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一章;NEW BEGINNINGS

8話;動きはじめた日常(8)

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 「誰がそんなところに入るかってんだ」
 にゅっと舌を突き出してジルファリアが顔を顰める。

 サツキは傍らの少年を覗き込んだ。
「なぁビリー、おれらはそういう団体行動みたいなんが苦手なんや。そう断ったはずなんやけど」
「う。だってよぉ、ダンが……」
 ビリーと呼ばれた少年がサツキの視線にたじろぐ。
 そしてダンの方を見遣ると、彼はふんと鼻を鳴らした。
「俺は、黒猫はともかくサツキのことは買ってんだ。頭もいいし喧嘩も強ぇ」
「いや。せやからおれらは……」

 「だから、ジルが居なくなりゃお前は一人になるだろ?」
 ダンがニヤリと笑う。

 「……は?どういう意味だよ」
 ジルファリアが眉間に皺を寄せると、ダンは拳をポキポキと鳴らしながら見下ろしてきた。

 「今日こそ黒猫の野郎をメタメタのギタギタにしてやろうって言ってんだ!」

 そう声を上げるや否や、ダンが大きな腕をぶんと振り下ろす。
 反射的に後方に飛び退き躱したジルファリアは、その反動でバランスを崩し膝をついた。
「……おい、ダンてめー、こんな街中でおっ始めるつもりかよ?」
「おう!かかってこい、ジル」
「何がかかってこい、だ!そんなメーワクな話あるかっ」
 片手を地に付けたジルファリアはちらりと辺りを見回す。
 幸い人通りは少ないが、それでも露店などが並んでいるし、道の端で遊んでいる子供や杖をついた老婆だって歩いている。

 ジルファリアは立ち上がると踵を返した。
 肩越しにダンを振り返ると、こちらを睨みつけて拳を握りしめている。

 「おい、黒猫。まさか逃げるつもりじゃねぇだろうな?」
「お前みたいなのとやり合うヒマなんてねぇもん、そのまさかだよっ!」

 行くぞサツキ!と呼びかけながら走り出す。あっ待て!と張り上げるようなダンの声がすぐに後方から追いかけて来た。


 「おい、どこ行くつもりやジル」
 すぐに隣に追いついたサツキが走りながら問う。
「とりあえず、アイツら撒かないとな!」
 へへっと歯を見せながら実に楽しそうにジルファリアが笑った。

 だが次の瞬間、雄叫びのような声と何か大きなものが落下する音がすぐ後ろで聞こえ、途端に笑顔が消える。

 「げ」
「まじか」

 振り返れば、遥か後方で怒り狂った表情のダンがこちらに向かって酒樽を投げつけたところだった。
 ごうんごうんと大きな音を立てて樽がこちらに転がってくる。

 今二人が駆けている職人街は緩い坂道で、先の中央通りに向けてなだらかな下り道だった。

 「あんなもん転がしやがって」
 不機嫌極まりない表情でジルファリアが舌打ちする。

 「あぶねー……だろー、がっ!」

 振り返りながらジルファリアは脚を旋回させて向かってきた樽に蹴りを入れた。
 わずかに痛みを感じつつそのまま力を込めて振り上げる。

 足の甲に当たった樽はそのままダンとビリーの元へと綺麗に弧を描いた。

「誰がメタメタのギタギタにしてやるだって?」

 そのまま樽が二人の頭上に落下し、哀れな悲鳴が聞こえてくる。

 「オレらにケンカ売るなんて、十万年早いんだよ」

 鼻で笑いながらジルファリアは悲鳴からくるりと背を向けた。






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