上 下
5 / 80
一章;NEW BEGINNINGS

4話;動きはじめた日常(4)

しおりを挟む

 「やっぱりおっちゃんは炎の魔法がうまいんやなぁ」

 サツキの言葉に我に返る。
 目の前にいつの間にか置かれていた木皿の上にはアドレ特製のクラケットが山盛りに盛られていた。

 「へへっ、まぁパン屋だけにな。けど、これしきで上手いなんて思っちゃならねぇよ。やっぱり宮廷とか、アカデミー出身のヤツらは桁違いだかんな」
「アカデミー?……ああ、学生街にある魔法学校の事かぁ」
 サクサクと音を立てながら、サツキがクラケットを頬張っている。

 ジルファリアは、学生街の奥に広がる大きな森を思い浮かべた。
 そのまた奥に煉瓦造りの大きな学舎が建っているのを何度か見に行った事がある。

 あれが王立の魔法学校__通称【アカデミー】であった。


 「まぁ、あたしら庶民は大体が寺子屋で魔法を習うけど、やっぱりアカデミーで勉強したほうが本格的に魔法を使えるからねぇ」

 生活の支えとなる程度の魔法であれば、町に点在する寺子屋と呼ばれる小さな学舎で学ぶことができるのだ。
 王都に住む子ども達の大体が寺子屋に通い、簡単な魔法の使い方を学ぶ。
 ジルファリアもサツキも相応の年齢になれば通うことになるだろうが、ジルファリアの頭の中にはいつもあの赤煉瓦の学舎がちらついて離れなかった。

 「アカデミーに通うには、難しい試験が必要やっておやじから聞いた事があるわ」
 そんなサツキの言葉に肩を落とす。
「ま、ちっちゃい時から英才教育を受けてるような貴族の坊っちゃまとか、由緒ある魔法使い一族の御息女とかが通うんだろうな」
 パドも相槌を打ちながら腕組みをした。
「結局のところ、選ばれし人間なんてのはこの職人街に居ないってこたぁな」

 「……そんなの、分かんねぇじゃん」
 そんな父の言葉に反発するかのように、思わずぽつりと呟く。
「ジル?」
「職人街にだって魔法の上手いやつがいるかもしれねぇだろ?魔法の力はみんな平等に持ってるんだからさ」
 ジルファリアの思惑を汲んだサツキは慰めるような表情で苦笑した。
「まぁ、否定はせんけどな」
「だろ?試験だってアカデミーだって、誰にでもチャンスはあると思うんだよ」

 「……まさかジル。あんた、アカデミーに通いたいなんて思ってやしないだろうね?」
 しばらく黙っていたアドレがジロリとジルファリアを一瞥する。
 その視線にたじろいだジルファリアだったが、負けじと睨み返した。
「行きたいって思ってたら悪いのかよ」
「あぁ、駄目だね。あたしらは普通のパン屋だ。魔法の才能もないような庶民が仮に試験に合格してアカデミーに入れたとしても、後で恥をかくだけだよ」
「でも母ちゃん!」
「いいかいジル。あんたはここでパドの跡を継ぐんだよ。毎日来てくれるお客さんが喜んでくれるようなパンを焼き続ける事があんたの幸せなんだ」

 「そんな……、なんで決めつけるんだよ」
 思わず言葉尻が小さくなるジルファリアの横で、サツキが思い出したように切り出した。
「けど確か……、リアーナさまも庶民出身やったような気がするんやけど」

 「リアーナさま?」
 どこかで聞いたような名前だとジルファリアは首を傾げた。
「ウルファスさまの奥さんや」
「ウルファスさまの、ってことは王妃さまってことか」

 現代の聖王国を守護している聖王ウルファス。
 その奥方であるリアーナは、出自がごくごく普通の町民であり、実家もごくごく普通の飲食店を営んでいたはずだとサツキが話した。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

りーさん
ファンタジー
 ある日、異世界に転生したルイ。  前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。  そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。 「家族といたいからほっといてよ!」 ※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...