夏の思い出

遠野 時松

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空から降ってくるもの

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「今日は何も降ってないね」

 お母さんが空を見上げる。
 でたな。とお母さんの方をねめつける。僕がどんな反応をしているか気になったのか、隣に座る人は僕の顔を横目で確認すると、さっきのおじちゃんと同じような顔をした。

 怒ってる怒ってる、ククク。じゃないよ、まったく。それに、おじちゃんの真似みたいな顔して嫌な感じだ。

「ほんだなぁ、晴れてっからか?」

 おじちゃんも面白がって空を見上げる。

 あれ?おじちゃんてこんな感じだった。もう少し優しいイメージだったのに。

 ここで気がついた。
 お母さんの位置からじゃ、おじちゃんがどういう顔をしていたか確認できない。それだと、二人とも自分の意思であの顔をしていることになる。
 ここであれこれと考えたらどうにかなる話じゃない。もういいや。その挑戦受けて立つ。

「今は夏だし、雪は降ってこないんじゃない?」
「何言ってるの?雪の話なんてしてないじゃないの」
「んだ、んだ。ヒロ君は不思議なことを言うもんだ」

 白々しいにも程がある。

「じゃあ、なんで何か降ってくるとか言ったんだよ?」
「なぜって、ねえ?」
「なぜって、なあ?」

 兄妹ってこんなにも似るものなのか?

 僕達兄妹の性格は正反対と言われる。父ちゃん達兄弟もそれぞれ性格が違う。三番目のおじちゃんとあっちゃんは面白い事が好きだから、似てるといえば似てるけれど、それぞれ好きなことが違うから似てるって印象はない。

「もういい」
「あんりゃ、むぐれちまった」
「ごめん、ごめん。私が悪かったわ」

 僕はもう何も言わないと決めた。

 冬になると思い出したように話題に上がる話。今度はそれをネタにして笑っている。小出しにされるよりは一回で終わった方がいい。
 好きにすればいい。僕はもう何も言わない。


 僕にとって良かったのか悪かったのか。どちらにしろ、驚きの連続となった思い出。
 草木も眠る冬の出来事第二弾。
 それは僕と亮兄ちゃんしか知らない話になるはずだった。


 冷え込みが強かった朝、そんな時は綺麗な結晶が見られという情報を掴んで、亮兄ちゃんと止まっている車の窓や建物などを見て回った。
 色々な形の結晶があって、写真で見るような綺麗な結晶も見ることができた。

「亮兄ちゃん、見て見て。くっついたくっついた」

 鉄の棒を握ると手袋はくっつき、手を離そうとするとペリペリと音を立てる。

「すげぇ。壁に絵が描ける」

 霜のついた壁を指でなでると、溶けたり霜が取れたりして線が描ける。

「うわ、氷を踏んでも割れない」

 強く蹴っても、ジャンプしてもびくともしない。
 僕の街では日本中が寒波に襲われなければ、水の張ったバケツを外に置いても氷らない。そのため地面の水溜りに氷が張ったとしても、薄くて踏んだらすぐ割れる。それに、氷が張っただけでちょっと嬉しい。

 亮兄ちゃんは初めは相手をしてくれていたのに、からかわれていると思ったのか段々と相手をしてくれなくなった。

 あの時の僕は、去年の夏、海で従兄弟の陽平が日に焼けた顔をして、海でブラスチックゴミを住処にしたヤドカリを見つけた時と同じだったと思う。ヤドカリなんて宿を借りるんだから、巻貝がなければ何にだって体を突っ込むだろ。亮兄ちゃんもあの時の僕と同じく、何言ってんだコイツ?と思ってしまったに違いない。

 それに気が付かなかった僕は、コロンブスが新大陸を発見したように見たもの全てを物珍しそうに亮兄ちゃんに報告した。おや?何かが違うぞ。と思ってくれたのか、僕が本気で驚いているのが分かると次第に相手をしてくれるようになった。

