妻と浮気と調査と葛藤

pusuga

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 妻は妊娠5ヶ月目、いわゆる安定期と呼ばれる期間に入った。
 
 俺はと言うと、あの時あれだけの物的証拠を突きつけられたが不思議と落ち着いていた。スッキリしたと言う方が正しい表現だ。
 仕事も順調そのものだった。
 浮気を確信した日からは酷い物だったな。ミスを連発し、よく上司に説教されていた。しかし最近はミスはほとんどない。逆に「最近お前どうしたんだ?」と良い意味で嫌味を言われたりもする様になった。

 だが時々一つだけ考える事がある。

 あの最後の日、慌ててビルから出てきた太宰探偵のお辞儀にはどんな意味があったのだろう。少なからず俺の決断を尊重してくれたと言う事でいいんだよな?

 もう関係のない事だが。

 妻と三島なにがしの関係がどうなったかも知らない。調査をしていない今、日中の妻の行動は知る由もない事だ。
 とにかく無事に俺と妻の子供が産まれてくればいい。

 俺は病院のベットの上でそう考えていた。

 昨日の事だ。
 妻の母、つまり俺にとっての義母が突然我が家にやって来た。
 その連絡を受け俺は慌てていた。
 押しボタン式の信号が設置してある片側一車線の道路で、左右をよく確認せず赤信号で渡ってしまい車と接触してしまった。
 幸い、頭部は打っておらず接触部分の腕の打ち身と転倒した際のすり傷だけで済んだ。しかし目撃者いわく派手な転倒をしていたらしく、大事を取って二日間だけ精密検査も兼ねて入院する事になった。

 妻は俺が搬送されて最初に会った時、泣いていた。その涙を見た時、俺は妻を更に許した。更に許すと言う表現なんか存在しないかも知れないが。

 妻は俺の強い希望で自宅で待機させている。
 それはもちろん、妊婦であるから無理はさせたくないからだ。総合病院に出入りなんて妊婦の身でとんでもない。流行りのウィルスに感染でもしたら大変だからな。そもそも俺は重症でも重体でもないからな。

 事故の原因となったが、義母もいるから問題ないだろう。
 早く退院しておかえりなさいを聞くんだ。

 トントン。
 丁度、俺しかいない四人部屋の病室に響くノック音。

 なんと太宰探偵だ……。
 俺は思わずガバっと上半身を起こして問いかけた。

「え?太宰さん?どうしたんですか?てか、あれ?ひょっとしたらこの病室の他の方のお見舞いですか?奇跡の偶然ってやつですか?」

 私が流暢に質問すると太宰探偵はクスクスと笑っていた。初めて見る表情だ。

「突然お邪魔して申し訳ありません芥川様。もちろん偶然なんかじゃありません。芥川様のお見舞いに来たんですよ」

 なるほど。さすがは探偵だ。情報が早いな。だが調査はもう停止しているはず。とりあえず確認しよう。

「あ、ありがとうございます。しかし何故?どこで私が入院している情報を入手したんですか?」

 クスクスと再び太宰探偵は笑っていた。

「あ、そこの椅子お借りしても大丈夫ですか?」

「あ、はい。どうぞ」

 折りたたみのパイプ椅子をテキパキと広げ太宰探偵は俺の右手に座った。

「ところで奥様はいらっしゃらないのですか?」

「ええ。一応妊婦ですので。あまり心配はかけたくないですし、総合病院でたくさんの患者さん達がいます。流行りウィルスもありますし、自宅で義母と過ごす様に話して帰らせました」

「そうでしたか。あ、大丈夫です」

「え?」

「もし奥様がいらっしゃいましたら相手方の保険会社を名乗るつもりでしたから。ほら、ちゃんと名刺も用意しておきましたよ」

「星空生命………。太宰さん、せめてもっとメジャーな会社にして下さいよ」

「ウフフ。そうですね」

「そうですよ!まあ、太宰さんは探偵さんだから、妻がいない事も知ってて来たんでしょうけど」

「はい。さすがは芥川様」

 久しぶりに聞くクスクスと笑う太宰探偵のアニメ声は、やはり今の様な笑いのセリフがよく似合う。

「で、今日は?」

「はい。実は私共の事務所でも芥川様の案件は非常に興味深い物として話題になりました。なにせ当事務所でも初めてのケースですから」

「まあそうですね。なかなかないですよね?」

「はい。そこで今後の貴重なサンプルケースとして、大変失礼かとは存じましたが、調査を続けさせて頂いていたんです」

「なるほど。でも私はもう何を聞いても驚きませんし、椅子からも落ちませんよ?」

「はい。それもわかっています。あの時は驚きと衝撃を受けました」

「いや、お恥ずかしいです……思わず座り外してしまいました」

「その事ではありません」

「え?」

「私は三年前に新人探偵として今の事務所に入社しました。そして何人もの浮気調査の依頼を受け調査対応させて頂きました。そして結果が黒で会った場合はそのほとんど全員がパートナーや対象の相手に憎悪を剥き出しにする方がほとんどでした」

「………」

「しかし、芥川様は違いました。はっきりと許すと言い切ったのです。驚きました。そして衝撃を受けました」

「そうですかね?私みたいな奴はいると思いますが……」

「子供が絡んでいなければいると思います。しかし自らの決断だけを信じて、自分の子供だと……問題ないと言い切ったじゃありませんか。そんな方はそうはいませんよ」

「えっと、それは誉め言葉として受け取っていいんでしょうか?」

「もちろんです」

「えーそれでは、ありがとうございます……と言っておきます」

 太宰探偵はキリリとした表情でうなずいていた。

「あ、ところで今さっき丁度太宰さんの事を考えていたんですよ」

「え?私の事ですか?」

「ええ。あの日わざわざビルを降りて来てお辞儀をしてくれたじゃありませんか?その事です」

「そんな事もありましたね。あれは芥川様の決断に敬意を評しての事です。応援したかったんです。気が付いたら声をかけていました。いても立ってもいられないとはああいう事なんですね。でも、依頼人に感情移入してしまうなんて、探偵としてはまだまだです」

「………問題ないですよ。あなたは立派な浮気調査の探偵になれますよ」

「浮気調査ばかりじゃ駄目なんですけど。フフッ……」

 傍から見たら、あの二人怪しくない?と噂されてしまう様な、和やかな雰囲気が病室内を包んでいた……。

「で、調査を続けていた話ですよね?」

「あ、そうですね。失礼致しました」

 太宰探偵の表情は一瞬であの個室で散々見て来た仕事モードに変化し、ガサガサとカバンから一枚の書類を取り出した。



 
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