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SS ゆっくりとした時間 上
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「すみませーん」
私は手を手をあげる。
物腰の柔らかな初老の女性がニコリと頷く。店主の男性と同年代に見えるから、ご夫婦なのかもしれない。
「ご注文は決まりましたか?」
「フルーツパフェとチョコレートパフェで。両方ともセットをつけて下さい」
「パフェのセットが、お二つ。お飲み物はどちらにしますか?」
お店の雰囲気とマッチした優しく丁寧な言葉遣いに、少しだけ緊張してきた。
「私はアイスティーで。藤原君は?」
「コーラ」
彼はそれだけ言うと、女性の目を見て何度か首を縦に振った。
女性は小さく頷く。
「セットの飲み物はアイスティーとコーラがおひとつずつ……。かしこまりました」
女性は注文票に書き終わると、複写の一枚を切り取って伝票立てに差し込んだ。
「少々お待ち下さい」
女性は軽く頭を下げてからカウンターへ歩いて行き、複写のもう一枚を男性へ手渡した。
映画やドラマでしか見たことのない世界が、目の前で繰り広げられている。
「カフェなら何回か行ったことがあるって言ったけど、純喫茶ってところは初めてなんだ」
私の好きなグルメリポーターが、『絶品! 純喫茶だから食べられる至極のパフェ』という動画で、何軒かのパフェを紹介していた。その内の一軒が、最寄り駅の近くだったので、藤原君を誘って食べに来た。
「実は私も、純喫茶は初めてなの」
「千草ちゃんも?」
「うん」
「なんだか注文するだけで緊張した」
「それ私も!」
あっ、少し声が大きかった。
周りの様子を窺ったついでに、店内をぐるりと見渡す。
純喫茶というところは、図書館とまではいかないけれど、静かな空間らしい。ここでは、この雰囲気を楽しむのが正解なのだと思う。
その証拠に、店内の装飾はとても落ち着いている。年月を感じるのに、棚の一つ一つまで綺麗に掃除されていて清潔感がある。
壁にはヨーロッパの街並みの写真や、シャンとした男性と綺麗な女性が写されている、映画のワンシーンらしきジグソーパズル。少し黄ばんだ天井は、ランチタイム以外は喫煙可能の証だとキャスターは言っていた。
「ねえ、あれ見て」
「うん。あんな形した時計、小学校にあったやつ以来、見てないよ」
二人の視線の先には、年代物の振り子時計の振り子がゆっくりと揺れていた。
「純喫茶ってすごいね。ハマっちゃいそう」
「俺も」
注文が済んで気持ちが落ち着いたのか、彼は物珍しそうに店内の至る所に目をやった。
「漫画もあるんだ」
「本当だね」
大きめの棚にびっしりと漫画が並べられている。少し古いものが多いけれど、有名な漫画の最新刊もあるから入れ替えはされているのかも。
「脚本を喫茶店で書くってのも、これなら納得できる」
彼は将来、映画やテレビで脚本を書くことを夢見ている。さっきの話を聞いたことがあったので、ここに食べに来ることを決めた。私ばかり美味しい思いをするのは申し訳ない。彼は優しいから、どこでもいいと言ってくれる。だから私の希望を叶える振りをして、ここを選んだ。
この先どうなるか分からないけれど、少しでも彼の将来に繋がれば良いと思っている。
アイスティーの氷がカランと音を立てる。その音が聞こえるぐらいの小さな声で、私たちは会話をしている。
その分、二人の距離が近くなるからドキドキする。
カウンターにパフェが二つ置かれる。女性はそれを金属製のトレンチに乗せる。
「少しぐらい声が大きくても大丈夫だから、気にしないでおしゃべりを楽しんで」
女性はそう言ってパフェをテーブルの上に置く。
彼は会釈で返す。
「食べてみて美味しかったら、『美味しい』って言ってね。そうすればあの人が喜ぶから」
女性は私に話しかける。
「えっ?」
