夏の思い出

遠野 時松

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雪の白さ

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「本当よね。雪に慣れていないの丸出しよね」
「ほんだなぁ」

 前回岩手に一緒に来た時に父ちゃんは、お母さんの忠告を無視してまで靴底がツルツルで歩くたびにコツコツと音が鳴る、お気に入りのカッコいい革靴を履いてきた。服もバッチリ決まっていて、東京駅までは周りの大人に引けを取らないぐらいカッコ良かった。ところが岩手に着くと、全然カッコ良くなかった。

 電車を降りるまでは背筋を伸ばして堂々と歩いていたのに足は不必要にガニ股で、おぼつかない足元ばっかり見てるから背中は曲がって、手はバランスを取るためにドリフの髭ダンスみたいになったりお笑い芸人のジョイマンみたいになったりしていた。
 少し歩いては足をばたつかせたり、下手くそなコサックダンスみたいになったりもしてた。

 掴まり立ちをしたばかりの、よちよち歩きの赤ちゃんの方がまだ上手に歩く。

 みんなの心配をよそに意地でもその靴を履き続けていた父ちゃんも、空中で体が真横になる程に盛大に転ぶと、「これじゃどうしようもない」とやっと諦めて近くの靴屋さんに駆け込んで雪用の靴を買った。

「あんりゃ、おどげでね」
「そうね、私の事を信じなかったバチが当たったのよ。田舎に行くのに「田舎もんだって馬鹿にされたくない」だなんて何考えているんだか。神経を疑っちゃうわ」

 お母さんとおじちゃんは声を合わせて笑った。

 僕も当時の事を思い出して可笑しくなった。お母さんお方を向いて息を吸う。口を開けたまま吸った息を吐き出す。

 もしかして、これのせいで父ちゃんは来なかったの?出かかった言葉を飲み込んだ。

 あぶない、あぶない。もう少しで自爆するところだった。こんな事を言ったら、藪をつついたら蛇どころか、熊や龍が出てきそうだ。

 まあ、そんなこと気にする必要は、全然なかったんだけれどね。

「今回は雪が降ってなくて残念だったなぁ。二人とも初めての大雪で楽しそだったもんなぁ」

 声がなんか変だ。しみじみというものではなくて、僕たちに語りかけている感じでもない。

 ルームミラー越しにおじちゃんの顔を確認する。
 その顔はさっきの話を引き摺って笑っている感じではないし、思い出を懐かしんでいる笑顔でもない。大笑いしそうなのを必死に堪えて、それでも我慢できずに漏れ出している顔だ。

 超能力者じゃないのに、僕にはおじちゃんが何を考えているのか分かる。

「雪を甘く見ちゃいけねえよな?ヒロ君」
「そ、そうだね」

 僕は諦めた。

 ここでは雉は鳴かなくても撃たれるみたい。県の鳥なんだからもっと大切にした方がいいと思うよ。


 さっきのお父さんの話は単なる序章でしか過ぎない。
 笑顔溢れる、赤と白が織りなす僕と雪との冒険譚。
 狙わずしておじちゃんの笑顔を引き出した出来事。
 ここから全てが始まった。


 おじちゃん家に着くと、道中僕たちを夢中にさせていた前日まで降り積もった雪は、道路から駐車場にかけて除雪してあって入り口付近に堆く寄せられていた。

 僕も日和もこんなにも雪が積もっているところを見るのは初めてだから、ものすごく興奮してしまい、庭木の上に積もっていた雪を手で固めて何度か投げ合った。

「おのれー、やったなぁ、えい!」
「キャ、冷たい。お返しだー!」

 顔と手から感じる冷たさはすごく新鮮で、雪を投げ合う度に僕達のテンションは上がっていった。

 庭木の雪を取り尽くして冷たさに手を振っていると、お母さんに家の中に入るように言われた。

 もう少し遊んでいたい僕たちは、返事も疎かに競争とばかりに走りだした。
 近くに積もっている雪は靴が埋もれる程度だったので、目標にしたのは入り口付近にある雪の山だ。そこにある大量の雪で、さっきよりも大きな雪玉が作れるとワクワクした。

 そこでふと、前に動画で観た映像を思い出した。
 新雪に飛び込んで人型の跡を作る。それをやってみたい。

「とう」

 僕はそのままの勢いで、腰のあたりまであった雪の壁に身体ごと飛び込む。

 次の瞬間、体全体からバイーンと音が聞こえて来そうなくらい跳ね返されて、なだらかな傾斜を冷凍マグロみたいにズルズルと滑り落ちて、ジャンプした場所に戻ってきた。
 バフではなく、バイィーーンである。
 思い描いていた「バフ」という柔らかく包まれるように沈む音ではなく、「バイーン」と固いものに弾かれる音の方だ。

 ミリほども、体は沈むことはなかった。
 簡単にいうと、それは白いだけの氷の塊だった。しかも最悪なことに表面はザラザラとしている。雪の山じゃなくて、雪で出来た壁だった。それに、それに…。
 とにかく、そこにあったのは、僕のイメージする雪ではなかった。

「ハハハ」

 それを見たおじちゃんが大笑いをしている。

「どでんしたなぁヒロ君、それをやるには降りたての雪じゃなけりゃだめだ。日にちが経ってっからそりゃ無理だ」
「そうなの?」

 僕はとぼけた振りして顎を触ったけど、柔らかい事を想定して飛び込んだから顎先を強打してかなり痛かった。身体中を擦りむいて、日焼けみたいにヒリヒリ、チクチクしている。

 それ以上に、顔から火が出るくらい恥ずかしい。
 ほっぺただけじゃなく顔全体、それこそ耳の先から鼻の先まで真っ赤だった。

「でも降りたてだからって無闇に飛び込んじゃダメだぞ。雪の下に折れた木や、先がどがったものが埋まってるかもしれないから怪我すんぞ」
「うん、分かった。もうしない」

 落ち込む僕を見て、おじちゃんは更に話しかけてくる。

「おしょすかったなぁ。でも、そんな顔すんな。どうしてもやりたかったらうちの田んぼでやれ」

 雪は柔らかいものだと思っていた僕の常識は完全に覆された。

 これが第一章
『雪の硬さを思い知る事件』
 だ。
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