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クラスの男子は困りもの
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チョークを手に持ち、黒板に答えを書く準備をしていた先生が振り返る。
増渕 瑠美にとっては、この程度の問題ならば難なく答えられるはずだ。小テストの結果から先生もそれが分かっているので、答えが分かる人に挙手させることをせずに直接指名をした。ところが瑠美から答えを聞き出せずにいたため、困惑しているが窺える。
先生の視線を追うように、私もチラリと斜め後ろを振り返る。
瑠美ちゃんは極度のあがり症だ。
必死に答えを言おうとしているけれど、握った手の平を小さく開いたり閉じたりしている。
「増渕、難しかったか?」
瑠美は先生の問いかけに首を横に振った後も、少しだけ体を起こすように息を吸ってからチラリと先生を見て、それから諦める様に息を吐くことを何度か繰り返している。
その様子を見た先生は、どの様に対応したら良いのか決めあぐねているみたいだった。
クラス替えの直後ということもあって、先生は瑠美の性格までは理解していないのでしょうがないと言えばそれまでかもしれない。
それを知っている男子は先生という立場の大人が困っている姿が面白いのか、クスクスという笑い声が聞こえてくる。瑠美は休み時間などでは男子ともおしゃべりをしているのを見かけるので、困っている姿とのギャップが面白おかしく映っているのかもしれない。
それが彼女をもっと苦しめているとも知らずに。
私は胸の辺りがソワソワしてむず痒さを感じていた。
助けたいのに助けられない私は瑠美ちゃんに頑張れと念を送るしか出来ない。どうやって声をかければ良いのか分からないし、かける言葉も見つからない。変に声をかけて緊張を助長させてしまったらどうしようかと考えると、どんな言葉も無力に感じてしまう。その結果、祈りに近い頑張れという念しか送れていない。
とうとう瑠美は何の言葉も発せずに、ただただ俯き、身動きひとつせずに立っていた。
答えが分かっているのに答えたい、でも答えられない。静まり返った教室でみんなから注目されている事が彼女の気持ちを大きく揺さぶっているのだろう。
先生はチョークを置き、体を瑠美の方に向ける。
何か言葉を発しようとした次の瞬間、「ひえゃぁあ」とすっとんきょうな声が教室に響いた。
あのオタンコナス、違った。都丸が瑠美ちゃんの脇腹をシャーペンで突いたのだ。
その声で教室は笑い声に包まれた。
「ほらー、みんな静かにしろー」
先生の声が響く。
そして再び「増渕、難しかったか?」と優しく問いかける。
「いえ、大丈夫です」
瑠美は首を振る。そして、瑠美が問題に答えると、先生は「正解」と言って笑顔で大きく頷いた。
その言葉を聞いた瑠美は顔を赤らめたままチラリと後ろを振り返ると席に座った。
こともあろうにあのアンポンタン、違った違った。都丸は笑顔で親指を立てて瑠美ちゃんを見ていた。
「瑠美ちゃーん」
授業が終わると私は瑠美ちゃんの元に駆け寄った。
「鈴ちゃーん」
私たちは両手を前に出して、パチパチと手の平をぶつけ合った。
「了解!後ろの悪ガキ取っちめてやりますね」
瑠美ちゃんから何も言われていないけれど、私は腕まくりをする振りをして、瑠美ちゃんの後ろに座っている無神経男を睨みつける。気分は時代劇の岡っ引きだ。
都丸は「まだ怒ってんのかよ」と軽く舌打ちをして、面倒くせえ奴が来たなと頭を掻いている。
瑠美ちゃんは私の袖を引っ張って首を振る。
「え?いいの」
瑠美ちゃんは笑って頷く。
その様子を見ていた北村が都丸に話しかける。
「お前ってやっぱすげーよな」
「何が?」
「あんな事出来るのお前ぐらいだよ」
他のみんなも頷いていた。
「増渕ならあんな問題簡単だろ?喋るきっかけさえあればどうって事ねぇはずじゃん?」
さも当然のように都丸は答える。
「確かにそうかも知んねえけど、もしかしたら違うことで答えられてなかったらどうすんだよ?」
「違うことって?」
「違うことかぁ…」
北村は腕を組んで考える。
「小便我慢してたとしたらどうすんだよ?」
北村の横にいた佐藤が代わりに答える。佐藤の顔が笑っていることから、冗談で少々下品なことを言っているのが分かる。
