上 下
29 / 81
一章;NEW BEGINNINGS

28話;夕刻の追走劇(8)

しおりを挟む


+++

 「何でおやじがここにいるんや?」
 目覚めて開口一番にサツキがそう叫ぶ。

 黒頭巾を縛り上げた後、ラバードにしては機敏な動きでマリスディアとジルファリアに即席の傷薬を渡し、失神していたサツキには気付け薬を飲ませたのである。
 それが苦かったのか、未だに渋さを拭いきれない顔でサツキは父を見上げていた。

 「そういう面倒な話は後や。ひとまずここから離れるで」
 そう言いながらラバードは懐から紙とペンを取り出し、何かを書きつけた。

 「サツキさん、大丈夫ですか?」
 マリスディアが傍らに座り込み、自分の分から余った傷薬を差し出した。
「倒れた時に擦りむいていませんでしたか?」
「あ、あぁ、そこまで酷くないで、お姫さん」
 ありがとう、と言いながらサツキは彼女の差し出した薬を受け取った。

 「わたしの不注意が招いたことで、皆さんにご迷惑をおかけしました。本当にごめんなさい」
 申し訳なさそうにマリスディアが頭を下げると、その隣に腰をおろしたジルファリアが彼女の髪をくしゃりと撫でた。
「別にお前が謝る必要ねぇだろ。悪いのは全部コイツなんだぞ」
 くい、と親指を指した先には縛られた黒頭巾が座り込んでいた。
 黒頭巾は一言も話す気はないかのようにじっと黙ったままだ。
「まー、マリアのお人好しが原因なのは仕方ないけどさ」
 にしし、と楽しそうに歯を見せて笑うジルファリアに、マリスディアも同じように笑った。

 「不敬だぞ、ジル」
 後ろから飛んでくる鋭い声に振り返ると、嗜めるような表情でラバードがこちらを見ていた。
「マリスディア様になんちゅー口の利き方をしてるんや」
 先ほど取り出していた紙を書き終えたのか、丁寧に折っていく。
 三角に四角にと実に器用だなと眺めていると、それは綺麗な鳥の形になった。
「言うとくけど、お前らは後でコッテリ説教やからな!」
「えぇー……、オレ達マリアのこと助けたじゃねぇかよ」
「馬鹿野郎、そういう問題やない!まずは貴族街に内緒で入ってったとこから全部やからな!」
 多すぎてどこから叱ればええのか分からん!と頭から湯気でも吹き出しそうな勢いのラバードが、鳥の形にした紙を持って窓の側まで歩いて行く。
 尤も窓の側と言っても、彼がこちら側の壁面全部を蹴り飛ばしてしまったわけだが。

 職人街の裏町を眼下に眺めながら、ラバードは何事かをその紙に向かって呟いた。
 するとどうしたことだろう。鳥の形をしていた紙が、その翼の部分を広げ羽ばたいたではないか。

 「えっ……」
 サツキが驚いたように丸い目を更に丸くし、ジルファリアに至っては飛び上がったまま口をあんぐりと開けている。
 紙の鳥はバサバサと翼を動かし、二、三回ラバードの頭上を旋回すると、そのまま西の空へと飛び去った。

 「すげっ!おい、おっちゃん今の何だ?!紙切れが鳥みたいに飛んでったぞ」
 すっかり興奮した様子でジルファリアが彼の腕を掴む。
「なぁ、魔法かっ?おっちゃん、魔法なんか使えたのか?」
 すっかり今の出来事に夢中になってしまったジルファリアは問いかけをやめず、ラバードに齧り付いて離れなかった。
「だー!もうやかましいわ!ちったあ黙ってろ」
 そう一喝すると、ラバードはマリスディアの傍に膝をつき恭しく頭を下げた。
「騒がしくしてしまい申し訳ございません、マリスディア様。今しがた王宮の方へ伝書鳥を飛ばしましたので、もう安心です」
 その声と話し方があまりにも堅苦しかったので、ジルファリアとサツキは思わず顔を見合わせた。
「助けてくださって、ありがとうございます。えぇと」
「申し遅れました。私はラバード=キリングと申します」
「ラバード様、本当にありがとうございます」
「勿体ないお言葉にございます。付きましては、城から迎えが来るまでの間に、私の自宅で休息を取っていただきたいと思うのですが。よろしいでしょうか?」
「よろしいのですか?嬉しいです」
 それではとラバードは微笑み、マリスディアに手を差し出した。
 彼女を立たせると、ラバードはジルファリアとサツキを振り返る。
「サツキ、ジル。マリスディア様をうちにお連れしてくれ。粗相のないようにな」
「分かったぞ。おっちゃんは?」
「俺はこの黒装束のヤローを……って、なっ!」

