスディアも頷いた。
「さっきも言うたけど、洗濯屋再開すんのに店の中掃除せんとな。お邪魔虫はさっさと帰るわ」
 首を横に振ると、サツキは意味深な目配せをジルファリアに送った。
「何言ってんだ、サツキ。どこにも虫なんていないぞ」
「そうよ、中庭や森の方ならいるかもしれないけれど……」
 きょとんと返す二人に、サツキは呆れたような視線を向けるのだった。
「お前ら、揃いも揃って疎いんか鈍いんか」
 そしてため息を吐くと「ほなまた明日」と言って、踵を返した。


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