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いつもの朝
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「鈴香ー、亜里沙ちゃんよー」
「はーい。すぐ行くーって伝えてー」
バタバタと階段を階段を駆け降りてから急いでローファーに足を入れる。
開け放たれたドアの先には、澄まし顔のくせに尻尾をブンブンと振っている柴犬のタローと、制服姿の近藤亜里沙の姿があった。
「おはよー」
「おはよ」
あら、今日はポニーテールなのね。
少しくせのある黒髪が、まとめられた先でふわっと広がり風でほのかに揺れている。高校二年生としては大人びた顔に、いたずらっ子のような笑顔をタローに向けている。
「あんたの声、外にまで聞こえていたわよ」
「本当に?」
タローの顔を両手で挟み込んでワサワサしている亜里沙を見ながら、つま先をトントンとする。鞄を拾い上げてドアの枠に手を掛け、リビングの方に顔を向ける。
「行ってきまーす」
リビングから白髪混じりの髪の毛を頭の上で束ねた割烹着姿のおばあちゃんがヒョコっと顔を出す。
「おばあちゃーん、膝が悪いんだからそのままでいいよー」
「はいはい、気を使ってくれてありがとう。気を付けて行ってらっしゃい」
「はーい」
おばあちゃんの声に背中をトンと叩かれて背筋が伸びる。今日も良い一日になれば良いな、と大きく一歩、外に踏み出す
「おまたせー」
アリちゃんの前でタローはフンフンと鼻を鳴らし、白いお腹をデンと見せていた。気分屋のタローは人懐っこい方ではないけれど、アリちゃんには直ぐにお腹をみせる。
私も一緒になってまん丸お腹を撫でる。
「相変わらず大きな声ね」
「そんな大袈裟だよ。焼売のグリンピースぐらいの話を、中華街の豚まんぐらいに大きくしたんでしょ?」
「また食べ物で例える。無理やり例えるから全然上手くないよ」
「えっ?美味しいよ」
「はい、つまらない」
「えー」
「ワン」
「ちょっと、タローまでやめてよね。それよりそんなに声大きかった?」
「おばあちゃん何も言わずに私にニコってするだけだったよ」
「えっ!なにそれ?」
「二階を見上げてたんだけど、あんたの声聞こえてから外にいる私に向かってニコって」
「うわー、おばあちゃんらしい」
「お聞きになられた通りですって感じで、品のある笑顔だったよ」
「これが自慢の孫ですって顔だったでしょ?」
「何言ってんだか。お転婆でお恥ずかしいってのが合ってるんじゃない?」
「もう」
亜里沙はタローを撫でる手を止めて立ち上がる。
「行こっか」
「うん」
私も一緒になって立ち上がる。春の風が鼻先に優しくて良い匂いを運んできた。
その香りに誘われて、グ~っとお腹が鳴る。
朝ごはん食べたよね?というアリちゃんの問い掛けに恥ずかしそうに頷くと、一瞬間が空いてクスクスと笑い出した。私もアハハと声をあげる。
楽しさ半分、恥ずかしさ半分のまま、隣にある定食屋『草薙食堂』の引き戸を開ける。私のお腹の虫を騒がせた、鰹節とお醤油の良い香りが店内から運ばれてくる。
「良い香り。私もお腹が鳴りそう」
亜里沙はスーッと大きく深呼吸した。
耳を澄ませたけれどアリちゃんのお腹の虫は恥ずかしがり屋さんらしい。私のは元気過ぎて困るぐらいなのに。
入り口に一番近いテーブルに並んで置かれている青とオレンジ色の巾着袋。オレンジ色の方を手に取る。
「行ってきまーす」
店の奥に顔を向ける。厨房からごま塩頭を綺麗に角刈りにした草彅 宏が顔を出す。
「おじいちゃん、おはよう」
宏は小さく頷く。
口下手で、物静かなおじいちゃん。顔は任侠映画の役者さんにそっくり。小さい頃はその人がテレビに出ると「じぃーじ、じぃーじ」と指を差していた。刺身包丁を持つ姿が、敵の事務所に突撃する場面の役者さんと瓜二つで、小さい時は見分けがつかなかったからだ。
