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一章;NEW BEGINNINGS

47話;鈍色空と忘れ草(7)

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 周りの誰もが固唾を飲んで見守る中、ヒオは目を閉じ光の粒をウルファスに送り続けている。
 次第にウルファスの顔色が赤みを帯びてゆき、短く呻く声がその唇から洩れた。
 その声にヒオはふうと息を吐き瞳を開く。
「ヒオ様、ウルファス様は……」
 見守っていた従者の声に、ほっとしたようにも取れる微かな笑みを見せるとヒオも頷いた。
「うん、何とか持ち直されたよ。少し危ない状態だったけれどね」
 そしてすぐさまこちらに目線を寄越すと、一転して冷たい表情に変わった。
「……で、何故部外者をこんなところまで連れて来ているの?タチアナ」
 その何でも見透かされそうな澄んだ瞳にジルファリアが怯んだ。
「部外者だなんて失礼なこと言わないで。ジル君はマリスディア様の大切なご友人で……」
「それにしたって、こんな夜更けに、しかもウルファス様がお倒れになっている緊急事態に招き入れるなんて。君もどうかしているよ」
 こちらに鋭い一瞥を投げるヒオに誰も言い返せないでいた。

 「君は、前にキリングのところにいた子だね。名前を聞いても?」
 一応こちらのことは認識していたのかとジルファリアは意外に思った。
 すぐに名乗るのも癪だったが、ここまま黙ったままでいるのも居心地が悪い。
 むすっとしたまま口を開いた。
「ジルファリア=フォークス……」
「そう、それじゃあジルファリア。君はすぐ家に帰りなさい」
「え?」
 思わず聞き返すと、ヒオは冷たい一瞥を投げた。
「ウルファス様は今お身体が優れない。君の相手をしている時間はないし、ここも安全とは言い難い。
 どう考えても、今のこの状況に君は足手纏いでしかないんだよ」
 淡々と繰り出す言葉に言い返すことも出来ず、ジルファリアはただ圧倒されていた。
 それ程、このヒオという青年の持つ迫力のようなものが肌を通して伝わってきたのだ。

 やはり、自分がここへ来たのは場違いだったのか。
 自分はただマリスディアが心配で、何か助けられることがあればと思っていただけだったが、それが大人達にとっては迷惑でしかなかったのだ。

 周りの視線に居た堪れず、ジルファリアが肩を落とした時だった。


 「ヒオ、そんな言い方をしてはいけないよ」

 弱々しさはあったが、その優しく温かな声色に部屋にいた誰もがそちらを見た。

 「ウルファス様!」

 ジルファリアや従者の声が重複して部屋に響く。
 床から起き上がったウルファスが、微笑みながらこちらを見ていた。

 「ウルファス様、お身体はいかがですか?」
 先程とは打って変わったように気遣わしげな表情でヒオがその身体を支える。
「うん、ヒオ。大丈夫だ。ありがとう、迷惑をかけたね」
 傍らのヒオに笑いかけたウルファスは、自分を見つめる従者達にその笑みを向け首を垂れた。
「みんなもありがとう。心配をかけてしまって本当に申し訳ない」
「ウルファス様。どうか顔を上げてください。本当に平気なのですか?」
 タチアナが真っ先に促すと、ウルファスは顔を上げて頷いた。
「ああ、公務で少し疲れていたみたいでね。灯りを消した時に足元が覚束なくなってそのまま倒れてしまったようだ」

 ジルファリアはその時、違和感を覚えていた。

 __ただ転んだだけ?
 そんなに軽い状態だっただろうか?
 もっと命の危険に晒されるような雰囲気ではなかったか?

 (それに……)

