宵闇の魔法使いと薄明の王女

ねこまりこ

文字の大きさ
上 下
23 / 81
一章;NEW BEGINNINGS

22話;夕刻の追走劇(2)

しおりを挟む

 ジルファリアははやる気持ちで走り続けた。

 郊外から学生街に入ると、石造りの静かな小道に出る。
 この辺りは森の中にアカデミーがあるせいか木々が多く、道の両脇にも高木から低木と様々な樹木が生い茂っていた。
 時折、落ち葉の油で滑ってしまい、足を取られながらも前へ前へと駆けていた。

 一刻も早く彼女の安否を確認しなければ気持ちが落ち着かない。
 自分の予想が外れていたらという不安も無くはなかったが、それよりもカラス団が本当に彼女の誘拐に絡んでいたら__どうとっちめてやろうかと、怒りの方が勝っていた。
 眉間に皺を寄せながらしばらく走っていると、前方が騒がしくなってきた。
 どうやらアカデミーの下校時刻に重なったらしく、学生街の通りが大勢の学生たちでごった返していた。
 黒いローブを纏った学生の間をすり抜けながら、ジルファリアはちらりとそちらを見る。

 学生たちが出て来た方向には大きな鉄門が見え、その奥に見えた煉瓦造りの大きな建物が目を引いた。

 「あれが王立アカデミーか……」

 憧れに近い感情が込もっていたのだろう。
 気がつけば口から飛び出してしまっていた。

 「思ってたよりデカいよな」
 すぐ後ろを走っていたサツキが合いの手を入れる。振り返るとこちらに笑みを向けた。
「行ってみたいんやろ?」
 そんな問いにまぁなと返し、ジルファリアは前を向き直し走り続けた。
「けど、母ちゃんが許してくんねーよ」
「そうか?もっと話せば分かってくれんちゃう?」
「いや、それはねぇよ。だってあの母ちゃんだぞ?」
 もう一度振り返ると、ジルファリアは目を吊り上げ鼻をひん剥いてみせた。
 ぷはっと吹き出したサツキは「それおばちゃんのつもりか?」と問うた。
 返事をしないでいると、サツキはもう一度言葉を探す。
「まぁ、本気で考えてるんなら、一回ぶつかってみぃ。なんでもそうやけど、話さな分からんことなんてたくさんあるんやで」
 どこか諦めたような、そんな声の調子に首を傾げる。
「サツキ、お前ほんとに大人のおっちゃんみたいな時があるな」
「うっさいわ。ほら、早よ行くで。お姫さん助けな」
「そうだった」
 気を取り直しジルファリア達は先を急いだ。



 学生たちの間を縫いながら石畳の通りを走り抜けると、しばらくして中央通りに出た。
 王城と城下町の正門を繋ぐその大きな通りは今日も賑わっている。
 馬車や行商人が行き交い、子供たちが水路で遊んでいた。

 まさかいまこの瞬間に王女の誘拐が起こっているとは誰も思わないだろう。

 「この国って平和だよな」
 あまりにいつもと変わらない風景にジルファリアがぽつりと呟く。

 「まぁ、平和ボケしてるとも言えるけどな」

 「サツキ?」
 その皮肉めいた口調に棘を感じ、ジルファリアは振り返った。
 それに気づくと、取り繕うような表情でサツキが笑う。
「この国は、よく言えば優しい人が多いんやろうけど、悪い言い方したらうっかり騙されたりしそうやなって」
 何となく、その言葉とマリスディアの姿が重なり思わずむっとする。
「そりゃそうかもしれねぇけどさ。オレは好きだぞ、この国」
「そらおれもずっと住んでる国や、愛着もあるし、好きは好きやで」
 けどな、とサツキが続ける。
「お人好しなだけやと、肝心な時に何も大事なもん守れへんのとちゃうかなって。今は平和やからええけど、戦争なんか起きたらいくら魔法の国と言えど危ないやん」
「戦争?」
「今のセレインストラには無縁かも知らんけど、外の国では戦争して国同士で殺し合いしたり、子どもが売り買いされたり……ひどいことがたくさん起こってんねんで」

 難しいことを述べるサツキを見ながら、ジルファリアは彼がラバードの購読している世界情勢新聞ワールドペーパーをよく読んでいるのを思い出していた。

 だからなのか、ジルファリアは目の前の少年がいつも以上に大人びて見えて気後れした。

 「……お前はすごいな」
 素直にそんな言葉が唇からこぼれてしまう。
「オレなんかよりずっといろんなこと知ってるし、頭だって良い」
「ジル?」
「なんでもねーよ、さっさと行こうぜ」
 きょとんとした彼を何となく直視できず、くるりと背を向けたジルファリアは職人街へと向きを変える。

 いつも思いつきで行動している自分とは違う、そんな賢い相棒に引け目を感じてしまったのだ。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

そして俺は召喚士に

ふぃる
ファンタジー
新生活で待ち受けていたものは、ファンタジーだった。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

私の大好きな彼氏はみんなに優しい

hayama_25
恋愛
柊先輩は私の自慢の彼氏だ。 柊先輩の好きなところは、誰にでも優しく出来るところ。 そして… 柊先輩の嫌いなところは、誰にでも優しくするところ。

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

処理中です...