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一章;NEW BEGINNINGS
50話;鈍色空と忘れ草(10)
しおりを挟む「シね」
短く金切り音が響く。
もう駄目だとジルファリアは目を閉じる。
素早く脳裏を父母の笑顔が過り、喧嘩して出てきた事を後悔した。
黒頭巾が一旦針を引き、ジルファリアの首目掛けて刺し貫こうと突き出す。
__その時だった。
「ぐぅ……っ!」
__沈黙。
覚悟していた痛みは襲って来ず、短い呻き声が聞こえた以外何も聞こえなかった。
そしてジルファリアは、自分が何かに包み込まれている事に気がついた。
「お、おっちゃん!」
目を開けると、自分はラバードの太い腕に抱き締められていたのだ。
彼は背を丸めてジルファリアのことをがっちりと抱え込んでいた。
そして先ほどの呻き声が彼から発せられたのだと気がつく。
「おっちゃ……!」
「黙ってろ、ジル」
短く返すラバードの息遣いが荒くなっている。
それだけで彼が危機に瀕しているのだと容易に想像できた。
恐らく先ほどの一撃を受けたのだろう。
それでも彼は腕の力を緩めず、それはジルファリアを守ろうという彼の意志なのだと感じた。
「ぜったい……絶対、俺が何とかしてやるからな」
ぐっと更に力を込めて、ラバードが声を殺す。
見上げると彼はにかっと明るい笑顔を向けた。心配するなよと言っているように見えた。
だが、そんな笑顔にも汗がだらだらと流れ落ちている。
相当の痛みが彼を襲っているのだ。
「うっ……!」
彼の身体が鈍く振動し、更に攻撃されたのだと気がついた。
背後から黒頭巾が長い針で彼を突き刺しているのだろう。そんな振動が何度も何度も続く。
ジルファリアの胸の内は怒りと恐怖が混ざり合い、身体が震えた。
その時、突然自分の額にあたたかいどろりとしたものが垂れた。
顔を滴り落ち衣服についたそれを見て、ラバードの血だと気がついた。
ジルファリアは金切り声を上げた。
「おっちゃんっ!」
「こっち見んな!」
ジルファリアを更に強く抱きしめ、ラバードは大声を上げた。
何とかしなくては。このままではラバードが危ない。
ジルファリアは自由の利かない身体で視線を巡らせた。
その時、視界の隅にきらりと光る青いものが見えた。
__あれだ。
次の瞬間、ジルファリアは彼の腕を無理やりほどくとマリスディアに駆け寄る。
彼女の傍らに落ちていたそれは、青い硝子玉だった。
良かった、まだ金色の星々が硝子玉の中で光っている。
ジルファリアは迷わずそれに唇を当てた。
ぱりん
わずかな音と共に痛みが唇に走る。
息を吹き込んだ瞬間、それは容易く割れた。
金色の星々が流れ出てくると、みるみる間に箒星に姿を変えていく。
「お願いだ!……おっちゃんを」
願いを声に込め、ジルファリアは叫んでいた。
呼応するように箒星は光を放ち、飛び去った。
「おマエはウンがいい」
冷たい声が響き、黒頭巾がこちらを見つめていた。
おそらくここから逃げるつもりなのだろう。
「おっちゃん……!」
その下に転がっているラバードの姿にジルファリアは狼狽した。
一体どれほどの攻撃を受けたのだろう。
彼の大きな身体には無数に深い穴が開けられ、夥しい量の血が流れ出ていた。
「お、オレっ……」
彼の傍に膝を付くと、衣服が血に染まる。
そんなことはお構いなしにジルファリアはラバードの手を握った。
握り返すことのないだらりとした力無い感触にぞっとする。
消え去ってしまいそうな灯を繋ぎ止めておく方法を考えたかったが、小さなジルファリアには全てが限界だった。
自分には彼を治療するだけの魔法もなければ医術の知識もない。
彼を担ぎ逃げ出せるくらいの力もない。
ラバードをこんな風にした黒頭巾を捕まえておくこともできない。
ジルファリアは「ごめん」と何度も呟きながら涙をぼろぼろと流し、それはラバードの髪を濡らした。
「……泣くな、ジル」
すっかりか細くなってしまったラバードの声に、ジルファリアは顔を上げた。
「おっちゃん!」
ごろごろと喉の奥で鈍い音をさせながら、ラバードがこちらに向けて手を伸ばした。
「ったく……アドレと喧嘩して飛び出したと思たら……こーんなとこにおるんやからな」
開かれた瞳の光は既に消えかけており、ジルファリアの姿も映らない。
「ほんまにお前はとんだ悪ガキやなぁ……ジル」
「ごめん、おっちゃん、ごめんなさい……」
どんどんと涙が溢れ、ジルファリアの視界もぼやける。
拭う為に両腕で目を擦ると、袖に着いた彼の血でぐっしょりと濡れていることに気がついた。
「いいんだ。……これが俺の天命。あの銀雪の日から決まってたことだ。今更抗うことなんざしねぇよ」
__お前を守れて良かった。
そう呟くラバードの声は不思議と落ち着いており、表情も穏やかなものだった。
息も切れ切れに、ラバードはこちらに体を向けるとジルファリアの髪を撫でた。
いつもの力強さは無く、震える指が滑り落ちるように髪を梳いていた。
「……ただなぁ、心残りはあるんや」
ラバードはわざと明るい訛り口調になり、ぎこちなく口の端を上げた。
「サツキにもっと、話したいことがたくさん、……たくさんあった事やなぁ」
そうだ。
サツキの顔を思い出し、ジルファリアは顔を歪める。
父ひとり、子ひとりだったサツキは、一人きりになってしまう。
「ジル、サツキに伝えてくれ。……俺は、お前の親父になれて、嬉しかったてな」
「……オレにはむりだ、ムリだよ」
想像するだけでまた涙が溢れる。
ジルファリアは激しく首を横に振った。
そんなジルファリアの声に慈しむような表情をしたラバードは、仰向けに自分の体を横たえると細い息を吐き出した。
「ジル、サツキ。お前らのそばにいられて、……俺の人生は、幸せやった」
__ありがとう
そんな言葉を落とすと、ラバードは静かに目を閉じた。
まるで眠りにつくかのような、そんな最期だった。
飛び去った箒星の火の粉が、まるで悼むかのように彼の身体に降っていた。
それからジルファリアは自分がどうなったのか覚えていない。
声にならない声を上げ、喉が千切れるくらい叫んだところまでは覚えていたが、そこで意識を手放したのだった。
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