聖なる日の物語

遠野 時松

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サンタはプレゼントを抱えて帰ってくる

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「今年はどうだった?」
 スープボウルにスプーンを差し込みながら、夫がこちらに顔を向ける。
「すごく張り切ってたわよ、「パパが帰ってくるまで起きてるー」なんて無理しちゃって」
 私は背中で夫の声を聞きながら答える。
「それは悪いことしちゃったな」
 夫は口をもごつかせながら、申し訳なさそうに言葉を漏らす。
「それなら、プレゼントを隠す所がないから、わざと遅く帰ってきたってばらしちゃう?」
 私はティーカップ片手に夫の前に座る。
「そんなうちの親父みたいなこと絶対やめてくれよ」
 夫は笑いながらスプーンから箸に持ち帰ると、そーっとサラダボウルの端にプチトマトを寄せる。
 私は紅茶片手にそのプチトマトをつまみ食いする。本当は横にある菓子皿に手を伸ばしたいけれど、この時間。明日はケーキもあるので、サラダボウルの隅に追いやられたこちらが言わないと食べてもらえないプチトマトで我慢する。でも、最近のプチトマトは甘いので十分といえば十分である。
「このままだと今年も寝ないかもって思ったから、ホットミルク飲ませたらしばらくしてカックン、カックンて」
 うんうんと頷き、料理を口に運びながら話の続きを促す夫。私もクスクス笑いながらそれにのる。
「ミルクをこぼすのは覚悟してたわ。取り上げてぐずられたらお終いって思って」
 私はスマホを手に取り、さっき撮ったムービーを立ち上げて夫の顔の前に差し出す。
 私と娘が二人きりの時と、夫がいる時とでは違う一面をみせるというか、雰囲気が違うとの事だ。夫の言いたい事は分かる。何をしても怒らないパパと口うるさいママとでは比較のしようがない。
 私としては違いなど感じられない。どちらもこまっしゃくれてて自由奔放で、親の手をどこまでも煩わせる存在だ。知り合いのお子さんと比べると将来が不安になるが、実家の両親に言わせれば私の小さい頃にそっくりらしい。癪だけれど半分は私と同じDNAが流れているから似るのはしょうがない。
「あー、確かに。これは取り上げたらダメなやつ」
 撮影者が撮影者だけにスマホの画面から細部まで確認するのは難しいはず。しかし、夫は動画を見始めると直ぐに眉を八の字にして小さく言葉を漏らす。
「本当に分かってるの?」
 私からの疑いの眼差しに、夫は鼻を鳴らす。
「おいおい、何をもってそう言っているのか理解に苦しむけれど、こう見えてもこの子の父親だよ」
 あの口調にこの顔は、かなり自信がある時だけにする彼のとっておきだ。調子の良い夫の事だから私の話に合わせるために言ったのではないかという疑いがあるが、今回に限ってはそれはないだろう。対応を間違えると爆発する娘に幾度となく手を焼いた経験からか、むずかるポイントというものを心得たのだろう。
「何度イヤイヤされて顔を跳ね上げられたことか」
 夫は肩をすくめて小首を傾げる。その顔を見て私も自然と口元が緩む。
「いつだか、脚で蹴り上げられた時は顎先にあざが出来てたわよね」
「流石にあれは効いたよ。しばらくクラクラしてた」
 夫は顎をさすりながら苦笑いを浮かべる。
 時宜を得れば姫の機嫌を損なわずに事を成せるけれど、手に持っているものを無理やり取り上げると、返してもらえるまでいつまでもイヤイヤを繰り返す。夫はイヤイヤ期から始まったこの苦行でさえも嬉々として乗り越える聖人の様な人だ。
 聖人ならば、脱いだパジャマを八の字のままにしないで畳むなり洗濯カゴに入れて欲しいが、それはまた別のお話。
「ほら、あのマグカップを両手で挟み込む感じ。あの時に仕掛けたら待ってるのは大惨事」
 眠いだけなのか、ものに執着しているのか、はたまた機嫌が悪いのか、数ある難題の中から定石だけを頼りにしていては天邪鬼に太刀打ちできない。上手くいなしてみたり、すかしてみたり、時には押してダメでも押してみる。といった妙手が求められる。
「そうそう今みたいになり始めればまだ勝機はあるんだけれどね。って、画面見れないか」
 その画面を見る事に気が向き過ぎて、食事が疎かになっている。全くもって失礼な話だ。
 片手間で食事をしている感じになっているけれど、いま口に運んだヤンソンの誘惑の味が分かってるの?会心の出来だったのよ。全部食べてしまいそうな勢いの娘に、「パパの分も残してあげようね」と言ってしまったのを少し後悔している。こんな事なら一口分だけ残して後は二人で美味しく戴いておけば良かった。娘も喜ぶだろうし、夫も娘が欲したと言えば何の文句もあるまい。万事丸く収まったはずだ。
 私は娘と一緒に食べたその味を思い出しながら、気持ちを落ち着かせるためにサージョンスペシャルに口をつける。
 せっかく会社から休みをいただいて今日のためにと丹精込めて作ったのに、眠いのを我慢しているだけの娘に負けてしまった。けれども不思議と悔しくはない。
「んんぅ」
 目の前から低くこもった声が聞こえる。
「ちょっと、口の中のものこっちに飛ばしたりしないでよね」
 声の主は笑顔のまま頷き喉仏を大きく動かす。
 眠気と闘う娘の姿は微笑ましくはあるが、吹き出しそうになる程では無いと思う。この人は娘の事となると笑いのツボが極端に浅い。
「なんでこんなにも可愛いんだろうね」
「そぉお~?」
 人の気も知らないで脳天気に話しかけてくる夫に対する不満で、ついつい返事の拍が伸びる。突然の事態に理解が及ばない夫は少し困惑している。
 すると、「スマホを持つ手疲れてない?」とか、「このポテトのやつ美味しいね」とか、白々しくゴマを擂ってくる。どうにかして私の眉根にできた皺を伸ばそうとしてのおべんちゃらだろうが、あまりにも稚拙すぎる。しかし、稚拙すぎるが故に笑ってしまう。
 私は無言のまま、小さく数回スマホを顎でしゃくる。夫はウィンクでそれに応えてスマホに視線を戻す。
 それにしても相変わらずへたっぴなウィンクである。口は瞑った右目につられて僅かに歪み、もう片方の目と共に半開きなってしまうので不格好極まりない。これをやると娘が笑うので、それを含めての是見がしともいえるウィンクなのだろうが、こういうところが抜け目ないというか、調子が良いと思う。
 まあ、私が動画を見せたのが発端だ。しょうがないので、その目尻の皺に免じて許してあげよう。
 ここで腕が疲れてきたのでスマホを持ち替えると、夫は首をゆっくりと振って画面を追いかけてきた。
「ちょっと亀みたいよ」
 前のめりになって顎を突き出している格好が、娘と一緒に遊びに行く公園にある水天池の浮島で気持ちよさそうに日向ぼっこをしている池の主みたいになっている。
「なんで亀?あっ、そっか」
 夫は自分が何故そう呼ばれたのか認識すると首を引っ込める。それと同時に「おっと!」と、目を見開いた夫が息を呑み、「セーフ」の声と共に肩が下がる。
 多分、観ていた時間とこの反応からだともうすぐ動画は終了する。予想通りに夫の伸びた首が元に戻り、音声が聞こえなくなったのでスマホの画面をオフにしてしてテーブルの上に置いた。
 ティーカップを手に取った私に合わせる様に湯呑みを手に持ち、同じタイミングで緑茶を啜った夫から「よく我慢したね」と、意外な感想が返ってきた。
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