「いつもありがとう。戴きまーす」
その声に宏は眉間に小さくシワを寄せて頷く。
知らない人が見たらムスッとしていると思うかも知れないけれど、あれでも笑っている。私もオレンジ色の巾着袋を顔に近づけて笑い返す。
「鈴香、浩史は?」
テーブルを拭いていた宇佐美 詠月が手を止めて心配そうにこちらを見ている。
昭和から続く草薙食堂。時代が変わっても変わらない店内は、おばあちゃん、そしてママが看板娘をしていた時からこうして綺麗に保たれている。
「コージィーなら部屋から音はしてたから起きてるとは思うよ」
「そう、なら良かった」
パパと結婚して私と弟が生まれて二人の育児でお店から離れていたけれど、それらが落ち着くと住んでいたアパートからお昼の忙しい時間帯だけお店を訪れていた。隣に家を建ててからはこうして朝からお店の手伝いをしている。
おばあちゃんも私達の朝の面倒を見終わると、膝と相談しながらお店の手伝いをしている。
行き来が大変そうだからこのまま家にいれば?と聞いたら、みんなが働いているのに申し訳ないわ。何て言ってたけれど、なんだかんだでおじいちゃんと一緒に居たいらしい。家にも二人の部屋があるけれど、おじいちゃんは仕込みがあるからとお店から離れようとしないから、結局二人してお店の二階で寝泊まりしている。
「午後から雨になるみたいだから傘を持っていきなさい」
「はーい」
「亜里沙ちゃんは傘持ってきてた?」
「持ってたよ」
「そう、それなら良かった」
詠月は店内から外にいる亜里沙に向かって手を振る。亜里沙はニコリと笑い頭を下げる。
「気を付けていってらっしゃい」
「はーい、いってきまーす」
店の中にしまわれている暖簾をくぐり、カラカラと店の引き戸を閉める。
「今日のお弁当は何かなー」
持っていた巾着袋を鞄の中に仕舞う。
「ったく、あんたって子は」
亜里沙はお腹を抑えながらそう言った。
「はーい。すぐ行くーって伝えてー」
バタバタと階段を階段を駆け降りてから急いでローファーに足を入れる。
開け放たれたドアの先には、澄まし顔のくせに尻尾をブンブンと振っている柴犬のタローと、制服姿の近藤亜里沙の姿があった。
「おはよー」
「おはよ」
あら、今日はポニーテールなのね。
少しくせのある黒髪が、まとめられた先でふわっと広がり風でほのかに揺れている。高校二年生としては大人びた顔に、いたずらっ子のような笑顔をタローに向けている。
「あんたの声、外にまで聞こえていたわよ」
「本当に?」
タローの顔を両手で挟み込んでワサワサしている亜里沙を見ながら、つま先をトントンとする。鞄を拾い上げてドアの枠に手を掛け、リビングの方に顔を向ける。
「行ってきまーす」
リビングから白髪混じりの髪の毛を頭の上で束ねた割烹着姿のおばあちゃんがヒョコっと顔を出す。
「おばあちゃーん、膝が悪いんだからそのままでいいよー」
「はいはい、気を使ってくれてありがとう。気を付けて行ってらっしゃい」
「はーい」
おばあちゃんの声に背中をトンと叩かれて背筋が伸びる。今日も良い一日になれば良いな、と大きく一歩、外に踏み出す
「おまたせー」
アリちゃんの前でタローはフンフンと鼻を鳴らし、白いお腹をデンと見せていた。気分屋のタローは人懐っこい方ではないけれど、アリちゃんには直ぐにお腹をみせる。
私も一緒になってまん丸お腹を撫でる。
「相変わらず大きな声ね」
「そんな大袈裟だよ。焼売のグリンピースぐらいの話を、中華街の豚まんぐらいに大きくしたんでしょ?」
「また食べ物で例える。無理やり例えるから全然上手くないよ」
「えっ?美味しいよ」
「はい、つまらない」
「えー」
「ワン」
「ちょっと、タローまでやめてよね。それよりそんなに声大きかった?」