「おい、お前なあ」
北村が佐藤を小突くと「そこまで考えるかよ」と都丸は笑う。
「やっぱり考えてなかったか。でもお前らしいちゃあ、お前らしいな。佐藤の意見は論外として、みんな色んな事考えたりして、何もできねえんだって」
「本当だよ。我慢しててあんなことされたら増渕もらしてるぜ」
佐藤は再び北村に小突かれる。
「そしたら笑い事じゃなかったな」
都丸は悪びれもせず笑った。
「だろ?そしたら学校の一大事だぜ」
北村は都丸に笑いかける。
「増渕は学校来なくなってたかもな。まあ、そしたらそしたで横山がどうにかしてただろ」
「は?何で俺だよ」
会話に参加しないで心配そうに増渕を見ていた横山は、突然都丸から話を振られて狼狽える。
北村はこの場面でその話をするのかよと苦笑いを浮かべている。
「お前、増渕の前だとカッコつけるじゃん」
「はっ?意味わかんねーし」
横山は眉間に皺を寄せ語気を強める。それを聞いた都丸は、「増渕来なくなったら悲しいだろ?意味わかんねーなら説明してやろうか?」と意味ありげに笑う。
「何なんだよお前」
ここで都丸に怒りをぶつけてしまったらその言葉の意味を肯定することになるので、横山は隣でニヤけている佐藤の肩を思い切り殴る。
「痛ってーなぁ」佐藤は笑う。「そんなんじゃ増渕は都丸に惚れちまうぞ。やっぱりあの場で起死回生の一手を繰り出すやつがモテるんだろうな」
「はぁ?お前まで何言ってんだよ。訳わかんねーし」
都丸をとっちめようとしたらとんでもない話になってしまった。申し訳なくなって瑠美ちゃんに視線を送ると、どう反応したら良いのか困っている様子だった。
私の視線に気がついてこちらを見ると、耳を真っ赤にして小さく首を傾げた。
カタンと椅子が動く音が聞こえる。
「いて」
佐藤は麗子に下敷きで頭を叩かれていた。
「やーい、怒られてやんの」
横山は佐藤に意趣返しをする。
「おい佐藤。お前こそ、そんなんじゃ委員長に嫌われんぞ」
都丸は机に肘を掛けて佐藤を揶揄う。
麗子は、自分には関係の無い話だといった態度で会話に参加せずに席に戻った。
「はぁ?元々好かれてねーから、ノーダメージだよ」
佐藤の強がりに周りのみんなが笑った。
「ちょっとやだー」
その笑い声を遮るように、遠くから三沢の声が聞こえた。
増渕 瑠美にとっては、この程度の問題ならば難なく答えられるはずだ。小テストの結果から先生もそれが分かっているので、答えが分かる人に挙手させることをせずに直接指名をした。ところが瑠美から答えを聞き出せずにいたため、困惑しているが窺える。
先生の視線を追うように、私もチラリと斜め後ろを振り返る。
瑠美ちゃんは極度のあがり症だ。
必死に答えを言おうとしているけれど、握った手の平を小さく開いたり閉じたりしている。
「増渕、難しかったか?」
瑠美は先生の問いかけに首を横に振った後も、少しだけ体を起こすように息を吸ってからチラリと先生を見て、それから諦める様に息を吐くことを何度か繰り返している。
その様子を見た先生は、どの様に対応したら良いのか決めあぐねているみたいだった。
クラス替えの直後ということもあって、先生は瑠美の性格までは理解していないのでしょうがないと言えばそれまでかもしれない。
それを知っている男子は先生という立場の大人が困っている姿が面白いのか、クスクスという笑い声が聞こえてくる。瑠美は休み時間などでは男子ともおしゃべりをしているのを見かけるので、困っている姿とのギャップが面白おかしく映っているのかもしれない。
それが彼女をもっと苦しめているとも知らずに。
私は胸の辺りがソワソワしてむず痒さを感じていた。
助けたいのに助けられない私は瑠美ちゃんに頑張れと念を送るしか出来ない。どうやって声をかければ良いのか分からないし、かける言葉も見つからない。変に声をかけて緊張を助長させてしまったらどうしようかと考えると、どんな言葉も無力に感じてしまう。その結果、祈りに近い頑張れという念しか送れていない。
とうとう瑠美は何の言葉も発せずに、ただただ俯き、身動きひとつせずに立っていた。
答えが分かっているのに答えたい、でも答えられない。静まり返った教室でみんなから注目されている事が彼女の気持ちを大きく揺さぶっているのだろう。
