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もう一つのおかえりなさい
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「三島と奥様の関係はシロでした。私は今日それを芥川様にお伝えしに来たんです」
「はい?」
「そして三島は逮捕されました」
「え?逮捕って……警察の…逮捕の事ですか?」
「はい。家庭裁判所内での傷害及び器物破損です。申請していた性別変更の件で何か揉めたのでしょう。現在は釈放され、郷里の北海道へ帰りました」
「………」
おいおい。あの最後の探偵事務所来訪の日からまだ、二ヶ月弱しか経過していないぞ?なんだそれ?
「奥様と三島は学生時代に出会い仲良くなりましたが、交際はしていなかった様です。性同一性障害に悩む三島の相談相手だったそうです。奥様も当時交際していた酒乱の彼の事を相談する仲だった……要は秘密を知る唯一の異性の友人関係だったそうです。2回程、旅行に行ったのも手術の事を現地で一緒に色々調べてあげていたそうです。そして部屋は別々だったみたいですよ。この事に関してはホテルに確認。裏も取りました。そして偶然二人は再会した………」
「太宰さん、ちょっと待って下さい」
「はい」
「今の話を聞く限りでは、直接妻が説明していた物言いに聞こえますが?」
「奥様ではなく三島本人から聞きました」
「え?」
「私共はその後の調査で奥様と三島の関係は終わったと確信しました。その理由はあの不貞行為と思われた写真の日から三島が逮捕される一ヶ月の間、一切お二人は会っていなかった事、三島が逮捕され郷里に帰った事、そして三島が性転換手術前に精子凍結をして保存していた事実がなかった事がわかったからです。つまり私共が一番懸念していた託卵と言う行為が物理的に出来ない事がわかったからです。もちろん奥様の妊娠前の通院に関しても調べましたが、人工授精等の事実は確認されませんでした」
「まあそうですよね。人工授精は不妊治療をしている夫婦の同意が必要ですから。私が以前、現実的ではないと言ったのはそう言う理由もありますから」
「はい。仰る通りです。そしてその確信を元に、勝手ながら私共は三島本人に話しを聞きに行きました。そう言うお話しです。勝手な事をしてしまい大変申し訳ありませんでした」
「いいえ。こちらこそ一方的に調査を終了したにも関わらず調べて頂き、わざわざありがとうございました」
太宰探偵は私の言葉を聞き、はにかんでいる様な口元をギュッとへの字に閉じた表情で少しうつむいていた。
「………あと、最後に不貞行為の写真ですが………」
「まあそれも恐らく、久しぶりに会って懐かしくなって一時的にハメを外してしまったんでしょう。あの写真、後ろから手を回したのは三島でしたよね?ふざけてイチャつきでもしたんでしょう。その行為が親密度を恋人と証明する訳でありませんから問題ありません」
「芥川様………問題ないですか?」
「ええ。だって太宰さんはこの話しの結果を最初に話してくれたじゃありませんか?シロだって」
「……そうですね」
「まあ、こないだも話しましたが、子供が産まれて落ち着いて、その時にどうしても気になったら直接妻に聞いてみます。今だから話してみよう!みたいなノリで。ハハッ」
「そこは変わらないんですね?」
「ええ」
「奥様を………その……愛している事も……ですか?」
「あれ?私は妻を愛しています!なんて言いましたっけ?信じるとは言いましたが……」
「いや、それは私が勝手にそう解釈しただけですから」
「そうですか。でも当たってますよ太宰さんの解釈は」
「そうとしか解釈出来ないですよ!」
「ですよね?仰る通り、愛していますよ妻の事は……いや~なんかお恥ずかしい」
俺がうつむいている間に、太宰探偵も何故か顔を赤くしてうつむきながら自らの頬をピシャピシャ叩いていた。
すまん。太宰さん。恥ずかしくなるくらいの惚気話しをしてしまった。
そして、最後にピシャと強く両頬を叩いた太宰さんは立ち上がり、あの時と同じ様にペコリとお辞儀をした。
「………はい!よし!以上でご報告はおしまいです。芥川様、今日は本当に突然お邪魔して申し訳ありませんでした」
「とんでもないです。もうこれでなんの憂いもなくなりました。あ、子供が産まれたら一度事務所に顔を出してもよろしいですか?」
「え?あ、はい。もちろんです!芥川様!」
全てが明らかになったとは言えないが、俺と妻の……いや、今回の事で一喜一憂したのは俺と太宰探偵かも知れないな。とにかく俺と妻の一波乱は終わった。
最初は徹底的に復讐をするつもりで始めた。
たくさん葛藤もした。
けれども、結局は妻と一緒にいたいと言う自分の本心がわかっただけだった。
それが一方的な愛情の押し付けだと思う人もいるだろう。自己陶酔だとバッサリ斬り捨てる人も存在するだろう。
でも結局は妻の言葉を一生聞きたいんだ。
「おかえりなさい」
全てを吹き飛ばしてくれる俺が一生守りたい言葉を。
そして一年後……………。
俺は慣れない抱っこ紐を使って、子供と二人で探偵事務所を訪れた。もちろん事前報告済だ。
ピッと一回だけ上昇ボタンを押し、子供の目を見る。指を咥えてこちらを見ている。しまった。おしゃぶりを持って来なかった。
事務所に到着。
「すいません。連絡した芥川です。太宰さんは?」
通されたのは、もちろんあの時と同じ個室。そして一分もたたない内に懐かしいアニメ声が響いた。
ガチャ
「おかえりなさい!芥川様!お待ちしてました」
「太宰さん。ここはメイド喫茶でしたっけ?」
俺は始めて妻以外の「おかえりなさい」に幸せを噛み締め自然と口元がほころんでいた。
〈完〉
この度はご拝読頂き誠にありがとうございました。
「はい?」
「そして三島は逮捕されました」
「え?逮捕って……警察の…逮捕の事ですか?」
「はい。家庭裁判所内での傷害及び器物破損です。申請していた性別変更の件で何か揉めたのでしょう。現在は釈放され、郷里の北海道へ帰りました」
「………」
おいおい。あの最後の探偵事務所来訪の日からまだ、二ヶ月弱しか経過していないぞ?なんだそれ?
