17 / 80
一章;NEW BEGINNINGS
16話;昼下がりの侵入者(1)
しおりを挟む+++
「むー、ヒマだ。すごくヒマだぞ、サツキー」
カウンターに突っ伏しながらジルファリアがぼやいた。腰掛けををガッタンガッタンと鳴らしては足を忙しなく揺らす。
昼食を終えた昼下がり。
今日も今日とてアドレから店番を言いつけられ、こうして気怠げにカウンターに座っているというわけだ。
「おいおい、店番がそんなだらしない態度でええんか」
売り場の棚にパンを並べていたサツキが嗜めるように振り返った。
「店番って言ったって、誰も来ねぇじゃん」
「もうじき混み出す時間帯になるで」
「それも嫌だなー」
「お前はワガママやなー」
サツキがひょいひょい手際よく陳列していく様を、ぼんやりと眺めながらジルファリアはため息を吐いた。
「なーんか面白い事起きねぇかなー」
「ジル」
ジロリとこちらを睨むサツキの表情に慌てて身を起こした。
「分かってるって!貴族街には行かねーってば」
「どうだか」
相棒は肩を竦めて空になった籠を抱えた。
「……おっちゃん、あれから何か言ってきたか?」
ジルファリアが貴族街へ行ってからもう十数日が経っていた。
あれ以来、ジルファリアは外へ遊びに行くにもサツキが常に同行しており、近場の遊び場へしか行けないように監視されているのだ。
「何も。けど、気づいてるかもわからんから、しばらくは大人しくしとけよ」
「分かってるよ」
不服そうな表情でそう返事をする。ふと脇の小窓から外を見つめ、ジルファリアは頬杖をついた。
「でも心配なんだよなー……」
サツキに聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう呟く。
ジルファリアは貴族街で会ったマリスディアという少女のことを思い出していた。
あの時は嬉しそうに会話を楽しんでいたように見えたが、母親を亡くしたことを打ち明けた時は実に寂しそうな表情を見せていたのだ。
そうなるのも無理はない。
自分だって彼女の立場になったらそうなるに決まっている。時々は母を思い出して、涙を零すときだってあるだろう。
そんな時に彼女のそばに誰か、寄り添ってくれる友人はいるのだろうかとジルファリアは気がかりだった。
(あんな広い屋敷で誰も……友だちとかいなかったら寂しいだろーな)
彼女にも気軽に遊べる友人が居てくれれば良いと思わずにはいられなかった。
「そういやジルは気づいてたか?」
工房のほうから次の品出し用のパンを抱えて、サツキがやって来た。
「何がだ?」
「カラス団のヤツら、最近大人しくなってるみたいやで」
「へー……」
そう言われてみれば確かに街中で出くわす機会がなかったような気がする。
ジルファリアは手元の呼び鈴をチリンチリンと鳴らした。
「なんやその気のない返事は」
「だって興味ねぇんだもん。いいじゃん、大人しくなったってことは、ここいらの店から色んなものがコソ泥されることも無くなったってことだろ?」
「いやそらそーやねんけど。そうやなくて……」
サツキが一旦言葉を切る。
「……何か変なこと企んでへんかったらええんやけどな」
「なんだよ、変なことって」
首を傾げるジルファリアを尻目に、サツキは扉窓から外を眺めた。
「嵐の前の静けさっていうかな」
「大丈夫なんじゃねえ?サツキは心配性だなー」
「お前はほんま、興味ないことには頓着せんな」
「とんちゃく?……まーた分かりにくい言葉使ってんな」
何か言い返してやろうとジルファリアが立ち上がると、
「すまん、ジル。おれやっぱり気になるからちょっと様子見てくるわ」
サツキはパン籠を脇に置き、そのまま店の扉を開けた。
「え!ちょ、ま……んだよサツキのやつー。今日は手伝ってくれるって言ってたのに」
既に誰もいない戸口を見遣り、ジルファリアは唇を尖らせた。
そのまま髪をがしがしと掻き、パン籠の方へと歩く。
その時ふいにバターの香ばしい香りが店内に広がってきた
「お、えらいえらい、ちゃんと店番してくれてるね、ジル」
振り返ると、工房のほうからアドレが盆いっぱいのクラケットを抱えて出てくる所だった。
「おや、サッちゃんはどうしたの?」
「何か用事ができたって出てった」
「そうかい、クラケット焼き上がったんだけどねぇ」
残念そうな声でアドレは焼き菓子の盆をカウンターに置いた。
「ジル、手伝ってくれたお礼に後で届けておくれ」
「へいへい」
サツキが置いていったパン籠を手に取ると、ジルファリアはそのまま陳列棚に並べ始めた。
扉の向こう側が賑やかになってきた。
なるほど、もうじき昼下がりの買い物どきだなと頷きながら並べ終える。
ジルファリアはそのままカウンターへ戻ると、その上の盆からクラケットをひとつつまみ上げた。
「あ、こら。つまみ食いすんじゃないよ」
「へへ、うまい」
ザクザクとした食感を楽しみながらジルファリアはペロリと平らげた。
そしてバターの風味と優しい甘みが口に広がり、自分が自然と笑顔になっていることに気がついた。
「これ、マリスディアも食ったら元気になるかな……」
「ん?誰だって?」
「なぁ、母ちゃん。クラケット、おやつにあげたい子がいるんだけど」
「友だちかい?」
「ん?うーん、……そんなとこ」
改めてそう聞かれると照れ臭くなり、曖昧に首を傾げた。
何かを感じ取ったのか、アドレは意味深に笑い頷いた。
「いいよ、いくつか見繕って持って行きな」
「ありがと」
ジルファリアはサツキの分と彼女の分のクラケットをそれぞれ紙袋へ入れていった。
サツキはともかくマリスディアには会える保証もないというのに、彼女の喜ぶ顔を思い浮かべるだけでジルファリアは嬉しくなった。
「店番のほうはもういいよ、ジル。その友だちに渡しておいで」
「え、いいのか?」
母を見上げると、もちろんと頷いている。
「ありがとな、母ちゃん。行ってきまーす」
ジルファリアは菓子袋を外套のポケットに突っ込むと、店の扉を勢いよく開けた。
途端に、外の喧騒に包まれる。
今日も職人街は賑わっていた。
それぞれの店の前には所狭しと木箱や樽が置かれ、商品や食べ物などが並べられていた。
腹の虫が騒ぎ出しそうないい匂いも漂ってくる。
呼び込みの声がそこらで飛び交う中で、「お、ジルー、元気かー」などと馴染みのオヤジなどが声を掛けてくれる。
返事を返しながら、ジルファリアは駆け出した。
「ジル」
その時だった。
目の前の鍛冶屋からラバードが出て来たのだ。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
悪役令嬢は始祖竜の母となる
葉柚
ファンタジー
にゃんこ大好きな私はいつの間にか乙女ゲームの世界に転生していたようです。
しかも、なんと悪役令嬢として転生してしまったようです。
どうせ転生するのであればモブがよかったです。
この乙女ゲームでは精霊の卵を育てる必要があるんですが・・・。
精霊の卵が孵ったら悪役令嬢役の私は死んでしまうではないですか。
だって、悪役令嬢が育てた卵からは邪竜が孵るんですよ・・・?
あれ?
そう言えば邪竜が孵ったら、世界の人口が1/3まで減るんでした。
邪竜が生まれてこないようにするにはどうしたらいいんでしょう!?
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる