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道の端に立つ男子
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「んっ?なーに?」
鈴香の視線に気が付いた遥乃は、顔を斜めにして微笑む。
「どうしてずっとパパなの?」
ハルちゃんはパパに抱っこされた時に、私は将来この人のお嫁さんになるって感じたらしい。今では、優秀な雄を嗅ぎ分けた私の嗅覚に間違いはなかった。なんて冗談混じりで言っている。
「あの時以上に気持ちを揺さぶられたことがないから、ダーリンは今も変わらず大好きな、唯一の推しなの」
「思い出が美化されているってのは無いの?」
「あるかもしれないけれど、そんなのはどうでも良いかな」
遥乃はいつもとは違う、ふわりとした笑顔を浮かべる。
「でもさー、今のダーリンは渋味が増して、さらにカッコよくない?」
「そう?」
「いつも近くにいるから感じないんだってー」
昔のパパならまだ分かるけれど、今のパパはオシャレに気を使わなくなってきた。ほとんどママが選んで買った服しか着ないし、頻繁に髪の毛をセットしなくなった。落ち着いてきたのを渋みっていうならそうかもしれないけれど、パパに関しては少し違う気がする。
「パパって私たちの前だとカッコつけて老眼鏡掛けないんだけど、めちゃくちゃ目に力を入れて本読んだりしてるんだよ。最近だと、難しい顔してスマホを見てるからどうしたんだろう?って思ったら、漫画を読んでたみたいで突然笑い出したりするのよ」
「そんなところって可愛くない?」
「可愛いの?」
「うん」
ハルちゃんのフィルターを通すとパパもそう見えるみたい。恋って不思議なのかハルちゃんがそういった趣味なのか、私には分からない。
「パパって四十肩なんて存在しないなんて無理して、病院に行くような人だよ」
「その話好きなやつー。また聞かせて」
あれは私の『すべらない話』だから、好きなのは何となく嬉しい。
「必死であらがっているけれど、着実に老化は進んでいるよ」
「何を言ってるの?そこはあがらってもらわなくちゃ。あと数十年は現役でいてもらわないとこっちが困るじゃない」
遥乃は何かに気が付く。
「もしかしてダーリンはそれを考えてくれているの?」
「違うと思う」
すぐさま鈴香は否定をする。
鈴香の間が完璧だったので、遥乃は満足気に笑う。
「それなら今度会った時に、たっぷりと若い娘の空気を吸わせて若返らせなきゃね。愛情がたっぷり入ってるから、効果抜群なはずよ」
「小学生まで戻っちゃったりして」
「それだと困るから、愛情をセーブして二十代くらいに調整しておくね」
「それでお願いします」
「了解」
両手を合わせる鈴香に向かって、遥乃は胸を叩く。
「でも、自分のお父さんと同じ歳の人って、何だか色々と考えちゃわない?」
「時代は多様性よ、スズちゃん。色々な人がいていいんじゃない?」
「そうかもしれないけれど…」
難しそうな顔をしている鈴香のおでこを、遥乃は人差し指でツンと突く。
「お子ちゃまなんだから、初恋を経験するまでは色々考えない方がいいよ」
「お子ちゃまじゃない」
「それだと初恋は経験済みってことー?」
「もう」
鈴香は頬を膨らます。
「スズちゃんも恋に目覚めてきたみたいだし、焦らず自分に合ったペースで恋をすれば良いんじゃない?」
さっきは『修羅の道』なんて表現してたけれど、きっと恋をするって楽しいことなんだろうな。ハルちゃんを見ているとそう思える。
「うん、そうする」
「偉い。ライバルは沢山いるから気を引き締めてね」
「うーん。考えすぎたらいけないのは分かっているけれど、樹くんは遠慮しておこうかな」
「なになにー?」
あっ!この顔はハルちゃんの罠に引っ掛かっちゃった。
「ひょっとして良い女気取ってるぅー?」
やっぱり、そうだ。
「ち、違うもん。さっきの話の流れから、たまたまだよ」
「さっきって年上男子の話だったじゃーん。意識しちゃってんじゃないのー?」
遥乃は鈴香を肘で突つく。
これをどう返したところで、いいように遊ばれるだけ。鈴香は無表情になる。
「ごめん、ごめんー。乙女は誰でも闇を持っているから、ちゃんと気を抜かないでねって言いたかっただけなのー。どんなに味方の振りをしてる人でも、絶対に信用しちゃダメって伝えたかったのー」
「うん、分かった。それなら、何かあったらハルちゃんに何でも相談するね」
それを聞いた遥乃は大きく両手を広げる。
「こぉんのぉー」
言葉とは裏腹に嬉しそうな遥乃の胸に向かって、鈴香は「キャー」と飛び込む。
遥乃は飛び込んできた鈴香を優しくギュッと包むと、顎を鈴香の頭に乗せ、「んー」と顔を揺らして頭を撫でる。
「そうよ、ママに何でも相談するのよ。ママはこの世の終わりまで鈴香の味方よ」
「痛い、痛い、痛い」
鈴香は嬉しそうに嫌がる。
ある程度のところで鈴香は体を引き、遥乃の顔を見上げる。
「でも、パパの娘という立場から言わせてもらうと、パパのことは諦めた方がいいと思うよ」
「違うの。久しぶりに同じクラスになったら、私の知らないスズちゃんが沢山いて、成長してるんだなーって思ったら、あっ!私、この子を産んでるって記憶が甦ったの」
「最近それを良く言うよね。でも、その記憶って本物なの?」
「そうなの、記憶が二つあるって不思議よね。スズちゃんと物心ついた時から一緒に過ごした思い出も沢山あるの」
「なぜハルちゃんに私を産んだ記憶があるのか分からないけれど、私との思い出は沢山あるでしょうね。私との思い出が本物で、私を産んだのは想像出産」
鈴香は遥乃の腕の中からするりと抜け出す。
「それならなんでこんなにも愛おしいの?」
「知りません」
遥乃を余所に鈴香は歩き出す。
「待ってよー」
遥乃は鈴香の横に並んで、腕を組んで一緒に歩く。
「毒は抜けたみたいね?」
「どぉくぅ?」
遥乃は人差し指を顎に当てる。
「色々溜まってたんでしょ?パパに会えたら直ぐ良くなるのにね」
「そんなの初めから無ーいよ」
「ちょっとだけ、イラッとする。私がどれだけ我慢したと思ってるの?」
「もぉー、スズちゃんが欲しがったからやっただけじゃーん」
「欲しがってない。そっちが勝手に絡んできてるの」
良かった、スッキリしたみたい。
お家はすぐそこなのに、ここで遠回りしたら帰れなくなっちゃう。
「あら?ダーリンは居ないみたいだけれど、代わりがいるみたいよ。あいつなんて良いんじゃない?」
道の端に立っている男子を見つけた遥乃の視線を追って、鈴香もそちらに目を向ける。
「冗談はやめて」
鈴香の鼻息が荒くなる。
鈴香の視線に気が付いた遥乃は、顔を斜めにして微笑む。
「どうしてずっとパパなの?」
ハルちゃんはパパに抱っこされた時に、私は将来この人のお嫁さんになるって感じたらしい。今では、優秀な雄を嗅ぎ分けた私の嗅覚に間違いはなかった。なんて冗談混じりで言っている。
「あの時以上に気持ちを揺さぶられたことがないから、ダーリンは今も変わらず大好きな、唯一の推しなの」
「思い出が美化されているってのは無いの?」
「あるかもしれないけれど、そんなのはどうでも良いかな」
遥乃はいつもとは違う、ふわりとした笑顔を浮かべる。
「でもさー、今のダーリンは渋味が増して、さらにカッコよくない?」
「そう?」
「いつも近くにいるから感じないんだってー」
昔のパパならまだ分かるけれど、今のパパはオシャレに気を使わなくなってきた。ほとんどママが選んで買った服しか着ないし、頻繁に髪の毛をセットしなくなった。落ち着いてきたのを渋みっていうならそうかもしれないけれど、パパに関しては少し違う気がする。
「パパって私たちの前だとカッコつけて老眼鏡掛けないんだけど、めちゃくちゃ目に力を入れて本読んだりしてるんだよ。最近だと、難しい顔してスマホを見てるからどうしたんだろう?って思ったら、漫画を読んでたみたいで突然笑い出したりするのよ」
「そんなところって可愛くない?」
「可愛いの?」
「うん」
ハルちゃんのフィルターを通すとパパもそう見えるみたい。恋って不思議なのかハルちゃんがそういった趣味なのか、私には分からない。
「パパって四十肩なんて存在しないなんて無理して、病院に行くような人だよ」
「その話好きなやつー。また聞かせて」
あれは私の『すべらない話』だから、好きなのは何となく嬉しい。
「必死であらがっているけれど、着実に老化は進んでいるよ」
「何を言ってるの?そこはあがらってもらわなくちゃ。あと数十年は現役でいてもらわないとこっちが困るじゃない」
遥乃は何かに気が付く。
「もしかしてダーリンはそれを考えてくれているの?」
「違うと思う」