「奥様と三島は学生時代に出会い仲良くなりましたが、交際はしていなかった様です。性同一性障害に悩む三島の相談相手だったそうです。奥様も当時交際していた酒乱の彼の事を相談する仲だった……要は秘密を知る唯一の異性の友人関係だったそうです。2回程、旅行に行ったのも手術の事を現地で一緒に色々調べてあげていたそうです。そして部屋は別々だったみたいですよ。この事に関してはホテルに確認。裏も取りました。そして偶然二人は再会した………」
「太宰さん、ちょっと待って下さい」
「はい」
「今の話を聞く限りでは、直接妻が説明していた物言いに聞こえますが?」
「奥様ではなく三島本人から聞きました」
「え?」
「私共はその後の調査で奥様と三島の関係は終わったと確信しました。その理由はあの不貞行為と思われた写真の日から三島が逮捕される一ヶ月の間、一切お二人は会っていなかった事、三島が逮捕され郷里に帰った事、そして三島が性転換手術前に精子凍結をして保存していた事実がなかった事がわかったからです。つまり私共が一番懸念していた託卵と言う行為が物理的に出来ない事がわかったからです。もちろん奥様の妊娠前の通院に関しても調べましたが、人工授精等の事実は確認されませんでした」
「まあそうですよね。人工授精は不妊治療をしている夫婦の同意が必要ですから。私が以前、現実的ではないと言ったのはそう言う理由もありますから」
「はい。仰る通りです。そしてその確信を元に、勝手ながら私共は三島本人に話しを聞きに行きました。そう言うお話しです。勝手な事をしてしまい大変申し訳ありませんでした」
「いいえ。こちらこそ一方的に調査を終了したにも関わらず調べて頂き、わざわざありがとうございました」
太宰探偵は私の言葉を聞き、はにかんでいる様な口元をギュッとへの字に閉じた表情で少しうつむいていた。
「………あと、最後に不貞行為の写真ですが………」
「まあそれも恐らく、久しぶりに会って懐かしくなって一時的にハメを外してしまったんでしょう。あの写真、後ろから手を回したのは三島でしたよね?ふざけてイチャつきでもしたんでしょう。その行為が親密度を恋人と証明する訳でありませんから問題ありません」
「芥川様………問題ないですか?」
「ええ。だって太宰さんはこの話しの結果を最初に話してくれたじゃありませんか?シロだって」
「……そうですね」
「まあ、こないだも話しましたが、子供が産まれて落ち着いて、その時にどうしても気になったら直接妻に聞いてみます。今だから話してみよう!みたいなノリで。ハハッ」
「そこは変わらないんですね?」
「ええ」
「奥様を………その……愛している事も……ですか?」
「あれ?私は妻を愛しています!なんて言いましたっけ?信じるとは言いましたが……」
「いや、それは私が勝手にそう解釈しただけですから」
「そうですか。でも当たってますよ太宰さんの解釈は」
「そうとしか解釈出来ないですよ!」
「ですよね?仰る通り、愛していますよ妻の事は……いや~なんかお恥ずかしい」
俺がうつむいている間に、太宰探偵も何故か顔を赤くしてうつむきながら自らの頬をピシャピシャ叩いていた。
すまん。太宰さん。恥ずかしくなるくらいの惚気話しをしてしまった。
そして、最後にピシャと強く両頬を叩いた太宰さんは立ち上がり、あの時と同じ様にペコリとお辞儀をした。
「………はい!よし!以上でご報告はおしまいです。芥川様、今日は本当に突然お邪魔して申し訳ありませんでした」
「とんでもないです。もうこれでなんの憂いもなくなりました。あ、子供が産まれたら一度事務所に顔を出してもよろしいですか?」
「え?あ、はい。もちろんです!芥川様!」
全てが明らかになったとは言えないが、俺と妻の……いや、今回の事で一喜一憂したのは俺と太宰探偵かも知れないな。とにかく俺と妻の一波乱は終わった。
最初は徹底的に復讐をするつもりで始めた。
たくさん葛藤もした。
けれども、結局は妻と一緒にいたいと言う自分の本心がわかっただけだった。
それが一方的な愛情の押し付けだと思う人もいるだろう。自己陶酔だとバッサリ斬り捨てる人も存在するだろう。
でも結局は妻の言葉を一生聞きたいんだ。
「おかえりなさい」
全てを吹き飛ばしてくれる俺が一生守りたい言葉を。
そして一年後……………。
俺は慣れない抱っこ紐を使って、子供と二人で探偵事務所を訪れた。もちろん事前報告済だ。
ピッと一回だけ上昇ボタンを押し、子供の目を見る。指を咥えてこちらを見ている。しまった。おしゃぶりを持って来なかった。
事務所に到着。
「すいません。連絡した芥川です。太宰さんは?」
通されたのは、もちろんあの時と同じ個室。そして一分もたたない内に懐かしいアニメ声が響いた。
ガチャ
「おかえりなさい!芥川様!お待ちしてました」
「太宰さん。ここはメイド喫茶でしたっけ?」
俺は始めて妻以外の「おかえりなさい」に幸せを噛み締め自然と口元がほころんでいた。
〈完〉
この度はご拝読頂き誠にありがとうございました。
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