 ふと、縛り上げていた黒頭巾のほうを見たラバードが仰天した。

 「あーっ!あいつ、どこ行ったんだ?」
「おらへん……」
 ジルファリアもサツキも呆然と見つめた。
 そこには黒頭巾を縛り上げていた縄だけが残され、跡形もなくその姿は消え去っていたのだ。

 「くっそ、一体どうやって」
 マリスディアの前とあって堂々とは毒付けないものの、思わずラバードが舌打ちする。
「あいつ、変な魔法を使ってたからな。もしかしたら魔法で逃げ出したのかも知れねぇぞ」
 腕組みをしたジルファリアが唸る。
「そうか……、何者なんやろな」
「なんかひょろっと細長くて、ユーレイみたいだったけどな」

 枯れ木のような朽ちた姿と、あの不気味な金属音の声。
 思い出しただけでもぶるりと身震いしてしまう。ジルファリアは顔を顰めた。

 その様子を見たラバードは両腕をぶんぶんと振って首を傾げる。
「まぁ、はっ倒した時に手応えはあったから、生きてる人間やと思うけどな」

 どちらにしても王族に手をかけたのだ。重罪人として手配されることになるだろうとラバードが呟いた。

 「さぁ王女、それでは参りましょう」
「そういえばおっちゃん、ダン達はどうなるんだ?」
 マリスディアに手を差し出すラバードを思わず呼びとめてしまったジルファリアは、足元に転がっているダンやカラス団の面々を見回した。
「あぁ、いくら子ども達といえど、王女誘拐に関わっているからな。後から来る衛兵達に捕縛されると思う」

 そう言い放つラバードの目はいつもとは真逆の恐ろしく冷たい光を宿しており、ジルファリアはごくりと唾を飲み込んだ。
 その視線の強さに何も言い返せないでいると、ラバードはさっさとマリスディアを伴って階段を降りて行ってしまった。

 「どうした、サツキ?」
 後に続こうと足を踏み出したジルファリアだったが、傍らにぼんやりと立ち尽くすサツキの様子に足を止めた。
「なぁ、おやじってあんなんやったか?」
「ん?おっちゃん?」
 首を傾げたジルファリアが相槌を打った。
「確かに、今のおっちゃんは怖かったよな」
「それもそうやけど……」
 言いかけてサツキはそのまま視線を落とす。
「おやじが魔法を使えるなんて、おれは知らんかった」
「そうだな、確かにおっちゃんが魔法使ったのはすごかったな!」
 虚な瞳のサツキとは対照的に、ジルファリアは弾んだ声で感心したように頷いた。
 そんな声など聞こえていないかのように、サツキが俯く。
「サツキ、そんな気にすることねぇよ。おっちゃんだって洗濯屋以外に、今まで傭兵のバイトとか色々してたんだろ?」
「そういうんやなくて……」
 サツキがかぶりを振り、ぽつりと言い放った。
「おやじ、まるで役人みたいやった」
「おっちゃんが?……そうかなぁ」

 ジルファリアはサツキがなぜここまで思い悩むのか、この時は理解できなかった。
 ラバードの話題の豊富さも、今までの経験の多さからくるものだろうと思っていたし、サツキほど深く考えなくとも、とすら思った。

 「なら、後で聞いてみりゃいいじゃん」
「おやじに?」
 首を傾げるサツキに、ジルファリアは自信満々な表情で大きく頷いた。
「おっちゃんは何者なんだ?ってさ。気になることは聞いた方がスッキリするって」
「そか……、せやな」
 サツキは最初きょとんとしていたが、やがて納得したように微かに笑みをこちらに見せた。
「お姫さんのことが片付いたら、おやじに聞いてみるわ」
 ありがとなぁ、と安心したように笑うサツキに、ジルファリアは大きく頷いたのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

料理屋「○」~異世界に飛ばされたけど美味しい物を食べる事に妥協できませんでした~

斬原和菓子
ファンタジー
ここは異世界の中都市にある料理屋。日々の疲れを癒すべく店に来るお客様は様々な問題に悩まされている 酒と食事に癒される人々をさらに幸せにするべく奮闘するマスターの異世界食事情冒険譚

処理中です...