 ジルファリアはウルファスの胸元に“あるもの”を見つけ、首を傾げた。


 __あれは、何だろう……?


 「来てくれて本当にありがとう、ジルファリア」
 そんな声に我に返る。
 ウルファスが傍まで来ていて、こちらを覗き込んでいた。
「ところで、どうして君は王宮へ?」
 ジルファリアは言葉に詰まる。
 周りの従者達の視線が再びこちらに集まり、どこからどう話せば良いものか考えあぐねた。
 促すようにウルファスが首を傾げる。
「こんな夜更けだ、何か事情があったのではないのかい?」
 問われるままにジルファリアは頷いた。
「……嫌な感じが、王城のほうからしてきたんだ」
「嫌な感じ?」
 おうむ返しに訊ねるウルファスの声に、ヒオがはっと鼻で笑った。
「馬鹿な。そんな気配を感じたなら、王城の誰かが真っ先に気づくはずでしょ。現に僕はおろか、ウルファス様だってそういったものを感じられていない」

 確かにそれはそうなのだが。
 ジルファリアは困ったように眉を下げた。

 「でも、ほんとなんだ」
 そんな様子に呆れ返った表情でヒオがこちらに近寄り、目線を合わせた。
 前にも感じた底知れぬ程澄んだ瞳がこちらを凝視しており、たじろいでしまう。

 そしてその唇から飛び出した言葉は……、

 「いいかい、デコッパチ」
「……で、デコっ?!」
 その不名誉な名前に顔を顰める。
 初めて会った時から良い印象はなかったが、この一言でヒオは好ましくない部類の人間だと認識された。
 そんなジルファリアを気にも留めない様子で、ヒオは人差し指を突き出す。
「僕らが感知できていないものを、どうして一介の町民である君が感じ取れるんだい?」
「知らねーよ」
 むっとした様子でジルファリアがぼそりと返す。
「けど、ずっと首の後ろがチリチリして、腹のあたりが気持ち悪いっていうか」
 首筋に手を当てると、ジルファリアが俯く。
「まるであの時……マリアを攫った黒頭巾に会った時みたいな感じと同じだったから、もしかしてって思って」
 そんな様子を静かに見守っていたウルファスが、口を開いた。
「……それは今も?」
 その問いにジルファリアは大きく頷く。
「さっきまではウルファスさまが倒れてるから、そのせいなのかなって思ったんだ。けど、ウルファスさまが元気になった今も、まだ……」

 むしろどんどんと痛みは大きくなっているような気すらする。

 ジルファリアが首を捻っていると、タチアナが助け舟を出してくれた。
 「ウルファス様、実は先ほど正門前の詰所へ行ってきたのですが、衛兵達が気絶していたのです。ジル君の言うように何者かが紛れ込んだ可能性もあります」
 そうか、と呟くとウルファスは立ち上がり、タチアナ達に向き直った。
「直ちに、城中の様子を確認して欲しい」
「ウルファス様!」
 咎めるようにヒオも立ち上がる。
「こんな子どもの言う事を信じるんですか?」
「勿論だよ」
 間髪いれずにウルファスが返事をすると、ヒオは目を丸くした。
「ジルの目を見たら嘘をついていないという事くらい分かるよ」
「ウルファスさま……」
 その言葉に、ジルファリアは目頭が熱くなる。
 こんなに躊躇うことなく自分を信じてくれるとは、彼自身思っていなかったからだ。

 「承知しました。それでは、私たちは北の塔を見て参ります」
 どこか嬉しそうなタチアナはこちらに目配せすると、さっさと従者を連れて部屋を後にした。

 「これで何もなかったらどうするんですか。これだけの騒ぎを起こして、この少年もただでは」
「何もなかったら、それはそれで良いじゃないか」
 尚も食い下がるヒオの言葉を遮り、ウルファスは微笑んだ。
「君が私を心配してくれているのは分かっているよ、ヒオ。でも、今回はジルを信じた私を信じて欲しい」

 それは非常に柔らかく、だが有無を言わせない静かな迫力があった。
 ヒオは観念したように肩をすくませ「こうなると頑固なんだから」と呟くと、法衣を翻して応接間の扉に手をかけた。

 「けど、僕はそのデコッパチを信用したわけではないですからね!」

 振り向きざまにそう言い捨てると、こちらにニヤリと嫌な笑みを残してヒオは部屋を後にした。


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