恋はあせらず

遠野 時松

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舞う教室

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 周りの視線が集まる中、北原 麗子はスッという音が聞こえてきそうなほど綺麗でしなやかに立ち上がる。
 胸まである黒髪はほのかに揺れ、アーモンドアイの瞳は騒がしい男子達に注がれる。鼻筋は細く真っ直ぐ通り、薄く張りのある唇と共にその瞳を魅力的に感じさせる絶妙なバランスで配置されている。

「男子達いい加減にしなさいよ」

 彼女の性格を表すかのように真っ直ぐでよく通る声が教室内に響く。多感な高校男子にとってこの手の言葉は一番煙たがられる。
 麗子ちゃんはそれを臆せずに言ってのけてしまうのかすごい。正しい事をしている。彼女から感じるのはそれだけだった。

「食事をしている人の近くで騒ぐなんて迷惑よ」

 後ろに居た男子達の表情は様々だった。もちろん大半は不満化な顔。
 昼休み中に教室内で騒がしくする事は度々ある。なぜ今日に限って?とその表情て物語っているけれど、それを口には出さない。というか、出せない。なぜなら男子達は彼女を怒らせたらどうなるか知っているから。そのため、お互い顔を見合わせながら動くのをやめる。

「そうだよな。ごめん、ごめん」

 悪くなりかけた空気を察してか北村が麗子に話しかける。

「俺らの配慮が足りなかったよ。今日は終わりにするからさ」

 そう言うと北村は近くにいるグループに話しかけていた。
 他の男子も北村がそう言うのならしょうがないといった雰囲気を見せる。

「分かってくれてありがとう」

 麗子はそう言うとニコリと微笑んだ。
 ばつが悪そうにその場から離れる人がいる中、箒を片付けている佐藤君は顔を赤らめながら隣の藤原君を肘で突く。

「美人の勝利ね」

 亜里沙はポツリと呟く。

 一連の出来事に気をとられていた私は、その一言でお弁当の事を思い出す。ハッとして、都丸君の方を見て彼が何をしているか確認する。
 お弁当の事など興味が失せたらしい。耳の中に人差し指を突っ込み、苦虫を噛み潰したように顔半分を歪めている。

「あいつ、ああやって大声だすから嫌なんだよな」

 いつもより声が低い。機嫌の悪くなったサインだ。
 でも、声など頼りにしなくても今の彼の感情は簡単に読み取れる。誰が見ても不機嫌だと分かる顔に、不貞腐れるとはこういうものだ。と模範解答として教科書に載るレベルの態度。
 弟にウザ絡みされている時のタローでもここまでしない。本当にこの人は呆れちゃう。ワンコの方が気を使えるってどうなのよ。

「最初の一言でみんなの気を引いてんだから、その後あんなにデカい声だす意味がねぇよ」

 独り言にしては大きな声で自分の思っていることをそのまま言葉にする。
 おじいちゃんみたいに何があっても冷静で、寡黙に家族のためを思って行動する人とは正反対。爪の垢を煎じて飲めば少しはこんな態度も改まるんじゃないかと思ってしまう。
 でも、こんな奴のためにおじいちゃんの爪の垢ですらもったいない。あっ、ダメダメ。ついつい下品になっちゃう。こんな事じゃおばあちゃんに叱られちゃう。
 でも、ここまで喜怒哀楽を素直に表しても嫌われないなんてある意味才能だと思う。

「あーあ、つまんね」
「そいう事平気でいうのやめてよね」
「あっちも俺らがどう思おうが関係ねぇって態度だから、こっちがどうやろうと関係ねえんじゃね。知らねーけど」
「麗子ちゃんは食べてる人の事を思って言ったんだと思うな」
「そうだな、ひんこーほーせーは全てにおいて正しいな」
「そうは思はないけれど、自分の気分次第でそういう事言わない方がいいんじゃない?」
「他にも騒いでる日があるのに何で今日だけ注意するんだよ。それこそあっちが気分屋じゃねえか」

 もっともな事を言われて私は言葉を失う。確かにいつもの麗子ちゃんらしく無い。男子への配慮が欠けていたようにも思える。虫のいどころが悪かったのかな?お弁当に嫌いなおかずが入っていたとか…。そんな訳ないか。

「まあいいや、どっちでも」

 そう言いながら都丸君は私の肩に手を触れた。

「肩に埃ついてんぞ。さっき言ってたことは本当だったんだな」
「えっ?…ありがとう」

 急にどうしたの?
 私が驚いていると都丸君は教室の出入り口の方に歩いて行った。
 つまらなかったり嫌なことがあったり、今いる場所の居心地が悪いと感じると、糸の切れた凧みたいにその場からフラリと消えてしまう。
 今回もそうなんだなと彼の背中を見ていたら、引き戸に手を掛けてこちらを振り返った。目で追っていたのがバレちゃったみたいで恥ずかしかった。

「悪い、箒片付けといて」

 机には彼がさっきまで手にしていた箒が立てかけられていた。

「う、うん」

 突然のことが重なって、私は何も考えられずに頷いた。さっきの行動の意味も知りたくて言葉を交わそうとしたけれど都丸君は教室を出て行ってしまった。

「都丸君もやるわね」
「どういう事?怒って出て行ったのに?」
「おスズの肩に埃なんて付いてなかったよ」
「えっ?」
「箒片付けてもらいたかったんじゃない?」
「なっ…気付いたなら教えてよー」
「そんな事するんだーって感心してたら忘れちゃった」
「アリちゃんわざとでしょ?そんな、てへって可愛い顔してもダメ」
「あら、箒片付けるぐらいならいいじゃない」

 そう言うとごちそうさま。と言って亜里沙は弁当箱を片付け始めた。

「普通に片付けてって言えば片付けてあげたのに…」

 私も残りを食べてしまおうとお弁当の中に目をやったら、色々考えていた事が頭の中から吹き飛んだ。

「あーーーっ!」

 私の絶叫が教室内に響いた。

「都丸君もそうだけど、彼女の使えるものは何でも使うあの姿勢は嫌いじゃないわ。でも、まだまだね」

 アリちゃんの呟きは絶叫していた私には届かなかった。ククッと上がる口元を隠すために持参してきたお茶を口に含んだ事と共に。
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