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一章;NEW BEGINNINGS

18話;昼下がりの侵入者(3)

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 十数日ぶりに辿り着いたバスターの屋敷はやはり大きかった。

(なんでこう無駄にデケェんだろ)
 辿り着いた早々うんざりした表情になり、マリスディアと出会った背の高い木のところまで歩こうと足を踏み出した。
 確かこの先に裏の勝手口があるって言ってたっけ、とジルファリアは彼女の言葉を思い出す。
「ま、裏門だって入れてくれるわけねーんだけど」
 見覚えのある風景が見えてきたので、そのまま塀を見上げた。

 あの日、彼女が座っていた木の上には誰もいなかった。

 そう都合よく会えるはずもないかと苦笑し髪を掻く。
 柔らかい南風が吹き、ジルファリアの髪を撫でた。屋敷の木々も風に吹かれて枝葉を揺らしている。
 さて、これからどうしよう。
 マリスディアが木登りするまで悠長に待っているわけにもいかない。尤も、彼女が運良く木登りするとも限らない。

 (また見回りの兵士に見つかったりしたら事だしな)
 仕方がない、今日のところは一旦帰るかと踵を返そうとしたその時、

 「ピィ」

  と、どこからか短く可愛らしい鳴き声が聞こえた。
 見上げると、白い羽の小鳥が屋敷の塀の上に留まっているではないか。
「……あ。お前」
 見覚えのあるその姿にジルファリアは笑顔になる。
「お前、ここで罠にかかってたやつだろ?」
 ねずみ捕りの籠に入ってしまった姿を思い出した。
 ジルファリアの言葉に応えるように小鳥はもう一度鳴き、こちらに向かって羽ばたいた。
 ちょこんと彼の肩に乗り、嘴を頬に寄せてくる。
「ははっ、オレのこと覚えてくれてたんだな」
 くすぐったさに身を捩り、ジルファリアは首を撫でてやる。鳥は嬉しそうにまた鳴いた。

 「なぁ、お前はマリスディアがいまどこにいるか知らねぇか?」
 聞いても通じないかもしれないが念のため聞いてみると、小鳥は飛び立った。そして塀の上に留まると、ピィと鳴く。
「ついて来いって言ってるのか?」
 ジルファリアが首を傾げると、小鳥は西のほうへと飛び去った。
「あ、待てよ」
 ジルファリアは慌ててそのあとを追う。

 白い羽を見失わないように目で追いながら塀伝いに駆けた。
 風の音と自分の息遣いだけがあたりに響く。見回り衛兵のことなど、頭からすっかり抜け落ちていた。

 しばらく走り続けると、目の前に鉄格子の門が見えてきた。
 マリスディアの言っていた裏の勝手口だろうか。

 裏門にしては大きい造りの門はぴったりと閉じられていたが、その前に停まっている一台の馬車が目を引いた。
 貴族街に似つかわしくない、職人街や中央広場なんかでよく見かける簡素な幌馬車だ。

 しばらくぼんやりと見つめていると、馬車の中から一人の老婦人が降りてきた。
 そしてきょろきょろと辺りを見回す様子に、直感的に見つかってはいけないような気がしたジルファリアは傍の植え込みに身を寄せた。
 しゃがみ込み彼女から死角になったのを確認すると、葉と葉の間から様子を覗った。
 周りに誰もいないことを確認した老婦人は、そのまま勝手口の側まで歩き出す。
 すると鉄格子が開けられ、敷地の中から誰かが出てきたのだ。
「……あ」
 ジルファリアは思わず口から声が飛び出し、慌てて手で覆った。

 門から出てきたのは、マリスディアだったからである。
 彼女は老婦人に駆け寄り、一言二言なにかを話していた。手には何か紙のようなものを握っている。

 マリスディアの言葉を受けた老婦人は相槌を打ちながら、背後にある馬車に視線を送った。
 その視線を追ったジルファリアが思わず声を上げる。


 「ダメだ!」


 視線が合図だったのだろう。
 突然、荷台から大きな男が飛び降り、素早くマリスディアの身体を担ぎ上げたのだ。
 マリスディアは声を上げる間も無く口を布で覆われ、そのまま荷台の中へと放り込まれた。

 「出せ!急げ!!」
 男が御者台に声をかけ、飛び乗った。

 馬のいななきが聞こえたと同時に、ジルファリアは植え込みから飛び出した。
 具体的にどうしようと決めていたわけでない。
 マリスディアを助けなくてはと反射的に駆け出していたのだ。
 ジルファリアはそのまま荷台に飛びかかり、縁に手を掛けた。
 同時に馬車が走り出し、身体が引きずられる。ジルファリアは腕に力を込めると荷台に這い上がった。

 「なっ……!何だテメェ!」
 先ほどマリスディアを担ぎ上げた男がこちらに気づく。
「おいどうした!」
 御者台から別の男の声が聞こえる。
「ガキが一人、登ってきやがった」
「何だと!オジョウサマだけ連れて来いって、あの方からの指示だってのに」
 御者が強く舌打ちするのが聞こえる。

 ジルファリアは素早く荷台の中に目を走らせた。
「あ……あなたは」
 後ろ手に縛られたマリスディアがこちらを見ている。怯えと驚きが入り混じったような瞳だった。
「おい、どうする?」
「仕方ねえ。契約とは違うが、ガキが一人増えたところで問題ないだろ。そいつも縛り上げとけっ!」
 頭上から聞こえる分かったという男の声に我に返ったが、遅かった。

 あっという間にジルファリアも縛り上げられてしまったのだった。

 
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