「おばあちゃん何も言わずに私にニコってするだけだったよ」
「えっ!なにそれ?」
「二階を見上げてたんだけど、あんたの声聞こえてから外にいる私に向かってニコって」
「うわー、おばあちゃんらしい」
「お聞きになられた通りですって感じで、品のある笑顔だったよ」
「これが自慢の孫ですって顔だったでしょ?」
「何言ってんだか。お転婆でお恥ずかしいってのが合ってるんじゃない?」
「もう」
亜里沙はタローを撫でる手を止めて立ち上がる。
「行こっか」
「うん」
私も一緒になって立ち上がる。春の風が鼻先に優しくて良い匂いを運んできた。
その香りに誘われて、グ~っとお腹が鳴る。
朝ごはん食べたよね?というアリちゃんの問い掛けに恥ずかしそうに頷くと、一瞬間が空いてクスクスと笑い出した。私もアハハと声をあげる。
楽しさ半分、恥ずかしさ半分のまま、隣にある定食屋『草薙食堂』の引き戸を開ける。私のお腹の虫を騒がせた、鰹節とお醤油の良い香りが店内から運ばれてくる。
「良い香り。私もお腹が鳴りそう」
亜里沙はスーッと大きく深呼吸した。
耳を澄ませたけれどアリちゃんのお腹の虫は恥ずかしがり屋さんらしい。私のは元気過ぎて困るぐらいなのに。
入り口に一番近いテーブルに並んで置かれている青とオレンジ色の巾着袋。オレンジ色の方を手に取る。
「行ってきまーす」
店の奥に顔を向ける。厨房からごま塩頭を綺麗に角刈りにした草彅 宏が顔を出す。
「おじいちゃん、おはよう」
宏は小さく頷く。
口下手で、物静かなおじいちゃん。顔は任侠映画の役者さんにそっくり。小さい頃はその人がテレビに出ると「じぃーじ、じぃーじ」と指を差していた。刺身包丁を持つ姿が、敵の事務所に突撃する場面の役者さんと瓜二つで、小さい時は見分けがつかなかったからだ。
「いつもありがとう。戴きまーす」
その声に宏は眉間に小さくシワを寄せて頷く。
知らない人が見たらムスッとしていると思うかも知れないけれど、あれでも笑っている。私もオレンジ色の巾着袋を顔に近づけて笑い返す。
「鈴香、浩史は?」
テーブルを拭いていた宇佐美 詠月が手を止めて心配そうにこちらを見ている。
昭和から続く草薙食堂。時代が変わっても変わらない店内は、おばあちゃん、そしてママが看板娘をしていた時からこうして綺麗に保たれている。
「コージィーなら部屋から音はしてたから起きてるとは思うよ」
「そう、なら良かった」
パパと結婚して私と弟が生まれて二人の育児でお店から離れていたけれど、それらが落ち着くと住んでいたアパートからお昼の忙しい時間帯だけお店を訪れていた。隣に家を建ててからはこうして朝からお店の手伝いをしている。
おばあちゃんも私達の朝の面倒を見終わると、膝と相談しながらお店の手伝いをしている。
行き来が大変そうだからこのまま家にいれば?と聞いたら、みんなが働いているのに申し訳ないわ。何て言ってたけれど、なんだかんだでおじいちゃんと一緒に居たいらしい。家にも二人の部屋があるけれど、おじいちゃんは仕込みがあるからとお店から離れようとしないから、結局二人してお店の二階で寝泊まりしている。
「午後から雨になるみたいだから傘を持っていきなさい」
「はーい」
「亜里沙ちゃんは傘持ってきてた?」
「持ってたよ」
「そう、それなら良かった」
詠月は店内から外にいる亜里沙に向かって手を振る。亜里沙はニコリと笑い頭を下げる。
「気を付けていってらっしゃい」
「はーい、いってきまーす」
店の中にしまわれている暖簾をくぐり、カラカラと店の引き戸を閉める。
「今日のお弁当は何かなー」
持っていた巾着袋を鞄の中に仕舞う。
「ったく、あんたって子は」
亜里沙はお腹を抑えながらそう言った。
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