すぐさま鈴香は否定をする。
鈴香の間が完璧だったので、遥乃は満足気に笑う。
「それなら今度会った時に、たっぷりと若い娘の空気を吸わせて若返らせなきゃね。愛情がたっぷり入ってるから、効果抜群なはずよ」
「小学生まで戻っちゃったりして」
「それだと困るから、愛情をセーブして二十代くらいに調整しておくね」
「それでお願いします」
「了解」
両手を合わせる鈴香に向かって、遥乃は胸を叩く。
「でも、自分のお父さんと同じ歳の人って、何だか色々と考えちゃわない?」
「時代は多様性よ、スズちゃん。色々な人がいていいんじゃない?」
「そうかもしれないけれど…」
難しそうな顔をしている鈴香のおでこを、遥乃は人差し指でツンと突く。
「お子ちゃまなんだから、初恋を経験するまでは色々考えない方がいいよ」
「お子ちゃまじゃない」
「それだと初恋は経験済みってことー?」
「もう」
鈴香は頬を膨らます。
「スズちゃんも恋に目覚めてきたみたいだし、焦らず自分に合ったペースで恋をすれば良いんじゃない?」
さっきは『修羅の道』なんて表現してたけれど、きっと恋をするって楽しいことなんだろうな。ハルちゃんを見ているとそう思える。
「うん、そうする」
「偉い。ライバルは沢山いるから気を引き締めてね」
「うーん。考えすぎたらいけないのは分かっているけれど、樹くんは遠慮しておこうかな」
「なになにー?」
あっ!この顔はハルちゃんの罠に引っ掛かっちゃった。
「ひょっとして良い女気取ってるぅー?」
やっぱり、そうだ。
「ち、違うもん。さっきの話の流れから、たまたまだよ」
「さっきって年上男子の話だったじゃーん。意識しちゃってんじゃないのー?」
遥乃は鈴香を肘で突つく。
これをどう返したところで、いいように遊ばれるだけ。鈴香は無表情になる。
「ごめん、ごめんー。乙女は誰でも闇を持っているから、ちゃんと気を抜かないでねって言いたかっただけなのー。どんなに味方の振りをしてる人でも、絶対に信用しちゃダメって伝えたかったのー」
「うん、分かった。それなら、何かあったらハルちゃんに何でも相談するね」
それを聞いた遥乃は大きく両手を広げる。
「こぉんのぉー」
言葉とは裏腹に嬉しそうな遥乃の胸に向かって、鈴香は「キャー」と飛び込む。
遥乃は飛び込んできた鈴香を優しくギュッと包むと、顎を鈴香の頭に乗せ、「んー」と顔を揺らして頭を撫でる。
「そうよ、ママに何でも相談するのよ。ママはこの世の終わりまで鈴香の味方よ」
「痛い、痛い、痛い」
鈴香は嬉しそうに嫌がる。
ある程度のところで鈴香は体を引き、遥乃の顔を見上げる。
「でも、パパの娘という立場から言わせてもらうと、パパのことは諦めた方がいいと思うよ」
「違うの。久しぶりに同じクラスになったら、私の知らないスズちゃんが沢山いて、成長してるんだなーって思ったら、あっ!私、この子を産んでるって記憶が甦ったの」
「最近それを良く言うよね。でも、その記憶って本物なの?」
「そうなの、記憶が二つあるって不思議よね。スズちゃんと物心ついた時から一緒に過ごした思い出も沢山あるの」
「なぜハルちゃんに私を産んだ記憶があるのか分からないけれど、私との思い出は沢山あるでしょうね。私との思い出が本物で、私を産んだのは想像出産」
鈴香は遥乃の腕の中からするりと抜け出す。
「それならなんでこんなにも愛おしいの?」
「知りません」
遥乃を余所に鈴香は歩き出す。
「待ってよー」
遥乃は鈴香の横に並んで、腕を組んで一緒に歩く。
「毒は抜けたみたいね?」
「どぉくぅ?」
遥乃は人差し指を顎に当てる。
「色々溜まってたんでしょ?パパに会えたら直ぐ良くなるのにね」
「そんなの初めから無ーいよ」
「ちょっとだけ、イラッとする。私がどれだけ我慢したと思ってるの?」
「もぉー、スズちゃんが欲しがったからやっただけじゃーん」
「欲しがってない。そっちが勝手に絡んできてるの」
良かった、スッキリしたみたい。
お家はすぐそこなのに、ここで遠回りしたら帰れなくなっちゃう。
「あら?ダーリンは居ないみたいだけれど、代わりがいるみたいよ。あいつなんて良いんじゃない?」
道の端に立っている男子を見つけた遥乃の視線を追って、鈴香もそちらに目を向ける。
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