「冗談よ、冗談。デートなんでしょ?楽しくおしゃべりしてちょうだい。それに、楽しくおしゃべりして食べた方が、デザートは美味しいでしょ?」
女性はニコリと笑って、カウンターの方へ歩いて行った。
突然の出来事に呆気に取られていたけれど、藤原君と目があった途端に二人してクスクスと笑った。
確かに私は、美味しいものを食べた時は近くの人と喜びを共有したいタイプだ。
「うま!」
彼は目を見開く。
「うま」
私も真似をする。
「本当に美味しいね」
「うん。まじで、美味い」
彼はスプーンを手に持ったまま、パフェを色々な角度から眺めている。きっと、どうやって食べ進めるかを考えているのだろう。
「どうぞ」
「本当に良いの?」
「うん」
私は彼のパフェにスプーンを差し込む。彼はパフェが倒れないように下を押さえてくれている。
「そこじゃなくて、もっとチョコが掛かってるところでいいよ」
「えっ?」
「大丈夫、大丈夫」
私が大丈夫じゃない。
「これぐらいだったら、食べたって太らないでしょ」
紹介されたのはフルーツパフェだけれど、チョコレートパフェは昔から定番の、「オススメ」みたい。ダイエットをしている私のために、彼がチョコレートパフェを食べてくれることになった。
ダイエットなんていつでもしている。心配してるのはそこじゃない。
「でも、スプーンでさしちゃったし」
「俺、食べ物の形が崩れても気にしないタイプだから」
彼は、顔の前で手首を振る。
こっちが気にしているのはそこじゃない。私はスプーンを一回使っている。
「ちょっと貸して」
彼は私からスプーンを奪うと、一番美味しそうなところを掬って、手を添えながらゆっくりとこちらに差し出してきた。
「ありがとう」
チョコレートと生クリームの甘さが口いっぱいに広がった後、チョコの香りと苦味が少しだけ顔をだした。
彼にはお姉さんがいて、無理やりカフェに連れていかれる度に、こういったことをするらしい。
気になってパフェの味が分からなくなるから、こういうことはやめてほしい。
嬉しいけど。
私は手を手をあげる。
物腰の柔らかな初老の女性がニコリと頷く。店主の男性と同年代に見えるから、ご夫婦なのかもしれない。
「ご注文は決まりましたか?」
「フルーツパフェとチョコレートパフェで。両方ともセットをつけて下さい」
「パフェのセットが、お二つ。お飲み物はどちらにしますか?」
お店の雰囲気とマッチした優しく丁寧な言葉遣いに、少しだけ緊張してきた。
「私はアイスティーで。藤原君は?」
「コーラ」
彼はそれだけ言うと、女性の目を見て何度か首を縦に振った。
女性は小さく頷く。
「セットの飲み物はアイスティーとコーラがおひとつずつ……。かしこまりました」
女性は注文票に書き終わると、複写の一枚を切り取って伝票立てに差し込んだ。
「少々お待ち下さい」
女性は軽く頭を下げてからカウンターへ歩いて行き、複写のもう一枚を男性へ手渡した。
映画やドラマでしか見たことのない世界が、目の前で繰り広げられている。
「カフェなら何回か行ったことがあるって言ったけど、純喫茶ってところは初めてなんだ」
私の好きなグルメリポーターが、『絶品! 純喫茶だから食べられる至極のパフェ』という動画で、何軒かのパフェを紹介していた。その内の一軒が、最寄り駅の近くだったので、藤原君を誘って食べに来た。
「実は私も、純喫茶は初めてなの」
「千草ちゃんも?」
「うん」
「なんだか注文するだけで緊張した」
「それ私も!」
あっ、少し声が大きかった。
周りの様子を窺ったついでに、店内をぐるりと見渡す。
純喫茶というところは、図書館とまではいかないけれど、静かな空間らしい。ここでは、この雰囲気を楽しむのが正解なのだと思う。
その証拠に、店内の装飾はとても落ち着いている。年月を感じるのに、棚の一つ一つまで綺麗に掃除されていて清潔感がある。
