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一章;NEW BEGINNINGS
9話;動きはじめた日常(9)
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「しっかし、お前も安く見られたもんやなぁ」
堪えきれないといった風にサツキが笑う。
二人は街中の小道を縫うように走り続けていた。あれからダンの号令でカラス団の手下と見られる少年少女たちが追ってきているのだ。
「何が?」
「いや、せやからダンの話」
「んー?どういう事だ?」
首を捻ったジルファリアは突然小道の角をするりと曲がった。
石畳の通路から階段に切り替わる。
段飛ばしで軽々と駆け上がって行く様子に、サツキは「猫とはよう言うたもんやわ」と呟いた。
「お前、ほんまはケンカ強いのに、カラスとやる時はおれにやらせてほとんど逃げてばっかりやん」
せやから黒猫なんて呼ばれるんやとサツキが指摘した。
その呼び名に相応しい身のこなしで、今度は塀に飛び上がる。
ほら掴まれよとジルファリアはサツキに手を差し出した。
「別にアイツらとケンカしたって楽しくねーじゃん」
サツキの手を引っ張りあげながらジルファリアが鼻を鳴らす。
「時間のムダだって」
「……そういう態度がまた怒りを買うんやな」
「あ、でもさ、こないだ花屋のチビっ子ミーナが髪の毛引っこ抜かれててさ、そん時はオレもアイツらコテンパンにやっつけてやったぞ」
得意げに拳を握って見せるジルファリアに、サツキはそうやったと苦笑した。
「基本はケンカっ早いもんな、お前」
「オレらにケンカ売るのは別にほっときゃいいけどさ、チビ達はダメだろ」
「それもそうか。あっちこっちでも迷惑かけてるみたいやし」
「……それにあんなヤツらとつるむよりさ」
塀の上を絶妙なバランス感覚で走り抜け、開けた場所へ出ると地を蹴った。
ちょうど二人が飛び降りた場所は、行き先であった城下町最大の並木道である中央通りだった。
「オレはこうやってサツキと冒険してる方が好きだぞ」
ニヤリと笑い、ジルファリアはサツキを振り返った。
「おれはお前に振り回されてばっかりやけどなー」
苦笑しながらサツキは髪を掻く。
今度は白い歯を見せてジルファリアは悪戯っぽい笑みを見せた。
「なぁサツキ、オレ腹減った」
「ダン達のせいで結構走らされたもんな」
「広場でなんか食おうぜ」
「うん、今の時間ならまだ露店も出てるやろ」
サツキが頷くのを見ると、よっしゃあと掛け声を上げてジルファリアはまた駆け出した。
「ちょ、待てや。どんだけ体力あんねん」
「おい情けないぞ、サツキ。早く早く」
息を切らすサツキを振り返りながら、ジルファリアはそのまま空を仰ぎ見た。
視界の両側を縁取ったのは、この聖王国の象徴とされているファリアの樹の枝葉だった。
二人が駆けている中央通りとは、聖都の最西端に位置する王城と、最東端に位置する城下町正門にあたる東門を東西に横断する大きな街道のことだ。
街道を挟むように並び立つのがファリアの樹で、この時期になると食用でもある赤い実をつけ、とても甘い香りを放つ。
繁栄を表す赤い実と、平和を意味する楕円形の青々とした葉が風に揺れていた。
そして通りの中心には王城前の湖から郊外の川を繋ぐ整備された水路が設けられており、今日も街の子供たちが水遊びをしていた。
そんな様子を横目でちらりと眺めながらジルファリアは更に足を早めた。
やがて目の前に大きな噴水が見え、その噴水を中心とした大きいな円状の広場に着いた。
「ここはいつも賑やかだなー」
一旦立ち止まったジルファリアは手を額に翳しきょろきょろと辺りを見渡す。
噴水広場は城下街中心の場所であり、また城下街を四分割する場所でもあった。
先程ジルファリアがラバードに実に雑な説明をしていたが、まずは彼らの住んでいる南東地区「職人街」__ここはパン職人や鍵職人、武器職人などといった職人と呼ばれる者達が居住する地区である。
少し雑多であまり裕福ではないが、素朴で情に厚い人間が多いとジルファリアは幼心に思っていた。
そしてその北側に位置する北東地区「学生街」__ここには聖王国が誇る大きな学校がある。
これも先程、アドレとの会話で若干親子喧嘩になりかけた王立アカデミーのことだ。
そしてそのアカデミーに遠方から入学してきた学生用の格安下宿や、教員達が居住する住宅通りもあるようだ。
職人街より西側に当たる南西地区は「魔法街」__セレインストラは言わずと知れた魔法文化の優れた国であるため、多くの有名な魔法使いの一族というのがある。
そういった名門魔法使い達の居住地区でもあり、また魔法雑貨や呪文書を取り扱う業者が多く店を出している場所でもある。
魔法使い達の集まりの場所でもある魔法使い連合協会と呼ばれる建物もあるらしい。
魔法に強烈に憧れがあるジルファリアにとっては、実は興味が湧く場所の一つだった。
そして、先程ラバードとのやり取りで禁止令が出てしまったのが、北西地区「貴族街」だ。ジルファリア達にとっては最も馴染みのない場所だろう。
その名の通り、聖都の中でも指折りの名家を中心とした貴族達が住んでいる場所だ。
この地区に関しては縁もゆかりもないジルファリアにとっては未知の地だった。
さて、そんな四つの地区の中心に当たる噴水広場だが、ここは聖王国住人達の憩いの場でもあったし、訪れる旅人達の休息する場所でもあった。
中央に水路を中継する噴水が存在感を放っており、その噴水を取り囲むようにいろいろな露店が軒を連ねている。
それこそ土産物や菓子類、野菜売りなんかもよく見られる光景だった。
そして円形の広場の最も外側にあたる場所で一番目を引くのが、青いとんがり屋根が特徴的な教会だ。ここの娘が歌う聖歌が人々の心を癒すという噂のおかげで、今日も修行者だけでなく多くの人々が行列を作っていた。
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