 その証拠に僕を見る目が、面白いヤツを見る目に変わっていった。

 そうなると、亮兄ちゃんは色々と僕に教えてくれた。「じゃあ次はこれだ」「おい、ちょっとこい」そう言われる度に僕が目を丸くして喜ぶと、嬉しそうに僕のことを見ていた。

「こうやって息吹きかけてみろ」

 言われた通りにハァーと暖かい息を吹きかけると、じんわり、ゆっくりと氷の結晶は広がるように溶けていった。

「そこに立ってこっちを見てみろ」

 指差された場所に立って、亮兄ちゃんの方を見る。

「いくぞ、よく見てろよ」

 積もった雪を手で勢いよく吹き飛ばすと、陽の光を反射してキラキラ輝いて綺麗だった。

 亮兄ちゃんにとっては冬の当たり前が、僕にとっては感動する出来事だった。

 時間はあっという間に過ぎていった。
 お腹が空いてきたので、家に帰る事になった。

「最後にやる事がある」

 そう言われて、田んぼの畦道より少し高いところに二人並んで立った。

 今からやる事を聞かされた僕は、激しく首を横に振る。慌ててその場から逃げようとすると、がっしりと肩を掴まれた。

「男と男の友情の証だ」

 悪い顔をしている亮兄ちゃんからは逃げられない事を悟ると、渋々亮兄ちゃんの真似をする。
 ペットボトルとか持ってなかったのに、さっき飛び込んだ時に作った人型の跡の横に、水で溶けたような窪みができた。儀式が終わった後にブルっと体が小刻みに揺れた。
 あの時、あっちゃんの事を下品だと思ったけれど、これがあったから何も言えなかった。

 従兄弟から仲間に変わった僕達は、地面の氷をパキパキと割ったり、霜柱をギュッキュッと踏んで帰る。

 家がもうそろそろというところで、小さな粒が空から降ってきていたのに気が付いた。
 あれはなんだと見ていると、風にフワリと舞い上がると右へ左へヒラヒラといつまでも空中を彷徨ってる。

「埃が降ってきてる」
「はぁ?何言ってんだ」
「ほら、そこ」

 また変な事を言い出したぞ。と、変な顔をした亮兄ちゃんは、僕の指差す先を見た瞬間に、ワハハと笑いだす。

「お前本当に何言ってんだよ。ありゃあ雪じゃねえか」
「えっ!雪?」

 周りの風景と同化して見失いそうになるほど小さくて、うまい具合にヒラヒラと僕から逃げ惑う白いものをやっとの思いで捕まえた瞬間、僕の手の中で溶けて無くなった。

「本当だ」

 千葉で見る雪とは全然違う、粉雪というものを初めて見た瞬間だった。

 僕があっけにとられていると、冗談じゃなくて本気で言っていたんだと分かった亮兄ちゃんは、家に帰るとみんなにその話をしてしまった。

 これが所謂
『埃事件』
 だ。

 この話には締め括りとしての続きがある。

 夕飯時に再びその話になって、「雪を埃と見間違えるヤツは初めて見た」と亮兄ちゃんが笑うと、「ヒロ君は雪と相性が悪いんかね」っておじちゃんが、雪に突撃した話をはじめた。

 周りで話を聞いていたのは、父ちゃんを除いて雪の達人達である。あーでもない、こーでもないとどんどん話が膨らんでいった。

 その度に僕の顔は赤くなっていき、とうとうお酒を飲んでいる大人達より僕の方が顔が赤くなった。

 たまたま遊びに来ていた陸前高田に住んでいるおじちゃんに、雪の白さと顔の赤さから「松の内に紅白はめでたい」とやけに気に入られ。家にあるカラオケで大会が開かれると「ヒロ君は白組かね?赤組かね?」と岩手のおじちゃんにマイクを渡された。

 雪が降る度に僕はその事を思い出し、お母さんは「あれ、外なのに埃が降ってきた?」と恍ける。

 この話をする時、その人は雪のように白い歯を見せ、恥ずかしさとその人への憎らしさから僕は顔を赤くする。

 真っ赤な太陽がギラギラと照らす情熱的な夏とは正反対の、真っ白に埋め尽くした雪が陽の光をキラキラと反射させる、お伽話に迷い込んだような一面の銀世界。
 白色のキャンパスに書き加えられたほろ苦い思い出。

 こうして僕の冒険記は大円団を迎えた。
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