壁にはヨーロッパの街並みの写真や、シャンとした男性と綺麗な女性が写されている、映画のワンシーンらしきジグソーパズル。少し黄ばんだ天井は、ランチタイム以外は喫煙可能の証だとキャスターは言っていた。
「ねえ、あれ見て」
「うん。あんな形した時計、小学校にあったやつ以来、見てないよ」
二人の視線の先には、年代物の振り子時計の振り子がゆっくりと揺れていた。
「純喫茶ってすごいね。ハマっちゃいそう」
「俺も」
注文が済んで気持ちが落ち着いたのか、彼は物珍しそうに店内の至る所に目をやった。
「漫画もあるんだ」
「本当だね」
大きめの棚にびっしりと漫画が並べられている。少し古いものが多いけれど、有名な漫画の最新刊もあるから入れ替えはされているのかも。
「脚本を喫茶店で書くってのも、これなら納得できる」
彼は将来、映画やテレビで脚本を書くことを夢見ている。さっきの話を聞いたことがあったので、ここに食べに来ることを決めた。私ばかり美味しい思いをするのは申し訳ない。彼は優しいから、どこでもいいと言ってくれる。だから私の希望を叶える振りをして、ここを選んだ。
この先どうなるか分からないけれど、少しでも彼の将来に繋がれば良いと思っている。
アイスティーの氷がカランと音を立てる。その音が聞こえるぐらいの小さな声で、私たちは会話をしている。
その分、二人の距離が近くなるからドキドキする。
カウンターにパフェが二つ置かれる。女性はそれを金属製のトレンチに乗せる。
「少しぐらい声が大きくても大丈夫だから、気にしないでおしゃべりを楽しんで」
女性はそう言ってパフェをテーブルの上に置く。
彼は会釈で返す。
「食べてみて美味しかったら、『美味しい』って言ってね。そうすればあの人が喜ぶから」
女性は私に話しかける。
「えっ?」
「冗談よ、冗談。デートなんでしょ?楽しくおしゃべりしてちょうだい。それに、楽しくおしゃべりして食べた方が、デザートは美味しいでしょ?」
女性はニコリと笑って、カウンターの方へ歩いて行った。
突然の出来事に呆気に取られていたけれど、藤原君と目があった途端に二人してクスクスと笑った。
確かに私は、美味しいものを食べた時は近くの人と喜びを共有したいタイプだ。
「うま!」
彼は目を見開く。
「うま」
私も真似をする。
「本当に美味しいね」
「うん。まじで、美味い」
彼はスプーンを手に持ったまま、パフェを色々な角度から眺めている。きっと、どうやって食べ進めるかを考えているのだろう。
「どうぞ」
「本当に良いの?」
「うん」
私は彼のパフェにスプーンを差し込む。彼はパフェが倒れないように下を押さえてくれている。
「そこじゃなくて、もっとチョコが掛かってるところでいいよ」
「えっ?」
「大丈夫、大丈夫」
私が大丈夫じゃない。
「これぐらいだったら、食べたって太らないでしょ」
紹介されたのはフルーツパフェだけれど、チョコレートパフェは昔から定番の、「オススメ」みたい。ダイエットをしている私のために、彼がチョコレートパフェを食べてくれることになった。
ダイエットなんていつでもしている。心配してるのはそこじゃない。
「でも、スプーンでさしちゃったし」
「俺、食べ物の形が崩れても気にしないタイプだから」
彼は、顔の前で手首を振る。
こっちが気にしているのはそこじゃない。私はスプーンを一回使っている。
「ちょっと貸して」
彼は私からスプーンを奪うと、一番美味しそうなところを掬って、手を添えながらゆっくりとこちらに差し出してきた。
「ありがとう」
チョコレートと生クリームの甘さが口いっぱいに広がった後、チョコの香りと苦味が少しだけ顔をだした。
彼にはお姉さんがいて、無理やりカフェに連れていかれる度に、こういったことをするらしい。
気になってパフェの味が分からなくなるから、こういうことはやめてほしい。
嬉しいけど。
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