先生はチョークを置き、体を瑠美の方に向ける。
何か言葉を発しようとした次の瞬間、「ひえゃぁあ」とすっとんきょうな声が教室に響いた。
あのオタンコナス、違った。都丸が瑠美ちゃんの脇腹をシャーペンで突いたのだ。
その声で教室は笑い声に包まれた。
「ほらー、みんな静かにしろー」
先生の声が響く。
そして再び「増渕、難しかったか?」と優しく問いかける。
「いえ、大丈夫です」
瑠美は首を振る。そして、瑠美が問題に答えると、先生は「正解」と言って笑顔で大きく頷いた。
その言葉を聞いた瑠美は顔を赤らめたままチラリと後ろを振り返ると席に座った。
こともあろうにあのアンポンタン、違った違った。都丸は笑顔で親指を立てて瑠美ちゃんを見ていた。
「瑠美ちゃーん」
授業が終わると私は瑠美ちゃんの元に駆け寄った。
「鈴ちゃーん」
私たちは両手を前に出して、パチパチと手の平をぶつけ合った。
「了解!後ろの悪ガキ取っちめてやりますね」
瑠美ちゃんから何も言われていないけれど、私は腕まくりをする振りをして、瑠美ちゃんの後ろに座っている無神経男を睨みつける。気分は時代劇の岡っ引きだ。
都丸は「まだ怒ってんのかよ」と軽く舌打ちをして、面倒くせえ奴が来たなと頭を掻いている。
瑠美ちゃんは私の袖を引っ張って首を振る。
「え?いいの」
瑠美ちゃんは笑って頷く。
その様子を見ていた北村が都丸に話しかける。
「お前ってやっぱすげーよな」
「何が?」
「あんな事出来るのお前ぐらいだよ」
他のみんなも頷いていた。
「増渕ならあんな問題簡単だろ?喋るきっかけさえあればどうって事ねぇはずじゃん?」
さも当然のように都丸は答える。
「確かにそうかも知んねえけど、もしかしたら違うことで答えられてなかったらどうすんだよ?」
「違うことって?」
「違うことかぁ…」
北村は腕を組んで考える。
「小便我慢してたとしたらどうすんだよ?」
北村の横にいた佐藤が代わりに答える。佐藤の顔が笑っていることから、冗談で少々下品なことを言っているのが分かる。
「おい、お前なあ」
北村が佐藤を小突くと「そこまで考えるかよ」と都丸は笑う。
「やっぱり考えてなかったか。でもお前らしいちゃあ、お前らしいな。佐藤の意見は論外として、みんな色んな事考えたりして、何もできねえんだって」
「本当だよ。我慢しててあんなことされたら増渕もらしてるぜ」
佐藤は再び北村に小突かれる。
「そしたら笑い事じゃなかったな」
都丸は悪びれもせず笑った。
「だろ?そしたら学校の一大事だぜ」
北村は都丸に笑いかける。
「増渕は学校来なくなってたかもな。まあ、そしたらそしたで横山がどうにかしてただろ」
「は?何で俺だよ」
会話に参加しないで心配そうに増渕を見ていた横山は、突然都丸から話を振られて狼狽える。
北村はこの場面でその話をするのかよと苦笑いを浮かべている。
「お前、増渕の前だとカッコつけるじゃん」
「はっ?意味わかんねーし」
横山は眉間に皺を寄せ語気を強める。それを聞いた都丸は、「増渕来なくなったら悲しいだろ?意味わかんねーなら説明してやろうか?」と意味ありげに笑う。
「何なんだよお前」
ここで都丸に怒りをぶつけてしまったらその言葉の意味を肯定することになるので、横山は隣でニヤけている佐藤の肩を思い切り殴る。
「痛ってーなぁ」佐藤は笑う。「そんなんじゃ増渕は都丸に惚れちまうぞ。やっぱりあの場で起死回生の一手を繰り出すやつがモテるんだろうな」
「はぁ?お前まで何言ってんだよ。訳わかんねーし」
都丸をとっちめようとしたらとんでもない話になってしまった。申し訳なくなって瑠美ちゃんに視線を送ると、どう反応したら良いのか困っている様子だった。
私の視線に気がついてこちらを見ると、耳を真っ赤にして小さく首を傾げた。
カタンと椅子が動く音が聞こえる。
「いて」
佐藤は麗子に下敷きで頭を叩かれていた。
「やーい、怒られてやんの」
横山は佐藤に意趣返しをする。
「おい佐藤。お前こそ、そんなんじゃ委員長に嫌われんぞ」
都丸は机に肘を掛けて佐藤を揶揄う。
麗子は、自分には関係の無い話だといった態度で会話に参加せずに席に戻った。
「はぁ?元々好かれてねーから、ノーダメージだよ」
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